●落書きとご対面
現場の封鎖区域まで到着した撃退士達は、早速中へ通された。
そこには――予想とは程遠いモノがいた。
「雲っぽいのに足が生えてて、変な顔にぐるぐるな角っぽいサーバント……って、何だよコレ! ガキンチョが描いた羊か!?」
鐘田将太郎(
ja0114)が思わず声を上げる。
「え、何者……あれ? 羊なのか?」
やや幼さが残る面立ちの黄昏ひりょ(
jb3452)も羊とは言い難い造形に驚きを隠せない。
鐘田の言う通りホントに子供が描いたような形だ、と思うものの、
(絵心に関しては俺も絶望的だからな……そう人のことは言えないか)
遠い目をして苦笑いを漏らした。
「羊さん……、でかいです」
華奢な少女星宮 乃々華(
jb5712)は口をポカンと開けて初めてのけったいなモノに見入っていた。
「奇怪、ですね」
まだ幼い姿の莱(
jc1067)も不審そうに羊を見やり、さらに周りを見回した。通報では天使も目撃されていたようだが、どこかに隠れているのか今は見当たらない。
「クハハ……おもろい生きモンもおるもんやなぁ」
褐色の肌に黒髪のゼロ=シュバイツァー(
jb7501)はおかしそうに笑う。
「毛ェ刈れるやろか? ――って、変な天魔相手に真面目に考えてもしゃーないか」
確かに羊の見た目だけならば面白いだろう。
だがこのロータリーにおける被害は決して笑えるものではなく、バス乗り場の屋根が壊されていたりベンチがひしゃげて遠くへ転がっていたりしている。それに、怪我人もまだ取り残されているのだ。
「こんなのに襲われた街と一般人に同情するぜ……」
鐘田は少し茶化すようにホロリと泣くふりをして、すぐに戦う男の厳しい表情へと変わった。
「あそこの広いスペースに押し込むのはどや?」
ゼロがバス乗り場とは反対方向の場所を指差した。そこは普段タクシーや一般車が待機できる駐車スペースだった。
羊は今人がいなくなって飽きたのか、バス乗り場付近で適当に炎を吐いたりしている。
「そうね、それじゃあ、わたくし達がそちらへ羊をノックバックさせますわ。鐘田さんは羊が吹き飛んだところに雷打蹴を使うというのはどうでしょう?」
すでに決めてある班分けを元に、長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)が提案した。口調や物腰から、彼女の育ちがいいのは容易に想像できる。
「ああ、それで構わない。俺が囮役を引き受ける」
「羊の意識がそっちに向いたら、俺達が怪我人の避難を開始しますね」
羊対応班の鐘田がうなずき、怪我人救助班の黄昏も了承した。
「怪我人は駅構内へ避難させるのが良いかと思います」
メイドとして皆の一歩後ろで大人しくしていた瓜生 璃々那(
jb7691)が意見を述べる。救助班の面々がそれを了解すると、行動開始となった。
長谷川は『Float Like Butterfly』を使った。背中から蝶の羽のようなアウルが放出され、加速する。
「……これがシュールレアリズムかしら」
移動しながらつぶやく。炎を食らいたくないので正面に立たないようにしたいが。
「口……どちらが口か判りにくいですわね」
崩れた顔ではどれが口なのかもよく分からない。でも長谷川はとにかく背後だと思われる方から回り込んだ。
羊が撃退士の存在に気づく。若干笑っているように見える口から火を吐き出した。
身をかがめてかわすゼロ。
「なんでちょっとクチ笑てんねん! 怖いわ!」
言いながらゼロも長谷川の隣についた。
そして長谷川と目で合図し、掌にアウルと力を込めた。
長谷川もアウルを右拳に集中させる。
「さあ、リングに向かいなさい!」
ハイスピードの右ストレート、『黄金の拳』を放った。爆発させたアウルが黄金に輝き、拳の残像を残す。
「どこ見てんのか分からん顔やな!」
ゼロも同時に『掌底』を打ち込んだ。
二つの攻撃を食らった羊は、駐車スペースの方へ押し飛ばされる。
飛ばされた先では待ち構えていた鐘田が高々とジャンプ! 『雷打蹴』をお見舞いした。
「こっちに来い、バッタモン羊!」
羊の背中に命中、羊は『注目』の効果で鐘田に狙いを定め、反撃する。
羊のぐるぐる角が鐘田の顔に向かって伸びた。
「くっ!」
鐘田は顔の前で腕を交差して防御する。腕に鋭い痛みが走った。囮役を買って出た以上、多少のダメージは覚悟の上ではあるが。
(火で黒焦げになったりアフロになったりはヤだけど、我慢するしかねえな……!)
