●決戦直前
山の西側の住宅街へ差し掛かると、塔利達は住民が戦闘に巻き込まれるのを防ぐため、イミーレを追う班と一般人対応班に分かれることにした。
「うちが呼びかけに回るわ」
猪川 來鬼(
ja7445)がさっと立候補する。
「ではお願いします。警察の方々にも住民が家から出ないよう勧告することと、区画封鎖を頼んでください」
マキナ・ベルヴェルク(
ja0067)の指示にうなずく猪川。
「先輩は猪川さんの手伝いをお願いできますか」
紫園路 一輝(
ja3602)の言葉に塔利は抗議するように『何っ』と声を上げたが、思いの外真剣な紫園路の目を見て口をつぐんだ。
紫園路は細田と昔の自分を重ねていたのだ。あの状況でも悪魔に屈しなかった細田を認め、彼のためにもイミーレだけは絶対に倒したいという思いが現れていた。
「お気持ちは解りますが、その怪我では万全ではないでしょう? 怒りがあるなら、叩き込んでおきますから」
マキナにも諭されるように言われ、塔利は渋くも了承する。
「……分かった。終わったらすぐに合流する」
別行動する前に猪川がマキナとカイン=A=アルタイル(
ja8514)に『聖なる刻印』を使ってから、皆は再び走り出した。
猪川は警察への連絡の後、住民に呼びかけながら走り回り、外出している人がいないか探していた。
「現在この辺りに天魔が出現しています! 家から出ないようにしてください!」
「ええっ、天魔!? ホントに? やだモコちゃん、どうしましょ」
猪川の声を聞いておろおろしている犬の散歩中の中年女性を発見。猪川は彼女に駆け寄った。
「家はどこですか?」
「家はね、あっちなのよ」
「なら危険は少ないです。落ち着いて避難してください」
「わ、分かったわ」
猪川はおばさんをなだめて避難させる。
早朝といえど、意外と人が出ているようだ。完全に人払いするにはもう少しかかるかもしれない。
気持ちは早くイミーレを倒しに行きたいと訴えていた。
イミーレの主ディミテルと対峙した時、その目的を聞いた。『人の心が壊れていく様を見るのが好き』という外道な目的を。
「いたぶって反応を楽しむのは分かるけどねぇ」
猪川にも理性で押さえ込んでいる破壊衝動があり、その気持ちは解らなくもない。
(……でも、うちの大事な者に手を出されるのは嫌だなぁ)
そうなる前に、こちらが壊してやろう。
「お前さん、家はどっちだ? 商店街の方はだめだ。向こうに警察がいるから、その外まで逃げろ!」
塔利も猪川と別方向から一般人を避難させていた。
カインはすでにショットガンSA6を構え、先頭を走っていた。
「やっと逃がしちまったやつ見つけたんだ、しっかり殺して終わらせないと」
戦うことしかできないのに敵を逃がしたままでは、己の戦いに何の意味もなくなってしまう。
だけど今回は場所が悪い。
(市街地かよ、やりづらいな……できるだけ早く仕留めないと巻き込まれるのが増えるか)
カインは今度こそ、と気を引き締めた。
銀髪に赤い瞳のアステリア・ヴェルトール(
jb3216)も槍――常に穂先から血を滴らせている――ロンゴミニアトを装備していた。
――槍が血を飲ませろと哭いている。
アステリアはじわじわと殺戮の欲求が自分の中に広がっていくのを感じ始める。
昨夜ここに到着し事のいきさつを聞いた際に、塔利の怪我が悪魔の拷問のせいだと知った。
拷問を是とする悪魔の眷属ならば、遠慮は無用というもの。屑の眷属など、それこそ屑以外の何者でもないのだから。
喰らうことに何の躊躇いがいる?
