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マスター:九三壱八
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
形態:
参加人数:73人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2015/01/18


みんなの思い出



オープニング


 かつて四国の町を一つ、炎獄と化した力があった。


 後に判明した力の名を『焔剣レーヴァテイン』。
 だが当時、数多の人命を奪った力が何なのか分からぬままに、四国は更なる災禍に見舞われた。
 各地に出現した『雨』。緩やかに感情を奪う、新たなるゲートとは似て非なる力。
 対応に赴いた学園生の前に立ちふさがったのが、劫焔の騎士団だ。
(あれから一年以上――)
 思い浮かべる時、苦いものを感じるのは何故か。
 撃破し、手に入れた『雫』と呼ばれる結晶体。
 大型サーバントを退け手に入れた『盾フロスヒルデ』。
 そしてそれを奪取すべく研究所に現れた騎士団との死闘。――痛み分け、という名の一時的な停戦状態。
 それすらも、もはや随分と前の話だ。
(あの後、騎士団が『団』として動いた姿はほとんど見ていなかった)
 妙にフットワークの軽い騎士連中には動きがあったようだが、大がかりなものでないうえ戦いとは程遠かった。
 ――意識が騎士団から一時的に離れたのは、この頃だ。
 油断していたわけでは無い。
 だが当時、連続して勃発する戦いに学園生も教師陣も対応に駆り立てられていた。どの戦いも気を抜くことは出来ず、結果、現重要度が下がってしまったのは仕方のないことだろう。
(その隙を突かれたか……)
 太珀(jz0028)は思う。
 おそらく、あの日――【双蝕】の戦いの直後から、全ては始まっていたのだろう。
 撤退する敵を追う学生の前に現れた、高位悪魔直属のメイド達。
 こちらを探るような動きに、常ならぬものを感じた生徒は少なくない。探られ、試され、いつしか縁のようなものすら育まれた相手からもたらされた情報と、透けて見える望み。

 ――私達と同じ階梯へ。

 世界にその力を示し、認められろと示唆された。まるで練兵の為だけに作られたような、人類側に無犠牲のゲートと、幾つもの戦い。
 それらが終わったと思った途端に発生した天界の大規模ゲート。
 皮肉な程タイミングが良いと言わざるを得ない。まるで全てが計算されていたかのようだ。
 故意か偶然か。もし故意であったのなら、全てを知略によって、時すら予測し現在に至ったのだとすれば、それは人智の及ぶものでは無い。
(まさに、悪魔)

 その『悪魔』の腹心が、目の前に居る。

「最初から……『学園』に居たとはな」
 太珀の声に、女悪魔――ヘレンは静かな眼差しを向ける。
 ヘレン・ガイウス。
 大悪魔メフィストフェレス直属のメイド部隊、序列第一位にしてその片腕たる者。
(大物すぎる)
 握った拳に汗が滲む。
 万の撃退士が集まる『学園』に、敵対勢力の大物がこうも堂々と姿を現すなど、誰も想定していなかった。ましてこの数ヶ月間、彼女らは自由に学園内を行動していたのだ。学生が踏み入れられる範囲内においては、相当なレベルで情報を持って行かれたと考えていいだろう。ヘタをすれば、それ以上もあり得る。
「情報漏洩に気付かぬとは思えませんでしたが」
「内通者がいるだろうとは予測されていた。間者の可能性も考えなくはなかった」
 少なくとも、過去学園内に忍び込んだ敵対陣営の天魔が一柱もいなかったかといえば、否だと太珀は思っている。余りにも巨大すぎる学園の、如何ともし難い実情だ。
 はぐれた悪魔を、堕天した天使を、受け入れると決めた時には、その危険をも全て受け止める覚悟でいたのだから。
「痛みを恐れて成せる物は無し。英断であったかと」
「……」
 太珀は沈黙する。そういう風に学園を評価されるとは思わなかった。
(少なくともこの連中は――生徒達の言を信じる限り、ここで殺戮を行うつもりは無い)
 味方では無いだろう。
 だが、突然襲ってくるということも無いだろう。
 それは、今までのメイド達が身を以て示している。ある程度の『信頼』を実績として確立してから訪れたのだ。
 情報と――こちらの度肝を抜く『お土産』を手に。
「『大公爵』の言をそちらはどう思った」
「閣下が決定された事ならば、従うまでのこと」
 慎重に問うた太珀に、大公爵の名代はつらりと答える。眉一つ動かさぬ鉄面皮の中、その瞳は氷のように冷ややか。
「我らは盟約を守る者。誓いましょう。閣下の言葉の通り」
「ツインバベルと、高松ゲートに関しては――か」
「高松を攻めれば天界が背を突き、ツインバベルを攻めれば、高松が背を突く。そちらが動けぬ原因は、これで一旦取り除かれるかと」
 学園が、畢竟、人類が四国のゲートに大規模な戦いを仕掛けられなかった原因が、それだ。
 三つ巴。
 それなのに、天魔側は新たなゲートの作成に余念がない。人間側は、じりじりと命と土地を奪われ続けている。
「今、危急なのは高知だが」
「貴方がたは、アレを砕くのでしょう?」
 ヘレンの声は何の熱も含まない。あっさりと言われ、反射的に頷いた。
「当然だ」
「ならば、何程の問題もありますまい」
 信頼なのか。
 それとも、無関心なのか。
 仮面のような表情からは思考を読み取れない。
「答えが決まりましたら、ご連絡を」
「……今、答えを持って行かないのか」
 この『時期』そのものが、こちらをせっつく強みになると知っているだろうに。
「そちらにも立場があり、意見の調整もおありでしょう。お選びになるのは貴方がた」
 言葉に苦い笑みが零れる。成程。『分かられている』。
「騎士団と事を構えておられる皆様には一つだけ忠告を。フロスヒルデの準備をお急ぎなさい」
「! レーヴァテインが来るというのか」
「神なる樹」
 東北の戦いを示唆し、ヘレンは静かに告げる。
「あの地に騎士が居た事情等、一つしかありません」
 それではこれで、と、美しい一礼と共に背を向ける悪魔に思わず声をかけかけ、飲み込んだ。
 引き止めることは出来ない。一歩を踏み出すことも。
 こちらの『答え』が出ていない限り。
「エレーヌ!」
 咄嗟にかつての名を呼んだのは何故だったか。傍らにいた鎹雅の声に、悪魔は一度だけ足を止める。
 振り向かぬまま言った。
「その者はもうおりません」
 部屋の扉を開ける。黒髪が流れ、静かな声が落ちた。

「……有意義な時を、ありがとうございました」





 沈黙があった。
 誰もが言葉を告げられない。
 彼女が訪れた経緯の為、一部の生徒には知られているが、学園全体にはまだヘレンの存在を公表しては居なかった。
 あまりにも急な訪れであり、正体であり、提案だった為だ。
 だが、いずれ公にしなくてはならない。
 太珀が口を開こうとした途端、

「たのもー!」

 ガララッと扉が開いた。
 小さな幼女が歩いてきた。
「あ、みやび!」
「ヴィオレット!?」
 銀髪の幼女に雅の声が跳ね上がった。何事かと目を向けた太珀は、それがメイド悪魔の一柱であったことに気付いて目を丸くする。どこからどうやって現れた!?
「これからお世話になるのです!」
「は!?」
「連絡員、かつ、しんぜんたいしというやつですな!」
 無駄にドヤ顔な幼女。
 雅は思わず頭を抱える。
 新たな騒動が持ち込まれたようにしか思えなかった。





「……で、何故、私が」
 突然呼び出され、幼女をおしつけられた正岡王太郎 (jz0147) は、静かな表情で遠くを見つめた。
 少しばかり現実逃避しても許されるだろう。学園に配属され、即座に四国で大規模な戦いの気配が立ち昇ったと思ったら、戦いと無関係そうな幼女のお守りを頼まれたなどと。
「よろしくなのですよ!」
 しかも悪魔という。
 ――運命を呪いたくなった。




リプレイ本文




「さて、どこへ行こうか」
 そのモールの中央に立ち、礼野 智美(ja3600)は煌びやかな建物内を眺めながら呟いた。
 クオン・ショッピングモール。
 新館に巨大温泉施設を併設するという離れ業で特色を得た、巨大ショッピングモールの一つである。正式に公開されるのは春のようだが、連続する大きな戦いを鑑み、学生の気分転換にと一般公開前に無料開放されたのが今日だ。
(本当に、大きいな)
 温泉施設のある新モールと従来の旧モールは、休憩用の広場を挟む形でくっついている。どちらに行っても、この休憩場で出会えるという寸法だ。野点のように緋毛氈の椅子もあれば、寝転がれるようにと畳ルームもあり、いろいろと寛げそうだ。周りにドリンクや軽食の自販機があるは商売戦略なのだろう。だがバナナオレだけ全滅しているのが謎である。
「全く…皆と共に行動する事に意義があったのに……」
 部活の皆と遊びに出ようと出発したのがついさっき。しかし、今自分の周囲には誰もいない。興味の方向がバラバラすぎて散逸した結果がこの現状だった。
「…こうなったら、少人数に別れて何時間後に集合、とかにした方が良さそうだよな」
 目印になりそうだといえば、この休憩所もそうだろう。
 プール側に行った子達が出てくる場所だし、休憩スペースは広い。マッサージチェアまであるから、疲れた体を休めながら待つのもいいかもしれない。
(その間、少し見て回るか……)
 見回っている間に誰か捕まえれるかもしれない。
 今度は皆で纏まって遊べるといいな、と思いつつ、智美は嘆息をついて旧館側へ足を向けた。


 モール駐車場。ひっそりと静まり返りそこに、時折ぶつぶつと人の声がノイズのように流れる。
「現在位置はここ、旧館モールへはここから…ここを経 由、すると内部のここへ到達」
 愛車の旧式軍用ジープのボンネットに案内図という名の地図を広げ、ルチア・ミラーリア(jc0579)は一人作戦会議に入る。
「レストランはこのあたりに集中しています。他部隊との衝突を避け、更に迅速な到着を目指すとなると……」
 ゴリゴリ…ゴリ…
「激戦が予想されます。目的を全て成功させ、無事にここを脱出できるかどうか……」
 案内図にはルートと開店時間、酒類の品揃えなどが書き込まれている。どうやらより早く確実に沢山目当てのものを買いまくるつもりらしい。
「この時期、コレは欠かせません……」
 ぽん、と叩くのは長く小さくなった飯盒炊飯のような形の水筒。中身はウォッカだ。
 ルチアは地図を素早く畳み、場所を整えて、カッ、と踵を合わせる。
 作戦は終わった。後はただ、敢行するのみ。
「さあ――出撃です!」


 ショッピングモールの一日が始まろうとしていた。


○【食】は種族を超えて


 年末から年始へ。一つの年を跨ぐこの時期、街は人と活気に満ちる。
「たまにはこういうのもいいものね」
 幾つかのテナントで好みの服を物色しながら、ナナシ(jb3008)は久しぶりの息抜きに知らず笑みを零していた。戦いの中にあっては戦神さながらの力を見せる彼女も、今この時ばかりは年頃の娘だ。
「このデザインは似たようなのがあるし……うーん」
 眉間に皺寄せて考えかけ、いやいや息抜きに来てるのだからと肩の力を抜く。と、視線の端に奇妙な親子を発見して目をぱちくりさせた。いや、親子というかあれは……
「あれ? たしか、ヴィオレットだっけ?」
 背の高い男の肩によじ登っていた幼女がパッとこちらを向いた。幼い顔に喜色が浮かぶ。
「むらさきいろのおねえちゃん!」
「どうしてこんな場所に居るの?」
 一瞬で腕の中に飛び込んできた幼女に、ナナシよ、と告げてから小首を傾げる。解放された男が苦い声で告げた。
「事情があって、預かることになったんだ」
「しんぜんたいしなのですよ!」
「それはまだ内緒の話だ」
 苦虫を噛み潰したような男の声に、ヴィオレットはそちらを見てからナナシに向かって「しー、なの」と告げる。
(なんだか苦労してそうね)
 ナナシは疲れ顔の男に苦笑した。男の名は正岡王太郎(jz0147)というらしい。ごく最近学園に配属されたばかりの新任教師だ。
「いつの間にか色々動いてるのね」
 簡単な説明を受け、ナナシはしみじみ頷いてからドンと胸を叩いた。
「そういうことなら、お世話を引き受けるわ。回らないといけない場所、多いんでしょ? それに、良い年の大人がメイド服姿の幼女を連れ回すよりも世間体は良いはずだし」
「……すまないな」
 明らかに安堵した相手と笑って別れ、ナナシはヴィオレットを見下ろした。
「どこに行きたい?」
「お肉!」
「この時間から焼き肉……まぁ、いいか。せっかくだから奢ってあげるわ」
「わはーい!」
 万歳されて、思わず笑みが零れた。
「何でも頼んでいいけど、お酒だけは駄目よ?」
「お酒は大人になってから。マリーがいっつも言うの。大人になったらミテロなの」
「それはマリーさんが正しいわね」
 ナナシは苦笑する。いつか三つの種族が争うことなく過ごせればと思う彼女にとって、親善大使として来た幼女は大いにもてなしたい相手だ。
「あと、ちょっとご飯控えなさいって言われるのですよ。控える?」
「それは……量によるかしら。腹八分目がいいって言うわね」
「腹八分目までなら、よい? よい?」
 きらきらと目を輝かされて、ナナシは苦笑した。
「いいわよ」

 その発言を後悔するのは九十分後のことである。


 一人の少女が幼女の無限胃袋の餌食になっている頃、雫(ja1894)は冷たい外から暖かいモール内へと足を踏み入れていた。凍ったように冷たかった頬に暖かな空気が触れた。じわじわとくすぐったい様な感覚がする。
「冬ですね」
 自らの手で冷たい両頬に触れ、じわじわくる感触を軽く揉みほぐす。何故か動物に怯えられる雫だが、そうしている様は自身が愛らしい小動物のようだ。
「さて。良い機会ですから、ゆっくりと楽しみますか」
 まずは何処へ行こう。視線が周囲をぐるりと見渡す。
 新しい服を買うのもいいかもしれない。ちょっとした小物を探すのも。
 ちょこちょこと歩き出し、目立つ場所に設置された案内板に目を通す。
(右――壁際――食事街!)
 カッと少女の瞳が鋭い光を帯びた。和・洋・中・伊・仏と揃っている。精進料理? 肉が無い子は帰ってもらおうか!
 その瞬間、局地的に跳ね上がった雫の食べ物センサー(主に嗅覚)に激しい反応があった!
「この匂い――これは――肉!」
 まだ昼にもならないのに、遥か向こうから微かに薫る馨しい匂い。ジュゥ、と焼けて脂が溶け落ちる様まで見えるかのよう。一瞬だけキリッとした雫の表情が至福に蕩けかけた。肉の匂いってなんて凶悪。許しがたい。いや、むしろ絶許。
「仕方がありません。挑まれたのですから応えなくては」
 ごくん、と涎を飲み込み、雫はそそくさと食事街へと向かった。
「匂いの元は……ここですね!」
 素晴らしい勢いで雫が洋食店に乗り込む。

 皿の山が見えた。
 幼女が肉の塊と戦っていた。
 椅子の背にもたれかかり、死んだ魚の目をしているナナシがいた。

「……何事ですか?」
「胸やけって……抵抗できないのね」
 ナナシが半分魂の抜けかけた声。同行者と見なされたらしく、係員に示されて雫も同じテーブルについた。
「今の私にはいい匂いですね。すみません。肉盛り盛りでお願いします」
 丁寧に承る係員が(また肉か)と言いたげな眼差し。
「食事は楽しんでこそです」
 雫のキリッとした顔が素晴らしい。途端、どうせならと明らかに焼肉専用テーブルに案内された。無論、肉の皿を手にヴィオレットもちょこちょこついてくる。
「ごめん……ちょっと休んで来るわ」
 ここでナナシがリタイア。心配げな係員がアイス進呈。ちなみに目の前で食べられた肉の量はトン単位だ。
「さぁ、焼き肉です。あ、網が温まるまで置いてはいけません」
「なの?」
「そうです。…ん。そろそろですよ」

 ごべっ。

「肉はそんなに山と放り込むものではありません。生肉食べるのも駄目ですっ」
 焼肉奉行・雫の手が翻った。丁寧ながら素早い動きで肉を更に戻し適量を焼いていく。
「大事なのは間合い、そして火加減です」
「これもう食べれるの」
「あっ」
 ピッといい感じの肉を網の上から攫われた。初獲物を奪われた雫の目が妖しく光る。
「…それは、私が育てた肉です。素直に此方に返還して下さい」
「ヤ!」
「ならば、戦争です!」
\闘気解放/
「負けても食べるの!」
\瞬間転移/
「……元気ね……」
 シュッシュシュッシュ転移しながら肉を奪うヴィオレットと退ける雫に、ナナシが呆れたように呟いていた。


「さて。噂によると洋食屋が一番肉の質が良いようですね」
 望人(jb6153)はゆったりとした足取りでモール内を進む。案内板を丁寧に見て、ひっそりとした声で言葉を紡いだ。
「ほぅ……和・洋・中・伊・仏と精進料理」
 白い和装に白銀の髪。どこか幽玄の気配すら感じさせるのは、その身が僧であるせいだろうか。とはいえ、閻魔大王にのみ信仰を捧げる破戒僧なのだが。
「ここ……ですね」
 目的地を定め、足を進める。ベジタリアンや宗教上の理由で肉類を食せない人々の強い味方『精進料理』の店――は、スルー。
 ある店舗の前に立ち、濃厚に漂う匂いに目を細めた。
「私、肉と酒が大好きでしてね」
\THE・破戒僧/
「じつに素晴らしい香りです。まだ早い時間ですが、随分と……。……おや、随分と」
 その視線が、とあるテーブルに吸い込まれた。二人の少女が突っ伏す中、幼女一人がモリモリ肉を食べている。
「こちらへどうぞ」
 何を察知したのか、案内員が素早く望人をそのテーブルへと案内した。
「お席、よろしいですか?」
 礼儀として先の一同に声をかけると、ナナシと雫が手をあげる。
「歓迎だわ」
「流石に、トン計算は、きつかったのですよ」
「?」
 二人が掌で指し示すのは一秒も無駄にせず肉を食べている幼女。相手してあげてと無言で示され、隣に腰を下ろすと大きな瞳が見上げてきた。
「こんちはお嬢さん、私は僧侶の望人と申します」
「ヴィオレットなのです!」
 視線が合うと、幼女はにこぉっと笑う。好意の笑顔に、望人は一瞬言葉に詰まった。今まで、そんな風に真正面から無垢な笑顔を向けられたことが、いったい何度あっただろうか。
(四国の――メイド悪魔)
 馳せる名は聞いていた。こうして間近に接する機会があるとは、まして人懐っこく笑顔を向けられるとは思わなかったが。
「ぼーじんは、食べる?」
「え、ええ……そうですね。強い酒と、肉は大量で」
 後半は案内してくれた係員に。何故か(ああ肉ですよね)という眼差しを向けられた。
「ここのお肉はモールで一番美味しいそうですよ」
「なのです!? ぐっじょぶですな!」
「なので楽しみです。沢山食べたいものですね」
「たっぷり食べるの! お仕事いっぱいだから、お腹ぺこぺこなのですよ。腹八分目まで!」
 なにか遠くから「牛解体してこい!」とか「取引先から取り寄せろ!」とか聞こえた気がしたが、まぁ問題は無いだろう。
「腹八分目と言わず、お腹いっぱい食べたいものですね」
「上限アップ!? ばっちこいなのよ!」
 パァァッと顔を輝かせた幼女に望人はぎこちない笑顔で頷く。ナナシが顔を覆っている気がするが、気のせいだろう。
「ああ、運ばれてきましたね。では、ご相伴にあずかります」
「腹一分目で餓えてないから、焼くの手伝ってあげるのです。一緒に食べるのは美味しいことなのですよ!」
「腹一分目!?」
 ナナシと雫が思わず呻いた。ハテナ?と首を傾げる望人はその理由を知らない。意気揚々と箸を手にする幼女を見おろし、恐らく焼いた肉の半分は奪われるのだろうと予測しながら眼差しを和らげた。
「そうですね。……一緒に食べる食事は、美味しいですから」
 まだお腹には何も入れていないのに、胸がいっぱいなるような気がした。





