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昼下がり、陽炎揺らめく炎天下。
住宅地だというのに、うるさいくらいセミの大合唱が聞こえてくる。
件の現場へ到着した撃退士たちは、瓦礫を陰にして現場および地形諸々を確認していた。
「あー暑ィ〜…このクソ暑い中だっつーのにコレは何だってンだよ」
手元の携帯を操作しながら、辟易とした声を発したのはヤナギ・エリューナク(
ja0006)だ。
こう言ってはなんだが、焼け跡は遮るものが少なく風通しが良い。
しかしこの茹だる暑さの中、焼けたという事実そのものがもう暑いし、何より――
「おーおーよー燃えとるのぉ。そのまま燃え尽きたら楽やねんけどなぁ」
ゼロ=シュバイツァー(
jb7501)の呟きも、ヤナギの『コレ』同様、中央に居座るモノへと向けられていた。
メラメラと燃え盛る赤黒い炎を纏う獣、炎獅子だ。
「そんなショボイ天魔だったら確かに楽だけど、俺たちの仕事がなくなるな」
浪風 悠人(
ja3452)は彼の軽口に、隙間風みたくスッと突っ込みを入れる。
「ゆーはん、さすがに冗談ですよ。生真面目なんはその眼鏡はんだけにしといてくださいね」
「生真面目な眼鏡はんってなんだよ、真面目なのは俺だよ!」
二人が漫才に興じている間も、ファーフナー(
jb7826)は周囲と目標の観察に努めていた。
「かなりの被害に犠牲者数だな……幸い、ディアボロは此処に居座っているようだ」
聞きかじった情報によると、最初の火事と合わせると犠牲者は二十一名だそうだ。
被害をもたらした元凶が未だ動いていないのは幸いだが、いつ動くとも知れぬ状況であるため油断は出来ない。
「しかし派手にやったなー、放火殺人は重罪だぜ」
ここへ来る前、先に起きた火災跡も見てきたミハイル・エッカート(
jb0544)。その惨状を嘆きつつも、遠目に望む炎獣を咎める。
「大人しく縛についてくれますかね」
その隣でお役人の子分よろしく、指差しながら不知火あけび(
jc1857)。
「どうだろうなー、なにせ動く標的だからな。麻縄じゃ焼けるだろうし、あいつが屏風だったらそれも可能だったかもな」
「一休じゃないんですから」
少し離れたところから悠人が突っ込む。ゼロの相手をしながらも、ボケには都度突っ込みを入れる。まさにツッコミの鑑だった。
「三対一で大変ですね、悠人さん。さすが苦労人……ちがう、これは……不憫!」
「そう思うならツッコミに回ってもいいんだよ、あけびさん」
肩を落とす悠人にあけびはにこりと笑み、自分はボケ側だからと無言で断る。
「さて、戯れはこのくらいにして、そろそろ行くか」
銃を構えたミハイルの声に、答えるように一歩踏み出したゼロ。
あけびも静かに遁甲を発動。潜行状態へ移行する。
「なら、俺が先に行って嫌がらせでもしてきますかね」
「期待してるゼ」
以前任務を同じくした時を思い出したのだろう。彼の能力を信頼し、ヤナギは翼を広げるゼロの背を押すように言葉をかけた。
「――まかしとき」
そうして先陣を切ったゼロを合図に、皆行動を開始する。
●
敵の眼前まで突撃し、一気に距離を詰めたゼロは腕を天に掲げた。
漆黒の冷気が広がり、無数の鋭利な氷が出現する。
「温度設定は下げさせてもらうで!」
腕を振り下ろすと、氷刃が一斉に炎獣へと降り注ぐ。
しかし身に纏う炎に悉く焼き払われた。漂う大量の水蒸気が気化熱で、ほんの僅かに周囲の気温を下げる。
「ちゃう! その温度やない! 涼しいけれども」
だがもう一つの目的である、自身に注目をさせることは出来た。
宙を飛ぶゼロへ顔を上げる炎獣。瞬発力を生かした跳躍とともに鋭爪を振るう。
