荒野を往く、黒き半人半馬の騎士と、白き半人半馬の騎士の行く手に、4つの人影が立ちはだかっていた。先にそれに気付いたのはサーバントである白騎士。少し離れたところにも、4人1組の一団が確認できたが、白騎士は迷わず最初に見つけた一団めがけて駆けだした。
ディアボロである黒騎士は、さも不本意そうに白騎士の後を追う。彼は別の一団が気になるようだが、白騎士と共に行動する事を優先したらしい。
一団――撃退士達と、天魔連合軍の戦争が今、始まろうとしていた。
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「ああ! 2体まとめてこっちに来おったで」
砂煙をあげて突進してくる白騎士と黒騎士を見て、葛葉アキラ(
jb7705)が大きな声をあげた。
彼女達、撃退士の目論見は、8名からなるチームをAとBの2班に分けて黒騎士と白騎士を分断する事だった。
「ならば挟撃に移行する。A班と合流するまで持ちこたえるぞ」
エカテリーナ・コドロワ(
jc0366)が、よく通る声で他の3名を鼓舞する。このチームで誰がリーダーというのは決められていないが、彼女の凛々しい佇まいと、軍人然とした口調は、指揮官のそれを連想させる。
一方、天魔達の馬に似た下半身は伊達ではなく、米粒のようだった1対の影は、どちらが白騎士で、どちらが黒騎士か視認できるまでに迫ってきていた。
「そこの白い騎士の方、わたくしが相手ですわ! かかってらっしゃいませ!」
撃退士達の中から、長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)が前に進み出て白騎士を迎え討つ体勢を取った。白騎士もさらに加速しながら剣を構える。
みずほの拳と、白騎士の剣が交錯した。
「……お見事ですわ」
みずほの拳から血が噴き出し、渦巻く砂塵と溶けあうように血煙となって霧散する。
「ですが、まだまだこれからですわよ」
そう言って、みずほは緩んだ拳布をギュッと巻きなおした。
そんな彼女に黒騎士も迫るが、彼はみずほに仕掛けることなく、白騎士の隣に立って盾を構えた。
「おやおや、仲間のカバーに徹すると? ずいぶんと仲良しですねえ」
慇懃に天魔をあざけりながら、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は、弄んでいたトランプの束からハートのAを取り出すと、それを小さな竜に変じさせた。
カードから生まれた小竜は「きゅう」と鳴くと、エイルズレトラに額をこすりつける。が、その後は一転して俊敏に、白騎士の背後に回り込もうと動く。
「敵の敵は味方……というわけか。ならば共々葬り去るまでだ!」
エカテリーナは天魔から距離を取り、瞬時に抜き放ったライフルの引き金をひく。隼がいななくように弾丸が空を裂き、白騎士が盾を構えるよりも早く、その胸甲に突き刺さった。
だが、白騎士は動じない。
「その鎧も伊達ではないようだな」
エカテリーナは落胆した様子も無く、獲物を狙う猛禽の如く、天魔の周囲を旋回しながら次の機会を待つ。
「うちはじわじわといかせてもらうで!」
アキラは舞うように扇子を振るうと、その軌跡から毒蛇の幻影が現れる。
「行ってきぃ!」
閉じた扇子を白騎士に向けると、毒蛇はその目標の下半身、馬の胴体部分に咬みつくと、傷口に染みこむようにして消滅する。
だが、やはり白騎士は微動だにしない。
「あれ、効いてるとは思うんやけどなぁ」
何せ、相手は声をあげることもなく、全身を鎧で覆っているので顔色も何も無い。見た目からは毒に侵したかが、判断し辛いのだ。
「まさか騎士たる者、神聖な戦いに割り込むなどという卑怯な真似はいたしませんわよね?」
次は、みずほが血塗れの拳を白騎士に振るう。だが、彼女の挑発など意に介さず、黒騎士はみずほと白騎士の間に割り込み、その盾で拳を受け止めようとした。
だが、それすらもみずほの狙い。右拳に集約したアウルが閃光を発し、拳撃を加速させる。伸びのあるストレートは、盾の中心を穿ち、その全長2メートルはあろうかという、黒い半人半馬の巨体を吹き飛ばした。
こうして白騎士と引き剥がされた黒騎士だったが、それはすぐさま駆けだし、白騎士の隣に戻ると、さらに走り込んだ勢いで槍撃をみずほに放った。アウルを凝縮した拳で、みずほはそれをどうにか受け止めた。
「うーん、分断するにはやっぱり人手が足りないですねえ」
困ったように(仕草が大仰なので本気で困っているようには見えないが)エイルズレトラは、トランプの束を投げつけた。54枚のカードが黒と白の残光を描き、天魔へと降り注ぐ。それに対しても、黒騎士は迷わず白騎士の前に立った。
