●下準備
ピ、ピピピ、ピ。
陽菜が端末を操作すると、簡単に倉庫の扉は開いた。
「では、後ほど」
宮田 紗里奈(
ja3561)は待ち伏せするために倉庫内へ姿を消す。鳳 静矢(
ja3856)は光信機で一度、倉庫内の紗里奈と連絡を取れることを確認して、陽菜と共に倉庫の入口が確認できる物陰に隠れる。陽菜は早速、愛用の携帯端末を駆使してパスワードの変更――ハッキングに取りかかる。
「シュトラッサー、にしてはチャチな気もするが…どちらにせよ、やれることはやらなければな」
ラグナ・グラウシード(
ja3538)は付近に怪しい車両かないか見て回り、イアン・J・アルビス(
ja0084)、あまね(
ja1985)、華成 希沙良(
ja7204)はそれぞれ倉庫の入口を包囲するように物陰に潜み気配を消した。
「今日はよろしくねっ♪」
ミシェル・ギルバート(
ja0205)と牧野 穂鳥(
ja2029)は恭本基一と共に大学のとある棟の教室に身を潜める。本日の授業は終了しており、灯りを消して内側から鍵をかけておけば誰も入ってこない。この教室は内通者二人が待ち合わせる場所の真上なのだ。
そして連絡係を任された山咲 一葉(jz0066)は近くの寮の空き部屋を教師権限で貸し切り、ゆったりとくつろいでその時を待った。
●内通者を捕らえよ
(まさかこの久遠ヶ原相手に泥棒を企てるなんて)
穂鳥が呆れながらも用意したロープを握っていると、
「右から一人、左から一人」
いつもの銀装束で怪盗に扮した基一が呟く。
トーテムポールのようにひょこりとミシェルと穂鳥も窓から下を覗くと、男が二人歩み寄って親しげに肩を叩いている姿が見えた。
「よくやったな」
「お前こそ」
事前の情報では、この二人は学年も専攻も異なる撃退士で、接点は見当たらないという。少なくともこんな深夜人目を避けて逢うような仲でないのは確かだ。
(絶対捕まえるしっ)
三人は顔を見合わせると、音を立てずに窓を開けて飛び降りた。
「ていっ」
ミシェルの手刀が一人の背中を打ち、もう一人の後ろに降り立った穂鳥の手が男の背を撫でるとバヂバヂっと静電気が弾けるような音がした。相手が全身を痺れさせている内に怪盗13が素早くロープで縛り上げる。
鮮やかな手腕で男二人を捕らえると、穂鳥は腰に片手を当てて冷ややかな眼差しを向けた。
「月並みですが、観念して大人しくお縄についていただきましょう」
「な、何のことだ!? 誰だお前達!」
ミシェルはわざとらしく、もったいをつけて言った。
「倉庫に行ってる君達の仲間、捕まえたってさ…先に喋れば後々、有利だよ? どうする?」
「嘘だ! 決行までまだ時間があるはず…!」
「馬鹿野郎! はったりだ!」
男達は身をよじって逃げようとするが、あいにく身体が痺れてうまく動くことができない。怪盗13は男の胸ポケットから小型記録媒体を抜き取る。
「証拠も出た。3対2で逃げられると思うなよ」
「持っている情報は余さず吐いていただけますか? こちらは実力行使も辞しませんので…そのおつもりで」
穏やかな微笑みを浮かべた穂鳥は男の首に指を這わせた。
「内通者ゲットね。OK。こっちは怪しい車が来たところよー」
双眼鏡片手に一葉は余裕綽々で教え子達の戦いを見つめる。
●窃盗団を捕らえよ
(こっそり忍び込もうとは窃盗団らしいと言えば窃盗団らしいね。しかし火事場泥棒はいただけないな)
イアン改め怪盗ダークフーキーンは目の前を黒いバンが通り過ぎたのを見て、腰を上げる。
「さて、窃盗団と怪盗の差、見せてあげるとしますか」
倉庫の前に止まったバンからは二人の男と一人の女が下りてきた。陽菜がしたように端末を操作するが、鍵は開かない。
「おかしいな。これで合ってるはずだが……」
もう一度試そう手間取っている間に希沙良がスキルで相手が天魔かどうかを確認する。傍にいるあまねに、首を横に振って結果を伝える。少なくとも天使やサーバントが化けている気配はないと。
結果を知った彼女は臆することなくパスワード解除に手間取る三人の背後に忍び寄った。
「わーるいことするこは、おしおきなのー!」
あまねの声を合図に、
「闇夜を貫く白い閃光! 怪盗ダークフーキーン見参!」
「天使の尖兵がこそ泥か…随分と低レベルなことだな!」
