●再会
ランジェロ親子は、依頼を受けてくれた撃退士達が集まっているという調理室のドアを開けた。
「よおランジェロ、久し振り」
ガタイのいい、眼鏡をかけた青年鐘田将太郎(
ja0114)が気さくに出迎える。
「あっ、かねだだ! ぼく会いに来たよ!」
たたたっとランジェロが鐘田に駆け寄った。
鐘田はレイランやランジェロと毎回顔を合わせていたため、ランジェロにとって一番見知っている人間、そして『友達』だった。
「会えて嬉しいぜ。少し大きくなったな」
とランジェロの頭を撫でる鐘田。
「元気にしていたか」
大人の落ち着きと渋さを醸し出しているファーフナー(
jb7826)もランジェロを見、レイランとシャルードに言う。
ファーフナーも去年彼らと会っていたので、面識があった。
「ええ、お陰様でね」
少し気まずいようなはにかんだような笑顔のレイランの言葉には、色々な意味が込められているようだった。
去年のトラブルのこと。そして撃退士達とベリンガムの戦いのこと。
ファーフナー達はそれらを無言で受け止めた。
「たっくさん思い出作ろうね♪」
華子=マーヴェリック(
jc0898)が彼女らしい朗らかな明るさでランジェロに「ね?」と笑いかける。華子もランジェロと何度か会っており、ランジェロも彼女に良い印象を抱いていた。だから嬉しそうに、
「おねえちゃん、また野菜の料理作ってくれるの? ぼく前におねえちゃんが作ってくれたの食べて、野菜が好きになったんだよ!」
「そうなんだ、嬉しいな♪」
「今日はあたしと星杜さんも作るから、いっぱい食べてくださいね」
大人しそうな美少女の美森 あやか(
jb1451)がランジェロと目線を合わせて言う。
「うん!」
「料理ができるまでの間は僕達がお相手するよ」
一見ランジェロとそんなに年が離れていないように見えるエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)が大げさな身振りでお辞儀した。
「それじゃあ早速取り掛かろうか」
外見の雰囲気も笑顔も柔らかな星杜 焔(
ja5378)の掛け声で、調理が始まった。
「夏野菜ってのは夏に収穫される野菜だ。これはキュウリ、ナス、トマト、トウモロコシ」
鐘田が皆の準備している野菜をひとつひとつ指し示しながらランジェロに説明している。
「へ〜、野菜っていろいろあるんだね!」
「皆料理上手だから、楽しみにしてな」
「どんなのができるのかな〜」
ランジェロが星杜や華子の下準備の様子を見て回り、美森の所に来た時、
「ランジェロくん、具材を一緒に乗せてみますか?」
美森が誘ってみた。
「えっ、いいの? やってみたい!」
「それじゃあ、あたしの真似してこの上に乗っけてくださいね」
「はぁい」
ランジェロは元気よく返事して、美森のやるのを見ながらトマトソースを塗ったパンの上に薄切りにされたトマトやピーマンを乗せていく。
「よくできました〜!」
「やったあ! これでもう食べれるの?」
「まだですよ、トースターで焼いてからの方が美味しくなるんです」
「わ〜、早くできないかな〜」
「ランジェロ、あんまり邪魔しちゃダメよ」
レイランはランジェロの後を付いてまわり、息子が何か粗相をしないかヤキモキしていた。
「ランジェロ、面白いモン見せてやる。戦隊モノの最新作だ」
レイランの心配を察した鐘田がランジェロの気を引くように言うと、ランジェロはすぐに興味の対象が移り、鐘田の所に行く。
「わーい、見せて見せて!」
「ほら、ここに座れ」
ランジェロは鐘田の隣にちょこんと座って、鐘田のスマホの動画を食い入るように見始めた。
