●山
塔利が危機的状況のようなので大至急向かってくれと言われて、彼らはできる限り急いでその山にやって来た。
山は人の出入りがないためか、木々が鬱蒼と茂っている。
現在は立ち入り禁止となっている山道のフェンス越しに、九十九(
ja1149)は奥を透かし見た。道はかろうじてそうだと判る程度にしか残っていない。そこを誰かが掻き分け通った形跡があった。
おそらく塔利が通ったのだろう。
「やれやれ、こんな山の中での戦闘とか面倒さねぇ。……ま、こんな状況だけど苦手ではないしお仕事だしやるかねぇ」
眠そうな顔で気だるげな口調だが、颯爽とフェンスを飛び越える九十九。
「私は上から捜索しましょう」
マキナ・ベルヴェルク(
ja0067)が光纏した。右の義腕から黒焔が立ち上り、『黒焔の翼』で黒い炎のような翼が現れる。
「俺達は少し広がって、この掻き分けられた所を離れないように登って行こう」
向坂 玲治(
ja6214)は他の仲間達に方針を伝えてから、自身もフェンスを飛び越え向こう側に入った。
「あ、うちの見える所に必ず誰かいて欲しいかなぁ」
九十九が変なことを言い出す。
マキナが少し怪訝そうに、
「あまり離れて行動はしないと思いますが、どうしてですか?」
「いやうち、迷子になるのが特技なのさねぇ」
「そうか。じゃあ俺が近くにいるから」
決まり悪そうな九十九に向坂が答えた。
そんな訳で仲間達もフェンスを越え中に入り、塔利が通った道を中心に少し広がった。マキナは見渡せるギリギリまで高度を上げて飛んだ。
少し進んでから九十九が立ち止まり、小さく呪文を唱える。
「『この眼差しは百人を見通す風にならん 力願うは方神を翔駆せし白き風の神 風伯』」
『回楼風 奔走見通風伯』を使い周囲を見回した。これならば少しでも視界に入れば発見できる。
「……この辺りには何も見えないねぇ。もう少し進むさね」
そうしてマキナは皆の少し先を飛び、向坂達は周りを注意しながら山を登って行った。
足場が悪い中しばらく進んでいると、マキナが皆の方へ降りてきた。
「あちらの方向に何かいるようなんですが、見えますか」
九十九は再び『回楼風 奔走見通風伯』を使い、マキナの示した方を見た。すると鹿の頭と、塔利のコートが木々の向こうにチラリと見えた。
「いた。ディアボロと塔利さんさね」
皆は音を立てないよう、静かに近づいてゆく。
だんだん皆の目にも、鹿の頭に筋肉男の肉体を持つディアボロの姿が明らかになってきた。塔利が懸命に剣で応戦している。
「うわ……すげー筋肉……、で鹿顔……悪魔の表現をまさに具現化した姿だな」
左目に特徴的な眼帯を着けた紫園路 一輝(
ja3602)は、本で読んだ悪魔のイラストを思い出しながら言った。人の体に動物の頭なんて、いかにも悪魔っぽいビジュアルだ。
「こういう場所は障害物が多く非常に好みな戦場ではあるが……さすがにアレは気持ち悪いだろ。マッチョに鹿て……そこは普通牛頭とかではないのか? というか角と体のバランスが悪すぎだろ」
鎖弦(
ja3426)がドン引き、カイン=A=アルタイル(
ja8514)も僅かに顔をしかめた。
「うわーなんか変態的な格好した奴だな」
依頼を受け来てみたら、マッチョな体の鹿を見つけた。どういうシチュエーションだ、と自分でも思う。
「なんかすげえ嫌だ、もう鹿肉食えないな」
「ホントに変態な容姿よね」
幽樂 來鬼(
ja7445)も嫌そうな目を鹿男に向けている。
「伊達や酔狂であんな頭をしてる訳じゃなさそうだが、随分とまぁツッパってる頭してるな。まぁアレだな、せ○とくんの親戚か何かだろう」
向坂が冗談めかして言ったが、誰も笑わなかった。
それはともかくとして、マッチョな鹿男の攻撃に塔利が押されている。軽傷も負っているようで、防戦も限界なのだろう。