「百目鬼の。せっかくの休みにゴロゴロするのも野暮ってもんじゃないさね」
 百目鬼 揺籠(jb8361)がそう声をかけられた時、風見鶏 千鳥(jb0775)は既に外出着で準備万端状態だった。
「出かけるんでさ?」
 そういえば冬物セールがあったはず。ああやれやれ荷物持ちにでもするつもりですかねぇ、と金にもならないが仲間の為だしさてどうするかと思った所でドヤ顔の千鳥に胸張って言われた。
「焼き鳥屋で酒を呑みながら『こいこい』なんてどうだい。偶には外でやるのもオツってもんだよ」
(またこう、女子大生が色気のねぇ……)
 外見かわいいのに何故こうなのか。あとそのシャツの文字が『浪漫』なのもどうなのか。
 こいこいは二人で行う花札だ。レートは点数計算で5点1串、最終的な料金は割り勘。勝てば好きな具のものを食べれるが負ければ払う金額に反して食べられなかった率が高くなるということだ。ちなみに酒は自由注文で自腹である。
「損得がかかっちゃあ負けられねーでさ」
「さぁ行こうか!」
 そうこなくちゃ、と意気揚々と歩き出す千鳥に、揺籠は愛用の煙管を手に苦笑して立ち上がる。浴衣の裾を軽く払うようにして整えると、悠々と後に続いた。
「さぁて、まずは……と。ああ、ここ、いいのが揃ってるね」
 手早く手八の場八を整えつつ、千鳥はお品書きにサッと目を走らせた。
「余所見してると足元掬われまさぁ」
「残念だけどそんなヘマはしないさ」
 フフン、と余裕の笑みを浮かべ、千鳥は自分の手札を見る。ニヤリと笑ったところを見るといい札が来たのだろう。
「何を頼もうかね」
「すみませんがね、こっちは【手四】でさぁ。おねーさん鳥モモ一本、塩で頼みまさぁ」
「ぐぐぐ…」
 大きな役を揃える浪漫派の千鳥と、さっさと成立させてしまう派の揺籠。せっかく初手で揃ってるのだから使わなければ損というわけだ。
(実際でけぇ役揃えてきますからねぇ…)
 手堅い役を堅実に。勝ち逃げれるなら重畳だ。
「景気づけにロックで!」
「いいんですかい、そんなに張って。こっち吟醸でもいきましょうかねぇ。上燗でお願いしまさぁ」
「笑ってられるのも今のうちってねぇ」
 フフフ、と互いに悪童めいた笑みを浮かべつつ、次の手へと進んでいく。
「ほら来たぁ!【四光】!砂肝いっとこうかね!」
「あ、ちきしょ。ツイてますねぇ……」
「実力はこうってなもんよね」
「へー、そりゃ、結構なことですねぇ。ほら【赤短】ですぜ」
「かー!くそぅ、惜しかったさ!」
 互いにとったりとられたり。串も進むが酒も進む。特に千鳥は最初から一気にテンションがアップしているが、これでなかなか酒に強かった。
「よっし来た!【三光】!すみませーん、ねぎまと芋焼酎ロック!」
「お、そうきやしたか」
 途中、見回り教師が顔を覗かせたが、その時は丁度中休み。二人してお茶なんぞズズーと飲んですまし顔だ。
「そろそろギブアップしてもいいんですぜ?」
「こんな楽しいものをそうそう終わらせるわけにはいかないね。まぁお腹いっぱいになってきたのも事実だけど」
 串入れがジャラジャラしているのを見るに、気づかないうちに相当入れていたようだ。
「これで〆、でさ! おねーさん豚バラ一本追加!」
「【五光】!?」
「偶には大きい狙いもいいもんでさ」
「あー!持ってかれた……けどまぁ、愉しかったさ」
 負けてもまんざらでもなさそうな顔の千鳥。ニッと笑って、揺籠は最後の串を頬張った。
「こっちもでさ。こんなお誘いなら、いつでも受けてたちまさぁ」
 千鳥は笑って自分の首を手刀で叩く真似をする。
「次は勝つさ。その首、洗って待ってな!」





「腹減ったし飯食おうぜ?」
 地堂 光(jb4992)がそう黄昏ひりょ(jb3452)に告げたのは、そろそろお昼になろうかという頃だった。
「もうこんな時間なんだ。お腹が空くはずだね」
 二人してプールに入って二時間程か。楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。
「よし、中華でも頼もう。旧モールに店があるはずだ」
 そうと決めたら頭の中にぶわっと料理が思い浮かんだ。蒸篭を開けた瞬間に眼鏡を曇らせる蒸気、その向こうの小龍包。山盛りの唐揚げは小麦色で、箸を入れると透明な肉汁が淡い色の肉の間から染み出てきて……
「……うん。だいぶお腹が空いてるみたいだ」
「元気な証拠だな!」
 ばし、と背中を叩かれて思わずひりょは蹈鞴を踏んだ。その様子に光はニッと笑う。
(ひりょの奴、ちと疲れ気味みてぇだったからな……気晴らしになったんなら、成功だ)
 傍にいれば嫌でも分かることがある。ああ、疲れてるんだな、とか。しんどいんだな、とか。気落ちしてるんだな、とか。
(気分転換にちょうどよかったよな。たまには男同士馬鹿やるのだっていいじゃねぇか)
「ガンガン食って元気補充しておけよ? 色々バタバタしてるみてぇだしな、お前」
「あ……ああ」
 こちらを振り仰ぐ視線を避けるようにそっぽ向く光。けれど何気ない言葉や仕草で、伝わるものがある。
(なんか光の奴、俺が元気なさそうって心配してくれてたのか?)
 乱暴なようで、乱暴なのだが、どこか暖かい。学園で知り合った仲間の影響なのか、随分と性格が丸くなってきている気がする。
(影響を与え合う――そうだな。仲間や友達って、そういうもんだよな)
 なんだか妙に気恥ずかしい様な、むず痒い様な。ああ、こんな感想は絶対に光には言えないだろう。
 そんなことを思っていたひりょは、飛び込んだ更衣室で手早く着替えた光が「よし、せっかくなら競争しようぜ、食べ負けた方が奢るって事で!」と宣言したのをあやうく流しかけた。
「って…『食べた量負けた方が奢る』って、勝手に決めんなよ」
 食べ盛りの育ちざかりが二人だ。どれほどの量になるのか想像もつかない。光は笑って一足先に外へと飛び出した。
「食いまくってやるぜ!」


 その頃、二人をつける怪しい影――もとい少女の姿が在った。
(光が「ちょっと出かけてくる」って言って寮を出た時、「まさか、デート!?」と思ったけど)
 少女――地堂 灯(jb5198)は凛とした眼差しで思案する。
(……なんだ、ひりょ君を励ます為にプールへ気分転換しに来たのか)
 その視線の先には、ふざけあいながら旧モールを進む二人の姿。
(うんうん、我が弟ながらいい奴よね。なんか昔を思うと随分丸くなったわよねぇ、あの子)
 頬に手をあて、よしよしいい子だぞ、と言いたげな表情。血は繋がっていないが、灯と光は姉弟なのだ。
(まぁ最初にプール行かれた時は慌てたわよね。用意してなかったから。色々借りられたからいいけど。……ま、こういうのもたまにはいいかしら。普段外出る事なんてあんまりないしね…)
 ひたすら魔道書読むのが楽しいという灯にとって、外はそれほど魅力的な場所では無い。だが――
(うん…まぁ、悪くないわ。気分転換も必要だし)
 中華料理屋に入る二人の後を追い、そそくさと少し離れたテーブルへ。姿が違和感なさすぎて給仕に混じってしまえそう。
(せっかくだから、新しいオリジナル調味料を披露しようかしら)

 ――オリジナル調味料、その別名はポイズン・パウダーである。

(そうと思い立てば……っと)
 すすす、と見とがめられることなく灯は動く。不穏な気配を察したのか、二人の少年が同時に顔を上げ、眉を潜めた。
(あれ? 今の灯さんじゃ……何か料理にしていった気が)
 その料理が運ばれてくるのが見えた。オイスターソースの香りも香ばしい青椒肉絲だ。思わず視線を下げ皿に注目するひりょにかわり、別の場所を見た光は眉を潜める。
(ん? 今視界に入ったのは灯姉さんか?)
 見覚えのある姿な気がしたが――
(あの人がこんなとこにいるわけないし、見間違いか。自宅警備員かのように、いつも部屋に篭ってる事多い人だしな)
 あっさりと結論付けて、見なかったことにした。
(――まぁ、寮を出る際に恨めしそうな顔してたのは確かだが)
 怨念籠ってそうな眼差しを思い出し、ブルッと体を震わせつつ青椒肉絲を口に運ぶ。何か味が不思議な感じだが、そういう味付けなのだろうと納得した。その様子に、ひりょは灯の料理関与説を打ち消す。
(……光は普通に食べてるし、気のせいか)
「さっき珍しい人の姿を見た気がしたよ」
 皿にとりながらひりょは口を開いた。
「へぇ?」
「灯さんみたいな――」

(って、なんだこれ……)

 一口。含んでうっかり飲み込んだ瞬間にひりょの時間が止まった。あれ、おかしい。物凄い異物感。体が激しく拒絶反応を起こしている。
「おい……ひりょ?」
 光は硬直したひりょを見て思わず腰を浮かした。顔色がおかしい。ってか、意識飛んでねぇか!?
「おい、なんだ。いったい……!」
(な、何降りかけていったんだ、ってか、光は何故無事なんだ)
 まったくいつも通りな光に、ひりょはこんな時だというのにびっくりするやら感心するやら。ああでもこれは拙い。なにが拙いって、脳裏に恋人の幻影が見える気がする。

(りょんさん……向こう岸へ行っちゃダメ……!)

 ああ勿論行かないとも。戻るとも。……あれ、どこに行ってるんだろうか?
「おい、誰かタンカー準備頼む」
 お花畑の向こうに行きそうなひりょに、光はこれは危険だと緊急手配を要請した。
 これをしっかり見ていたのが灯である。
「あ、あれ? タンカーでひりょ君運ばれてちゃった。具合でも悪くて無理してたのかしら、ちょっと心配ね」
 ※元凶は彼女です。
「姉さん…なにしてやがる」
「ほぁ!?」
 タンカーでドナドナされるひりょを見てそそくさ付き添いに行きかけた灯は、突然ガシッと腕を捕まれて飛び上がった。
「ひりょの奴ダウンしちまったじゃねぇか」
「あれ? 光、なんでそんな形相なの?」
 全く無自覚な姉に光は頭を抱える。常日頃から慣れている光と違い、ひりょに灯パウダーの免疫は無い。結果、ご覧のありさまだ。
 テーブルに残した指文字にこうある。
『灯さんの料理は凶器』
「散々だな…」
 新年は良い年になるように。思わず祈らずにはいられない光だった。





 百円ショップは全世帯の味方だ。
(‥‥この麺は‥‥新発売)
 棚に並ぶそれらを紅香 忍(jb7811)はせっせとワゴンに突っ込む。着ている服は清楚なメイド服だが、学生証の生別は男だった。
「何故、インスタントのみですか」
 突然かけられた声に忍は思わず飛び上がりかけた。振り返ると、黒井 明斗(jb0525)が立っている。
「安くて美味しい……のは、分かりますが。栄養が偏るでしょう」
 そうは言われても、赤貧が性となっているのが忍である。
「今から食事に行くのですが、一緒に行きますか。偶には焼肉もいいものですよ」
(‥‥お肉?‥‥記念日?)
 満足に食べ物が手に入らなかった幼少時代。肉は余程のことがない限り口に出来ない高級品だった。
「では、行きましょう」
 無意識に明斗を兄とも慕っている忍がこの誘いに否を唱えるはずもなく。
 同じ頃、一階の青果売り場でせっせと買い物をしている人物がいた。かがんだ拍子に垂れた青みがかった黒髪を後ろに払い、日向響(jc0857)は買物カゴにどんどん積み上げていく。
「えぇと…ロース、ばら肉、カルビ、ハラミ、タン…トントロも入れておこうかな。あとはレタスと…口直しにアイスクリーム…」
 あちこち移動して目的の品を吟味した響は、満足そうな顔で一息ついた。
「これ位買えば、一杯食べれるでしょう…よし」
 向かう先は焼肉で有名な洋食店だ。
 先の二人同様、同じようにあちこちの店を覗きながら休日を楽しむ人物がいた。
 モール内に響く音楽にほろりと笑みを零し、木嶋香里(jb7748)は敢えて目的地を定めずのんびりと買物を満喫する。
「今日はゆっくりと休憩出来そうですね」
 緊急を告げるような連絡も無いし、館内放送も無い。いつどんなトラブルが発生するか分からないご時世ではあるが、今日はゆっくりできそうだ。
「今、四国も慌ただしいですし…… ん?」
 ここで英気をと新たな店に目を向けた所で、背中に幼女を貼りつかせて重い足取りで歩く青年の姿が目に留まった。
「どうしました?」
 忍耐、の文字が後ろ頭に書かれている気がして声をかけると、男より早く幼女が振り向いた。
「学園生! すなわち、ごはん!」
「飯をたかるのを前提にするな! ……ああ、すまない。久遠ヶ原の生徒だな?」
 前半を幼女に、後半を香里に告げて、男――王太郎は嘆息をついた。二人から相当強い焼肉の匂いがする。
「実はこの子を預かったんだが……」
 疲れ顔の王太郎が説明しかけた時、丁度別口からやって来た明斗が三人を見つけて声をかけた。
「迷子ですか?」
 一緒にいた忍は頭の中が焼肉で占められているせいか、こちらに気付いているのかも定かでない。
「いや、預かってる子だ。ヴィオレットという」
「ヴィオレット?」
(確か、種子島であったアコニットさんの妹の名前でしたね)
 ひょいと片眉を上げた明斗に幼女がにこっと笑う。随分と愛想のいい子供だ。
「ヴィオレットさん。僕は黒井明斗、アコニットさんからお名前は伺ってました。今日はお姉さん達は来ないのですか?」
「おねえちゃん達はおうちなの。あたしはおしごとなのですよ!」
 仕事、の一言に視線を向けられ、王太郎はため息をついた。
「まぁ、色々あってな……」
「しんぜんたいし!」
「まだ秘密だと言っただろう?」
 何度も同じ遣り取りを繰り返しているのだろう。忠告する王太郎の声は力無い。事情を尋ねようかと思ったところで後ろから声をかけられた。
「あれ? どうかしたんですか?」
 店に向かう途中の響である。ふとその目が香里を認めて嬉しげに輝いた。同時に幼女が響の手がもつ買物袋の中身を見据えて目を輝かせる。
「おにくの気配!」
「……おまえはどれだけ食べるつもりなんだ」
 王太郎の声は地の底を這うようだ。
「沢山あるから大丈夫ですよ。一緒に食べましょう」
「やたー!」
「いや待て。コレひとりで全部消えるぞ」
 王太郎の声に、響は取り押さえられている幼女を見る。この小さな体に入るとはとても思えない。
「おーたろは面倒見が悪いのです。男ならババーンと女に奢るのが甲斐性なの」
「費用は無限じゃない。見回りもあるのに、これ以上人を引っ張りまわさないでくれ」
 疲れきった王太郎の声に、四人は顔を見合わせた。
「あの……よくわかりませんが、少し替わりましょうか? その間だけでも休まれたほうが」
 言うと、がしっと手を握られる。
「助かる!」
 余程せっぱ詰まっていたらしい。
「今から焼肉に行くのですが、良かったら」
「一緒に行っても良いですか? 御案内しますよ♪」
「あ、私も」
 パッと顔を輝かせた香里と響に笑って、明斗は歩き出す。
 行先が焼肉と聞いて、王太郎が後ろで呻いていた。


 その店に入る時、忍ぶは一度足を止めた。
「‥‥ここが‥‥焼肉の‥‥」
 何故かブリキのおもちゃのような動きで、ギクシャクと入口を潜る。こういった店に入るのは初めてだ。
(‥‥内装‥‥綺麗)
 充満している肉の匂いが凄まじい。それだけでお腹が空いてきたが、緊張で胃がきゅーきゅーしてきたような気もする。
 ふと、その目が店のサイドに設置された野菜コーナーに吸い寄せられた。分かりやすく案内が書かれている。

【コース希望者、サラダバー食べ放題】

「!?」
 忍は衝撃に目を見開いた。食べ放題!?
「ん? ああ、コースにしようか。そのほうが沢山食べられるから。……?」
 店側が幼女を見て絶望的な顔をしている。
「申し訳ありません、お客様。只今ほとんどの品を切らしていまして…」
 その声に、響が手に持っていた大きな買い物袋を差し出した。
「これを焼いて貰うことは出来ませんか?」
「当店では持ち込みはご遠慮いただいているのですが…」
 と、後ろから支配人らしき人が物凄い勢いで手招き手招き。肉が無いだの捌くまでの繋ぎだの漏れ聞こえて後、先ほどの案内人が戻ってきた。
「特例として今回お受けいたします。あちらのテーブルでお待ちください」
 なるほど、持ち込みは駄目なのかと、記憶を失っているせいで色々と忘れている部分の多い響が納得顔になった。思い出せない記憶の代わりに、新たに覚えていくものが多い。
 そして焼肉が始まった。
「肉の解体が終ったら、普通通りに出してくれるらしいから。先に食べたい物があったら頼んでくださいね♪」
「ここからここまで!」
 香里の声にページの端から端まで指で示す幼女。その前の席ではサラダバーから山のようにサラダを手に入れてきた忍が無心で箸を動かしていた。
「‥‥サラダバー‥夢の国‥‥」
 一個数百円の野菜が何種類も入って、ドレッシングも複数で。なんて夢の様な食卓だろうか。おかしいな、ちょっと視界がぼやけて見える。
 その耳に明斗の声が聞こえた。
「焼いたお肉を、サニーレタスで巻いて食べると美味しいですよ」
 幼女が小さな手で一生懸命包もうとして四苦八していた。
「一度に沢山撒くより、少なめのほうが美味しいですよ」
「そうなの!?」
「こちらの肉も焼けましたね。はい、どうぞ」
「ありがとー!」
 せっせと幼女の世話をやく明斗の姿に、忍はややムッとした顔になった。
「(‥‥悪魔の癖に‥‥)」
「君は粗食が過ぎます、たまにはお肉を食べないと力が出ませんよ」
 丁度のタイミングで明斗が忍の皿に肉を積み上げる。途端、ムッとした気持ちが霧散した。チビチビ食べる忍の様子に、明斗は僅かに苦笑する。
「野菜よりお肉食べたい」
 その向かい側、焼き野菜を前にヴィオレットは遺憾そうな顔だ。
「お肉だけだと体に良くないし、お肌の調子も良くなるから、食べた方が良い」
「そうですよ。野菜は体にいいし、美味しいんですから」
「そうなの?」
 響の声に香里が言葉を添え、ヴィオレットがもそもそと食べ始める。やっと野菜に向いてくれた幼女に、店員が感謝の眼差しを捧げていた。
 せっせと焼き続ける香里に響が声をかける。
「焼いてばかりでなく、食べてください。私も焼きますから」
「ありがとう。いただきます」
 響の頬に僅かな赤みがさしたが、炎の光で目立つことは無い。そそくさと肉をひっくり返す響を微笑んで見守り、ふと香里はヴィオレットを見た。
「ヴィオレットさんはどうして学園に来られたのですか?」
「行ってらっしゃい、って、ヘレン様に言われたの。いっぱい撃退士と会ってきなさい、って」
「悪魔の偉い方は、僕らと仲良くしたいのですか?」
 明斗の問いに、ヴィオレットは妙にしたり顔。
「偉いヒトの考えはわからんのですよ」
「ヴィオレットさんとしてはどうです?」
「ごはんくれるから好き!」
 ――餌付けされている。
「でも戦うと決まったら戦うの。感情とお仕事は別なの」
 成程、と明斗は苦笑した。個人主義的な悪魔の中でも、確かにメイド達は異質だ。
「ヴィオレットさんにとってお仕えされているご主人様はどのような方ですか?」
「あのね、髪の毛きらきら〜でね、おっぱいばいーんっでかっこいいの」
 大悪魔メフィストフェレスも、こんな紹介の仕方をされるとは思っていなかっただろう。
 ちょっと遠い目になった一同の中、香里はヴィオレットの口の横についたご飯粒を取りながら微笑んだ。
「天魔の皆さんとも共存出来る様になっていくのは素敵ですね♪」





「…何事だ」
 焼肉テーブルの周辺、死屍累々な面々を見てファーフナー(jb7826)は呟くような声で問うた。よろよろと香里が手を挙げる。
「いえ少し、撃退士の特殊抵抗能力と胸やけについての議論を」
 どうやら全員胸やけ症状らしい。
「…悪魔相手のホスト役と聞いたが」
 一同をつらりと一瞥し、ファーフナーは視線の合った相手を見つめた。こちらをじっと見上げながら、幼女は手を止めることなく半生の肉を頬張り続けている。
「…貸せ」
 補充する間も惜しいのか、ごべっ、とさらに肉を放り込む幼女の手からファーフナーは皿を取り上げた。
 流石は仕事を選ばない男・ファーフナー。マフィアの香り漂う渋みばしった顔で幼女の給仕である。常以上に素晴らしい無表情だが。
「焼肉は韓国料理か…? 和食なのか…?」
 相手が悪魔であることを意識から外すかのように、肉を焼き初めながらふと呟く。とりあえず場所は洋食店でタレはピリ辛韓国風タレだ。あと大蒜。
「じーじは食べないの?」
 ※ファーフナーは五十二歳(推定)です。
「…。……。………。…………」
 凍りつくような沈黙。肉を盛ってもらう幼女は返答無くても全く気にしないらしく、もぐもぐお肉を食べている。
 しかし、そのもぐもぐ状態でひたすらじっと見つめられ、ファーフナーは何よりもまず自分の魂や忍耐的なものとの戦い強いられた。せめて食事で気を紛らわせれる性分ならば良かったろうが、エネルギー摂取という意味でしか食事を捉えられない男にとって、関心のない『食事』は気を紛らわせるもものにはなり得ない。
(だが…仕事だ)
 ならば成し遂げるのが男だ。
「そう言えば、向こうの食べ物はやはり此方とは違う物なのですか?」
 長めの休憩を挟んだことで気を取り直せたのか、よろよろと顔を上げた雫にヴィオレットは「んー」と呟く。
「色々あるの。でも人間界の食べ物おいしーの! 雲みたいな甘いのとか!」
「雲みたいな?」
「わたあめ――か」
 ああ成程、と納得する雫の隣、手際よく肉を焼いては幼女の皿の上に乗せながら、ファーフナーは僅かに視線をヴィオレットへと向けた。感情を排した目に、一瞬かすめるのは鬼火のような色。だがそれすらも幻のように抑え込む。
(見た目や言動が幼くても、年齢は三桁なんだろ?)
 どれほど幼く見えようと、天魔の外見年齢はあてにならない。
(幼く見せて油断を誘う間諜なのだろうか…)
 いずれにせよ、ろくなものではあるまい。上層部でどんな話し合いがあるのかは知らないが、悪魔が何も企まずにやって来るはずがない。
 ふと、こちらに向かうよう要請した新顔の教師を思い出す。王太郎の目に、ファーフナーは一瞬熾火のようなものを見た。一瞬であり、上手く隠されてはいたが、ファーフナーにわからぬはずがない。
 あれは天魔を憎む者の目だ。
(フン)
 あえて何も思わず、ファーフナーは頼んでおいた酒をあおった。喉をやき、とろりと流れ込む液体の熱と馥郁とした香り。幼女がこちらを見ながら鼻をひくひくさせている。
(やってられん)
「お酒」
「飲んじゃだめよ。大人になってから」
 ナナシが即座に告げる。
「二十歳までまだだいぶあるの。一足飛びを希望するのです!」
 抗議する相手に、ファーフナーはしばし視線を向ける。
(……)
 ややあって何事もなかったように焼肉奉行を再開した。仕事には関係ないのだから。





