●お膳立ての舞台
現場に向かっている途中で、
「ん〜なんか引っかかる展開やのぉ」
ゼロ=シュバイツァー(
jb7501)は精悍なその顔に渋面を作りながら言った。面白いこと好きな性格に関西弁はよく似合っている。
撃退士が来ると分かっていてここまで大っぴらに子供を誘拐したのはなぜなのか。
「戦うこと自体が目的でしょうか? わざわざ戦場も用意してくれているようですし」
くせっ毛なのか寝癖なのか、あちこち跳ねた黒髪の間下 慈(
jb2391)も疑問を口にした。いつもと違う事柄には何か理由があるはずだ。その理由を考えることを、間下は怠らない。
撃退士達が現場に到着すると、スーパーの跡地にはいかにもな役者が揃っていた。
スチが空き地の中央寄りにいて、その右斜め後方にまとめて縛られている子供達、さらにそのすぐ隣に天使が立っている。
「来てくれてありがとう。あたしが皆さんの相手です」
スチがぺこりと頭を下げる。
(このシュトラッサー、悲しい目をしている……)
それが小埜原鈴音(
jb6898)の第一印象だった。小埜原は撃退士となった今でも心臓に疾患を抱えており、そのせいか常に儚げな翳がある。
スチは元々普通の少女だったのだろうと容易に想像できるほど、素朴な感じがした。
「……年頃の女の子だってのに酷い有様だ」
半身焼けただれた姿を見て、ミハイル・エッカート(
jb0544)がサングラスの奥の目を曇らせる。
うむ、と矢野 古代(
jb1679)も
「可愛らしい女の子をあんなふうにするのはちょっと頂けん、もっと飾り立てるなりだな……」
そこまで言って矢野は言葉を止めた。年齢的にも白髪の混じった頭髪的にも『おじさん』な矢野がそれ以上言うと変な誤解が生まれそうだ。
「おほん。とにかく、随分と悪趣味だと言いたかったんだ」
「心外だなあ。その姿は彼女が自分で希望したんだよ。僕の趣味じゃない」
天使ラムライディが軽い口調で矢野に異議を唱える。
「夏のホラーの時期もハロウィンももう終わっとるぞ? 何しに来たんや」
ゼロも軽いノリでラムライディに声をかけた。
「使徒をけしかけての観戦モードか?」
睨むミハイルにも動じることなく、天使は笑う。
「えぇっとお、僕はラムライディ。彼女はスチ、よろしくね♪ 言っておくけど、僕はスチに何も強要してないヨ。これは全部彼女の望んだことさ」
「それで、一緒に……戦うの……?」
普段は可愛らしいはずのその顔に少しも感情を乗せることなく、Spica=Virgia=Azlight(
ja8786)はぼそりと問う。
「ん〜、別にキミタチと戦う気はないけど、僕に手を出したらこの子達がどうにかなっちゃうカモ☆」
皺の間の瞳を一瞬ギラつかせて、天使は一人の子供の頭に手を置いた。子供はビクッとし、目で撃退士に助けを求める。
「アンタ結構な外道だね」
鈴木悠司(
ja0226)が僅かに口元をせせら笑うように歪めた。しかしそのアイスブルーの瞳は冷め切っていて、邪魔するなら容赦はしないとほのめかしている。
そこへスチが割り込んできた。
「あの、ラム様はあたしの頼みを聞いてくれただけなんです。ラム様に攻撃しないで」
「そうそう、今回僕は見届け人なんだ」
「だったらあなたには何もしないから、子供達から離れて」
小埜原が毅然とした態度で要求すると、天使は不満そうな声を上げた。
「ええ〜〜っ。――でもまあ、もしキミタチが嘘ついても、人質なんていくらでも作れるしね☆」
セリフの後半は気に入らないが、天使は本当に戦う意志も人質の興味もないのか、素直に小埜原の要求を受け入れ子供から離れた。
