●晩餐の始まり
予告状を手に八人は、予告のあった校舎の前に立った。
「爆弾、とは穏やかではないな…誇り高きディバインナイトの名にかけて、必ずや阻止して見せよう!」
「むー。…爆発させたら、後が大変そうなの。とってもとっても迷惑なのー!」
正義感に燃えるラグナ・グラウシード(
ja3538)とあまね(
ja1985)の横で、
(なんか、宝探しみたいで面白そうかも…っと、依頼依頼! 爆発させないように気をつけなきゃね)
少し面白がってる自分を抑えつつ武田 美月(
ja4394)はそんな風に思っていた。
意外な依頼人に驚きを隠せないミシェル・ギルバート(
ja0205)である。
「まさか怪盗13から依頼が来るとは…仕方ないし、学園美少女刑事(デカ)、今回は協力してあげるんだしっ!」
「同業者をようやく発見! でも、校舎に爆弾はやりすぎかなー」
「…ところで、怪盗って案外多い職業?」
「いや、こりゃ一言いわんとでしょ」
なぜか活き活きとしているイアン・J・アルビス(
ja0084)は、仮面とマントとスーツを着用している。これではどっちが怪盗だかわからない、というより同業者ということは怪盗なのだろう。
午後の19時を針が指した直後、屋上に火花が散った。
ひゅ〜…パン、パパン、パパパン、パンッ、 バ ババババッ
「は、花火なのー!?」
「ゲームスタート、ってことだろうね。怪盗として、こういう演出は嫌いじゃないよ」
初春の澄み渡った寒空に、花火の色と音が冴え渡る。
「あたしもこういう人嫌いじゃないけどねぇ…ま、モノがモノだし。折角の御招待、付き合ってあげよーじゃないの!」
卯月 瑞花(
ja0623)は苦笑し、
「TPOを弁えてほしいです。そして私の睡眠時間を返してもらいたいものです。なんという…騒・音…安・眠・妨・害」
鳥海 月花(
ja1538)はぐぐっと拳を握りしめた。
「では、予定通り三班に分かれて爆弾の解除だな? 行こう」
冷静な坂月 ゆら(
ja0081)の言葉にそれぞれ返事を返して彼らは行動を開始した。…が、ひとつだけ大切なことを忘れていた。それは19時――午後7時という時間帯にはまだ、食堂のある校舎には学生を始め人がまだ残っているということを。
●爆弾7
A班の瑞花・ゆら・ラグナがまず向かうは音楽室である。
ヒントの『学人の歌声+叩けば弾く魔器』は明らかに音楽室を指し示している。問題はどの楽器に爆弾が仕掛けられているか、だ。
「叩けば弾く魔器はズバリ、コレだよ!」
瑞花が指さしたのは窓際の大きなグランドピアノだった。
「…何故にピアノだ? 魔器とやらを探すのではないのか?」
「とりあえず開けてみようではないか」
「ふむ…?」
謎解きの主旨を理解していないのか、ゆらは首を傾げつつグランドピアノの蓋を開いた。そうしてきょとんと目を瞬かせた後、白い箱状の物を取り出した。
「これが爆弾か。うむ、解除スイッチと書いてあるな」
「うわあ!? さ、坂月さん!? 先に解除スイッチを!」
「む、そうだな」
カチッと押してひとつめの爆弾は無事解除されたのだった。
「次は美術室だね! 二人とも急ごう!」
B班の美月・あまね・月花は一階にある消火栓の前に来ていた。
目的は『最下層の開かずの扉+禁断のベル』の爆弾である。
「じゃっじゃーん! 消火栓の鍵だよー。借りて来ちゃった」
自慢げに鍵を見せつけた美月に、鳥花が眠そうに尋ねた。
「消火栓て鍵ついてましたっけ?」
「うん、イタズラ防止で取り付けたんだって」
「でもこの中って見たことがないからドキドキするですのー」
言いながら三人は鍵を開けて赤い扉を開く。