「ちょっと時間ズレたなぁ」
 荷物を簡易ロッカーに預け、宇田川 千鶴(ja1613)は僅かに重くなった肩を動かしほぐした。
「沢山買物しましたからね。ああでも、かえって混んで無くていいと思いますよ」
 にこにこといつも以上ににこやかな石田 神楽(ja4485)がもう一つの荷物をロッカーに押し込む。――おや、握り拳一個分入らない。
「そうやとええなぁ」
 ぼすっ
「? どないしたん?」
「いえ。さぁ、行きましょうか」
 不思議な物音に振り返ると、仕舞い終えた神楽がにこにこ。
「さて、今日はどんな面白い事がありますかね」
「……なんで面白い事あるんが前提なん?」
「いえ。退屈しない日々が多いですから?」
 上手くはぐらかされたような、事実なような。むぅ、と唸ると頭をぽむぽむ撫でられた。
「ところで、どこで食事します?」
「あそこかな」
 ふと漂ってきた匂いに興味を惹かれ、千鶴は視線をそちらへと向けた。
 洋食店だ。
「…何故焼肉です? そして何故笑顔で私の皿にお肉を盛ります?」
 何故か即座に焼肉専用テーブルに案内され、肉ですよね? と案内員にまで確定で問われる現状に神楽は笑顔のまま首を傾げた。しかも千鶴がせっせと肉を皿に盛っていく。
「えぇからちゃんと食い。あ、追加注文。特上ハラミと…」
 にこにこと冷や汗を掻いている神楽の皿がガン盛りに。山となっているそれが神楽の前に聳え立つ。
(この山は超えられない)
 確信。
 そんな状態だったせいか、見知った幼女を発見した時には(なぜ此処に)よりもチャンス到来の気持ちが強かった。
「ヴィオレットさん。いらっしゃい」
 こんにちは、ですら無かったようです。
「ちーねぇとかぐにぃなの!」
 途端幼女が文字通り飛んできた。行きがけの駄賃とばかりに目の前の山が一瞬で消える。
「もぐもぐ!」
「あっ、あかん、それは神楽さんの分や」
「駄目? 駄目?」
 神楽の腕に収まったまま目をくりっとさせて見上げる幼女に、千鶴は苦笑した。
「しょうがないな。焼いたるから待っとり?」
「ちーねぇだいすき!」
 顔を輝かせて胸に飛び込む幼女に、わわ、と慌てて抱き留める。何故こんなに懐かれているのか。相変わらず理由が思い浮かばず、千鶴は内心で首を傾げ続けている。
「にーにのお皿、いっぱいだったの」
「あのな…神楽さん、折角焼いたのに食べてくれやんの。美味しいのに」
「それはイカンですな」
 こそ、と食え食え仲間に誘うと、幼女は真剣な顔で大きく頷いた。拙い。これはダブルで「ちゃんと食べなさい」と言われるフラグ!
 神楽は起死回生に乗り出した。
「ヴィオレットさんがしっかり食べていれば、私もお腹いっぱいになりますし」
「それは仕方ないですな!」
 したり顔で幼女が頷いた。神楽、内心で(よし)と握り拳。
 実際、こうやって二人が楽しげにしているのを見ると、それだけで充分満足な気持ちになるのだ。そう、肉を食べなくても……
「いやいや、ちゃんと食べんとにーにの体調が悪くなるん。放っとくと固形物食べんから」
「それはイカンのですよ!」
「…だというのに、この有り様ですよね…」
 はい、と二人して肉を盛られて神楽は魂の抜けかけた声。何故だろう。さっきより山がみっちりと。
「私らも食べよか」
「食べる!」
 ちまちま山崩しに入る神楽の前、千鶴が次々に肉を焼いては幼女の皿に盛っていく。しかし食べる速度が速いのか、いつ見ても皿が空だった。
「あ! あかん。それはまだ生や。もう少し待ってな?」
「生は駄目なの?」
「火を通したほうが美味しいやろ? もうちょっと大きい網やったらよかったんやが……」
「ここに肉の山がありますが?」
「「それはアカン」のです」
 二人がかりで言われた。何故親子のように声を揃えるのか。
「ちーねぇも食べないとなの」
 はい、と我慢してる顔でお皿のお肉を出されて、千鶴は笑った。
「私はええんよ。いつも適量食べとるから」
「私も」
「神楽さんは固形物じゃなくコーヒーとかゼリーやろ」
 真顔で言われてそっと視線を逸らす。食生活が本当に心配です。
「一緒に食べると、もっと美味しいのですよ」
 はい、と一生懸命に差し出されて、折れた。しょうがないなぁ、と一枚もらう。満足そうな幼女はどこにでもいるごく普通の子供のようで、これが一時四国で力を振るったメイド悪魔の一角というのをうっかり本気で忘れそうだった。もっとも、幼女自身は戦闘はからきしのようだが。
「今日は一人で来たん?」
「んとねー、おーたろー、って先生に連れてきてもらったの」
 周囲を見渡すが、何処にも教師の姿が見えない。
「ぐったりしてたから置いてきたの」
 瞬間転移しまくる幼女のお目付役では、気が休まる時もないだろう。神楽がややも同情的な顔になった。
「先生に?」
 別の所に首を傾げた千鶴に、ヴィオレットは胸を張る。
「しんぜんたいしなのですよ。あ、でもこれ、しー、なの」
 堂々と言っておいて内緒も無いだろうが、大真面目な顔だ。この調子ではどこまで内緒になっているのか非常に怪しい。
(…親善大使が幼女一人…やっぱり悪魔の考える事ってよぉわからんわ…)
 千鶴が遠い目。
(こちらの出方をまた見てる感じですかね……そして肉が減らない……)
 神楽が肉の山を見据えて遠い目。
「学園まではねー、マリーがルクーナ心配でバナナオレ買いに行きたいからって途中まで一緒に来たの。学園はひとりで歩いたのですよ!」
「…しかし、ほんまに一人で来たん? えらいな」
「むふー!」
 褒められて嬉しげな幼女に思わず笑う。いつまでいるのか、尋ねかけて思い直した。
(聞くのも野暮かな…)
 メイド達の動向は、今までの天魔と違いすぎて予測がつかない。さようならの時もあるだろう。でも出来ればそれは哀しいもので無いといい。
 よしよし、といつも自分がされているように頭を撫でると、幼女が嬉しげに笑う。
 そんな様子を神楽が微笑んで眺めていた。





「え。肉がない?」
 とある洋食店の前、食べ歩きに来ていたアルフレッド・ミュラー(jb9067)は店員の声に眼を丸くした。
「繁盛しちまったんならしょうがねぇよな。んじゃ、イタリアンにするか?」
 そんなわけで、急遽三人の食事先はイタリアレストランに決まった。
「別にいいですよ」
「……」
 事後承諾にネイ・イスファル(jb6321)が微笑って頷き、カイン・フェルトリート(jb3990)も無言でコクリと頷く。
「んじゃ早速……ニョッキとマルガリータピッツァとカルボナーラ、海老ピラフとキッシュに……あと、後のほうで本日のドルチェかな。おまえらは?」
「それ一人で食べるの?」
 アルフレッドの声に、ネイとカインが唖然とした顔になる。別に食べれるけど、とはアルフ談。それぞれ気になる料理を注文したが、とても二人にはアルフレッドの真似は出来そうにない。
「色々いっぱい食べたいしなぁ……そっちの、あとでちょこっとだけくれよな!」
「食べ歩きで料理研究ですか」
 ネイがくすくす笑いながら言う。もちろん、分けるのは何の問題も無い。
「いろんな料理知りてぇんだよな。楽しいし、一度覚えりゃ材料さえあれば美味いもん食えるだろ?」
 その声にカインは頷いた。表情の乏しい顔に小さな笑みを浮かべる。
「美味しいもの……いっぱい……アルフの、おかげ」
 料理を振舞ってもらうことも多いのだ。こうやってご飯所に行くのもいつも楽しみにしている。食事って凄い。本気でそう思う。
(でも、アルフはいつのまに料理が趣味になったんだろう……?)
 首を傾げていたカインは、「来ましたよ」とネイに教えられるまで考えに没頭していた。料理を切り分けたネイが給仕してくれるのに、申し訳ないやら嬉しいやらで目礼する。
「……おいしい……」
「美味しいですね」
 一口食べて二人して頷きあった。お腹が空いているのを差し引いても、チーズもトマトソースも絶品だった。このピッツァなら何枚でも食べれそうな気がする。
「せっかくの料理が冷めてしまいますよ」
 ふとアルフレッドがメモを取っているのを見てネイは苦笑する。勉強熱心なのもいいが、せっかくの料理を味わうのも大事なことだ。
「ん。だよな……つい夢中になっちまうぜ」
 やれやれ、と後ろに頭を倒した途端、ぺたん、と額に小さな感触がした。
 アルフレッドは目を見開く。目の前に、いつか見た幼女が浮いている。
「って、お、あん時の幼女じゃねぇか。おまえさんも遊びに来てたのかよ」
「婿殿!」
「「『婿殿』??」」
 ネイとカインが合唱。アルフレッドは慌てた。
「違う! 婿じゃねぇな!?」
 しかしふたりはそれぞれ神妙な顔をするばかりだ。
(……アルフ、婿になるんだ?)
 カインはごく普通に疑問と納得する。悪魔的に考えて、別におかしなことでも無いし。
「おめで…とう…?」
「ここでおめでとうはおかしいな!?」
「アルフ……お年頃になるまでは……」
「待てコラ、ネイ! 念を押されるようなことはしてねぇな!?」
「婿殿はシャイなのですよ」
「まてまて、ちっちゃいの。押しかけ女房みたいな言動になってるぞ!?」
 アルフレッドの声に、ヴィオレットはキラリと目を輝かせた。
「知ってるのです。押して駆けたら女房になるっていう意味ですな!?」
「……斬新な解釈だなヲイ……」
 他二人の反応はといえば、ああ楽しそうだからいいかなぁ、というとても優しい眼差し。
「お腹……空いてるなら、一緒に……ご飯、食べる……?」
 カインの申し出に幼女は一も二も無く飛びついた。アルフレッドはその様子に苦笑する。ぽん、と小さな頭に手を乗せると、わっさわっさと撫でた。
「婿とか関係なくさ、また飯食いに来いよ。ちっちぇえのと戦うのとか、俺、嫌だしさ」
 ヴィオレットは真顔でコックリ頷いた。
「二度目のぷろぽーずですな!」
「違うって!!」
 何がそんなにポイント入ってこうなったのか。アルフレッドは首を傾げるが、結局こういうのは全てフィーリングなのである。
「いつかあたしも婿殿にご飯作ってあげるのですよ!」
「お、おお。……いつか皆で平和に暮らせれればいいな」
 ぽん、と頭を撫でてくれた手に、ヴィオレットはとてもとても嬉しそうに言った。
「そしたら人間界でしんこんりょこうなのです!」
 なんだか喋るごとに未来が狭まってきそうな気がした。
 

○【東】の蛇は満悦に微睡む


 強化ガラスで出来た天井の向こう、鈍色の空から降るのは白い雪。けれど地上はといえば、明るい光に照らされた夏の光景が繰り広げられている。
「こんな時期だけど水泳ね!あれに乗ってみよう!」
 空を見上げていた視線を戻し、雪の結晶柄の可愛い水色水着で走るのは雪室 チルル(ja0220)だ。その眼差しは遠くからでも巨大さが分かるスライダー『スネーク』に向けられている。
(狙うは最速!)
 物凄ーく速く進めば物凄ーくかっこいいはず! ついでにスリルも満点だ!
「いっけーっ!」
 オープンいの一番にチルルはスライダーに飛び込んだ。無論、下にも誰も無いことを確認済み! 入口に向かって助走つけ、ライ●ーキックのような勢いで中に飛び込む!
「うわっ凄…ごぼぼ!?」
 もの凄い勢いつきすぎて、ぐるんと体がコースの天井にまで滑り一回転して螺旋を描いた。圧倒的な勢いにもみくちゃにされるような感覚。スポーンッと出口から飛び出した後も、数メートル程水面を走った。
「ぷぁっ…あははは!?」
 ドプン、と音を立てて沈んだ後、魚が跳ねるような勢いで浮上する。滅多にない感覚に思わず笑みが零れた。
「これ面白い!」
 コース内で回転した時の体が浮き上がるような感覚も、もみくちゃにされる感覚も、遊びの一巻なら面白いもの。ザブザブ水を掻き分けて進む中、なんだか胸が妙に水の感覚分かるなぁとか思ったけどたぶんきっと無問題!
「次はもっと早――」
「お待ちなさい!」
「ひゃわぁ!?」
 いきなり、わし! と背後から胸を掴まれた!
「なななn!?」
「水着が落ちていましたわ」
 咄嗟に蹲った真後ろにO型蒼モノキニ姿の巨乳女が仁王立ち。その手に握られてるのは確かに自分の水着なんだか呼び止めるにしても胸掴む意味無いような?
「あ、ありがとう?」
「どういたしまして♪」
 にこっと笑む前髪の一部が銀色をした女に礼を言い、恥ずかしげにチルルは水着を付け直す。胸掴まれた事は普通にスルー。純粋無垢すぎて羞恥アレコレが追いつかない。
「速さ狙いでしたらコーナー側、右前方に向かって飛び込むのがお薦めですわ」
「成程! 試してみるわ!」
 じゃあ! と元気よく走り出してからチルルは首を傾げる。なんだかバナナオレの匂いがした気がするのだが、たぶんきっと気のせいだろう。


 そんな最速を目指すチルルの雄姿を見ていた者がいた。双子の姉と共に遊びに来たエミリオ・ヴィオーネ(jb6195)である。
(楽しそうだな)
 走り去る方向を見やり、姉のエルミナ・ヴィオーネ(jb6174)が感心した顔になる。
「遊具の類が凄いな。これ程大がかりなものを作るのか……人間は恐ろしいな」
「こういうの、どういう発想で思いつくんだろうな……」
 堕天してきた二人には、人間界はビックリ箱のような所だった。人間の娯楽に対する情熱も発想力も、自分達の想定を上回る。
「あれ、乗ってみるか」
 ズシャアアアと再度滑ってきたチルルに触発され、エミリオはそそくさとスネークの方に向かった。「ふむ」と呟いて、エルミナは片時も離さない愛読書を仕舞う。
「こういうのも良いものだな」
 目の前であんなに楽しそうにされては興味を惹かれずにいられない。
「この階段の上なのか?」
「そう! どんなに勢いつけてもコース外にならないから安心よ!」
「へぇ……こんな作りなのは、そのためか」
 チルルに教わりながら駆けあがった階段はかなりの高さ。思わず地上を見下ろす二人に、「じゃ!」と笑ってチルルは再度入口に突入した。
 思わずエミリオが覗き込む。こんな風になっているのかと内部をしみじみ見る弟に、エルミナは首を傾げて近づいた。
「怖じ気づいたのかね。早くいきたまえ」
「ちょ・ま・エルミナァアアアアアア!!」
「お?勢いよくい・」
 ツルッ
「わぁあああ!?」
 片手で景気よく弟を突き飛ばし、覗き込んだ所でエルミナの足が思いっきり滑った。
「くそっエルミごぼぼ」
「エミリオちょっとどけがぼぼ!?」
(なんか後から突っ込んで来てるし!?)
 いきなり頭を蹴飛ばされてエミリオは仰天した。エルミナのほうが勢いがあったのか、あっという間に追いつかれて尻で頭を再度吹き飛ばされる。
「事故ったらどうすごぼぼb!?」
\鼻から水入った/
「なんか蹴ったかもしれないがすまんね!!!」
「ごぼぼぐぶぶ!!(尻退けてくれ!)」
「何か言ってるようだが悪い!私も余裕なくて全く聞き取れない!」
 これが恋人とかならラキスケ上等だが実の姉だと色々切ない! 色んな意味で!
 スポーンッと二人纏めて出口で吹っ飛び、音をたてて沈む様子に、チルルが「おー」と歓声をあげる。二人セットだと一人より速度が早いかもしれない。
「ぷはっ…くそ、エルミナ、覚えて…何だコレは?」
 浮上し、頭を振ったエミリオはふと気づいた。自分の右手が握っている白い布に。
 同時にエルミナも気づいた。なんか胸が軽いなーというか寒いというか――
「…貴様」
「エルミナのぶらぁああああ!?」
「フンッ!」
 気合一発。捻りを加えた張り手のようなビンタにエミリオの体が吹っ飛んだ。
「…弟とはいえ、許されることと思うな」
 ゴゴゴ、と効果音が聞こえてきそうな阿修羅の気配。
「不可抗力じゃないか!?僕のせいかコレ!?」
「あー…なるほどー」
 修羅場が勃発している様子に、自身もブラが吹っ飛んだことのあるチルルが納得顔。すわ戦闘か、と思われた所で二人の横を物凄い勢いで固まりが吹っ飛んで行った。
「あれ。亀山さん家の妹さんがいる…あちらも家族で… … …ぱんつ?」
 亀山家三姉弟がそこにいた。


 そこに至る数分前、三人はウキウキとした足取りでリゾート内を歩いていた。
(おにいちゃんとおねえちゃんと一緒にプールなの!)
 溢れ出る幸せオーラでほてほて歩いているのは亀山 幸音(jb6961)。小柄な体もあって、ちょこまかと動いているのが小動物のよう。
「おねえちゃん、おにいちゃん」
 ぎゅぅ、と二人の真ん中で大好きな姉と兄の腕に抱きつく。
「どした?」
 目に妹愛が溢れる眼差しで、亀山 絳輝(ja2258)がそんな妹を見下ろした。こちらも妹可愛いが全身から漂っている。
「揃って遊びに行くの、夢だったから嬉しいの…!」
 先にアウルが発現し、学園に入った二人との別れは耐えられないものだったのだろう。自らもアウルを発現させ、追いかけて来た妹の嬉しそうな泣き顔は今も忘れられない。
「幸音…!」
 ジワッと目尻に涙を滲ませ、絳輝は幸音を抱きしめた!
「私はいつだって!!補習だって抜け出していつだって一緒にお出かけするからな…!!」
「おねえちゃん…!!」
「……いや、補習はせなあかんな?」
 赤ビキニの胸に顔が埋まってる妹を見つつ、亀山 淳紅(ja2261)は頬を掻いた。少年の初々しさを残す顔立ちに、男臭さを感じさせないすらりとした体。かなり若く見えるが、今年大学二年生になる青年である。
「おまえは!幸音と遊びたくないのか!」
「遊びたいな!!」
 嗚呼、姉弟。
「休みがあうのん久しぶりやもんなー」
「うん!」
 もっとこういう機会があればいいのに。あればいいのに(天の声)
「幸音、どこか行きたい場所ある?」
 一生懸命落ち着こうとしつつ嬉しくてはわはわしてる妹に、真顔で「可愛い」をぽろぽろ零しつつ、淳紅は超絶爽やかな【兄の威厳の微笑み】発動。
「あの上から滑るの行きたいの…」
 カウンター! 妹は【上目使いでもじもじ】を発動した!
「「妹可愛い…!」」
 あ。絳輝も巻き込まれた。
「上から? というと……」
 次いで上を見上げれば、巨大な筒型のにょろにょろがプールに向かって伸びている。
「スライダーかー!こんなでかいのは初めてだな!」
「行こう!」
 楽しげに頷く弟妹の姿に、絳輝は女前な笑顔の後ろで血涙した。
(くっ…なんで私は前日に防水カメラを買わなかったのか!)
 階段登る足に力が入ってしまうのも仕方ない。だが大丈夫だ! 見回り教師の王太郎があちこちで皆の記念撮影をしているぞ!
 ちなみに弟は妹を見る男がいないか鷹の様な目でガンプレゼンツに忙しかったり。
「ん? 説明書きあるんな。2人以上でも滑れるらしいで?」
「本当!?」
「家族仲良く皆で滑るか? 滑るか?」
 ちらっちらっ
「乗りたい!」
 絳輝の眼差しに、幸音は目を輝かせて姉の手をとった。その様子に淳紅は笑って辞退する。
「いや、自分はええよ」
(あっ。おにいちゃんが先行っちゃう!)
「姉ちゃんと幸音2人で滑っtああ!?」
「ちょっその体勢は危なっ…うおおお!?」
 妹と一緒に滑るのを姉に譲り、先に行こうとした淳紅に置いていかれると思った幸音がまさかのダッシュ! 滑ってプッシュ! 助けに走った絳輝もろとも、ものの見事に団子になってスライダーに突っ込んだ!
「きゃわぅおにいちゃ…(がぼがぼ」
 パニックな幸音が必死になって兄に抱きつく。確かな感触。これは兄のサーフパンツ!
「ちょ・幸音ソレはやばがぼぼ」
 なんということでしょう。もみくちゃになる間に淳紅のサーフパンツがまさかの脱皮準備!
(兄の! 兄の威厳だけは……!)
\スポーン!/

