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2体のゴーレムは、今も暴れ続けていた。自らの力を誇示するかのように、大仰に拳を振り上げては同胞に叩きつける。
そんな2体の争いに割り込む一つの影。
「正義のニンジャ参上…これ以上街を壊させはしないぞ、お前達の相手はボクだ!」
金髪ポニーテールの少年、犬乃 さんぽ(
ja1272)がそり立った瓦礫の上に立ち、どこからともなく降り注ぐスポットライトを浴びながら、ビシッと言う音が聞こえそうなくらい真っ直ぐにゴーレム達を指さした。
ゴーレム達はしばし争いを忘れさんぽを見ていたが、やがて相談するかのように互いにゆっくりと顔を見合わした。それだけの動作にかかった時間、おおよそ1分。
その後も、視線を交わしたまま動こうとしない。
(は、早くしてくれないかなー……)
指さしたポーズのまま、奇しくも石像のように固まっていたさんぽの顔が引きつりだした頃、ようやくゴーレム達が10秒かけて頷き合い、さんぽに向かって動きはじめた。
どうやら、休戦し、共に撃退士を攻撃することを選んだらしい。
「さぁ、ボクはこっちだよ!」
さんぽは瓦礫から跳び下り、ゴーレム達に背を向けて駆けだした。
積み重なった瓦礫を飛び越え、壁の上をローラースケートで滑り、さんぽは逃げる。地響きを立てながらそれを追うゴーレム達の動きは相変わらず鈍重だったが、歩幅が大きく、思いのほか速い。
さんぽに追いついた火山ゴーレムが長い腕を伸ばし、彼を捕まえようとする。
ガキンッ!
その瞬間、火山ゴーレムのこめかみあたりで火花が散った。思わず動きを止めて首を傾げる火山ゴーレムの左目に、再び「ガギン!」と鈍い音が鳴り響く。
「犬乃さん、今のうちです!」
スナイパーライフルを手に、瓦礫から身を起こした御堂・玲獅(
ja0388)が叫び、再び別の瓦礫へと身を隠す。
「ありがとう、御堂先輩!」
玲獅の狙撃に助けられたことに気付いたさんぽは、走りながら礼を言った。
一方、周囲をおろおろと見渡す火山ゴーレムを突き飛ばすようにして、今度は氷山ゴーレムがさんぽに近づく。目立つさんぽの存在に目を奪われ、狙撃手の存在には気付いていないようだった。
瓦礫の中に身を伏せた玲獅がライフルを構え、照準を氷山ゴーレムの額に合わせる。穏やかな瞳がスッと細められ、彼女は引き金を引いた。
ドンッ
弱点を撃ち抜かれた氷山ゴーレムが額を押さえて這い付くばる。そんな仲間をあえて踏みつけながら、火山ゴーレムがまたさんぽを追うのであった。
「来やがったな……」
ゴーレムが起こす地響き、玲獅の狙撃による銃声。戦闘音が近づいてくるのを感じとって、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)が剣呑な笑みを浮かべた。
「ええ、この戦いを楽しみましょう」
エリーゼ・エインフェリア(
jb3364)が、たおやかな外見にそぐわぬ物騒な発言で答えた。
彼女達、待機組の撃退士達がいるのは、街の中でも特に被害の大きかった一角だった。あらゆる建物がすでに焼け落ちており、くすぶった炎がそこかしこでチロチロと揺れている。
「わたくしの拳…通用するでしょうか…」
長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)が自身の拳を抱えながらポツリと呟く。
「大丈夫だぞ! 細かいことは考えず、全力で殴ってやればいいだけだぞー!」
自身の影をみずほに集約させながら、彪姫 千代(
jb0742)が言った。彼の生み出した影は兎の姿を形作り、みずほを励ますようにぴょんぴょんと跳び跳ねる。
「ええ、ありがとうございます」
宵闇のように暖かい影の祝福を受けて、みずほは微笑みながら拳をぎゅっと握りしめた。
「き、来ましたっ!」
震える声で警戒を発したのは若菜 白兎(
ja2109)だ。
炭と化した建物を突き破って、溶岩ゴーレムが姿を現す。