鐘田は腕の痛みを無視して、羊を誘導することに専念した。
●戦闘中
「羊の注意があっちに向いたみたいですね」
黄昏の声に、星宮ははっと我に返った。
「って、ぼけっとしてる場合じゃなかった」
物珍しさのあまりついつい羊に見入ってしまった。初めての依頼ということもあって、心臓がやけに大きな音を立てているような気もする。
(前線の皆さん、頑張ってください。あとでもふもふしてたか教えてくださいね)
そんなことを思いながら、星宮は深呼吸をして気合いを入れ直した。
黄昏は星宮と瓜生、莱を自分の近くに集め、『韋駄天』を使った。
「行きましょう」
各自怪我人の方へ走り出す。
バス乗り場の所に三人と、飛ばされたらしきブロックの側に一人、あと駅入口付近にも倒れている人がいるようだ。
「私達は撃退士です、救助に来ました。歩けますか?」
まずは瓜生がバス乗り場の女性高齢者を助け起こす。
「うう、腰を打ったみたいで……」
「分かりました。背負いますので、しっかりつかまってください」
「大丈夫ですか? しっかり!」
星宮が声をかけた中年男性は、頭から血を流していて意識がないようだった。
「いけない、すぐに救急車を呼ばないと」
女性を背負った瓜生が先に立つ。星宮も急いで男性を担ぎ上げ、後に続いた。
「撃退士です、大丈夫ですか?」
莱が男子学生の頬を軽く叩くと、彼はすぐに目を覚ました。
「どこか怪我をしてますか?」
「え……いや。割と平気」
学生は自力で立ち上がった。どうやら怪我はなく、気絶していただけのようだ。
「じゃあ彼女達の後に付いて避難してください」
と莱は瓜生と星宮を指し示す。
「頭を打っているかもしれませんから、救急車が来たら念のため乗ってください」
「わ、分かった」
学生が瓜生達の方へ行くのを見届けてから、莱はまだ倒れている人の方へ駆け寄った。
座り込んでいる人物へと駆け付けた黄昏は
「助けに来ました、撃退士です! 立てますか!?」
と言ってすぐ、足を止めて硬直した。
その人は若いOLだったからだ。
「ブロックが足に当たって、動かすと痛くて……!」
OLの側にはボウリングの球大のブロックが転がっており、彼女の足は赤黒く腫れ上がっていた。
これは手を貸さなくてはならないだろう。
黄昏は迷って助けを求めるように他の仲間を見る。だが皆手一杯で代わってもらえそうにない。
恋人以外の女性に触れないと誓った黄昏だが、仕方ない。
(緊急事態だ、ごめん!)