スチの言動を主人に対する忠誠心だと思ったミハイルは、とにかく戦うなら子供達から遠ざけた方がいいと判断、
「じゃあもう少しこっちでやろう。それならお前の主人も安全だろ?」
スチが言われるままミハイルの方へ出てくると。
突然、ミハイルは見えない何かの攻撃を受けた。
「ぐはッ!」
顔、脇腹、背中と3発殴られる。
「な、何だ!?」
「早速戦闘開始か? ゼロさん、超特急でお願いします」
間下は即座にゼロに呼びかけた。
「任しとき!」
『凶翼』で翼を出し飛んだゼロと矢野、小埜原は人質の方へと向かう。
不意をつかれたミハイルは片膝を付いたが、すぐに体勢を立て直している。
当のスチは、ミハイルに何が起こったのか分かっていなかった。でも撃退士達はスチを敵視して、攻撃するようだ。
ならこれでいいのだろう。
スチはただそこにつっ立っていた。
先程の唐突な攻撃の割にスチから戦意が感じられず、意図がつかめない。用心のため間下はミハイルより距離を取りブレイジングソウルを撃った。
すると、スチは避けるでも守るでもなく、そのまま右目の上に銃弾を受けた。
――なぜ避けない?
間下が訝しむも、続けてSpicaと鈴木もライフルで援護射撃。
子供達の所に一番早く着いたのはゼロだった。
「助けに来たったで〜! 泣くな泣くな、後でたこ焼き食わしたるからな」
子供をなだめつつ、矢野と小埜原が来るまで子供とスチの間に身を置く。
矢野はスチとその主人を視界に入れながら移動していたが、何もせず間下の銃撃を受けるスチを見た。
「今の見えてたよな、どうして避けようともしないんだ……?」
次の瞬間、Spicaと鈴木の攻撃を食らったスチの体から炎が噴き出した!
「「!!」」
反撃範囲内での攻撃ではなかったため誰も炎を浴びなかったが、一番驚いていたのはスチだった。
「え? え? 今の、あたしなの?」
「自動反撃か?」
ゼロの下に、矢野と小埜原が到着する。
「ごめんなさい、違うの、これは」
スチはなぜか皆に謝っていた。
「他に何があるか分からん、早く避難させよう。大丈夫だ、そこのたこ焼きの神様とこの綺麗なお姉さんが安全なとこまで案内する。一人残らず、だ」
矢野が子供達を元気づけるよう明るく話す。
「な〜んかおかしないか?」
ゼロはスチの様子のことを矢野に言ってみるが、
「私もそう思うけど、今は子供達の救出に集中しましょう」
小埜原に諭され気を取り直した。
周囲の警戒は矢野に任せ、小埜原が小さめの子の一人を背負い一人を抱き上げると、ゼロは残りの二人を両腕に抱えた。
「よしたこ焼神、足の速さと安心安全が取り柄なんだからさっさと行って戻って来い!」
矢野の激が飛び、ゼロも調子づく。
「んならたこ焼き宅急便の出番や! スピード第一やからちょっくら我慢してくれよ!」
マントを付けたヒーローさながらに、勢いよく飛んで行く。
小埜原もスチに注意しながら、警察が封鎖している境界線まで走った。
「あたし、こんなの知らなくて。違うの、あたしは撃退士に殺されたいだけなの、攻撃しようと思ってない」
スチが狼狽えて訴えるのを、間下やミハイルは武器を構えながら聞いていた。
「自分の能力を知らない? 使徒になったばかりなのか?」
間下の予想から、まさか、という推測が皆の胸中に広がる。
「……先日の事件で映奈という少女が行方不明だが、もしかしてお前が映奈?」
皆を代表し質問を発したミハイルに、スチはこくりとうなずいた。
「それじゃ、このガキの両親や近所の奴らが死んだのはアンタの関係?」
鈴木がスチの背後のラムライディを見やると、『そおだよぉ』と天使は答えた。
「何で、両親を殺した奴なんかの使徒になった?」