外で待ち伏せしていた五人で包囲を固める。
「V兵器は人類を護る道具…何故お前達が必要とするのか!?」
静矢の問いに、リーダーらしき男が大ぶりの剣を出現させて答える。
「我らは神の御遣い! すべての創造物はすべからく神に捧げるために存在する!」
おそらく彼が窃盗団の首領・田中英二だろう。
恍惚とした表情で大義を語るが、三人背を合わせ武器を構えるところを見ると話し合いは通じそうにない。
「あんたがリーダー? 悪いけど、ちゃんとした形で堂々と盗みに来てね!」
「手加減は、してあげるの。でも怪我しちゃったらごめんなさいなの。悪いことしちゃったジゴウジトクだと思ってなの!」
怪盗の美学と盗人への警告。
あまねは苦無を三人の足下を狙って投げ、個々に分かれたところを迎え撃つ。
怪盗ダークフーキーンは首領・田中英二を。
静矢は腹心の部下と思われる男を。
あまねは黒いレザースーツを着た女を。
そして戦闘が始まった隙にラグナは、彼らが乗ってきたバンのタイヤを剣で引き裂いて使用不可にしてしまう。それから首領を敵と定めて戦闘に加わった。
「袋のネズミだな」
静矢は愛剣を構えながら余裕の笑み
を浮かべる。
「…」
対する男は無表情に、両手にダガーを持ち交差するように構えた。武器には見慣れた黒い炎のようなエネルギーがまとわりついており、彼がアウル能力者であることを示していた。
「勝負!」
一般人であれば重傷を負わせないように気を遣う必要があったが、これなら相手にとって不足はない。たちまち激しい剣戟が始まった。
静矢が大太刀を振るうのに対して、相手は近距離を得意とする獲物である。しかも両手に武器を持っている。剣舞のような攻撃を正確に受け止め、攻勢に打って出られたのはひとえに彼の経験がものを言った。
「悪くない腕だが、相手が悪かったな」
すらりと刃先を首筋に当てられ、敵は戦意喪失した。
「こんなおこちゃまが相手だなんて、興醒めだわ」
艶やかな声で嗤った女の手には鞭、太ももには銃が装備されている。やはり彼女もアウル能力者のようだ。
「ちっちゃいと思ってなめるんじゃないのー!」
あまねはたたんっ、と地面の次に壁を蹴り、苦無を持って予測不能の動きで女を翻弄しながらじわじわと追い詰めていく。
「ちいっ」
彼女の速度は目で追いかけることさえ難しかった。
しかし鞭というのは厄介な武器である。相手が見えなくても大体の方角さえわかれば当てることが可能なのだ。あまねはしつこく女の足を狙い、体勢を崩させたところで鞭をたたき落とした。
「全力で相手をつぶす気でかからなきゃ、おこちゃまにも勝てないのー」
ふふん、と小学1年生のあまねは胸を張ってみせた。
「うん、この先は通行止。通りたいなら賢くね?」
ダークフーキーンは仮面の下に余裕の表情を浮かべ、田中英二と正面から向き合う。彼は既にダークフーキーンの術中にあった。
「窃盗団もそれなりの美学ってのを持ってやんな!」
鋭い剣の一閃を受け止めたところへ、
「逃がさんぞッ、リア充ッ!」
背後から襲い来るラグナの攻撃をなんとかしのいで見せるが、2対1での戦闘は不利極まりない。しかも希沙良が物陰から、
「…癒さ…せて…下さい…ね……」
と回復支援を行ってくる。
相手がシュトラッサーかもしれないという情報から、2人は決して手を抜かず本気で攻撃を仕掛ける。
確かに田中英二は猛者だった。
剣の一太刀一太刀がそれを物語っている。
だが、仲間の劣勢に彼は気を取られた。
「サラ! アラタ!」
「よそ見しちゃいけないよ!」
真剣勝負に油断は禁物。腕に刀傷を作りつつ後退し、建物の壁際へ追い詰められる。
「愚かな、ことを」
高見の見物をする一葉から連絡を受け取った紗里奈は陽菜にロックを解除してもらい外に出る。扉はすぐにオートロックがかかり、陽菜は素早くパスワードを変更してみせた。
「ずらかるぞ!」
ただでさえ劣勢の状況に、また一人加わり窃盗団は逃亡を図るがそれは無駄な足掻きにして最大の隙を生んだ。
「逃がすか!」
静矢の剣から紫色のアウルが放たれ、窃盗団の足を薙ぎ払う。
地面に転がった三人はあっという間にロープとガムテープで捕縛された。
●尋問タイム
内通者の男二人をずるずると引きずって全員が合流したところで、改めて質疑が開始された。
