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マスター:黒川うみ
シナリオ形態:シリーズ
難易度:普通
形態:
参加人数:8人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2012/07/25


みんなの思い出



オープニング

 夕刻、満月が空で赤みを帯びた頃。

 それは、依頼掲示板ではなく、直接携帯電話へメールとして送られてきた。
 怪盗13、或いは恭本基一の名で登録されているアドレスからである。
 先日窃盗団を捕縛した際、アドレスを交換したからメールが届いても別段不自然なことではない。

 ただ、内容が不可思議なものだった。

----------------------
title:親愛なる勇士諸君へ

貴君らの大切な姫君を

学園内のとある場所に

隠させてもらった。

取り戻したくば

謎に立ち向かいたまえ。

いざ、決着の時。

謎の先にて待つ。

怪盗13&B・レディ
----------------------


(は……?)
 疑問系で目を点にしても仕方がない内容だ。
 首を傾げながら、おそらく同じメールが届いているであろう山咲 一葉(jz0066)の元を尋ねると、そこには一枚の書き置きがあるだけで、養護教諭の姿はなかった。


----------------------
*第一の問*

どこよりも音響かせる砦
音遮る檻の中
銀盤に収められし
ゼウスの声に耳を傾けよ
さすれば
扉の鍵に手が届くだろう
---------------------

 何?
 何のこと?

 フリーズした頭を動かすともしやと思う。
 恭本基一、陽菜、山咲 一葉……いずれの携帯も電源が入っていないか電波の届かない場所にあるという。

「大切な姫君って……先生のこと!?」

 色々間違っている。
 そこへ見知らぬアドレスからメールが届く。
 短いメッセージと画像が添付されているだけだ。

『ヒントはこの校舎内――タイムリミットは深夜零時。
 それまでに辿り着いてくれたまえ。

 前回の協力にはとても感謝している。
 だが、決着はつけねばなるまい。
 怪盗13最後の仕事として、私は君たちに挑戦する。
 この挑戦、よもや断りはしないだろうな――?
 さあ、美しい満月が空にある内に、
 私達を止めてみせてくれたまえ!』
 挑発的なメール。
 薬で眠らされているのか、くったりとした一葉がロープで縛られ猿ぐつわをされている写真が添付されていた。




…………時は約1時間半前に遡る。

「攫われて欲しい、っていわれても困るんだけど」
 一葉は基一と陽菜に苦笑を向ける。
「いやなに、ただのゲームですから。ゲームには賞品が必要でしょう?」
「そうよ。手加減して負けっぱなしなんて、冗談じゃないわ」
 どうやら爆弾騒ぎや砂浜での決闘のことを指しているらしい。
「怪盗13最後の仕事は、一葉先生、あなたを盗むことにしました」
 にやりと笑みかけられては降参せざるを得ない。
 現役から退いた――というよりも、アウル能力の使用に厳しい制約のある一葉には抵抗するすべがないのだ。
「しょうがないわねえ。盗まれてあげるわ。でもその前に、今日の日誌だけ書かせてね」
 教師としての職務を放棄するわけにはいかないという主張を受け入れて、十数分後、彼らは保健室から姿を消したのだった。


