●1階〜2階
撃退士達は、廃ビルを二手に分かれて探索することに決めた。
屋上からは、リョウ(
ja0563) 黒井 明斗(
jb0525) ハルルカ=レイニィズ(
jb2546) 真守路 苺(
jb2625)の4名。
1階からは牧野 穂鳥(
ja2029) 微風(
ja8893) 夢前 白布(
jb1392) システィーナ・デュクレイア(
jb4976)の4名が、それぞれ同時に廃ビルへと突入した。
1階から侵入した4人は、地下駐車場と1階の探索を終え、2階へと上がろうとしていた。
「リョウさんから連絡です。4階の探索まで完了したそうです。あと、ましゅろさんが『くさい〜』って泣いてます」
スマホを見た穂鳥が、苦笑しながら言った。
「4階と言えば、レストランエリアですね……ご、御苦労様ですと伝えてあげてください」
微風も苦笑しながら答えた。
「あ、あともう一つ。黒井さんからです。3階と、2階の階段付近に、生命反応があったそうです。2階に上がる場合は注意してください、とのことです」
このデパートに白い竜が飛んで来たという目撃証言を彼女達は前もって聞いていたが、どうやら本当のようだ。4人は慎重に2階への階段を上がる。
「!!」
先頭を歩くシスティーナが、ジェスチャーだけで後続を押しとどめた。つんのめった微風が、システィーナの肩越しに、彼女が見たものを見る。
それはドラゴンだった。
神々しい黄金の角を携えた、美しい白竜だ。純白の鱗が全身を鎧の如く覆い、独特のぬめりが真珠のように高貴な輝きを放っている。
天使よりも「神の御使い」の名に相応しい。
そんなドラゴンが、まるで門番のように2階の階段を見張っているのだった。
そろそろと引き返した後、円陣を組む。
「ど、どうしよう……」
「道を塞がれているのなら仕方ありませんわ。倒しましょう」
弱気な声をあげる白布に、システィーナが血の気たっぷりに答えた。
「ま、まぁ、待ってください。ひとまず屋上班に相談しましょう」
そう言って、穂鳥がスマホを取りだした、その時だった。
「人間どもよ……」
威圧感のある声が頭上から、正確には2階から降り注いだ。だと言うのに、天上から話しかけられているかのような錯覚すら覚える。
「貴様らが興味本位でここを訪れただけならば、見逃してやろう。10秒数えるうちに去れ。だが、もし去らぬのなら……」
ここで言葉が止まった。どうやら声の主の中で、もう秒読みは始まっているらしい。
4人は顔を見合わせるが、わずか10秒でいい答えなど見つかるわけもない。時間は無情に過ぎた。
「……貴様らを、アルビオン様の敵と定める」
穂鳥はとっさに阻霊符を発動させた。
だが、声の主――白竜は天井を、彼にとっての床を破壊し、撃退士達の前に降臨した。
●3階
「いたぞ、アルビオンだ」
先頭を歩いていたリョウが足を止める。3階、衣料品売り場の一角が白く染められており、真っ白いシーツのかかったテーブルで、真っ白い天使が紅茶を飲んでいた。
「意外と呑気してるじゃないか、不愉快だね。今すぐブン殴ってやろうか」
「気持ちは分かるが、待とう。1階班と合流したい……」
犬歯を剥いて笑う(ただし目は笑っていない)ハルルカをリョウがたしなめた、その時だった
ズン……
足下から大きな振動が伝わってきた。
「!?」
アルビオンが慌てて顔を上げ、周囲を見渡す。そして、見つかってしまった。
リョウとハルルカは衣服の影に素早く身を隠していたが、彼らの肩越しに背伸びしてアルビオンを見ていたましゅろが、先程の振動でバランスを崩し、地面に突っ伏していたのだ。
「君は以前の……!?」
