●洋館へ
撃退士達は洋館を目指して山を移動していた。
塔利や二人少年が置かれている状況を考えれば、急いだ方がいい。
気が逸るのを落ち着かせるように、九十九(
ja1149)は大きく深呼吸をした。
「やれやれ、今回の件に悪魔が関わってるとか厄介さぁねぇ……」
九十九自身、悪魔の強さは身に沁みて知っている。実力も不明な相手に不用意に手出しをしたくないのが本音ではあるが。
「少年二人はもちろんだけど、塔利さんは好漢さぁね。助けないなんて選択肢はあり得ないさねぃ」
塔利の言動は九十九の胸に響くものがあった。
必ず助け出す。
九十九は心に決める。
「拷問かぁ。何か聞き出す気だった? でも、娯楽にしちゃぁ面白味がないなぁ」
幽樂 來鬼(
ja7445)はディミテルが塔利らを拷問していたらしい様子を聞いてから、どこか狂気的な雰囲気に変わっていた。
普段は理性で隠している破壊を好む性質が、彼女の中で首をもたげているようだ。それに加え、なぜ彼らを監禁し拷問したのかということも気になる。
何か別の目的でもあるのだろうか。
(本人に会ったら直接聞いてみよう)
幽樂はそう思った。
「まずはイミーレを抑える。まあなんとかなるだろう」
黙々と足を進めるカイン=A=アルタイル(
ja8514)は、己のやるべきことを小さく声に出した。
徹底的に戦う。それが今までカインがしてきたこと。
(撃退士ってホントな、死ににくいし育てるコストもかからないから便利だよな)
皮肉っぽく胸の内でつぶやく。
撃退士は身体能力が常人より優れ、戦闘に特化している。天魔がいるかぎり『撃退士』は生まれ続け、都合のいい戦士が簡単に手に入るのだ。
(正義とか命の大切さとか説教できる立場じゃねえぞ、あの学校は)
カインはどこに向ければいいのかも分からない感情を燻らせ、それをどうすることもできないでいた。
皆が押し黙って歩いていると、突然目の前が開けて古めかしい洋館が現れた。
「……ここですね」
マキナ・ベルヴェルク(
ja0067)が言った。
物音は聞こえない。奥の方の部屋に監禁されているのか。
「二手に分かれた方が無難だろう」
鎖弦(
ja3426)の意見に皆同意して、すぐに戦闘対応班と人質救出班に分かれた。
「陽動のために、この正面玄関を派手にブチ破るというのはどうさねぇ?」
戦闘班に入った九十九が提案すると、
「そうですね。悪魔共が誘われてくれば重畳。私達が他の場所から侵入し、人質のいる部屋を探しましょう」
マキナがそれを受けて答える。
「合図はどうする?」
と言ったのは幼さの残る外見とはそぐわない、髑髏のついた眼帯が目を引く紫園路 一輝(
ja3602)だ。
「これをハンズフリーで繋げておけばいいさねぃ」
九十九が手に持ったスマホをひらひらとさせる。
「OK」
二人は番号を交換し通話状態にしておいた。
これで準備は完了だ。
「それじゃ行ってきます。皆も気を付けて」
紫園路が陽気に手を振って、救出班のマキナと幽樂を連れ洋館の側面へと回り込んで行った。
●突入作戦
「……そろそろ行くぞ」
救出班が充分場所を取り待機できたであろう時間を計ってから、鎖弦はノッカーの付いた黒光りする扉を思い切り蹴り飛ばした。
ドーン!!