「ひゃうぅ!」
白兎は思わず頭を抱えながら、物陰に隠れた。
「おー! でかいんだぞー!」
反面、千代は楽しそうに溶岩ゴーレムを見上げている。
そんな時、上空から声が降ってきた。
「YAHHHHH! HAAAAAAッ!!」
そう、撃退士はもう一人いた。大柄な影がズドンッと音をたてて溶岩ゴーレムの上に着地する。
背の低いマンションの屋上に潜んでいたデニス・トールマン(
jb2314)が、溶岩ゴーレムめがけて飛び降りたのだ。デニスは煙をあげて溶けだすブーツに構わず、ホルスターから拳銃を引き抜き、溶岩ゴーレムの額にあてがった。
「まずは御挨拶だ……とっておきな」
言って、引き金を引く。弱点を至近距離で撃ち抜かれた溶岩ゴーレムは、低い声で悲鳴をあげて暴れだした。
デニスは振り落とされる前に溶岩ゴーレムから飛び降り、距離を取る。
遅れて、何故か背中に大きな足跡を付けた氷山ゴーレムも姿を現した。
「揃ったようだな。それじゃ、始めるぜ! 巻き込まれんなよっ!」
ラファルが肩部に装着したミサイルポッドの砲門を開く。
「ファイヤー!!」
彼女の掛け声と同時に、ミサイルが一斉発射された。無数のミサイルが2体のゴーレムの間で次々と爆発を起こし、ばら撒かれた黒い刃が巨大な岩山を叩く。
「お待たせ致しました」
待機組に合流した玲獅が、すかさず片手を掲げて、アウルによる彗星を生み出した。ミサイルの乱射にじっと耐えているゴーレム達めがけて、今度は隕石が降り注ぐ。
荒れ狂うミサイルと彗星の饗宴が、本格的な開戦の合図となった。
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爆風に紛れるようにして、真っ先に動いたのはみずほだった。蝶の羽を模したオーラを煌めかせ、素早く氷山ゴーレムの懐に潜りこみ、先制のジャブを浴びせる。
氷山ゴーレムも、氷塊の如き腕を振り下ろし応戦するが、みずほは滑るようにそれをかわすと、二撃、三撃と攻撃を加え、ゴーレムのボディを削っていく。
ゴーレムはみずほの猛攻に押され、自身を狙うもう一つの刃に気付いていなかった。
「狙いにくいなら、近づくだけだもん」
いつの間にか氷山ゴーレムの背を駆け上がり、頭部に張り付いたさんぽが逆手に持った刀を思い切り紋章に突き立てる。
紋章に大きな傷が入り、氷山ゴーレムは膝をつく。その隙をみずほは見逃さない。
「これで…倒れてくださいませ!」
蜂のように鋭い、渾身の右アッパーが、氷山ゴーレムの紋章を捉えた。
氷山ゴーレムがゆっくりと仰向けに倒れていく。
ダウンを奪ったみずほは、さながらそこがリング上であるかのように、高々とその拳を掲げるのであった。
一方、他のメンバーは、溶岩ゴーレムとの激戦を繰り広げていた。
光の翼をはばたかせ周囲を飛び回るエリーゼは、稲妻の矢を溶岩ゴーレムの頭部に執拗に浴びせ、ラファルも腕を変形させたサイコブラスターから魔法弾を放ち、これ見よがしに紋章を狙う。
溶岩ゴーレムが頭部に意識を集中している隙に、玲獅は魔法書を開き、そこから禍々しい爪牙を呼び出し、ゴーレムの右脚に喰らいつかせた。
「Hey,ウスノロ! こっちだ!」
デニスは溶岩ゴーレムを挑発しながら、その足下を駆けまわる。
その言葉に憤慨したわけでは無いだろうが、目ざわりには思ったのだろう。溶岩ゴーレムが、その拳をデニスに叩きつける。
「うおおおおおおおっ!?」
自身の拳に全アウルを投入し、振り下ろされるゴーレムの拳にそれを叩きつけることで相殺を試みたデニスだったが、拳から伝わる衝撃に思わず悲鳴をあげた。
全身が軋むような音をたて、骨の髄まで焼き尽くすような熱が体の中をかけめぐる。
デニスは派手に吹き飛ばされると、崩れかけた建物に身を叩きつけられ、建物がまたひとつ瓦礫へと姿を変える。
「だ、大丈夫ですか!?」
物陰に身を隠していた白兎が慌てて飛び出し、デニスに駆け寄った。
「ああ……だが、肩がイカれちまった」
「待ってください。今、回復するの……」