中に収納されたホースの隙間に四角い異物がねじ込まれていた。
「これが爆弾だね。解除スイッチ、ぽんっと」
こうしてふたつめの爆弾も無事解除されたのだった。
C班のミシェル・イアンは生物室に来ていた。
『実験の居城+ホムンクルスの住処』の爆弾が目的である。
「隠せる場所なんて限られると思うんだけどなー」
二人は棚の隅から隅まで探してみるのだが、これが中々見つからない。爆弾もダミーも、だ。
「念のため準備室の方も見てみようか」
「了解なのだし〜っ」
隣の準備室に移動した二人はホルマリン漬の棚の一番下に白い箱を発見した。ずずずっと引き出してみると、カウントダウン式のタイマーが付いたダイナマイトが入っていた。
「爆弾発見だし!」
「よし、解除しよう」
「念のために防毒マスクつけるねっ」
ミシェルは防毒マスクをしっかり着けて解除スイッチを押す。と、ぷしゅううううと白い煙が勢いよくダイナマイトから吹き出してきた。
「うそっ? ダミーなのだし!?」
慌てる彼女の視界は白く染まり、イアンが激しく咽せる声だけが狭い準備室に響き渡る。急いで換気をしたものの時既に遅し。靄が晴れた時にはイアンは怪盗姿のままぐったりと床に倒れていた。
「イアンくん!?」
「…むにゃ…やみよをつらぬく…むにゃむにゃ…」
「起きて! 怪盗ダークフーキーン! …うわあ、完全に眠っちゃってる…」
どうやら即効性の催眠ガスが仕込まれていたようだ。
「れれれ連絡しなきゃだしー!」
ひとりぽっちになったミシェルは慌てて携帯電話を取り出した。
そして校庭。
花火に誘われるとは学生の悲しきサガかな。彼らは打ち上げ花火の残り物っぽいものを発見し、喜び勇んで近寄り、足下に置かれたスイッチを踏んでしまったのだった。
●解除2、ダミー2、脱落1
「何! イアン殿が脱落!? しかもホルマリン漬がハズレだと!?」
美術室の入口を開けようとしていたA班はミシェルからの連絡に驚きを隠せない。
「むう、ミシェルが一人きりになってしまった」
「どうする? 坂月さん、ラグナくん。合流した方がいいかな?」
瑞花は二人に尋ねてみたが、自分たちが解除すべき爆弾はまだふたつある。ラグナは頭を横に振った。
「危険は承知だが、ミシェル殿には屋上に急いでもらおう。それからB班に合流が妥当だと思う。屋上の爆弾は間違いないはずだ」
「我々も急いだ方がいいな。腕欠けたる女神…」
ゆらは美術室を見回すが、その背を叩いて瑞花が言った。
「ゆらちゃん、今、そこのモナリザの目がこっち…ってゆらちゃん鈍感だしこういうの通じないか…」
「む? モナリザの複製画がどうかしたのか?」
「なんでもない」
誤魔化しながら瑞花はふたつ並んだミロのヴィーナスに向き直った。
「並べるだなんてわかりやすいね。本物は中身がカラの石膏像だから、爆弾の方が重いはずだよね?」
「よし比べて、って…背中にデカデカと爆弾って書いてあるし! 面倒だな…目立ちたがり屋の女性というのは」
「あはは、どんな人だろう?」
話し込む二人に構わずゆらは解除スイッチを押したのだった。
懐中電灯を頼りにひとり屋上へ向かいながらミシェルは鬱々と考えていた。
(前回の失敗は自分のせいだし…ていうかイアンくん、絶対に仇は取るからね! レディを捕まえたら怪盗13についても何か分かるかもだし…それに…絶対どこかで見てる筈だしっ)
『天井を歩む+水満ちたる器』は屋上の貯水タンクと推理したのだが、果たしてその推理通り、貯水タンクの傍に白い四角の塊が置いてあった。
(これ本物だし? 贋物だし? これ以上間違えられないんだしーっ! どっち? どっち?)
