●それぞれの現在
「それじゃあ、早速お話を伺ってみたいと思います。誰にしよーかな〜」
滝田は皆の間を見回し、一人の女性に決めた。
小柄でスレンダーなせいか今もよく未成年に間違われるが、立派な成人女性となった雫(
ja1894)だ。
「お久しぶりです!」
依頼で会ったことのあるのを思い出した滝田は、懐かしそうに雫に声をかける。
「どうも」
「十年経ってもあまり成長はしなかっ……」
つい正直な感想を言いかけた滝田をじろりと睨む雫。
滝田は「いやいや!」と言葉を濁し、改めて雫に質問した。
「雫さんは今何をしてはるんですか?」
雫はこほんとひとつ咳払いをしてから、答える。
「私は知り合いのフリー撃退士事務所でアルバイトをしながら、教員免許を取るために教育実習をしています。まぁ、実習先はここなんですけどね」
「ほぉーっ、学校の先生になるんですか! 意外というか何というか! ここの生徒相手じゃ大変でしょう?」
そうなんですよ、と雫はため息混じりに漏らす。
「留年しまくっている天魔生徒が担当クラスにいるのがやりづらいですよ」
「まーだ学園生やっとるヤツおるんですか!? 逆にすごいですね!」
学園の現在の様子を聞いて、滝田は思わず笑ってしまった。
「では、十年前と変わったことは?」
「個人としては、記憶が戻ったのが大きいですね」
「あ、雫さんは学園に来る前の記憶がなかったんでしたっけ」
「ええ。でも思い出すことができました」
「それはホントに良かったですね!」
雫は微笑み、
「家族とも再会出来たのは嬉しいんですが、記憶を失った時の自分の非常識さには悶絶ものでした」
と微笑みを苦笑いに変えた。
どうやら思い出さなくてもいい恥部まで思い出してしまったらしい。
長かったような短かったような学園生活。
その間に世界が変わり、自分も変わった。失っていたと思っていた両親を取り戻し、感情も戻って来た。
不思議なものだ、と思う。
少し感慨深そうに遠い目をした雫に、滝田が尋ねる。
「では最後に、今後の目標とか、あったら教えてください」
「やはり、教員になることですかね。大戦の経験もありますから、勉強だけじゃなく、撃退士としても色々と教えることが出来ると思いますから」
「確かに、雫さんからなら色々学べそうですね」
「昔は依頼で授業を受けられず、遅れを取り戻すのに地獄を見ました……。ですが、私が教える時にはそんなことがないようにするつもりです」
雫は雫なりに生徒を思い、教師になろうとしているのだ。
「なるほど。立派な教師になられることを期待しています! これからも頑張ってください!」
と滝田が締めると、カメラは山本の方に移っていった。
「後は、恋愛問題を解決したいですね……」
カメラがなくなったからか、雫がポツリと本音らしきものをつぶやく。
「おおっ、雫さんもお年頃ですなぁ〜。どうするにしろ、悔いのないようにしたってや! 今日はありがとな!」
妙に年上ぶった滝田のセリフに、
悔いのないように。
恋愛問題も教育問題も。
本当にそうだ、と雫は心に刻んだ。
「次はこの方に聞いてみましょー」
山本は真面目そうな青年にマイクを向ける。
悪魔とのハーフゆえに、36歳の今でも十年前とほぼ外見が変わらず若々しいままの龍崎海(
ja0565)だった。
「こんにちは〜。現在はお仕事何なさってるんですか?」
「実家の診療所を継いで、医者をやっています」
「えっ、お医者さん! すごいですね!」
「いえ、神界での戦い後、争いが減っていくのは分かっていましたから、撃退士以外の道を考えて、元々の夢であった医療の道を選びました。撃退士になる前も医学部で勉強していたのですが、結局初めから勉強し直しでしたね」