アルビオンが腰を上げる。
「くっ!」
明斗がましゅろを庇うように、彼女の前に立つ。それを見たリョウとハルルカも、観念したようにアルビオンの前に姿を晒した。
「ご、ごめんなさい〜」
ましゅろが顔だけを起こして涙ぐむが、リョウは
「気にするな。事故だ。それよりも、振動の原因が気になる」
と、ぶっきらぼうだが気遣うように囁いた。
「君達は……そうか、君達がボクの追手というわけか」
アルビオンは鞭を取り出し、戦闘態勢を取る。それをハルルカが手で制した。
「待ちなよ。私はキミに用は無いんだけどさ、君と話をしたいという連中がいるんだよ」
アルビオンは一瞬だけ逡巡したが、警戒しながらも鞭をしまう。
「……いいだろう。僕は対話を望む相手に、いきなり襲いかかるほど野蛮じゃない」
「助かるよ。けれど、その話をしたい連中は1階からこちらに向かっていたはずなんだが、先程の振動を鑑みるに、何かトラブルに巻き込まれたらしい。心当たりはあるかい?」
「うむ。ボクを守ってくれていたサーバントに見つかったのだろう」
「……なら、まずそのサーバントを止めてくれないかい。話はそれからだ」
「お安い御用さ」
そう言って、アルビオンは階段へと歩き出す。思いのほか、話は簡単にまとまった。拍子抜けしたと言いたげにハルルカが肩をすくめ、各々も似たポーズで返し、警戒は解かずアルビオンについていった。
「ねぇねぇ、あるびょん?」
唯一、ましゅろが人懐っこくアルビオンに話しかけていた。
「何だい、白いお嬢さん?」
アルビオンも存外普通に返す。前回の戦いでは、ましゅろはアルビオンの白を汚した第一人者でもあるのだが、意外と根にもたない性格なのか、何だかんだ白い者には甘いのか。
「こうちゃなんてのむんだねー。あるびょんなら、てっきりしろいミルクとかのんでるとおもったのに」
「ああ、そうしたいのは山々なんだけどね。ボクは乳製品がダメなのさ」
そう言って、アルビオンは切ない顔で微笑んだ。
……皆は、どうでもいい質問にはどうでもいい答えしか返ってこないことを思い知った。
●1階
「はあああっ!!」
裂帛の気合いを乗せて、微風が双剣を振りかぶり、白竜の体へと突き刺した。剣は刀身の中程まで埋まっていったが、白竜はギロリと縦長の瞳孔が走る瞳を微風に向けると、尾を振るい、彼女の華奢な体を弾き飛ばした。
「ふふふ。このプレッシャー、堪りません」
すでに血塗れのシスティーナが、嗤い、パイルバンカーを白竜の眉間に打ち込む。鉄杭は白竜の額を貫いたかに見えたが、頭蓋に阻まれ、脳漿を破壊するには至らない。
「そ、そんなこと言ってる場合じゃない気がします!」
必死に魔法による弾幕を張りながら、それに負けないよう大声で白布が叫んだ。
「それも、相手はまだブレスすら吐いていないのに、これほど苦戦してますからね……」
同様に絶え間なく魔法を放ち続けていた穂鳥が、どうにか屋上班に連絡しようとスマホを手の中で転がしていたその時だった。
「やめたまえ!!」
凛とした声が頭上から響き、天井に空いた大穴から全身純白の天使が、白い羽根を撒き散らしながらゆっくりと降りてきた。
白竜がすかさず頭を垂れて、それを出迎える。
そんな白竜の頭を撫でてねぎらいながら、アルビオンは撃退士達に向き直った。
(こうしてると、普通に威厳ある天使なんですけどね……)
穂鳥は何となくそんなことを思った。
「君達の中で、ボクに話がある者がいると聞いた。誰かな?」
とアルビオンは尋ねた。彼が現れた穴から、屋上班の撃退士達も次々と降りてくるのを見て、1階班も屋上班がアルビオンを説得してくれたことを悟った。
「私です」
