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牧野 穂鳥(
ja2029)の編み上げた炎が、3匹の白蛇を取り囲む。
「これでおしまいです」
彼女の合図を受けた炎が四散し、その爆発に巻き込まれた白蛇達は火達磨となって地面に崩れ落ちた。
「白蛇は無傷で倒すことができましたね」
抜刀したまま微風(
ja8893)が口を開いた。
「ええ。ですが、この程度ではもの足りませんわ」
システィーナ・デュクレイア(
jb4976)も言う。
炎は沈静化し、真夏の森に葉の擦れる音の混じった涼しい風が駆け抜けた。
ともすれば弛緩してしまいそうな空気の中、いつになく真剣な表情を浮かべていた真守路 苺(
jb2625)が顔を上げた。
ハルルカ=レイニィズ(
jb2546)も何かに気付いて剣を構え直す。
「ここらで一息つきたいけれど。どうやらゲストが来たようだね」
穏やかな風は突如として強風へと変わり、撃退士達の頭上に白き竜が舞い降りた。
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透過能力を発動させ、木々に触れることなく地面に降り立った白竜は、着地する瞬間でさえほとんど音をたてなかった。
その優雅さとは裏腹に、美しい金色の瞳は瞳孔まで血走っており、自身で掻き毟ったのであろうと思われる胸の痛々しい傷口からは心臓が覗いていた。
「撃ィィィィッ退士ァァァァッ!!!」
白竜が吠え、その声圧だけで木々を吹き飛ばす。
「滅びよッ! 我と共にッ!!」
怒り狂った白竜が牙を剥く。が、ハルルカは
「やあ、久しぶりだね」
と、表面上は気さくに声をかけた。
踏み出しかけた足を止め、白竜は首を傾げる。白竜の瞳にわずかながら知性が戻り、それは嬉しそうに大口をあけて笑った。
「そうか。どこかで見たと思えば、あの時の、アルビオン様をそそのかした撃退士か。あれからアルビオン様は行方不明。貴様達を八つ裂きにせねば、死んでも死にきれぬと思っていたところよ」
そう言うと、白竜はハルルカめがけて喰らいつかんとする。
「今だ!」
その瞬間、白竜の死角から号令と共に黒い稲妻が放たれた。それは一直線に白竜の翼膜を突き破る。
白竜は振り返った先に、稲妻を放ったリョウ(
ja0563)が物陰へと隠れるのを見た。
「この一撃で、その翼を切り落としてやる!」
奇襲はまだ終わらない。
続けて、姿を現した夢前 白布(
jb1392)が、白竜の翼めがけて黒き十字の刃を落とす。それはさながら断頭台の如く、翼の端を切り落とした。
「とどめだっ!」
さらには黒井 明斗(
jb0525)が飛び出し、白竜に彗星を降り注がせる。隕石が折り重なるようにして白竜を押し潰していくが、白竜は咆哮と共に体を跳ね上げ、それを全て吹き飛ばした。
「やって、くれたなっ!」
白竜の瞳が再び怒りに満ち、明斗にその剛爪を振り下ろす。鉄塊の如き爪に引き裂かれ、明斗は悲鳴も無く、吹き飛び、倒された。
動けない明斗に、白竜は再度爪を振り上げる。
「待ちたまえ」
その時、凛とした声が森に響き、白竜と明斗との間に白い嵐が吹き荒れた。
「!?」
白竜が狼狽して、数歩後ずさる。
「これ以上、僕の友達を傷つけるようなら容赦はしないよ」
嵐が止み、その跡には白いフード付きマントを纏った男が立っていた。明斗を守るように、白竜の前に立ちはだかっている。
「あの時は……狂った私の見間違いと思っておりました……信じたく、無かった」
