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視界すらも真っ白に染め上げるほど、吹雪が荒れ狂っていた。
その只中に立った黒井 明斗(
jb0525)が名乗りをあげる。
「アルビオン! 君の挑戦を受ける! だが、撃退士としてではない、僕、黒井明斗して受ける!」
「ああ、来てくれたんだね。待っていたよ……」
それに答え、ゆっくりと天使のシルエットが舞い降りた。
「旅団【カラード】が長、リョウ。全てを受け入れる黒としてお相手しよう」
続けて、明斗の隣に立っていたリョウ(
ja0563)が名乗りをあげた。
「光栄だ。悔いの無い闘いにしよう……」
アルビオンが言葉を言い終わると同時に、リョウは黒い槍を模した炎を生み出し、それを投げつける。
アルビオンはそれに片手を向けると白い嵐を盾にし、相殺した。
「本気のようだね。嬉しいよ。ではボクも、より白くなったボクの力をお見せしよう!」
そう言うと、アルビオンは片手を天に掲げた。そこを中心に嵐が渦を巻き、白い竜巻がアルビオンの全身を包む。
「クルーエル・スノーホワイト(残酷な白雪姫)!!」
竜巻が膨れ上がり、暴風となってスキー場を蹂躙した。それは雪と共に撃退士達も空高く巻き上げ、吹き飛ばす。
「くっ、何という威力だ」
とっさに伏せることで難を逃れていたリョウが舌打ちした。
後ろにいた仲間どころか、隣にいた明斗の姿も見えない。一瞬でパーティを分断させられてしまったのだ。
孤立したリョウに、アルビオンの魔の手が迫ろうとしていた。
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アルビオンの放つ嵐がリョウに襲いかかる。リョウは最小限の動きでそれをかわす。
「策に溺れたな。この吹雪の中では、貴様が何度攻撃を放とうが、俺を捉えることはできん」
再度放たれた白い嵐を今度は跳んでかわすと、黒い装束をたなびかせ宙を舞い、アウルによって具現化された黒槍を投げ放つ。それは雷を纏い、黒い稲妻となって、アルビオンの胸に吸い込まれようとしていた。
が、アルビオンは白羽取りで黒槍を受け止めた。槍から放たれる電光が、ブスブスとアルビオンの手を焦がしていくが、アルビオンは両掌を強く合わせると、その間にあった黒槍は砕けて消えた。
「ふ、そうでなくてはな」
リョウは思わず楽しそうな笑みを浮かべる。だが、アルビオンはあさっての方向を向いていた。そして、スッとその場を離れていく。
「どうした、逃げるのか?」
「キミと闘っていたいのは山々だけど……これにて失礼するよ」
そう言い、アルビオンは飛び去っていった。
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「降雪機は壊させないよ」
大嵐に吹き飛ばされた方向にも恵まれた微風(
ja8893)は、降雪機の近くまで迫っていた。だがその前に、空から現れたアルビオンが立ち塞がる。
「ならば、押し通るまでです」
そう言い、微風は鞭を振るった。アルビオンも鞭を抜く。
放たれた2つの鞭が交錯し、互いの体を打つ。跳ね返った鞭は再び敵に襲いかかり、鞭同士が絡み合った。
「力比べですね……」
武器を奪われないよう、歯を食いしばって鞭を引く微風。そんな彼女を援護せんと、他の撃退士も集まってくる。
「やらせないよ、クルーエル・スノーホワイト!」
アルビオンはすぐさま大嵐を放ち、再び撃退士達を分断する。微風も吹き飛ばされたが、絡み合う鞭で繋がっていたアルビオンもわずかに体制を崩した。
「小細工を……!」
素早く鞭を巻き戻し、体制を立て直すアルビオン。彼に隙が生まれたのは一瞬。だが――
「その一瞬があれば、十分さ」
大嵐の範囲外であった高高度から、ハルルカ=レイニィズ(
jb2546)が飛来してきた。
「願い通り、私の色を見せてあげよう――藍風」