「この怪人強そうでカッコイイだろ? 最初はヒーローが怪人に苦戦するんだ」
「技もすごい!」
ランジェロは大はしゃぎだ。
そんなランジェロの相手を鐘田に任せ、レイランは少し離れた所で見守っているシャルードの下に来る。
その傍にはファーフナーが静かに佇んでいた。
「お前達も座って待つといい」
「ああ、そうさせてもらう」
ファーフナーが椅子を勧め、向かい合うように座る三人。
「去年のことは、すまなかった」
突然切り出し、頭を下げるシャルード。
「あの時の私はまだ天界や周りの状況が分かってなかった。だが今は違う。お前達撃退士がレイランとランジェロを傷つけずにいたことを知った。今こうしていられるのはお前達のおかげなんだろう。ありがとう」
頭を下げたまま話すシャルードと一緒に、レイランも同様に頭を下げる。
「気にすることはない、頭を上げてくれ。あれから上手くいっていることは、今のお前達を見れば解る。仲良く暮らしているようで何よりだ」
薄く微笑みファーフナーは夫婦を安心させ、シャルードとレイランも、良かった、と笑みを交わすのだった。
「わはははは、私の名は怪人パンプキンヘッド!」
不意に笑い声が響き渡り、黒いタキシードにマント姿、頭にはシルクハット、手にはステッキを持ちカボチャマスクを被ったエイルズレトラが現れた!
「怪人!?」
目の前に本物(?)の怪人が出てきて、ランジェロは目を輝かせる。
「そう、普段はこの学園に在籍する撃退士だが、それは表の顔。その正体は学園の裏で暗躍する怪人、それがこのパンプキンヘッドだ!」
「すごいすごい! おかあしゃん、本物の怪人だよ!」
「会えて良かったわね、ランジェロ」
飛び上がって喜ぶ息子に、母レイランも嬉しそうに応える。
「何かやってやって!」
「いいとも。トランプを自由自在に操るのが私の能力さ」
言いながらいつの間にかその手にはトランプがある。さらにシルクハットから出現したかのように見せかけてヒリュウを召喚した。
巧みにトランプを使い、時には召喚獣に手伝わせたりして、エイルズレトラ=パンプキンヘッドは様々なマジックを披露した。
「わ〜、今どうやったの!? コインが消えちゃったよ、おとうしゃん、おかあしゃん!」
主にランジェロの目の前でやっていたが、時には両親も巻き込むように行い、彼ら親子を飽きさせないよう努めた。
●野菜料理を食べよう
星杜、美森、華子はそれぞれの料理に腕を振るっていた。
美森はランジェロと盛り付けたパンをトースターに入れ、チーズがとろけるまで焼く。
その間に夏野菜サラダに着手。
ナスを斜めに切って揚げ焼き風に焼き目を付け、完成形の見た目も考慮しながら大皿の上に綺麗に並べる。
スライスし水にさらした赤玉ねぎをナスの上に乗せ、さらにトマトスライス、ゆで卵スライスを乗せた。ちぎったレタスで緑を添え、鰹節を振って完成だ。
「基本はポン酢ですけど……マヨネーズも用意しておきましょう」
いいカンジにチーズがとろけたピザトーストも出来上がった。
「美味しそうにとろけましたね」
「このワタが苦いんですよね〜」
華子が作ろうとしているのはゴーヤチャンプルーだ。
ゴーヤを縦半分に切って中のワタを丁寧に取り除き、水に浸しておく。
豆腐やスパムも薄切りにした際のゴーヤと同じ大きさになるよう切って、炒め合わせ、めんつゆで味付け。最後に溶き卵を回し入れて
「出来上がり♪ 美味しそうに出来ましたね♪」
もう一品は卵焼き。
ごく普通のメニューだが、簡単そうに見えてこれが意外と難しい。
「火加減に注意しないとね。こう、フライパンを手前に返すようにして……完成♪」
綺麗な色の卵焼きをお皿に移した。
星杜が作っているのは夏野菜カレーとオムライスだ。