前回のシナリオを見る


リプレイ本文

 メールを見た一同の反応は様々だった。
「…何というか、まあ…遠まわしな招待だな」
 ラグナ・グラウシード(ja3538)は呆れたように溜息をつく。
「…先生ってば、捕らわれのお姫様なのー! 助けに行かなきゃなのー!」
「怪盗13だからカズハ先生に何かするって事はないもんっ! 久々のゲームだし♪ シスイもいて嬉しいな〜。難しいけど負けないぞ〜っ」
 あまね(ja1985)とミシェル・ギルバート(ja0205)は招待状の概要をすぐに理解し、わくわくが止まらないようで早速謎解きに取りかかる。
「13からの挑戦か。よし、決着をつけようか!」
 イアン・J・アルビス(ja0084)は怪盗同士の決着のいい機会だと何事か策を練り始める。
「今になってのこの謎解き対決…。どういう意図があるのかが気になるねぇ」
 鳳 静矢(ja3856)も相手に害意がないことはよくわかっているようで、その裏にある意図を考え始める。
「噂の怪盗13に会ってみたいですね」
 ミシェルの恋人・癸乃 紫翠(ja3832)はのほほんとその様子を眺めている。
「学園美少女刑事ミシェル参上! とっつぁんと、少年探偵にかわって逮捕だー♪」
「刑事に探偵混じってるぞ」
 色々と話を聞いているらしく、恋人が楽しければそれでいいらしい。どこに持っていたのか玩具の手錠をくるくると回して遊ぶミシェルの様子にくすくすと笑っている。
「挑まれてばかりも癪だな。こちら側からも謎を出したいところだ」
「同感かな。何か用意しようか。まだ時間あるし」
 ラグナとイアンはこそこそと話し合いを始める。まあ確かに深夜までまだ六時間以上あるので何かしようと思えばできるだろう。
「よし。私は別行動を取る。謎解きは任せたぞ」
 どこか楽しそうな笑みを浮かべてラグナは単身どこかへ行ってしまった。
「最初の謎はー」

―どこよりも音響かせる砦
―音遮る檻の中
―銀盤に収められし
―ゼウスの声に耳を傾けよ
―さすれば
―道標を見つけることができるだろう

「来たまえ、シスイくん! まずは放送室だっ」
「放送室へ急ぐなのー!」
 どこよりも音響かせる砦、という言葉から連想される教室として異論はないらしく、どこかへ行ってしまったラグナを除く七人は放送室へ向かうことにした。
「めんどくせぇ…」
 九重 棗(ja6680)はぼやきながら後ろをついていく。
「謎解きか。これもまた一興…」
 怪しい笑みを浮かべた日谷 月彦(ja5877)は、暗号の解読を続けながら歩いていく。


●放送室
「音遮る檻の中…だから、防音室のブースが怪しいなの」
「だよねっ」
 ウキウキワクワクの少女二人を先頭に放送ブースの重い扉を開くと、探すまでもなく床に四枚のCDケースが並べられていた。
「タイトルはホルストの惑星組曲…ははあ。CDが銀盤なら、ゼウスの声はこれのことか」
 惑星組曲の名の通り、太陽系の惑星の名のついた楽曲が収められているCDの曲名は『火星』『金星』『木星』『土星』と表記されている。
 本来はローマ神話に登場する神々に相当する七つの楽曲からなる組曲だが、暗号と照らし合わせれば納得の選曲だと静矢は納得して頷いた。
「ケースの中に何か入ってるみたい」
 ミシェルが手にとって振ってみるとカラカラと音がする。CD以外のものが入っているらしい。
「んーと、ゼウスの声…。あ、占い部で占星術系の本を読んだ時に木星はゼウスとか…」
「ローマ神話でジュピターか」
 ミシェルの言葉を紫翠が補足する。
「神話ではゼウスは木星を象徴する神とされているので、ゼウスに関連があるのはこれだな」
 静矢は言って、木星と銘打たれたCDケースを開いた。そこには書道室とタグのついた鍵が入っていた。
「ここへ行け、ということかな?」
 イアンが首を傾げると、
「おそらくそうだろう」
 と月彦も同意する。
 意見がまとまったと思われたが、
「なんとなぁく適当に行こうかなぁ」
 と、棗が土星のケースを取った。
 今までの出題からして外れると罰ゲーム的何かがある、と説明しようとした時には既に遅く、ケースを開けた棗は「いってぇ!」と声を上げた。ケースの中にバネが仕掛けられていて、開けると指が挟まるようになっていたらしい。ぽと、と屋上のタグのついた鍵が落ちるが、ハズレと見て間違いない。
「大丈夫なのー?」
 心配げに尋ねたあまねに、彼はあくまでもへらへらと笑って答えた。
「へーきへーき」
 他のケースも何か仕掛けがあるに違いない、ということで開けないまま書道室へ向かうことになった。