今度はスチへの問いかけだ。
スチの目がふっと暗くなる。世の中の暗闇を映しているような、虚ろな目だ。
「あたし、お父さんとお母さんを誰かが殺してくれればいいのにって思ってた。あたしを毎日ぶつから、二人なんて大嫌いだった。そしたらラム様とフランケンシュタインみないなのが来たの。あたし知ってたのに、誰にも言わなかった。でも、他の人も死んじゃった。あたしが黙ってたから。あの人たちは死ななくてよかったのに。あたしのせいなの」
話は取り留めがなかったが、スチ=映奈が両親に虐待を受けていたことや、先日の事件を自分が通報しなかったせいだと思っているらしいことは皆にも理解できた。
「きっと誰もあたしを許してくれない。あたしは死ぬしかない。だからラム様に頼んで僕にしてもらったの。そうすれば撃退士に殺してもらえるでしょ?」
普通なら誰もが同情する話だろう。だが鈴木に湧き上がってきたのは嫌悪感だけだ。
「死ぬしかないなら、何でその場で天使さまに殺してもらわなかったの?」
意味が解らない、とスチは首を傾ける。
「だって、撃退士は天魔を退治するのが仕事なんでしょ? 撃退士に殺されないと意味がないじゃない」
映奈の――壊れた心なりの理屈なのか。
全く変わっている。近頃の子供は……とかよく言うけど、ホントそんな感じだと、鈴木は思った。
いつの間にか戻って来ていたゼロと小埜原も複雑そうな表情をしている。
「分かったデショ? 僕は彼女のお願いを聞いてあげただけ。あ、勝手に出る攻撃は僕のサービス♪ 無抵抗の相手じゃ撃退士もやりにくいだろうと思ってサ」
ラムライディがお気楽に言った。
「ムナクソ悪いやつだぜ」
舌打ち混じりに吐き捨てるミハイル。
スチは悪くない。だが見逃しても天使の手駒にされるだけで、その方が酷だ。何より彼女の選択を否定して彼女が救われるのか疑問だった。
「OK、そういうことなら遠慮なく葬ってやる」
ミハイルの決断に反対する者は誰もいなかった。
●願いを叶える
「さぁ! おっ3とまっさんが揃ったんや! 負ける気はせんな!」
ゼロはスチの身の上を聞いてもスタンスを変えない。たとえどんな不幸が映奈にあったとしても、もう『スチ』は『映奈』に戻らない。
「死を望むなら、楽にしてやる」
Spicaはスチの事情に同情を覚えた。だけど道を外れてしまった彼女に、Spicaがしてやれることはない。
「死が、救済って言うなら……望み通りに……」
できるのは速やかに死を与えること。
『具現化―ミョルニル』を発動させる。Spicaの周囲に浮かんだ槌のオブジェクトがスナイパーライフルXG1に吸い込まれたかと思うと、雷を纏う巨大な槌に変化した。それを力任せに振り抜く。
もちろんスチは突っ立ったままなので、左肩に命中した。肩が外れ骨が砕けるほどの大ダメージを与える。
そして反撃の炎がスチの体から噴き上がる。
「くっ」
少し表面を焦がされたが大したダメージではない。
「疲れただろう、もう罪に怯えなくていい」
『スタン』したスチにミハイルがPDW SQ17で『スターショット〈SS〉』を放った。雷光の化身のような隼はスチの胸元に食らいつく。
片腕をだらりとさせ胸から大量に出血しても、スチはされるがままだった。
スチに戦う意志がなくても、攻撃は勝手に発生する。
小埜原が間下に『堅実防御』をかけている所に、真っ直ぐ地面が爆発しながら迫った。
間下は咄嗟に身をかわし、小埜原は『防壁陣』で受け止める。
「さっさと終わらせないとこっちが殺られそうだね」
ウルフズベインを腰だめに構えた鈴木は、スチとの間合いを詰めた。
シュトラッサーになったのは撃退士に殺されるためだったなんて、力を渇望している鈴木には全く理解できない。