「何事だ?」
突然の破壊音は物置部屋にいるディミテルやイミーレにも届いた。
今まで人を食ったような笑いを浮かべていたディミテルの表情が、すうっと冷たいものに変わる。
「イミーレ、見てきなさい」
「はっ、ディミテル様」
イミーレはさっと部屋を出て行く。
床に倒れたままの塔利には、あの音が何によるものなのか分かっていた。
鎖弦達が玄関ホールへとなだれ込み室内を見回していると、イミーレが階段の後ろから現れた。
「アイツだけじゃなかったのね!」
憎々しげに言うなり、イミーレは飛びかかってくる。
「『纏うは大地を殺す腐毒 貪り喰らい尽くせ 荒ぶる九頭の大蛇 相柳』!」
九十九が早口で詠唱し矢を射る。
『錆血風 荒喰九蛇相柳』の矢は九つの頭を持つ巨蛇となって、イミーレに錆色の風を吐きかけた。
「ちぃっ!」
イミーレは『腐敗』にはならなかったが腕を傷付けられ飛び退った。
鎖弦は『疾風』を発動させる。体内で燃焼させたアウルが一瞬鎖弦の周りに巻き上がった。白皇を構えてイミーレに斬り付ける。
イミーレは手の爪を瞬時に伸ばし、一本の剣のように束ねて鎖弦の攻撃を受け止めた。
「ほう、誘拐とか監禁とか、卑怯な主の手下だから姑息な手段しか使ってこないと思っていたが、まともに戦えるのだな」
わざと嫌味を込めてイミーレに囁く鎖弦。
「アンタ、ムカつくわね……!」
ギリギリと鎖弦を押し返そうとするイミーレに、カインがアサルトライフルAL54を撃つ。
「くっ」
イミーレはジャンプしてそれをかわし仕切り直そうとするが、鎖弦は彼女に暇を与えず追撃していく。
カインと九十九はそれをフォローし、イミーレをこの場に釘付けにした。
「今ならオッケーさぁね」
九十九は紫園路に合図を送った。
「さって合図だね、行こうか」
スマホから聞こえた九十九の声で、紫園路は幽樂とマキナに行動を促した。
カーテンが閉まっている窓に手をかける。鍵が掛かっていたが強引に開けて中に入った。
そこはキッチンだった。埃の積もった室内を横切り、対面のドアを開け廊下に出る。左の方から戦闘の物音が聞こえた。
廊下を右に進み角を曲がった所で幽樂が足を止めた。
「『生命探知』を使うわ」
精神を集中させて辺りの気配を探る。
「いた。近くに反応!」
幽樂が先に立って反応のあった場所のドアを開けると。
ディミテルがいた――。
幸い少年二人は入口近くにいる。ディミテルは部屋の真ん中に、塔利はその後ろだ。
「おやおや、今日は千客万来だね」
撃退士に踏み込まれてもディミテルは余裕の態度を崩さない。
幽樂も不敵に笑いながら、さりげなく細田達の前に立つ。
「ふうん、拷問なんて変わったことするんだぁ♪見てみたかったけどなぁ。でも、こんな手の込んだことしてまでの娯楽にしちゃおかしいけど、何がしたいの?」
首を傾げて尋ねる。
マキナもゆっくり室内へ入り、幽樂の隣に立った。
「うちも拷問とかは嫌いじゃないんだけど、こんなことしなくても町とか壊せばいいじゃない? 何か目的でも?」
ハハハ、と悪魔は嘲笑する。
「町など破壊しても面白くない。私は好奇心を満たしたいだけさ。尊大な人間を絶望に這いつくばらせたり、人格者が黒い感情に支配されていくのを見たいんだよ」
マキナはディミテルに心底嫌悪を抱き、その身内に赫怒の炎が静かに燃えていくのを感じた。
その頃、猪川真一(
ja4585)はようやく洋館にたどり着いた。
「遅れて登場、ってやつだな……さて、助けになるかね。待ってろ……來鬼!」
先に戦っているであろう恋人を想い、猪川は勢い良く壊れた扉から駆け込む。イミーレを見つけるやいなや雪の薙刀を振り下ろした!
