●START
混雑が予想されるからか、全員がいることを確認してあるからか、最初のチェックポイントのスタンプは押された状態だったので、それぞれ校門を出てスタートした。
「ウォークラリーですかー! 楽しそー!」
全速力でスタートダッシュを切った丁嵐 桜(
ja6549)はあっという間に姿が見えなくなる。
「ウォークラリーとな、まあ競争じゃねえんなら良いか」
綿貫 由太郎(
ja3564)はのんびりと頷き、
(焦りは禁物。最初からとばす必要はまったくない。何気なく見過ごしているものに目を向けよう、というのがそもそもの趣旨。であればこそ、ただ赤いボールを探すだけでは足りん、ということだ)
【に】のくじを引いたパンダもとい下妻笹緒(
ja0544)はいつもより少し歩調を緩めて周囲を見回しながら歩く。
「…言われてみればって程じゃないが、確かに島をまともに歩く機会は少ないな。そう思うと、いい機会かも知れん」
佐倉 哲平(
ja0650)はティータイム同好会の仲間・菊開 すみれ(
ja6392)と紅葉 公(
ja2931)と共に世間話をしながら歩く。
「ぼちぼち行きますかぁ」
「競争ではないしゆっくり行こう」
鳳 優希(
ja3762)と鳳 静矢(
ja3856)は仲良く手を繋いで行く。
「ウォークラリーか…楽しみながら地理を得ようとは、なかなか粋な試みだな」
地理を頭に叩き込むのは仕事の一つと考えているので少し吃驚しつつアレクシア・フランツィスカ(
ja7716)は微笑む。
「『学生』というのも…悪く無い」
勿論これだけの人数がいれば無事とは言いがたい者も出てくる。
説明を行った教室で未だぐずぐずしている星杜 焔(
ja5378)はくじの内容に困り切っていた。
「皆と記念撮影…」
仕事ならまだ割り切れる。だが、写真一緒に写ろ☆など言った経験はないし、そもそも人から嫌われていると思いこんでいる彼には非常に高いハードルだった。
ところがもう一人教室に残っている人物がいた。ただしこちらは自前のカメラの準備をしていただけで困っているわけではない。
ミシェル・ギルバート(
ja0205)はくじを見つめたまま動かない焔の手元を覗き込むと、満面の笑みを浮かべた。
「ぉ? 一緒の大当たり! そんな所にいても写真撮れないし! いっくよーっ」
元気いっぱいの彼女に引きずられるようにして歩く。
途中、山咲 一葉(jz0066)とすれ違うとミシェルは元気良く行ってきます、と言って軽くハグした。
「気をつけて行ってらっしゃい」
「うん! 皆と写真なんて楽しそうだし♪ コンプするかは別として、思い出撮影係りになれればいいや。一杯撮るし!」
考えていることがそのまま顔に出るミシェルに、焔は救世主が現れたかのように安堵していた。
ミシェルといれば今日一日楽しく過ごせそうだと思ったのだ。
別の意味で困っている人物もいた。
(面白そうだし暇潰しに参加なんだよねぇ)
と、一人で参加する者は他にもいたが、九十九(
ja1149)は目の前を横切った猫を追いかけて早くもコースアウトしていた。気がつけば知らない路地。来た方向もコースに戻る道もわからない。
つまり、迷子である。
●久遠ヶ原商店街
色んな意味で一番乗りの桜は買ったお弁当をその場でガツガツと食べ、次なるチェックポイントへ向かう。
「こんな風にして回るのは初めてだ…」
見方が違うので見知った街も新鮮に映るのか、東城 夜刀彦(
ja6047)は笑みを絶やさない。
(義姉達とも一緒に参加したかったかな…)
だが、思い出話という手もある。そう思うと余計色んなものに目移りした。
「今の時期だと、何の紅茶が美味しいでしょうかね〜」
ティータイム同好会3人は和やかな空気の中、話題はつい先頃の京都で起きた大事件へ移る。
「英雄様と歩いてたら他の娘に恨まれちゃうかしら?」
すみれは他でもない哲平が、優れた武勇を表彰されたことをからかっているのだ。
「活躍カッコよかったです! 確かに他の娘に恨まれちゃうかもしれませんね〜」
公も便乗する。くすくす、くすくすと笑えるのも無事に帰ってこられたからだ。英雄様と言われた哲平は困ったように視線を彷徨わせた。どうにもこういうのは慣れなかった。
「静矢さん、いい匂いがするのです」
「昼御飯はこれで良いかな」
鳳夫妻はほのぼのとお弁当を購入する。
「はいよ、お待ちどうさん。コロッケはおいちゃんからのプレゼントだからねー」
気前の良い店主に見送られ、先へと向かう。