真面目に丁寧に話すのも以前の龍崎と変わっていない。
「じゃあ、今はもうお医者さん一本で?」
「そうですね、撃退士としては野良天魔が近くに出た時のために、力が衰えない程度には鍛錬を続けています。アウルによる治療も売りですし」
「アウルの技は治療にも使えますもんね。素晴らしいです。では、十年前と変わったことは?」
「結婚したことかな」
迷わずすぐに『結婚』が出てきたということは、龍崎にとってその相手の存在がそれだけ大きいということだろう。
「おぉ、どんな方ですか?」
「彼女も医療系統の家系でして、地球での医学を学ぶため天界から来た天使です」
医療を通じて出会った二人が惹かれ合うのは当然のことだった、とばかりに龍崎は言った。
「今後の目標などありますか?」
「目標というか、夢はありますね。無数にあるという並行世界、それらの世界を巡ってみたいと思ってます」
「それはまた、壮大な夢ですねー!」
山本が驚きの声を上げた。
「戦後、冒険の虫が収まらず未知の世界へって思ったんですが、並行世界はさすがに無理みたいで。でもいずれ、行けるようになるかもしれませんよね。それが俺の夢です」
職業的には、龍崎は夢を叶えた。
でも、今はまた違う夢がある。
いつかきっと、叶うかもしれない夢が。
「行けるようになったらいいですね! 今日はありがとうございました!」
山本が礼を言うと、龍崎は律儀にぺこりとお辞儀して、次の人を探す山本の背中を見送った。
「おや、何だかセクシー路線の方がいますねぇ〜。これは行くしかないでしょう!」
滝田はニヤケた顔で黒い和服美人に寄って行く。
ただの和服ではなく、金の縁取りがさればっくりと大胆なスリットが入っていた。
「すごいアレンジされた和服ですけど、今は何をなさってるんですか?」
マイクとカメラを前に、加賀崎 アンジュ(
jc1276)は少々得意気に答えた。
「今は『加賀崎組』って会社の女ボスしてるわ。護衛とか荒事メインでね。ウチの会社はフリーの撃退士&退魔士の派遣会社なの。雰囲気がアレなんでよく暴力関係と間違われるけど、あくまでもそれっぽいだけよ。最近は同業のライバル会社と抗そ……競争が激しくて、忙しいわ」
「……そうなんすか」
滝田は『ホントにそれっぽいだけか?』と思わずにはいられない。周りをよく見ると、絶対に元学園生ではないスーツを来たいかつい感じの方々が混じっていたりする。加賀崎の護衛だろうか?
あえて見なかったことにし、質問を続ける。
「十年前とだいぶ変わりました?」
「変わったというか、私が会社やるとは思わなかったわね。卒業してからは撃退士と退魔士両方やってたし」
「でも女ボスってカンジ、似合ってはりますよ」
「あらそう? 実は私、双子の子供もいるの。姉の方が杏って言って、近接戦闘を得意とする無邪気で元気な子よ。弟の名前は樹で、後方支援が得意なおっとり系の子でね、私がいつもつい子供達の前でヤッパとかハジキとか……」
「あーっと、今後の目標はありますか!?」
何だか話がヤバそうな方向に行きそうだったので、滝田は声を張り上げ、強引に次の質問へ。
「やっぱり、業界トップかしら。いやほら、やるならねぇ?」
滝田にはそのにこりとした笑顔が完全に極妻に見えて、加賀崎なら絶対にやれるような気がした。
「ですよねー! ありがとうございました!」
とインタビューが終わっても加賀崎は構わず話を続け、終わるまで滝田は聞いているハメになったのだった……。
「お次は……」
山本が誰にしようかと人の間を縫って行くと、不意に背後からゴリラが現れた!
