●不在の依頼者
撃退士達が通報者がいると思われた場所に到着した時、そこには誰も彼らを待っていなかった。
深夜だけあってひっそりとした住宅街で、彼らの立てる物音は普段より大きく聞こえる。
「誰もいないわねぇ。はぁい♪拓ちゃーん、おねぇさんがたべnじゃなかった、助けに来たわよ♪」
妖艶な体つきの美女、麗奈=Z=オルフェウス(
jc1389)が冗談めかして軽く呼びかけてみても、人が現れる気配はない。
皆が各々周囲を探索し始めた。全員ライトやナイトビジョンで暗闇対策はバッチリだ。
「髪の毛の塊って、なんかそんな妖怪いたよなー。毛羽毛現、だったっけ。……ここにはいないみたいだ」
すでに阻霊符を発動していた礼野 智美(
ja3600)が、ペンライトでざっと辺りを確認して言った。礼野は麗奈とは正反対の、胸など全くない男性のような体型だったが、本人は全くそのことを気にしてはいない。
「通報では相当焦ってたみたいだから、どこかに移動したのかもしれん」
服は全て黒を基調とした麻生 遊夜(
ja1838)が推測を口にすると、ヒビキ・ユーヤ(
jb9420)がん、と何かを見つけたような声を上げた。ヒビキの身に着けている物も黒で統一されている。
ヒビキがフラッシュライトで照らしている地面には、長い黒髪が数本落ちていた。
「あ、髪の毛? ……ボクのじゃないよね?」
長い黒髪の来崎 麻夜(
jb0905)がヒビキの後ろから覗き込む。来崎も全身黒づくめで、麻生、ヒビキ、来崎の3人はお互いを家族として親愛し合っていた。
「こっちにも落ちてるよ」
アサニエル(
jb5431)も同じように道路に落ちた毛髪を発見していた。アサニエルの髪の色は赤いので、彼女のではありえない。
さらに礼野がナイトビジョンを通して道の先に落ちている髪の毛を見つける。
「住宅街の中へ続いてるみたいだ。こんな長い髪の毛、点々と落ちてるのって不自然、だよな?」
来崎も礼野も麗奈も黒いロングヘアだが、こんなに髪の毛を落としているなんてさすがにないだろう。しかも通ってもいない所に。
この毛はディアボロのものと見て間違いなさそうだ。
「……一足先に、見つかってた?」
ヒビキが首をかくりと傾けて皆の予想を代弁するかのように言葉にする。
「……これぁ、急がんとやばいかもしれんぞ」
麻生も緊迫した様子でつぶやく。
「学園に番号聞いて、本人に連絡してみよう」
ファーフナー(
jb7826)が拓の現在地と無事を確かめるために、本人の携帯に電話を掛けてみた。
皆より年上の渋い容貌のためか、そうしていると海外ドラマのワンシーンのようだ。
随分長いこと待ってから、ようやく拓が怯えた様子で電話に出た。
『だ、誰だ?』
毛玉に見つかるのを恐れているのか、ものすごい小声である。
「俺は撃退士だ。今どこにいる? 無事なんだな?」
『今家だ、早く助けに来てくれ! 毛玉が追って来てるかもしれないんだ!』
「分かった、すぐに向かうから、住所を教えてくれ」
住所と道順等を聞いた後、ファーフナーは自分達も連絡を取り合えるよう皆の番号を交換し、拓を探しているであろう毛玉ディアボロ探索を開始した。
飛べる者は全員飛んで行くことにする。
「私達は一足先に拓ちゃんのアパートに行って、そこから逆行して探してみるわね」
麗奈とアサニエルとファーフナーはすぐに飛び立って行った。
「俺はこのまま落ちてる髪の毛を追って行くよ」
礼野は『縮地』を使い、夜の街中へと消える。
来崎とヒビキは両側から麻生を抱えて飛んだ。
拓のアパートへと向かいつつ、上空から敵を探す麻生ら3人組。
「髪の毛の塊かぁ……ちょっと対抗心が疼くねぇ」