もうすぐ昼時だった。
「んーそういえば、あんまりこの辺の事しらねぇなぁ…いい機会だぜ」
ギィネシアヌ(
ja5565)が物珍しげに周囲を見回すと、同行する少女達の賑やかな声が届く。
「PV楽しそうだったなぁ…うん、あたしも新しい友達できて嬉しいな♪」
卯月 瑞花(
ja0623)はわくわくし通しという感じだ。カタリナ(
ja5119)、権現堂 幸桜(
ja3264)、アイリス・ルナクルス(
ja1078)もまんざらではない様子だ。
「じゃあ、急いで行きましょう!」
カタリナの言葉に友人達は頷いた。
急がなければいけない理由は…後述する。
●久遠ヶ原駅前
くじの内容がふたつある駅前は何のお祭りかと思うほど活気溢れていた。食べ盛りの学生を出迎えるため戦(調理や仕入れ)の準備にもぬかりはない。
「さあ、こい!」
たこ焼き一筋25年のプライドにかけて焼いて焼いて焼きまくってくれる。
熱いオヤジの元に威勢のいい注文が次々と飛び込んできた。
…いや、たい焼きや焼きそばや水飴や綿飴や射的等の屋台も並んでいるんですが。
実はどの屋台も「普段はここでお店を出しています」という看板を出している。普段知らない場所、行かない場所を今日はまとめて満喫できる上、気に入ったお店をチェックしておけばお祭りでなくても訪ねられるという親切設計。
だからこそどの屋台も気合いを入れてお客ゲットに乗り出していた。
「じゃんけん、ぽんっ」
【ろ】を引いた静矢がまずは快勝。
「ふむ、カードを頂こう」
「うにゅ。定員さん。希はじゃんけんは強いのですよっ☆」
次に優希が挑むも、あっさり負ける。
「もう一度、いざゆかん!」
二回あいこの後どうにか勝利してカードを受け取る。
「やったのですよー」
「おめでとう。それにしても、色々な店があるねぇ。ちょっと見て回ろうか」
二人はのほほんと屋台を巡ってみることにした。
(【は】を引けなかったのは残念ー…。んー、まあ目的が無くても食べるけどっ)
鳳夫妻に同じくじゃんけんのくじを引いた雪平 暦(
ja7064)は商店街で買った弁当を食べ終えると、混み合っているたこ焼きとたい焼きの屋台を避けてじゃんけんを挑んだ。相手はじゃがバタを売っているおばちゃんだ。
「じゃんけん、ぽんっ」
負け。
「じゃんけん、ぽんっ」
負け。
「じゃんけん、ぽんっ」
負け。
「うぐぐ、勝てないー…」
さらに七回ほど負けた後ようやく勝利した彼女は気合いを入れすぎたのか、色々な屋台の食べ物を満腹になるまで食したのだった。
さて、問題は【は】を引いた人々である。
標的をたい焼きにしぼったグラルス・ガリアクルーズ(
ja0505)は、中身が違うものを2〜3個ずつ買い求め、ベンチに座る。
「この中にあるのか・・・、とにかく虱潰しにいくしかないな」
まずは半分に割り、中に当たりがないかを見てから黙々と平らげていく。
ノーマル餡、クリーム、うぐいす餡、チョコレート、チーズ。結構種類豊富だなと感心しながら割っていくと、十五個目でようやく当たりくじを発見した。すでに満腹である。
「結構食べたな。でも美味しかったからいいや」
くじには屋台で証明カードと交換してくださいと書いてあったので指示に従う。なるほど、これなら食べ物の中に入っていたものを持ち歩く必要はない。のんびりと先に進むことにした。
「わ、ニコちゃんと一緒なのです!」
Nicolas huit(
ja2921)とシエル(
ja6560)はくじの内容が同じことを喜び、一緒に簡易テーブルに着く。やはり知り合いが一緒だと楽しさも倍増である。しかも二人は今、誰かを好きになるって素敵なことだな! と意気投合し「恋人ごっこ」中である。
「ふー、はふー」
温度は火傷しそうなくらいあつあつで外はカリカリ、中はふわふわでジューシー。
火傷しないよう箸で割って食べながらその味に舌鼓を打つ。
「これも美味しいです」
たい焼きを頬張ったシエルは満面の笑みを浮かべる。
傍目から見ればラブラブ、しかし本人達は恋愛の「れ」の字もわかっているか微妙なところ。
「出たー!」
「おめでとですです。ボクも頑張るー」
その後まもなくシエルも当たりくじを発見。
口についた餡を取ってあげたり、手を繋いだり。
「おー? 色んなお店があるなー!」
屋台もじっくり見て回り、雑貨屋やペットショップ等、自然と道草を食いながら二人は笑顔で駅前を後にした。
(当たりが出るまで食べ続けるなんて…えっすごい嬉しい…!)
