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マスター:九三壱八
シナリオ形態:イベント
難易度:難しい
参加人数:25人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/05/23


みんなの思い出



オープニング



 幸せになろうと誓った。
 宿った新しい命と、共にあってくれる人と一緒に、この世界で新たに歩みだそうと。

 幸せになるのだと誓ったのだ。


 あの日逝ってしまった、大天使への思いを胸に。







「女の子だってねぇ」
 笑い皺を深め、笑む祖母の声に長門由美は嬉しげに頷いた。
「うん。秋には生まれるだろうって」
「そんな体で里帰りなんて……学園にいたほうがよかったろうに」
 祖母の声に、由美は困ったような微苦笑を浮かべる。
 四国、徳島、隠れ里。
 とある橋で有名なその奥地に、由美の里はあった。普段由美が暮らしている学園からは、一日がかりになる行程だ。実際、由美自身も帰郷に船や電車を乗り継ぎ、タクシーを使って帰ってきた。最終的に徒歩になるのは、土地柄仕方のないことだ。
「無理な日程組んでないし。歩くにしても、ゆっくり歩いてきたから大丈夫よ。……逆に今来ないと、しばらく帰ってこれないから」
 体調も確認し、医師の許可をとっての里帰りだ。もうしばらくすれば正期産の時期に入る。そうなると、次に帰る段取りが出来るのは相当後になるだろう。
「ひいおばあちゃんが……具合よくないって聞いたから」
「……そうかい」
 ぽつりと言われた言葉に、祖母は自身の言葉を飲み込んだ。
 由美にとって、身内と呼べる血の濃い家族は、祖母と曾祖母しか残っていなかった。
 かつて一体のヴァニタスによって引き起こされた惨劇で、親族のほとんどが殺された。結婚式の当日に。――目の前で。
 家族との思い出のつまった建物は、今はもうどこにも無い。
 ただ、墓がそこにあるだけだ。
「生まれる子、見せたげたいなぁ」
「……うん」
 祖母に手を握られ、由美は涙目で頷いた。
 命ある者はいつか死に至る。
 先に生まれた者は、先に死んでいく。
 自然の摂理だ。仕方がない。
 けれど辛い。たまらなく寂しい。何度経験しようとも、どうしようもない。
「……きっと、待ってくれるやろ」
 頭を撫でられて、うん、と頷く。
 小さな掌の感触が、また、たまらなくせつなかった。

 



 木々の影を縫うように走る者がいた。
「なァんでまたこんな場所に……」
 軽薄な気配の強い若者が一人、尋常ならざる速度で駆けている。その腰では、複数の籠がかちかちと音をたてていた。
「ったく、材料に拘りやがって」
 呟き、虫籠の男はふと途切れ途切れの記憶を思い出す。
 それは、わずか数日前の話だった。


 拠点としている洞窟に帰った時、すでに洞内は赤に染まってた。
「ゴキゲンだなヲイ」
 中が空になった虫籠を手に、ヴァニタスは呆れ顔で中を見渡す。
 赤。赤。赤。
 夥しい量の血と臓物が天井にまで色をつけ、むせ返るような血臭に空気まで赤く染まっているかのよう。
 その中に、奇跡のように美しい肉片がいくつか浮いていた。
 手首の先。太腿の欠片。光を紡いだような金髪の付いた頭皮。片方だけの乳房。
 バラバラのパーツは百以上。おそらく、元の個体も十体や二十体では無いだろう。
「あーァ。もったいねェ。パーツがこんだけ綺麗なら、相当な別嬪だろうに」
 指の形一つとっても奇跡のような美しさに、男は深々とため息をつく。こんな風にバラしてしまうまえに遊ばせてくれればよかったのに。
 そう思いながらも目を向けると、まだ残っていた肉片を貪り食べながら人魚が呟いた。

「コレは足りない」

 ヴァニタスは白目を洞窟の天井へと向ける。
「何が足りないんだか」
「足りない足りない足りないタリナイコレでは無いまだタリナイ」
「どのみち、玩具だろうが」
「この程度のものは許されない」
 誰にだ。問いかけて止める。

 許せないのは自分だ。
 完璧を欲しているのも自分だ。
 ――出来る筈がないのに。

「ツギハギは試した。培養も試した。だがタリナイ。コレは違う。こんなものは許さない」
 悍ましい妄執に、男は再度天井を見てため息をつく。そうして、口の端を歪めた。
「なーるほどねェ。あんたがずっと創ろうとしてたのが、ソレか」
 何度も何度も、手を変え品を変え試して試して試して試して。何を作ろうとしているのかと、ずっと奇妙には思っていた。

 他人の血肉を混ぜ合わせて作られた自分。
 魂を内側に取り込んだ蟲。

 二つ名に『腐喰の』とつく者が、何を作ろうとしているのかと思いきや。
 これが答えだ。
(『大天使』ねェ……悪魔を狂わせやがるか)
 作っても納得できず。
 納得できない形が存在することも許せず。
 壊してもその妄執故に他に与えず自ら貪り食う。
 妄執と呼ぶには狂気に過ぎる。
 執着というには凝りすぎている。

 それほどまでに悪魔を狂わせた――その、物凄まじい美貌。
 黄金の大天使ルス・ヴェレッツァ。

(尋常じゃねェな)
 もはやそれは、どちらが悪魔か。
「美しいものを集めてもダメだった。色の似たものを集めてもダメだった。天使も試したがダメだった。いっそ悪魔を入れてみたらどうだろう……」
「同族に手ェ出すのかよ」
「ああ、嗚呼――いっそ、いっそ、縁深い者を混ぜてみようか」
 より一層の狂気を孕んだ声で人魚は呟く。
「この世界での始まりの地で。この世界での始まりの一族を」
 薄い笑いをはりつけて、外見だけは美しいはずの女が男を振り返った。

