●大谷 知夏(
ja0041)&天菱 東希(
jb0863)ペア
ドン、と迫力満点の廃墟。
昼夜問わず霊が徘徊する洋館。
というのは設定だと頭ではわかっていても随分と手の込んだ造りをしている。
「ふ、雰囲気あり過ぎッス」
これが匠のこだわりというやつか。
東希が入口前の門扉でガタガタ震えていると、隣で同じように洋館を見上げていた知夏がにこっと笑った。
「東希先輩、よろしくお願いするっす!」
先輩。
その一言に彼は力を得た。
「頑張るっス!」
別に先輩と呼ばれたのが嬉しいわけでは……いや、うん、嬉しいな!
(や、ただ学年上だからってだけの敬称だってのは分かってるッス。でも、何か嬉しいッス)
先輩らしく自分が頑張らなければと意気込んだところで洋館の入口をくぐる。
入ったらまず必ず扉を閉めるようにと言われていたのでその通りにする、と。
ゴン! バサッ!
声にならない絶叫を発して2人は蹲って悶絶した。
理由は簡単。頭上から本が落ちてきたのである。それもただ落ちてきたのではなく、明らかに勢いをつけて発射されたものだから痛い。ヘルメットがあっても痛いに決まっている。
「お、面白くなってきたっすよ!」
復活するのは知夏の方が早かった。何しろ今回は制限時間がある。タイムロスは避けるべきだ。
玄関フロアは天窓の割れた隙間から僅かに光が差し込んできており薄暗闇と言えども視界不良とまではいかない。
「栞だからって本の間に挟まっているとは限らない」
テーブルやイスの裏、花瓶の底をチェックしてみると、早速栞を発見した。
本はうずたかく積まれているが、さすが全部を確認する時間はない。背表紙を持って軽く振って時間短縮を図るも、さすがというか、栞は1枚も出てこない。
玄関フロアに入って9分が経過した頃、そろそろ次の部屋へ向かおうと2人が顔を見合わせたその瞬間、背後の本の山が突如として雪崩を起こした。
「うひゃあ!」
「逃げるっス!」
まるで2人を次の部屋へ追い立てるかのような本の波に負けて居間フロアへと進むことになった。
60分で六部屋、つまり1部屋10分が妥当という予測から放たれた心理トラップ。
ガコン!
隔壁の閉じる音に慌てて知夏が星の輝きを使用すると、真っ暗闇だった室内にぽわっと優しい光が灯る。痛い思いをすればいいこともある。津波の本に混じっていた栞がひらひらと宙を舞って落ちてきたので難なくゲット。
(まだお化けが出てきてないのにこの恐怖は一体……)
早くも帰りたくなってきた東希である。
「東希先輩、そっち側を調べてもらってもいいっすか?」
「あ、はい!」
蔦の生い茂る居間にも本が沢山ある。罠にばかり気を取られては捗らないと思い切りのいい知夏は頭上と足下の最低限だけを注意し、大胆にも怪しいところから片っ端から探っていく。
(えぇ決して、警戒しながらの探索が面倒そうだとか、お化け屋敷だから罠に掛かった方がオイシイだとか、思って無いっすよ! 無いっすよ!)