「正直に言わないとこわいことをするのー」
にまにまと笑うあまねは拷問を仄めかすが、内容はくすぐりの刑である。
だが、倉庫へ来た三人は黙して語らない。この程度で、ということらしい。
代わりに、内通者の男達は、
「目玉の一つや、二つ。抉ったところ、で。死にはしない、ですが。それが嫌、ならば…」
首領を人質にとられたこともあり、紗里奈の脅し文句にあっさりと白旗を揚げた。
「エイジさんを殺さないでくれ! エイジさんは前科者の俺たちを家族だと言って受け入れてくれたんだ!」
そもそも彼らはアウル能力に目覚める前に犯罪を犯し、刑務所に入っていたのだという。アウルの能力に目覚めたところでまた悪さをするだろうと誰も信じてくれず、路頭に迷いかけたところをエイジに誘われ窃盗団アーク・エンジェルが結成された。
話を聞く限り、エイジはシュトラッサーではない。だが、
「この力は仲間を守るために神が与えてくれたんだ。だから俺は神の御遣い――天使の僕として役目を果たす」
田中英二本人は頑として事実を認めなかった。
彼は本気で自分をシュトラッサーだと信じているのだ。噂の出所は彼の言動なのだろう。
「この分だと黒幕が天使ということはなさそうだな」
「そのようだ」
静矢とラグナは内心ほっとしていた。
京都での事例を見る限り、本物のシュトラッサーの強さはこんなものではない。太刀打ちできるかも怪しいところだ。
「奪ったV兵器は、自分たちで使うつもりだったんですね」
納得したように穂鳥は呟く。
武器があればより効率的に犯罪が可能だ。しかし静矢の言の通り、学園のこれらは人類を護るための道具である。犯罪者に渡すわけにはいかなかった。
「アジトはどこかさっさと白状するんだしーっ」
元気良くミシェルが言うと、エイジは嘲笑を浮かべた。
「無駄なことだ。合流時刻を過ぎた以上、既に遠瀬に向かっているはずだ」
「船か。さすがにそれは追えない、が…」
ダークフーキーンはほくそ笑む。
「首領が捕らえられた以上、逃げ続けるとは思えない」
少し会話しただけでも窃盗団がエイジに向ける信頼が確かなことがわかる。一種のカリスマの持ち主なのだ。彼抜きで窃盗団を維持し続けることはできないだろう。
「協力を感謝する。これで肩の荷も下りるというものだ」
「えへへっ、お安いご用なんだしっ」
「他人事ではありませんでしたから」
基一の言葉にミシェルと穂鳥は表情を和らげた。
「まあ、ちょっとは格好良かったわよ」
今回戦闘には参加しなかった陽菜は、相変わらずツンとした態度で一同をねぎらう。
「あら、陽菜ちゃんも大活躍だったじゃない。お疲れ様」
「よ、余計なお世話よっ」
一葉に頭を撫でられて陽菜が顔を真っ赤にすると、自然と笑いが零れた。
とにもかくにも、一段落である。
犯罪者を引き渡した後、彼らは簡単な挨拶を交わして別れた。
ひとつの達成感を胸に――だが、まだすべては終わっていなかったのである。
彼らがそれを知るのはもう少し先のことだ。
「いやあ! 皆さん、お手柄ですよ!」
指名手配されていた窃盗団ということもあり、担当の撃退士に引き渡すと純粋な好意で受け入れられた。
「こいつがシュトラッサーというのはガセネタだったようだ」
ラグナの言葉にエイジはむっとしたような表情になるが、もはや抵抗はしなかった。彼は思いこみの激しい性格だが、その分仲間思いでもあるのだ。仲間を置いて逃げるくらいなら、と覚悟を決めたらしい。
「それにしても久遠ヶ原に乗り込もうだなんて、とんでもない連中だ。皆さんが見つけてくれたから良かったものの、成功されたらとんでもないことになってましたよ」
偶然にもたらされた情報から捕縛することができたが、彼らにとっては成功する見込みの高い賭けだったのだ。
「後ほど報告書にまとめて提出します」
変装を解いた基一がそう締めくくって、一同は空が明るんできた外へ出た。ひんやりとした空気が心地良い。
「ふあー…徹夜しちゃったんだし…」
授業中居眠りしそうだとぼやくミシェルに、穂鳥は微笑みかける。
「今日くらいは大目にみてもらえると嬉しいですね」
「私もねむいのー…」
緊張から解放された少年少女は学園への道を歩く。
成長の確かな手応えを感じつつ、年相応の表情を見せながら…また、今日が始まる。