「うわああぁ!!」
ビックリして後ずさる山本。山本は特にゴリラにいい思い出がない。というかトラウマだ。
しかしよく見るとそれはゴリラのマスクをかぶった人間で。
「安心しろ、俺だ!」
マスクの下から出てきたのは、ミハイル・エッカート(
jb0544)だった。
「まだゴリラダメなのか? ちなみに俺のピーマン嫌いは治らないぜ!」
何だかいい歳したおっさんが偉そうにダメ人間宣言をしているが、こういうお茶目☆なところは昔と変わっていないようだ。
「勘弁してくれよおっさん! 俺らはゴリラ・猿系とリズムネタはNGって事務所にも言ってあるんだって!」
と山本は気心が知れた相手にやるようにミハイルにツッコむ。
ミハイルの傍には、優しげで落ち着いた雰囲気の女性サラ・マリヤ・エッカート(
jc1995)が楚々と立っていた。
「紹介しよう、俺の妻沙羅だ。在学中に出会い結婚したが、今でもラブラブだぞ! 自慢の妻だ!」
「よろしくお願いします」
ぺこりとお辞儀するサラは、今でも上品なお嬢様といった感じだった。
「こんな綺麗な奥さん、やるなあ、ミハイルさん! で、今お仕事は何を?」
「俺は企業付き撃退士だ。元々勤めていた会社に戻り、天魔や覚醒者のテロ対策室を立ち上げ、今はそこの部長をやっている。前線に出ることが減ったのは不満だが、強敵戦では参加することもあるぞ」
その時はワクワクで銃を取る、と付け加えたミハイルの瞳には昔と変わらない輝きがある。
「出世してますね〜。奥様は? 専業主婦ですか?」
「いえ、私は祖母が経営している女学院で教師をしていて、覚醒した子供達の相談に乗ったりしています。こちらの学園に転入する子もいるので、ここには時々来ているのです。撃退士としては、臨時の時にお手伝いします。今も昔も、私で護れるなら護りたいという気持ちは変わっていません」
と語るサラを見て、山本はきっといい先生なんだろうなあ、と思ったりした。
「十年前と変わったことは何でしょうか?」
「ハードボイル度とイケ渋ダンディー度がUPしているだろう?」
真面目に言っているのかシャレのつもりか、カッコつけたポーズを取るミハイル。確かに中年に差し掛かっている割に腹が出ているわけでもなく、昔のままの体型を維持しているようだ。
サラもそんなミハイルにうっとりした視線を向け、
「ミハイルさんがより格好良くなって……、男性って歳を重ねても格好良くなるのでずるいと思いません?」
「沙羅だって年々素敵になっていくぞ」
「ミハイルさんたら」
「………」
山本の顔から表情が死んだ。呆れるくらいのノロケっぷりだ。
「いや〜ホントに今でもラブラブなんですね〜。後ほど編集でバッサリカットさせてもらいまーす」
「何でだよ!」
思わずツッコむミハイル。
「まあとにかく、子供が3人いるのが一番の変化かな。小学生が二人と幼稚園児が一人だ」
「皆可愛い子達です。家では良き妻であり良き母であるよう、日々頑張っているところです」
「お二人を見ればいい家庭を築いてるんだなって分かりますよ」
山本が正直な感想を述べると、ミハイルとサラは満足そうに笑った。本当に自慢の妻や夫と子供達なのだろう。
「それじゃあ、今後の目標はありますか?」
最後の質問に、まずはサラが答える。
「覚醒した子供達が住み良い世界を作りたいです。そのためには、覚醒者とそうでない方がお互い分かり合うことができるようにしなくては……。ですから、うちの女学院では覚醒に関しての知識を学ぶ取り組みを進めているのですよ。そういうことがもっと広がっていくと良いですね」
妻の意見にうなずきながら、ミハイルも言う。
「今やアウル能力も天魔も当たり前になった。それゆえに非覚醒者の置いてけぼり感が拭えず、差別や憎しみになってしまう。俺は覚醒前に狂った覚醒者に半殺しにされたことがあった。だから非覚醒者が覚醒者を恐れ、憎む気持ちも解る」
自分の考えを述べているミハイルは真剣そのものだ。