●書道室
 鍵を使って室内へ入ると、黒板に一枚の紙が貼られているのに目が行く。

―時が積み重なる部屋
―多くの名と物語が巡る知恵の館へ
―機械箱に記録されし
―アルテミスの矢を追え
―さすれば
―道標を見つけることができるだろう

「また暗号だな」
 月彦の言葉に一同は再び首を傾げた。
 アルテミス云々の前に場所についての暗号を解かなければならない。
「ギャラリーとかに置いてあるのかな? まぁ探せば見つかるよねっ」
「多くの名と物語は、学生の作品がある辺りかな」
「本棚かもしれないのー」
 わいわいがやがや。
 書道室の家捜しが始まったが、中々見つからない。ギャラリーにも本棚にもそれらしきものは見当たらない。
「時が積み重なる部屋…多くの名と物語が巡る知恵の館へ…? やっぱり本に関する何か…?」
 そこまで呟いたイアンは、来た道を思い出して廊下に出て、隣の教室を覗き込んだ。
「知恵の館…図書室か!」
 歴史や古典、学園の歴史等持ち出し禁止の書架を扱う小さな図書室が書道室に併設されていた。これは盲点である。
 イアンの声に釣られて全員で図書室に入ると、机の上にオルゴールが四つ並べられていた。それぞれにひとつずつ鍵がつけられている。
「機械箱…は、オルゴールのことか」
 納得した静矢はジコジコとネジを回して、とりあえず一曲聴いてみる。流れてきたのは誰もがよく知る旋律だった。
「第九の喜びの歌」
 ぽつりと誰かが呟いた。
 ひとまず全曲聴いてみようと順に再生する。
「月の光…かな?」
「たぶん、子犬のワルツだと思う」
「知ってるー! G線上のアリアなのー!」
 どれもこれも超がつくほど有名なクラシック曲である。
「アルテミスは月! つまり月の光が正解だと思うしっ」
「まあ、単純に考えればコレだよね」
 ミシェルと紫翠の言葉に、イアン、あまね、月彦も同意する。だが、
「やや強引かもしれないが…問題文中のアルテミスは誕生の際に世界中に祝福されたという話がある。喜びの歌かもしれない」
 静矢が言うと、棗がじゃあ俺も、と乗ってきたので一行は二手に分かれることにした。
『月の光』についている鍵のタグは職員室、『喜びの歌』についている鍵のタグは保健室である。


●保健室
「ここかぁ?」
 よく考えれば出発地点が保健室なので戻ってきた形になる。
「何が仕掛けてあるとも思えないが…」
 慎重に扉を開けて部屋の中に入った静矢と棗は、変わったものはないかと調べようとしたのだが、堂々と鎮座する異物に沈黙を余儀なくされる。
「…」
 戦車のプラモデル。否、たぶんラジコン。
 ランドセルくらいの大きさのそれにどう反応するべきか迷ったのはほんの一瞬だった。その一瞬に、戦車はポポンッと敵に向かって主砲を発車した。
「ぶほっ」
「がふっ」
 それは、小麦粉の塊。二人の顔に命中したら、当然のようにもわもわと宙を舞い始めた。
「…ハズレか」
 顔を中心に、髪や服が少し白くなっただけで特別痛みはない。だが、なんだろう。この屈辱的な気持ちは。
「このラジコン、カメラがついているな。恭本さんの得意技か…」
 顔についた小麦粉を払いながら二人は分かれた仲間と合流するために職員室へと向かった。


●職員室
 職員室、と言っても生徒が多い分教員も多いわけだから、結構な広さになる。
「一葉先生のデスクに次の問ですかね」
 紫翠の発案に従って座席表から一葉の机を探し出すと、その机には暗号の貼られた五段の小ケースが置かれていた。

―ローマ帝国皇帝の言葉に従い
―小箱に封印された鍵をもって
―最後の謎に挑むべし

「ローマ帝国皇帝の言葉…?」
 小ケースの引き出しには短い文章がシールとして貼られていた。

―Only the dead have seen the end of war.
―I no longer want to walk on worn soles.
―I think therefore I am.
―Veni, vidi, vici.
―Where there is sorrow, there is holy ground.