心の中で恋人に全力で謝り、OLに肩を貸して立ち上がらせた。抱き上げなかったのは、黄昏なりの恋人に対する義理立てだ。
黄昏も駅に向かう。
「もう少しの辛抱です。まずは安全な所まで行きましょう」
黄昏が駅の入口をくぐると、瓜生と星宮はすでに運び終えていた。男子学生も不安そうな様子でいる。
「今救急車を呼びました。向こう側の出口に着けてくれるそうです」
星宮が携帯を片手に報告した。
「よく頑張りましたね。もう大丈夫ですから」
黄昏はOLを応急処置の終わった怪我人と共にそっと座らせる。
「あ、ありがとうございます」
最後に莱が二人の怪我人を運び込んだ。
「もー、撃退士ったら邪魔よっ! あの子の羊が見えないじゃないのっ」
ビデオカメラみたいなものから顔を上げ、母天使は口を尖らせた。
撃退士達が到着してからはロータリー前の店の陰に隠れて撮影を続けていたのだが、ここにいたままではいい絵は撮れない。
母天使はそっと陰から出、そろそろと戦闘の方へ近寄り始めた。
羊は避難中の星宮や男子学生を目に止め、そちらへその巨体を走らせようとする。
「おっと残念! こっちは通せんぼや! そないなヘンテコな足でどやって走んねん!」
ゼロが正面に立ちはだかり、『掌底』を放った。数メートル押し戻される羊。
長谷川が距離を縮める。
「うふふ、これが耐えられるかしら?」
ワンツーからの『Damnation Blow』を出しかけたその時。
「どいてー!!」
誰かの大声が響いて、長谷川のパンチは逸れ、避けられてしまった。
羊が不揃いの足を蹴り上げる。
「ふっ!」
長谷川は咄嗟にガードしたが、腕にかなりの衝撃を受けた。
鐘田とゼロが振り向くと、女天使がビデオカメラのようなものを持って立っている。
「あんた達邪魔よ! 羊がカッコよく撮れないじゃない!」
「あ、ホンマに羊のつもりやったんか」
ゼロの冷静なツッコミ。
「あんたか。この落書き羊を作った馬鹿天使は」
鐘田も容赦ない。
「なによぅ、ウチの子を馬鹿にしないで! とにかくどいてよ!」
「撮るのは勝手だがあんたの方が邪魔だ、あんたがどけ!」
鐘田がマリシャスシールドを振り上げると、母天使は『キャー』とか言いながら脱兎のごとくどこかへ飛んでった。
その後すぐ、救急車に怪我人を託した黄昏らが鐘田達に合流する。
「遅くなりました。怪我人の方はもう問題ありませんよ」
「何かありましたか?」
莱が聞くと、鐘田はいいや、と首を振る。
「ほなら改めて戦闘再開といこか」
ゼロがニヤリと笑い、皆は羊を取り囲んだ。
「これだから撃退士って嫌いよ!」
母天使はやっぱり羊を撮影したいのか、まだベンチの後ろに身を潜めて様子をうかがっていた。
その姿を発見した瓜生は、こっそりと薔薇のロザリオでビデオカメラを狙う。無数の赤い花びらが天使の手元を攻撃し、カメラを弾き飛ばした。
「あっ」
天使が拾う前に瓜生がそれを取り上げ、踵を返して走り出す。
「皆さんの邪魔はさせません!」
「ちょっ、返しなさいよー!」
瓜生は母天使と追いかけっこになった。
「せいっ!」
鐘田は再び『雷打蹴』を放った。
反撃の炎が吐き出される。
「うおっ!」
真正面からそれを受け、鐘田の髪の毛がチリッと焦げた。
「皆、俺がボコにされてる間に、ちゃっちゃとこのシュールな羊をやっつけてくれ!」
髪の毛を心配しながら鐘田が叫ぶ。
「了解や! この変色カビ羊が!」
『陰影の翼』で飛んでいるゼロが、青や黄色の染みのついた羊に『炎陣球』の火球を投げつける。
当たることは当たったが、羊の毛は思ったほど燃えず、一部がぼそりと壊れるように落ちた。
「もこってるから燃えるかと思たけど、燃えへんのかい! しかも硬そうやし!」
怒りを顕わにした羊が鼻息荒く、二本の角を上に向け伸ばした。
「ちっ!」
ゼロは一本かわしきれず、足に傷を負う。
「今度は邪魔はなくてよ?」