まずは香味野菜を煮込み、野菜の甘みを生かしたスープを多めに作る。
ナスは厚めの輪切りで一度揚げ、オクラは茹でて星型になるよう輪切り。プチトマトやスイートコーンも入れる。
辛すぎないよう調合したスパイスに加え、すりりんごと蜂蜜で甘みとコクを出した。
「美味しくな〜れ。皆さんの素敵な思い出になりますように」
食べてくれるランジェロ達のことを思うと、星杜の顔にも自然に笑みが浮かぶ。
カレーは星杜自身の思い出の料理でもあった。
父と母が二人で作るカレーはとても美味しかったのを覚えている。
今は自分が息子に作ってやっている。
こうして幸せな思い出が受け継がれていけばいいなという思いを込めて、星杜はカレーを作った。
もう一品のオムライスには、ランジェロが動物の肉に抵抗を示すかも知れないと気遣い、大豆で代用する。
カレーにも使った香味野菜スープとケチャップでチキン風ライスを作り、ふわとろのオムレツを乗せた。
パンプキンヘッドのマジックショーを見ているランジェロの所までいい匂いが漂って来た。
「いい匂いがする〜」
匂いにつられてランジェロが調理台に近寄って行く。
ちょうど星杜がサフランライスを怪獣の形に盛り付けているところで、
「ランジェロくんもお父さんとお母さんに盛り付けてあげてみない?」
「やるやる〜!」
「カレーを注いだら、具を飾って、この星型のチーズを乗せてね」
「この形、怪獣になってる!」
「うちにも4歳の息子がいるのですよ。いつかランジェロくんとお友達になれるといいな」
「ぼくの方がお兄ちゃんだね! 怪人のこといっぱい教えてあげるね!」
星杜は微笑ましくなった。
天使も人間も変わらない。子供は無邪気で無垢だ。
「こっちのオムライスには好きな絵をケチャップで描いてね。美味しくなる魔法だよ。美味しくな〜れって」
「おいしくな〜れ!」
ケチャップの絵は正直何だかよく分からないものだったが、ランジェロ的には大満足のようだ。
そして全ての料理がテーブルに並べられた。
シャルードとレイランは初めて見る料理に感心している。
「料理ができたようだな。好き嫌いをする子は強い怪人になれないよ。きちんと残さず食べなさい」
パンプキンヘッドに言われ、ランジェロが「はーい!」と素直に返事する。
全員席に着いたら
「さぁいただきますしましょう〜♪ いただきます♪」
華子が最初に手を合わせて、皆もそれに倣って『いただきます』。
「どれでも好きなモン食いな。カレーは熱いから気を付けて食えよ」
まるで母親のようにランジェロの世話を焼く鐘田。
「……おいしい! これはカレーっていうの? こっちのもおいしい!」
「そっちはピザトーストだ。色んな野菜があって面白いだろ、ランジェロ。思い残すことがないよう、たくさん食えよ」
「うん!」
「同じ野菜でも色んな料理ができるのね」
「どれも見た目も味も違うんだな」
レイランとシャルードも興味深そうに、一つ一つの料理を味わっている。
他のメンバーもそれぞれの料理に舌鼓を打っていた。
「どれも美味しいですね。このオムライスなんか、あたしは薄焼き卵タイプが多いので、こういうとろとろタイプは下手ですから」
と言っているのは美森だ。
ファーフナーは
「これは野菜の旨みがよく出ている……こちらはゴーヤの処理が上手い……」
などと独り言のように漏らしつつ、どの料理もじっくりしっかり味わっている。
エイルズレトラは律儀にカボチャマスクのまま食事をし、少し大変そうだった。
「もう食べられないよ〜。お腹いっぱい!」
ランジェロはちゃんと目の前の料理を残さず食べてご満悦だ。
「ホラ、食べ終わったなら『ごちそうさま』だ。どれも美味かったぜ。こちそうさん」