解除スイッチと膝を抱えて向き合っていると、
「躊躇うことはない、それは本物だ。解除したまえ」
いつか聴いたような偉そうな声が聞こえてきた。
「こ、この声はっ」
「まさかキミが屋上に来るとはな。これもまた運命という奴かな? 学園美少女刑事ミシェルよ」
かくして因縁の再会は果たされた。
『針と糸の舞踏+冷たい棺』を探してB班は家庭科室へと向かっていた。
「おっ、ミシェルさん屋上の爆弾解除したって! よかった!」
美月が喜びの声を上げると、一緒にいたふたりもほっとしたように微笑んだ。
「これで残る爆弾はみっつですね」
「家庭科室だけやけに遠いのー。どういう設計してるなのー?」
月花とあまねがそれぞれ呟いたが、三人の足は家庭科室を前にして止まってしまった。家庭科室に明かりが煌々と点いていたからだ。
「いる、ってことでいいのかな?」
「挑発されてるなのー?」
「多分ね。鳥海さん、解除の方よろしくね。あと、みんなにメール送っとこ」
素早く携帯を操作する美月の横で、月花は眠気覚ましに新たな唐辛子味飴を口に含んだ。
「ふっ、金輪際こんなことができなくなるくらい心をへし折ってやりましょう」
そして彼女たちは家庭科室の扉を開いた。
●解除4、ダミー2、脱落1
屋上の爆弾解除と家庭科室にB・レディ出現の報を受けてA班は急ぎ足で購買へと向かっていた。実を言うと『欲望を満たす場+欲望の象徴が眠る』場所の候補はふたつあり、ダミー発動がふたつ以下ならとりあえず購買から解除してみようという予定だったのだが、校舎の外で起きた出来事を彼らは知らない。あとひとつダミーを押すと爆発してしまうことに気付いていないのだ。
購買では仕事締めの作業にかかっていて、販売員は売上の確認や品物の補充をしていた。他人がいるところで勝手をするわけにはいかない。
「仕事中失礼する」
「不審物見かけませんでしたかー? こう、白くて四角い感じの」
ゆらと瑞花が声をかけると販売員は小首を傾げた。
「実はこの校舎に爆弾が仕掛けられたという情報がありまして。レジの裏を見せてもらってもいいですか?」
「構わないよ」
快く応じてもらえたのでラグナがレジの裏に回ると、そこには件の白い塊があった。
「爆弾発見ー!」
「ようこそ、針と糸の踊る場所へ! 舞踏会への参加者はあなたたち三人かしら?」
家庭科室の机の上に積み上げられた椅子の上に座って待っていたのは、ピンクの髪をサイドテールにまとめた少女だった。顔を隠すためか、仮装グッズで売られていそうな蝶の仮面をつけているが、その体型は隠しようもない。どう見ても小学生か中学一年生である。
「さて、と。あたし待ちくたびれちゃった」
見下すB・レディの言葉に、月花は冷たい視線を向けた。
「あぁ、怪盗という名の爆弾魔さんですか、夜分遅くにご苦労様です」
あまねはあくまでも『遅延戦術』の戦略通り、そして隙あらば相手に抱きつこうと狙って話しかける。
「お姉さん、なんでこんなことするのー? お片づけ大変なのー」
「なんで? そりゃあ浪漫のためね、浪漫」
チッチッチッと指を振られても理解できない浪漫もある。
「とりあえず自己紹介しとこうかな。私は武田 美月。一緒にいるのはあまねと鳥海 月花。…ところで、あなたが本当に爆弾を作ったの? 小学生、よね?」
するとB・レディは気分を害したように唇を尖らせた。
「小学生が爆弾作っちゃいけないってゆーの? 差別反対!」
「間違って他の人が…ってなっちゃったら、迷惑すぎなのー」
同じ小学生でも意見は異なるようだが。
「気づいてます? 人を傷つけようとした段階で強盗とか爆破犯とかまで堕ちてる自分に」
「爆弾魔は褒め言葉だわ!」
彼女は強く言い返したが、痛いところを突かれたのは確かなようだ。