長谷川が羊の脇腹に『Damnation Blow』をねじ込んだ。
よろめいた羊に、黄昏が氷晶霊符から氷の刃を飛ばして追撃する。
そうこうしている脇で、瓜生はロザリオの攻撃を避けた母天使にカメラを奪い返されてしまった。
「取ったわー!」
「取られてしまいましたか……」
母天使は早速羊の方へと戻って行く。
でも瓜生は深追いしなかった。多少なりとも母天使の目的を妨害できたならそれでいいのだ。
「ふう。あとは皆さんにお任せしましょう」
「もう、だいぶ活躍を撮り逃しちゃったじゃないの。ちょっとあなた、そこどいて!」
「えっ、はい! ごめんなさいっ」
思わず反応して場所を開けてしまったのは黄昏だ。
「がんばって、羊!」
母天使はほくほくとカメラを回している。
「言うとーりにしてどないすんねん!」
「あれっ、ごめん!」
ゼロのツッコミにまで謝ってしまう黄昏。
莱は天使がいようがすべからく無視して、ダークを構え羊に接近した。
「その首、切り落とします。……首、ですよね」
首と思しき部分に斬り付ける。
羊がまた炎を吐いた。
「あんたまだいたのか!」
鐘田がシールドで炎を防ぎながら言う。
「うるさいわねっ」
それでも母天使はさっきのように追い払われるのを恐れたのか、少し離れたようだった。
これ以上天使に構っていられない。
鐘田がシールドを突き出し羊の横っ面を叩くと、そのまま角を伸ばしてきた。
「はっ!」
それを待ちかねていたかのように、長谷川は角が伸びた瞬間、根元近くに『黄金の拳』を叩き込む。
羊の角は折れて、後方へ飛んで転がった。
ミギャアア、と悲鳴を上げる羊。
「形とか鳴き声とか、突っ込みどころ多すぎやろ! 忙しいねん!」
関西弁の心がそうさせるのか、突っ込まずにはいられないゼロが文句を言いながら、もう片方の角にデビルブリンガーを振り下ろす。
莱も頭部を重点的に攻撃し、それらを黄昏が霊符で援護した。
立て続けの攻撃に羊はだいぶ弱ってきたようだ。
「もう一度喰らいなさい!」
長谷川が再び『Damnation Blow』を放つ。毛がごそっと吹き飛び、『スタン』に成功した。
「これで……チェックメイトですわ!」
右拳を大きく振りかぶり、長谷川は渾身の力を込めて必殺の『Executioner Blow』を打った。
羊は胴体をくの字に曲げて横倒しに倒れ――、いきなりガクッと事切れた。
●お騒がせ天使
「ちょっと短めなのが悔しいけど、ま、いいわ」
少し不満そうに母天使は空中へ浮かび上がった。皆が一斉に天使へと振り向く。
「それじゃあね!」
「あっ、一言言わせい! あんなん羊ちゃうからなァァァあ!!」
揚々と飛び去って行く天使の後ろ姿に、ゼロは大声で叫ぶのだった。
黄昏がダメージを負った鐘田やゼロ、長谷川に『治癒膏』で回復している間、瓜生がカートにティーセットを用意した。
「皆さん、お疲れ様です。紅茶でもいかがですか?」
「まあありがとう、いただくわ」
嬉しそうに長谷川が紅茶を受け取ると、皆もありがたくもらうことにする。
「悪いな」
「おおきに」
「いただきますね」
「ありがとうございます」
「あ、お菓子……、忘れちゃった……あんずもち食べたかったな……」
ちょっと残念そうな星宮に瓜生は違うお皿を差し出した。
「お菓子もありますよ。あんずもちではありませんが」
「わあ、嬉しいです!」
星宮はお菓子を頬張り、初依頼の緊張と疲れを癒す。
「今日はあの羊が夢に出そうだぜ……」
紅茶を飲みながら、鐘田はため息と共に漏らした……。
●その夜
住処に帰った母天使は『あ〜っ!』と声を張り上げた。
帰る途中まで録画スイッチを切り忘れ、ゼロの声がバッチリ入っていたのだ。
『あんなん羊ちゃうからなァァァあ!!』
「そんなことないわ、ちゃんと羊だもん! こんな部分カットしてやるっ」
そして母天使が編集作業に時間を費やしている頃、鐘田は何匹も柵を飛び越えて行く落書き羊の夢を見たのだった。