白兎は震える手でデニスの肩に触れ、癒しの力をアウルに込める。
だが、デニスにとどめを刺さんとしてか、溶岩ゴーレムはゆっくりとデニスに歩み寄る。
「危ねぇ! いったん俺から離れてろ」
この位置では白兎も巻き込まれると判断したデニスが叫ぶが、白兎は激しく首を振った。
「それは、できないの。まだ治療が終わってないから……」
勇気と共に声を振り絞る白兎。そんな彼女とデニスに、地震のようなゴーレムの足音が迫る。
「これ以上はやらせないですよ!」
手中に雷の槍を生み出したエリーゼが、それをゴーレムめがけて投げつける。一直線に奔る迅雷は、ゴーレムの右足を地面に縫いとめるように突き刺さると、電光を散らして爆発した。
衝撃に、ゴーレムがほんの一瞬怯み、その一瞬の隙をついた玲獅もデニスの傍に駆け付ける。
「大丈夫ですか、デニスさん。白兎さんも、よく頑張りましたわ」
玲獅はそう言いながら手際良くデニスを治療していく。過剰な熱を持っていたデニスの体温がみるみるうちに平熱へと戻っていった。
「OK もう大丈夫だ」
回復したデニスが斧を手に立ちあがる。
「やってくれたな、このデカブツ野郎!」
そう叫んで、木を切り倒すかのように、斧をゴーレムの脚に叩きつけた。玲獅やエリーゼの攻撃で傷だらけになっていた脚に、ついに大きなヒビが刻まれ、ゴーレムの体がグラリと傾いた。
「今だぞーーっ!!」
ただその一瞬を、獲物を狩る虎のように物陰に潜んでうかがっていた千代が激しく咆哮した。
彼の放った不可視の隼が溶岩ゴーレムの紋章に直撃し、その額に真っ二つの裂け目が刻まれる。
だが、深手を負ったゴーレムも負けじと咆哮する。
「何かきます!」
空から、ゴーレムの全身が赤熱し始めたことにいち早く気付いたエリーゼが警告を発する。
「まかせろ!」
デニスが飛び出し、ゴーレムの体に拳を打ちつける。だが、ゴーレムの攻撃は止まらなかった。
ゴオオオオッ!!
ゴーレムの咆哮が最高潮に達し、全身の火山口からマグマを噴火させた。
それだけではない。ゴーレムの周囲にも次々と火山が屹立し、そこから溶岩が盛大に噴出する。それに呼応するかのように、街の燃え盛っていた地区が、より煌々と輝き、撃退士達のいた、ほぼ炭と化した荒れ地でさえ、再度、炎に包まれていく。撃退士達の視界は、一瞬で真っ赤に染まった。
「ぐわああ!!」
至近距離で溶岩を浴びたデニスが、全身を燃え上がらせ地面に転がった。
溶岩ゴーレムの巻き起こした大災害は、哀れ、倒れていた氷山ゴーレムも焼いていたが、本人は気にしていないようだった。
「ちっ! しぶといんだよっ!!」
ラファルが義手を銃に変形させ、構える。荒れ狂う炎の中で、ラファルはゴーレムの紋章に狙いを付けた。
「これでとどめだっ! 唸れ、俺のサイコブラスター!!」
溶岩と噴煙と炎の壁を貫き、収縮された光弾が一直線にゴーレムの額を貫いた。
オオオ……オオ……オ……
溶岩ゴーレムがゆっくりと額に手をやる。その手の中で紋章が粉々に砕け散ったのをラファルは見た。
ゴーレムの右脚に亀裂が入り、自らの重さに耐えきれずその脚がついに折れる。そして、己の生み出した溶岩にゆっくりと沈むように溶けていくと、血のようなマグマを残して、黒い巨体は跡形もなく消え去った。
「大丈夫ですか、デニスさん!?」
溶岩ゴーレムの消滅と同時に、全身の火が消えたデニスを玲獅が助け起こす。
「ああ、なんとかな。悪ィが、また回復頼むわ……」
「もちろんです」
即座に頷き返し、玲獅は両目を閉じて治療に集中する。
「トールマン先輩が皆の盾になってくれてるって、わかってるの……」
そう言いながら、白兎も治療に参加する。
だが、まだ敵は残っている。
マグマに焼かれていた氷山ゴーレムがゆっくりと立ち上がろうとしていた。
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氷山ゴーレムがついに立ち上がった。
みずほとさんぽは、距離を取って、それぞれ拳と刀を構え直す。
コオオオオッ!!
