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マスター:久遠 由純
シナリオ形態:シリーズ
難易度:普通
参加人数:7人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/03/08


みんなの思い出



オープニング

●拉致
 女ヴァニタスイミーレは、崇拝する主を楽しませるための人間を物色していた。
 隠れ住んでいる山の麓には小田舎な町があり、学校帰りの学生がちらほら歩いている。
 民家が少なく人通りのない道で、イミーレは二人の男子学生を見つけた。まだ中学生くらいか。
「どこ行くんだよ、おらっ!」
 体の大きい方が細っこい方の背中を蹴った。
 アスファルトに倒れ込む細身の男子。
「なに逃げようとしてんだよ。今日は俺に小遣い渡す約束だろ?」
 大きい方がかがんで、倒れた子の顔を覗き込む。
 細身の男子はのろのろと起き上がり、うつむいたまま小声を発した。
「も、もうお金なんてないよ……、全部キミが」
「うるせえっ!」
 最後まで言わせずに、大柄な男子は彼を再び蹴りつけた。
 いわゆるいじめの現場だ。

「ふぅん、これがカツアゲってヤツ?」

 背後から女の声がした。
 見ると、タイトな黒いラバースーツに身を包み、三本の三つ編みの髪の毛はワインレッド色という派手な女がいた。
 気の強そうな美人で、口だけが笑っている。
 大柄な男子中学生は咎められると思ったのか、細身の男子を助け起こしわざとらしく肩を組む。
「いや、俺達友達です。ちょっとふざけてただけです。な?」
 語尾を強めに言われれば、細身男子は頷かざるを得ない。
 イミーレは言い訳などどうでもいい。
「そう。友達の定義って幅広いのね」
 滑るように二人に近づくと、彼らの首筋に軽く手刀を与えて気絶させた。

 フリーの撃退士の塔利四四三(とうりよしみ)は、『最近山に天魔らしきものの目撃があるので調査して欲しい』との依頼を受け、この町に来た。
「結構な山だなあ〜。調べんの大変そうだぜ……」
 無精髭を生やし髪もボサボサで年中黒いロングコートを着ている彼は、ちゃんとすればカッコイイのにという残念さに気づいていない。
 塔利は木が生い茂る山を見上げた。
 自治会長の話によると、今は人の出入りはないらしい。元々観光や山菜採りなどができるような山でもないし、急斜面も多く道もないようなものなので危険の方が大きいとのことだ。
 一応の入口と思われる所にはフェンスがあり、通行禁止の札がかけてあった。
「仕方ねー、行くか」
 塔利は決心を固めてフェンスを飛び越えた。

 その様子を、男子中学生二人を担いだイミーレが見ていた。
 ジャンプ力からすぐに塔利を撃退士だと判断し、別のルートを通って主の待つ住処へと急ぎ戻る。

●山の中の洋館
 山の中にポツンと建つ古い洋館が、イミーレとその主の住処だった。持ち主が亡くなってからずっと放置されていたようで、隠れ住むにはうってつけの物件だ。
「ディミテル様、人間を連れてまいりました」
 イミーレが暖炉のある居間のソファに座るナイスミドルの前に二人を放り出し、自分は片膝を付く。
「まだ若いね。二人はどういう関係?」
 趣味のいいスーツを着こなし紳士然とした主ディミテルは、にこやかにイミーレに尋ねた。
「こちらの男が、もう一人をいじめているようでした」
「そう。見たまんまだね。いじめている方はそれが当然の権利だと思っている。その権利が奪われた時、彼がどういう反応をするか、楽しみだ」
 ふむふむ、とディミテルは楽しそうにうなずきながら、二人の胸ポケットから学生証を取り出し名前を確認した。
「鮫島くんと細田くんか。名前まで見たまんまだ、面白いねぇ。それじゃイミーレ、二人をいつもの部屋に」
「解りました。それとディミテル様、この山に撃退士が一人、入り込んでいます」
 その報告を聞いて、ディミテルはわずかに顔をしかめた。
「無粋だな。私は趣味を楽しみながら静かに暮らしたいだけなのに……。ならその撃退士にもお越し願おうか」
 ディミテルはやれやれとため息をついた。