≪ただいま映像が乱れております、しばらくお待ちください≫

 沫のモザイク荒ぶる水中から、真っ先に顔を出したのは姉だった。
「大丈夫か二人とも!」
「ぷぁっ……鼻にお水入ったの」
 絳輝はよしよしと頭を撫でてやる。だが、幸音の手が握ってるものを見つけて硬直した。
「……幸音。それは」
「? おにいちゃのパンツ…?」
 ああ、なんということでしょう。淳紅の男の砦、サーフパンツが妹の手に!(※Tシャツは着てます)
「はっ…! おにいちゃんがいない!」
 いえ、水底にいます。
「おねえちゃん、おにいちゃん上がって来ない…どうしよう…っ」
(上がってこないんやないよ…上がられへんのよ…!)
 水面向こうの声を拾い、プール底の淳紅はシャツを必死に引き下げた状態でプルプル正座。前を引き下げたせいで引きあがったシャツの後ろ裾から綺麗なお尻がOH!YES!!!
「水底探せばもしかしたら……!」
 やめたげて! 淳紅の羞恥心は天元突破よ!
 ブワッと涙の浮いた妹に、うんうんと頷きながら絳輝は背中にじんわり汗をかいた。
(…まずいな…あいつ今無防備じゃないか…)
 世界の扉がフルオープン。どこに通じる扉なのか不明だが。
 今にもプールに潜りそうな妹の肩をがしっと掴み、絳輝は姉の威厳をもって――
「まぁなんだ、幸音。前向きに考えてみよう」
 厳かかつキラリと光る笑顔で告げた。
「あいつの成長具合を確認できる良い機会かもしれないぞ?(爽やかァ」
 ばしゃああ!!!
「おねえちゃん!? 今後ろから水が!」
 水底の淳紅がむっちゃ怒ってる。
「フ。妖精さんがおにいちゃんはここだよって教えてくれたんだよ、幸音。ほらここだぁああ!」
「ぎゃああああ鬼ぃいいいい!!」
「……惨い」
 一部始終を見てしまったエミリオが、頬に赤紅葉くっつけた状態で不憫そうな目を向ける。せめてきょとんとしている妹の眼差しからは反らしてあげようと、エルミナとチルルと一緒に壁になりに歩いて行った。
 兄の尊厳が保たれたかどうかは、六人だけの秘密である。


「温泉とプール、両方楽しめるのはいいよねー」
 紐で結ぶタイプの猫柄ビキニを着用し、猫野・宮子(ja0024)はウキウキとスパ内に足を踏み出した。
 冬なのにプールと温泉。二つも味わえるとはなんて贅沢なんだろうか!
「プールでめいっぱい泳いでみるのもいいかなっ。でも温泉三昧も捨てがたい……!」
 岩風呂、打たせ湯、露天風呂。乙女はいつだって身支度に余念が無いのだ。
「今日はゆったりとした後に温泉の方に行こうかな…って、あれ?ここってスライダー!?」
 赴くままに足を進めつつ、人の流れに乗りながらめくるめく温泉ライフを想像してたらまさかの事態。思いっきりスライダーの列ですね!?
(いいい今ならまだ列から離れれば……ってもう階段に踏み入れちゃってたぁ――っ!)
 ああっトリップしてる間に抜け出すことのできないポジションに! なんで階段こんなにぎゅぅぎゅうなの!? あっ係員さんちょっと助けて!
「なんだ。何かトラブルか?」
 違った学園の巡回教師、王太郎だった!
 しかしこれはある意味助かった。巡回で関係者側通路歩いてる教師にくっついていけば華麗に脱出できるはず!
「実はこれから…」
「ああ、スネークに乗るのか。記念撮影してやるから行ってこい」
 違う! 任せろみたいな顔するな!!
「い、いや違…」
「はい。次の方どうぞー」
 ああ! 南無三!!
 笑顔の係員に呼ばれ、波に押されるようにヨロヨロロ。パカッとあいてる入り口が、まるで地獄の門のよう。
「ど、どうしてこうなった…」
 戸惑いながらも意を決し、プルプル震えながら踏みだした!

 ジー・パシャ☆

「その表情は待…はぅぅぅ――!?」
 なんか撮られたと思った瞬間、体が見事にボッ・シュート☆ 無防備な状態で入ったせいで足が華麗な観音開き!
「……に゛ゃあああああ!?」
 スポーン! ずしゃあああ!
 肌色成分が増した気がする体が綺麗に水面を滑って沈没する。と思ったら即座に跳ねるように飛び出した。
「こ、これくらいどうってことはなかったんだよ!」
 ちょっと怖かったけどミャーコ平気!
 しかし目の前にぷかりと浮かぶ物体はとてもじゃないがどうってことないとは言えない代物!
「…え?」
 可愛い猫柄のブラがそこに。
「え?」
 水の中、見下ろす体がどこまでも続く肌色成分。
「に゛ゃあああーっ!?」
 スパ・スライダー『スネーク』は、スパ・ラキスケイダーに改名したほうが良さそうだった。


「おー? なんだか楽しそうな声が聞こえてくるのなー?」
 胸に実らせたたわわな果実を大きく揺らし、大狗 のとう(ja3056)は声の方をと振り仰ぐ。とぐろを巻く蛇のようなスライダーの出口では、ちょうど宮子が胸を隠してプールに沈んだ所だ。
「お待たせなんだよー!」
 その背中に声がかけられた。振り向いた先、こちらに駆け寄るライトグリーンの水着は真野 縁(ja3294)だ。
「縁、水着可愛いのなー!」
「のともかっこいいんだよー!」
 二人で思わず手を取り合う。ぴょんぴょん飛んで、着地と同時に足が滑りかけて思わず抱き着いたり踏ん張ったり。
「おわわわ! 危ないのな!」
 言いながら思わず噴き出してしまう。縁は踊るような足取りでのとうの周りをぐるぐる回り、巨大な遊具が聳え立つプールの全景に目を輝かせた。
「いっぱいある!」
「温水プールとかワクワクなのなー!あのスライダーが!俺を呼ぶ!」
「ふおおー! とっても長いスライダーなんだね!」
 腕をとりあい、転ぶように走る少女達の華やかな笑い声が響く。巨大なチューブがぐねぐねと回っているように見えるスライダー『スネーク』は、列も長い蛇のようになっていた。
「めいっぱい遊ぶのだー!」
「のだー!」
 ガッツポーズの二人に、周囲がくすくすと微笑ましげな眼差しを向ける。
「むむ、結構高いんだね!滑りがいが有りそうなんだよー」
「おっおっ、縁、怖いんだな! いっししし!」
「ちぎー! 怖くなんかないし!」
 ぽかぽかふざけて肩を叩かれて、順番詰めに進むのをこれ幸いと前へ前へ。
「のとこそさっきからそわそわしてるんだよー! おトイレは、あっちなんだよ」
「ちがーっ! 縁こそそわそわしてるんだ!」
 後半を物凄い真顔で言われてのとうが真っ赤になって慌てた。縁は「むふー」としてやったり顔だ。
「ぐぐぐ、そんな悪い子は、こうなんだな!」
「にはははははは!?」
 脇腹を強襲したのとうの手に縁は堪らず大笑いする。そうこうしている間に頂上に到達し、のとうは背伸びして先の人達の様子を伺った。
「間近で見るとけっこう大きいのな!」
「ふぉぉ、高さもあるんだよー!」
 前に居た二人が一人ずつ滑って行く。のとうは「ふむ」と頷いた。
「このスライダーは一人ずつ滑るのだなー」
「あ、のと、あれ見てあれー」
「お?」
「いっけー、のと!君に決めたー!なんて!」
 どーん!
「…なんて思ってたこともありましたあぁぁぁうおわあぁぁぁ!!」
 指さす方向を見たとたん、背中を押されてのとうの体がボッシュ―トされた。即座に「えいっ」と縁も飛び込む。
「うにー!! あっはははは! がぼー」
 速攻で底を流れる水に翻弄された。あ、ヤバイ。これはヤバイ。しかし先行くのとうは自分の事で精いっぱいだ!
(通常のスピードが中とかそんなことはなかった!!)
 なんだこれは。ライトか。光の速さか。というか縁ぃいいいい!!
「のわーっ!」
 スパーンッと何故か斜め上に吹っ飛ばされて横腹を水面に叩きつけられて沈んだ。わりと痛い。
「…ぶっはぁ!! 縁! おま…」

 ぶくぶく。

「…‥‥あれ? 縁?」

 ごぼぼー。

 きょろきょろ見回すのとうの下、縁は水面の底に沈んでいる。
「縁ーっ!?」
 慌てたのとうに引っ張り上げられ、縁はにぱりと笑った。
「うやー楽しかったんだね! スリル満点だったんだよー! にひひ」
「楽しかったなー! いっししし! 最後ビックリしたけどな!」
「にひ! 次は何が良いかなー、あ、食べ物ないかなー飲み物でも可なんだよー!」
 ぴょんと勢いよく水場から飛び出し、今度は手を差し伸べる縁にのとうは笑う。
「おー? 軽食ぐらいならあったかなー。ちゃんと食べるなら旧モールだな!」
「トロピカルジュース的なの! うにん、遊びながら探そうなんだね!」
 引き上げられ、二人でじゃれあいながら走り出す。遥か頭上で、偽りでは無い太陽がキラリと一際輝いていた。





 更衣室の中、川澄文歌(jb7507)は気合を入れていた。選んだ水着はパレオ付きの青ビキニ。姿見で客観的にチェックしつつ、大丈夫、可愛いとおまじないを唱えるように心の中で呟く。
 よし、と最終確認をして出た外には、黒と灰色のグラデーションサーフパンツの水無瀬 快晴(jb0745)の姿。
「どう? 水着似合う……かな?」
 最後はどこか迷うような、ふいに保護欲をかきたてられるような表情で問われ、しっかりと観賞していた快晴は微笑んだ。
「うん、とても可愛いねぇ」
 ふわっと文歌の顔が綻んだ。そそくさと傍らに寄る。
「今日はカイとデートだね。楽しみだよ」
「うん。行ってみたい所ある?」
 見上げてくる眼差しに、暖かなものがこみ上げてくる。快晴は案内板を示して尋ねた。視線を追い、文歌は東に書かれているスライダーを指さす。
「スパ・スライダーを滑ろうよっ」
 二人でゆったりと園内をボートで回れるリバーサイドを見ていた快晴は、楽しげな文歌の声にはたと我に返る。
「……面白そうだし、行きます、か」
 ちょっと残念、とか思わない。回れるのは一つじゃないだろし。うん。
 そんな快晴の心を知ってか知らずでか、文歌はにっこり笑って恋人の腕をとった。
「サイドリバーじゃなくて、東のスネークを2人で、ね☆」
 軟かで暖かな感触が腕にあった。思わず視線を彷徨わせつつ頬を掻く。
「……ま、いっか」
 促されて歩く間もずっと腕に至福の感触が。走ってないのに心臓だけが駆け足になっている。なんという役得だろうか。しかしこの後さらなる役得が発生するが、流石にそこまでは予想していない快晴である。
 並んでいる間中ずっと傍らに温もりを感じてドキドキしていたせいか、順番はあっという間にやってきた。
「お二人ででどうぞー!」
 係員に笑顔で見送られる。なんとなく照れ笑いして、二人して飛び込んだ。
「きゃっ!?」
「わっ!」
 思ったより二人で滑ると狭い。勢いで隙間なく密着し、あ、と思った時には自身ではどうすることもできない状態になった。
(胸が……顔に!)
 わざとじゃない! しかも抱きしめられてて動けない!
 と思ったら方向が変わって文歌を下敷きにする勢いで反対側に落ちた。
「っ!?」
 今度は文歌の頭が快晴の首筋にある。このままだとどこにどう接触するかわからないけどあちこち柔らかくてどこにどう触れているのか分からない!
 軽くパニックになっている快晴の腕に、ぎゅっと力が加わった。文歌の手が握っている。
(2人で滑っている間は2人だけの空間だね…)
 密着するのも嫌じゃない。そんなの全然気にしない。暖かくて、ちゃんと逞しくて。今だってぶつかるのを咄嗟に守ろうと動いてくれてた。分かってる。だからこうやって一緒にいられる時間が幸せ。
 すがるように抱き着いた体を守るように抱きしめた。他意は無い。ただ温もりだけがそこにある。
 思わず顔を上げた文歌に、快晴もまた同時に俯くようにして視線を向けた。

「…」

 何か。触れた気がした。
 大きく見開かれた互いの目が見えた。僅か一瞬。一秒ですらない時間。
 途端、二人まとめて眩しい外の世界に放り出された。
「!?」
 投げ出された体が重力で落下する。ごぼごぼと口から洩れる泡。さっきの感触は幻か、否か。
「ぷはっ」
 水面に顔を出し、二人でしばし硬直した。
「……ははは」
 こういう時はどう何を言えばいいのか。気恥ずかしくて誤魔化すように笑った快晴に、文歌は顔をあげてふわりと微笑んだ。その顔は快晴に負けず劣らず赤くなっている。
「えへへ、ちょっと髪が乱れちゃったね」
 優しい手が伸びて快晴の髪を整える。同じく相手の髪の乱れに気づいて、快晴もその髪を撫でるようにして整えた。
「ん、直ったよ」
「ん」
 顔の赤みをお互い自覚しながら、けれど敢えて互いにそっと口を噤む。かわりにどちらともなく手を繋いだ。温水の中にあっても、お互いの体温のほうがより暖かい。
「また一緒に来ようね、カイ♪」
 微笑う文歌に、ややも落ち着きを取り戻した快晴も微笑った。
「うん、また一緒に来れると良いねぇ?」
 先のことは分からない。けれど、願うぐらいはいいはずだ。
 いつかまた、二人で。
 互いに願いを託し合うように、握った手に僅かに力を込めた。





 リボンのついたタンキニは、フリルスカートのついたセパレート。駆ける動きにあわせて、その裾がぴらぴらと動いている。
「よぉ〜し、全力で遊んじゃうぞぉ!」
 元気いっぱいに走り、白野 小梅(jb4012)は「とぅ!」と全力全開でコースに飛び込んだ。
「いけいけぇ(がぼぼー)」
 滑る体が水と一緒にぐるんぐるんチューブ内を回る。右に左に体を振られ、自分の格好すらわけがわからなくなったところでスポーンッと外に放り出された。
「ぷはーっ!」
 派手な水飛沫を上げてプールに沈んだ体が飛び出してくる。はぁはぁ肩で息をするも、その顔にあるのは満面の笑顔だ。
「おもしろいの!」
 多少水を飲んだりすることもあるが、チューブのようなコースは安全であり、なにより勢いにあわせて自分野からだがあっちこっちもみくちゃにされている感覚がなんだか新鮮で可笑しい。痛みもないし、ほんのちょっぴりあるスリルがまた楽しかった。
「もういっかいなのっ」
 ぱたぱた走っていく小柄な体に、係員がくすくす微笑っている。
 三回、四回と繰り返し、五回目を滑り追えた所で「ぜー、はー」と大きく息をした。
「ふぁぁ……いっぱい滑ったの!」
 短期間にこれだけ乗ったのは白梅ぐらいだろう。よろよろと出口のプールから這い上がり、ぺたーん、と仰向けに転がる。
「次、何に乗ろうかなー……」
 呼吸が落ち着くのを待って軽く身を起こしたところで、大きな川のようなプールを渡るボートが見えた。
「おー!」
 女性二人が楽しげにボートにしがみついて何か叫んでいる。
「あれ楽しそうなの!」
 白梅は一路西へと走り出した。


○西の大川は氾濫を謳う


 正直に言おう。
 最初に見た時、スライダー「リバーサイド」を見た時、ああのんびりそうだなぁと高を括っていたと。
(なんであの時に気付かなかったかなぁ)
 少女――六道 鈴音(ja4192)は深く嘆息をつく。それは僅か数分前のことだった。


 冬にプールが楽しめるということで、友達の天原 茜(ja8609)と一緒に訪れたのが十分ほど前だった。案内板を見て、鈴音はどれに乗ろうかとしばし考え込む。
(スネークは怖そうだし、南国はなんだかお子様プールみたいだし……)
 普通の温泉は後でいいかなぁ、と考えた所で、隣にいた茜が声をあげた。
「見て! あれってボートで館内遊覧するんじゃないかなあ?!」
 腕を引かれ、指さす方向を見れば、確かに大きな川のようなプールを二人乗りのボートがゆらゆら流れている。ふざけあっているのか、ばしゃばしゃとボートが揺れるのに歓声をあげていた。
「ああいうの、あるんだ」
「鈴音ちゃん乗ってみようよ!」
 なんとなく目で追った鈴音に、茜が飛びつくようにして抱き着く。
(ボートでウォータースライダーかぁ)
 ワンピース型の水着姿で、鈴音はソレを見上げた。無自覚ながら見事な曲線美を描く体に何人かがチラチラと視線を向けるが、そんなものには気づかない真剣さだ。
(遠くで見る分にはけっこう長閑そうに見えるけど……)
 そう、一見してのんびりしているように思えたのだが、近くに来るとわりと勾配もあるような気が。
(あれ、前に乗った方が絶対怖いわよね…)
 既に出発した組からは悲鳴とも歓声ともつかない声があがっている。
「ね!?」
 楽しみなのだろうと見てとって、鈴音は大きく頷いた。
「うん。行こう!」

 そして今のこの状態である。

(前と後ろ。うん。迷うまでもないわよね)
 あと一組で自分達、というところに来て、鈴音は決断した。ちょっと脂汗浮いたりとかしてないしてない。
「茜ちゃん! 私がついてるから大船に乗ったつもりで安心してね、二人乗りのボートだけどっ」
 自身の胸をドンと叩いて言った鈴音に、顔を輝かせて出発組を見送っていた茜はパッと振り返ると笑顔で言った。
「楽しそうだねえ! きっと景色も綺麗だよ! 鈴音ちゃんに前に行ってね!」
(え? 私が前?)
 どうやら発言に気づいていなかったようだ。
(えっ? 前なのっ?)
 しかもゆったり景色を楽しむ乗り物と勘違いしてる模様。
「…えっと」
 前の組が乗り込み、出発する。
 茜は目をキラキラさせてこちらを見ている。
 女は!
 度胸だ!!
「ももももちろんよ! 私が前で、茜ちゃんが後ろね!」
「うん!」
 笑顔でコックリ頷く茜。本人は景色の良い前を譲った気持ちだから、笑顔の無垢さが半端ない。
(言えない……怖いから前乗りたくないとか言えないっ)
「さぁ、いざ出発よ」
 半ばやけくそで乗り込み、若干カチコチの状態で胸を張る。いそいそと茜が乗り込み、揺れたボートに一瞬心臓が飛び上がってコサックダンスを踊りだしたが根性で声を出さなかった。
(黒羊が一匹黒羊が二匹)
 かわりに何かを召喚しそうだ。
「行ってらっしゃいませ」
 笑顔で係員さんが送り出す。手を振る茜の前、ちょっと腰が引けてる形で鈴音は乗っていたのだが――
(あー、思ったより怖くないかな?)
 出だしがゆったりしていることもあってあっという間に緊張が解けてきた。
(他の施設で遊ぶ人達がよくみえるわ)
 見れば後ろの茜も目を輝かせて眼下の景色を楽しんでいる。
「ねぇ、これ、すごく向こうまで見えるね!」
「けっこう見晴らしよくていいかもねっ」
 しかし安心するには早かった。
「あれ、鈴音ちゃん、前方、アレなんだろう?」
「えっ?」
 気づいた茜が指さす方向、なにやら水面が半端なくぼこぼこに波打っている場所が見えた。しかも明らかに延々と続いている。
「あ、あれ? なんだかこれ結構揺れるね…?!」
 ゾーンに入ったな、と思った次の瞬間、体を振り落とされそうになった。
「あっ…、ちょっ……、うえぇっ!?」
(ゆっ…揺れるっ)
 鈴音は慌ててボートにしっかり捕まった。その体を吹き飛ばす勢いでボートがもみくちゃにされる。
「わわっ!? ひゃんっ!」
「わっ、ちょ、鈴音ちゃん私を掴まれても困る――!!」
 前に吹き飛ばされかけたと思ったら今度は横から衝撃が来て、咄嗟に鈴音は茜の腰を掴んで衝撃をやり直した。とてもとても柔らかな弾力。とうか、膨らみが――?
「茜ちゃん、あれ、ちょっと見ないうちに……膨らんで?」
「えっ?! ちょっと太ったんじゃないかって…?」
 ゼロコンマで茜が反応した。その顔が真っ赤になっている。
「こ、こんな時に何言ってるの!! さっき出店のたこ焼き食べたからだよ!」
 しかも巨大なのが八つも入ってるヤツだった。腹にも溜まろうというものだ。
「って、きゃ――!!」
「きゃあ!」
 抗議に意識をとられたところで再度突き上げるような揺れにぶつかり、二人纏めてボートから落ちかける。揺れが来るのを見越して場所取りと重心調整をしていないせいで、恐ろしい程波に翻弄された。
「これって、優雅に景色見る乗り物じゃ、無かったの――!?」
 明らかに別アトラクションです。
「待って茜ちゃん! 今度は茜ちゃんが私の腰掴んでる!」
「だって落ちちゃう!!」
 賑やかさに気づいて巡回員の王太郎が学生記念撮影の一環でカメラを手にしたが、あまりの翻弄されっぷりにこれは撮れまいと撮影を断念した。なにしろ落ちないのは落ちないのだが、落ちない為の恰好が色々大変けしからん。
 乙女の羞恥心は護らねばならない。しかしスパの自動記念写真装置には二人のセクシーショットがしっかり撮られていたりする。
 なんとか最後まで振り落とされずにドンブラコゾーンを超え、二人はぐったりとボートにの内側に沈む。だんだん笑いがこみあげてくるのはなんだろう。
「お疲れ様でしたー! ボートから降りてこちらへどうぞ!」
 ゴール側の女性案内員が笑顔で誘導してくれる。よろよろとボートから降り、顔を見合わせたところでたまらず噴出した。
「はー想像してたのとなんか違ったけど楽しかった…よね?!」
「あー楽しかった! どうよ、私のボート捌き!」
「凄いボート捌きね!?」
 笑ったままこけかけてプールの水を飲みかけるも、なんとか上へと這い上がる。笑い涙を拭う鈴音に向かい、茜は笑顔で言った。
「次はスネークにいこっ♪」
「勿論! ――え。スネーク!?」
 反射的に頷き、一秒後に素っ頓狂な声をあげる。スネークって、あのスネーク!? すごい上からぐるぐるのレーンを勢いよく落ちるやつ!?
「れっつごー♪」
「ご……ごーっ!」
 弾む足取りの茜と共に、鈴音は笑い涙以外の何かを浮かべつつ、一路スネークへと向かった。