「ここまで神話だったのに、いきなり皇帝の言葉か」
 月彦は納得できない様子だが、選ぶ答えに迷いはない。
「『Veni, vidi, vici.』ですよね? カエサルはローマ帝国皇帝の称号にあたりますし」
 ローマ帝国皇帝と言われて真っ先に浮かぶのはジュリアス・シーザー、英語読みでユリウス・カエサルである。紫翠の言葉にミシェルは視線を泳がせながら記憶を辿る。
「カエサル…ローマ皇帝、だっけ? 補習やら、勉強にって出された問題集の答え調べる時にチラッと見た…気が…」
 学生の本分の領域だが、うろ覚えらしい。
「確か、日本語だと『来た、見た、勝った』ですよね」
 確認するようにイアンが呟く。
『勝った』というのが『正解』という意味であれば間違いないだろう。
「あっ、電話なのー!」
 可愛い着メロに反応してあまねが自分の携帯電話に出ると、うんうんと短いやりとりの後に通話を切った。
「保健室ははずれだったのー。やっぱり、はずれにはワナがあるみたいなのー」
 それから二人が職員室に向かっている旨を伝える。
「ふむ。合流してから先へ進むか」
「とりあえず四番目の引き出し開けちゃうねっ」
 月彦の言葉に頷きながらミシェルは引き出しの取っ手に指をかける。罠があるかもしれないので自然と慎重になるが、その引き出しには体育館入口というタグのついた鍵が入っているだけだった。
「念のため、他の引き出しも見てみます。ちょっと下がっていてください」
 言って、イアンは一段目、二段目と中身を確認していくが、タグのついた鍵が入っているだけで罠は仕掛けられていなかった。
 そうこうしている内に静矢と棗が合流する。顔は洗えても服までは粉を落としきれなかったらしく、着ているもののところどころが白かった。それから暗号を見て、静矢は頷く。
「これは間違いないだろう…他はほとんど関係ない言葉ばかりだ」
 棗はふーんと適当な相槌を打ちつつも、
「ガム食べる?」
 と、自前のおやつを配ったり風船ガムを膨らませたりとやや真剣味に欠けている。
「罠があるとしたら、十中八九間違った選択肢の『場所』だろうな。カメラ付きのラジコンで経過を観察しているようだ。もしかしたら今も、我々の様子を見ているかも知れないな」
「それはありそうです」
 静矢の台詞に紫翠は頷く。
 一同はぐるりと職員室を見回すが、どこにカメラが仕掛けられているかはわからない。
「それじゃ、体育館へGOだしっ! そろそろ終わりなんじゃないかな? 何があるのかワクワクするね!」
「張り切りすぎてドジらないようにな」
 気合いを入れたミシェルに冷静なツッコミを入れながら紫翠は彼女の頭を優しく撫でる。
 痛いところを突かれ、うう、と肩を落としながらもミシェルは先頭を進む。
(辿り着いたら何かあるのかな? あってもなくても楽しいからいいけどっ…ああでもでも、依頼解決したらお別れ? それは寂しいなぁ…)
 元々は窃盗団を捕まえるために出逢った人たちだ。だからこそ人質の心配をしなくて済むのだが、やはり寂しいという気持ちを振り払うことはできなかった。