 薄暗い部屋の中、イミーレが鮫島の両手両足を椅子に縛り付けている。
「な、何だコレ!」
 目を覚ました鮫島が声を上げた。
「見れば分かるでしょぉ。はい、できた」
「できたじゃねえよ! ほどけよ!」
 鮫島が椅子を揺らしてもビクともしない。
 床に寝かされていた細田も気がついた。ひっと小さく悲鳴を上げ、ディミテルとイミーレ、鮫島と順番に見る。
「あ、あなた達は誰ですか?」
「私はディミテル。悪魔だよ。彼女はヴァニタスのイミーレ。早速で悪いんだけど、細田くんにお願いがあるんだ」
 やけにフランクにディミテルが話しかける。
 悪魔と聞いて、細田の小さな心臓は恐怖に鷲掴みにされた。
「今この辺りに撃退士が来ているらしいんだけど、ここまでおびき寄せてくれないかな? もしキミが出て行ったまま戻って来なかったら、この鮫島くんがひどい目に遭う。それはもうむごたらしい目にね」
「えっ……!!」
「ちょ、何でだよ! だったら俺が行くよ、絶対に連れて――」

 スパーン!

「五月蝿い」
 イミーレが必死に抗議する鮫島の頬を叩いた。
「アナタに意見する権利などないのよ」
 殺意を宿らせた目で見下ろすと、鮫島は途端に大人しくなった。
「キミは彼にいじめられていた。あえて帰って来ない、というのもひとつの復讐だね。そうしても私達はキミを追わないと誓おう。どうする?」
 あくまでも笑顔で、ディミテルは細田に問う。
「ほ、細田てめぇ、戻って来なかったら後でどうなるか分かってんだろーな!?」
 鮫島は脅せば言うことを聞くはずだと思っているようだ。
 まだ己の立場を分かっていない鮫島に、イミーレも艶やかに笑った。
「アナタ、悪魔に捕まって『後』なんてあると思ってるのぉ?」
 鮫島はその言葉の意味を悟り、青ざめる。
「そんな、頼むよ、細田! 助けてくれ!」
 細田にとって鮫島はいつも恐怖だった。だからと言って見捨てて逃げるなど小心な彼にできるはずもなく。
「……分かりました、撃退士を連れて来ます……」
 細田は弱々しく了承した。
「じゃあお願いするよ。ディアボロも付けておくからね」
 まるでちょっとお使いでも頼むかのように、悪魔は言うのだった。

●罠
 獣道の草木を掻き分けながら塔利が進んでいると、木々の間に少年がいるのを発見した。
「おい、そこのお前さん!!」
 声を張り上げて呼ぶと、少年が振り向いた。
「ここで何してる!? 立ち入り禁止なのは知ってるだろう?」
 言いながら近づくと、少年の背後に鹿の頭をした大男が現れた。角を入れれば3m弱はあろうかという天魔だ。
「危ねぇっ!!」
 咄嗟にヒヒイロカネから大剣を出し、塔利は鹿男に斬りかかった。鹿男は無数に枝分かれした角で剣を受け止める。
「逃げろ!」
 塔利が肩ごしに言うと、少年はためらいながらも奥へと姿を消した。
 少年の後を追おうとする鹿男を、塔利は剣を突き出し阻止する。
「行かせねえ!」
 携帯を素早く操作し久遠ヶ原学園にかけた。スピーカーにしたままコートのポケットに放り込む。鹿男が拳を打ってきた。
「早く応援を寄越してくれ! 俺は強くねえんだよ!」
 鹿男の攻撃をどうにか捌きながら、塔利は叫んだ。