カードが、黒騎士の盾に、鎧に、弾かれては消えていく。その隙に、白騎士はエイルズレトラめがけて斬りかかった。
袈裟がけに振り下ろされた剣撃は、エイルズレトラを斬り裂いたかと思うと、彼の体が弾け飛んだ。
もうもうと立ち込める煙の中、真っ二つに斬り裂かれたのは一枚のカード。トランプを依り代にした身代わりで、エイルズレトラはマジックさながら白騎士から少し離れたところに、無傷で立っていた。
「おおー」
傍から見ていたアキラが思わず拍手を送り、エイルズレトラはマジシャンのように一礼した。
白騎士はなおも諦めず、再び剣を振り上げる。
「させるかっ!」
エカテリーナがそうはさせじと、すかさず銃を構える。
それを阻止せんと、弾道に素早く割りこむ黒騎士。
「待たせたなぁっ!!」
数多の思惑に、威勢のよい声が割り込んだ。
もはや体当たりと呼べる勢いの飛び蹴りが、黒騎士の背後から襲いかかり、その巨体が吹き飛ぶように転倒した。
「A班、向坂玲治、ただいま到着だ」
不敵な笑みを浮かべた向坂 玲治(
ja6214)が堂々と名乗りをあげた。
そう。分散していたA班の面々が戦場に合流したのだ。
「きゃはァ、見た目は仲良しな敵ねェ…いいわァ、二人仲良くあの世に送迎してあげるわァ♪」
続いて到着した黒百合(
ja0422)が、倒れた黒騎士を踏みつけ、重槍をその兜に叩きつける。
「あはァ……無様ねェ……」
ボコボコにへこんだ黒騎士の兜を見て、黒百合は愉悦の笑みを浮かべた。
「まったく……なにめんどくさいことになってんのよ」
今度は、横合いから火球が飛来し、黒騎士を舐めるように焼き尽くす。
「ここからしばらくは、A班の活躍の場とさせてもらうわよ」
そう言って現れたのは、際どい巫女服の少女、加賀崎 アンジュ(
jc1276)だ。
ちなみにアンジュの放った火球は、黒百合すれすれに炸裂しており、彼女の前髪を焼きかねない距離で、今もメラメラ燃え盛っているのだが、当の本人は「あらァ、綺麗ねェ……」とご満悦だ。
「黒百合さん、離れて!」
生真面目な声をあげながら、最後の一人、龍崎海(
ja0565)が術の構成を編みながら姿を現す。
「動きを止めるっ!」
海が術を解き放つと同時、その周囲から銀色の聖鎖が現れ、生き物のように、今まさに立ちあがらんとしていた黒騎士に絡みつき、地面に縛りつけた。
「今がチャンスだ、行こうか」
エイルズレトラが傍らの小竜と頷き合い、再び黒騎士を取り囲まんと接近する。
一方、白騎士も再び黒騎士と並び立つため、荒野を駆ける。
「あなたの相手はわたくしと、言ったはずですわ」
だが、白騎士の前にはみずほが立ち塞がった。
「ふッ」
短い吐息と共に放たれた黄金のストレートが、白騎士を弾き飛ばす。
その隙に、エイルズレトラと彼の竜が黒騎士を左右から挟みこみ、玲治も後ろから距離を詰める。黒騎士の目前にいた黒百合と合わせて、黒騎士の包囲が完成したのだ。
「こうすれば、隣り合って庇い合うこともできないでしょう。あーあ、無様ねえ」
アンジュが、ようやく立ち上がった黒騎士を嘲笑う。
「これで、心おきなく真剣勝負ができそうですわね」
みずほは、嬉しそうに白騎士と正面から向かい合い
「決闘をしたいのなら、邪魔をするつもりは無いけど、回復だけはさせてもらうよ」
海がみずほの拳に手を触れ、ボロボロに傷ついた拳を癒していく。
「ありがとう。これで心おきなく闘えるというものですわ」
痛みの和らいだ拳を握ったり開いたりしながら、みずほは素直に礼を述べた。
「白い方は、彼女に任せておいてよさそうだな」
それを遠くから見ていたエカテリーナが、黒騎士に照準を向ける。
「ならば私は黒い方を集中攻撃で仕留めるのみだ!」
彼女の砲火が、第2ラウンドの口火を切った。
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「俺は背後から殴るマネはしないぜ。こっち向けよ、おい」
玲治はその言葉通り、わざわざ黒騎士が振り返るのを待った。そして、黒騎士が振り返りざまに槍を突き出した瞬間――
「遅ぇ!!」
玲治の槍が数瞬早く、黒騎士の左肩を貫いた。
「私は遠慮なく、背後からやらせてもらうわァ」
鎖に縛られながらも玲治と奮戦を続ける黒騎士の後ろから、黒百合はチクチクと馬の尻を槍で突っついていた。
「やれやれ、マジでカオスな状況だわ」
アンジュは呆れながら、包囲の隙間を縫うように、黒騎士に銃弾を浴びせ続ける。