と鐘田がお手本のように手を合わせると、ランジェロも真似て『ごちそうさま』をした。
食事が終わると、華子が率先して後片付けを始める。
もう食べられないと言っていた割に、ランジェロはファーフナーが野菜ジュースのシャーベットを出すと、あっさり平らげた。
●そして思い出が残った
「どの料理が一番美味しかった? ランジェロ」
レイランが息子に尋ねる。
「うーんとね、ぜーんぶおいしかったけど、カレーが一番好き!」
「ありがとう、ランジェロくん」
星杜のカレーが選ばれるという結果になったが、美森や華子に不満はない。ランジェロが料理を気に入ってくれたならそれで充分だった。
「今日はランジェロのために、ありがとう」
シャルードとレイランが改めて感謝の意を示すと、ランジェロも一緒にペコリとお辞儀する。
「ありがとうございました!」
「怪人になりたいなら、ヒーローに負けない知恵と強さ、そして何より勇気が必要だ。よく勉強し、体を鍛え、パパとママの言うことをよく聞きなさい。約束できるなら、君にこれをあげよう」
パンプキンヘッドがマジックで使ったトランプを差し出した。
「うん、ぼく約束するよ!」
「あたしからはこれを」
と美森が渡したのはDVDがたくさん入った紙袋。
「あたしはよく知らないのですが、詳しい後輩が、改心した怪人が出てくる戦隊やライダーの作品を色々入れてくれたみたいですので、見てくださいね」
「わー、こんなにいっぱい!」
大好きな特撮ヒーローものと聞いてランジェロは大喜びだ。
「これも気に入ってもらえるといいんだが」
今度はファーフナーが、乗り物や生き物の図鑑と、トマトやキュウリといった手軽に家庭菜園ができる栽培キットをプレゼントする。
「作り方も全部キットに入っている。育てる楽しみを知ってもらえれば嬉しい」
「あ、じゃあ私もこれ」
と華子がゴーヤの種を一緒にキットに入れた。
「おかあしゃん、一緒に作ろう!」
「そうね。上手くできるかしら」
などと楽しそうに話す母子を温かい目で見ているシャルードに、鐘田が話しかけた。
「シャルード、この依頼はあんたからだってな。レイランも母親らしくなったし、あんたも家族のこと考えているんだな」
「ああ、お前達のおかげで、私は変わることができた」
「これからどうするんだ?」
「〈思念エネルギー〉の研究に参加したいと思っている」
「いいねぇ。うまくいけば、感情搾取しなくてもよくなるな」
「ぼくも大きくなったらおとうしゃんを手伝うんだよ!」
話を聞いていたらしいランジェロが声を上げ、鐘田も「頑張れよ」と頭を撫でる。
「じゃあ、これやるよ。さっきの戦隊モノのタコ怪人のキーホルダーだ」
「足がカッコイイ!」
ランジェロは皆からのお土産を歓喜しながら受け取った。
「今日はいっぱい楽しくてうれしかったよ!」
「本当に色々世話になった。その全てに感謝する」
「ランジェロに優しくしてくれてありがとう」
荷物を両手に、シャルードとレイランも言った。
「向こうに帰っても、お父さんやお母さんと一緒に仲良くね。また遊びに来てね♪」
と華子は涙ぐみながら別れを惜しむ。
「またいつか会える時を楽しみにしている」
ファーフナーも未来のランジェロの姿を想像し――、
「皆のこと忘れないよ! またね!」
そしてランジェロ親子は学園から去って行った。
『次』はいつになるのか、まだ分からない。だけどランジェロの心には今日の輝くような思い出が残り続ける。
それはやがて二つの世界を繋ぐ小さな架け橋になって、再びランジェロと撃退士達を引き合わせるだろう。
鐘田の胸には、ランジェロの最後の言葉がこだましていた。
――またね!