●ラグナ・グラウシードのターン
 いつも挑まれる側は癪だと別行動を取ったラグナはまず、恭本基一のマンションへ向かった。が、来訪者は住人が鍵を開けないとロビーから先に入ることができないタイプのものだったので、留守らしい恭本宅を訪れることはできなかった。
(いたら直接先生の場所を問い質してやろうと思ったんだが…)
 いないのならば仕方ない。
 次に向かったのは彼の研究室である。
「うむ、怪盗のモノを奪う、と…ふふん、最後くらいは奴のお株を奪ってやろうか!」
 怪盗が逆にモノを盗まれるとは矛盾しているが、一泡吹かせるには打って付けの策だった。
 入口からこっそり中を窺うと、研究室の明かりはついていた。無関係な人がいるかもしれないと考えながら扉に手をかけると、鍵は開いていた。罠に気をつけながら研究室に忍び込むと、丁度部屋から出て行こうとした桃色の髪の少女と真正面から鉢合わせる形になった。
「あ」
「あら」
 B・レディこと陽菜・ボルドーは意外な来客に目を丸くしつつ、にやりと笑った。
「こんなところで何をしてるの? ゲームの途中なんじゃない?」
 相変わらず生意気で可愛くない…と思いながら、問いかける。
「わざわざ最初から最後まで付き合う義理はないからな。それよりも丁度いい。恭本の大切なものを教えて貰おうか」
「はあ?」
「奴もたまには問題を解く側になったって罰はあたらないだろう?」
 ははあ、と頷いた陽菜だった。
「日本のコトワザね。目には…えーと、なんだっけ?」
「目には目を、歯には歯を?」
「そうそれ。別にいいんじゃない? そういうサプライズならキイチは喜びそうだし」
 あ、いいんだ。
 若干肩すかしを食らいながら、室内へとって返した陽菜の後についていくと、彼女はぐるりときちんと片付けられた研究室を見回すと、机の上のフォトスタンドを選び取った。
「一番食いついてきそうなのはコレね」
「写真…?」
 渡されたものを見てみると、赤ん坊を抱いた夫婦と、今よりかなり若い基一が一緒に写っていた。夫婦は片方が日本人で、片方が金髪碧眼の、骨格からしても外国人だった。
「これは誰だ?」
「あたしの両親」
「…と、すると。…この赤ん坊は…お前か?」
 それならば色々なことに得心がいった。
「一応聞くが、この人たちは」
「生きてるわよ」
 失礼な質問に陽菜は憮然とした表情で答える。
「撃退士用の学校ができる。じゃ、そこで教育を受けた方がこの子のためだろう。…こんなに簡単な話なのに、キイチがこーんな古い写真を大事にしてるからいっつも親が死んでると間違われるのよね!」
 やれやれと肩を竦めた少女に、ラグナはピンと閃くものがあった。
「親が恋しいのか。フフン、まだまだ子供だな」
 生意気で減らず口をたたきまくる少女にいつかのお返しにとからかいを含んだ台詞に、彼女は彼の予想外の反応を見せた。
「…こ、恋しくなんか、ないわよ…っ」
 涙目に震える声。さすがの非モテ騎士も理解した。
 あ、地雷踏んじゃった、と。
「な、な、泣くな! おい!」
 ぐしぐしと両手で顔を覆い拭う陽菜に真剣に狼狽える。あわわあわわ、小学生とはいえ女性の涙など滅多に遭遇する機会のない彼にはどう宥めたらいいのかも検討がつかなかった。
「あんたなんか大っ嫌い!」
 陽菜はバシーンとラグナの頬を思い切り叩いて逃げ去っていった。
「…」
 非モテ騎士ラグナ一生の不覚。
 じいいいいんと痛む頬を押さえながら、彼は肝に銘じた。
 子供を子供扱いする時は気をつけよう、と。


●何だかんだで体育館入口
「…なんだ。ここの体育館は入口と中への鍵は別々なのか」
 月彦は肩すかしを食らったように呟く。
 それは他の面々も同じで、外履きと館履きを履き替えるスペースで立ち往生してしまった。
 体育館への扉は、今は南京錠で閉ざされその上に暗号文の紙、下の床に五つの木箱が綺麗に並べられていた。それぞれの木箱の蓋には数字が刻印されている。