腕をクロスさせ、ゼロはそれを受け止める。
「くっ」
腕には爪跡がくっきりと残され血が滲んだ。
着地の隙を突き、ファーフナーが目標の左側面から突進する。その両手はアウルの雷が帯電していた。
「くらえ」
小さく呟き、状態異常を狙って一番掴みやすそうな脚部を掴みにかかる。が、バリバリと激しい音を立てながら雷は相殺。挙句、素手で燃える脚を掴んだことにより軽い火傷を負ってしまう。
幸い、瞬時に手を放したことで軽傷で済んだが。
「大丈夫か?」
宙からのゼロの声に、
「ああ、問題ない。だが、これは悪手だった」
「握手だけにな」
彼のボケに、ファーフナーは対応に困ったか無言で視線を目標に戻す。
と同時。銃声が響いたかと思ったら、ゼロの足元すれすれを掠め炎獣に当たった銃弾が。
そして無線が入る。
『肝は冷えましたか?』
発信元は悠人だった。チラとそちらへ目をやると、キラリと光る眼鏡が数十メートル離れた瓦礫向こうからこちらを覗いていた。
一発なら誤射だとか言っていたことを思い出したゼロは、適当に謝っておく。
しかし悠人のそれこそが悪手だった。
直接的なダメージを与えたことにより、位置情報を敵に与えてしまったのだ。
炎獣の肺が一瞬で膨らむ。タメもなく一メートルほどもある火球を吐き出す。
炎の球は悠人の手前にあった瓦礫にぶつかると共に、十メートルの高さまで火柱を上げた。着弾地点にあった瓦礫は消し飛び、降り注ぐ火によって可燃物に引火。
急いで離れ他の遮蔽物に身を隠しつつ、「ひゅーっ」と悠人は、今度は自身の肝を冷やす。
瓦礫が障害になっていなかったらと思うと、背筋が寒い。
すかさず後衛から注意を引き剥がそうと動くヤナギ。
鎖鎌の攻撃範囲内を動き回り、脚部を主に攻撃しながら敵の挙動を探る。
「さっきのヤツはほぼノーモーション…か。あれを見極めんのはキツいかも、な!」
足に引っ掛けた鎖鎌を思いっきり引くようにして手繰ると、腱の部分が切れ血が噴出す。それはすぐさま熱によって蒸発した。
「そっちが熱いもふもふなら、こっちは冷たいもふもふだ。フェンリル、カモーン!」
ミハイルの呼び声に応えたのは、白銀の毛並みを持つオオカミだ。
まるで初めからそこで待機していたのかと疑うほど素早く現出。
炎獣がフェンリルに気を逸らした瞬間、ミハイルは手にする銃、SQ17の引金に指をかけた。
脳裏に浮かぶは勇ましいオーディーンの姿。
(いくぜ相棒、狙いはあの目だ。俺の腕前とお前の力ならやれるさ)
胸の裡で呟くと、――オーディーンが無言で頷いた、気がした。
「――どうだ、可愛いだろう」
静かに告げると、声に釣られた獣はミハイルに目を向ける。
刹那。彼は無常にも引金をひいた。射出されたアウルの弾丸が、狂いなく右目を撃ち抜く。
続けざまに鳴り響く銃声。
先ほど当たりをつけた火球の射程外に陣取っていた悠人が、瓦礫の隙間からライフルで狙っていた。
位置的に難しかったため、右目は狙わず眉間に撃ち込んだ。
頭がわずかに動いたことによりズレが生じたが、右の眼窩に近い前頭骨を抉り込む。
ゼロが大鎌で切り込むと、ファーフナーが【アイスウィップ】で四肢の関節を烈しく打ち付ける。
ヤナギは傷ついた脚部を集中的に狙い、ミハイルは距離を詰め、フェンリルに指示し氷結の鋭爪を叩き込む。
そうして確実に生命力を削いでいく。
片目を失った獣はうまく距離感を掴めないのか、鋭い爪も牙も撃退士たちには届かない。
四人が炎獣の気を引いている隙に、あけびは潜行したまま瓦礫を陰に背後へ移動。
(炎を纏う獣かー。スフィンクスやミノタウロスみたいに魔法に強いタイプかな? 何にせよ早く退治しないと!)