満喫しているようでなによりである。
ふと、壁に掛かった画に知夏は違和感を覚える。花束を持った笑顔の女性が描かれていた。時間にして10秒、凝視していると画の女性の目と口が、割けた。ぎょっとする程の変わりようだった。裏を調べると栞を発見。
「ぱねぇっす」
思わず感心した知夏の背後で情けない悲鳴が上がった。
「ゆ、ユーレイ、幽霊! 出たっスよ!?」
「落ち着くっす! お化け屋敷だからお化けもいるっす!」
その通りといえばその通り。自らを落ち着かせるように見たものを口にした東希の言では黒い影がスーっと通り抜け、床に消えていったという。それは罠と栞の気配がするということで影が消えた辺りを調べていると、東希の足下の床が消えた。
「わっ?」
「東希先輩!」
とっさに落ちる東希の手を掴んだ知夏も、細長い落とし穴の中を目の当たりにして言葉を無くす。ほの暗い穴の中は、壁一面が髑髏で埋まっていた。
「ひいぃっ」
東希はぶら下がった反動で壁に手をつこうとしたのだが、あんまりにも不気味なので躊躇ってしまう。そんな彼に次なる試練が訪れる。
「東希先輩! 落とし穴の底に栞が3枚!」
「え、あ、本当だ」
「根性っす!」
3枚という数字は目の色を変えるに十分な枚数だった。一度落とし穴の底に下りることになった東希は顔を真っ青にしながら、やむなく知夏の手を離した。この栞探し、難しいのだからしょうがない。今更怖くて後悔してもしょうがない。
なるべく壁を見ないようにして栞を回収し、脚力だけで落とし穴から出ようと決意した東希は上を見上げて、絶句した。落とし穴の中が妙に明るいと思ったら、髑髏の目がじっと底に立つ東希を見つめていた。
カ エセ
おどろおどろしく響く声。
血 ヲ カエセ
狭いから反響具合も半端ない。ぎゃああと叫びながらも壁をよじ登った天菱君に拍手。正しく「こっち見んな」である。
その後も彼の苦難は続き、出口に辿り着いた頃にはまるで干涸らびた蛙のようだった。
「迫力満点だったっすね〜! また挑戦したいっす!」
相方の知夏は達成感に満ちあふれたイイ笑顔だったという。
●佐野 七海(
ja2637)&礼野 智美(
ja3600)ペア
次なる仔羊、もとい挑戦者は最初の罠に頭痛を覚えつつ、その後は比較的スムーズに客間へと辿り着いた。
普段あまり晒すことのない素顔を見せている七海を智美は紳士よろしく気遣いながら探索を続ける。自分も女性ということを忘れているようである。
(研究のお手伝い、頑張らないと)
生真面目に挑む七海は、自らの優れた聴覚を用いて罠を見つけてきた。生身のスタッフ(お化け役)では万が一の事態、冷静さを欠いた挑戦者にフルボッkゲフン、暴行を加えられる畏れがあるため、どうしても機械頼りになってしまう演出の裏を突いた作戦は功を奏していた。
しかし、施設設計者にとっては予測済みの状況でもあった。
そうして七海のトワイライトで照らし出された客間はまさしく「え?」な状況だった。見取り図の時点であまり重要視していなかった場所だが、壁・床・天井といった部屋全体に栞らしきものが等間隔に貼られている。
試しに2、3枚剥がしてみると1枚は正真正銘の栞、他は裏にハズレと書かれていた。壁紙と栞が同系色なので、ペンライトの明かりだけならおそらく気付かなかっただろう。だが気付いてしまった以上、見過ごすのも勿体ない。
(栞って普通本に挟むものだよな?)