「お前が滅ぼした、あの者の里全てを」


(……笑えねェ)
 虫籠の男はげんなりとため息をつく。
 笑えない。何が一番笑えないかと言えば、自分が滅ぼしたらしいその相手が――誰なのか、さっぱり分からないことだ。
「ちッ……」
 苛立たしげに舌打ちする。
 自分の中には欠陥があるらしい。それは早くから気づいていた。
 記憶が定着しない。
 感情の類もまた、不規則に『更新』される。まるで変わらず、最初から。巻戻るように。
 気づいたのは、『見たことがある気がする』と、妙に印象に残る連中が出てからだ。
 だが、それが誰なのか、どこで会ったのか、覚えていない。
 それが苛立つ。
 だが、

(まァいいさ)

 すぐに切り替わった。どうでもいいと。
 その時には何故苛立ったのかすら、分からなくなっている。
「さァ〜て。今日はどんな風に集めようかねェ。綺麗な姿のがいるんだったら、何人か浚うのもいいかもしれねーけど」
 その手が腰に括りつけられた籠に触れる。
 その数、五個。
(まぁこれだけ数がいるんだから、あっという間に食い尽くして終わるかもしれないが)
 ヘラヘラと笑って、男は駆けた。
 頭の中にあるのは、主である悪魔の命令と、楽しみ、という漠然としたイメージのみ。
 彼の中に、すでに記憶や思考は皆無だった。





 こつん、と窓から音がした。
 また悪戯かと斡旋所職員はため息をつく。
 さっきからこつこつと窓に石を投げられていたのだ。誰だまったく、と思った瞬間、

 ゴワッシャアンッ!!

「はぁ!?」
 なんか大岩が窓ガラス壊した。
 その後に、ぽいっと布の塊が放り込まれる。
 中には、地図と、重しの石。
 そして文字。

『徳島 ●● 虫籠来襲
 蟲の数、およそ、三百』

 職員は蒼白になった。





「さて、間に合いますかしらね」
 ぽんぽんと手を叩き、女はため息をついた。
「手間をかけたであるー」
 足場になっていた巨猫が髭をそよがせる。
「かまいませんわ。貴方には借りがありましたし、それに――」
 言って、女はにっこりと微笑んだ。
「『彼女』へのあの方の分の借りも、これで返せたでしょうから」

 だから後は、学園しだい。



 ――教室に、緊急依頼が張り出された。




リプレイ本文



 風が止んだ。
 重い何かで地を均すような重低音に、集まった撃退士達は弾かれたように顔を上げる。
 大地を埋め尽くす一面の緑色。土を擦り潰しながら這うのは、巨大な芋虫。
「間に合った、というべきか…」
 岩壁の形状に合わせ大きめに崩した岩石の上、即席のバリケードを作っていた影野 恭弥(ja0018)は、共に作業にあたっていたユウ(jb5639)達と視線を見交わした。
「…芋虫」
「これだけの数のディアボロが一体何処から?…いえ、考えるのは後ですね」
 怨嗟すら滲む目で見据える山里赤薔薇(jb4090)の横、ユウは緩く首を横に振って意識を切り替える。
 そう、今はあの膨大な数を防ぎきるのみ。
(隠れ里…)
 落とした岩を背に赤薔薇は踏ん張るようにして立つ。
 思い出す。失われた己の故郷を。
(村を私の故郷のようにはさせない。必ずここで食い止めて見せる)
 踏み躙らせない。例えそれが誰であろうとも。
 同じ光景を見据え、蓮城 真緋呂(jb6120)も己の魔具を具現化させる。
(護る)
 唯それだけを心に。
(私の故郷と同じにはしたくない…)
 最早二度と戻らないもの。防ぐ術すら、あの時には無かった。
 だが今は違う。
 ここに、こうして立ちはだかる事が出来るのだから。
「陣につく」
「気を付けて」
 ユウの声に見送られながら恭弥は岩から飛び降り、前線に位置取った黒夜(jb0668)の後ろへと走った。
「通常サイズならまだ良かったんだがな」
 恭弥の気配に、黒夜は前を見据えながら呟く。
「あれだけ大きければ、外しようがない」
「…あぁ」
 薄く笑った気配。
「後ろは任せた」
「了解」


 毒々しい緑の侵略が近づく。
「あ゛ー……なんか古代の破壊神とか出てきて薙ぎ払ってくれないかしら……」
 雨宮アカリ(ja4010)はぼやくように嘆息をついた。
「それか、誰か一人あの大群に突っ込んで虫たちの怒りを静めてみる?」
 なーんてね、と機銃を肩にするアカリの横、黒百合(ja0422)はむしろうっとりとした笑みで言う。
「素敵な物量ォ、倒し甲斐があるわねェ…♪」
「…ぇぁー、うん…物理で沈めそうな勢いね?」
 壮絶な力量を備える黒百合が最前線へ悠々と足を進める。
「ああ、それとォ…最初に、ちょォっと技使うけど、心配ないからねェ…?」
 攪乱にねェ…♪と悪戯な目をする黒百合に、アカリはぱちくりと瞬きし、笑みを口の端に浮かべた。
「おっけー。攪乱おおいに結構!」
「話が早くて助かるわァ…♪ 『任せて』ェ♪」
「?」
 意味深にウィンクしていく黒百合に、見送るアカリが目をぱちぱちさせる。
「なにやら、楽しげな試みがあるようですね」
 その様子にいつもの笑みを浮かべ、石田 神楽(ja4485)がその腕に禍々しい銃を同化させつつ呟いた。
「さてと、私は…。ああ、狙い撃つ…までもなさそうですね」
 薄く開く瞳の赤。
 一瞬視線を向けるのは守るべき人の姿。目に留め、口に笑みを刻み、その眼差しを再度敵へと転じ直す。
「では、私の視界に入る敵、その全てを穿ちましょう」


