●夫婦喧嘩を止めろ
撃退士達は争っている現場が数十m程先に見える所で一旦足を止めた。
鐘田将太郎(
ja0114)と雪ノ下・正太郎(
ja0343)、華子=マーヴェリック(
jc0898)は見知った天使がこの騒ぎの原因なのに気付く。
親バカな母天使のレイランと、その息子ランジェロである。
しかし今母天使はランジェロを庇いながら、男天使に攻撃を受けているようだった。レイランも反撃をしてはいるが、ランジェロを気遣いながらというのと元々あの男天使が強いのだろう、かなり押されているようだ。
「レイラン、従う気になったか」
「ランジェロに無理強いしないで!」
「わああぁん、やめてよぉ!」
「あれはランジェロと馬鹿母だ。何かあったらしいな」
鐘田が眼鏡の奥の目をすがめて状況を把握しようとする。今まで何度もレイランとランジェロに接してきた鐘田は、今回は明らかに様子が違うのを見て胸騒ぎを覚えた。
「変身っ、リュウセイガー!」
ピカッと雪ノ下の全身から光が放たれたかと思うと、青を基調としたヒーロースーツに身を包んだ『リュウセイガー』になる。
「ランジェロ親子は俺らの敵という訳じゃない。だから天界でまずい事になったのかもしれない」
これまでの経験でランジェロは人間と良好な関係になっていたと言ってもいい。そのせいで天界での迫害を危惧していた雪ノ下はとうとうそうなってしまったのかと思う。
「まずはあの天使の攻撃を止めないと、これ以上被害が広がったら大変です」
周囲への影響も考えた華子の意見を受け、
「あの男の抑えには俺が行こう」
渋さと危険な香り漂うファーフナー(
jb7826)が申し出た。
「大人の天使、怖そうな人だなあ……でも、このままじゃランジェロが危ないし、僕も頑張るよ!」
グレン(
jc2277)は持ち前の前向きさで勇気を出し、召喚獣ストレイシオンを召喚した。
「なぜ私に逆らうのだ!」
シャルードが再び光球を放った時。
目の前に誰かが割り込んだ。
青い眼光の鋭いファーフナーだ。
「畑を荒らすとは迷惑千万」
カリオペーシールドを構え『シールドリポスト』で光球を受け止める。直後、盾のアウルが四散、ファーフナーはシールドを思い切り振り抜いた。
「なっ!?」
不意をつかれたシャルードはその衝撃をまともに受け、10m以上吹き飛ばされた。
その間に鐘田達は親子に駆け寄った。
「あ、あんた達は……」
「かねだと、リュウセイガー!」
突然現れた撃退士に驚いたレイランだったが、ランジェロも覚えている鐘田や雪ノ下なら、いきなりこちらに攻撃してくることはないはずだと考えた。
「大丈夫だった?」
年の近いグレンの言葉にこくりとうなずくランジェロ。母が必死に守ったからだろう、レイランの方は体の何箇所かにかすり傷ができていたが、ランジェロは無傷のようだった。
「どうしてこうなったのか俺達に話してくれないか?」
鐘田が尋ねると、ランジェロのたどたどしい説明と共に、レイランが手短に経緯を語った。
「あの男、シャルードってのは父親か」
随分とまた何と言うか、ランジェロとはあまり似ていない父親だ。それに加え
「人間の感情をエネルギーにしなければ生きていけないことを知ったのか、ランジェロ。ジョックだったろうな」
「……ぼく、かんじょうなんていらないよ。でもおとうしゃんがやさいはダメって言うんだ」
まだグズグズやりながらランジェロが答える。
実際は野菜があればいいという簡単な問題ではないが、ランジェロは彼が思いつく最善の方法で天界と人間の争いをなくそうとしたのだ。
「ランジェロ……」
鐘田がランジェロの頭に手を伸ばしかけた時、華子があっと声を上げた。
「ファーフナーさんが!」
一人でシャルードの相手をしているファーフナーが一撃食らったらしい。さすがに加勢に行った方が良さそうだ。
「すまないが、君のお父さんを止めさせてもらうよ」
「話してくるから、お前は大人しくしてな」
雪ノ下が『闘気解放』、鐘田は『外殻強化』して能力を高め、戦闘へと向かう。
「お二人に攻撃が来ないように守ります。お姉ちゃんから離れないでね!」
華子がクラシャンシールドを装備し、レイランとランジェロの前に出た。
「もしもの時は僕とストレイシオンが壁になるよ!」
グレンもランジェロを安心させるよう傍に立ち、ストレイシオンの『防御効果』を発動させた。
「何だお前達は! 妻と息子を人質にするつもりか!?」
シャルードが口元の血を拭うファーフナーに言い放つ。
「――なるほど、派手な夫婦喧嘩だな。他人の家の夫婦関係や子育てに口出しする主義ではないが、今はそうも言ってられない」
ファーフナーは『ナイトアンセム』で周囲を深い闇に包み込んだ。
「っ!」
シャルードも闇に包まれたが、『認識障害』にはならなかった。
しかしその闇が晴れると、リュウセイガーがすでにスキルの射程内に接近。