「覚醒者も選民思想をこじらせると非覚醒者との溝が深くなってしまう。俺は仕事を通じて、そういうお互いのわだかまりをなくしたいんだ」
「おぉ……、予想以上に立派な考えをお持ちだったんですねー」
「だろう? そしてそんな仕事に疲れた俺を癒してくれるのは、沙羅の手料理と家族の笑顔だぜ」
グッとミハイルはサラの肩を抱き寄せる。
「私もミハイルさんの笑顔が癒しです」
再び漂う二人だけの空気。
「あー、せっかく良い話だったのに、全カットになるとは残念ですー。それでは、お二人共ありがとうございましたー♪」
「だから何でだよ! むしろラブラブのとこだけ流してくれ!」
山本の冗談交じりのコメントに、またミハイルが全力でツッコんでいた。
ようやく加賀崎から解放された滝田は、痛々しく顔を腫らした女性にマイクを差し出した。
「あなた見たことありますよ! ボクサーの長谷川さんですよね!?」
ふふ、と力なく笑う長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)は自己紹介する。
「ええ。ご存知ない方に説明しますと、わたくしはアウル級のプロボクサーです」
以前はアウルを持つ者に一般人のようなスポーツ選手という職業は与えられなかったが、今ではアウル覚醒者専門のスポーツが発展し、長谷川は早い段階でそこでプロボクサーになったのだ。
「わたくしは人々を守るために撃退士になりましたけど、やはり心のどこかに憧れがありましたのね。ですから、学園卒業後は今の道……プロボクサーになることを選びました」
美人で強いという注目のボクサー故に、昨日のタイトル戦はテレビ中継もされた。
「あ〜、昨日の試合、残念でしたね!」
結果は滝田が言う通り、そして長谷川の顔が語っている通りだ。
「今のわたくしを見れば、言わなくても分かりますわよね……。壮絶なKO負けを喫しましたわ」
「学園を卒業してからずっとボクシング一筋だったんですか?」
「ええ。十年……十年は長いですわね。その間に、わたくしはプロボクサーになり、何度も戦って栄光と挫折を繰り返しました」
長谷川は敗北がまだこたえているかのように、伏し目がちに話す。
その様子を見れば、滝田にも長谷川がずっと脇目も振らず必死に練習してきたのだろうということくらいは想像できた。
「まさか、これで引退を考えてらっしゃる……?」
しかし、つと上げた長谷川の顔は、どこか晴れやかに変わっていた。
「つい先程までは十年間走りっぱなしでしたし、一度ここで休もうかと思っておりましたわ。でも、こうして皆さんと今までのことを思い出していたら考えが変わりました。わたくし、もう一度世界を目指しますわ!」
「おおっ!!」
このちょっとした同窓会が、長谷川の昔のハングリー精神を思い出させたのかもしれない。
「今度は負けませんわよ!」
長谷川は一声発し、早速ボクシング部のある部室棟の方へと駆け出して行ってしまった。
「次の試合は期待してま〜す!!」
●未来はこれからも
「皆、今日は集まってくれてありがとなー!」
「オンエアは来週やから、見たってな!」
無事インタビューが終わり、山本と滝田は集まってくれた元学園生達に礼を言って、解散となった。
龍崎もミハイルとサラも、雫も加賀崎も、長谷川はとっくに、それぞれの道へと別れて行く。
中には久しぶりに会った者達がどこかの店でもっと話そうとか、また会おうと約束したりしていた。
山本と滝田は帰り道、懐かしさと嬉しさとしみじみとしたものが混ざったような気分を味わっていた。
「何か、良かったな。色々な話が聞けて」
「せやな〜、皆十年間頑張ってたってこっちゃ。俺らももっと頑張らんとな!」
昔の仲間が頑張っている。
そう思うと、自分達もまた頑張れる気がした。
この十年間で皆それぞれ夢を叶え、自分の思い描いた現在を歩んでいる。
これからも彼らは『こんな未来にしたい』と思った理想の道を選び取っていくだろう。
なぜなら、彼らは想いの強さが力になることを知っているから。
そして、これからも彼らの前には未来があるのだから。