●虫の対決
小学校のグラウンドに足を踏み入れると、撃退士達の目に奇妙な造形のサーバントが飛び込んできた。
取りあえず歪んでいて、甲冑の兜に角が生えたカブトムシ? みたいなものと、ノコギリとクワのハサミのクワガタ? らしきものが戦っている。戦況は五分五分のようだ。
周りにはビデオカメラっぽいものを持った人型のサーバントが動き回り、その戦いを撮影している。
「……何だか芸術的なサーバント……ね。まるで子供が作ったみたい」
ケイ・リヒャルト(
ja0004)は長い睫毛を瞬かせて一瞬言葉を失ってから、苦笑を漏らした。
「それはあながち間違ってないと思うぜ」
呆れ気味の鐘田将太郎(
ja0114)がその意見を肯定する。
「またあのバカ天使が作ったモンだな、こりゃ。ツッコミどころ満載なサーバントなんですぐわかるぜ」
「作った本人を知ってるの?」
「あー、もう三度目なんでな。子供のデザインを母親の天使がまんま再現してるらしい。今回はカブトムシとクワガタで合ってるんだよなあ……。わかりやすくなっただけマシな出来になったねえ。ちなみに、母天使はきっとあのウロウロしてるのに混じって撮影してると思う」
「なるほど。気持ちは分かるぜ。俺も小さい頃は、自分で作った空箱のロボットが戦うのを見たかったものだ」
スーツに身を包んだミハイル・エッカート(
jb0544)がうんうん、とうなずく。どうやらミハイルにも可愛い子供時代があったらしい。
「子供のデザインね……その子は本物を知らないのかしら?」
「知らないんだろーな」
ケイの素朴な疑問に鐘田は肩をすくめた。知ってたらいくら子供でもここまで奇抜なものにはならないだろう。
「倒すのは忍びない気もするけれど、此方側の子供達のためにも、何とかしなきゃ、ね」
「『久遠ヶ原の害虫駆除係』として、この件は見過ごすわけにはいかない。興味本位で近づく子供がいるかもしれん、早くカタを付けねばな」
女性にしては長身で、男物のスーツを着ているエカテリーナ・コドロワ(
jc0366)も静かな闘志を発する。
「子供を傷つける奴は、天魔だろうと人間だろうと『悪』だ!!」
荒い口調で千島院 映(
jc1881)は拳を握り締める。天魔に対して並々ならぬ感情があり、この世から一匹残らず殲滅することが千島院の誓いだ。
「作戦通りに行こう」
悪魔の血のせいか過去の経験のせいか、どことなく不穏な雰囲気を持つファーフナー(
jb7826)が言うと、皆はサーバントに向かって走り出した。
「人界で喧嘩とはいい迷惑だな、害虫ども!」
エカテリーナはクワガタの方に走り、アサルトライフルIR00を構えた。武器の射程ギリギリから射撃する。
カブトムシと組み合っていたクワガタの注意がエカテリーナに向く。鐘田はカブトムシへと直進した。
「住宅街にシュールな昆虫もどきが出たら、俺等の仕事が増える。それだけは勘弁!」
とにかく小学校から出さないようにしなければならない。
鐘田は『雷打蹴』で宙高くジャンプして宙返り、急降下キックを放った。
角の根元に決まる。その部分がへこみ角の角度が変わるが、元々でこぼこしているのであまりダメージを与えた感がない。
カブトムシが鐘田に『注目』すると、鐘田はクワガタと引き離すべく移動した。
背後からファーフナーも追い立てるように魔槍ゲイ・ボルグで攻撃する。
カブトムシは鐘田へと角を突き出し突撃した。
千島院はまずは虫の近くに寄ろうとするマネキンの背後から襲いかかった。
「正義のヒーロー、参上だぜっ!!」
メタルレガースを着けた足で蹴り飛ばすと、マネキンの体に簡単に穴が空いた。それでも動けるうちは撮影を続行するらしい。マネキンがまだ動こうとするのを、千島院はさらに殴りつけた。
「次!」
すぐに別のマネキンを見つけて飛び蹴り。動けないように足を破壊する。
「お前もだ!」
千島院はクワガタをアオリで撮っているマネキンに蹴りを一閃、『石火』を喰らわせた。