別に理解する気もない。
「……勝手に死ねよ。いや、殺してやるよ」
両親からの自由も、力を捨てることも、全部アンタが選んだんだ。
鈴木は『薙ぎ払い』をお見舞いする。
スチは斜めに胸から腹を斬られ『スタン』した。
Spicaが『黄昏』で追い打ちをかける。
正直無抵抗のスチを痛めつけるのは趣味ではない。だけど。
「長引けば、苦痛が続くだけ……」
強力なエネルギー弾が当たり、仰け反るスチ。炎が出たが、範囲内にSpicaがいなかったため無駄に終わる。
突然鬼のような怪物が出現し、スチの周囲で暴れ回った。
「何やなんや!」
ゼロは上空からデビルブリンガーを振るい怪物の暴走を止め、矢野とミハイルがスチに銃を連射して援護した。
「今のうちやまっさん!」
「言われなくても」
ゼロの合図の前に、間下は既に武器にアウルを込めていた。
「おやすみなさい映奈ちゃん……ごめんね」
最後に口から出たのは謝罪の言葉。
殺すことでしか救ってあげることができない罪悪感を背負って、間下は引き金を引く。
『凡人の狂弾』はもはや爆発と呼べるほどの発砲で、スチの心臓に撃ち込まれたのだった。
「皆待って、もう止めて!」
小埜原は皆の動きを止めさせ、静かに倒れるスチに駆け寄った。
●救い
体の前面は血だらけで、ひゅーひゅーと微かな息をするスチを、小埜原は抱き起こした。皆もその周りに集まる。
「ごめんね、あなたも被害者なんだろうけど、こうするしかなかった。でも、辛い時間はもうおしまい」
せめて心穏やかにと、小埜原はぎこちなく笑顔を作った。
「あなたは死ぬんじゃないわ。生まれ変わるの。次に目を開けた時、あなたの本当の幸せが始まる。だから今は、安心して眠りなさい」
「良く、頑張ったな。罪は消えないが――辛い中で、君は生きた。それは素晴らしいことだ。『映奈』という君の名前は、忘れない」
矢野も優しく語りかける。
もうぼんやりとしか見えないが、映奈はこの人がお父さんだったら良かったのに、と思った。
「あり、がとう……」
苦しげな息の間から声を発するスチを、小埜原は強く抱きしめる。
「ラム様も、あ、りがと……」
皆がはっと目を向けると、スチの足元にラムライディが立っていた。
「満足かい、スチ?」
「あたし、を……助けてくれた、のは……ラム様、だ、け……」
映奈が壊れる最後のひと押しをした張本人だったとしても、ラムライディは唯一、映奈の願いを聞いて助けてくれた存在だった。
「僕がキミの『感情』に惹かれた。それだけのことさ」
やがて、薄く微笑んだ映奈の呼吸音が止まり――、小埜原はそっと瞼を閉じさせた。
「……念願叶って良かったね」
鈴木が映奈を見下ろしつぶやく。
そう、映奈にとってはハッピーエンドってヤツだ。
だけど、鈴木の心の奥に何かモヤモヤするものが残っているのは何故だろう。
「あれ、ツギハギ天使は?」
誰かの声で鈴木が振り向くと、もうどこにもラムライディの姿はなかった。
「じゃんじゃん食いや〜!」
自前の屋台で、ゼロはいつもの調子で救出した子供達にたこ焼きを振舞っている。カウンター席にはミハイルと矢野も座っていた。
「――本当に救いだったのだろうか」
映奈の望み通りの結果になったし、自分達もそれが最善だとあの時は思った。
だが――。
缶ビールを開けながらミハイルが自問すると、それを聞いていたのか、隣の矢野が
「こういうことは、正解なんて誰にも分からない。俺達は映奈を忘れず、考え続けるだけだ」
「……そうかもしれんな」
ミハイルは事後の苦さを別の苦さで紛らわすかのように、ビールを流し込むのだった――。