白竜は、白い男に語りかけているとも、独り言ともとれる口調で、ブツブツと呟きはじめた。
そんな彼を無視して、白い男は撃退士達を見渡して言う。
「やあ、皆。姿を隠している人もいるけど、久しぶりだね」
「あの……どちらさまでしょうか?」
システィーナがおずおずと手を挙げて尋ねた。
「ふっ、ひどいなシスティーナさん。1対1の決闘を繰り広げた仲だと言うのにね」
そう言って、白い男はマントを投げ捨てた。その中から、ボロボロに汚れた、もはや白いとは呼べないくたびれたタキシードを纏った天使、アルビオンが姿を現す。
「ああ、白いフードとマントは、正体を隠していたわけでも何でもなく、白くない格好をしているのが嫌だっただけなんですね」
微風が呆れたように首を振りながら言った。
「その通りだよ、微風さん」
アルビオンはそんな彼女の感情には気付かず、能天気に笑う。
「リョウ君、さすがに見事な隠れ身だ。どこにいるのか全く掴めないが、この声は君に届いていることを信じている。
白布君も、君とはまたゆっくり話したいものだ。この戦いが終われば、その機会もあるだろう」
アルビオンが、一人ひとりに語りかけていく。
「ましゅろちゃん、キミは相変わらず白くて元気だね」
「えへへー、あるびょんもね」
「穂鳥さん、一瞬であの白蛇を片づけたのは見事だった。仲間に負担をかけさせない、君の優しさが伝わってきたよ」
「はあ……どの段階から見ていたのかと突っ込みたくもなりますが」
「ハルルカさん……」
「キミに名前を教えた覚えは無いんだけどね」
「…………」
「悪かった、冗談だよ」
そして、アルビオンは倒れていた明斗に手を差し伸べる。
「明斗君、こんなところで終わりではないだろう?」
「ああ、もちろんだ……!」
アルビオンの手を掴み、明斗が立ちあがった。
「アルビオン様……人間に味方するおつもりですか?」
白竜が苦々しく問うた。
「ああ、そうだ。同胞を餌に人を狩るその暴挙は美しくない。
ましてキミのその暴走の原因がボクにあるのだとしたら……見過ごすわけにはいかない」
「いいのか? 帰れなくなるんじゃないのか?」
明斗がアルビオンを気遣って声をかけた。
「構わない。白竜を止めたいんだ、力を貸してくれないか」
「解った、なら、共に戦おう友よ」
「ああ、ボク達が力を合わせれば、どんな相手にも負けやしないさ!」
こうして、撃退士とアルビオンの共同戦線が始まった。
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白竜は空を舞い、時に急降下しては、また空へと逃げるという戦い方で、撃退士達を翻弄していた。
空中に攻撃できる手段は限られ、また、悠々と天空を飛び回る白竜は非常に機敏だった。
だが、ましゅろの放った矢が白竜の顔面を捉え、白竜の視覚が失われた一瞬に、黒い翼を広げ白竜の背へと回り込んだハルルカが、その翼に剣を叩きつける。
リョウと白布の奇襲でダメージが蓄積していた翼は、その一撃で折れ曲がり、白竜はついに地面へと墜落した。
「地上戦なら、こちらのものです」
空中の敵には手の出しようがなかったシスティーナが、嬉しそうに白竜へと突撃し、脚へと一撃を加える。
白竜も負けてはいない。すかさず身を起こしながら、その巨大なあぎとを開いた。
「ブレスか! アルビオン、お前の嵐で止められるか?」
黒炎の槍を投げ放ちながら、リョウがアルビオンに尋ねた。だが、自信家の天使は顔面を蒼白にし
「とんでもない! 防ごうなんて考えるな、逃げろーっ!!」