リプレイ本文

●山
 塔利が危機的状況のようなので大至急向かってくれと言われて、彼らはできる限り急いでその山にやって来た。
 山は人の出入りがないためか、木々が鬱蒼と茂っている。
 現在は立ち入り禁止となっている山道のフェンス越しに、九十九(ja1149)は奥を透かし見た。道はかろうじてそうだと判る程度にしか残っていない。そこを誰かが掻き分け通った形跡があった。
 おそらく塔利が通ったのだろう。
「やれやれ、こんな山の中での戦闘とか面倒さねぇ。……ま、こんな状況だけど苦手ではないしお仕事だしやるかねぇ」
 眠そうな顔で気だるげな口調だが、颯爽とフェンスを飛び越える九十九。
「私は上から捜索しましょう」
 マキナ・ベルヴェルク(ja0067)が光纏した。右の義腕から黒焔が立ち上り、『黒焔の翼』で黒い炎のような翼が現れる。
「俺達は少し広がって、この掻き分けられた所を離れないように登って行こう」
 向坂 玲治(ja6214)は他の仲間達に方針を伝えてから、自身もフェンスを飛び越え向こう側に入った。
「あ、うちの見える所に必ず誰かいて欲しいかなぁ」
 九十九が変なことを言い出す。
 マキナが少し怪訝そうに、
「あまり離れて行動はしないと思いますが、どうしてですか?」
「いやうち、迷子になるのが特技なのさねぇ」
「そうか。じゃあ俺が近くにいるから」
 決まり悪そうな九十九に向坂が答えた。
 そんな訳で仲間達もフェンスを越え中に入り、塔利が通った道を中心に少し広がった。マキナは見渡せるギリギリまで高度を上げて飛んだ。
 少し進んでから九十九が立ち止まり、小さく呪文を唱える。
「『この眼差しは百人を見通す風にならん 力願うは方神を翔駆せし白き風の神 風伯』」
 『回楼風 奔走見通風伯』を使い周囲を見回した。これならば少しでも視界に入れば発見できる。
「……この辺りには何も見えないねぇ。もう少し進むさね」
 そうしてマキナは皆の少し先を飛び、向坂達は周りを注意しながら山を登って行った。

 足場が悪い中しばらく進んでいると、マキナが皆の方へ降りてきた。
「あちらの方向に何かいるようなんですが、見えますか」
 九十九は再び『回楼風 奔走見通風伯』を使い、マキナの示した方を見た。すると鹿の頭と、塔利のコートが木々の向こうにチラリと見えた。
「いた。ディアボロと塔利さんさね」
 皆は音を立てないよう、静かに近づいてゆく。
 だんだん皆の目にも、鹿の頭に筋肉男の肉体を持つディアボロの姿が明らかになってきた。塔利が懸命に剣で応戦している。
「うわ……すげー筋肉……、で鹿顔……悪魔の表現をまさに具現化した姿だな」
 左目に特徴的な眼帯を着けた紫園路 一輝(ja3602)は、本で読んだ悪魔のイラストを思い出しながら言った。人の体に動物の頭なんて、いかにも悪魔っぽいビジュアルだ。
「こういう場所は障害物が多く非常に好みな戦場ではあるが……さすがにアレは気持ち悪いだろ。マッチョに鹿て……そこは普通牛頭とかではないのか? というか角と体のバランスが悪すぎだろ」
 鎖弦(ja3426)がドン引き、カイン=A=アルタイル(ja8514)も僅かに顔をしかめた。
「うわーなんか変態的な格好した奴だな」
 依頼を受け来てみたら、マッチョな体の鹿を見つけた。どういうシチュエーションだ、と自分でも思う。
「なんかすげえ嫌だ、もう鹿肉食えないな」
「ホントに変態な容姿よね」
 幽樂 來鬼(ja7445)も嫌そうな目を鹿男に向けている。
「伊達や酔狂であんな頭をしてる訳じゃなさそうだが、随分とまぁツッパってる頭してるな。まぁアレだな、せ○とくんの親戚か何かだろう」
 向坂が冗談めかして言ったが、誰も笑わなかった。
 それはともかくとして、マッチョな鹿男の攻撃に塔利が押されている。軽傷も負っているようで、防戦も限界なのだろう。
「まずいな、皆行くぜ!」
 向坂の合図で、皆は行動開始した。