クスクスと来崎が笑う。二人とは別方向を注意して敵を探していた。
「ちと厄介そうだな。こういう敵は急所がなくてしぶといからなぁ。増殖や再生も早いだろうし、髪の毛ってことは拘束系は必ずあるだろう」
今までの経験から、麻生は敵の特性を予想する。話していても、『夜と遊ぶ者』や『索敵』、『テレスコープアイ』等、使えるものは全て使っていた。
「それ以外に何をやってくるかだね」
「……暗闇で黒髪を見つけるのは困難。奇襲はあり得る。邪魔するなら、全部切れば良い」
「それもそうだね!」
任務でなければこのシチュエーションをのんびり楽しめるのに、と内心思っているヒビキの不敵な発言に、来崎は面白そうに同意した。
「俺の目から逃れられると思うなよー? ――!」
3度目の『索敵』で、麻生はゆらゆらと浮遊移動している黒い塊を見つけた。確実に依頼者宅に近づいていた。
「――っ見つけたぞ! 2時の方向、坂道の途中だ!」
麻生の声に緊張が走り、来崎とヒビキはすぐさまその方へ急降下する。
黒い毛玉を囲むようにして、三人降り立った。
「こっから先は通行止めだぜ」
麻生が挑発的に口の端を上げ、インフィニティを構えた。
●毛玉との攻防
うぞうぞと毛の束を触手のように蠢かせながら、それは浮遊していた。
「おー、ほんとに毛の塊だねぇ」
おかしそうに笑いながら、来崎は『Change Hound』を使う。身内からアウルが溢れ出し、犬耳や尻尾となった。
手始めに麻生は毛玉の中心を狙いながら牽制射撃で気を引く。
毛玉は上下左右、自在に動きながら麻生に髪を伸ばしてきた。
「がおー♪今宵のレヴィアタンは荒れ狂うよー」
来崎がレヴィアタンの鎖鞭を操り、髪の毛を断ち切る。
「ん、これは刈り甲斐が、ありそう」
ヒビキも漆黒の裁ち鋏をジャキジャキさせながら毛玉に接近、伸び放題の毛に切り付けた。
「お前達、こっちだ! 登りきった所に開けた場所がある! そこまで誘き寄せよう!」
坂の上からファーフナーの声が聞こえた。
すでに来崎から毛玉発見の連絡を受け、麗奈とアサニエルも坂の上に来ている。アサニエルは『星の輝き』を使いその場所を目印のように照らしていた。
「了解!」
ちょうど礼野も坂の下に到着しており、コンポジットボウを引き絞る。
「援護する!」
弓の連射で、毛玉が坂を登り始めた。
「皆離れてくれ!」
ファーフナーがさらに挑発するように『オンスロート』の無数の刃を放った。
幾筋かの毛束が切れるが、毛玉は全く意に介してない。すぐに別の毛が伸ばされ、ファーフナーの足に絡まった。
「!」
かなり本気で踏ん張っていないと持っていかれる。
「ダーメ。汚い髪でおいたはさせへんよ♪」
麗奈がヘルヘイムサイスを振り下ろし、髪の毛を切った。
毛玉の背後から麻生と礼野が射撃し、毛玉が坂下に移動するのを阻む。
「こっちは通してやんねぇぜ」
「そのまま上れ!」
ファーフナーと麗奈がアサニエルの方に引いて行くと、毛玉も二人を追うように坂を上っていった。
「こっちだよ!」
アサニエルのいる場所は道幅が広く十字路になっており、家などもなく戦闘にはおあつらえの所だった。
全員で毛玉を取り囲みながら誘導に成功する。
「また良く分からないモノが出てきたね……毬藻の親戚か何かかい?」
アサニエルは聖なる『審判の鎖』を毛玉に投げつける。しかし素早い動きでかわされてしまい、逆に腕を掴まれた。
「っこいつッ!」
ヒビキが『鬼降し』で能力を高める。今ヒビキの額には白角が生え、顔には紅の戦化粧が浮かび上がっていた。
「ふふ、うふふっ……さぁ、遊ぼう?」