 華やかな笑い声が響く。
「文香さんこっちですよぉ〜!」
 猫耳のような髪の下、優しい音色をたてる鈴が動きにあわせて柔らかく音を響かせている。笑顔で手を振る神ヶ島 鈴歌(jb9935)の声に、緑色のビキニに身を包んだ狭霧 文香(jc0789)は笑って駆けだした。
「お待たせしました…!」
 その腕に飛びつき、鈴歌は手を引いて走り出す。
「文香さん♪ 文香さん♪ 早く乗りましょぉ〜!」
「あはは! 鈴歌ちゃん早いです!」
 滑らない様に、けれど急いで乗り場に。わくわくする気持ちは二人分。
 ドキドキする胸を押さえ、文香は呼吸を整えた。そんな文香の前、鈴歌はいたって楽しげにぴょんとボートに飛び乗る。
「さぁ、行くですぅ〜♪」
「あ、あ、待ってくださいー!」
 素晴らしいバランス感覚でボートの前席に立つ鈴歌に、はわはわと文香が後ろに乗り込む。
「行ってらっしゃいませ」
「行ってくるですぅ〜♪」
 笑顔で送り出す係員に鈴歌は笑顔で手を振り返しているが、文香の方はそれどころでは無かった。
(ず、随分揺れて……っ)
 大きなボートならともかく、二人乗り用なら尚のこと。ほとんどしがみつくようにボートの縁を掴んだ文香は、周りを見る余裕も無い。
「文香さん景色すごいですよぉ〜! 絶景なのですぅ〜♪」
「す、すごいねー!」
(見る余裕ないけど……! あ、でも、ちょっとバランス取り方わかってきたような……)
 ゆったりとした流れの中、ようやくふわふわしているボートの不安定さに慣れ始めて文香はホッとした。そろそろ体を起こしても大丈夫そう。
「これなら、何回でも乗れそう――」
 ――と思ったら凹凸ゾーンに入りましたよね。
「な、な、これなんですー!?」
「すごいですぅ〜!」
 文香が悲鳴を上げ、鈴歌が歓声を上げた。
 慌ててボートにしがみつきながら、文香は目をぐるぐるさせる。ボートで遊覧なんてもんじゃない。これはまるで暴れる生き物の上に放り出されたようだ!
 しかしイッパイイッパイの文香と違い、鈴歌はむしろ元気とやる気がいっぱいいっぱい。早々にコツを掴むや否や、大きな流れのポイントを見つけて目を輝かせて乗り込んだ!
「ぁ、こうすれば♪ 更に速くなるですぅ〜♪」
「ちょ、はや! 速いですー!」
「文香さん速いですよぉ〜! お馬さんみたいで楽しいですぅ〜♪」
「これは暴れ馬ですー!」
 はしゃぐ鈴歌の後ろ、文香は最早涙目だ。
(舌噛みそう……!)
 ざっぱざっぱと大きく揺れながらぐるぐる回るボートは、まさに濁流に翻弄される木の葉の如し。頭から水を被り、もうどこが前でどこが後ろなのかサッパリ分からない。
「も、もうちょっと、ゆっくりとー!」
「大きい段差がくるですぅ〜♪」
「え、ええっ!?」
 声と同時、体が大きく浮き上がった。なにしろ出していたスピードがスピードである。着水するや否や、反動でバウンドした体がボートの外に投げ出された。
 どぽーんっ
 大きな水しぶきが二つ。ぶくぶくと二秒ほど沈んで、「ぷぁっ」と顔を出した。お腹がピクピクとむず痒い。顔を見合わせ、文香と鈴歌は同時に吹き出した。
「ふふふ〜、落ちちゃいましたねぇ〜♪」
「落ちると思っていました…盛大に落ちると思っていました!」
「すごかったのですぅ〜♪」
「こんなの初めてですー!」
 目に浮かんだ涙はどの涙か。拭いながら文香は鼻を啜る。ちょっと水が入って痛い。
「ボート流されちゃったですぅ〜」
「はわわ、取りに行かないと…… ?」
 川の先を見て文香は目を見開いた。随分と流された先で、見回り教師が乗り手を失ったボートを捕獲して脇に退いている。
 駆けつけた係員が声をあげた。
「このまま上がられますかー? もしゴールまで行かれるようでしたら、乗ってそのまま流れてくださいー」
「わかったですぅ〜♪」
「すみませんー!」
 笑顔で手を振るのに手を振り替えし、どんどんと次の組が流れていくのを横目に王太郎の元へと泳いだ。ボートを支えてくれているのに礼を言って、二人してよいしょと乗り込む。何度か失敗してその度に笑い転げた。
「気を付けて行ってこい」
「ありがとうございました」
「行ってくるですぅ〜♪」
 物怖じしない鈴歌がパチンと片手で王太郎とハイタッチし、押し出されたボートの上で再度体勢を整える。
「ラストスパートですぅ〜♪ 今度は落ちませんよぉ〜!」
「わ、わ、今度は安全運転でー!」
 二人を乗せたボートがどんどん流れていくのを見送って、王太郎はほんの少しだけ懐かしそうに目を細めた。


 楽しんだ後の休憩はレモネードで。
 はぁ〜、と二人で満足そうな息を零し、チェアの背もたれに体を預けた。
「楽しかったですぅ〜♪ 文香さんも前に乗ってみるといいのですよぉ〜♪」
「前の方が怖そうです……!」
(あ、でも、スピード調整できるかも?)
 ハタとその事に思い至る。ボートがの行き先を上手く調整すれば、まったりコースも選べるのがラフティングのいい所だ。最も、後ろからでも無理矢理コース変更出来たりするのだが。
「またボートに乗って遊ぶですぅ〜♪」
「え。ええっ?」
「次は文香さん前ですぅ〜♪」
 手を引かれ、立ち上がり、駆け出しながら文香は片方の手にぐっと力を込めた。
「が、がんばります…!」


 白梅がリバーサイドに着いた時、珍しい事に待ち人ゼロの状態だった。
「ん。二人乗りなの……」
 ボートを見て白梅はしょんぼりした顔になる。はわはわと周囲を見渡し、ちょうど上がって来た大きな胸の女性を見てパッと顔を輝かせた。
「ねーねー、一緒に乗ってぇ」
「あらあら、うふふ。喜んで♪」
 母性溢れる谷間にしっかりと白梅を抱き込んで、マリアンヌは意気揚々とボートに乗り込む。
「しっかり座席に座ってくださいましね? 危ないですから、立ち上がらないように」
 マリアンヌ、意外と幼子の面倒見は良かった。
「わかったの!」
 にこぉ、と笑む白梅の頭を撫でて、二人でほのぼのと出発する。しかし幼い白梅は、リバーサイドから見える光景に言われて事を空高く放り投げてしまった。
「あ、見てみてー! あそこに友達がいる! やっほー!」
 パッと立ち上がった瞬間、バランスを崩してひっくりかえる。素早く胸に抱き留めて、マリアンヌはくすくす笑った。
「あらあら。しょうがない子」
「えへへー」
 笑って誤魔化すも、やはり視界に友達が入れば同じ事を繰り返してしまう。しかも凹凸のあるゾーンが来ても咄嗟の動きが代わらないため、いつのまにかマリアンヌが正座で抱き留め体勢に入っていた。
「ほら、まーた」
「えへ」
 倒れ込んだのを抱き留めてマリアンヌは笑う。なんだかんだで楽しんでいるらしく、支えて自分も一緒に手を振ったりしていた。
(……おねぇちゃん、なんだかおかあさんのにおいする)
 何度目かの転倒を抱きとめられて、白梅はぎゅっと大きな胸に抱きついた。マリアンヌは微笑ってその頭を撫でてやる。
 その表情は、とても四国を騒がせた凍魔とは思えない程、穏やかだった。





「スパリゾートすごいのだよ! いっぱい楽しむのだよ!」
 水玉模様のフリル付きタンキニで更衣室を飛び出し、フィノシュトラ(jb2752)はぴょんっと大きくジャンプした。同じ色の髪が動作にあわせてふわっと舞う。体重を感じさせない動きは、まさに妖精といった感じに軽やかだ。
 ちょこちょこと後ろから出てきた真珠・ホワイトオデット(jb9318)は、周囲を見渡して小首を傾げる。
「すぱ…? おふろですにゃん?」
 案内板を見るもよく分からない。「ふにゅぅ」と呟き、ぴっこぴっこつま先立ちを繰り返した。
「お風呂のエリアは北なのだよー! スパは鉱泉や温泉、それを中心としたリラクゼーション施設の意味で、ここは巨大温水プールなのだよ!」
「すぱはプールなのですにゃん! 真珠また一つおべんきょしましたですにゃん!」
「いっぱい遊ぶのだよー!」
「はいですにゃん!」 
 その頃、菊開 すみれ(ja6392)は新しいビキニを着用し、颯爽とスパ内に乗り込んでいた。
(今日はとにかく騒いで遊んで、ストレス発散するわ!)
 店員さんお勧めのビキニは、いつもより大人っぽさ重視のシックでセクシーな代物。少女の清純さと女性の色香をもつすみれの魅力をこれでもかと引き出している。小悪魔効果も抜群だ!
(お一人様サイコー! 自分のペースで滑ったり泳いだりできるもん!)
 南国プールをシュパァアアッ! 鮮やかなターンを決めつつイルカのようにスタイリッシュに泳ぎきる。プールから出るときだって気を抜かない。水着が着崩れてないか素早く確認して、よし! と合格を出してから華麗に出て濡れた髪を払う。きらきらと水滴が舞って、陽光に煌めく様がとても美しい。
 スライダーだって自由満喫! 自分の行きたい方向にぐんぐん行っちゃうよ!
(ちょっと水着がアレかもしれないけど? 別にナンパ待ちとかしてるわけじゃないし?)
 新しい水着が欲しいんですけど、って言ったら速攻でコレ薦められてプッシュされたんだもの!!
 誰かに見せる為に買ったわけじゃないですし!
 むしろ誰かと――
「あ、すみれさんなのだよ?」

 フ ィ ノ ち ゃ ん 発 見 !

「そっちのグループに入れてよおおお!!」
「いらっしゃいなのだよー!」
 ぴゃあああっと飛び込んでいったすみれに、フィノシュトラは笑って両手を広げた。
(きゅううう皆で遊ぶと楽しさ倍増だね! ぼっちな私よ、バイバイ!)
 フィノシュトラが乳圧で窒息しかけているがそれはともかく。
「あ、えーと、そちらは……」
「真珠にゃん!」
「真珠ちゃん! すみれです、よろしく!」
「すみれちゃんにゃん! よろしくにゃん! 一緒に遊ぶですにゃん!」
 きゃー、と華やかな声が響く。両手を取り合ってきゃっきゃする二人の動きに逢わせて、たわわな四つの秘宝が素晴らしい上下楕円運動。これはポロリの期待が半端ない!
「すみれちゃんの水着かっこいいにゃん!」
「そ、そ、そうかなっ? 真珠ちゃんもかっこいいよ! フィノちゃんも可愛い!」
「二人とも水着姿にあってて素敵なのだよ? …でも真珠さんは、ある意味いつもとあんまり変わらない気がするのだよ?」
 何故なら真珠の普段着は、紐である。
「みんなで交代でペア組んでスライダーで遊びつくすのだよ!」
「「おー!」ですにゃ!」
 サイドリバーは二人乗り。だが交代すれば問題ない。真珠とすみれが出発するのを見送って、フィノシュトラは大きく手を振った。二人がどんぶらこと流れて行く。
「留守番か?」
 係員の好意で横で待機させてくれていたフィノシュトラに、丁度鈴歌達を見送って帰ってきた王太郎が声をかけた。
「えぇと、見回りの先生!」
「正岡王太郎だ」
「正岡先生は巡回お疲れ様なのだよ!」
 にこっと笑って労いを口にするフィノシュトラに、王太郎はぎこちない微苦笑を浮かべた。少しだけ自嘲めいた笑みだ。
「ああ、そうだ。もし四歳ぐらいの銀髪の幼女が見つかったらこちらに連絡をくれ。どうもあちこち転移しているらしい」
 どこかで聞いた特徴だなと思いながらコックリ頷く。
「分かったのだよ! 先生も、折角だからスパを楽しむといいのだよ!」
「……仕事中だからな。お前達はしっかり遊べ。私達の時代では、出来なかったことだ」
 ただしあまりハメを外しすぎるなよ、と教師らしい忠告だけ残して、王太郎は立ち去った。入れ違いに真珠達が駆け込んでくる。
「ただいまにゃー!」
「楽しかったー! 今の誰だっけ?」
「見回りの先生なのだよ!」
「最近来たのかな。あまり見ない先生だよね。まぁ、学園大きすぎて正直全部把握するの難しいぐらいなんだけど!」
「新しいせんせーにゃ? 知らないにゃー」
 二人の声にフィノシュトラは笑って立ち上がった。確かに生徒だけでも数万人。学舎もそれに対応して複数棟あり、教師が一堂に会する機会も多くはなく、そこに生徒が居合わせることはさらに少ない。全員把握しろというのは無理な話だ。
「よーし! 次はフィノちゃんと滑るんだ!」
「行ってくるんだよー!」
「行ってらっしゃいにゃーん!」
 白い尻尾をピンッと伸ばして、真珠は二人を見送った。
(三人で遊ぶの楽しいですにゃん)
 ぴょこぴょこと背伸びして、二人が去った後を見送る。
 係員さんに誘導されてベンチにちょこん。立ったり座ったり。
(でも二人が一緒じゃないと寂しいですにゃん)
 帰ってくるまでどれぐらいだろう?
 乗ってる時はアッという間だった。だからきっと、きっと、アッという間で――
 ……。
 …………。
 ……寂しいにゃん。
(あっ! 真珠いいこと思いついたですにゃん! 飛んで行けば早いですにゃん!)
 パッと顔を輝かせ、真珠は闇の翼をバサァッと広げた。
「ふぃのちゃんすみれちゃーん!」
「はぇ!? 真珠ちゃん!?」
 ものすごい勢いで空を飛んできた真珠に、ボートの上にいた二人は目を丸くした。
「真珠さん追いかけて来たら危な……わわわ!」
「…って真珠ちゃんダメー!」
「一緒に滑りましょうにゃーん!」

 どぱーんっ!

 突撃されて、すみれとフィノシュトラが乗っていたボートが思い切り沈んでからバウンドした。
「皆無事ー!? 落ちてないかなっ? ぶつかっちゃったのだよ!」
「むむぐー!」
「ふにゃー!」
 なんとか落下を免れたフィノシュトラは見た。
 真珠の乳爆弾の直撃をくらい、目の前で組み敷かれているすみれを!
「……えーっと」
「一人は寂しいにゃー!」
「(むにむに)なにこの高校生とは思えぬけしからんものは!?」
 いや、君の御物も大変けしからんです。ア、ハイ。
「にゃうう! くすぐったいにゃ! おかえしだにゃー!」
「って暴れると水着ずれちゃうでしょー! というか3人乗るとスピードがああ!! 大変なことにいい!!」
 やばい。何がやばいって、スピードもヤバイがそれよりも何よりもすみれの肩ひもが外れている!
 体勢を立て直そうとするすみれの上があっという間に外れて落ちた。抱きついてる真珠の腕でなんとか全開を免れているが真珠の水着も紐が緩んで上どころか下も外れかけている!
「た、た、大変なのだよー!」
 フィノシュトラは慌てた。しかしここはプール、しかも流れに翻弄されるボートの上!(狭い) 隠してやろうにも隠すべき布が無い!
「あ、せんせー! 先生ーっ!」
 別の所に向かおうとしていた教師を見つけてフィノシュトラのヘルプコール!
「先生! 何か布が欲しいのだよー!」
 王太郎、危急を察して振り向きがてらパーカーを脱ぎ、思いっきり声の方向に投げ――
「――……」

 ――お座り。
 
「せんせーっ!?」
 脱ぎたてほんのり人肌パーカーを見事にキャッチし、フィノシュトラは通り過ぎてしまったうずくまり正座状態の王太郎に目を丸くした。
「何があったんだよー!?」
 すみません。先生、男なんです。教師とかどうとか言う以前にとてもとても純情で正常な若い男なんです。察してやってください!
「と、とにかくこれで隠すんだよ!」
 フィノシュトラは暖かくて大きなパーカーを広げて二人に被せる。丘の上の一粒珊瑚を護るため、出張していた水飛沫先生が仕事は終わったとばかりに落ちていった。
「これで一安心なんだよ!」
 フィノシュトラ、何かをやり遂げた男的な晴れ晴れとした笑顔。
「ってスピードは解決してないいい!!」
「あ」
 ジャッジャッジャッと水面を飛ぶように渡る三人乗りボート。だが世の中上には上がいた!
「あれ、なんだにゃー?」
 気付いた真珠が後ろを指さした。無理矢理姿勢を捻ってすみれとフィノシュトラがそちらを見る。
 とんでもない勢いのボートが三人の乗るボートに迫っていた。


 時は三十分ほど遡る。
 プールが一日だけ無料開放されたと聞き、やって来た久遠 仁刀(ja2464)はぼんやりとプールの淵に座っていた。足湯のように足だけ温水につけて、何をするでもなく周囲の光景を眺めている。
 調子が出ない。
 理由は分からない。ただ、何事にも身が入っていないのは自分でも感じていた。連戦で疲労が蓄積されていることも。
 だがやはり、目的無く訪れても手持無沙汰を感じるだけで、気分転換や疲労回復には程遠い。
(誰かを誘って……いや、すでに来てから誘うのもな……ああ、ああいうのもあるのか)
 目がちょうどボートで流れていく小梅達を一瞬捉える。二人乗りで楽しそうだ。……いや、何か、今見てはいけない悪魔っぽいのが見えた気もしたが。
(気のせい……か。時間つぶしには良さそうだが……1人で乗るものでもなさそうか)
 また一組が流れていく。凹凸があるらしく、バウンドするボートに笑いながら行くのは鈴歌達だ。それをぼーっと眺め、はたと仁刀は我に返った。いかん。これだと気分転換に来たのにやってることが普段と変わらない!
(今更人目を気にするものでもないし……ボートに乗るか)
 嘆息をつき、力ない動作で立ち上がって乗り場の方へ足を向ける。
 ――その様子を興味深げに見てる巨乳がいたのを彼は知覚していなかった。