そして時間を稼いでいる間にじりじりと月花は冷蔵庫に辿り着き、扉を開いて一気に解除スイッチを押す。
「これで解除完了です」
「ココはね。でも、実はピンチなんでしょ?」
クスクスと笑うB・レディの言葉にも鋭い刃が宿っている。
「ところで爆弾を全部解除してないのに、こんなところでのんびりしてていいのかしら? 私から直接聞き出そうったってそうはいかないわよ。遠隔爆破はできるけど遠隔解除はできないし♪」
「くっ」
「このゲーム、私の勝ちね! きゃははは!」
B・レディが楽しげな笑い声を上げた時だった。ちゃらら〜と人気アニメの主題歌のメロディが家庭科室に流れ出した。
「え、うそ、誰!? 誰が解除を…」
「運は彼女たちに味方したようだ」
がらりと窓を開けて入ってきたのは、全身銀色の衣装に身を包んだ長身の男だった。
「誰だ?」
居合いの構えを取ったゆらに謎の男は微笑んだようだった。
「依頼人さ。爆弾がすべて解除されたので、ゲーム終了につき彼女を回収しに来た。この度は協力を感謝する」
「白々しい! あんたが答えを教えたんでしょう!?」
「我々に身近な単語のヒントだったからな。もっとも、屋上に彼女一人で来なければ協力することもなかっただろうが」
「彼女?」
あ、と少女たちは顔を見合わせる。
「ミシェルさん!?」
「そう言えばあれから連絡来てないです」
月花が呟いた時、依頼人こと怪盗13はB・レディを抱えてそのまま入ってきたのとは反対側の窓を開けて足を掛けていた。家庭科室を丁度駆け抜けたことになる。
「それでは失礼する。今度は私がゲームを用意するとしよう!」
「ちょっ」
美月が窓枠に手を掛けたが小柄な少女を抱えた男の姿は消えていた。
「ど、どういうこと?」
「ミシェルさんに電話するのー!」
あまねが慌てて携帯を取り出して電話をかける。
「今どこにいるなのー!?」
●ホムンクルスの住処
時刻は少し遡る。
「か、怪盗13だしー!?」
「久しぶり、と言っておこう。ひとまずその爆弾を解除したまえ」
あわあわとミシェルが解除スイッチを押すと、貯水タンクの裏から怪盗13が姿を現わした。そして首を傾げる。
「キミひとりかね?」
「い、一緒にいた人はガスで眠っちゃった」
ミシェルが持つ防毒マスクを見て彼は鷹揚に頷いた。
「どうやら差し入れが役に立ったようだな。ところで爆弾の解除は進んでいるかね?」
「うっ…い、一カ所読みがハズれたんだし…」
素直な反応に彼は思わぬ申し出をしてきた。
「レディをひとりで放り出すことは私の信条に反する。私がここにいることを仲間に報せないならば、ヒント解読を手伝おう」
背に腹は変えられない。
「あ、ありがとぅ…なんて言わないし! 誰のせいだし!」
ミシェルはその条件を呑んだのだった。
そして、化学室。
「ば、爆弾、解除、できたんだしー…」
腰が抜けて床に座り込んでしまったミシェルの元に仲間から電話がかかってきた。
「か、か、か、化学室ー。ぱ、ぱるけるすす? の小人? とかいうのが正解でフラスコのある棚に爆弾があったんだしー…」
気の抜けた声に、納得したようなラグナの声が届く。家庭科室で合流したようだ。
『そうか!』
『ナニ?』
理解できていない美月や他の仲間に彼は解説をする。
『ホムンクルスは錬金術師によって作られたもので、一説によるとフラスコの中でしか生きられないらしい!』
『なるほど、それでフラスコのある棚…って、もっと早く思い出してよ!』
『す、すまん』
そうして一段落ついた後、
「なんか忘れてるしー…?」
首を傾げたミシェルは大声を上げた。
「イアンくん、生物準備室に置きっぱなしだしー! ていうか、次に逢ったら問答無用で御用なんだからー!!」