残酷な子供のように笑いながら鋏でアサニエルを捉えた髪の毛を切り、さらに本体に特攻する。
切り刻んでやろうとした時、塊の中から腕が生えてきた。
「!」
咄嗟に『シールド』し鋏で受けるヒビキ。
「ヒビキ!」
来崎の長い髪の毛がさらに長く伸びた。『忍法〈髪芝居〉』だ。来崎の毛が毛玉に絡みつく。
「貴方だけの専売特許じゃないの、ボクの髪も綺麗でしょう?」
『束縛』させることはできず、毛玉は無数の髪束を伸ばした。
「あっ!!」
来崎と、近くにいたヒビキも手足を縛られる。来崎は『束縛』になってしまった。
「大丈夫か!?」
ファーフナーが魔槍ゲイ・ボルグで髪を切断し、ヒビキの拘束を解いてやる。
来崎の方も礼野が玉鋼の太刀に持ち替えて切ってやろうとしたら、毛玉の中から足が突き出して来た。
「なっ」
「毛だけじゃねぇのか、ファンシーな奴だな」
麻生の銃の銃口に赤いアウルが収束し発射される。『絶望の拒絶者』が礼野を狙った足に命中し、わずかに軌道をずらした。
「すまない!」
ギリギリで礼野はキックをかわすが、来崎はまだ拘束されたままだ。
毛玉と引っ張り合っている来崎の瞳から、光が消えた。
「悪い子にはオシオキ、だよ?」
『Darker than Black』の黒羽根が辺りに舞う。来崎の手足に巻き付いた髪の毛を切り裂き、さらに自身の禍々しい刺青の浮かんだ肌も傷付けた。
それでも、来崎は楽しそうな笑みを絶やさなかった。
毛玉はぐるぐる回転しだした。
そのまま勢いを付けて来崎の方に突っ込んでくる。
「わわっ!!」
回っているので狙いが荒いのか、来崎は横っ飛びに飛んで避けた。すると毛玉は急転換して、今度はファーフナーの方へ。
ファーフナーは落ち着き払い、魔槍を構える。
「ふん!」
相手の勢いを利用して、魔槍を毛の中心目掛けて突き刺した。中心からはずれたが、手応えはあった。毛がぼそりと抜け落ちる。
「やっぱり動き回られるのは厄介だね」
アサニエルが再び宙に聖なる鎖を具現化させる。
「ポニーテールとツインテール、好きなように結わえてあげるよ……あたしの好きなようにだけど」
『審判の鎖』がアサニエルの動作で毛玉に向かって行き、今度は命中、毛玉を縛り上げた。縛られた毛玉は『ポニーテールやツインテール』なんていう可愛らしい姿にはならなかったけれども、『麻痺』にはなった。
怒りを募らせたのか、毛玉はあらゆる方向に髪の毛の束を伸ばす。
「髪は女の命なのに……随分もったいない使い方するのねぇ。綺麗じゃない髪はカットしないとね? お手入れしないとみっともないわよ♪」
麗奈が大鎌を振り回して髪を切りまくる。が、次々伸びてくる髪が、麗奈の鎌に巻き付いた。
「あっ!」
麗奈は武器ごと引っ張られてしまう。
「ダメだよー、まだオシオキが足りないかな?」
来崎が麗奈の武器に絡んだ髪を切ろうと近づいた時、毛玉は突如麗奈を離し、
「え?」
と二人が一瞬戸惑っている隙に、足を出して来崎に強烈なキックをお見舞いした。
「ぅあっ!!」
「そんなフェイントもできるとはな」
礼野が来崎の脇から飛び出すと、今度はパンチを打ってきた。顔をガードしつつ『逆風を行く者』を使う。
ダメージをもらっても、一瞬にして毛玉の真下に移動した。
「これでも受けてみろ!」
太刀を大きく振りかぶり、力一杯『薙ぎ払い』を繰り出した。
髪の一部を削ぎ『スタン』にさせる。
「いける!」
礼野は『黄昏』を発動し傷口を広げ、さらにダメージを追加する。
毛玉の動きが目に見えて鈍くなった。髪の毛も半分ほどなくなっている。
「這いつくばれや、毛玉さんよぉ」
麻生は『地を這いし天敵』を撃った。