「投文で襲来予告…とはな」
 遊撃へと向かうファーフナー(jb7826)の声に、前衛に就く小田切ルビィ(ja0841)も眉を潜める。
「また謎の情報リークと来たか。一体誰が、何の為にやってんだ? 冥魔も一枚岩じゃ無ェって事は分かっちゃあいるが…」
 優先されるのはあくまで『己』。だが、今回のこれは、誰の何に値するのか。
 それに――
「虫籠のヴァニタスは何故、同じ里を何度も狙う?」
 ルビィの声に、ファーフナーは僅かに眉根を寄せる。
 多勢を率いての急襲。偶然と片づけるべきか、否か。
(あの里が狙われるんは何度目? 理由は…人?…場所?)
 遊撃として一陣と二陣の間に立つ宇田川 千鶴(ja1613)もまた思考する。理由は分からない。今はまだ。
 だが何かある気がする。これほど望まない縁も無いだろうが、里に居る者と虫籠のヴァニタスの間には、確実に。
(させない)
 けれど揺るぎない思いがある。
(あの日、あの地に立った者として――)
 真っ向から立ち向かうべく、一陣に立つ月詠 神削(ja5265)の体を淡い白光が包んだ。全身を武器にする巻布の力――力の全て、敵を屠り他者を護る力へと変える為に。
(あの絶望を見た者として――)
「あんな悲劇……絶対繰り返させない!」
 二度とその絶望を思い出させない為に。


 人はそれぞれの思いで武器を取る。
(結婚式当日にあんな目に遭った夫婦の故郷に追い打ちかけるようなことを…)
 一陣、中央。
 怖気が走る程の群れに怯まず、立ちはだかる鐘田将太郎(ja0114)の手の中で魔具が鈍く軋んだ。
 覚えている。血塗れた大地を。無残な死体を。心を失いかけた花嫁の姿を。
(虫籠の奴の仕業だな。奴しかこんなことしねぇし)
 確信する。あの村が虫の大群に襲われるなら、そこにはあの男がいるのだと。
「てめぇの好きな様にはさせねぇぜ」
 その暴虐を打ち砕くと誓った、あの日の思いを忘れぬ限り。
「ぞろぞろ来ますねぃ☆」
 軽く背伸びしてその全容を眺め、鳳 蒼姫(ja3762)はふんすと気合を入れた。
「先に村か…何が何でも止めねばな」
「敗けられませんよぅ☆」
 愛する夫、鳳 静矢(ja3856)の声には深く頷き。自身の力を溜めていく。
(虫籠…か。よくやるぜ)
 だるそうな風情を隠さず、恒河沙 那由汰(jb6459)は死んだ魚のような目で蟲群を見下ろしていた。
(何が目的か知らねぇが…めんどくせぇことしてんじゃねぇよ)
 殺すとか。滅ぼすとか。そこに誰かの悲嘆が生まれるのに。
(あー…だりぃ…)
 だから全部、ここで止める。世の中は、もっとシンプルでいいのだから。
(数が多いだけに長期戦になるな…)
 炎紅の薙刀を具現化しながら、久遠 仁刀(ja2464)は蟲の群れに目を細めた。仲間に殲滅力を託し、退かず揺るがずの防衛ラインの為、己を大地に聳える杭と成す。
(地上だけなら、穴は無い)
 谷の高低差を利用し、援護射撃をする面々もいる。懸念があるとすれば、それは空。そして、過去出現したと言われる変異種。
「地上の敵だけ、では無いでしょうね」
 白銀の光を宿す【玄武牙】を具現化し、若杉 英斗(ja4230)もその懸念を口にした。
「過去例を挙げるなら――いるな、連中」
 仁刀が答える。英斗も頷いた。
「例えそうであっても、ココはなにがなんでも喰い止める」
 覚えているのは、己の体に初めて重い傷を刻んだヴァニタス――虫籠の男。
 その凶悪な力は此処で阻んでみせる。
「この身ある限り、絶対に!」
 この背に、今も人里に生きる人々の命を負っているのだから。


「回復支援につきます」
「そちら側、任せました」
 一人で全てを担うのは不可能。二陣で治癒に就く御堂・玲獅(ja0388)と黒井 明斗(jb0525)は素早く打ち合わせをする。
「退けれませんからね」
「ええ。何があろうとも」
 最後まで食らいつき防ぎきる。二度と惨劇を起こさせない為に。
「さて…狙うまでもなく撃てば当たりそうな群れ、だね」
 二陣側、ライフルを手に立つ狩野 峰雪(ja0345)が穏やかな声で嘯く。言葉に反し、その瞳に過信や侮りは一切無い。
(それにしても、隠れ里へ三百もの大群を…何のために?)
 意識が向くのはそこだ。村一つ襲うには、その数は異様すぎる。
(まぁ、いずれ明かになるだろう)
 あっさりと思考を切り替え、射程範囲への到達を待つ。
「ぃよっと」
 谷側の小高い場所に登り、亀山 淳紅(ja2261)は戦場を俯瞰した。
「ここからなら全部見渡せそうやな。…にしても、めっちゃおるな」
 混戦を見越し、少しでも隙を補い合えるように。同じ理由で高地に立つのはラウール・ペンドルミン(jb3166)。
「いざって時は上からも連絡すっぜ」
「らじゃっ!」
 意気の高い二人に視線を向け、ミハイル・エッカート(jb0544)は次いで敵を見据える。
(俺は村を守るとか何とか大層な正義感は持つようなタイプじゃないが…)
 自身の性格はよく分かっている。誰かの為にと燃える性分では無い自分が、此処にいる理由も。
「人間を蟲の餌にしようってのが気に食わん」
 無意識に零れた呟き。
 そう、気に食わない。だから撃ち落とす。
「家畜扱いする奴等の思い通りにはさせないぜ」
 そのミハイルがいる斜面と反対側、岩場上で狙いすますのは川澄文歌(jb7507)。
「来るな、と言っても聞かないでしょうけど」
 凛とした眼差しで敵の姿を射抜く。
「一般の人が静かに暮らすこの先へ絶対に行かせません!」