●援軍到着
「見つかる前に、まずは堂々と不意打ちしてやろう」
 鎖弦は『遁甲の術』で気配を消した。
 そして戦闘の物音に紛れて背後から鹿男に近付き、白皇で斬り付けた。
『グオオオォ!!』
 鹿男が不意打ちの驚きと痛みの悲鳴を上げる。
「ディアボロ一匹……ですか。過小評価をする訳ではありませんが、この程度なら……」
 仲間内にはマキナと戦友であるカインや、敬意を持っている紫園路もいる。
「無理せず確実に、ですね」
 マキナは『黒焔の翼』で飛翔時間を延長し、組み合っている塔利に当てないよう上空からショットガンSAW8を撃った。
 鹿男を塔利から離れさせるため、九十九も重籐の弓を放つ。
 鹿男の力が弱まった瞬間、塔利は角を弾いて飛び退いた。
「ようやく来てくれたか! 俺は強くねえんだ、一人で相手するのはもう限界だったぜ……!!」
「大丈夫ですかねぇ?」
 九十九が塔利を後方に下がらせる。
「ああ、何とかな……。ここはお前さん達に任せていいか? 俺は迷い込んでた少年を探しに行く」
「了解ですよぉ」
 鹿男が塔利の方へ突進して来た。
 九十九が素早く『広漠風 喰牙猛爪窮奇』の呪文を詠唱する。
「『我が罪背負うは〈不孝〉 罪を贖い喰らいて牙と双爪で舞い狂え 黄塵纏いし悪なる風神 窮奇』!」
 放たれた矢は牙と爪を持つ伝説の獣となって鹿男に襲いかかる! 二回目の攻撃が鹿男を捉え、突進を阻んだ。
 カインもショットガンSA6で鹿男の足を狙い牽制、鎖弦があえて正面に身を晒し注意を塔利ではなく自分に向ける。武器を小太刀二刀・爪牙に持ち替え、向かって行った。
 鹿男は最早塔利を追いかけるどころではなくなった。
「すまねぇ!」
 その隙に塔利は戦闘を離脱し、少年が逃げた方へ、茂みの奥へと消えた。

 鎖弦の小太刀は鹿男の角で受け止められ、顔にパンチを食らった。
「くっ!」
 紫園路が鎖弦の後ろから抜刀・凍呀の冷気の刃を飛ばす。
 刃は仰け反ってかわそうとした鹿男の胸元をかすり、鹿男は数歩下がった。
 突然鹿男が走り出したかと思うと、足に力を溜めるような動作をし、地を蹴ってジャンプした! ジャンプキック攻撃だ。
 カインはルシフェリオンに装備を変え、着地地点に突き立てるように構えて立つ。
 しかし鹿男は剣を片足で蹴り付け、もう片足でカインの肩にキックを命中させた。
「うぐっ!」
 カインはすぐさま体勢を立て直し敵の位置を確認しようとしたが、視界が狭まりよく見えない。『認識障害』になってしまったようだ。
「くそっ……!」
 鹿男がカインをさらに攻めたてようと角を振り下ろす。
「おっと、お前の相手はこっちだ」
 鎖弦が回り込み、小太刀の黒狼天牙で角を受け流し、白狼滅爪で胸を狙う。
 正直、鎖弦にとって味方の誰が負傷しようが興味はない。だけど。
(壊れていいのは自分だけだ……!)
 彼の特異な過去による思考が、鎖弦を突き動かしていた。

 鹿男より上の斜面に移動した向坂が『ヘルゴート』で能力を高めた。
 幽樂も鹿男が鎖弦達の方を向いているのを見計らい、死角から『審判の鎖』を使う。
「せいぜい良い玩具にでもなってよね」
 聖なる鎖が鹿男の体を縛り上げ、『麻痺』にさせる。
「チャンス!」
 すかさず幽樂は『ヴァルキリーナイフ』を投げた。ナイフは鹿男の脇腹に当たる。
 さらに向坂が木々の間を縫って、バルバトスボウを放ち追撃する。
 矢を受けた鹿男が反撃とばかりに角を突き出しながら、向坂の方へ向かって来た。
 向坂の前には、木の枝や蔓草などが鹿男の進路を邪魔するように生えている。角を振り回してもこれらが障害になって戦いにくいはずだ。
 ――と思いきや。
 鹿男は茂みを透過し、枝分かれして鋭く尖った角は木の枝をすり抜けてきた! 誰も阻霊符を発動していなかったのだ。
 鹿男が下から角を突き上げる!
「なっ!」
 咄嗟に横に転がり受身を取った向坂は、二の腕を切られてしまった。
「この変態、待ちやがれ」
 『認識障害』から復帰したカインが、鹿男の背中に飛びついた。二本の角をつかみ、
「喰らえ」
 背骨に膝蹴りを食らわせる。
 その間に幽樂が向坂に駆け寄り、『ライトヒール』で傷を癒した。
「大丈夫?」
「ああ、すまない。こんなもん大したことない」
 向坂は悔しさを滲ませつつ、すぐに立ち上がった。