「だあーっ!」
「何!?」
イミーレは咄嗟に爪剣でそれを弾く。
「援軍!? まさか!」
ここでイミーレも鎖弦達の他にも撃退士がいるという可能性に気付き、さっと踵を返した。
「ディミテル様!」
壁を透過して主のいる部屋に急ぐ。
「追いかけるさね!」
九十九達も急いでイミーレの後を追った。
イミーレはディミテルと対峙している幽樂の前に立ち構えた。
鎖弦や猪川も部屋を発見しやって来る。
「ディミテル様、ここは私が引き受けます、お逃げください!」
イミーレは幽樂に爪剣を突き出した。
「おっとさせねえ!」
猪川が間に割り込み、『痛打』をお見舞いする。
「くぅっ!」
イミーレは激しい痛みに一瞬たじろいだ。
「よう、待たせたな來鬼?」
肩ごしに猪川はニヤリと笑った。幽樂も微笑み返し、感謝を示す。
ディミテルは盛大にため息をついた。
「ふむ、こんなに撃退士がいては仕方ない。イミーレ、後は任せるよ」
「はい!」
主のために、イミーレは『光速剣』で周りにいる撃退士達を切り刻む。
鎖弦はバク転でかわしたが、マキナと猪川は傷を受けてしまった。
気が付くと、すでにディミテルの姿はなかった。
鎖弦が刃に雷を纏わせ、高速の一撃『神薙の舞・雷刃』で反撃、イミーレの背中を斬り付け脇に離脱する。
「ふむ、貴様の主は我先にと逃げたのか。まぁ仕方あるまい。一瞬ゴキブリかと思うようなあの主ではな……いやそれはゴキブリに失礼か。すまん」
鎖弦は当てつけるようにディミテルを蔑んだ。
「アンタ……、いい度胸ね」
イミーレの瞳が暗い冷たさを湛える。それでも鎖弦は挑発を止めない。できるだけ自分にイミーレの注意を向けなければ。
「貴様の主を比喩できる単語がどうやらこの世界には存在しないようだ……もっとも、何をもってしてもそれらに対して失礼になる程、醜く矮小すぎるというのが、貴様の主の特技かもしれんが」
「黙れぇっ!!」
イミーレは激昂して鎖弦に向かっていく。しかし鎖弦はイミーレの冷静さを欠いた爪剣を的確にさばき、かわしていた。
カインと九十九もイミーレの死角に回り込みながら牽制射撃を繰り返す。
「おいおいどうした、お前の相手はこっちだぜ……!!」
猪川もイミーレが人質に近づかないよう攻撃をしていた。
「今のうちです」
マキナは消耗して呆然としている細田を立ち上がらせた。紫園路は鮫島を椅子から開放し、幽樂は塔利の鎖を解き肩を貸す。
「待ちなさい、アンタ達!!」
だがイミーレもそれを見逃す程馬鹿ではない。頭上に黒い光球『幻惑球』を出現させた。
黒い触手が三本、それぞれの方向に伸びる。
「はっ!」
九十九は跳んで上手く避けたが、マキナは細田に当たるのを恐れてあえて受けた。
「くっ……!」
腕に受けた傷を無視して、
「早く外へ。走って!」
細田を部屋の外に押し出し、指差す方へと走らせた。
紫園路と鮫島、幽樂と塔利も部屋から出て玄関ホールへと走り出す。
後を追おうとするイミーレに、鎖弦はひときわ大きな声で言った。
「おっと、貴様の主を見つけたようだ」
まさか、と振り向くイミーレ。当然ディミテルの姿などどこにもなく、鎖弦はイミーレを見て、薄く笑った。
「と思ったが、よく見たら羽虫だった」
ブチン!
ブチギレたイミーレが一瞬のうちに距離を詰め、鎖弦の脇腹を突き刺した!