 撃退士、総勢二十五名。
 敵、総数約二百五十余。


 ――隠れ谷の戦いが始まった。





 射程範囲に入ったと同時、一瞬で蟲の先陣が吹き飛んだ。最先手を打ったのは神楽、ユウ、黒百合、ミハイルの超長距離狙撃陣。
「回避率は低いですね」
 糸のように目を細め、神楽が防御力を吟味する。押し寄せる大群には年月の研鑽による強さは感じられない。雑魚。数頼みの消耗品だ。
「続いて狙い撃ちます」
 ユウが即座に次の標的へと狙い澄ます中、
「撃てば当たるってねェ…♪」
「ああ、まったく…ん?」
 横から聞こえた声に頷きつつ、ミハイルは思わず前方の光景に目を丸くした。
 がらんとした空間に黒百合がいた。しかも防衛ラインから遠く、一直線に蟲の群れに突っ込んで行っている。
「待て。ラインより前に一人で出るのは…!」
「あはァ…♪ こっちよォ…♪」
「は?」
 横からの声に視線を向ければ、二人目の黒百合が。
「影分身か…!」
「虫に攪乱が通じるかどうかねェ…♪」
 飄々と嘯く本体に、ミハイルは慌てて特攻する奥義分身を見る。いくらなんでも、あの群れの真っ直中に一人で突っ込んでいくのは――
「援護するわ!」
「そ、そうだな。補助を…!」
 即座に援護行動に切り替えたアカリとミハイルが照準を向け、

「…すごく避けてる」

 揃って頭を落とした。
 分身も避けてるが蟲も避けてる。綺麗に分身黒百合を回避して直進してくる群れのせいで、なにかそこだけ国民的映画の風景に。避ける時に体勢を崩した蟲が、ころころ転がっているのがシュールと言えばシュールだ。
「…本能で忌避でもしたのか?」
 一匹、真正面から対応することになった蟲が、当たらない強敵を相手にものすごく一生懸命糸を吐いているのが妙に哀れ。
「村へ行くのを優先するのねェ…?」
「げ、現実で見ると、シュールな光景ねぇ…?」
 奇しくも現地当初の台詞が実現してしまったアカリが冷や汗タラリ。
「行動優先は分かったわァ…♪ あっちはあっちで、消えるまで攻撃してもらいましょォ…♪」
「そ、そうだな」
 剛胆な黒百合に頷いた瞬間、戦場に時ならぬ音色が響き渡った。ミハイルは薄く笑う。
「あちらもやりはじめたな」
 視線の先、音楽を力に変えるのは淳紅、文歌の二人。
「さぁって、景気よくいきましょ!」
「防ぎきります! この歌声の途切れぬ限り!」
 その声に背を押されるように、意識を切り替えたアカリ、峰雪、恭弥が後ろから突出してきた芋虫を撃ち抜く。
「斜めがガラ空き、ってね!」
「さて、どれだけ減らせるかね」
「…次が来るな」
 ほろほろと崩れる奇妙な遺骸の後から、仲間の死すら意に介さず虫の波が押し寄せてくる。 
「――まぁ、もっとも」
 ふと飄々とした笑みの峰雪が呟いた瞬間、閃光と共に戦場が爆発した。
「殲滅隊のエリアに入ったら、どのみち同じかな」