 鹿男は背後のカインをどうにか引き剥がそうと、頭や身体を激しく振った。
「そんくらいじゃ、離れねえぜ」
 カインも動きを止めようとさらに膝蹴り。
 鹿男は背中に腕を回し、当たれば幸いとカインを殴ってきた。
「いてっ、このっ……本当に戦いづらいわこいつ、行かせる訳にはいかないからがんばるけどさ」
 それでもカインは殴打に耐えながらしつこく背中に張り付き、膝蹴りをお見舞いし続けていた。
「カイン、それ以上は危険です!」
 カインのあまり自身を顧みない戦い方に、見かねたマキナがドラグーンファウストの黒焔を操り鹿の頭部に攻撃する。
 鹿男は目を剥いてマキナを睨み、跳びざまマキナの足に角を突き刺した。
「つっ!」
 マキナは一旦上昇し距離を取る。
 カインはここが引き際と判断し、最後に一発、首に肘打ちを入れてから離れた。
 散々背中を蹴られて怒った鹿男は、再びカインにジャンプキックを繰り出してきた。
「いけないさねぇ」
 九十九は『暗紫風 気吹南斗星君』の矢を射る。矢は紫紺の風となり鹿男にまとわりつき、攻撃の軌道を僅かに変えた。
 鹿男のキックは防御の姿勢を取ったカインの脇をかすめて、すぐ横の地面に誤爆。
 鹿男の着地と同時に紫園路がその懐に入り込み、
「『炎に眠る化け物よ 今この瞬間だけ姿を見せ敵を喰らえ』」
 『炎帝』を叩き込む。
 炎の竜が現れ、鹿男に噛み付き後方へ数メートル引きずった。
「さあどうぞ、攻撃に専念してくださいな。俺に出来るのは今はサポートだからね?」
 攻撃が済むと紫園路はすぐ後方に下がった。

 起き上がった鹿男の目の前に鎖弦が構えていた。
 鹿男はためらわずに角を振りかざし、鎖弦を串刺しにした……つもりが、全く手応えがない。それどころか何の反応もない。
 その鎖弦は『分身の術』で作られた偽物だ。
「騙して悪いが、これも仕事なんでな……」
 まんまと引っかかった鹿男の背後の樹上から、本物の鎖弦が影手裏剣を投げつける。『幽幻・魂縛影糸』だ。
 手裏剣は鹿男に当たると同時に弾け、バラけるように影の糸となり鹿男の体に巻き付く。が、それは一瞬で消え去った。『束縛』に失敗したようだ。
『グアアァ!!』
 鹿男が鎖弦のいる枝までジャンプし、殴りかかる。
「何っ!?」
 鎖弦はまともに食らってしまい、後方の木まで吹っ飛び叩きつけられた。
「ぐはっ!」
「やりましたね」
 マキナのショットガンが火を噴く。その場に釘付けになるよう連射した。
 幽樂も日本人形・輝夜で光球を飛ばし牽制攻撃、カインは角を目掛けてショットガンを何度も撃った。
 鹿男は集中砲火を突破するため幽樂に突撃を仕掛ける。勢いに任せて押し切ろうというつもりか。
 カインはすぐにルシフェリオンを装備、幽樂と鹿男の間に入った。大剣を振り上げ、力と体重を乗せて打ちかかった。
 鹿男の角と剣が激しくぶつかり合う。
 力は拮抗し、どちらも引かない。
「こんな変態相手に截拳道なんざ使いたくねえや……」
 カインは剣をひねって枝角に絡ませ、角を押さえつけた。
 動きを制限された鹿男の顔に、幽樂がアウルのナイフを投げる。
「キモイ変態は滅ぶべきよね」
「『黄塵纏いし悪なる風神 窮奇』!」
 この機に乗じて、九十九も『広漠風 喰牙猛爪窮奇』の呪文と共に矢を放った。二回命中する。
 今まで攻撃を受けてきた影響か、とうとう鹿男の角の枝が数本、折れた。立派だった角が、ただの歪に曲がった不格好な角に成り下がる。
「上出来さねぇ」
 ふっと笑みを浮かべる九十九。
『オォオオー!!』
 角を折られショックを受けたのか、鹿男はひときわ大きな雄叫びを発した。辺りの空気がビリビリと震える。
「角を折られて激怒しているのか?」
「無駄な足掻きだな」
 鎖弦とカインは強烈な攻撃が来ると予感して身構えた。

 鹿男は全身の力を込めてジャンプキック!