「天魔なんて、生きてるだけで迷惑なんだよ」
うつ伏せに倒れたマネキンの背中を容赦なく踏みつける千島院。何度も踏み潰し原型が判らなくなっても、千島院は壊すことを止めない。
「天魔は滅ぼす。一匹残らず、例外なく」
明らかにオーバーキルだが、千島院の目は憎悪に駆られ、澱んだ暗さに彩られていた。
この戦闘の中、それに気づく者はいなかった。
クワガタからカブトムシが離れていくのを確認したミハイルが、
「よう、そこのブサイク。そんな下手糞な粘土細工よりも俺の相手をしないか」
クワガタの正面に立ちはだかった。
ハサミでミハイルを掴もうと、クワガタが首を振り上げる。
ミハイルは魔銃フラガラッハにアウルを込めた。グリップの装飾が輝き、電気の力を秘めた弾が発射された。
『スタンエッジ』がクワガタの上向いた顎に当たり、『スタン』に成功する。
ふとクワガタの後ろにいるマネキンに気付き、ミハイルはさり気なくピース。
ケイは冷静にクワガタを観察し、いい加減な体の構造の弱い部分を見つけ出した。
「首が少し甘い造りになってるみたい、ね」
ケイが首と体の付け根を狙い、レゾネイトOW48で『アシッドショット』を撃ち込んだ。そこから酸が浸透し、じわじわと『腐敗』させる。
「貴様らの相手は我々がしてやる。負けた方が、害虫だ!」
『悪鬼険乱』を使うと、エカテリーナの背後に黒紫色の炎が立ち上った。体のあちこちに黒い模様が浮き出る。
武具の攻撃力を高めたエカテリーナは、『腐敗』している首にライフルを連射した。
「さあ、貴様の自慢の装甲もどれだけ持つかな?」
●虫と対決
クワガタがノコギリとクワのハサミでエカテリーナを挟み込んでくる。
「くっ!」
エカテリーナは咄嗟に両腕を顔の前で曲げ防御したが、思った以上に鋭い切れ味の刃で斬られてしまった。
「ふん、これくらい、傷のうちに入らない」
出血はあるがこの程度で任務を途中放棄するような訓練は受けていない。
「お前の相手はこっちだぜ」
ミハイルの全身から赤黒いオーラが吹き出した。引き金を引き『ダークショット〈DS〉』を撃つと、弾は猛禽類に変化して、クワガタに食らいついた。
「鳥は虫が大好物なんだぜ。ってわけで、喰われろ」
ミハイルの鳥はクワガタの足を一本引きちぎってから消える。
「そうね、機動力を奪わせてもらうわ」
ケイもミハイルに続いて『専門知識』を使った『ダークショット』を放った。黒い霧を纏った銃撃は、足と胴体の接置部分を狙いさらにクワガタの足を一本奪う。
クワガタはガクンと体勢を崩した。だが体勢を立て直そうとせず、足を上げた。
「皆気を付けて!」
不審な動きにケイが皆に警告する。
ケイの読み通りクワガタは足の刺を飛ばしてきた。警告のおかげでエカテリーナ達は上手く刺を回避。
「おっと」
ミハイルが避けた先にマネキンがいたため、カメラに向かってパチっとウィンクしてから蹴飛ばした。
「そこにいたら邪魔だぜ」
その蹴飛ばしたマネキンの襟首を、千島院が捕まえる。
「まだ残ってたのか」
そして再起不能なまでにボコボコにする。
「こんなもんかな」
千島院は辺りを見回した。
探せばあと2、3体くらいはマネキンが残ってるかもしれないが、目に付くものはいなくなったようだ。
こっそり校舎の陰に隠れながら、母天使がその様子を見ていた。
「何なのアイツ〜、あそこまでやらなくたっていいのに。これだから撃退士って嫌だわ〜。加減ってもんを知らないのよね! とにかくカメラ回収しなくちゃ」
と、母天使は千島院に見つからないよう、こそこそと虫達が戦闘している方へ動いていった。
「マネキンはあらかた潰したんで、俺もクワガタと戦うぜ!」
「ならば私はカブトムシ側に行こう」
千島院が加わると、代わりにエカテリーナが外れた。
「来やがれヘッポコサーバントォお!」
千島院は猛然とクワガタに突っ込んで行く。
「おー、若いねぇ」
ミハイルが刺を飛ばさないように援護射撃をすると、クワガタはハサミを突き出して千島院に挑む!