「かっ……!!」
血にまみれた爪を引き抜くと、イミーレは他の者に構わず、壁を抜け最短距離で玄関ホールへと向かう。
「大丈夫さね!?」
九十九が鎖弦に駆け寄ると、鎖弦は気絶しかけている。
「悪いが先に行く」
カインと猪川は鎖弦を九十九に任せ、イミーレを追った。
九十九は大急ぎで『花信風 来来百花娘娘』を使う。
「『二十四の花を咲き告げる風に乗りて 天下りて癒しに来たれ 百花仙子』」
小さな旋風が鎖弦の傷を塞ぐように纏い付き、優しい香りを残しながら癒した。
「だ、大丈夫だ。すまん」
鎖弦は身体を起こした。完全ではないが、まだ戦える。
玄関ホールで逃げる幽樂達を捕捉したイミーレは、『旋風剣』を放った。ドリルのように渦巻く旋風がマキナ達に飛んで来る。
「『炎に眠る化け物よ 今この瞬間だけ姿を見せ敵を喰らえ』」
紫園路が振り返り、『炎帝』を放った。幽樂が鮫島達を外へ誘導する。
炎の竜に旋風が当たり相殺された。
マキナも『炎帝』に紛れて飛び出しイミーレに接近した。
「拷問を含めた一連、流石は悪魔と称えよう。故に滅びろ。それこそが慈悲と知れ」
赫怒の炎を込めて、『神天崩落・諧謔』を食らわせる。
「ぐぅっ!」
イミーレのみぞおちに決まったと思ったが、イミーレが反射的に身を引いた分、わずかに浅い。その刹那、背後からイミーレの首に鎖が巻き付いた。
「!?」
カインのゲリ・フレキの鎖だ。両端の斧を持ち、
「アウルなんざ持ちたくなかったよ、俺は。でも配られたカードでやるしかないんだよな。せめて仲間が傷つかないように、それしかできないんだから」
自嘲気味につぶやきながら、カインは背中合わせにイミーレを担ぐようにしてその首を絞め上げる。
戦い以外の生き方を知らないから。ならばそれで最大限のできることを。
「そのままぶん殴れ!」
カインの叫びに応え、猪川が薙刀を特異な型に構えた。
「今のてめえは隙だらけだ!!」
縦一文字の斬撃『散雷光』を放つと、イミーレは雷を纏った骸骨に包まれ『スタン』になる。
絶好のチャンスに猪川の体から紫のアウルが湧き上がった。背後に現れたローブ姿の骸骨の手には豪奢な鎌。
「行くぜリーパー……! さあ、処刑の時間だ……!!!」
猪川が薙刀を振り上げると、背後の骸骨も鎌を持ち上げる。
「うちも乗らせてもらうさねぇ」
九十九も『蒼天風 降来威天雷帝』の呪文を口にする。
「『蒼天の下 天帝の威を示せ 数多の雷神を統べし九天応元雷声普化天尊』!」
猪川の『ハードエッジ』と九十九の矢はほぼ同時に放たれた。決まる直前にカインがイミーレから離れる。
「あああぁ!!」
猪川の刃はイミーレの胸から腹を切り裂き、九十九の矢は喉元を貫いた。
がくりと片膝を付くイミーレ。
「そんな馬鹿な……畜生……!!」
かなりのダメージだ。しかし力を振り絞って頭上に『幻惑球』を作り出した。
触手がカインを襲う。
「うぁっ!」
そして全員が触手に気を取られているうちに、イミーレはホールを駆け抜け、山の中へと消え去ったのだった。
●館の外にて
塔利は傷だらけで痛々しい状態だったが、すぐ幽樂に地元警察へ連絡させ、山を包囲するよう要請する。
「ヤツは今手負いだ。ここで逃す手はねえ。絶対に追い詰めて一発ブチ込んでやる……!!」
九十九がマキナとカイン、猪川の傷を癒し終えると、紫園路がマキナに言った。
「またマキナとこうやって共闘できるとは嬉しいね♪けど、たまにマキナも防御疎かにする時あるよね? ワザと」
細田を庇って受けた傷のことだと察したマキナは、幽樂の『マインドケア』で落ち着いた細田に近づいた。
「あ、あの、ありがとうございました」
彼の礼に軽くうなずき、マキナは語りかける。
「……人間は弱い。ですがそれは弱くて良い理由にはなりません。……何故、復讐を選ばなかったのです? 何も選べなかっただけですか?」
「それは……」
細田はうつむく。その答を自分の中に見出すには時間が必要かもしれない。隣ですっかり威勢を失った鮫島にも、解る日が来ればいいのだが。今日のことは二人にとって貴重な経験となっただろう。
マキナはふっと塔利の方を見た。
「……別に興味がある訳ではありません。ただ、そうではないという答があればと思うだけで。でなければ、彼が拷問を耐えた甲斐もないというものでしょう」
己では救いの手になれず。だけど仲間なら、とマキナは信じている。
己は終焉を求める者。
今度こそは、魔の眷属に終焉を。