片手で腹を押さえながら、されども背筋をピンと伸ばして身を起こした微風が手を挙げた。
「先日、負けたのはサーバントで、ご自身は負けていないと仰いましたね」
「そ、その通りだよ」
「では、手傷を負ったのは、ただの油断だと……そのことを、ご自身で証明して頂けますか?」
「む、具体的には、ボクにどうしろと言うのかな?」
アルビオンが尋ねる。答えようとした微風を、白布が彼女の服の端を引っ張って制した。
「微風さん、あとは僕が……」
そして、アルビオンに正面から向き合い宣言する。
「アルビオン、僕と“けっとう”するんだ」
「決闘? キミと1対1かい?」
アルビオンは白布の全身を値踏みするように睨め付けたあと、大仰に頷いて言う。
「いいだろう」
さらに白竜に向かっても
「聞いたね。キミは手を出さないように」
と念を押し、白竜はそれに「御意」とだけ答えた。
アルビオンは頷き、1階の中でも特に広い空間へと歩いて行く。それについて行こうとした白布を、明斗が呼びとめた。
「待って下さい、回復を」
そう言って、白竜との戦いで負った傷をライトヒールで回復する。
「気休めかも知れませんが、大丈夫です。勝てますよ。自分の経験を信じてください」
回復が終わると、明斗はそう言って白布を送りだした。
白布は力強く頷き返し、アルビオンの前に立つ。
(僕に力をください、自信をください、勇気をください……弱い自分を、乗り越えたいんだ)
そして、胸を何度も拳で打ちつけ、念じた。
「さて、決闘と言うからには、ルールが必要だね。まず、戦闘不能になった者が負け。それでいいかい?」
「うん」
白布も同意する。
「敗者は……仮にだよ、万が一にでもボクが負けた場合は、どうすればいい? 天界にでも帰れと?」
「お前の処遇ははっきりとは決めていない。とりあえず拘束させてもらう」
リョウが答え、アルビオンも「わかった」と頷いた。
「では、この子が負けた場合は……そうだね、君達はこれから一生、白い服を着て生活してもらおうか」
「なっ!?」
リョウは思わず呻き、ハルルカが露骨に嫌な顔をした。
「大丈夫です……」
白布が精一杯の笑みを浮かべて、リョウに言う。
「僕、頑張りますから」
「…………信じるぞ!」
リョウは白布に拳を向けて言った。
「決まりだね。さぁ、始めようか」
アルビオンが鞭を取り出し、地面を叩く。乾いた音が鳴り、それが闘いのゴングとなった。
白布は早口で呪言と唱え、頭上に燃え盛る不死鳥を顕現させる。不死鳥はアルビオンへと降り注ぎ、彼の周囲を火の海へと変えた。
アルビオンは鞭を振るい応戦するが、白布はすでに炎に隠れるようにして移動していた。
「僕はここだっ!」
炎の中から現れた白布が、魔法書から光輝く羽根を撃ち出し、アルビオンの背中に攻撃を加える。
「こざかしいんだよ!」
アルビオンもすぐさま振り返り、鞭を白布の足に絡め、転倒させる。
「終わりだ!」
そして、倒れた白布めがけて白い嵐を放った。破壊の風が、白布を呑み込む。嵐の余韻が去った跡には、真っ白に染まり倒れ伏す白布の姿があった。
「まけるな、はくふー!!」
ましゅろが必死に声援を送る。それを受けてか、白布がふらふらと立ち上がった。
再び不死鳥を呼び出さんと呪言を唱え、アルビオンもそれを阻止せんと白い嵐を放つ。
「これが、僕の色! 僕の描く夢の色だぁ!」
不死鳥と嵐が交錯し、互いの術者めがけて炸裂した。
白布はもう動こうとはしなかった。アルビオンと正面からの魔法の撃ち合い。どちらが先に倒れるかの我慢比べ。ましゅろの声援が。仲間達の視線が。幾度となく折れそうになる膝を支える。