 光が全てを圧していく。
「っしゃ、ひと暴れしてくっぜ!」
 翼を使用しての上空、眼下に広がる光景に手を払ったのはラウールだ。
「派手に消し飛びな!」
 具現化した魔法陣が一瞬で辺りを爆破する中、空を染めるのは赤薔薇のコメット。生み出された数多の彗星が一気に降り注ぎ、穿たれ倒れた芋虫が黒い奇妙な塵に変わっていく。
「行かせない…一匹も」
 ごっそりと開いた空間を、穿たれた大地を舐めるようにして芋虫が進む。その最先陣は谷の中央。だが先陣が前衛に到達した瞬間、一直線に消し飛んだ。
「“飛んで火にいる夏の虫”ってのを証明してやるぜ。…まだ夏には早いがな!」
 長大な剣を前に掲げ、凄絶な笑みを浮かべるルビィの後ろへ、地上と上空の遊撃、千鶴と那由汰が走る。
「!」
 強い意志をのせ、無言で放たれた千鶴の影手裏剣が闇雨の如く広範囲を穿ち滅ぼした。
「後から後から湧いてきやがるな……」
 気怠げな声とともに那由汰が水刃を放つ。正確に切り裂いた蟲の隣、動こうとしたその個体がファーフナーの一撃に沈んだ。
「今は雑魚ばかり…か」
 冷ややかな眼差しは、更なる異形を探す。この膨大な数の蟲――ただ放られたにしては、些か多すぎる。
「前線接触するぞ!」
 押し寄せる魔性の波に、第一陣の面々が文字通りの壁となって立ち塞がった。
「うおおおおおお!!」
 英斗が吠えた。
 蟲達の巨体が前衛陣にぶつかる。谷間に響くのは衝撃音。踏ん張る足が地に沈み、けれど誰一人として退かない。
「さて…紫鳳と蒼凰の連携を見せてやろうじゃないか」
「はいですよぅ☆」
 すでに絆を使い、互いの力の一部を身に宿し。並び立つ静矢と蒼姫が同じタイミングで力を解き放った。
「翔べ、紫光の翼」
 振りぬいた刀の軌跡前方、一直線に紫鳳が蟲を薙ぎ払う。
「こちらは一体一体確実になのですよぅ☆ 」
 翻る水光纏う蒼布が直近の敵を一瞬で切り裂く。
 逆側の中央付近でも紅蓮の突撃が閃いた。大振りな刃に無駄な動きを一切させず、相手の勢いすら利用して仁刀は巨体を薙ぐ。
 せき止められた敵陣が、その時一斉に動いた。身を持ち上げ、地面側にあった口らしき部位を掲げる!
「毒液!?」
「任せてください!」
 全ての防衛ライン上でまき散らされた緑の体液が、かかった部位を溶かすようにして蝕む。玲獅と明斗が治癒を解き放った。
「毒というより、まるで腐蝕だな」
 正面から浴びた英斗が低く呟く。肉体だけを蝕む毒の力。高い防御でほぼ撥ね退け、【玄武牙】を勢いよく突き出した。
「お返しだ!」
 やすやすと貫通した刃が眼前の敵を遺骸へと変える。即座に斜めから進出する新手をその盾で受け止めた。
 逆側では、神削が脇を抜けようと走る敵に挑発を行う。
「来い。お前達を他へ行かせはしない!」
 向かい来る蟲を一閃するのは白光。軌跡を描く白き大鎌の弧にあわせ、蟲の上半分が鮮やかに両断された。
 その時、
「芋虫の向こうから甲虫!」
「更にその向こうにダンゴ虫だ!」
 地上の明斗と上空のラウールが警告を発した。芋虫の群れの奥――その、蠢く黒い蟲と球体の蟲達。
「甲虫…ッ」
 ギリ、と将太郎が奥歯を噛みしめた。同時に神削も。
 脳裏に過る光景――あの日村を襲い惨劇を撒いた敵。
「行かせねぇぜ!」
 目の前の芋虫を解放した闘気を纏い吹き飛ばす。
「落ち着いて」
 真緋呂が静かに声を放つ。赤光の一撃で眼前の二体を纏めて切り裂いた。
「確実に守る為に」
「ああ…わかってるっ」
 激情を素早く押し殺し、将太郎は告げた。冷静に。冷酷に。けれどこの思いは決して消さない。全てを決意と力に変えて。
「必ず、葬り去る!」
 ブンッ、と空間を震わせる音が各所で響いた。甲虫の羽ばたき。その黒い巨体が空へと舞いあがる。対し、始めから予測していたメンバーが目配せし合い、攻撃を対空へと切り替えた。ある者は翼で空へ。ある者は遠隔武器へ。
 そして――
「…大きな蟲」
 より正確に敵を葬る為の力――その鷹の目の効果を得ていた真緋呂が小さく呟いた。
「…出やがったか」
 別の場所でルビィも呟き、那由汰が目を細める。小山のようなある一角を見据えて。
「変異種だ」


 一目で異質と分かる姿だった。
 一回り以上大きな巨体が、驚くべき速度で前線に肉薄する。移動力だけとってみても、他の蟲とは明らかに違う。
「ちぃィ…時間切れだわァ…」
 一瞬だけ柳眉に皺を寄せ、黒百合が呟く。分身は現界時間を終えて消えた。
「大きさだけでなく、色すら違いますね」
 ユウが静かな眼差しで照準を向けた。 
「…分かりやすくていい」
 冷ややかに呟き、半瞬置かずにファーフナーはその巨体を撃ち抜いた。バッと装甲のような外側に白い体液が散り、巨体が大きく跳ねる。
「一撃では無理、か」
 上空対応に空へと舞い、近くの敵を葬ったルビィが忌々しげに巨体を睨み据える。空行く甲虫が纏まっていれば封砲で巻き込めるものを、まるで警戒するかのように飛行種はまばらだ。
「一旦、下りるべきか…!?」
「不要だ」
 僅かな逡巡。だがファーフナーが鼻を鳴らした。
「そこでやれることがあるうちは、その場で成すべきことを成せ。…変異種…雑魚とは違う、ということか」
 一撃で滅ぶ雑魚と違い外皮防御が相当高い。
(…だが、命令を発しているようでは無い)
 異形の動きを見据え、ファーフナーは眼差しを細める。命令を放つ上位種は、まだ視界内に居ない。
「面倒なのが出てきましたね〜」
 ファーフナーの一撃に続くようにして、別方向からも巨体へと力が向けられる。
「あれに抜けられると、事ですからね」
 闇を集めて纏うかのように銃をその身に同化させ、照準を巨体へと合わせるのは神楽。黒き光束たる【黒煌】は、すでに最大回数を使い終えている。今は対個体。故に発動せし力は【黒渺】。
「…撃ち抜きます」
 黒い鱗粉に似た粒子が舞う中、放たれた一撃が敵の頭部を弾くようにして撃ち抜いた。ファーフナーと神楽。二人の狙撃手の攻撃を受けた巨体が大きく傾ぐ。
 だが、倒れない。
「しぶとい!」
「これでも…喰らっとき!」
 唸る神削の後ろ、肉薄する巨体が前衛に接触する寸前に千鶴が駆け込んだ。
 放たれたのは雷遁。その一撃が前方の敵ごと巨体を撃ち抜く。
「やった!!」
 大きく揺らぎ斃れる巨体。だが、芋虫の後ろには甲虫が控えている。もし、そちらにも変異種がいたとしたら?
 いや、それ以前に――
「! デカイ甲虫がおる!」
 飛来する甲虫を優先的に狙っていた淳紅が叫んだ。音楽性の高さ故か、その声は谷に響き渡る。
「あっちにも…その向こうにも、なんか別のデカイんがおるな?」
「…最悪やな」
 その脅威を知る者には激震が走り、伝え聞く者にもまた緊張が走った。
 膨大な数の敵を相手取る中、高威力持ちが三人がかりでようやく仕留めた変異種が複数。そして途切れぬ敵の波の向こう、何度目かの新たな色と姿。
「随分と、手を入れているみたいだな」
 透けて見れる布越しに前を見据え、黒夜は小さく呟いた。無造作な手の一振りで発動するのは闇の逆十字架――クロスグラビティ。
「けれど、やることは同じ。――ここから先、一歩も通さない」
 凛と見据える眼差しには、恐怖に揺るがぬ静謐な力。その後ろ、抉るような一撃を放ち、恭弥もまた薄い笑みを閃かすように呟いた。
「…次々控えているようだが、な」
「そうねェ…たっくさん、殺せばいいだけだわァ…♪」
 鮮やかに笑い、黒百合がその力を振るった。分身では行使できない、本体ならではの技。
 アンタレス――南天に輝ける赤き星の名を冠する灼熱の劫火。一瞬で開く戦場。
 それを見据え、将太郎と英斗が同時に吠える。