本の中を探すよりよほどか効率の良い部屋である。
「七海さん、壁に貼られている紙を片っ端から剥がして下さい。栞が混ざっています」
とはいえ1枚1枚確認するのは面倒だ。とりあえず集められるだけ集めて置けば後でチェックできる。了解の返事を返した七海は壁に向かっていき、いつものように壁を手探りしながらそれを剥がす。先天的に視力のない彼女にとっては指の腹で感じる凹凸は大切な情報である。
壁から1枚、栞の大きさの紙を剥がした指が、宙で止まる。
(今、何か……)
僅かな振動に気がついたが時既に遅し。
ア ア ァアアアアァ……
例えるならば怨霊のうめき声。
音量はさほど大きくないが、聴覚の鋭い者ほど効果的な波長を混ぜたうめき声に七海は両耳を押さえて蹲る。
「七海さん!」
智美は七海を抱き上げると一足飛びに部屋を出た。ガコンと隔壁が下りると嫌な音が薄れて頭痛も引いてくる。
「……ご、ごめんなさい……」
瞼を固く閉じて未だ耳を押さえながら全身を震わせて謝る七海に、智美も彼女程ではないものの頭痛を感じながら、しかしそれをまったく表に出さずに謝罪する。
「すまない。迂闊だった」
あんな罠があるとは……。
「ここから先は俺1人でやります。七海さんは休んでいて下さい」
「え!? だ、大丈夫、です。その……や、役に立たないかもしれませんが、最後まで、頑張りたい、です……」
言葉尻が小さくなるが、その意思は伝わったようだ。
(女性は花のように守られるべきだが、価値観を押しつければいいというものではない)
それに、頑張る女性は美しく、とても魅力的だ。
「つらくなったらすぐ言って下さい」
「は、はい!」
次の部屋は主寝室だったか。通路で思わぬ時間を食ったが、再出発である。お化け屋敷も丁度折り返し地点だ。改めて前を見ると次の部屋への扉があった。
「……」
七海は必死に耳を澄まして罠があるかを探ろうとするものの、耳鳴りが酷くて判別ができない。
「すみま」
「謝らなくていい」
智美はきっと扉を睨め付けた。
「俺が先に入る。安全が確認できるまで待っててくれ」
そして彼女は慎重にドアノブを回す。
主寝室へ入り、四方へペンライトを向け、足下を確認する。大丈夫そうだと判断して七海を支えて部屋に入ると、暗闇の中、ぼうっと浮かび上がるものがあった。
……ヲ ……テ
着物の女性が肩を震わせ、両手で顔を隠してすすり泣いている。勿論本物の幽霊ではないのだろうが、やけにリアルな映像だった。しかしこの際、幽霊は無視である。
「七海さん、明かりを頼む」
「あ、はい」
照らし出された部屋は見るからに怪しく、壁に山羊の剥製まで飾られていた。特に怪しげな本と寝台の上をざっと見、ナイトテーブルにあった六芒星の描かれた本をめくっていると、七海が呟く。
「そう、いえば……男の人は、ベットの下に……本を隠してる事が、あるって……友達が言ってました」
それきっと違うジャンルの本。
七海に代わって智美が調べると、ベッドの下に貼り付けるようにして栞が隠されていた。
「お手柄だ」
2人の顔に、ようやく笑みが浮かぶ。
「七海さんはありそうな場所をどんどん言ってくれ。俺が調べるから」
「はい!」
想定していたようには進まなかったものの、抜群のチームワークを見せた2人は外に出るとどちらからともなく笑い合った。
「お化け屋敷はもうこりごりだ」
「……わ、私も、です」
耳鳴りは治ったものの、今日は帰ってもう寝たい。きっとぐっすり眠れるだろう。
●道明寺 詩愛(
ja3388)&久遠 冴弥(
jb0754)ペア
(撃退士の能力をはかるお化け屋敷、ですか)
正直、単純な能力測定にわざわざ物語をつける意味があるのかと思う。まあ気分は大事である。
最初の罠はペアを組んだ詩愛が先行したため頭上からの本を食らったのは冴弥だけだったが、その代わり先の部屋の大きな罠は彼女が発見して教えてくれるので気持ち的には大分楽だ。
書斎を覗くと、更に奥に続く階段から、先行した詩愛がひょっこり顔を出した。部屋の中は彼女のスキルで明るくなり、視界が良くなる。お化け屋敷を満喫している彼女はあくまでも楽しそうに言う。
「書斎は正真正銘能力測定部屋です。どこを踏んでも触っても、ついでに飛び道具なんかもセンサーが察知するみたいです」
指さした壁には本が刺さっている。どうしたらそうなるのか。恐るべし常人即死レベル。
通り抜けるのに精一杯で栞を探す余裕はちょっとありませんでした、と詩愛は苦笑する。
「というわけで、この部屋は一緒に探しましょう」
待っている間に少しだけ先を調べていたわけだが、しっかりと防御の構えを取って突入に備える。
(……実戦よりは怖くない、ですかね?)