細身だが大食漢の夜刀彦はくじの内容にほくほく顔で挑むことにした。口から出すのはマナー違反。なので、一個毎に中を確かめてからじっくり味わう。
ひと舟八個。だが、普通のソースにマヨタマにおろし醤油などトッピングは様々。
楽しく食べて行くと、二十七個目にして当たりくじゲット。
「えっ…出ちゃった…」
だが夜刀彦はしゅんと項垂れた。もっと食べたかったのに。悲しかったので他の屋台で食べ物を見繕うことにした。
話は少し脱線して記念写真を撮るミシェルと焔に移る。
少し出遅れた二人も美味しそうで魅力的な誘惑とくじの率が高い駅前で大部分の参加者に追いつき、本格的に撮影を開始した。
参加者達はそれぞれ楽しんでいる様子で、撮影にも協力的なので和気藹々と人が集まってくる。
「ホムラ、笑うのだしー! ハイ、チーズ!」
気がつけば参加者でない一般のお客さんやお祭り騒ぎを聞きつけきた生徒、屋台のおじちゃんおばちゃんとまで記念撮影できている。
(ミシェルさん、すごいなあ…)
パワフルさに振り回されつつ、新作の弁当を選んだり、屋台で調理に挑戦させてもらったりと、焔も割とマイペースにやりたいことをやっている。
新しい出逢いも決して不快なものではない。くじの内容を見た瞬間の不安を吹き飛ばすくらい楽しいこともある。それが嬉しかった。
ひと際賑やかな五人を横目に、ティータイム同好会の三名は楽しく当たりくじ捜しをしていた。
が、女の子二人はカロリー怖いのでハズレと判るなり哲平の容器に盛っていく。なんで食う担当になっているんだろうと考えながら、
「…甘味はお前らの得意分野だろ」
たこ焼きはともかくたい焼きはお前ら食えよ、とブツブツ言いながらも食べる。
「あちっ、あちっ」
できたての熱々は美味しいの条件だが、熱々のまま喉に詰まらせてしまった哲平に、すかさずすみれが自前の水筒を取り出す。
「佐倉さん、はい!」
すみれに渡された水筒を公が哲平に差し出す。が、不用意に口をつけた哲平はがふっという声にならない息を吹き出した。
「…こっちも熱いじゃねえか!」
中身は熱々の紅茶だった。さすがはティータイム同好会である。
記念撮影のくじは瑞花も引いていたのだが、一緒に行動するメンバーが皆【は】のくじを引いていたのでそのお手伝いも含めて屋台を見て、そして食べ歩いた。
「これでもかと餡子が…おっちゃん、明らかに採算無視のたい焼きお見事です。これから通うから潰れちゃダメだよっ!」
おう、と威勢のいい声ににんまりとする。
「こういうイベントも楽しそうだね! 頑張ろうっと!」
と言っていた幸桜はなぜかくじの内容に顔色を悪くしていたが、アイリスは店主に静かに尋ねた。
「…ところで…このたい焼き…全て…食べてしまっても…構わないですか…?」
甘いものが大好きらしい。
カタリナとギィネシアヌを含む五人はたこ焼きとたい焼きを大量に買い込むと、次なるチェックポイント海浜公園で食べようと意気揚々に駅前を後にした。
そもそもはこれが不幸な選択だった。
なぜなら、当たりくじを証明カードと交換しなければいけないことに彼女たちは気付いていなかったのだから。
●海浜公園
さて、忘れられているかもしれないが、迷子のお知らせである。
うろうろ、うろうろ。見慣れぬ道を歩いていた九十九は完全にウォークラリーの目的を見失っていた。こうなると学園まで戻れるかも怪しい。
しかし、とある角で走ってきた少女と鉢合わせた。
「あれっ?」
スタンプを押すなりさっさと駅前を後にした丁嵐 桜だった。
二人が持っているプリントは同じもの。九十九は迷わずとある紙片を彼女に差し出した。相棒の三毛猫から迷子になったら、誰かに渡せと言われた紙である。
『この子は迷子にゃ。目的地に案内してあげて欲しいのにゃぁ。保護猫ライム』
猫に心配される中学二年生。
「あたし一番に走ってきたのに…どこ通ってきたんですか?」