「「来い!」」

 声に導かれるように周囲の虫が殺到した。先へ進むために空いた空間になだれ込んだのか、それとも気迫に呼ばれたのか。真偽は分からない。だがほぼ一瞬で埋まった空間で巨体と魔具が激突した。
「全部…滅べ…」
 群れの真っ直中に赤薔薇のコメットが炸裂する。一瞬の空白。即座に埋まる空間。一部混じる色違い――甲虫のゾーン。
 その群れが一瞬で色鮮やかな炎華に沈んだ。
「ピィちゃん!」
 ファイアワークスを叩き込んだ文歌が、明鏡止水から青翼の式神へと切り替える。岩に伏した主に添うように、具現した青の鳳凰がその頭上にて翼を広げた。
「上空の様子は?」
「まばら過ぎて一匹ずつ落としてるところだ!」
 敵を屠りながらの真緋呂とルビィの声に、怪我を癒していた玲獅が呻いた。
「抜けられにくいのは…いいのですが」
「どちらか一方なら、楽だっただろうけどね」
 甲虫を撃ち落とした峰雪が、空から降る黒い塵のような遺骸に眉を寄せる。すぐに朽ちるその死体が壁に使えればよかったものを。
「中央! 甲虫の変異種が向こうとる!」
 淳紅の声が響いた。近くの敵を仁刀が切り裂き、将太郎が腹に力を入れる。
「来やがれ!!」
「上空にも甲虫変異種です!」
 同時、負傷者を癒しながら叫んだ明斗の声に、ミハイルは瞬時に銃身を跳ね上げた。底上げされた力の全てを乗せて飛来する甲虫の頭部を狙い撃つ。
「硬い!」
 だが、ふらついた。クリティカルをくらい、バランスを崩した巨体の隙を地上の者が見据える。
「畳みかけますよぅ☆」
「撃ち漏らしはしない!」
 蒼姫と静矢、二人の絆・連想撃が空へと連続して放たれた。都合四回にわたる二種の攻撃に切り裂かれ撃ち抜かれた体がぼろぼろと崩れ落ちる。
「後ろからダンゴ虫! 回転体型です!」
「甲虫、超音波くるぞ!」
「最中央に援護を!」
 玲獅、神削、英斗の声が響いた。一瞬で防衛ライン前に攻撃が集まる。鮮やかな花火、降り注ぐ彗星、縦横に走る直線。だが、時と数が僅かに及ばない。
「きゃあ!」
 一斉に放たれた超音波に悲鳴があがった。真緋呂は足を踏みしめる。持ち前の抵抗力で麻痺は無い。だが一瞬で皮膚が赤く焼ける。
 そこへ回転を駆使してダンゴ虫の巨体が迫った。
「抜かせる…ものですか」
 炯と光る眼で睨み据え、真緋呂が手を振り上げ――降ろす。
 劫火が一瞬で地上を支配した。即座に回り込んでいた蟲達が黒い消し炭になる。
「再度少しずつ後退を!」
 敵と敵との間がほとんど無い現状に、玲獅は声をあげた。後退を助けつつ、静矢が力を振るう。
「消えろ!」
 中央の黒山は体半分が黒い塵に変わりつつある甲虫変異種だ。だがその体で再度前へ――将太郎の方へと全身する。
「てめぇは、ここで朽ちろ!!」
 渾身の一撃が硬い頭部を陥没させた。
 後ろへ。 少しずつ下がり陣形を整えながら。そう思うが、猛進撃の前にラインすらぐにゃりと歪む。
 注目の効果により付近の蟲を集めていた神削は顔を顰めた。集められた蟲が多い。最大数巻き込みで放たれた翔閃はすでに使い切っている。
「…っ」
 突如目の前に新たな個体が現れた。四種目――鍬形虫。すでに戦場は五種の蟲が入り乱れている。
「!」
 声をあげる間も無く体が宙を舞った。撥ね飛ばされた距離は四メートル。受け身をとって跳ね起きる体に蟲が殺到した。
「群がるんじゃねェよ…」
 その眼前で砂嵐が発生した。中心にいるのは空から舞い降りた那由汰だ。認識障害で目標が上手く定まらない蟲が、命中度の低い一撃を放つ。避け、別所を一瞥してから那由汰は再度空へと戻る。起き、態勢を整える神削の頭上で羽音が響いた。弾かれたように仰ぎ見る先に巨大な蜂。
 尻の針を向けたその体が、衝撃と共に横へと落ちた。
「機銃は斜めから撃つ……一次大戦からの伝統よ!」
 自身も後退しつつ、援護を続けていたアカリがニッと笑い、さらに反対側の蟲を青光の隼で撃ち抜いたミハイルが不敵に笑む。