「俺がいる限り、誰も倒れさせはしない」
海はあまり攻撃には参加せず、黒騎士と正面からぶつかる玲治と、白騎士をひとり引きつけるみずほの回復に専念していた。
「これで……どうだっ!!」
やがて、玲治の一撃が黒騎士の顔面を捉え、ついに黒騎士は膝をついた。
「!!」
それまでみずほとの決闘に興じていた白騎士が、相方の危機を見兼ねてか、包囲の切り崩しにかかる。狙いはエイルズレトラだ。彼ならば、一撃で仕留められると考えたのだろう。飛ぶように地を蹴り、突撃の勢いを乗せた渾身の一閃を放つ。
「当たりさえすればですけどねえ」
だが、それも再びカードを身代わりにする事で、難なくかわす。
その間に、アンジュが黒騎士に近づいており、玲治の一撃が砕いた兜の隙間から、銃を差し込んだ。
「はい、これでおしまい」
あっさりと引かれた引き金。アウルの銃弾が黒騎士の頭部を破壊し、その息の根を止めた。
崩れ落ちる黒騎士。
白騎士はそれを一瞥すると、あっさりと身を翻した。
「逃げる気ですの!?」
みずほが怒声をあげるも、届かない。
「仲間を見捨てるのかよ!」
「まぁ、もとより仲間意識なんて無かったんでしょうねぇ」
などと玲治と黒百合は話しあう。
半人半馬のこのサーバントが本気で逃げれば、追いつけるものなど、この中にはいない。白騎士が地を蹴り、今まさに駆けだ…………そうとしたところで、その動きは緩慢になった。
よく見ると、その全身に無数の透明なワイヤーが絡まっている。
「いやー、こそこそワイヤーを仕掛けておいて正解やったなぁ」
アキラが扇をパタパタさせながら、朗らかに勝ち誇った。
「あんた、途中から戦闘描写が少ないと思ったら、そんなことしていたのね」
とアンジュ。
だが、細いワイヤーによる物理的拘束など、白騎士のパワーの前では一瞬の拘束にすぎない。
「その一瞬があれば十分だ」
こちらが本命。海が聖鎖で、白騎士を拘束する。白騎士は咄嗟に透過能力で逃れようとするが……
「残念。阻霊符も仕掛けさせてもらっている」
足下に貼られてある札を指し示す。
それでもなお逃げようと足掻く白騎士の足を、銃弾が撃ち抜いた。
「無駄なことを……」
銃を構えたままエカテリーナがつかつかと距離を詰める。
「敵前逃亡は軍法では重罪に値する。軽くても懲役刑、重ければ銃殺刑だ!」
そして放たれた特大の火砲が、白騎士を焼き尽くした。
「軍法ってサーバントにもあるのかしらねー」
素朴な疑問なのか、単なるツッコミなのかを、アンジュが呟いた。
白騎士はそれでもまだ生きていた。血を流す足を引き摺りながら、少しでも撃退士達から距離を取ろうと足掻いていた。
「うふふ……いいわァ、その生き汚さ。ディアボロと組んだのも、全ては生きるためだったのねェ。まぁそれを踏みつぶしてあげるのが楽しいんだけど」
と言う黒百合がトドメを刺すのかと思いきや、彼女はみずほに駆け寄って囁く。
「トドメは譲ってあげるわァ」
白騎士を引き受け続けたみずほに遠慮したのか、単なる気まぐれか。だが、みずほは目を閉じて首を振り
「もう勝敗は決しましたわ」
とだけ言った。
「じゃあ、俺がやるぜ」
玲治がいつになく神妙に槍を構えると、一突きに白騎士の心臓を貫いた。
白騎士の体が荒野に横たわると、ほんの少しの痙攣を残して、すぐ動かなくなった。
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「所詮自立型の判断による偶然の一致でしかなかったってことだ」
槍を肩に担ぎ、白騎士の骸を見下ろして玲治が言った。
「生存本能って言うのんは敵すら利用する…何や怖いなぁ」
アキラが感慨深げに呟く。
「だが、付け焼刃のチームワークなど、統制された軍隊には敵わん事が証明された。今後同じような敵が現れても、恐れる事はないだろう」
「私らは軍隊じゃないけどね」
そう結論付けるエカテリーナと、ツッコむアンジュ。
「まぁ、こんな何もないところで佇んでいても仕方がないですし、早く帰りませんか?」
エイルズレトラが周囲を促し、黒百合が「そうねェ」と率先して帰りだす。彼女にとって終わった事はどうでもよく、早く次の面白い事を見つけたいのだろう。
「そうだな……」
海もゆっくりと天魔の骸に背を向ける。態度には出さないが、彼は医学に携わる身である。敵に同情するつもりは毛頭無いが、あらゆる手を尽くして生き残ろうとした天魔に、感じ入るものがあったのかも知れない。
他の撃退士達も次々と帰ろうとするなか、最後に残ったみずほは白騎士に向かって一礼すると、仲間の後を追って駆けだした。