だが、このままでは白布は負ける。 相手は落ちこぼれとは言え、天使。地力が違いすぎた。
勝利を確信したアルビオンが白い歯を見せて笑う。
その瞬間、白布が今までとは違う呪言を唱えた。
「お願い……眠って!」
白布が叫び、煌めく吹雪を放つ。それを受けたアルビオンが糸の切れた人形のように膝をつき、崩れ落ちる。
白布が唱えたのは氷の夜想曲。敵を深い眠りに陥らせるスキルだ。
「戦闘不能になった者が負けだったな……なら、僕の勝ちだ!」
白布が宣言すると、ふっと全身の力が抜け、彼も気絶する。それを駆け寄った微風が受け止めた。
「白布さん、お疲れ様でした……」
微風が白布の髪をなでながら優しく微笑んだ。
「さて、約束です。拘束させてもらいますよ」
手錠を手に、明斗がアルビオンへと歩み寄る。
「アルビオン様に触れるな、人間!!」
その時、怒号と共に、白い炎が明斗に襲いかかった。明斗は素早く身を翻してそれをかわしたが、燃え盛る炎の壁が撃退士達とアルビオンに隔たりを作る。
その炎を吐いた張本人、白竜が恭しくアルビオンに呼びかける。
「アルビオン様、今のうちにお逃げください」
「……ん?」
炎の熱気に晒されたアルビオンが、ゆっくりと目を覚ます。
「これはこれは。キミの方が約束を破るとは思わなかったよ」
ハルルカが、冷めた目で白竜を睨みつけた。
「何とでも言え。我が主から受けた使命は、アルビオン様のお命を何としてでもお守りすること。そのためなら、卑怯者の汚名も喜んで受けよう」
白竜が堂々と宣言する。撃退士達が二の句を告げずにいると
「やめろ。お前はボクも卑怯者にしたいのか」
意外なところから声があがった。アルビオンだ。
「僕は決闘に負けたんだ……約束を、守らせてくれ」
「何を弱気な。らしくない」
そう言うと、白竜はアルビオンの体を鷲掴みにした。力尽くでも連れて逃げる算段だろう。
「聞いてください、アルビオンさん!」
炎の壁越しに、穂鳥が叫んだ。
「あなたは、もっと様々な色を知るべきです! 人の世界を!
あなたが白く施したキャンパスに、ましゅろさんの絵が鮮やかに映えていました。白は高潔な色です。そして、どんな色を際立たせることもできる。あなたならきっとたくさんの人と笑い合うことができると私は思います。
……こんな寂しい場所にいないで、こちら側を知ろうとは思いませんか!」
続いて、ましゅろも声の限り叫ぶ。
「ましゅろはまかいでは、おともだちいらなかった。みんな、ましゅろのことをまっ白だっていじめてたから。でも人げんのせかいに来たら、まっ白でもいじらめれないし、かわいいね、きれいだね、っていっぱい言われるようになって、よわくても全ぜん平気! なくらい、おともだちいるの!」
さらに、システィーナが言う。
「もしよろしければ私たちの学園にいらっしゃいませんか? 素敵なお友達もたくさんできますよ!」
「ボクに……堕天しろと、言うのか?」
弱々しいアルビオンの声が、炎の奥から聞こえた。
「人間や悪魔の言うことに耳を貸しますな」
白竜がアルビオンを叱責した。
「おい、白竜」
たまりかねてか、リョウも口を開く。
「帰ったら、貴様の主に伝えろ。強者の無自覚な傲慢がどれほど力無い者を辱めているか考えた事があるか、と」
「……気が向けば、そうしよう」
それだけ言って、白竜が大きく羽ばたく。それだけで炎の壁は吹き払われたが、今度は立っている事すら困難な強風が撃退士達に襲いかかった。
「さらばだ、撃退士達よ」
白竜は壁を突き破ると、あっという間に天高く昇っていき見えなくなった。
撃退士達は、ただ黙って白竜とアルビオンの消えた方角を見ていることしかできなかった。