聞き知り、見知った体験を思い出しながらも、あけびはすっと軍刀を構える。それを、一気に振り下ろした。
雷電纏う閃光の刃は、炎獣の尻尾を切断。ついでに背中にも傷を負わせた。
「グゥオオオオオッ!!」
痛みに悶える獣は頭を振り乱し、大きく息を吸い込んだ。
先ほどとは違う挙動にいち早く気づいたミハイルは、盾をアサルトライフルに形状変化。
「悪い子はお仕置きだぜ!」
銃身を持ち思いっきりフルスイング。べちーんと小気味よい音と共に銃床が痛烈に胴部を打ち付け、獣のブレスを止めた。
口の隙間から、行き場を失った火炎が漏れ出る。
「犬はちゃんとしつけよう。ああ、フェンリルはいい子だからな」
もふもふ、もふもふ。戦闘中であっても構わず愛犬を可愛がる。こちらはテイマーの鑑だった。
『ライオンは猫なんじゃ……』
無線越しに聞こえる悠人の突っ込みも、もふることに夢中のミハイルには届かない。
斬り落とされた尻尾はしばらく燃え続けていたが――。
やがて炎が消えると、目に見えて炎獣の纏う焔の勢いが衰えた。黒い炎が目減りし、獣の姿がよく視認できる。
ゼロは、先ほどはあまり効果が見られなかった【氷塵】を使用。無数の氷の刃が矢雨のように降り注ぐ。
火力が減ったのか、全て蒸発させられていた先刻とは違い、いくつかの刃が通ったのを確認。
優勢と判断した撃退士たちは好機を逃さず、一気に攻勢に出る。
ファーフナーは氷鞭を巧みに操り、獣の手の甲部分に鋭く突き刺した。相変わらず血は蒸発するが、負傷させた無数の箇所が獣のダメージを物語っている。
悠人はファーフナーの攻撃に合わせ、彼の攻撃したのとは反対の足へ【スターショット】を放つ。光輝を纏う弾丸が足首を砕き、獅子はバランスを崩した。
「――はぁっ!」
死角から飛び出したあけびは横っ腹を刀で斬りつけ、再度潜行。ヒット&アウェイで距離をとる。
たまらず炎獣はバックステップで逃げようとするも、
「おいおい、ファイヤーダンスに誘ったんはそっちやろ?フィナーレまで付き合って貰うで?」
すかさずゼロが張り付く。
振り払おうと獣が方向転換しようとした矢先――、
炎獅子の鼻先三寸のところに瓦礫が飛んできた。ヤナギが蹴り上げたものだ。
驚き首を引いた一瞬の虚を利用し、ヤナギは上段から鎖鎌で攻撃……と見せ掛けて、そのまま腹の下へ滑り込む。
鎌に雷のアウルを集中させ、
「遊んでやるから、もっとお前のビートを聴かせろよ!」
潜り抜けざまに腹を真一文字に斬り付けた。
バタタ、と大量の血液が獅子の腹部から噴き零れ、地面を赤く汚す。
よろめく獣。再び顔を上げ、息を吸う挙動――
「させるか!」
べちーん。
ミハイルの【GunBash】が極まる。ついでにフェンリルの爪も決まる。最早しつけという名のツッコミだ。獣漫才と言っても過言ではない。
獅子の口から漏れる不発のブレス。まさに眠れる獅子状態だった。
「グルルルルルゥ……」
唸る炎獅子。
立っていることもやっとな程のダメージを負って尚、獣は立ち続けている。撃退士たちを睨み続けている。
「敵ながら見事だ」
最後の最後まで立ち続ける雄姿に、ファーフナーは感嘆する。
「けど、これで終わりや」
撃退士たちの総攻撃。
ゼロは氷の刃で獅子を斬り刻み、ヤナギとあけびは【雷遁】で左右から胴部を斬りつける。
ファーフナーは喉元へアイスウィップを振るい鋭く貫くと、ミハイルは銃で同じ部位を精密狙撃した。
それでもまだ、立ち続けている。獅子としての矜持があるのか。