「子供や奥さんは、人形や奴隷じゃねえ!!」
『影縛の術』で攻撃を仕掛けるも、シャルードは咄嗟に反応、素早い動きでかわされてしまった。
「知ったふうな口を利くな!」
シャルードが反撃、リュウセイガーに光球を撃つ。
「くっ!」
リュウセイガーは『受身』し、光球を受けると同時に後ろに大きく飛んでダメージを軽減した。
鐘田がシャルードの側面に周り込む。
「ランジェロの話、少しは聞いてやれ!」
フルカスサイスを力一杯振り下ろし、『薙ぎ払い』を繰り出した。
「うおおっ!!」
今度は避けられず、シャルードは脇腹にダメージを喰らい『スタン』する。
「今度はどうだ」
ファーフナーがシャルードに幻影を見せる『忍法〈髪芝居〉』を使った。シャルードは『束縛』になる。
そして三人はシャルードを取り囲み武器を突き付けた。
「こ、殺すのか」
シャルードの目に死に対する僅かな恐怖が見える。
「殺しゃしねぇよ。あんたはランジェロの父親だろ。泣かせるようなことはしたくない」
まだ気を抜かずに鐘田が答えた。
「ここで争うのを止めて欲しいだけだ。そっちがこれ以上攻撃をしないなら、こっちも何もしない」
「夫婦喧嘩が原因なら、ちゃんと話し合え」
雪ノ下とファーフナーもシャルードを見据えながらこちらの要望を述べる。
シャルードはどうするか頭をフル回転させた。
撃退士はまだ二人いる。全員を相手にしても相応のダメージ覚悟でいけばどうにかなるはずだ。だが上の命令もなしにこれ以上戦うと事が大きくなるかもしれず、それは自分にとって不利でしかない。
そう判断したシャルードは、緊張を解いて攻撃の意思がないことを示した。
「分かった。これ以上戦う気はない」
「本当だな? また暴れるようだったら今度はこっちも本気でやるしかなくなる」
「こんなことで嘘をつくほど私は矮小ではない」
リュウセイガーの念押しにシャルードは偉そうに言ってのけた。
●夫婦親子の話し合い
「シャルードを止めてくれてありがとう」
シャルードと引き合わされたレイランは、ファーフナー達に礼を言う。
ファーフナーや雪ノ下は華子の『ライトヒール』で傷の治療をしてもらった。
シャルードは疲れた様子のレイランと、その後ろに隠れて自分を見上げるランジェロを見た。
「人間に、しかも撃退士に手を借りるとはな。我々天使と人間は敵同士なんだ、畑だ野菜だなどと馴れ合うなんてもっての外だ!」
「だからって嫌がるランジェロを無理に戦わせようとしなくてもいいでしょ?」
「その性根が間違ってるんだ! 徹底的に天使としてあるべき姿を教えてやる!」
「ランジェロはなるべく戦わずに済まそうと考えただけだわ。どうしてそれがいけないの?」
「やはり体に教え込まないと分からんのか、お前達は」
シャルードの『体に教え込む』というセリフの意味に、華子がたまらず声を上げた。
「暴力で奥さんや子供に言うことを聞かせるなんてダメです!」
一瞬、場がしんとなる。そうだ、と鐘田も続けた。
「子供が言うこと聞かないからって、力づくで思い通りにするんじゃねえよ。天界の事情はある程度知っているが、今すぐ感情搾取しなきゃなんねぇほどの危機じゃねぇだろ」
「……あのね、ぼく、おとうしゃんの分のやさいもたくさんもらえるようにするから。それでもにんげんと戦わないとダメなの?」
おそるおそる、ランジェロが父に言う。
父の目が釣り上がった。
「まだ分からないのか。それは無理な方法だ、ランジェロ。野菜では私達が生きていくのに充分ではない。天使は人間の感情を奪うしか生きていく術はないのだ」
「そうやって強引に奪っていくんですか? 人間が居なくなったら次の世界の生き物を、それが居なくなったらまた次を……。そうやって何もなくなるまで、自分達も最後の一人にまるまで戦うんですか? それじゃあどっちも悲しすぎます……! 私達、共存共栄は出来ないんですか?」
華子は体の横で両手の拳を握り締め訴える。
戦うだけが問題解決の方法じゃない。だって、華子の父も天使だったけど人の村で共存していた。不可能なことではないはずだ。
「一方的に傷付けて奪うんだったら、泥棒と変わらないよね? お父さんがしてるのって、そういうことだよ。僕達だって、天界を見てもいないのに決めつけられるのは嫌じゃない? お父さんにも人間さんのこと、もっと知ってもらいたいな」
にぱーっとグレンが『天使の微笑』で笑いかけてみる。でも残念ながらしかめっ面のシャルードに効果があったようには見えなかった。
「お前達にどう言われようと、私は上の命令に従っているだけだ。家族もそれに従うのは当然だろう」
「上の命令がとか言うならこちらも言わせてもらうが、天界にも撃退士と共闘する一派が存在する。天界の未来を考えるなら、情勢をちゃんと知った上で自分の立ち位置を考えた方がいいんじゃないのか?」
「なに?」