 マキナはジャンプを阻害するようにショットガンを撃つが、鹿男は構わず鎖弦へとキックを突き出した。
 向坂は鹿男の着地場所に石があり、足場が悪いのを見逃さなかった。すかさず矢を撃ち込み石にヒビを入れる。
 鎖弦は身軽にキックを回避し、鹿男の蹄の脚が石に着地したその瞬間、石が砕け壊れた。
『!!』
 足を取られ、鹿男が大きく身体をふらつかせる。
「変態を相手にするのもこれで終わりだ」
 カインが胸から脇腹にかけて袈裟懸けに鹿男を斬った。
『グオオォ!!』
 口から血の泡を吹き苦痛に喘ぎながらも、まだ戦おうと鹿男は腕を上げる。だがもう力強さや勢いは感じられない。
「おいおい、まだ足りないのか? そんじゃま、遠慮しないで受け取ってくれや」
 向坂がキリリと弓を引き絞った。
 そしてニヤリと笑い、『破魔の射手』の蒼い光を宿した矢を放つ!
 矢は真っ直ぐ飛んで行き、鹿男の額のど真ん中を見事貫いた。
 鹿男の全ての動きが止まる。
 全員が息を飲み見守る中、やがて鹿男はぐらりと仰向けに倒れてゆき――、斜面を転がり落ちた。
「やったか……?」
 皆が下を覗き込んでみると、鹿男は土や折れた枝やらにまみれて倒れたまま、もう起き上がりはしなかった……。

●塔利と少年はどこへ
 幽樂が負傷したマキナと鎖弦、カインに『ライトヒール』を使い傷の処置をする。
 討伐が終わったことを学園に連絡し一息つく余裕が出ると、皆はにわかに塔利のことが気になりだした。塔利は山の奥へ入って行ったまま、まだ少年は見つからないのか、何の連絡もない。
「あの鹿男、ただの野良……にしては、なんか違和感があるな」
 向坂がふと漏らした。
 どこがと言われると上手く説明できないのだが、今までの経験から、あの鹿男に感じた違和感が拭えない。
「そうね」
 と幽樂も何かを思い出しながら向坂に同意した。
「連絡では少年がいたってことだけど、何でこんな足場の悪い山の中にいたのかなぁ? 地元の子なら立ち入り禁止って知らないはずないと思うんだけど。それにディアボロがいるのなら、その少年が先に襲われるのに塔利ちゃんだけなの? 逃がしたのを追ってた感じでもなさそうだし……」
 幽樂の疑問に、言われてみれば、と皆の顔にも不可解さが浮かんできた。
「……ま、ここで考えててもしょうがないよ。その少年を追いかけに行った先輩を探して合流しよう」
 紫園路がさっと歩き出した。
「……そうですね。今はそれしかなさそうです」
 マキナも紫園路の後に続く。

 どこか釈然としないものを胸に抱きながら、彼らは塔利と少年を探すため、道なき道に足を踏み入れるのだった――。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:5人

撃退士・
マキナ・ベルヴェルク(ja0067)

卒業 女 阿修羅
万里を翔る音色・
九十九(ja1149)

大学部2年129組 男 インフィルトレイター
音羽の忍・
鎖弦(ja3426)

大学部7年65組 男 鬼道忍軍
『三界』討伐紫・
紫園路 一輝(ja3602)

大学部5年1組 男 阿修羅
崩れずの光翼・
向坂 玲治(ja6214)

卒業 男 ディバインナイト
肉を切らせて骨を断つ・
猪川 來鬼(ja7445)

大学部9年4組 女 アストラルヴァンガード
無傷のドラゴンスレイヤー・
カイン=A=アルタイル(ja8514)

高等部1年16組 男 ルインズブレイド