ヒューという、か細い呼吸を繰り返しながらも、よろめきながらも、まだ――。
その時。
一条の輝きが流星のように飛来し、炎獅子の眉間をぶち抜いた。脳漿が零れ、ついに獅子の体は傾ぎ、地面に沈む。
(狩人に目を付けられたのが運の尽きだな)
スコープから目を離し、悠人は心の中で呟いた。
●戦闘終了後
負傷者はファーフナーの回復スキルにより治癒された。
戦闘中に再び燃え出した場所は、ヤナギが事前に連絡していた消防隊によってすぐさま消火された。
「もう鎮火しちまいやがったのか?」
あっという間の出来事に笑みを浮かべながらも、酒と煙草で一服しつつ、ヤナギは犠牲者を悼む。
ミハイルはシャツをパタパタさせながら、擦り寄ってくるフェンリルを見下ろした。
「しかし熱いな。フェンリル、もふらせろ」
腰を屈め、思う存分にもふる。ただひたすらに。
「あ、わたしもいいですか?」
あけびもそれに便乗。
二人にもふられまくるフェンリル。正直、少し暑苦しそうに見えるのは気のせいだろうか。
もふもふし続け、そうしてミハイルははたと気づく。果たしてこれは冷たいのかどうか……謎だった。
狩人故か。
倒したはずの獣の死を確認するため、悠人は油断なくそれに近づく。
死んでいるのならそれに越したことはない。が、獣は意外としぶとい。そのことを彼はよく理解している。
銃を構えしばらく見ていると――
ピクリ。
微かに動いたのを見咎めた悠人は、迷いなく引金をひく。
瞬間。まるで最後っ屁のように勢いよく獅子の体は燃え上がり、宙に火炎が伸びた。
まるで意思でもあるかのように、炎は悠人の眼鏡フレームを焼く。
それを見て駆け寄ってきたゼロは、嬉々として眼鏡を指差し、
「見たか!ゆーはんの眼鏡は今真っ赤に燃え滾ってるぞ!ちなみにこの眼鏡は冷房機能も兼ね揃えてるから近くにいると涼めるで」
その声に、ミハイル、あけびは飛びつき、ヤナギも涼めるのならと駆けつけた。
「そんな機能は付いてない! 一体俺の眼鏡をなんだと思ってるんだ」
「え? ゆーはん」
「本体みたいに言うな!」
ん? とキョトン顔をされ、暑さのせいもあってか、ツッコム余裕すらなくなってきた悠人。
これはいけないと、ゼロは笑顔でさっと水(熱湯)入りの保温ボトルを差し出した。
無言で受け取り、ボトルの口を開けて――、
悠人は水をゼロにぶっかける!
「うわ、熱ッ! ってなに? ゆーはん何するんですか」
一瞬何が起こったのかと目をパチクリさせながら、ゼロは抗議を口にする。
「暑そうだったから掛けたが、鴉の行水だったか」
「熱湯で行水する鴉はおらんで!」
仲間たちの漫才を遠くのことのように聞きながら、ファーフナーは焼け残った住宅地を見渡す。
すべてが焼失し、多くを失っても、人はまた立ち上がれるのだろうか……?
果たして希望は見つかるのだろうかと、一帯の惨状を見ながら思う。
「――冷たいビールでも飲みに行こうぜー」
ミハイルの飲みの誘いに、大人組は皆一様に盛り上がる。
「ファーフナーも来るだろ?」
ヤナギに呼ばれ、ファーフナーは物思いに耽るのをやめて振り返った。
「ああ、付き合おう」
「あのー、私未成年なんですけど」
少し控え気味に挙手するあけび。
「なら、あけびちゃんはオレンジジュースやな」
「お茶でもいいですか?」
「なんでもええで。ウーロンハイとかええんちゃうか?」
「それは立派なお酒だよ」
またしてもボケるゼロに、すかさず悠人が突っ込む。
そんなこんなで、任務を終えた撃退士たちは仲良く帰路に就くのだった。