不思議そうに問われても九十九にもわからない。一番手に追いつくとは相当ショートカットしてしまったということだが、途中のチェックポイントのスタンプは当然ない。
「くじの内容は…あ、一緒ですね! じゃあ一緒に行きましょう!」
助かった。
九十九は心の底から彼女に感謝した。
海浜公園に着くと、【ボール堀場→】という看板が立てられていた。
従って進むと砂浜に出た。大体20m×10mくらいの広さが紐で仕切られていて、【ボール↓】という指示とシャベルがあった。
「ここを掘ればいいのかねぃ…」
「頑張りましょう!」
二人はざくざくと砂浜を掘り返し始めた。
「砂浜にボールって…分かりやすいところにあればよいのう」
虎綱・ガーフィールド(
ja3547)も【に】のくじを引いた一人である。看板に沿って歩いてくると、既に先客がいた。
が、
「海で! 服を着たまま活動するなど愚の骨頂!」
桜と九十九は一応靴を脱いでいたが、どうもそれが気にくわなかったご様子。
虎綱はあっという間にふんどし一丁になってしまった。今日は天気もいいし、風も穏やかですごしやすいが、その格好はどうだろう。
闇雲に探すのではなく掘り返された跡や土の色の変化に気をつけながら探すが、仕切られた場所である。実行委員たちもその辺は抜かりなく、ダミーやただ掘るだけという仕掛けも用意しておいた。油断ならない相手である。
そんな砂浜に、また人影が。否、パンダ影。その名は下妻笹緒。
「夏を前にした今の季節、砂浜でやらなければならないことは何か。答えは一つ、そう、潮干狩りに決まっている。『地元を知ろう! どんな貝が採れるか知ろう!』がスローガンだ」
ええー。
予想外です。
さすがはエクストリームパンダ。新聞部の好奇心は伊達じゃない。
彼はボール探しをする三人には目もくれず、どこからか取り出した熊手を片手にわしゃわしゃと波際を掘り返し始めた。
む、これはヤドカリ。はっ、カニだ。そして目当ての…。
「ふ、ふふははは! 見つけたぞ、アサリ!」
大はしゃぎのパンダのために、三人は赤いボールの四個目を探し出してそっと渡したのであった。
ボール探しが目的ではない鳳夫妻は海の見える芝生で昼食である。
「わあ、静矢さん。景色がいいねぃ〜☆」
「うん。屋外での食事も良いねぇ…」
あまりラブラブなのも目の毒なので他のメンバーは、彼らから距離を取って休息を取るかすぐ温泉に向かったとか。
「写真撮るよー! こっち向いてー! みんな笑えだしー! 次、変なポーズ!」
ミシェルと焔の記念写真撮影も順調だ。
むしろ他のメンバーの方が撮ってくれと言うので必要以上に多くシャッターを押している。
当たりくじを探す少女四人と男の娘一人は芝生の上で買ってきたたこ焼きとたい焼き、その他を広げた。外で食べるご飯は格別に美味しい。
満喫する女の子たちをよそに、男の娘・幸桜の箸は進まない。
「コハル、疲れましたか?」
心配そうにカタリナが問うと、
「え? えっと…べ、別に何もないです」
「言わないと無理矢理に食べさせるよぉ? お昼はちゃんと食べなきゃだめなんだから」
瑞花にまで心配顔で問われると堪えざるを得ない。別に疲れたわけでも具合が悪いわけでもないのだ。
「わぁ言いますから止めて! 今…ダ、ダイエット中なんです!」
は? と目を点にする四人。
「なんでだ…?」
怪訝そうなギィネシアヌ。
「太ると可愛い服が着れなくなっちゃうから…」
幸桜の答えに、それこそ女の子四人の顔は引きつった。
男の癖にダイエット。
カタリナは無言で幸桜を羽交い締めにし、
「さあ!」
瑞花はその口に次々とたこ焼きを詰め始めた。
「ふふ…そんな目で見られるとゾクゾクしちゃいますよぅ…はい、あーん♪」
「はむ゛ー!」
そんな光景をギィネシアヌがデジカメで撮影する。
横ではもぐもぐとたい焼きを食べるアイリスが呟いた。
「…可愛い服のためとは…やはり…」
なんでこうなった。
大量に押し込まれたたこ焼きをなんとか飲み込もうと必死に咀嚼していると、固いモノに当たった。
(んぐっ? 何これ?)