と叫んだ。その瞬間、白竜の口腔から炎が放たれた。
炎は熱量を上げるほど輝きを増し、その色へと近付いていく。白竜の放つブレスは、まさしく炎の頂点、真っ白な熱光線に等しかった。
それは、妨害のためにましゅろの投げた小麦粉の袋を消し飛ばし、進行上にある木々を消し炭に変えて薙ぎ倒しながら、微風に迫る。
彼女の前にとっさに立ち塞がった穂鳥がマジックシールドを展開したが、それすら易々と貫いて、白き熱線は2人を焼き尽くした。
「す、すみません……防ぎきれませんでした」
「いえ……あなたがいなければ、死んでいたかも知れません」
全身からブスブスと黒煙をあげながら、穂鳥と微風が互いを支え合って、どうにか立ち上がる。
「アルビオン様、次はあなたです」
白竜がゆっくりとアルビオンへ歩み寄る。空を飛んでいた時の機敏さこそ無いが、その一歩一歩が威圧感に満ちていた。
「我が主は、あなたを連れて帰れとおっしゃった……」
歩を進めながら、白竜はうわ言のように喋り続ける。その間に、白布が、ましゅろが、 微風が、穂鳥が、次々と攻撃を加えていくが、白竜は止まらない。
「どうした! 戦え、アルビオン!」
穂鳥の回復に専念しながら、明斗が叫ぶ。白竜に睨まれたアルビオンは動けなくなっていた。
「あなたを生かして帰れとは、言われなかった……ならば、死体にして天界へと連れて帰る。これが我が忠義」
アルビオンの前に立った白竜が、腕を振り上げ、爪を開いた。
「造反者、アルビオン! 我が裁量において、貴様を処刑する!」
こうして断罪の爪が振り下ろされた。
「アルビオン!!」
その時、白布がアルビオンを突き飛ばして、その身を晒した。白竜の爪がアルビオンの身代わりとなった白布を一撃でズタズタに引き裂く。
「白布、君? うわああああっ!」
ボロ布のように吹き飛ばされる小柄な体を、アルビオンは慌てて追いかけた。白布の体が地面に落ちるぎりぎりのところで受け止める。
「白布君、どうしてっ!?」
「トモダチ、だからにきまっているだろ……」
言いきって、白布はアルビオンの胸に拳を叩きつけた。その拳を通して、白布の纏う赤い光纏が、アルビオンへと流れ込んでいく。
「しっかりしろよ、アルビオン……僕たちと戦ったときの君は、もっと強かったぞ……!」
そう言い、白布は力尽きたように気を失った。
「白布、君」
アルビオンは白布の体を優しく地面に横たえ、白竜を睨みつけた。
「皆、危険だ。離れていてくれ。ボクは今から『あの技』を使う」
「離れていてくれとは心外ですね。私達はもう仲間です。力をお貸ししましょう」
穂鳥がアルビオンに向かって言った。
「ああ、お願いするよ」
そう言い、アルビオンは目を閉じ、集中を高めた。白竜はアルビオンの攻撃から致命傷を受けることはないと思っているのか、防ごうとも、逃げようともしない。
「慢心については、ボクが言えたことではないが……その油断が命取りだ。クルーエル・スノーホワイト!!」
アルビオンと穂鳥が同時に指を打ち鳴らした。
まず、白い大嵐が白竜に襲いかかる。荒れ狂う真空の刃が白竜の全身を分厚い鱗ごと切り裂いていく。
「おおおっ!?」
その渦中で、白竜は驚愕に目を見開いた。
だが、それだけではない。
その嵐の中から次々と牡丹の花が咲き誇り、その花が業火へと変じて、白い嵐は炎の渦へと姿を変える。
炎の大嵐に吹き飛ばされた先には、リョウが待ち受けていた。
「その傲慢、堕とさせてもらうぞ」
リョウの一閃が、白竜の巨体を言葉通り、易々と叩き落とす。
――グアアッ!