「大きいプールだね。冬でも楽しめるだなんて、凄いな」
 スパに足を踏み入れ、レイ・フェリウス(jb3036)は感心しきった顔で周囲を見渡した。
「人間のレジャーにかける情熱はすごいねぇ」
 その足は最初の連絡網が回ってきた時から決めていた場所へととっとこ向かっている。
「つーか、レイ。一つだけ言わせてくれ。いや来る前から散々言ってるが」
 その後ろから出てきたラウール・ペンドルミン(jb3166)が、後に続きながら地を這うような声で呻いた。
「なんで男ばっかりでコレ乗ろうとか思ったよ……?」
 コレ、と指差されたのはスパ・スライダー「サイドリバー」である。
「酸っぱいわ! つーかせつねぇだろ!? 誰か一人ぐらい女の子連れて来いよ!!」
 ぶわっとラウールが顔を覆ってしまったのも仕方がない。どちらも並以上の美形なのだが、今現在をもって彼女ナシである。
「皆、彼女いないから仕方ないんじゃないかな」
 レイ、痛恨の一言。
「楽しければそれでいいんだよ。私だって好きな子と来たかったよどうせなら」
「それで表記が『彼女』になるのかっつったら違う気がするんだがどうよ」
 真顔のレイに、同じく真顔でラウールが返す。なんだかんだ言いつつ列に並びながらも悲しい魂の声をあげた。
「だいたい、なんで誘った奴が来てねぇんだよ!」
「仕方ないよ。二人ともインフルエンザで倒れたんだから」
 そもそもの発起人、狭間 雪平(ja7906)と霧島イザヤ(jb5262)はインフルエンザで。同じく倒れてしまった藍那湊(jc0170)、ペルル・ロゼ・グラス(jc0873)ともども、病院で現在療養中だったりする。
「ううっ……しょうがねぇって分かってるけどな……分かってるけどな……!? ……こういうのって女の子とやるのが嬉しいんじゃねーのかな……」
 現状理解と心情は違うもの。切ない思いで黄昏れるラウールに、共感者の何人かがうんうんと頷いている。が、レイはバッサリ一言だった。
「ラウが彼女を連れて来ればいいんじゃないかな」
「うるせーよどうせ俺も彼女いねぇよ」
 ラウール、多分今年一番最初の超真顔。レイは深々とため息をついた。
「じゃあ、やっぱり仕方がないじゃないか。まぁそんなに女の子の幻影が欲しいなら、ほら、女性用水着あるからラウ着るといいよ。大丈夫。トモダチナノハカワラナイカラ」
 はい、と手渡されるのは何故持っていたのかと疑問に思わざるを得ない女性用水着。

 女性用水着(大事な事なので二度)。

「いやなんでそこで女物水着出てくるか分かんねぇな!? マジで分からねぇからな!?」
「なんで怒るかなぁ」
「怒るよな!?」
 そのやりとりに前に並んでいた仁刀が噴出した。
「いや、悪い。仲いいな?」
 ばつが悪そうな顔ながら、咄嗟のことすぎて吹き出すのを止められなかった仁刀の声に、「いや、騒がしくして悪ぃ」とラウールも謝罪の意味で片手をあげる。
「友達同士で来るのも気兼ねなくていいんじゃないか?」
「……知りあいの女共の半分が腐った思考の持ち主でな……知られたら何言われるか分からねぇ恐怖との戦いなんだ」
「……大変そうだな」
 心底蒼い顔のラウールに、仁刀はややも困り顔になりながら告げた。レイの方は慣れっこなのか「気にしない方向で感情切り捨てたら気が楽だよ」とわりと怖いことを言っている。
「俺も今日は一人だから、人の事は言えないな。誰か――と思ったが、そっちはペアだしな」
「ペアって言うな…! せめてコンビ!」
 とても切実に叫ぶラウールに仁刀は苦笑した。
「大変そうだな」
 笑って、さて自分はどうしようかと視線を彷徨わす。
「お一人ですか?」
「ああ。誰か一人の人がいたら、よかったら一緒に」
 係員の問いにそう告げた途端、何かゾワッと壮絶な悪寒がした。
(な、なんだ。今のは)
「では、順番的には私のようですから、ご一緒に」
 その瞬間、笑い含みの声がかかった。
「うお、すげぇ。あんた役得だな」
 なにを見たのかラウールが感服した顔で仁刀に「いいなぁ」と言う眼差し。待て! 望んでなかった! 代わってやるとも今すぐでも!!
「さ、前へどうぞ」
「俺が前!?」
 逃げる前に何かとんでもなく柔らかいもので突き飛ばされ、もんどりうってボートに倒れた。姿勢整える前にしなやかな脚が乗り込んでくる。
「斬新な乗り方だな」
「明らかに違うだろ?!」
 感心しきりのラウールが岸で手を振って見送っている。慌てて飛び退くように前移動した途端、堂々と乗り込んできた女の反動で倒れ込んだ。
 よりにもよって、女性側に。
「うわ!?」
「オール」
「ハイ」
 女王のような風格で告げる女に係員が恭しくオールを差し出す。
「さぁ、いきますわよ!」
「待て! 降ろせ! 俺は……その前にこの態勢をどうにかしろ!」
 今更人目を気にしないとは思ったがコレは無い! 誰かに見つかったら色々ヤバイ! わざとか凍魔、わざとなのか凍魔流石凍魔汚い!
 凍魔のいるフィールドで一ミクロンでも隙を見せれば即座に狩られる。うっかり隙を見せたばかりにピンポイントで突かれた仁刀を内膝でホールドし、マリアンヌは嬉々とした表情でオールを操った。
「うふふ、私の前に沢山のボート! 腕が鳴りますわね!」
 シュパァアアアアッ!
 水しぶきを上げ、疾走というより爆走といった有様で凍魔と生贄もとい仁刀を乗せたボートが水上を吹っ飛んでいく。前行くボートに追いつき、縁を利用してズッパズッパ抜いていった。
 その反動でさっきから仁刀の頭がマリアンヌの腹というか胸というか乳間にハマッてしまっているが。。
「速度を落とせ! そういう遊び場じゃないんだコレは!」
「あら、可愛い御嬢さん達。あちらも楽しそうですわね!」
 どうやらもみくちゃになってるすみれ達の脇を通ったらしいが、それにしても人の話を聞いていない。
「うわぁ、すごいスピード!」
「楽しそうですにゃー」
「なんだかどこかで見た悪魔な気がするのだよー?」
 娘三人の会話を拾って、頭を抱えた。隠れてるなら終わるまでの我慢と割り切れるかもしれないがこの体勢では無理だ! 頭を乳間でホールドされてるあたりかして無理だ!!
(だからなんで人の頭を乳間に収納する!?)
 趣味なのか嫌がらせなのか分からない。狙われている気がするのは気のせいだろうか。
「さぁ! 戦いはこれからですわ!」
「降ろせーっ!」

 結局ゴールまで捕獲されたままだった。

「ふぅ! いい汗かきましたわね!」
 全く疲れてない声でよく言いやがる。仁刀は拘束が解かれたと同時に跳ね起きた。
「あんた……!」
「まぁ! やっとマシなお顔になりましたわね」
 体重を感じさせない動きで陸に飛び乗り、マリアンヌは両手を頬にあてて嬉しそうに破顔した。悪戯が成功した子供のような目をしている。
「偶にはぼんやりもいいですけれど、殿方がそう隙を見せるものではありませんわ?」
「だからといって…… ……?」
 違和感に眉を顰める。
 ぼんやりしていたのを見られていた?
 ――いつから? 
「何かの目標を見失われてしまったのかしら? それとも誰かに何か言われでもしたのかしら? 今の貴方は迷い子のようですわ」
「な……」
「人生の目的は生きている限り常に自らの心で決めるもの。目標も同じく。また、それに至るまでの道筋も。一つが終えたように見えても、自身が終わらない限り消えることも終わることもない」
 茶目っ気のある表情で差し出された白い指が、心臓のある部分を軽く突いた。
「瞳の奥にあった刃をどこに無くしてしまいましたの?」
 痛みはない。けれど重い。
「一度や二度で本質を見抜かれるほど、貴方という刃は薄く脆いものかしら?」
 ふいに眼差しがゾっとする程の覇気を宿す。
「戦いなさい」
 禍つ竜。戦狂い。そう呼ばれたこともある身だからこそ、その瞳にあるのは狂おしいほどの戦いへの情熱。
「戦い続けなさい、命の限り。何度負けようと、好まぬ戦い方を繰り返そうと、相手がもういなかろうと――『貴方が在る』限り、貴方の刃は研ぎ澄まされる」
 前へ進もうとあがき続ける限り、その命が終るその時まで。その刃が銃弾であれ矢であれ打撲武器であっても問題は無い。

 刃とは、切り開くという意思。

 敵を屠り仲間を支え、進む為の意思なのだから。
「ずっと錆びた刃のままなのなら、ねぇ、私が食べてしまっても構わないかしら? でもきっと、それはとてもつまらないと思うのですわ」
 挫折も失敗も失望も落胆も、知らぬ者よりは知った者のほうが伸び代は大きいから、と微笑む顔は先と違って無邪気だ。
「機会がありましたら、いつでもお相手いたしましょう。手合せぐらいでしたら、上の方も許してくださるかもしれませんし♪」
 唖然とした仁刀を置いてマリアンヌは背を向けた。パッと見ただけでは華奢で無防備な背中だ。けれどそうでないことを知っている。
(……励まされたのか……?)
 分からない。
 けれど、何もなくてあの悪魔がわざわざ関わりに来るとは思えない。
(メイドも存外……暇なんだな)
 多分、本当はそうではないことも分かっているけれど。思うところがあってもいいだろう。
 仁刀は足を踏み出す。別に言われたから歩き出しているわけではない。胸にある虚無感が消えたわけではない。
 けれど、何かを思うよりも前に、一歩を。
 ――自分は、こうして生きているのだから。





「すげぇねーちゃんだったな」
「というか、四国のメイドさんだった気がするけどね」
 豪走ボートを見送ってからラウールとレイが出発する。こちらはいたってのほほんとした滑り出しだ。
「オールは特例かー……」
「あの迫力で言われたらしょうがないよね。ああでもほら、わりと早いよ。なかなか楽しいね」
「まーな。……やっぱり彼女と来てェよ……春来ねェかな……」
「頑張れば来るんじゃない? ラウは自分で動かな過ぎだと思うよ」
 あっさりというレイはもともと淡泊なせいでそれほど急いでいないらしい。はぁ、とラウールは盛大なため息をついた。
「……っと、うわ、揺れるぞこれっ」
「渓流下りっぽくなってるらしいからね。あはは、生き物の上に乗ってるみたいだ」
 いきなり揺れたボートに慌てて縁にかきつくが、ざっぱんざっぱん波を被って水を飲む羽目になった。
「ちょ、これ揺れすぎじゃねぇか!?」
「随分揺れるねぇ……うわ!?」
 一際大きく揺れて、態勢を崩したレイが思わず肘をついた。

 どすっ。

「……っ……っ……っ!!」
(ヤバイ)
 レイは察した。
 後ろのラウールが青い顔で悶絶している。だいたい位置で分かる。男として大変な場所にエルボーが決まったようだ。
「……ごめん」
 流石に神妙な顔で謝るレイを見上げつつ、ラウールは心底思う。
(てめぇいつか覚えてやがれ!!)
 叫びたくても痛みで叫べない、そんな切ない男を乗せたボートがゴールに着くのは、その七分後のことである。


○南の園は邂逅に微笑む


 さて、時計の針を本日のモール開店直後に戻してみよう。
 モール管理室の一角、旧モール内のフロア担当者はにっこりと微笑む巨乳美女と相対していた。
 前払いでの注文はただ一つ。モール全館のとある商品を指定箇所に運ぶこと。
 大量購入者はさして珍しいことでも無く、担当者は迅速に指示の通り動いた。そうして新旧両方のモールでその商品が完売になったのである。
 商品の名をバナナオレといった。


 そして今という現在――オアシスを求めてあてもなく彷徨う旅人のように、スパ・リゾート内をふらふらと彷徨う少女の姿があった。
 水枷ユウ(ja0591)。
 知る人ぞ知る、バナナオレ神である。

(無い)

 その足が売店の前から離れ、ふらふらと別の場所へと向かう。

(無い)

 足を止めた自販機を数十秒かけて念入りに確認し、とぼりとぼりと歩き去る。

(無い)

 一縷の望みをかけて走り込んだ旧モールの職員にも「在庫まるごと全部無い」と言われ、駆けつけた巡回教師にタオルケット巻きにされてスパ内に戻された。

(バナナオレが、どこにも、無い)

 足元が崩れる。世界創造の神は我を見捨てたのだろうか。この世界(モール)からバナナオレが消えてしまうなんて……!
(まさかイチゴオレ派の陰謀――?)
 ハッとユウは息を飲んだ。
 世界に広がるバナナオレの輪を断つ為、イチゴオレ派が傍若無人にもその流通を止めたのだ!(多分)
 バナナオレが無ければ生きていけない者の生命源を奪うとは、なんという極悪非道だろうか!(被害者:私)
 バナナオレの流通を邪魔するイチゴオレ派滅ぶべし慈悲は無い!(確信)
 ――イチゴオレ派、素晴らしいほどのとばっちりである。
(バナナオレセンサー機動!)
 勘という名のセンサーを最大感度まで引き揚げ、ユウはカッと目を見開く。半分寝てるような顔をしてることもあるのに、今日の彼女はひと味もふた味も違う! どっちにしろバナナオレ味だが!
(イチゴ・即・滅!!)
 流通遮断したバナナオレはきっと今頃連中の手に捕らわれ、救出の手を待っているに違いない。ならばこのセンサーの引っかかる先に、バナナオレ、もとい諸悪の原因が存在する!
 据わった目で亡者のように徘徊するユウの姿を、たまたま同じスパに来ていたアスハ・A・R(ja8432)が発見した。
「アレは……一体、何があったのか」
 何かバナナオレ片手に浮遊する魍魎のようなものがユウの周囲に浮いている気がする。多分幻覚だろうが、それぐらい不穏な表情だ
(声をかけてみる、か)
 ちょっと声をかけるのが躊躇われる状態だが、このまま放っておくことも出来ない。そろそろと後を追う傍ら、ふと目に入った売店の文字に目を丸くする。
【バナナオレ完売】
(……また買い占めた……のか?)
 それにしては禁断症状みたいな有様だが。
 ……。
 ……まさか?
「バナナオレ、買い占められたのか」
 呟いた途端、単語を耳に拾ったユウがギランッと振り返った。アスハは身構えた。なんかもう本能で身構えざるを得なかった。
「あれ、アスハ。おひさー」
「……ああ、そうだな」
 一瞬狩られると思ったのは何だったのか。しかもふんふん匂いを嗅がれた意味も分からない。
 と、その時、ユウの目が比喩でなく光った。
 弾かれたように振り返り、一目散に駆けていく。その反応に、アスハも風に混じるごくごく薄い匂いに気がついた。正直、ユウの反応が無ければ嗅いでもわからなかっただろう程度の匂い。
「……バナナオレ、か」
 見やる先、瞬間移動で突撃したバナナオレ神が、プールの傍らにあったパラソルの下で仁王立ちになり――

「あれ? メイドさん?」

 相手を認めてぱちぱちと瞬きした。
「あら、バナナオレ子さん」
 マリアンヌもユウを認めて瞬きした。次いで嬉しげに微笑む。
 その手には完売されたはずのバナナオレ。
 まさか――いや、全ての答えが此処にある!
 邂逅するバナナオレ神とバナナオレ悪魔。ならばやるべきことは、ただ一つ――!

「「かんぱーい!」」

 バナナオレを巡る争奪戦――ではなく、乾杯だ。
「……杞憂、か」
 その様子にアスハがややも脱力したように呟く。一触即発かと思って駆けつけたのだが、意外と友好的だった。
(やれやれ……)
 しかし一息つくには早かった。
「あらそちらの方も、バナナオレで?」
 誤解が発生。
「バナナオレ党へようこそ!」
 巻き込まれた!?
「「かんぱーい!」」
「……く」
 なし崩しに乾杯に巻き込まれ、アスハ、ようこそバナナオレ党へ状態。
「結局、最後にはならなかった、な…」
 勢いでもたされたバナナオレを手にアスハが告げる。
「うふふ」
 マリアンヌは悪戯めいた眼差しで微笑んだ。可能性はあったのだろう。けれど確定では無いから言わなかった。多分、そんなところだ。
 プールに浮き輪を浮かべ、足からゆるゆる入っていくユウを見つつアスハは問う。
「先日の傷の具合は、どうだ…?」
「この通りですわ」
 マリアンヌは傷一つ無い綺麗な手を掲げてみせる。どうやら回復力も相当高いらしい。もっとも、あの広域高回復術を思えば、想定内といえば想定内だが。
「でもあの一撃一撃……とても素敵でしたわ」
 しかも受けた攻撃の数々を思い出してうっとりしている。もしかしてマゾなんだろうか。
「次の機会がありましたら、是非たっぷりじっくりお返しを……そう、同じ場所に私の印をつけてさしあげたいほどに」
 どうやらサドでもあるらしい。
「ん。その場合、頭を囓られる?」
 マリアンヌの頭に魔法をぶつけたことのあるユウが、浮き輪に登りながら首を傾げた。マリアンヌはどこか嬉し恥ずかし気に言う。
「あらあら、うふふ。ええ、囓らせていただきますわ♪」
 潤んだ瞳、恥じらいの表情。夢見る乙女のように両頬に手を添えて言われるのだが、どう考えても内容がアウトだ。
「まぁ…そのあたりは、任意で、な」
 危険な会話を一段落させて、アスハは改めて言った。
「それと…この間の情報提供、感謝する」
「ふふ。僅かでもお役に立てたのでしたら重畳ですわ」
 この悪魔は決して、自分の言葉が正しいとは言わない。信じろとも、信じるなとも。全ての判断を撃退士に委ねている。
 けれど今のところ、彼女が嘘をついたことは一度も無かった。
「ていうかメイドさん、どうしているの?」
「秘密ですわ♪」
 ぱちーん、とウィンクするが、しっかり持っているバナナオレがたぶん『何故』の答えの大半だろう。そこら中のバナナオレが完売していることといい、補充しに来ているのは間違いなさそうだ。
 無論、半分事実であり、もう半分――愛妹とも言うべきメイド二柱が心配でこっそり便乗して来たことは、決して口外することは無い。別方面からバラされてたりもするが、それはまた別の話である。
 波に揺られながら、ちぅー、とバナナオレを飲むユウに、マリアンヌはいそいそとプールの中に入る。自前の標準装備浮き袋(大)をチラと見て、ユウが自分の浮き袋は見ないフリで言った。
「来るって言ってくれれば、プレミアなバナナオレ用意してきたのに」
 その瞬間、マリアンヌがこの世の終わりみたいな顔をした。
「私には……命令が……無かったんですもの……っっ」
 なんか命令が来たら速攻でバナナオレ目当てに学園の方に来そうだ。大丈夫かメイド。多分メイド長あたりが鉄拳制裁で止めるのだろうけれど。
 プールサイドに腰掛け、アスハはふと思い出して言う。
「そういえば、メイド長のお仕置き…」
 ガタガタブルブルブル
「…は、聞かないでおこう」
 即座に真っ青になって震えだした悪魔に、色々と察してアスハは口を噤んだ。流石にあのメイド長は別格らしい。
「まぁ、せっかくだ。楽しめる時は、楽しむといい」
 かわりに静かな声で告げる。ふたりのバナナオレ仲間は深く頷いた。
「そうですわね」
 がしっ。
「ん。その通り」
 がしっ。
「…ん?」
 足首をそれぞれに捕まれて、アスハがスッと視線を下げる。次の瞬間、ものすごい勢いでプールに引きずり込まれた。
「まっ…!?」

 どぽーん!