冴弥も覚悟を決め、部屋に踏み込む。
途端に乱れ飛ぶ本、本、本。ポルターガイストを表現しているのか知らないが、とにかく勢いが凄まじい。受けて避けて隠れて避けて撃ち落として。動体視力と反射神経が最大に試される。
「やっぱり洋館と言えば暖炉がつきものですよね!」
さっきは調べたくても調べられなかったらしく、詩愛の指示に従って冴弥は相棒であるニニギを呼び、暖炉の中を、通気口の中を小さな身体で調べさせる。さすがに飾りの煖炉で煤だらけになることはなく、やがてニニギは1枚の栞を持って出てきた。
「次は本棚の上をお願いします。あそこの本だけ攻撃して来ないんです」
「はい」
まさに適材適所。防御の得意な詩愛に、簡単には手の届かない位置を調べられる冴弥。2人と1匹は何だか聞き覚えのあるタイマーのメロディが鳴るまで本との攻防に集中したのだった。
「結構キツイ部屋でしたね」
「ですね。さあ、回復したらラストスパートです!」
鬼。
しかし冴弥に異論はないらしい。
実は彼女たち、最後の部屋到着を開始45分とノルマを課しており、まだ15分近く余裕があったりする。
別に早さを競う催しではない、とモニターの向こうで大人たちはツッコミを入れる。
ヨウ コソ
重厚な机の上で本のページがパラパラとめくれ、中央付近でその動きが止まり、本の上に頭だけの男が浮かび上がる。
詩愛は目を輝かせてその亡霊を見た。
血の滴る生首。生気のない顔。だが執念だけは失せない両の目。
作り物にしては出来過ぎている。おそらく役者が演じたものを編集して投影しているのだろうが、かなりの熱演である。うっとり見惚れそうになるのを我慢してホログラムの周辺を漁り始めた。
(お化け屋敷体験できて報酬まで貰えるなんて、いいお仕事! 前回は遊びすぎて一晩閉じ込められましたっけ……アレもいい体験……)
怪しいとわかっていても突き進むのがホラーの定番だと片っ端からわざわざ罠にかかり、結構笑えないダメージを食らっていても楽しめるその根性。
「そうだ! お化け屋敷として恐怖を与えるための改善点をレポートにして意見しましょう!」
えっとあの。能力測定のための施設です。忘れないで。
いきなりの大声に冴弥はちょっと驚いたものの探索を続行する。
で、だ。
「これは、なにかね?」
終了3分前、扉が閉まらないよう気をつけながら本を外に運び出した詩愛と冴弥へ当然の質問だろう。提案者・詩愛の言い分は「本ごと持ち出しちゃダメってルールはなかったはず」である。まあ確かにその通り。そんなルールはない。検討の結果、柔軟性に富んだ発想としてOKが出た。
改めて、累計を確認する。
大谷・天菱ペア、35枚。
佐野・礼野ペア、21枚。
道明寺・久遠ペア、42枚。
健闘したかに見えた最終組が、意外に少ない。
「敗因は最初の方をすっ飛ばしすぎたことですかね……」
持ち出した本からは栞を1枚しか発見できず、悔しさが滲み呟いた詩愛に、冴弥はニニギと一緒に頭を下げた。
「貴重な経験になりました。ありがとうございます」
当たり前の礼を欠かない態度は好ましいものだ。詩愛は考え方を切り替えるとにっこり笑った。
「1位は1位ですよね! お疲れ様でした!」
世の中には結果オーライという言葉もある。かなり楽しかったし、それは大切なことだと思う。しかもその上、人の役に立てるというのだから文句なしである。
笑顔で謝礼を受け取って、2人は夕暮れ空の下、帰路についたのだった。