藍色の烈風が吹雪を切り裂き、大剣がアルビオンの頭上へと一直線に振り下ろされた。
神速の一撃はアルビオンの頭を叩き割ったかに見えたが、実際に叩き割ったのは彼のシルクハットのみ。ボロキレとなった白い帽子が、吹雪に飛ばされて何処かへと消えていく。
「……やるね」
それだけ言い残し、アルビオンも吹雪に紛れるようにして姿を消した。
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「また会ったね、お嬢さん」
空中で真守路 苺(
jb2625)を見つけたアルビオンが声をかけた。
「む! ましゅろには『ましゅろ いちご』っておなまえがあるんだよ!」
そう叫んで、ましゅろは粉々にした色とりどりのチョークを投げつける。初めて会った時のように、アルビオンを目立たせようとするためだ。
「おっと、それを受けるのはゴメンだよ」
しかし、アルビオンは吹雪の中を舞うように飛行すると、ましゅろの背後に回り込んだ。
「わっ わっ! みないで〜!」
背を取られたことよりも、黒い翼を見られたことに慌て、ましゅろは翼を隠そうとする。
「隠す必要は無い。ボクと闘うために、君はあえて嫌いな黒をその身に生やした。そのことを光栄に思う」
「あるびょん……」
「が、そのことと、闘いは別だ」
アルビオンはましゅろの背中を蹴りつけた。ましゅろが真っ逆さまに落ちていく。落下の衝撃は積もった雪が殺してくれたものの、その雪がまとわりついて、立ち上がることができない。
「トドメだ、ましゅろちゃん……!」
動けないましゅろめがけて、アルビオンが白い嵐を放った。
「そうはさせません!」
ましゅろに降り注ぐ白い嵐を、駆け付けた牧野 穂鳥(
ja2029)の生み出した魔力の障壁が受け止める。
驚愕の表情に染まるアルビオンに向けて、穂鳥はすかさずひとひらの楓を投げつけた。
楓は風となり、やがては紅い嵐と化して、アルビオンの全身を呑み込んだ。
「うわああっ!?」
全身に紅い葉をまとわりつかせたアルビオンが逃げ去っていく。
「今まで人を白く染めてきたバチが当たりましたね」
そう言って、穂鳥は楽しそうに笑った。
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夢前 白布(
jb1392)はできる限りアルビオンから距離を取り、彼の起こす戦火を目印に矢を乱射していた。
「当たらなくてもいい、他の人を助けられれば!」
少しでも仲間の助けになるよう祈りながらクロスボウの引き金を引く。
そうして牽制を続けていた白布だったが、アルビオンの影がじわじわと近付いてきているように感じた。
そう気付いた時には、もう遅い。
アルビオンの姿が、目前に迫ってきていた。
「さっきから厄介な援護射撃は……なるほど、君か」
かつて決闘した時とは似ているようで違う余裕のある物言いに、白布は胸を叩いて答えた。
「僕は夢前白布だ! 胸に抱く夢にかけて、きっと君を倒して見せる!」
「その名、覚えておくよ」
そう言い、アルビオンの振るう鞭が白布の顔を打つ。裂けた頬から血がにじみ出すが、白布は怯まず、赤く輝く光纏をほとばしらせ、紅蓮の不死鳥を放った。
アルビオンも白い嵐を放ち、応戦する。いつかの決闘の時のように、魔法の撃ち合いが始まる。
「白布さん! アルビオン!」
生命探知でアルビオンをいち早く見つけ出した明斗が合流し、白布に対する攻撃を柔らかな魔力のヴェールで防ぎ、さらには回復と、立て続けに魔法を放つ。
「もう少しで、皆も合流します! それまでこらえてください!」
そう言って、白布を励ましもした。
「そうはさせない……クルーエル・スノーホワイト!!」
だが、アルビオンは白布と明斗の間に大嵐を叩きつけると、もうもうと立ちこめる白煙に紛れて姿を隠してしまった。