アステリアはほんの微か、口元を酷薄に歪めた。
「あのいじめられっ子が結果を出した。その心意気は評価してやるべきだ。ならここからは俺が本気で返す」
紫園路は『本気』の証だとでも言うように、左目の眼帯を外した。
「本気出すのなんてあの雨の日以来だ……さって」
紫園路の髪が光纏の影響で輝きだした。強い決意を表すかのように色濃く燃え上がる。
そしてイミーレを見つけた。
●決戦
カインは『物質透過』で家の外壁や植木をすり抜け、最短距離で標的に近付く。
ショットガンの射程に入るやいなや、引き金を引いた。
(散弾だからどっか適当にでも当たるだろうな、失速を待てばいい)
思った通り、直撃はしなかったが散った弾がイミーレの背中や足に当たる。
その間にエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)がハートと呼ぶヒリュウを召喚した。
「ハート、あの物置の後ろに隠れてるんだ」
一声鳴いて、ヒリュウは言われた所に飛んで行く。
「ちぃっ、もう追いつくなんて……!!」
イミーレは苦々しく追って来る撃退士達を見るも、まだ足を止めない。
カインはさらに銃を連射した。散弾がイミーレの周りに飛び散り、イミーレは撃退士を無視できなくなった。
武器を火炎放射器V−07に持ち替えたカインが、地面に放射しながらさらにイミーレに接近していく。
「鬱陶しいわね!」
イミーレは爪を伸ばし剣のように束ね、『旋風剣』を放つ。旋風は炎を突き抜けカインに向かう。負傷のせいで本来の力が出せないのに加えて炎で威力が弱まったのか、防御したカインの腕にカスリ傷をつけただけだった。
「全く、無様な姿だな」
火炎放射器の炎に紛れて、鎖弦(
ja3426)は『分身の術』で分身を出現させた。本人は人家の門の陰に身を潜める。
炎が晴れると傍に鎖弦がいてイミーレはギョッとする。反射的に爪剣で刺し貫こうとした。
(今だ!)
鎖弦はイミーレの攻撃と同時に『土遁・土爆布』を使用する。分身を中心にして周囲に土が滝のように降り撒かれ、分身は土の下敷きになった。
「あはっ、馬鹿ね! アタシを道連れにしようとした訳!? 一人で死になさい!」
イミーレは土に巻かれながらも脱出する。
仲間達はまさか鎖弦が自爆したとまでは思わないが、結果土遁の土と共に消えたのでどうしたのか気になった。だけど今はそれを考えている暇はない。
鎖弦は隠れている間に『疾風』でわずかに生命力を回復させた。
「我が名は終幕を求めて摧き滅ぼす偽神(いつわりがみ)」
マキナが前に出、ドラグーンファウストで包まれた偽腕の拳を打つ。『封神縛鎖』の黒焔がイミーレの肩口に強い一撃を与えるものの、『スタン』させられなかった。
「調子に乗るんじゃないわよ!」
「くっ」
イミーレの素早い反撃に、マキナは咄嗟に出した左腕を斬られた。
「マキナ下がって!」
『金色夜叉明王』で能力を高めた紫園路がマキナの後ろから、抜刀・凍呀の冷気の刃を飛ばす。
回避されても構わず続けて抜刀しながら、イミーレに向かって言う。
「あの主もあんたみたいな下僕じゃ、苦労するだろうね」
「なんですって!?」
「そっか、あの主もしょーもないゴキブリ以下だから、役立たずな下僕でも仕方ないか」
「アンタも死にたいようね!」
襲いくるイミーレの爪を凍呀で受け弾く紫園路。
イミーレの主を侮蔑することで彼女を怒らせ気を引き、逃亡を防ごうとしていた。
「その血が美味しそうとは欠片も思えないけれど」
アステリアがイミーレの脇腹目掛けて槍を突く。
「あうっ!」
脇腹から血を流し紫園路から離れるイミーレに、アステリアはさらに突きをお見舞いしていく。