当たりくじ。証明カードと交換してね。
「そ、そうだ、ウォークラリー中だった!」
忘れないで下さい。
「…当たりくじ…一枚足りない…」
アイリスのひと言に四人はぎゃっと飛び上がった。
「大丈夫、まだ食べられます。甘い物用の別腹は108個まであるので…けぷ」
瑞花はそう胸を張ったが、彼女たちは実は時間的余裕があまりなかったりする。
●温泉
時刻はスタート直後まで遡る。
実行委員を捕まえて質問したところ、すべてのチェックポイントのスタンプを集められれば順番は特に気にしなくて良いということだった。
そんなこんなでカタリナたち五人は最初に温泉へ向かったのである。
「みんなから色々聞いてるよん、改めて今日1日よろしくねー♪」
瑞花とはこれが初対面のギィネシアヌは、人見知りする気持ちを必死に抑えて、よろしく、と返した。
そしていざ温泉へ入る段階で幸桜は一人女湯の入口から離れて行ったのでアイリスは小首を傾げた。
「…権現堂さんは…入らないんですか…?」
きょとんとした表情に、きょとんとした表情が返ってきた。
彼が男の娘だと知らないのは彼女一人だった。ははあと納得し、彼女たちは温泉に浸かる。
「地元でもゆっくりできるものですねー…」
カタリナはふー、と満足げに息をつく。しかし、鼻歌混じりに久しぶりの温泉を堪能していたギィネシアヌがいきなり浴槽の隅に行ってしまったので慌てて声をかける。
「ネアちゃん。どうしたんですか?」
「ぐすっ…世の中不公平なんだぜ…」
理由は胸の大きさだ。カタリナと瑞花は予想していたが、アイリスの隠れ巨乳に衝撃を隠せないらしい。
「な、なんで泣くの!? いやその…涙目で胸を睨まないで下さいよ…」
「こ、これは温泉が目に入ったのだ!」
瑞花に言い返すも心配した三人が擦り寄ってきてその胸が直に当たるのでとうとう顔を覆ってしまった。ああ、なんという絶望。
だが、これも何かの縁である。
「今日はとことん友情を深めるですよぉ! 裸の付き合いですねぇ!」
はしゃぐ瑞花に、やがてギィネシアヌも顔を上げてくつろぎだした。落ち込むだけ時間が勿体ない。
ちなみに幸桜は一人青竹踏みに夢中になっていた。
リラックスして時間を忘れた一同は、瑞花の「お腹空いた」というひと言で屋台へ向かったのだ。そうして海浜公園ではしゃぎ、気がつけば四時三十分前だったのだ。
もっとも、普通に順序通り進んで行けば最後の温泉ではかなりまったりできる。
事実、商店街を回って駅前で色々買い込んで海浜公園で食べてから温泉に来た綿貫 由太郎は時間ギリギリまでのんびりするつもりでいた。くじの内容は温泉に浮かぶボール探しだが、これは大浴場に浮かぶレモンの中にぷかりと浮いていたのであっさりゲットできた。
「はふう…ここでこのままぼへーっとして居たい気もするが一応時間制限あったっけか?」
さっぱりして、フルーツ牛乳を飲んでマッサージチェアでまったりして、文字通り温泉を満喫していた。
(うーん、ラリーっつうか学園街めぐりだな、これ。マヨネーズたっぷりのたこ焼き美味かったな…)
勿論スタンプもきちんと集めていたので計画的にギリギリまでくつろいだ。
温泉目当てで他のチェックポイントを早めに切り上げてきた人は他にもいる。
「ふむ…おねーさんはないすばでぃ…。まま…いっぱいどうです?」
「ありがとう。いただくわー」
アーレイ・バーグ(
ja0276)と雀原 麦子(
ja1553)はのんびりとレモン風呂に浸かり、優雅にお猪口と徳利でスポーツドリンクを飲んでいたりする。
入口でカタリナたちとすれ違ったので一番風呂は逃したが、時間には余裕があるので他のメンバーがやってくるのを待つ。
「ボールは見つけたけど、これだけじゃつまらないものね」
麦子の言葉にアーレイは笑顔で頷く。
「実は白のビキニを持ってきたんですよ」