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「それでは満足に戦うことが出来ません。降りて来て頂けませんか?」
アルビオンの姿を捉えるなり、システィーナ・デュクレイア(
jb4976)はそう言い放った。
「ふっ、いいだろう」
それに応え、アルビオンも翼を畳んで地上へと降り立つ。
「「いざ、勝負!!」」
声が重り合い、2人の距離がゼロになる。
システィーナは腕を振り上げ、パイルバンカーの一撃を叩きこんだ。
アルビオンはそれをかわさなかった。あえてそれを体で受け止め、無防備なシスティーナに拳を放つ。
システィーナは、それをあえて額で受けた。頭突きによるカウンターへのカウンター。彼女の額が割れ、アルビオンの拳が砕ける。
「そうです! こういう闘いがしたかったんです、私は!」
顔面を赤い血で染めながら、システィーナが楽しそうに吠える。
「ボクは……二度はごめんかな」
その言葉通り、アルビオンはシスティーナから距離を取り、遠距離から白い嵐を放つ闘い方に切り替えた。
「嫌でも付き合ってもらいます!」
システィーナは脚にアウルを込めて地面を蹴った。アルビオンから放たれる嵐を受けながら、積もる雪を真っ二つに割り、再度アルビオンに肉薄する。
「私の全力、あなたに受け切れますか!」
紫焔を纏った鋭い蹴りが、この世のどんな武器よりも鋭く、アルビオンの脇腹を一閃する。パイルバンカーの一撃を受けても砕けなかった天使の体が、今度こそくの字に折れた。
「う、がああっ!!」
喉元から血を溢れさせながらアルビオンが叫んだ。システィーナの腹部に手を当て、全力で嵐を放つ。至近距離で嵐を受けたシスティーナは吹っ飛び、地面に落ちた。倒れた彼女を、アルビオンが何度も鞭で打ちすえる。
「はぁ……はぁ……これで……」
システィーナが動かなくなったことを確認し、アルビオンは鞭をしまい、彼女に背を向けた。
「待ちなさい」
だが、アルビオンの背に声がかかる。
「楽しい決闘を、この程度の傷で終らせることなどできません…」
全身傷だらけのシスティーナが、それでも笑いながら立ち上がってきた。
「どうやら僕は、真剣勝負を甘くみていたようだね……」
優勢なはずのアルビオンが力無く笑った。
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「大丈夫ですか、デュクレイアさん!」
雪をかき分け、アルビオンに追いついた明斗が彼女の傷を癒す。さらに、遠くから白布のものであろう牽制の矢が、アルビオンの足下に突き刺さる。
「くっ、もう追いついてきたのか……」
舌打ちをするアルビオンの肩に、リョウの投げ放った炎の槍が突き刺さる。
「ならばまた、吹き飛ばしてやる! クルーエル・スノー……ッ!!」
奥義の名を言いかけて、アルビオンが固まり、彼の鼻孔から血が滴り落ちていく。
「やはり、四度は無理か……」
アルビオンは、多大な集中力によって身の丈に合わない必殺技を行使していた。だが、ついに限界が訪れ、その身に代償を支払わせたのだ。
その隙を撃退士達は逃さない。
白布の魔法が燃え盛り、システィーナの剛腕が唸り、明斗の放つ流星が煌めき、リョウの槍が貫く。
追い詰められているというのに、アルビオンの心はどこか晴れやかであった。色とりどりの軌跡を描く撃退士達の攻撃を、アルビオンはどこか他人事のように眺めていた。
(覚悟、意思、誇りが、君達の一撃一撃から伝わってくるよ。ああ、なんて……)
ましゅろの扇が舞い、微風の剣が閃き、ハルルカの翼が踊り、穂鳥の魔法が咲く。
(なんて、君達の色は美しいんだ……)
アルビオンは観念して目を閉じた――
「それで終わりかっ、アルビオン!」
が、アルビオンに駆け寄った明斗が、その天使の顔を殴りつけた。補助と支援に徹してきた男の不意の一撃に、アルビオンの奥底がカッと熱くなる。
「終わらないさっ! まだ君達の色を見ていたいっ! まだまだボクの色を魅せ足りないっ!!