白竜は吠える。ましゅろの放つ矢を無視して、リョウへと反撃に転じた。
「そうして姿を晒したのが運のつきだ、忍びの者!」
爪撃がリョウの全身を粉々に打ち砕いた……かに見えた。
実際に粉々になったのは、リョウのジャケット1枚のみ。空蝉で白竜の攻撃をかわしたリョウには傷一つついていなかった。
「覚えておくがいい。鬼道忍軍が姿を晒す時、それは勝利を確信した時だ」
「な……?」
リョウに気を取られ、白竜は気付いていなかった。気を練り上げたシスティーナが、いつのまにか懐に潜り込んでいたことに。
「や、やめろおおおおっ!!」
「楽しい死闘も、これでおしまいです」
パイルバンカーを装着したシスティーナの拳が、白竜の胸めがけて一直線に放たれた。それは、白竜の肉を裂き、肋骨を砕き、心臓をも貫いた。
「ぐばああっ!」
白竜が胸から、口から、白い血を撒き散らす。
「せめて、苦しまないように」
微風の神速の剣が白竜の首筋を切り裂き、さらにはハルルカの剣が尾をへし折る。
それでも白竜は倒れなかった。闇雲に爪を振るい、暴れ回る。
そこからさらに総攻撃を加え、いよいよ白竜の動きが緩慢になってきたと思われた時だった。
「アルビオォォン……」
呪詛のこもった目で、白竜はアルビオンを見た。
「貴様も、道連れだ……!」
白竜は口を開き、アルビオンに向けた。
「ブレスだ!」
リョウが鋭く声をあげた。
「させないっ!」
明斗がアウルの衣でアルビオンを包み込む。
白竜が最期に放った閃光は、それすらも焼き払い、アルビオンを呑み込んでいった……。
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「アルビオン!」
「アルビオンさん!」
「起きてください、アルビオンさん!」
「アルビオン! 君もこんなところで終わりじゃないだろう!?」
声が聞こえる。自分を呼ぶ声が。そうアルビオンは感じた。
「アルビオン! 僕は無事だったぞ! 君も立てよ!」
「アルビオン君、まだキミの答えを聞いていないよ」
「あるびょんー!」
「アルビオンさん! 負けてはいけません!」
帰るところがある。彷徨い続けた果てに、ようやく見つけた自分の居場所。
そう意識した時、アルビオンは自然と目を覚ましていた。
「ただいま……」
目を覚ましたアルビオンの第一声はそれだった。
「え? あ、おかえりなさい」
気絶から回復した人間への第一声として、それは正しいのか疑問に思いながらも、微風は「ただいま」に対する正当な答えを返した。
「白竜はどうなった?」
アルビオンが尋ねた。明斗は答えるまでもなく、ある一点を指さした。そこは白竜が暴れていたところで、今は眩く輝く白い火柱がそびえ立っていた。
「アルビオンがやられたと思い込んだ、ましゅろさんの渾身の一撃がとどめになりました」
ましゅろの矢に心臓を射抜かれた白竜は、己の強大な力を制御できなくなったかのように爆発したという。その力の奔流は、今も白い火柱となって残っている。あと半日は燃え盛るだろう。
アルビオンはよろめく足取りで、白竜の遺した火柱まで歩み寄った。
「あるびょん……ドラゴンとはともだちになれなかったのかな?」
アルビオンと共に火柱を見上げながら、ましゅろが悲しそうに言った。
「無理だっただろうね。彼は、天使を裏切れないように造られていた。自分で生き方を決められないことが、こんなにも哀しいことだとは知らなかったよ」
そう言い、アルビオンは白いマントを火柱に捧げた。一瞬で炭へと化したマントが天へと昇っていく。
「白竜の魂よ。我が天界の友に伝えてくれ。ボクは人間界の友と共に生きる、と」
白い火柱は何も答えなかった。
代わりに白布が努めて明るい声をあげる。
「ということは……アルビオン!」
「ああ、僕は学園に味方する。できれば、ボクを生徒として迎え入れて欲しい」
「――ようこそ、俺達の世界へ。歓迎しよう、アルビオン」
間髪を入れず答えたリョウが、アルビオンに手を差し出した。
「これからもよろしくお願いします」
穂鳥は礼儀正しく頭を下げた。
「味方同士でも構いません! また決闘致しましょう!」
システィーナには熱く詰め寄られ、アルビオンは苦笑いするしかなかった。
「帰ったら入学の申請と…あと、折角だから歓迎会でも開こうか」
そんな光景を少し離れたところで見守りながら、ハルルカが楽しそうに微笑した。
その後、システィーナの提案で、今日という日の記念に写真撮影が行われた。
その時の写真は、アルビオンの宝物になったという。