「出し惜しみはしないさ。全力で行こうぜ」
「今のうちに後退を」
 己の傷は無視し、他を癒しながら明斗が告げる。上空で衝撃と轟音が響いた。甲虫と違い、纏まって飛来する蜂型に対し、上空対応者が範囲攻撃を放ったのだ。
 ――歌え、響け――
 朗々たる声と共に淳紅は‘Cantata’を解き放つ。
 ――飛ぶモノを落とす音の雨!――
 同時にボトボトと何匹かが地上に落下した。上空にて女王のように佇むのはユウ。
「お眠りなさい…永遠に」
 瞬時に発動し、消えた淡い闇は常夜だ。
「虫籠…。数頼みの力押し…変わらないな…何一つ!」
 上空の脅威が薄れたのを感じつつ、神削はワンステップで後方へ退く。すでにラインは動いている。孤立するギリギリのタイミング。千鶴の土遁が脇を塞ぐように地を埋めるダンゴ虫を纏めて吹き飛ばし、神楽の正確無比な一撃が反対側を穿つ。
「すみません」
「お互い様や」
 千鶴が生真面目な神削に笑う。目礼し、神削は眼前へ転がり込む後続陣を見据えて息を吸い込んだ。深く。深く。身の内でアウルを練り上げて。
 弐式《烈波・破軍》――一直線に吹き出された霧状の吐息。それは火種。踏みしめ、神削は起爆の為の一撃を放つ!
 直後の爆発で前方八体が吹き飛んだ。硬い装甲が砕ける音が響く。
「硬いな」
 ダークブロウで前方を薙ぎ払い、自身も後退した黒夜が柳眉を寄せた。種類が変化する毎に強度が増している。
「!」
 敵が消えた空間の先で、巨大な球体が一直線にこちらに向かってくるのが見えた。ダンゴ虫型変異種だ。
 思わず息を呑む。多彩な範囲攻撃で黒夜の前は何度も入れ替わっている。別所に居た変異種が村への近道に選ぶ程に。
(避けられない!)
 その華奢な体が巨体に押しつぶされる前に、恭弥が立ち塞がった!
「ッ」
 引き締まったその背に鼻がぶつかる。熱と衝撃。苦悶と肉が圧される音。巨体が恭弥の体に乗り上げ、走る。衝撃と痛み。
「ダンゴ虫型が抜ける!」
「回転を止めろ!」
 空を対応する者は蜂の猛攻で余力が無い。全能力において五種中最強。その変異種が突破していないのは、黒百合と赤薔薇がそれぞれ一匹ずつ相手取っているからだ。その隙をダンゴ虫型が抜ける。
「あそこには絶対に行かせん…っ」
 機動力を生かし千鶴が走った。影縛の術が数秒その影を縫いとめ――
「破られる…!」
 振り切る力に、声をあげた。
「抜かせるか」
 だがその時間が命運を分けた。声と共に走り来た仁刀が眼前に立ち、力を打ち放つ!
 轟音が響いた。技の名は幻氷――集中し高められたアウルを叩き込むと同時、衝撃波によって吹き飛ばす。僅かに身辺が蜃気楼に似た揺らぎに包まれるのは、炸裂された気によるものか。
 押し戻されるように吹き飛ばされた巨体を英斗が待ち受ける。
「これ以上先に進ませるわけにいくかっ! 燃えろ、俺のアウル!!」
 極限まで高める力。魔具に集まる白銀の光輝。
「天翔撃(セイクリッドインパクト)!」
 輝きが外殻ごと蟲を破壊する。同時、鍬形の変異種を将太郎は押さえこんだ。すでに満身創痍。その眼差しだけが激しい意思に爛々と輝く。



 その様子を男は見ていた。
「あーァ。まーたあいつらがいやがるかァ…」
 ぼやき、億劫そうに傷だらけの面々を遠く眺め――

「… …?」

 脳裏を過ぎった光景に、数瞬、動きを止めた。
 見たことがある。
 ――知らねェ
 ――イイヤ シッテイル
「くッそ苛つく!」
 相反する思考に形相を変え、動き出した所で盛大に顔をしかめた。
「なんだババア! …ァア!? 戻れ!? テメ…」
 言いかけ、舌打ちし、拳の一撃で岩盤を打ち砕いて吐き捨てた。
「クソッタレが!!」


 流れの変化を撃退士達は敏感に察知した。
「押し戻します!」
 文歌がコメットを放つ。黒業を放ち、意識を研ぎ澄ませていた神楽は小さな声で呟いた。
「…『去り』ましたか」
 風がその髪を撫でる。