氷山ゴーレムは、その巨体を見せびらかすように大きく両腕を広げると激しく咆哮した。
その瞬間、溶岩ゴーレムの熱気に相殺されていたのであろう冷気がブリザードとなって吹き荒れ、街の燃え広がっていた区域が一瞬で凍りつき、溶岩ゴーレムの沈んだマグマを黒い塊へと還し、空を覆っていた噴煙を吹き飛ばした。
燦々と降り注ぐ太陽の光を浴びて、氷山ゴーレムの全身は蒼く輝いていた。
「さ、寒いですわ……」
白い息を吐いて、みずほは鳥肌の立った両腕を抱く。そんな彼女の傍に、エリーゼが飛来してきた。
「一気に決めたいと思います。隙と時間を作って頂けますか?」
光の粒子を纏い、右手に魔力を収束させながらエリーゼが言う。
「俺もやるんだぞー!」
続いてやってきた千代も赤目の熊を模したオーラを纏い始めた。
「承知致しましたわ」
エリーゼが頷き返す。
「そうと決まれば……全弾もっていけぇ!!」
光学迷彩で姿を消し、ゴーレムの背後に回り込んでいたラファルのミサイルポッドから、ありったけのミサイル弾が発射された。
荒れ狂う爆風をかいくぐり、ゴーレムに接近したエリーゼも、鋭い拳打をゴーレムの左脚に打ちつける。
ゴーレムも負けてはいない。自身の拳を地面に叩きつけたかと思うと、そこから巨大な氷塊が隆起し、それが巨大な流氷となって一直線に奔る。
横に跳んでいたみずほだったが、避けきれずに流氷に弾きとばされ、彼女に駆け寄ろうとした玲獅もまとめて吹き飛ばされてしまう。
「よくもやったな! 忍影シャドウ☆バインド!」
猫のように身を翻して流氷をかわしたさんぽが、空中で術を唱える。
「GOシャドー!」
掛け声と共に、彼の丸い影が生物のようにうごめき、黒い触手となってゴーレムの影を絡め取る。
「今だよ! エインフェリア先輩、彪姫先輩!」
「おー! 俺からいくぞー!!」
千代はアウルを全開にし、影から獰猛な黒い虎を生み出す。
「行っけーーーー!!」
千代の命を受け、虎がゴーレムの紋章めがけて跳ぶ。ゴーレムは両腕を交差させて紋章を守った。しかし、ゴーレムの腕に喰らいついた冥虎は、そのまま両腕をバリバリと噛み砕いた。
「これでおしまいです」
無防備になったゴーレムの眼前まで飛来したエリーゼが、手の中に雷槍を生み出していく。ゴーレムは後じさろうとしたが、影を縛られていてそれすら叶わない。
「はぁっ!!」
気合一閃、エリーゼの投槍がゴーレムの頭部を刺し貫き、紋章ごとゴーレムの頭部を木端微塵に打ち砕く。
粉々に砕けた氷塊は、氷の粒となってエリーゼの周辺を漂い、雷光を幾重にも反射させて彼女をより神々しく際立たせていた。
一方、残されたゴーレムの胴体は、崩れるように倒れ、溶けてしまい、大きな水たまりとなった。彼の冷気により凍りついた街も、ゆっくりと溶けだしていく。
「あ、見て」
白兎が空を示し、全員が上を向く。
そこには、哀れなサーバント達への墓標であるかのように、大きな虹がかかっていた。