「じゃあ、男風呂に人が来るのを待ちましょ」
「はい!」
覗く気…というか乱入する気満々だ。どうしよう。
そこへ、アレクシアがやってきた。
温泉には不慣れな様子だが、聞いていた話通り先客二名が裸で入っていたのでご一緒させてもらうことにした。
「む…違うやつを除けば探しやすかろうと思ったのだが…これは…レモン?」
ボールは緑しかない。
「レモン風呂ですよー。お肌にいいと思います。…ふふ、ないすばでぃがもう一人…」
愉しげに笑うアーレイ。麦子もうむうむと頷く。
やがて屋台でお腹がいっぱいになった面々も温泉に入ってきた。
砂浜でボール探しをした桜は足についた砂を洗おうと楽しげだし、すみれと公は声を張り上げて隣の男風呂の哲平に声を掛けて笑いあったり、それに便乗して優希も静矢に話しかけたりと随分賑やかになってきた。
(温泉! 温泉がある!!)
夜刀彦はご満悦だし、桜と同じく砂だらけになった虎綱も、
「まぁこう平和なのもたまには良かろう」
と笑顔だ。
しかし彼らの平和は突如として破られた。
「ハロー♪」
大太刀を具現化させて足場にした(誤使用法)麦子が仕切りと天井の間から堂々と男湯を覗き込んだのだ。加えて、
「こんにちはー。ボール探させてもらいますよー♪」
たゆんたゆんと大きな胸を揺らしながらアーレイと、なぜかすみれが水着を着て男湯に乗り込んだ。
「キャーーーーッ」
阿鼻叫喚の地獄絵図。
「ちぇー。パンダさんいなかったー」
悔しそうに言って顔を引っ込める麦子。そういう問題なのか。
一方すみれがからかいにやってきた哲平の姿がない。
もしやと思ってサウナの扉を覗き込むと案の定そこにいた。
「なんで男湯にいるんだー!?」
驚天動地。
とうとう女がのぞきをする時代になってしまった。運悪く居合わせた男達は切ない涙を流したのだった。
彼女達が着替えを済ませてロビーに出ると、温泉の女将から連絡を受けてやってきた山咲 一葉が待っていた。
「麦子ちゃん、アーレイちゃん、すみれちゃん。ちょっといらっしゃい」
にこにこ微笑んでいるが目は笑っていない。
どうせ逃げてもゴール地点で待っている人だ。
三人は呼ばれるままロビーの隅に行くと、そのまま正座させられた。
「なんであたしがここにいるかわかってるわね?」
わからないと言ったら余計怒られそうで、おずおずと頷く。
「ここはウォークラリー参加者だけが利用する場所じゃないのよ。久遠ヶ原内でも生徒だけじゃなく一般のお客さんもいらっしゃるの。それはわかっているわね?」
「はい…」
「じゃあ、温泉の方がウォークラリーにご厚意で場所を提供してくれたこともわかってるわね? 貴女たちはこの温泉施設の風紀を乱したことを謝罪しなければならないわ。こっそり覗く程度ならまだしも、水着まで用意して堂々と男湯に入るだなんて。人の口に戸は立てられないの。下手すればこの温泉は廃業の危機に陥るわ。そこまで考えて行動したの?」
「…」
「ウォークラリー実行委員の子たちが色んなお店に話をつけて、今日という開催にこぎつけたか、その苦労は? できるならまたやりたいと、楽しんでもらいたいと、そう思っている子たちの努力を水に流すような真似は控えなさい。学校から許可が下りなくなるし、他のお店も敬遠するでしょう。いくら久遠ヶ原学園の校風が自由だからと言って、やっていいことと悪いことがあります。善悪のわからない子供じゃないんだから」
「…はい」
「貴女たちには宿題を出します。反省文を十枚、明日の始業までにあたしのところへ持って来なさい。今回はそれで大目に見ます」
鉄は熱いうちに打て。
喉元過ぎて悪いことをしたという実感を忘れないうちに反省文を書け。
キッパリと言い切った養護教諭の厳しい面に驚かされながらも、彼女たちは女将に向けて謝罪の言葉を口にしたのだった。例え心の中で舌を出していようと、表向き謝罪する必要があるのは確かだった。