「その汚れた血でも、せめて乾きを埋める手伝いをしてもらいましょう。あは、あははっ!」
アステリアの猛攻を防戦しているイミーレに、エイルズレトラが無数のアウルのカードを放った。
「これでどうだっ」
『クラブのA』のカードは一旦イミーレの体中に張り付くも、イミーレが身体を振ると剥がれ落ちてしまった。
「どうってことないわね!」
エイルズレトラに切りかかろうとするイミーレの背後を、突然現れた烏が攻撃する。
鎖弦の『幽幻・宵闇烏』だ。烏が闇となりイミーレの視界を覆い、『認識障害』にさせる。
「なんなの!?」
戸惑っている今がチャンス。
パイルバンカーに持ち替えたカインが、イミーレの治りかけの腹の傷に杭を打ち込んだ。
「っ!!」
イミーレはかろうじて身をひねり、まともに刺さるのを避ける。
カインは反動を利用して後方に飛び退き転がった。と、右肩に違和感が。脱臼防止策を講じてあるが、やはり反動が大きいため脱臼してしまったようだ。
「ん……右肩外れたか、まあいいや、はめ直す」
自力で無造作に肩をはめる。痛みがあるはずだが、カインはそれを全く表に出さなかった。
「うぐ……!」
イミーレは開いた腹の傷を押さえながら、どうするか考えた。このままでは明らかに不利。
ならば答えは一つ。
唐突に踵を返し、逃げ出した! 邪魔な物は透過して、とにかく撃退士達から離れようとする。
「ハート!!」
エイルズレトラの声に反応し、ヒリュウは物陰から飛び出してイミーレに体当たりした。道路に倒れこむイミーレ。そこへイミーレを挟み撃ちするように、猪川と塔利が合流する。
「待たせたわね」
「逃がさねえぜ」
「くっ……」
まだ逃げる算段をしている様子のイミーレに、紫園路がこれみよがしに言った。
「はー……アレだけ主を馬鹿にされて何もせず逃げるとか、マジあんたの忠義心クソだわ〜。だから主がバカにされるんじゃねーの?」
イミーレがキッと紫園路を睨みつける。
「……アタシは誰よりも主に忠誠を誓ってる。ディミテル様を馬鹿にするヤツは誰であろうと許さない」
「なのに逃げるのか? 今ここで戦わないと、俺らと対峙することはもうないぞ? 許さないなら、今だけだ」
イミーレは力を振り絞り立ち上がった。
「いいわ、そこまで言うなら相手してあげる! アタシの全力でディミテル様の名誉を守る!」
イミーレの頭上に黒球が作り出された。『幻惑球』だと皆は察したが、今までのより大きい。黒球から伸びてきた触手の数も、以前の倍あった。
「何っ!?」
「うわっ!!」
紫園路は頬を切り裂かれ、エイルズレトラも頭から地面に叩きつけられる。
「危ねえっ!」
塔利は近くにいたカインに足払いをかけ転ばせ、触手の攻撃を間一髪回避させた。
鎖弦が隠れ場所から高速移動、『神薙の舞・雷刃』の雷を纏わせた白皇で高速斬撃、高速離脱。イミーレの前に姿を現す。
イミーレにとっては鎖弦も主を侮辱した憎い相手だ。
「アンタ、死んだんじゃなかったの」
背に受けた傷に喘ぎながら問うイミーレに、鎖弦は鼻で笑った。
「黒狼の眷属であり対天魔平気である俺が、一度死んだ程度で消えるわけがなかろう?」
矢継ぎ早に繰り出される鎖弦の剣を、イミーレが爪剣でさばく。
鎖弦はイミーレを『出会い方さえ違えば良きからかい相手』としてある意味好意的にさえ見ていた。故に手は抜かず、全力で戦うことが彼女に対する最高の接し方だと思った。
「貴様にとって譲れない想いがあるように、俺にも願いがある……そのためなら、味方だろうと切り捨てるほどの、な」
剣を交えながら、鎖弦は過去の敵対した相手を思い出す。イミーレのように、主に忠勇な姿を。
「はぁっ!」
そして自分に刻まれた呪いのような使命を改めて誓い直すかのごとく、剣を振り下ろすのだった。