雪ノ下の告げた事実に、シャルードは少なからず驚いたようだった。つい最近まで別の並行世界に行っていたため、人間界で天使達がどういう戦いをしているのか知らなかったのだ。
「私を騙そうとしているのではないだろうな?」
「そんな嘘をつくほど俺はプライドのない人間ではない」
雪ノ下にやり返され、シャルードは不満そうに口を結ぶ。
「人にはそれぞれの価値観や矜持、信念がある。それを尊重こそすれ、否定や強要し、力で抑え付け行動を支配しても、相手の心は変えることはできない」
成り行きを寡黙に聞いていたファーフナーが、重みのある声で言った。
「我々は信念に基づき、叩きのめすのではなく凌ぐ道を選んだ。お前は天使だから、人間と戦うのが当然と考えるのも、ランジェロの考え方が天界では生きづらいと思うのも当然だ。しかし未熟とは言え、ランジェロは子供なりに世を変えようと考えたことだ。お前もただ上の言いなりになるのではなく、自分で考えるべきだ」
その言葉は、シャルードが今後を考えるきっかけとなるのに充分だった。
言葉を失うシャルードに、レイランがそっと語りかける。
「私は何も人間の味方をするとか言ってるんじゃないわ。そういうことはまだ考えられない。ただ、ランジェロに無理やり嫌がることをして欲しくないだけなの」
「それで戦いから逃げようというのか? 私が今まで何のために戦ってきたと思ってる? お前達家族のため、家族が暮らす天界のためだ!」
「それは解ってるわ。感謝もしてる。でもこれだけは譲れない! ランジェロがちゃんと自分で判断できるようになるまで待って! それでランジェロが戦うと言うならもう止めたりしない。それまで待ってもらえないなら、離婚して二人で出て行くわ」
毅然と断言するレイラン。
以前は思慮が足りず子供っぽい言動が目立つ彼女だったが、愛する息子のためならここまでしっかりできるのだ。
まさに母は強し。
言い返そうとしたシャルードをファーフナーが制した。
「お前が家族のために戦っていたのならなおさらだ。妥協点や解決の道を探らなければ家族は離れていく。全てを思い通りにすることはできない。自らの考えしか信じられぬのなら、一人で生きるがいい」
ギロリと睨まれて、シャルードはこれ以上自分の意見を押し通すのは無理だと悟った。
それに、こんなことで妻と息子を失う気はない。
「……分かった。もうランジェロを戦わせようとはしない。だから、お前も今後ランジェロを人間界へ行かせるようなことはするな。これ以上人間の文化に染まったらどうなるか、分かるな?」
「ええ、それでいいわ。ありがとう」
レイランはシャルードの妥協案を受け入れた。ランジェロを人間界に行かせないというのは元々考えていたことなので、異存はない。
「もうここに来ちゃだめなの?」
ランジェロが悲しげに母に問う。
「そうよ。本当はこっちに来るのは危険なことなの。ランジェロがちゃんと天界のことを分かって、自分で決められるようになるまではダメ」
「……うん」
母の真剣な眼差しに何かを感じたのか、ランジェロは素直にうなずいた。
●天使親子は天界へ
話し合いがまとまると、撃退士達は荒れた畑を直すことにした。
ランジェロはもちろんレイランも参加、嫌がっていたシャルードも結局渋々手伝う。
グレンがランジェロと一緒に作業しながら自分の夢を語った。
「僕ね、人間さんと友達になりたいんだ! きっと皆と友達になれるんだよ! 綺麗な絵を描いて、不思議なお話を作って……僕達と同じなんだよ! ね、ランジェロはどう思う?」
「ぼくもお絵かき好きだよ! あと怪人が出てくる話も好き!」
二人は気が合ったらしい。
「知ってる? 人間さんが考えた生き物に、フェニックスっていうのがいるんだ。死んでも灰の中から生き返るんだって、不思議だね! こんな生き物を考えつく人間さんって、きっと凄いんだよ! 僕もフェニックスみたいに、転んだって何度も立ち上がる、かっこいい男になるんだ!」
「へえぇ〜、フェニックスともともだちになれたらいいね」
「ランジェロ君がそう望み行動するなら、いつか皆と友達になれる日が来るかもしれないな」
雪ノ下が拳を胸の所で力強く握り、ランジェロに言った。
その拳が握ったものは希望。
「そっかぁ。そうなったらいいなぁ」
ランジェロの輝いた瞳は、その希望が届いたことを現していた。
天使親子が天界へ帰る時、鐘田が最後、
「天界と人間のこと、今すぐでなくてもいい。少しずつ、解ってくれ。お前がどうなっても、俺はお前の友達だからな。それだけは忘れないでくれよ」
ランジェロの頭をポンポンと軽く叩いた。
「うん! きっとまた会いに来るよ!」
ランジェロは満面の笑みで応え。
三人の天使は彼らの居場所へと飛び立つ。
藍色に変わっていく空の中、時々振り返り手を振るランジェロ。
撃退士達は、いつか戦いのなくなる日が来ることを願って手を振り返すのだった――。