●GOAL
「ゴールなのですよー☆」
「たまにはこういうのも悪くないな」
多少のハプニングはあったものの、一日を楽しく過ごせたことに鳳夫妻はご機嫌だ。大切な人と一緒に過ごせるというのはそれだけで幸せなものだ。
そんな二人を見て、なんとかゴールできたアイリスはそっとギィネシアヌに擦り寄った。
「…今度は…お互い…恋人と…来れると…良い…ですね…」
そんな苦笑に、ギィネシアヌは僅かに頬を染めて無言で頷いたのだった。
「カタリナさん! ようやっと会えました! なんでどこにもいないんですかー!」
「ちょ、ちょっと、色々あって…」
すみれの問いにカタリナは言葉を濁す。さすがに順番無視した挙げ句時間を忘れていて、超絶ダッシュで残りのチェックポイントを回ってきたとは言いにくい。
恋人ごっこのシエルとNicolasは笑顔で一緒にゴールする。
「ゴールっ♪ 楽しかったねっ」
「楽しかったー!」
すぐそこには友人の姿も。
「あっ! 桜ちゃんそっちどうだったーっ?」
「シエルさん! 楽しかったですー!」
ゴールしてあれこれ話をするのも楽しいものだ。
ちなみにスタート直後迷子になって途中をすっとばした九十九は、温泉から【に】くじメンバーが一緒に引き返してくれたので無事ゴールすることができた。
「助かった…感謝するねぃ」
「なに、助け合うこともウォークラリーの醍醐味だろう」
「うむ! 仲間と共にゴールするというのは達成感があるでござる」
アサリの入ったバケツを持っている笹緒と、虎綱も満足げだ。
「ひぃ、ふぅ、みぃ…。ねえねえ、ホムラ。一人足りなくない?」
ゴール地点で記念写真を撮ろうと思っていたミシェルは自分を含めても人数が合わないことに訝しげだ。
「あれ、本当だ…」
言われて数えるとやっぱり合わない。
「ちょっと訊いてくるね」
ここまで世話になりっぱなしなので、焔は知り合いに声をかけた。
「シエルちゃん、ギィネちゃん、ニコラちゃんさん。あ、部長と虎綱くんもー。誰か足りないみたいなんだけど、心当たりないかな」
「え」
尋ねられた方もキョロキョロと辺りを見回し、それがまた別の人に感染る。
「あら? 雪平さんは?」
おっとりと、すみれが首を傾げる。それで誰がいないか判明した。とりあえず電話をかけてみることにした。
雪平 暦は海浜公園の木陰で昼寝をしていた。とはいえ、既に影の向きは変わっている。
「んー…?」
聞き慣れた着信音に、ポケットへ手を伸ばす。
「もしもしぃ…」
寝ぼけた声で出ると、彼女は聞こえてくる声にはっきりと目を覚ました。
「ね、寝過ごしたっ!? 走って行くからちょっと待っててー!」
パシャ、と全員揃っての記念撮影。
撮影は実行委員がやってくれた。
「はい、これで全員ゴールです!」
頼まれた人たちへカメラを返し、点呼を終えるとほっと胸を撫で下ろす。
四時を少し回ってしまったが、参加者が楽しんでくれたことが嬉しかった。
「えと、ミシェルさん…ありがとう…」
「困った時はお互い様だしっ」
うっすら涙を浮かべる焔に、にっこり笑ったミシェルは「あ」と彼にカメラを手渡した。
「もう一枚いい?」
「え、うん」
「カズハせんせぇーい! 一緒に写真撮ろー!」
呼ばれて振り返る養護教諭。
「だって先生も参加者だもん♪」
「あら、嬉しい」
「あ、いっぱい撮ったから今度みんなに焼き回しするねー!」
ぶんぶんと手を振る少女に、参加者も笑顔でそれに応えた。
多少のトラブルはありつつも、こうして第一回久遠ヶ原ウォークラリーは幕を閉じた。
歩いて食べてお風呂に入って、後は寝るだけだ(約三名除く)。
第二回が開催されるかは…未だ未定である。
ちなみに記念写真のくじを引いた三人の写真は大量に焼き増しされ、参加者の楽しい記念のひとつとなったのだった。