「まずいな、皆行くぜ!」
向坂の合図で、皆は行動開始した。
●援軍到着
「見つかる前に、まずは堂々と不意打ちしてやろう」
鎖弦は『遁甲の術』で気配を消した。
そして戦闘の物音に紛れて背後から鹿男に近付き、白皇で斬り付けた。
『グオオオォ!!』
鹿男が不意打ちの驚きと痛みの悲鳴を上げる。
「ディアボロ一匹……ですか。過小評価をする訳ではありませんが、この程度なら……」
仲間内にはマキナと戦友であるカインや、敬意を持っている紫園路もいる。
「無理せず確実に、ですね」
マキナは『黒焔の翼』で飛翔時間を延長し、組み合っている塔利に当てないよう上空からショットガンSAW8を撃った。
鹿男を塔利から離れさせるため、九十九も重籐の弓を放つ。
鹿男の力が弱まった瞬間、塔利は角を弾いて飛び退いた。
「ようやく来てくれたか! 俺は強くねえんだ、一人で相手するのはもう限界だったぜ……!!」
「大丈夫ですかねぇ?」
九十九が塔利を後方に下がらせる。
「ああ、何とかな……。ここはお前さん達に任せていいか? 俺は迷い込んでた少年を探しに行く」
「了解ですよぉ」
鹿男が塔利の方へ突進して来た。
九十九が素早く『広漠風 喰牙猛爪窮奇』の呪文を詠唱する。
「『我が罪背負うは〈不孝〉 罪を贖い喰らいて牙と双爪で舞い狂え 黄塵纏いし悪なる風神 窮奇』!」
放たれた矢は牙と爪を持つ伝説の獣となって鹿男に襲いかかる! 二回目の攻撃が鹿男を捉え、突進を阻んだ。
カインもショットガンSA6で鹿男の足を狙い牽制、鎖弦があえて正面に身を晒し注意を塔利ではなく自分に向ける。武器を小太刀二刀・爪牙に持ち替え、向かって行った。
鹿男は最早塔利を追いかけるどころではなくなった。
「すまねぇ!」
その隙に塔利は戦闘を離脱し、少年が逃げた方へ、茂みの奥へと消えた。
鎖弦の小太刀は鹿男の角で受け止められ、顔にパンチを食らった。
「くっ!」
紫園路が鎖弦の後ろから抜刀・凍呀の冷気の刃を飛ばす。
刃は仰け反ってかわそうとした鹿男の胸元をかすり、鹿男は数歩下がった。
突然鹿男が走り出したかと思うと、足に力を溜めるような動作をし、地を蹴ってジャンプした! ジャンプキック攻撃だ。
カインはルシフェリオンに装備を変え、着地地点に突き立てるように構えて立つ。
しかし鹿男は剣を片足で蹴り付け、もう片足でカインの肩にキックを命中させた。
「うぐっ!」
カインはすぐさま体勢を立て直し敵の位置を確認しようとしたが、視界が狭まりよく見えない。『認識障害』になってしまったようだ。
「くそっ……!」
鹿男がカインをさらに攻めたてようと角を振り下ろす。
「おっと、お前の相手はこっちだ」
鎖弦が回り込み、小太刀の黒狼天牙で角を受け流し、白狼滅爪で胸を狙う。
正直、鎖弦にとって味方の誰が負傷しようが興味はない。だけど。
(壊れていいのは自分だけだ……!)
彼の特異な過去による思考が、鎖弦を突き動かしていた。
鹿男より上の斜面に移動した向坂が『ヘルゴート』で能力を高めた。
幽樂も鹿男が鎖弦達の方を向いているのを見計らい、死角から『審判の鎖』を使う。
「せいぜい良い玩具にでもなってよね」
聖なる鎖が鹿男の体を縛り上げ、『麻痺』にさせる。
「チャンス!」
すかさず幽樂は『ヴァルキリーナイフ』を投げた。ナイフは鹿男の脇腹に当たる。
さらに向坂が木々の間を縫って、バルバトスボウを放ち追撃する。
矢を受けた鹿男が反撃とばかりに角を突き出しながら、向坂の方へ向かって来た。
向坂の前には、木の枝や蔓草などが鹿男の進路を邪魔するように生えている。角を振り回してもこれらが障害になって戦いにくいはずだ。
――と思いきや。
鹿男は茂みを透過し、枝分かれして鋭く尖った角は木の枝をすり抜けてきた! 誰も阻霊符を発動していなかったのだ。
鹿男が下から角を突き上げる!