 いえーい、と二人してバナナオレで再度乾杯するのに、浮き上がったアスハが深いため息。楽しげに笑うマリアンヌの傍ら、乗った浮き輪の上でユウはバナナオレをちぅーと飲んだ。
「ん、しあわせ」
 アスハは再度ため息をつく。
 今度のため息は、どこか苦笑混じりだった。





 バナナオレ祭りが開催される三十分程前――
 ラナ・イーサ(jb6320)は南国プールの片端に腰を下ろしながら、周囲を感心したように見回していた。
「凄いわね。こういうのって、維持するの大変なんでしょう?」
 可愛らしい顔立ちに反し、その体は驚くほど女性として完成されている。白いビキニがいささか窮屈そうなのは、形崩れの無い標準を越えた胸のせいだろう。
「それよね。こういうの、豪快に無料で開放してくれるのが凄いわよねぇ」
 プールを満喫しているジーナ・アンドレーエフ(ja7885)がウキウキと声を弾ませる。こちらはI型の白のモノキニだ。ビキニよりも布面積が広いはずなのに、ビキニよりもセクシーなのはどういうことだろうか。
「その分、早く平和に暮らせるように依頼頑張りましょうね♪ 」
「そうですね」
 こっくり頷きつつ、温泉施設もあるみたいだから、地熱利用なのかしら? と首を傾げるのにジーナは笑う。
「いいわよねぇ。温泉。極楽極楽♪」
「ん。温泉のほうが、よかった?」
 ラナの声に、ジーナは笑った。
「温泉にも行きたかったけど、こっちも愉しみたかったしね!」
 よかったら後で行こうか♪ と言う相手に、ラナは大きく頷く。どちらにも行きたいのは同じだ。
 ふとジーナの胸を見て、ラナは真顔で呟いた。
「ジーナ、胸大きいのね…」
「へ?」
 ジーナは目を丸くした。こちらを見るラナの目が据わっている。
(自分の胸も負けてないと思いたいけどぐぬぬ)
「えぇと、なんで親の仇みたいにあたしのバストを見るかねぇ?」
「いかにしてそのプロポーションを維持しているのか、と」
「あんたも立派なもんだと思うけどねぇ……そりゃあ、よく食べてよく運動してよく寝てるから肌ぴちぴちなせいじゃない?」
 超適当に答えるジーナに、ラナは(ぐぬぬ)と唸る。
「プロポーションっていうなら、天魔のほら、四国にいたメイドさんなんて凄かったわよぅ。よくあれだけタイプの違う美形が揃ったもんだと思ったわぁ」
 メフィストフェレス様ってのは美形好きなのかねぇ、と首を傾げるジーナに、享楽の悪魔ならその程度はあり得るかも、とラナが大真面目に答えた。ヤバイ。禁断の花園的かほりが微レ存だ。
「どうも皆の話を聞いていると危機感が薄いのですが、四国のメイド達は味方では無いのでしょう?」
「まぁ、今のところは不透明だねぇ。悪魔が悪魔としての生き方をし続ける限り、魂の供給に関して応じられない人間は戦わざるを得ないし。それで言うなら、騎士団も同じだねぇ」
「騎士団、ですか」
「うん」
 頷き、ジーンはほろりと笑みを零した。大きな浮き輪につかまった幼女がそんなジーナの前をゆっくりと流れていく。
「戦いたくない相手もいるのよね……」
「……」
「……」
「「……。」」
「……っていうかヴィオちゃん!?」
「じーな!」
 流れきる前に互いに気づき、二人してガシィッ! と抱きしめあった。
「珍しい所で会うわねぇ。今日はお姉さんたちはいないのかい?」
「むふー! 今日はおねえちゃん達いないのですよ!」
「え。じゃあ一人なのかい?」
 ぎゅぅぎゅぅ抱きしめあう二人に、ラナは目を丸くしてしみじみと思った。
(ジーナがママみたいになってる……)
「おーたろ、っていう先生が一緒にいるの」
 二人は周囲を見渡した。
 何処にも一緒に居なかった。
「……何処に?」
「んとねー。ぐねぐねした滑り台の近く?」
 東のスライダーだ。ちなみにここは南である。
「でね、園内まわるのに忙しそうだったからね、遊んで来るね! って言ったの。そしたら大人しくしててくれ、って言われたから、大人しく一人遊びすることにしたの!」
 それはたぶん、あちこち行かないでくれという意味だったに違いない。
「……今頃探してるんじゃないかな……」
「おーたろはいつもあちこち探してるのですよ。でも学園生と一緒にいるならおっけーみたいだから、仕方ないからその近くでだけ遊ぶことにしてるのです!」
 えらい? と首を傾げつつ目を煌かせている幼女に、ジーナがとろける笑顔で「偉いねぇ」と頭を撫でる。
「いや、偉いかどうか微妙ですが」
 ラナは思わずつっこんだ。次いで「むふー!」と満足顔で頭を撫でられているヴィオレットに視線を向ける。
「というか、悪魔なんだったよね……ここにいても大丈夫なの?」
「うん! エライ人の所行ったら、今忙しいからおーたろと一緒にここで遊んでろって言われたの!」
「学園の偉い人?」
「うん。たいはくって言ってた」
 二人はちょっと遠い目をした。ふたりが会った絵を想像すると、久遠ヶ原年少部的なイメージになるのはどうしたことか。
「でもなんで先生の所に?」
「しんぜんたいしなのです! でもこれ、しー、なのですよ!」
 この調子では公然の秘密になっていそうだ。
「成程ねぇ。向こうの出方はこうなったわけだ」
 ジーナが苦笑してヴィオレットを抱きしめる。
「ま、あたしはヴィオちゃん抱っこできるから、嬉しいけどねぇ♪」
「むふー。あたしもじーなにぎゅーしてもらえるから役得なのですよ!」
 ラナはそんなふたりに苦笑する。ジーナがママみたいになっててちょっと可笑しい。
「親善大使、か……小さいのに偉いわね」
「えらい? えらい?」
「うん。偉いね。……ご褒美に、お菓子あげる」
「やたー!」
 パッと顔を輝かせてお菓子を頬張る姿に、ラナもふにゃっと顔をとろけさせた。
(なんだか小動物みたいで可愛いなぁ)
 ほわんほわんしてるその姿をジーナがにょにょ笑って見ている。
「ヴィオちゃんは何処か行先あるのかい? 遊べるなら遊びたいけれど」
「しばらくじーなと一緒にいるの! でもお仕事もしないと、なのです。おーたろ、しばらく放っておくとぐったり倒れてたりするから、後で見に行ってあげるのですよ」
 それは多分、ヴィオレットを探しすぎて疲れ果ててるんじゃないかなぁ、と二人は思った。長距離瞬間転移できる悪魔のお目付け役は、おそらく相当大変だろう。
「しょうがないねぇ。じゃあ、遊びながらおーたろ先生を探そっか♪」
「うん!」
「とりあえず特徴教えていただけますか? 出来れば分かりやすい内容で」
 ラナの声に幼女はキリッとした声で答えた。
「黒髪で長身でハンサムな眼鏡!」
「「ごめん。対象者多い」」
 久遠ヶ原のハンサム率は半端なかった。





 眼鏡以外の部分で幼女の挙げた特徴に該当する者の一人が、飛び込み台からプールへと飛び込んだ。
 旅団『カラード』の長、リョウ(ja0563)である。
 一瞬の浮遊感と、着水の衝撃。そのまま泳ぎだすと、喧騒も雑音も届かなくなる。そんな水の世界に、リョウは自らを浸した。
(四国か…あの特異な状況を崩すなら、『次』へ繋げる可能性はある。その為にはただ勝つだけでは足りないが…それが出来るのだろうか、俺に…)
 四国という地は奇妙な場所だった。四つの県から成るその島には、すでに複数のゲートが立っている。破壊されたゲートの数も含めれば相当なものだ。
 何故そこまでゲートが発生するのか。
 少なくともその要因の一つはツインバベルであり、それと敵対する冥魔陣営の大悪魔が内海を隔てたすぐ近くに座しているせいだろう。
 対立する者同士が近くにいれば、内容は激化する。
 その狭間で、人は生命と領土を奪われ続けていくのだ。
(俺は……)
 プールの端に辿り着き、一旦上ろうと顔を上げた時に気づいた。――見られていることに。
「…マリアンヌ」
 いつからそこにいたのか、亜麻色の髪の悪魔がプールの縁に座っている。
「随分とお悩みですのね?」
「…自分には悩みが無いとでも?」
 マリアンヌは微笑むだけで答えない。リョウは嘆息をついた。
「俺達は永遠になれない刹那だ。それは納得しているし不満も無い。紡いだ理想に届かなくとも、次代に繋ぐ事が出来るからな」
 声を挟むでもなく、マリアンヌは眼差しで続きを促す。
「だが、俺達よりも永い時間を持つ貴女達達天魔はどうなのか。それが喪われたモノでもない限り、いつかそれは叶うだろう。では、その後は?」
「……」
「それがあった穴を埋め続ける怪物と化すのか、叶わない願いを見出して追い続けるだけの現象となるのか……それとも終焉という果てをこそ望むのか……」
 さらなる言葉を紡ぎかけ、ふと我に返ったようにリョウは首を振った。嘆息にも似たため息が零れる。
「…すまない。単なる愚痴だ。答えてくれなくてもいい」
 マリアンヌはただ微笑む。そうして唇を開いた。
「では、答えのかわりに、問いましょう。『永遠』とは、有限の時に在る者が手に入れられるものとお思いでしょうか?」
「…何?」
 リョウは目を瞠った。マリアンヌの問いはそれが既に彼女の答えだ。
「永遠とは、終焉のこと。あの事象のみが唯一、永遠として『在る』もの。千を生きようと、二千を生きようと、その事実は変わらない。ただ、『永遠に似た刹那』だけが、疑似の如きものとして存在する。『継承』という形をとって」
「……」
「分け与えられた心を引き継ぐ時、愛する人を心に刻む時、教えを、願いを、思いを、意志を、思想を、与えし者が死しても尚胸に刻んで生きる者がいる時、そこに永遠の欠片が生まれる。永遠を生み出すのは寿命ではなく、魂。故に、死という永遠の終焉を経て尚、それは残る。受け継いだ者が、生き続ける限り」
 それが刹那の永遠を得るということ。
 そして――永遠を紡ぐということ。
 受け継ぐ者がいる限り、最初の者がもういなくても、それは存在し続けるから。
「ねぇ、理想とは、どのようなものかしら? 私は、ソレを道の向こう側にあるものと仮定します。その道を歩ききった時どうするのか、考えるまでもありません。次の道を歩きます。生きている限り」
 あっさりした声に唖然とした。マリアンヌは楽しげに笑っている。
「理想とは『こうなりたい』というビジョンでしょう? 描いた限りは到達するべきでわ。理想が唯一絶対のものでなければならないという定義はありません。もっと強欲におなりなさい。一つの理想が叶ったのなら、更なるの理想を作って歩けばいい。階段を一つ一つ登る様に」
 階梯を一つ一つ登る様に。
「叶わない望みはただの夢想。叶える望みが理想でしょう。一つ一つ成されるといいのですわ。理想を叶える前に苦悩するのは、山に登る前に山の上にある花の色を思い悩むようなもの。ただ、足を踏み出して行ってみればいい。悩むのも、苦しむのも、それからのお話ですわ」
 そう締めくくるや否や、唐突に歌を歌い始めた。この凍魔の戦いぶりからは想像もつかないような優しい柔らかな歌だ。一瞬聞き惚れ、思い出した事柄に目を見開く。
 自分は以前、今度会った時は好きな歌を教えて欲しいと言わなかっただろうか。凍魔はずっと、それを覚えていたのだ。
 歌い終えた凍魔は微笑む。どこか擽ったそうに。
「子守唄であり、鎮魂歌ですわ。ふふふ。問いの答えは、またいずれ。それまでに、どうか答えを探しておいてくださいましね?」





 水の中は静かだった。
 大炊御門 菫(ja0436)は水底から輝く水面を見上げる。
 遥かな煌めきは、水の中にあって尚眩しい。あの煌に自分はなれるだろうか。闇を照らし誰かを救えるような自分に――
(私は……)
 思いが零れかけ、ため息を零すかわりに浮上する。ぽたぽたと髪から零れた水が水面を叩く。見えたと思った綺羅は、そこには無い。
「貴方は私。私は貴方、か」
 問いは重ねられ、重なった掌越しに痛みと言葉を受けた。強大なる力を有する凍魔。その本性は竜。
 ――破壊を是とし、同時に秘宝を護る者。
 或いは、それは逆なのか。
「……」
 目を閉じ、頭を振ることで思考を外へと追いやった。考えれば深みに嵌る。いや、すでに嵌ってしまっているのかもしれない。あの日の手の感触も、眼差しも、いつのまにか傍らに在って消えることが無い。
 息を吸って、吐いた。
 深く、深く。
 ゆったりとした深呼吸を経て目を開ける。

 ――嗚呼、ほら、居た。

 呼んだわけではない。そんな術は知らない。
 ただ、居る。お互いに。視線が合う。無意識に歩き出している。
「こんな所に何の用だ」
「うふふ。貴方こそ」
 お互いわかっている。形ばかりの問いだ。
 なんとなく会える気がした。
 なんとなく会えてしまった。
 ただそれだけ。
 問う事にも答えにも意味は無いとお互い知っている。既にそれは必然だから。
「奪い返す前にまた奪われてしまいましたけれど、取り返されるのでしょう?」
「当然だ。お前達は奪い取らないのか? 連中の力も削げれるなら、一石二鳥だろう」
「あらあら、うふふ。それはまた、別の機会に。あそこの騎士には借りもありますが……認めた武人も居ますもの」
 意味深に呟いて、マリアンヌは菫を見た。揶揄するような、楽しむよな色が瞳にある。
「貴女は、『誇り』とはどのようなものとお思いかしら?」
 一瞬眉が動いた。どこでなにをどこまで見てきて言うのだろうか、この悪魔は。
「命を賭けるべき時と場所をあの騎士は見つけた。私が次に会う時には、もしかすると全ての決着がついているのかもしれませんが……見届けることこそ、かの騎士への返礼なのでしょう。彼も彼の友も、私には等しく、焦がれる程に愛しい命でしたわ。……食べたかったのですが……もう無理のようですわね」
 あの二人が坐す戦いには横入りできませんものー、と嘆き、しゅん、とした姿に何をどう言えばいいのやら。むしろ突っ込んだほうがいいのだろうかコレは。
「……食べる、とは」
「頭から♪」
 きゃ、と嬉し恥ずかし顔をされても、どう考えてもアウトにしか思えない。いろんな意味で。
(この部分は、『私』には無いぞ、断じて)
 そこだけは断りを入れたい気持ちになる。本性が竜と人間の違いだと思いたい。
「全く……変わったようで、変わらないな」
「あら。貴方は、変わらないようで、変わりましたわね?」
 くすくす笑う声に思わず口の端があがった。合わさった目が言っている。

『楽しんでいるか?』

 多分自分の目も同様に。
 笑みが零れる。理由は分からない。
 もしかすると、この悪魔はこれが何という感情か知っているのかもしれない。
 こうやって何かを重ねる度に思い出が増える 。
 ――増えた分だけ混ざり合うような感覚。
 ならば私という存在は、何れ等しくなるのかもしれない。彼女が紡いだ言葉の通りに。
 しかし信念と矜持は譲れない。
 そして恐らく――この悪魔の方も。
「魂の込められた言葉は言霊になる。ゆめ縛られことなきよう――といっても、私達の場合、最初から分かっててやっておりますものね」
「今更だな」
 戦場の中で刃に魂を込めて語った。
 道はまだ続いている。
 ――いや、続けていく。
「誇りか。――それぞれ形があるが、そう問うそちらの誇りは何なんだ?」
「そうですわね、前払いしておきましょう。次の楽しみの為に」
 マリアンヌは笑った。それは子供のような笑顔で。

「私の全てが私の愛する者を護る盾と矛と成る事。この力、この体、この魂、この在り方。他でもない、この私の全てが、私の誇りですわ」


○乙女心と千華の装


 ほかほかと湯気をたてるカップに蓋をしてもらい、掌を温めながら矢野 胡桃(ja2617)はドリンクバーを後にした。
 高い天井には幾つもの華やかな飾り。光を乱反射して周りを照らすのはシャンデリアだ。
 微かに漂う甘い香りを楽しみつつ、胡桃はテナント一つ一つに視線を投じる。すらりとしたシルエットの服、ふわふわと暖かそうな服、ゆったりとした作りのものもあれば、冬に着るのが適当であるか判じ難いものもある。
「……ん……」
 ふと柔らかな質感の服を目に留めて、胡桃は手を伸ばしてみた。指先に触れる感触も見た目同様暖かい。色は淡く、全体的にふわふわしていて、いかにも女の子らしいニットワンピースだ。
「……こういう、のがいい……のかしら」
 今までの服は、わりとクール系が多い――気がする。
 別にそれらの服に嫌気がさしたわけでもない。むしろ着やすいという点では慣れ親しんだもののほうがいい。
 だが――
(なんだか……お写真を撮る時とか、女の子らしい服着ると喜ぶ、のよね……)
 思い浮かぶのはカメラ片手にうきうきと喜色を浮かべていた父や、友人。
 特に父。
(……こういうの……好きそう、かな……)
 これを着て見せたら、どんな風に微笑ってくれるだろうか。どれぐらい喜んでくれるだろうか。
(……女の子らしいところを……)
 見せたいと、思って即店を見に来るほどには意気込んでいる。だがその意気込みの前に立ち塞がった強敵は、胡桃をしてもなかなか倒せそうになかった。というよりも、絶望的だった。
(と、いうか……「女の子らしい」って……)
 ……何だろう……?
(色合い……とか、デザイン……とか……?)
 参考は、父が嬉しそうにしていた服の内容とか、友達の服とか、雑誌とか。でも形も色も毎回違っていた気がする。「コレかわいい」「コレもかわいい」と言われては、「かわいい」の定義が分からない。
 とりあえず、もこもこと、ちっちゃいは、「かわいい」らしいのだけど。
「……こっちと……これは……どっちが……」
 隣にあった、やっぱりもこもこしているけれど色と形が違うワンピースを手に取る。
 どっちだろう。比べてみても、胡桃には分からない。
 いや、それよりも、あちらのコートのほうがいいだろうか?
 いやいっそ……組み合わせたほうが……?
 考えれば考える程難題に思えてきた。
「……」
「お客様。何をお探しでしょうか?」
 服を見つめたまま考え込む胡桃に、見かねた店員がそっと声をかけた。胡桃はハッと顔を上げる。
「……あ、の。すみません」
「はい」
 店員はにっこり笑顔で続きを待った。
「こ、こう……甘過ぎず、年上の男性系に喜ばれそうなかわい……何でもない、ですすみませんっ……!!」
 脱兎。
「お客様!?」
 ものすごいスピードで走り去った少女に、店員がビックリして声をあげる。なんだか言葉にしたらすごい恥ずかしかったのだが、このままでは延々服が買えないかもしれない……!
(……敵前逃亡……とか……)
 服(敵)を前にして、なんということだ。知り合いがいなくて良かった。
「……次、こそは……」
 何度か深呼吸してフリルとレースとドレープがたっぷりな店に足を踏み入れる。
 十五秒後、またもや脱兎のごとく逃げだし、壁になついて胡桃は握り拳を作った。
(……イメチェンへの道は、遠い……(ぐぬぬ)


 およそ半日前、その知らせを手に和泉 大和(jb9075)は頑丈な手で顎を撫でていた。
(大型モールで買い物……ってのもいいかもしれないな)
 その大柄な体は二メートルを超え、胸の厚みや腕の太さもかなりのものだ。
(新しい冬服も欲しいところだし……ちょっとぶらっと行ってみるか)
 普段は『大きいサイズ専門店』で探すことが多いが、こういったモールにも掘り出し物があるかもしれない。これほど大型になると、大きいサイズの服を扱った店も進出している時がある。
「さて……俺に合う服は……と」
 Lの横の数字を何度もチェックしつつ、至ってのんびりと物色していく。その様はいっそ優雅でもあるが、やはり大和ほど大きいとなかなかぴったりなサイズが無かった。これは! と思ったデザインが小さくて諦めることも少なくない。
(とはいえ、わりと品数が多いな……)
 モールのテナントは、絶対数の多いサイズしか取り扱っていないことも多い。だが、流石は久遠ヶ原のショッピングモールというところだろうか。大和ですら大きすぎてぶかぶかになる服を見つけたりと、思いつきで来たわりには存外楽しく、なかなか飽きが来なかった。
 装飾品や靴に至っては、めったに出会えないお気に入りが出て、ちょっとした宝物を引き当てた気分だ。
「首尾としては上々、といったところか」
 ふと気づけばもう昼食間近。随分と夢中になっていたらしい。
「そういえば、こちに来てると言っていたが……さては、プールか温泉におるのだな」
 ふと友人達のことを思い出して、大和は苦笑する。同じモール内とはいえ、流石に遠いか、と思ったところでルチアとばったり出くわした。
「おお、こちらにおったのか」
「大和、ですか。そちらも作戦……いえ、購入ですか?」
「ふむ。買物だが、そちらも同様のようだな」
 穏和に笑む大和に、ルチアも苦笑めいた笑みを浮かべた。大和の大きな袋に入っているのは衣類の系統だろうと予測がついたからだ。この大きな人の服ならば、なるほど、ああいう大きさになるのだろう。
 大和の方もルチアが持つ重そうな包みに気づいて苦笑した。なにか沢山買っているが、いずれも液体の入った瓶だろう。
「そちらに時間があるなら、飯でも一緒にどうかね」
 言われて、ルチアは「お供しましょう」と即答した。
 すでにこちらの必要な買物は終わっている。あとは食べに行くのとウインドウショッピングで楽しむ程度だ。何よりウォッカを独占出来たのが嬉しい。そしてこれが一番重要な事柄だが――ルチアは今、迷子だった。
「五十分前に通過した時点では、どうやら洋食店に人が集中しているようです。速やかなる陣取りと食糧確保に関しては他の店のほうが良いかと」
「ははぁ……何かイベントでもあるのか、その店が有名なのか……ん?」
 どこか楽しげに考えていた嘯いた大和は、ふと反対側からやってくる巡回教師を認めて手を挙げた。
「先生ではないか。いかがなされた」
「ああ、どうもモール中のバナナオレが売り切れているらしくてな……心当たりのある悪魔がいるのではないかと……まぁ、杞憂だと思いたいが」
「大変よの」
 大和の声に王太郎は苦笑する。
「大変なのは別の部分だろうな。……もし、銀髪の、こう、ツインテールにした幼女を見かけたら伝えてくれ。すぐにあちこち飛んでいなくなるんだ」
 承知した、と了解し、二人は王太郎と別れてルチアが五十分彷徨って辿り着かなかった食事街へと歩いて行った。
 余談だが、食事街への距離は、徒歩五分であった。