ガシィッ! と激しくぶつかり、千島院はクワガタのハサミを顔の横で両腕で抱え込むように掴んでいた。ノコギリとクワの刃が腕や顔を傷つけても離さない。
「無茶をするわね。でも、嫌いじゃないわ」
ケイが再び『ダークショット』を撃つ。
黒い弾丸は過たず、さっきケイが『腐敗』させエカテリーナが抉った首の傷に命中した。
クワガタの首がもがれ、ボタリと地面に落ちた。
すると、体の方も動力が切れたかのように地面に突っ伏し、そのまま動かなくなった。
ファーフナーの手に鞭のような植物が現れた。
「これでも喰らってみるか」
『アイビーウィップ』でカブトムシの死角から打ち付け、『束縛』にした。
「ファーフナーさんナイスだ!」
鐘田も力を込め、足元を狙い『薙ぎ払い』を見舞ってやる。足が二本、中程からちぎれ、同時に『スタン』を与える。
「お前もな」
ファーフナーは動けなくなっているカブトムシに接近、『精密殺撃』で反対側に生えている足を一本撃ち抜いた。
カブトムシが根元から曲がった角で反撃、ファーフナーは少し体をかすられただけでかわした。
「カブトムシっつーより、兜かぶったゴキブリっぽいぜ……」
鐘田が攻撃しやすい位置に移動していると、落ちていたビデオカメラを拾っている母天使に出くわした。
「「あ」」
お互いに気付き、二人同時に声を上げる。
「やっぱりいたな。あんた学習能力ゼロ」
ビシッと指摘する鐘田。
「なんですってぇ、撃退士には私の計画の綿密さが解らないのよ!」
「まーどうでもいいが、邪魔だ」
鐘田がしっしと追い払う仕草をし、母天使も『ふんだバーカ!』とか言いながら飛んで行った。何とも頭の弱そうな捨て台詞である。でもまたこっそり近くに潜んで続きを撮るのだろう。
「なんだ、アレは」
ファーフナーが母天使の後ろ姿を見ながら若干不可解なものを見たような口調で問いかけ、
「アレがこのサーバントを造った母天使だ。無視していいぞ。アイツは撮影するだけだから」
とかやっているとカブトムシが粘液を吐き出した。
「おわっ!」
「むっ!」
二人共危ないところで飛び退き粘液を回避、鐘田はそのままカブトムシの懐へと飛び込んだ。
ファーフナーが援護射撃し、鐘田はマリシャスシールドに付いた刃を突き立てる。兜状の頭部から体液が漏れた。
そこへエカテリーナが加勢に来た。
「終わりだな、害虫ども!」
エカテリーナの周囲に黒い霧が立ち込め、ライフルから勢い良く強酸性の消化液が噴射された。『アウル毒撃破』だ。
消化液はカブトムシの顔面に掛かり、『腐敗』になる。
顔を溶かされてゆくカブトムシは、残った足でエカテリーナに突進してきた。しかし足を三本も損傷していてはそれまでのような勢いもないし、妨害にも対処しにくいはずだ。
ファーフナーはゲイ・ボルグをカブトムシの足の隙間から体の下に突っ込み、すくい上げるようにしてひっくり返した。
そして露わになった腹部に、思い切り槍を突き刺す。
「これでどうだ」
カブトムシはビクビクと足を震わせてもがくも、起き上がることができない。
「俺が最強だ!」
鐘田は『烈風突』を放った。
高速で強烈な突撃はカブトムシの黒い胴体に穴を空けながら吹き飛ばす。カブトムシはクワガタの倒れた所に折り重なるように落ちた。
こうして、二体の虫の対決に決着がついたのだった。
●撮影成功?