「なっ!」
咄嗟に横に転がり受身を取った向坂は、二の腕を切られてしまった。
「この変態、待ちやがれ」
『認識障害』から復帰したカインが、鹿男の背中に飛びついた。二本の角をつかみ、
「喰らえ」
背骨に膝蹴りを食らわせる。
その間に幽樂が向坂に駆け寄り、『ライトヒール』で傷を癒した。
「大丈夫?」
「ああ、すまない。こんなもん大したことない」
向坂は悔しさを滲ませつつ、すぐに立ち上がった。
鹿男は背後のカインをどうにか引き剥がそうと、頭や身体を激しく振った。
「そんくらいじゃ、離れねえぜ」
カインも動きを止めようとさらに膝蹴り。
鹿男は背中に腕を回し、当たれば幸いとカインを殴ってきた。
「いてっ、このっ……本当に戦いづらいわこいつ、行かせる訳にはいかないからがんばるけどさ」
それでもカインは殴打に耐えながらしつこく背中に張り付き、膝蹴りをお見舞いし続けていた。
「カイン、それ以上は危険です!」
カインのあまり自身を顧みない戦い方に、見かねたマキナがドラグーンファウストの黒焔を操り鹿の頭部に攻撃する。
鹿男は目を剥いてマキナを睨み、跳びざまマキナの足に角を突き刺した。
「つっ!」
マキナは一旦上昇し距離を取る。
カインはここが引き際と判断し、最後に一発、首に肘打ちを入れてから離れた。
散々背中を蹴られて怒った鹿男は、再びカインにジャンプキックを繰り出してきた。
「いけないさねぇ」
九十九は『暗紫風 気吹南斗星君』の矢を射る。矢は紫紺の風となり鹿男にまとわりつき、攻撃の軌道を僅かに変えた。
鹿男のキックは防御の姿勢を取ったカインの脇をかすめて、すぐ横の地面に誤爆。
鹿男の着地と同時に紫園路がその懐に入り込み、
「『炎に眠る化け物よ 今この瞬間だけ姿を見せ敵を喰らえ』」
『炎帝』を叩き込む。
炎の竜が現れ、鹿男に噛み付き後方へ数メートル引きずった。
「さあどうぞ、攻撃に専念してくださいな。俺に出来るのは今はサポートだからね?」
攻撃が済むと紫園路はすぐ後方に下がった。
起き上がった鹿男の目の前に鎖弦が構えていた。
鹿男はためらわずに角を振りかざし、鎖弦を串刺しにした……つもりが、全く手応えがない。それどころか何の反応もない。
その鎖弦は『分身の術』で作られた偽物だ。
「騙して悪いが、これも仕事なんでな……」
まんまと引っかかった鹿男の背後の樹上から、本物の鎖弦が影手裏剣を投げつける。『幽幻・魂縛影糸』だ。
手裏剣は鹿男に当たると同時に弾け、バラけるように影の糸となり鹿男の体に巻き付く。が、それは一瞬で消え去った。『束縛』に失敗したようだ。
『グアアァ!!』
鹿男が鎖弦のいる枝までジャンプし、殴りかかる。
「何っ!?」
鎖弦はまともに食らってしまい、後方の木まで吹っ飛び叩きつけられた。
「ぐはっ!」
「やりましたね」
マキナのショットガンが火を噴く。その場に釘付けになるよう連射した。
幽樂も日本人形・輝夜で光球を飛ばし牽制攻撃、カインは角を目掛けてショットガンを何度も撃った。
鹿男は集中砲火を突破するため幽樂に突撃を仕掛ける。勢いに任せて押し切ろうというつもりか。
カインはすぐにルシフェリオンを装備、幽樂と鹿男の間に入った。大剣を振り上げ、力と体重を乗せて打ちかかった。
鹿男の角と剣が激しくぶつかり合う。
力は拮抗し、どちらも引かない。
「こんな変態相手に截拳道なんざ使いたくねえや……」
カインは剣をひねって枝角に絡ませ、角を押さえつけた。
動きを制限された鹿男の顔に、幽樂がアウルのナイフを投げる。
「キモイ変態は滅ぶべきよね」
「『黄塵纏いし悪なる風神 窮奇』!」
この機に乗じて、九十九も『広漠風 喰牙猛爪窮奇』の呪文と共に矢を放った。二回命中する。
今まで攻撃を受けてきた影響か、とうとう鹿男の角の枝が数本、折れた。立派だった角が、ただの歪に曲がった不格好な角に成り下がる。
「上出来さねぇ」
ふっと笑みを浮かべる九十九。
『オォオオー!!』
角を折られショックを受けたのか、鹿男はひときわ大きな雄叫びを発した。辺りの空気がビリビリと震える。
「角を折られて激怒しているのか?」
「無駄な足掻きだな」
鎖弦とカインは強烈な攻撃が来ると予感して身構えた。
鹿男は全身の力を込めてジャンプキック!