猪川がイミーレに接近した。
「これで妨害できればいいけど」
猪川から灰色の鉄線状のアウルが広がり、『シールゾーン』の魔法陣を展開する。イミーレのスキルを『封印』に成功。
「私は終わりに向かって敵を駆逐するのみ」
マキナが『黒夜天・魄喰壊劫』を使った。
戦いの先に救いがあるならば、仲間が導いてくれるだろう。
塔利や細田の怒りを込めて、黒焔がイミーレにダメージを与える。
「あなたが奪ってきた数々のもの、その命で返してもらう」
黒焔は与えたダメージ分のイミーレの気を引き抜くようにしてマキナへと戻り、彼女の傷を癒した。
アステリアが自身の周囲にいくつもの魔法陣を出現させた。『魔剱練成〈魔弾の射手〉』だ。
「まだ足りない……さあ、その血を全て差し出しなさい。あなたのような屑には、もうそれくらいしか利用価値がないのだから」
魔法陣から黒焔を収斂させて形成した「魔剱」が発射される。魔剱はイミーレのみならずその周辺をも巻き込んだ。
イミーレの体中に切り傷ができる。
「言っとくけど、元々あんたの主に名誉なんかないから」
意地悪っぽく笑いながら、紫園路が冷気の刃を飛ばし傷を増やす。
猪川がアルニラムでイミーレの身体を縛り上げた。
「さっきのお返しだ!」
エイルズレトラが『ギャンビット・カード』を使う。アウルのカードをイミーレの肩に刺し、爆発させた。
「きゃあっ!!」
肩の肉が吹っ飛び、悲鳴を上げるイミーレ。
カインが『黒夜天・亡霊兵士』で己に強力な暗示をかける。
殺戮衝動にかられたカインはイミーレに突進した。
「くっ……!」
苦し紛れにイミーレが爪で攻撃してくるが、カインは多少斬られようが構わず距離を詰めた。
闘神の巻布を巻いた右の貫手をイミーレの腹の傷に突き込む。
「ぅがあぁ!!」
「俺にはこれしかできないから。しっかり殺させてもらう」
さらにそのまま中で拳を握りねじった。
「あああぁ!!!」
イミーレの絶叫。
カインは腕を抜き、塔利に視線を向けた。イミーレは腹から大量の血を流し、身を折り曲げ立っているだけでやっとの状態だ。
「元々アンタの仕事だ。やられた分はきっちり返してやれよ」
塔利の目が一瞬驚いたようだったが、すぐに覚悟を決めた顔つきになった。
「すまねぇ、恩に着る」
短く礼を言うと、塔利は大剣を構えアウルを集中させる。
「お前さんのイカレた悪事もこれで終わりだ!!」
塔利の譲れない想いと共に渾身の『一刀両断』が放たれる。その一撃はイミーレの体をまさに両断し――、切り離された上半身が仰向けに倒れ、下半身も血にまみれながらその場に崩れた。
鎖弦には空を見上げたイミーレの口が、最期主の名を呼んだように見えた……。
●譲れぬ想いを秘めて
討伐が終わり住宅街の封鎖が解かれると、撃退士達の前に細田と鮫島がやって来た。
改めて礼を言いに来たらしい。
「助けてくれて、本当にありがとうございました」
細田が深々と一礼し、鮫島もぎこちなく頭を下げる。
「っした」
二人はどことなく仲良くなったような雰囲気で、『いじめっ子といじめられっ子』という理不尽な関係ではなくなったようだ。
「まあなんだな、俺も救助された身だし、礼を言っとく。皆ありがとな」
塔利も少年側に立って礼を述べた。
「ヴァニタスだけでも倒すことができて良かったです」
マキナが言うと、塔利もやれやれとばかりに、
「もし主のディミテルに俺より先に会うことがあったら、俺の分もブッ殺しといてくれ」
「ああ、きっちりやっとく」
「任せておいてくれ」
カインと鎖弦の真面目な受け答えに、皆が軽く笑った。
「「?」」
なぜ笑われたのか解らない二人だったが、たぶんこれでいいのだろうと思う。
無事敵を討ち果たした今だけは――。