―クロノスとカイロスが示す
―不吉の数字が刻まれし
―小箱に封印されし鍵を手に
―囚われし姫君を救うべし

 0、4、7、9、13

「不吉な数字、ねぇ…」
 クチャクチャとガムを噛みながら棗はスマートフォンを操作して暗号に書かれたクロノスとカイロスについて調べ出す。
「ここまできて13でなかったら不思議ですね…」
 紫翠の言葉に一同苦笑してしまう。
 何しろ『怪盗13』からの招待なのだ。むしろ13以外の方がおかしい。
 だが、それも引っかけかもしれないと八人揃って考え始める。
「クロノスとかカイロスも占い部で読んだ本に載ってたなぁ」
 何だったかはよく覚えていないが。
「どっちも時間の神様だな。時間と時刻を示してるっぽい」
 ミシェルの疑問に、スマートフォンをいじっていた棗が答える。図書館で本を漁らなくてもいい便利な世の中だ。
「そういえば、クロノス時間とカイロス時間というのがあったな」
 ふむり、と静矢が呟く。
 クロノス時間は、過去から未来へと単調に流れる時間のこと、カイロス時間は速度を変え、繰り返したり逆流したり様々な変化を伴う人間の内的な時間のことである。
「常に流れる時間からすれば不吉な数字なのは静止…0か? …やや考え過ぎかもしれないが…」
 先刻も考えすぎたせいで小麦粉弾を食らったのである。真剣に成らざるを得ない。
「んー、俺も0だな。これで違うならしかたねぇか」
 ぷぅう、ぱん。風船ガムを膨らませながら棗も頷いている。
「ふむ、不吉の数字か…」
 今までの出来事をあらかた聞き終えたラグナは、悩みつつも自分なりの答えを口にする。
「時間を表わすものなら、時計の文字盤にある4と9だな。足せば13になるし」
 結局のところ13が有力という説を裏返すものはない。
「不吉の数字はやっぱり13だし〜」
「13なのー」
 ミシェルとあまねの言葉は一般論だ。
(そういえば、実年齢を入れ替えると13になるな…)
 紫翠の思考は若干脱線気味である。
 それぞれが悩み終えたところで、どの箱を最初に開くか決めにかかる。
「とりあえず13の箱を開け、それで不正解なら別の箱を開ける、が無難か」
 月彦のまとめに賛成、と手が上がる。
 問題は誰が開けるかなのだが、それについては、
「じゃんけーん、ぽんっ」
 わかりやすい決め方に落ち着いた。
「負けたのーっ」
 ぷるぷるとグーの拳を震わせながらあまねは13の木箱を手に持つ。
 大丈夫、ここまで来てハズレるわけがない。
 自分に言い聞かせ気合いを込めて蓋を開く。
「ていっ」
 …何も起きないことを確認し、中の鍵を取る。
「せーかいーなのー!!」
 喜びにぴょんと飛び上がるあまねの背後で、ぼふんと妙な音がした。
 七人の注目を浴びる中、勝手に0の箱を開けた棗は再び顔を真っ白にしたのだった。
「あはっ、不正解! …あま。これ粉砂糖か…!」
 なぜか嬉しそうである。
 泣いても笑ってもこれが最後の問。
(ここで一つの決着をつけたいのは俺もかな)
 怪盗対怪盗の問題と答えは用意した。
 イアンは影でこそこそ怪盗衣装に着替えながら考える。
(負けたら負けた、それもいいかもしれんね)
 ひとつの区切りとして。怪盗13最後の挑戦に挑戦で挑む。
「それじゃ、開けるのー!」
 あまねは手にした鍵を差し込み、回して南京錠を外す。
 そうしてバンと両手で体育館の扉を開いた。