マキナはジャンプを阻害するようにショットガンを撃つが、鹿男は構わず鎖弦へとキックを突き出した。
向坂は鹿男の着地場所に石があり、足場が悪いのを見逃さなかった。すかさず矢を撃ち込み石にヒビを入れる。
鎖弦は身軽にキックを回避し、鹿男の蹄の脚が石に着地したその瞬間、石が砕け壊れた。
『!!』
足を取られ、鹿男が大きく身体をふらつかせる。
「変態を相手にするのもこれで終わりだ」
カインが胸から脇腹にかけて袈裟懸けに鹿男を斬った。
『グオオォ!!』
口から血の泡を吹き苦痛に喘ぎながらも、まだ戦おうと鹿男は腕を上げる。だがもう力強さや勢いは感じられない。
「おいおい、まだ足りないのか? そんじゃま、遠慮しないで受け取ってくれや」
向坂がキリリと弓を引き絞った。
そしてニヤリと笑い、『破魔の射手』の蒼い光を宿した矢を放つ!
矢は真っ直ぐ飛んで行き、鹿男の額のど真ん中を見事貫いた。
鹿男の全ての動きが止まる。
全員が息を飲み見守る中、やがて鹿男はぐらりと仰向けに倒れてゆき――、斜面を転がり落ちた。
「やったか……?」
皆が下を覗き込んでみると、鹿男は土や折れた枝やらにまみれて倒れたまま、もう起き上がりはしなかった……。
●塔利と少年はどこへ
幽樂が負傷したマキナと鎖弦、カインに『ライトヒール』を使い傷の処置をする。
討伐が終わったことを学園に連絡し一息つく余裕が出ると、皆はにわかに塔利のことが気になりだした。塔利は山の奥へ入って行ったまま、まだ少年は見つからないのか、何の連絡もない。
「あの鹿男、ただの野良……にしては、なんか違和感があるな」
向坂がふと漏らした。
どこがと言われると上手く説明できないのだが、今までの経験から、あの鹿男に感じた違和感が拭えない。
「そうね」
と幽樂も何かを思い出しながら向坂に同意した。
「連絡では少年がいたってことだけど、何でこんな足場の悪い山の中にいたのかなぁ? 地元の子なら立ち入り禁止って知らないはずないと思うんだけど。それにディアボロがいるのなら、その少年が先に襲われるのに塔利ちゃんだけなの? 逃がしたのを追ってた感じでもなさそうだし……」
幽樂の疑問に、言われてみれば、と皆の顔にも不可解さが浮かんできた。
「……ま、ここで考えててもしょうがないよ。その少年を追いかけに行った先輩を探して合流しよう」
紫園路がさっと歩き出した。
「……そうですね。今はそれしかなさそうです」
マキナも紫園路の後に続く。
どこか釈然としないものを胸に抱きながら、彼らは塔利と少年を探すため、道なき道に足を踏み入れるのだった――。