地面から鎖が生えるごとく現れ、獲物を狩る獣のように毛玉に絡みつく。毛を飛び散らせながら、毛玉は地に落下した。
ヒビキが即座に距離を詰め、『荒死』で身体のリミッターを外す。
「長いわね、長いもの……散髪ね、散髪してあげる、短い方が似合うわ、似合うと思うの、刈ってあげる、綺麗に、綺麗に」
チェーンソーを、這い逃げようとする毛玉に突き立てた。
1回。
「綺麗に綺麗に」
2回。
塊を壊すように刈り取る。
「綺麗に、ね? クスクス」
3回。
半ば病的に笑いながら、毛玉は元の形が分からないほど切り分けられた。
毛玉はもはや結合する力がなくなったのか、髪の毛がばらばらとほぐれていく。そして塊が塊でなくなり、ただの髪の毛となったのだった。
●首吊りの木の髪の毛
戦闘が終わると、アサニエルが怪我をした皆を『ライトヒール』で治療する。回数分使い切ってしまったが皆回復できた。
それから麻生達は、拓のアパートへ報告のため訪れる。
「遅くなってすまんね、大丈夫か? 毛玉は倒したから安心していいぞ」
「ほ、ホントか!? よかった……!!」
拓はその場にへたりこんだ。まだ顔面蒼白だったが、泣けてくるほどホッとしたようだ。
「それで、拓ちゃんは一人であんなトコ行ったの?」
麗奈が尋ねると拓はまた怯えた顔になり、
「ち、違う……。友達が三人、まだ首吊りの木の所にいるはずだ」
最悪なことが起こったのだろうと察したアサニエルが静かに言った。
「案内してくれるかい?」
拓の案内で首吊り木の所までやって来た彼らは、木に吊るされたままの3人の遺体を発見したのだった。
麻生とファーフナーが協力して遺体を下ろしにかかる。
拓は恐ろしすぎて木に近寄れず、友人の遺体を見ることもできなかった。
「あぁあ、真、勇次、宏正……!!」
「落ち着いて、あたしの目を見るんだ」
アサニエルは取り乱しかけた拓の両肩に手を置いて、『マインドケア』の穏やかなアウルで拓を包み込む。
「もう天魔はいない。襲われたりしないよ。何かがいたとしても、あたしらがついてる」
麗奈が拓の後ろからふわりと抱きしめた。
「お友達のことはとても残念だったと思うわ。でも、拓ちゃんのせいじゃない。また怖くなったら、おねぇさんが慰めてあげる……」
最後の方は拓の耳元で甘く囁くようにして、彼の恐怖以外の感情を揺り動かす。
アサニエルの頼れる姉御のような雰囲気と麗奈の色気で、拓は落ち着いたようだった。
顔を拭いながら二人に頭を下げる。
「ありがとう……。あんた達が天魔を倒してくれたから、あいつらの仇は取れたよな」
「あの、友達の親御さんの連絡先分かりますか? 早目に知らせてあげたい」
礼野が頃合を見て聞くが、拓は首を振る。
「実家の連絡先までは知らないけど……、あいつらの携帯に登録されてると思う」
「そうですか、後で調べてみます」
それからちらと拓を見て、礼野は素っ気なく付け加えた。
「こんなご時世だし。また今度変な所に知人が行くって聞いた時は、止めた方が良いと思いますよ」
「……ああ、そうする」
拓は力なくうなずく。それは身に染みて解った。もう二度と、金を積まれたって絶対に心霊スポットなどには行くまい、と心に誓うのだった。
こういう事件は、天魔がいる限り再びどこかで起こる。一般人も自ら危険に飛び込まないよう、気を付ける段階に来ているのではないか。
また若い命が奪われるという痛ましい事件を起こさないためにも。
「苦しかっただろうな。次も人間だったら、今度は寿命を全うできるよう祈るぜ」
3人の遺体を下ろし地面に並べ終えた麻生は、静かに黙祷するのだった。
3人が吊るされていた枝には、今もなお、教訓のように長い髪の毛が垂れ下がっているという。