クルーエルッ! スノーホワイトォッ!!」
限界を越えて、アルビオンが五度目の大嵐を放った。嵐、いや、もはや爆発としか呼べない衝撃が全てを呑み込んでいく。
「お見事。だが、ツメが甘かったね」
大嵐を耐え抜いたハルルカが、アルビオンの頭上を捉えていた。
「己の弱さを知った者は強い。天使アルビオン、キミは強かったよ」
そう言い、黒く染まった刃を振り下ろす。それは一滴の雨粒の如く、アルビオンの首を打ちつけた。
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異変に真っ先に気付いたのは穂鳥だった。
気絶したアルビオンを横たわらせ、撃退士達が無事を確認し合っていた時。ミシミシという小さな音が聞こえた気がして、穂鳥は音のした方角を見た。
そこでは、もうもうと雪煙がたっていて、真っ白な雪の大地にヒビが入る瞬間を見た。
「皆さん、雪崩です!」
その言葉が引き金になったわけではないだろうが、坂の頂点にある地面が割れ、撃退士達に向かって滑り落ちてくる。
「あそこに避難しましょう!」
穂鳥は古ぼけたロッジを指さした。ある者は駆け、ある者は飛び、彼らはロッジへと向かう。が、このままでは気絶しているアルビオンが雪崩に呑み込まれてしまう。
「チッ、世話の焼ける!」
リョウが引き返し、アルビオンの体を抱え上げる。雪崩はもうすぐそこまで迫っている。
「うおおおおっ!」
リョウはひとっ跳びでロッジの窓めがけて飛び込み、その跡をすぐ雪の津波が過ぎていった。
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「ボクは、負けたのか……」
ロッジの中で、目を覚ましたアルビオンは横たわったままポツリと呟いた。
「ええ……ですが、いい闘いでした」
アルビオンの治療をしていた穂鳥が、立ち上がろうとするアルビオンを助け起こす。そんなアルビオンの周囲に、次々と他の者達が集まってきた。
「アルビオンさん。あなたと出会えたこと、そして闘えたこと、光栄に思います」
まず微風が、アルビオンの手をぎゅっと掴んだ。
「僕達と友達になろうよ! 天魔とか人間とか、堕天するとかしないとか、関係なしにさ!」
「あの大嵐、素晴らしい技でした。全力で戦った私達はもう親友です」
「アルビオン、君と友になれるなら、天使と人間、戦う以外の道が見える気がするんだ」
白布とシスティーナ、そして明斗が口々に呼びかけた。
「うん、うん、喜んで……」
アルビオンが嬉しそうに3人の手を握っていく。
「あるびょんは、これからどうするの?」
ましゅろは、心配そうにアルビオンに尋ねる。
「ボクは……」
「よく考えろ」
アルビオンが何か言いかける前に、リョウが口を開いた。
「堕天を考えるのは良いが、天界にはお前を大事に思う誰かがいるのを忘れるな。
一度戻って、捨ててもいいものなのかどうか、向き合うべきだと俺は思う。
無論、それで敵となっても構わない。互いに道を選んだ結果なのだからな」
「…………」
悲しそうに顔を伏せるアルビオンに、白布が付け足す。
「そうなっても、アルビオンが僕達の友達なのは変わらないからね!」
アルビオンは勢いよく顔をあげ、その勢いで瞳から涙がこぼれ落ちた。
そのしずくは、白よりも純粋で混じり気の無い――透明な色をしていた。
「ありがとう……みんな。ボクは、もう一度、よく考えてみるよ。
その末に、君達の仲間になることを選んだ時には…………また、こうして迎えてくれるかい?」
撃退士達は一斉に頷いた。
アルビオンの瞳から、涙がぽろぽろと落ちていく。
「嬉し涙なんて、はじめてだ。悔し涙とは、全然違う味がするんだね……」
こうして、アルビオンはロッジを出て行き、飛び去っていった。
その背にハルルカが小さく声をかける。
「悪魔の私が言うのもなんだけどね。天使アルビオン、キミの行く先に祝福あれ」