ミハイルは怪我をした千島院やエカテリーナに、ファーフナーは自分にも回復スキルを使い傷を癒す。
倉庫を見つけたファーフナーは、中からグラウンド整備の道具を持ち出した。
戦いで荒れたグラウンドの整備中、マネキンの残骸の側に落ちているカメラを発見。
「何に悪用されるかも分からんし、破壊しておくか」
ファーフナーがカメラを踏みつけようとしたら、母天使の叫び声が聞こえた。
「ダメ、壊さないで!」
しかしファーフナーの足は止まらなかった。カメラが破壊される。
「ああ〜っ」
嘆く母天使の向こう、虫の死骸の上では、ミハイルが拾ったカメラで自身を記念撮影していた。
「イエーイ、ピース」
「ちょっと、アンタも何してるのよ!」
母天使がミハイルの手からカメラをもぎ取る。母天使は生き残ったマネキン二体にそれを持たせた。ビデオカメラは半数ほど無事だったようだ。
「俺もちょいちょい映ってるはずなんだ、ちょっと見せてくれよ」
「なにそれ、見せないわよ!」
「撃退士に倒されるサーバントの映像を持ち帰って楽しいのか?」
ファーフナーが淡々と尋ねると、母天使はツンとして答える。
「アンタ達のとこなんて編集で全部カットするに決まってるでしょ? いいとこだけ上手く繋ぐのよ!」
ミハイルもわがままな子供に言い聞かせるように言った。
「作った工作で遊びたいのは分かる。だが人間のいない所でやれ。サハラ砂漠とかゴビ砂漠の真ん中とか」
「そんな所じゃつまんないじゃない。だいたいゲートがないわ!」
「じゃあ放置されたゴーストタウンとか。工作壊されたくないならそうしろよ」
「はあ? 何言ってんのよ、バカね。人間やサーバントがどうなろうと構わないわ。どうせ使い捨てだし。私はサーバントが暴れる派手な映像を撮りたいの」
ミハイルは根本的に違う母天使の言葉に、わずかに眉を寄せた。子供じみた思考の母天使だが、子供というのは時に残酷なものだ。それが人間から搾取するのが当然と思っている天魔ならなおさら。
「息子に図鑑買ってやれ。どうせならそれっぽいまともなモンの相手がしたい」
鐘田は来るなら来いの姿勢だ。
「ウチの子は天才なんだから、そんなのいらないわ! 私は自由な発想を育てる主義なのよ! じゃあね!」
母天使はマネキンを伴って飛び立ち、去って行った。
ミハイル達が母天使の相手をしていた時、ケイは怪我をした生徒の所にいた。千島院も子供らを心配して一緒に来た。
病院に行くほどではないだろうということで、保健の先生が二人を預かって様子を見ていた。
ケイが『応急手当』で二人に治療を施す。
「念のため、胸を打った子は病院で診てもらった方がいいわね」
「ありがとうございました」
「もう大丈夫だぞ、悪い天魔はヒーローの俺達がやっつけたからな!」
千島院が子供達にガッツポーズをする。
「よかった!」
「ありがとう、お兄ちゃんお姉ちゃん!」
怯えていた子供達は笑顔を見せ、小学校も静かな学び舎を取り戻したのだった。
その夜。
「あ〜、クワガタの映像が足りないわ! 撃退士映りすぎよ、編集が大変じゃないの!」
と母天使が撮ってきた映像の編集に四苦八苦している頃。
鐘田はカブトムシとクワガタの結びの一番の決戦を夢に見ていたのだった。夢の中で鐘田は何故か『八百長だーっ!』とか言って座布団を投げていた。