 どこかで薄羽を羽ばたきが聞こえた。






「治癒、切れました」
「こちらもです」
 全ての治癒術を使い切り、申し訳なさげにする玲獅と明斗に、ラウールと蒼姫は笑って手を振った。
「充分だ。ありがとな!」
「大丈夫ですよぅ☆」
 言った瞬間「おいちち」と前屈みになる妻に、静矢が「無理はしないように」と苦笑する。ほぼ全員が自らの回復術をも全て使い果たし、けれど誰一人倒れることなく立っていた。傷の深い者もいるが、動けない者はいない。
「守れた…」
 ぽつりと、奇しくも同時に零す声は赤薔薇と真緋呂。それぞれの思い深き場所へ、哀悼を捧げるように、噛みしめるように。
「もうなんもいねぇな…」
 気怠げに那由汰が呟く。『何』の事か問わずとも分かった。
「奴は出て来なかったか」
「…引き返したか」
 ルビィの声にファーフナーが細葉巻の紫煙をくゆらせる。
「虫籠、ですか」
「次に会ったら決着をつけなければ」
 ユウの呟きに、最後の【不死鳥】でほぼ全回復した英斗が決意を新たにするのを見ながら、峰雪は「ふむ」と呟いた。
「向こうも何かあるのかね?」
 声に神楽は空を見る。そうして、里のある方向を。
「何れにしろ、出てくるたびに、撃ちぬくだけです」
「任せ。いつかボコボコにしたる」
「はいはい。どうどう」
 神楽に頭を撫でられて「むぅ」と押し黙る千鶴に苦笑し、仁刀は一度己の掌に視線を落とした。
 ――守る力。
 此処にあるもの。
 無言で拳を握るその隣で、黒百合は「ん〜…」と大きく背伸びした。
「怯えない敵、っていうのはァ…なかなかいいわァ…♪」
「…まぁ、怯えたくなる気持ちも、分かるな」
「…よねぇ」
 ミハイルとアカリが遠い眼差しでポツリ。
 巨大な蟲とタイマン張る小柄な『少女』は、ある意味怪獣映画に近かった。どちらが怪獣かは、口にしないが。
「大丈夫か?」
「たいしたこと…ない」
「…嘘は言わなくていい」
 背を岩に預ける黒夜に、恭弥は一瞬、自らが傷むように目を細めた。巨大な球体ローラーのような貫通攻撃では、不動の効力は発揮しきれない。だが無駄では無かった。少なくとも、直撃を受けることに比べれば、後ろにいた黒夜の負傷は低い。
「すぐ…直る」
「ん…」
 僅かに目を伏せた恭弥の横髪を梳くように風が吹く。
「…!?」
 ふと、淳紅と文歌が弾かれたように顔を上げた。
「う…た?」
 音楽に精通する二人だからか。風に紛れるように一瞬だけ耳を過ぎったもの。幻のような。奇跡のような。肌粟立つ程に美しい歌声。まるで輝きの余韻のような。
「……」
 風の抜けた先に将太郎と神削。
 ただ谷岩に立ち、遠くに微かに見える集落を見続ける。
 人の姿が見えない程遠い場所。知られることのない、自分達の戦い。
 けれどそれでいい。

 守れたもの。

 ただそれだけが、そこにある。
(由美さん…あんたの故郷は、守ったぜ)
 今度こそ。惨劇のその前に。
(守れたと…思って…いいか?)
 将太郎は一度だけ空を見上げた。
 喪われた命に黙祷を捧げるように。


 ただその里を見続けた。



依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:20人

God of Snipe・
影野 恭弥(ja0018)

卒業 男 インフィルトレイター
いつか道標に・
鐘田将太郎(ja0114)

大学部6年4組 男 阿修羅
Mr.Goombah・
狩野 峰雪(ja0345)

大学部7年5組 男 インフィルトレイター
サンドイッチ神・
御堂・玲獅(ja0388)

卒業 女 アストラルヴァンガード
赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
戦場ジャーナリスト・
小田切ルビィ(ja0841)

卒業 男 ルインズブレイド
黄金の愛娘・
宇田川 千鶴(ja1613)

卒業 女 鬼道忍軍
歌謡い・
亀山 淳紅(ja2261)

卒業 男 ダアト
撃退士・
久遠 仁刀(ja2464)

卒業 男 ルインズブレイド
蒼の絶対防壁・
鳳 蒼姫(ja3762)

卒業 女 ダアト
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
魂繋ぎし獅子公の娘・
雨宮アカリ(ja4010)

大学部1年263組 女 インフィルトレイター
ブレイブハート・
若杉 英斗(ja4230)

大学部4年4組 男 ディバインナイト
黒の微笑・
石田 神楽(ja4485)

卒業 男 インフィルトレイター
釣りキチ・
月詠 神削(ja5265)

大学部4年55組 男 ルインズブレイド
鉄壁の守護者達・
黒井 明斗(jb0525)

高等部3年1組 男 アストラルヴァンガード
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
撃退士・
黒夜(jb0668)

高等部1年1組 女 ナイトウォーカー
俺達の戦いはここからだ!・
ラウール・ペンドルミン(jb3166)

大学部5年70組 男 陰陽師
絶望を踏み越えしもの・
山里赤薔薇(jb4090)

高等部3年1組 女 ダアト
優しき強さを抱く・
ユウ(jb5639)

大学部5年7組 女 阿修羅
あなたへの絆・
蓮城 真緋呂(jb6120)

卒業 女 アカシックレコーダー:タイプA
人の強さはすぐ傍にある・
恒河沙 那由汰(jb6459)

大学部8年7組 男 アカシックレコーダー:タイプA
外交官ママドル・
水無瀬 文歌(jb7507)

卒業 女 陰陽師
されど、朝は来る・
ファーフナー(jb7826)

大学部5年5組 男 アカシックレコーダー:タイプA