●ゴールのその先で
 体育館の中は真っ暗だった。
 怯むことなく足を踏み入れた八人は、カチッと何かのスイッチが押されるような音を耳にした。
「レディースアーーーンドジェントルメーーーン!」
 スピーカーから楽しげな声が響き渡る。
 カッと4つのスポットライトが交錯するように映し出したのは銀一色の怪盗13と、硝子の棺(?)で眠る一葉の姿だった。
「ようこそ最終ステージへ!」
 力強く言った男の姿に、
「わー…本当に銀だ…」
 初めて目にする紫翠は呆れたように呟く。
「怪盗13! 一葉先生に何をしたしっ!」
「先生を返してもらうのー!」
 ミシェルとあまねはノリノリで叫ぶ。
「まったく、どうして『怪盗』とやらは夜行性なのだ? 正直眠くなってきたぞ!」
 ラグナは苦情めいたことを述べる。
「はっはっはっ! これから最後の問題を」
「の前に!」
 イアンはマントを翻して前に進み出る。
「闇夜を貫く白い閃光! 怪盗ダークフーキーン見参! 13、いつも挑戦されてばかりだから、最後に知恵比べをしようじゃないか!」
 こっちもノリノリです。
「ほう。ダークフーキーンからの挑戦か。…よかろう!」
 カッとスポットライトがひとつダークフーキーンを照らし出す。よくよく見ればそのスポットライトの傍に陽菜の姿があった。アドリブにも臨機応変。
 ただ、怪盗13を後ろから網で捕らえようとした月彦はタイミングを失った。
「この中に一人、俺の協力者がいる。その人から見事、大切なものを盗み出してみてよ」
「協力者だと…?」
「そう。俺を含め、ラグナさん、ミシェルさん、あまねさんの中に答えがある。そして、その人はあなたの大切なものを預かっている!」
 ふむ、と怪盗13は考える素振りを見せる。
「私の大切なものとは何かね?」
「ふふ、一枚の写真だよ。その様子では相棒から何も聞いていないようだね」
 その相棒は二階ギャラリーの手すりに寄りかかって傍観の構えである。
「ひとつ目のヒントは『かの道真公と仲が悪い』、ふたつ目のヒントは『女性の英雄であり魔女である者と縁のある地の生まれ』、最後のヒントは『八部衆の名を関する職につく者』だ!」
 どうだ、と胸を張るダークフーキーンに怪盗13は暫し沈黙した後、にやりと笑った。
「面白い問題だ。たまには挑まれるのも良いものだな」
「さぁ、答えは?」
 不敵に笑った怪盗13は棺の傍を離れると、ミシェルの前でマントを払って跪いた。
「私の宝物を返していただけるかな、お嬢さん」
「ええっ? なんで!? どうしてわかったのぉ!?」
 素っ頓狂な声に彼はチッチッチッとわざとらしく人差し指を振ってみせる。
「女性を悪く言うのはあまり感心せんが、道真公と仲が悪いというのはおそらく学問に関して。或いは成績があまり芳しくないという意味だろう。次に。女性の英雄で魔女といえばジャンヌ・ダルクに他ならない。つまりフランス出身者。最後の八部衆はそのままだ」
「くっ」
「成績が芳しくなく、フランス出身の、阿修羅。該当するのはミシェル・ギルバート嬢しかいない!」
 鮮やかな推理におおーと拍手が上がる。
「俺の、負けだ」
 怪盗ダークフーキーンはマントを翻して後ろを向く。
「それを言うならば、ここまで辿りつかれた私も負けと言う事になるな」
 謎を解かれたと言う意味では両者引き分け、勝負はついていない。
 是非またこうやって謎を掛け合いたいものだと差し出した怪盗13の手を握り返して、ダークフーキーンは仮面越しに笑いあった。

「はいっ、宝物!」
 ミシェルはポケットからフォトスタンドを取り出して正解者に手渡す。フォトスタンドには『怪盗ダークフーキーン参上!』というカードが添えられていた。
「それでは最後の問題だ。わかった者に行動で示してもらおう」
 わくわく、と身を乗り出す者数名。
「硝子の棺で眠る姫君。さて、目覚めさせる方法は?」
「…」
 微妙な沈黙の後、恐る恐るラグナが手を挙げる。
「行動で示す、と言ったか?」
「ああ」
「…」
 いやうんそれって、あれですよね。目覚めのキ…キャー。
 黙り込む男性陣を尻目にあまねがぴょこっと手を挙げる。
「それってほっぺでもいいのー?」
「うむ。問題ない」
 なにそのいい笑顔。
「だったらあたしも〜! …え、なに? シスイ」
 未だ養護教諭の性別を誤解したままの恋人の肩を掴んで止めるのはまあ、親心のようなもの。
 てくてくと棺に近寄って、あまねが一葉の頬にキスをする。と、一葉はパチリと目を開いた。最初から起きてたでしょうアナタ。
「ふっふふー。素敵なプレゼントもらっちゃったわ」
 にこにこと微笑んで立ち上がる一葉に合わせて、体育館全体に明かりが灯る。
 壁際のテーブルににケーキやら料理やらが用意されている。
「姫君の誕生日祝いと、窃盗団捕縛協力のささやかな礼だ」
 優雅に一礼した怪盗13はするっと仮面と銀髪のカツラを取り払う。
「ハッピーバーズデー、カズハ先生」
「あっ。なるほど! おめでとう、カズハ先生ー!」
「おめでとうなのー!」
 種明かしをしてしまえば簡単なことだ。
「やはりな…」
 タイミング的にこういうことだろうと予測していた静矢は苦笑する。
「貴方が怪盗13ですか。ミシェルがお世話になってます」
 初対面の紫翠の言葉に、彼は首を傾げる。はて彼女とどいういう関係だろうと疑問に思ったようだ。
「僕は、突っ走る刑事のストッパー助手というところです」
 くすっと笑って、紫翠はミシェルの頭を撫でる。
 ほのぼのした雰囲気に場が和んだ。
 月彦はすっと基一に歩み寄ると気になっていたことを尋ねた。
「訊いていいか。なぜ3問目だけが神話ではないのか…確かにローマつながりではあるが、ゼウス、アルテミス、クロノスと来て、なぜローマ帝王の言葉であるのか、疑問だ…」
「うん? 暗号は解けたんだろう?」
 言うまでもないと肩を竦めた基一の代わりに、ギャラリーから下りてきた陽菜がそれに答えた。
「発想が逆なの。『Veni, vidi, vici.』を使いたいから神話を引っ張って来たのよ。ここに『来た』、暗号を『見た』、そして『勝った』っていう意味」
「なるほど、ギリシア神話か…どうせなら、私はバッカスの恩恵にあずかりたいものだがな」
 バッカスは酒の神である。要するに酒が飲みたいとラグナは言ったわけだが、その背に忍び寄る魔手。
「あらー、校内で飲酒したいなんて良い度胸ねえ」
「せっ、先生!?」
「陽菜ちゃんにいじわるした悪い子にはおしおきしちゃうわよー」
 にこにこと笑う一葉に捕まった非モテ騎士。合掌。
「ねえねえ、どうして『怪盗13』なの?」
 ずっと疑問に思っていたことをミシェルが問いかける。
「いやなに、我々は天使・悪魔と戦う身だからな。変に伝説上の名前を使うよりかは一般に知られた単語の方がいいだろうと、それだけなんだが」
 なるほど納得である。
「基一も陽菜も、また一緒に遊ぼうねっ」
「ま、まあ、遊んでやらないこともないわっ」
 あ、デレた。
 それはさておき、あまねは基一の服袖を引っ張って、ものすごくわくわくした表情で尋ねた。
「ねぇ、楽しかったなのー?」
 今回のゲームはどちらにとっても遊びだった。
 遊びなら楽しまなくては。
 基一は満足げに微笑みを返した。
「ああ、とても楽しかった」

 さて、遊びその2のお時間。
「今度は僕のお遊びに参加してもらおう…僕はお前を捕まえる…楽しいレースをしよう…なに…簡単なお遊びだ…」
 不敵に笑う月彦の言葉に、基一は銀髪ヅラを被り直すともう一人の怪盗に声をかけた。
「ダークフーキーン! 逃げた方がよさそうだぞ!」
「え、俺も!?」
「あ、じゃあ俺は月彦の手伝いをするな」
 便乗してきた棗の言葉にイアンは顔を引きつらせて逃げ始める。
 怪盗を捕まえるゲームに興じる四人を横目に、残りの人々はケーキを食べたり新しい企みを考えたりと実に賑やかだ。



 ひとつの事件に決着がついた。
 何の因果か出逢った人々の間に絆が生まれた。
 事件がなければ出逢うことのなかったかもしれない人々が、そこに笑っている。
 もしまたどこかで出逢うことがあったら、その時はまた力を合わせて事件を解決しよう。
 誰からともなく再会の約束をし、怪盗13の舞台は幕を閉じた。


 ――我が盟友に、勝利の女神の祝福あれ。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 守護司る魂の解放者・イアン・J・アルビス(ja0084)
 ラッキーガール・ミシェル・G・癸乃(ja0205)
 KILL ALL RIAJU・ラグナ・グラウシード(ja3538)
重体: −
面白かった!:6人

守護司る魂の解放者・
イアン・J・アルビス(ja0084)

大学部4年4組 男 ディバインナイト
ラッキーガール・
ミシェル・G・癸乃(ja0205)

大学部4年130組 女 阿修羅
反撃の兎・
あまね(ja1985)

中等部1年2組 女 鬼道忍軍
KILL ALL RIAJU・
ラグナ・グラウシード(ja3538)

大学部5年54組 男 ディバインナイト
愛妻家・
癸乃 紫翠(ja3832)

大学部7年107組 男 阿修羅
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
人形遣い・
日谷 月彦(ja5877)

大学部7年195組 男 阿修羅
リア充・
九重 棗(ja6680)

大学部4年2組 男 阿修羅