「こうやってのんびり買物するのも、いいな」
 新しいゆったりとしたパーカーを羽織り、浪風 悠人(ja3452)は妻の浪風 威鈴(ja8371)に「どうかな?」と見せた。
「……いつも……通りかな、と……」
「うっ」
 指摘され、悠人は認める。確かに、いつもと同じ系統の服には違いない。いやだって、買い物に来た時ってつい好きな服に目がいっちゃうよね?
「……折角だから……いつもと違う服…も……いいと…思う……」
「あ……ああ」
 しぶしぶ元の位置に戻した悠人に、威鈴はさらに言葉を重ねる。口調はいつも通りながら、なにやら熱の籠った声音に悠人は背中に汗が浮きはじめるのを感じた。
 威鈴の視線が、自分と自分の後ろの方を行ったり来たりしている。悠人は気づいていた。というか、試着が始まる前から気づいていた。なにしろものすごい熱い目で見られていたから。
(あそこに……あるのは……)
 黒。
 黒。
 黒。
 の、ノワールの祭典。打ち込まれた鋲やチェックのミニスカ、どこかフランケンシュタインテイストなシャツに、猫耳パーカーまである。型的にはゴシックが多めだが、この系統であればゴシック+パンクだろう。
「威鈴……すごく……見てるね……?」
「……うん……」
 熱く熱く見つめられて、悠人はゴクリと喉を鳴らした。なんだろう、この、狩られる瞬間を待つ獲物の気分は。
 いやしかし、威鈴の気持ちも分からなくもない。だって自分も見ている。威鈴と、その後ろにある――
 モコモコファー付きふわもこファッションブランドを――!
 悠人の眼鏡がキラリと光った。
「威鈴、ここは、共同戦線でどうだろう」
「……共同……戦線……?」
「そう。お互いにお互いの服を選びあってみる――というのは」
 威鈴の目がキラリと光った。
「……する……」
 あれ、なんかデンジャーボタン押してしまった様な気が。
「……じゃあ、まず、これ……」
「早ッ」
 シュバッ! と効果音が出る勢いで服を持って来られた。
 ゴスパン系アシンメトリーシャツ。
 安全ピンとチェーンと鋲がついてるズボン(黒)。
 パンク系ライダージャケット(黒)。

 ワンセット。

「一式!?」
「……試着……出来る……」
 スッとわざわざ両手で試着室を示された。
「……行ってきます……」
「……待ってる……」
 コクリ、と熱い眼差しで頷く妻。シチュエーションとしては悪くないのだが、抱えている服が自分の既知のそれと違いすぎていて足が重い。
(というか、コレ、どうやって着るんだ!?)
 穴なのか袖口なのかわからないのが難だが、デザインは良かった。どちらかと言えばゴシック味が強い品だったからだろう。初めて着てみたが、まぁ、悪くないかもしれない。いや、趣味にする気は(ごにょごにょ)。
「威鈴、着てみたけど……」
「……ッ……ッ……ッ」
 妻はとてもとても興奮している。ハートのステータスアイコンと一緒にバーサクのステータスアイコンも出てそうな感じだ。なんでだ。
「……似合ってる……格好いい……とても…いい……」
「そ……そうか、な……」
 目をキラキラさせ、子供のように嬉しそうな笑顔で言われては面はゆい。ちょっと頑張って一着ぐらい威鈴の為にも……
「……こっち、も……」
 目をキラキラさせたまま、威鈴は待ってる間に用意した試着用品を見せた。
 三十着分程。
「多いな!?」
 しかし大事な奥さんにこんなふうに見られ、悠人が拒めるはずもなく。
 結局、威鈴が満足するまで、述べ五十八着の試着を行う悠人だった。


「……次は、俺のターンだな」
 着替え疲れでぐったりしつつ、悠人はほくほく顔の威鈴を目当てのテナントへと連れて行った。
「着てもらう服は……これだ!」
「……これ……は……」
 それを見て威鈴は怯んだ。
 清楚さを際立たせるフリル付ホワイトドレスシャツ。
 柔らかさと愛らしさを見せつけるホワイトモコモコニットワンピース。
 足を温めつつアクセントにもなるカラータイツに、足首をしっかりモコモコファーで保護してくれるブーツ。そして動物耳付のフワモコファーコート。

 ワンセット。

「……フルオーダー……」
 本当に夫婦だな君ら。
「更衣室は、コチラに」
 サッ、と両手で示す先に更衣室。店員がにこにこと「次の品選ぶのでしたら手伝いますよ」の視線でスタンバイ。……あれ、本当に今度はこっちが五十八着?
「……き…着てくる……ね……」
「待ってる」
 悠人、コックリ。勿論待ってる間も無駄にしないとも。普段着ないだろう服や可愛い系冬物のピックアップだって忘れない!
「……き…着てみた、けど……」
「おおおおお!!」
 おずおずと恥ずかしげに更衣室から出てきた妻に、悠人は思わず握り拳を握った。普段ボーイッシュに近いゴスパン服を着ているだけに、モコファーセットはもうそれだけで雰囲気百八十度反転。ふわふわ綿菓子のような可愛らしい雰囲気がプラスされて、これはいい、いや本当にこれはいい。
「可愛い!!似合う、これは似合ってるな……!」
 掛け値なしの褒め言葉に威鈴の頬に赤味がさす。いっそう可憐さが増した気がするがOK! 寧ろこの付与ステータス、抵抗しない!
「いや、うん。本当に似合う。今度これ来て遊びに行かない? 遊園地とか」
「……ん……か、考えて…みる……」
 なにやら砂糖撒き散らしつつ、結局二十着程試着した後、二人で揃いの小物を購入。物欲よりも精神的な何かが満たされて、意気揚々と他施設を楽しみに出かけて行った。


 この様子を偶々見ていた人物がいる。――胡桃である。
(……あれが、女の子らしい、「かわいい」オーダー……)
 一度可愛いコーデを見繕った店員なら、必要最低限の会話で似たようなオーダーを引き出せるかもしれない!
(……これは……いける……!?)
 気合入りすぎて懐いている壁がめりこみはじめている気がするが気のせいだ。姿勢を正し、服の埃を払い、深呼吸して胡桃は再挑戦した。
「す……すみませんっ」
「あ、先程の」

 脱兎。

(……あの時と、同じ……店員さん……!!)
 恥ずかしさがフラッシュバックして思わず逃走。大丈夫。泣いてない。泣いてなんか、いないんだ!
(……イメチェン……出来る、かな……)
 道は果てしなく遠く感じられた。


○北の楽園は安寧に微睡む


 温泉とは癒し。憩いであり、また、娯楽でもあった。
 そんな温泉地区の一角、とあるプールサイドバーのような場所で、緋打石(jb5225)はゆったりと椅子に座る――のは難しかったので「よいこらしょ」とよじ登った。
「マスター、牛乳を」
 くーるな表情で注文する十二歳ぐらいの少女に、大人の握り拳五つ積み重ねたぐらいのデカイ牛乳瓶が差し出される。
「ほぅ。なかなか良いサービスじゃな!」
 いや待て、両手で持って飲まないと難しような牛乳瓶ってどうなんだろう。あと、飲んだ後の腹具合。
「サービスも行き届いておるし、活気がある。なかなか良いリゾートのようじゃのう」
 満足気に飲み乾して、石はゆったりと背もたれに身を預ける。効率よく学童を一区画に詰め込む『学校』と違い、ゆったりとした娯楽施設は解放感が段違いに違う。立ち昇る湯気と開放的な気に目を細め、鷹揚に頷いて石は独り言ちた。
「……流石に死体は出ないようじゃのう」
 リゾートとくれば死体と容疑者のサスペンスなのだが、街に出れば死体と天魔のファンタジーが始まる学園島では、ミステリーの香りは嗅げそうにない。まぁ、死体なぞ出ないにこしたことは無いのだが。
「さて、然らば腰痛に効く泉での寛ぎを求めるとしようかの」
 外見は子供だが中身は上寿を軽く超えている。「よいこらせ」とそこだけは実年齢に相応しい仕草で降りた石は、早速癒しを求めて檜風呂へと向かうのだった。
 そんな石が素通りした温泉では、今にも蕩けそうな表情で浸かっている幼女がいた。
「はふぅ……きもちいいのー」
 ほわ〜、と表情を緩めているのは天童 幸子(jb8948)だ。顎先まで湯船に浸かって、至極満足そうに微笑んでいる。暖かさが沁み込んで来て、頭の芯がぼんやりする感じだ。
(ぽかぽかなの……)
 こんな大きなお風呂が、いろんな種類沢山あるというのもすごいことだ。
「あっちには、ろてんぶろ? なの。おそとなの。すごいの!」
 しばらく温まってから、幸子は温泉を満喫すべく、ぱたぱたと元気よく駆けて行った。
 その幸子の姿がサウナに消えた頃、ガララッと勢いよく戸が開いてひとりの男が現れた。
「フハハハハ! なにがしたいのかは良く分からぬが――人の子らが作り出せし楽園、満喫させていただこう!」
 溢れんばかりのゲンキハツラツ、フリーダムパッション。ある種オーラに似たそれを放出しつつ、ギメ=ルサー=ダイ(jb2663)は、温泉区に入るや否や、筋肉の張りを強調させるようにサイドチェストを決めて言った。雄っぱいも見事ながら、上腕二頭筋の大腿筋が素晴らしい。
 それにしても、横から見てその腰に布が一本見えるだけなのはどうしたことか。まさか裸? いやいやそんなはずがない。まさか紐パン!? いやいやまさか!(正座待機)
「行先は温泉施設……そう、水着着用となれば――ふむ。コレで問題あるまい?」
 褌でした……!
 もちろん未使用のおろしたて美品。色は白だが、個人的には赤も捨てがたい。いっそ紅白で太陽のシンボルにしてくれてもよかったと記録係はそう思う。
「ほぅ、露天風呂、檜風呂、滝風呂、桶風呂、高温サウナ……と。なかなか楽しませようとしておるではないか」
 フハハハ! と豪快に笑いつつ、ギメは颯爽と歩き出した。
 その余韻が消えるか否かといったところで、静かに戸を開き、優雅な足取りでユウ(jb5639)は温泉エリアに踏み入る。
(賑やかな場所……)
 普通、温泉とはもっと静かで水音とさざ波にも似た会話の音が揺蕩っているような場所だと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。
(それにしても…温泉設備を備えたショッピングモールですか…近場で温泉に入れるのは素敵なことですね)
 実際に開館すれば、疲れた後のご褒美に入りに来る会社員のみならず、主婦の入館も少なくないだろう。あとはお財布との相談だ。
「いろんな所があるようですが……折角ですから、露天風呂にお邪魔しましょうか」
 外は雪がちらついているという。ならば、雪景色を湯の中で楽しむことが出来るだろう。
 そっと微笑みを口元に浮かべて、ユウは楚々とした足取りで露天風呂へと向かって行った。


「さて、偶には普段世話になってる召喚獣達を労いますかね」
 手早く着替えたエイルズレトラ マステリオ(ja2224)は、まず最初に洗い場に走った。風呂に入るのならば、湯船に浸かる前に体を清潔にするのは最低限のマナーだ。
「見た目綺麗だとしても、これはマナーですからね」
 呼び出した召喚獣をチェックし、シャワーを使って丁寧に洗って行く。もちろん自分を洗うのも忘れない。次々に入れ替え、ダイヤ、スペード、クラブまでは問題なかったのだが、ハートだけが何故か妙にやんちゃだった。
「待てって。なんでそんなにはしゃいでるのかな」
 シャンプーを嫌がって逃げるようなそぶりを見せたかと思ったら、顔目掛けて抱き着かれたり、やんちゃな幼子の面倒をみているかのようだ。プルプル身震いして水滴を弾いてから、可愛い上目使いをしてくるからなんとも言えない。あざとい。ハート、なんてあざとい。
「温泉では大人しくしてること。いいね?」
 指をピッと立てて告げるとものすごく大真面目な顔で「きゅ」と指に右前脚を添えられた。可愛いのだが、本当に理解しているのか甚だ疑問だ。
「じゃあ、行こうか」
 嬉しげなハートを纏わりつかせながら、エイルズレトラは内心で(一緒するのが大人な人だといいなぁ……)とこっそり思うのだった。


「おおっ、色んな温泉があるみたいですねー。恋音の入りたい順にまわってみましょう!」
「……おお……すごいですねぇ……」
 もわっと襲い掛かってきた湯気に眼鏡を白くさせ、袋井 雅人(jb1469)は恋人の月乃宮 恋音(jb1221)を振り返った。淡い桜色をした手縫いのビキニに身を包んだ恋音が、上着の前をあわせるようにしつつ感嘆の声をあげる。
「……そうですねぇ……では、露天風呂に行きますかぁ……」
 胸をやや押さえ気味なのは、昨日手直ししたばかりの胸がすでにやや窮屈だからだ。
(……ぅぅ……この成長期は、いつ止まるのでしょう……)
 ストップボタンが壊れているのかもしれない。なんというけしからん胸だろうか。何かの薬なしでも二人ぐらい纏めて乳息もとい窒息させられそうだ。
「いいですねー露天風呂! 熱気が籠らずのぼせにくいんですよねー」
「……はいぃ……雪景色も、堪能できますぅ……」
 唯一の欠点は扉を開けてから露天風呂までの道中が寒いぐらいだが、そこは溢れる熱意と若さと愛で乗り切ろう。
 最初から露天に向かう者も多いが、次に入ってきた少年のように近場から順にまわっていこうとする者も少なくない。
 少年――いや、もう若者、ないし青年と言っても差支えない風貌になりつつある神谷春樹(jb7335)は、僅かに硬く感じる体をほぐし、背伸びをしてゆったりとため息をついた。
(やっぱり体に疲労が溜まってるな……)
 最近はずっと戦い尽くめだった。加えて冷気使いや雪山での依頼――体の芯まで冷えるような、そんな場所にも居たのだ。ゆっくりと温泉で温もりを堪能したいと思うのは、ごく自然な欲求だった。
(温まるならサウナかな……)
 新陳代謝が活発になるので、ある意味疲労回復にもつながるだろう。丁度端にあることだし、あちらから回ることにしよう。
(最後は露天風呂か。――ああ、あの扉から外に出るんだ。温まりきってから出れば寒くないし、丁度いいかな)
 てきぱきと計画をたて、春樹はサウナに向かうべくゆっくりと歩き出した。





 龍崎海(ja0565)は温泉を味わっていた。
 戦いで負った傷は深く、防水のシールを張っての入浴となったが、疲労回復や快癒に効果が期待できるとなれば、しっかり入って癒していたいのが人情というものだ。
「重体になった身だし、ゆっくりするか」
 ふー、と縁に後ろ頭を預けて体を弛緩させる。疲れは蓄積されるものであり、そう簡単にとれたりはしないだろが、休める時には休めておかないと、いざという時に満足に動けなくなる。
 無理をすればいいというものではない。万全を整えるのもまた、戦人としては当然のことだった。
「おや、先客のようですねー」
 じっくりと湯に浸かっていた海に、ちょうどやって来た雅人と恋音が声をかけた。
「……失礼します、ですよぉ……」
「どうもー、今後も同じ学園生としてよろしくですよ」
「ああ、どうも。よろしく」
 恋音の超弩級の胸に驚く事も無く、海は淡々と頷いた。かわりに大きな牡丹雪が一つ、湯に落ちてするりと溶ける。
「素敵な眺めですね」
 ふと微笑む様な声が聞こえて、全員がそちらを向いた。淑やかな足取りでユウは露天風呂の縁へと腰を下ろす。
「失礼いたしますね」
「ええ! どうぞどうぞ!」
 雅人は喜んで声をあげた。うら若き美女が入ってくるのだ、男なら当然の反応である。楚々とした風情のあるユウの佇まいは、むしろそちらこそ素敵な眺めと讃えられるべきだろう。
「ショッピングモールに併設されている為か、中はとても賑やかですね……」
 背後を振り返り、笑みを零しながら言うユウに、恋音は頷いた。
「……そうですねぇ……やはり、湯治だけに来る、というのとは違う感じですねぇ……」
「本当に」
 女性二人はふふと微笑みを浮かべる。
「…普通の温泉とは違い、喧騒の中温泉に浸かるのも不思議な感じですね」
 ゆったりとした静かな時間も好ましいが、静寂が支配する世界というのも寂しいものだ。ガラス戸と空間を隔てたこちら側では、中の喧騒は僅かにさざ波のような音になって聞こえる程度。
「一人ぼっちだと寂しいですしね。煩く無くて、寂しくない、これぐらいがいいかもしれませんよ」
 雅人の声にユウは微笑んで頷く。もし寂しいと思ったら、その時はまたガラス戸を開けて向こう側に行けばいいのだ。沢山の人の声と気配がそこにある。
「なんだかホッとしますね」
 ゆっくりと湯を味わえば、熱が染み入る速度で疲れが癒されていくような気がした。時々はこうやって、楽しみに来てもいいかもしれない。
「こうやって穏やかにいられれば、いいのですが……」
「難しいところだろうね。最近は、どこもかしこも賑やかだから」
 海の声に、ユウは頷く。「それなんですよねー」と雅人もため息をついた。そのまま首元まで湯に沈む。
「ふー、今年は大きな戦いが続きましたから全身の傷にしみますねー」
 ふとその体の傷を認めて、海は頷いた。
「次は四国のようだしね」
「……また、大変なことになりそうですねぇ……」
 海の声に恋音は呟くように言った。
「……非戦闘要員の私には、直接関係は有りませんけれど、距離もありますし、念の為、帰還時の交通手段等、早めに押さえておく事に致しましょう……」
 出撃に際しては転移装置もあるだろうが、あれらが一方通行のいわば発射台のようなものなのは周知の事実だ。帰って来る手段は日常のそれに他ならない。
「依頼の時でも、時折苦労しますしね」
 山奥の場合、まず山里に降りるという労苦を強いられるのだ。こういった些事に煩わせられることなく長距離を移動できるのは、尋常では無い脚力の持ち主か、特殊な異能を持ち合わせた者ぐらいだ。
「うーん。来年、というか今年ですが、天魔とどう戦っていくかについて、考えたいところですが……」
「大きな戦いも控えていることだしね。四国といえば、大公爵配下の悪魔達はどうしたのかな。学園に入り込んでいたはずだけど」
「ええっ?」
 ちょうど情報を取得する場にいなかった雅人の驚きに、海は「ああ」と納得する。
 巨大すぎる学園の弊害の一つが情報共有であるのは間違いないだろう。
 学園が大きく発表しない限り、情報は逐次教室に貼られる報告書をチェックするしかない。だが日夜駆けずる何十人何百人の撃退士が挙げる報告書は膨大な量にのぼり、その全てを網羅している者は稀だった。丁度不在だった為に情報を仕入れるのが遅れてしまう者も少なくない。そしてあまりにも情報が膨大である為に、学園もすべてを連絡網に載せ続けるということも出来ない。逆に言えば、あの報告書こそが最速の学園公式情報源なのだ。
「少なくとも二柱、報告されていたよ。それに最新の報告書では、もう一柱、高位悪魔が確認されたはずだ」
 報告書を読み、それを知った一部には激震が走ったものだ。
 大悪魔メフィストフェレス直属のメイド、序列第一にしてメフィストフェレスの片腕――メイド長が直々に学園内部に入り込んでいたのだから。
「いずれ、何らかの連絡が入るかもしれないけどね」
「ああ、四国のメイドですか」
 至近距離で足音がして、今まで存在を感知させなかったエイルズレトラがヒリュウのハートを伴ってやって来た。
「そちらも直接相対してましたね」
「まぁ、それなりに。ああ、入らせてもいいかな」
「……おお……どうぞ……」
「お可愛らしいですね」
 頷く恋音とユウに、承諾を得れたハートがぴょんっと湯船に飛び込む。
「あ、こら、ハート」
 ぷかー、と浮いて上目づかいをされた。洗い場での他の召喚獣と違いといい、こういう施設が初体験なのかひどくはしゃいでいる。
 ユウと恋音にもふられてまんざらでもなさそうなのを見やりつつ、エイルズレトラはそろそろスペード達と交代させるべきかを思案していた。
「まぁ、メイドについては今のところ安心かもしれないね。最初から接続を切っていれば、どのぐらいの高位なのかはわからないししょうがないし……なにより、一人で学園全体を相手できるような存在が、遊びとしても暇つぶしじゃなく心底本気で取り込んでいるってことで、目障りだから叩き潰すってことをすぐにはしないってことだろうし」
「そうでしょうか。目障りだと思えば、掌を返すぐらいはするでしょう。相手は享楽の悪魔ですし」
 答えながら、早くも女性陣の手から抜け出してはしゃぐハートに手を伸ばした。仕方ないから抱えていよう、と思ったのだが、エイルズレトラの手より早く白い手が伸びてハートを掴んだ。
「上の方々の判断はともかく、あの段階であのお方を見破られたことは、私達にとっても驚愕でありましたわね」
「おおお!? 恋音さん程ではありませんが、これはなかなかの……バスト力!」
 途端、特急おっぱいハンター(訂正)、もとい、おっぱいセンサー(訂正出来ない)の雅人が目を輝かせた。仕方あるまい。なにせ豊かな胸とは其れ即ち人類が回帰すべき母という名の至高の海にして―(省略)―つまり正義なのである。
(ええ勿論私は決して節操無しにラッキースケベなんて狙っていないですよ!?)
 思想に耽るフリをしてキャ☆ドキッとか思ってませんもちろん! 残念だ!!
 しかし目の前の悪魔たるや、偶然を装う云々の前に硬直したように動きを止めたハートをむっちりと胸の間に挟む程度の奔放さである。一瞬とはいえ、思わず目線も奪われるというものだ。恋音より小さいけれど。恋音より小さいけれど!(大事な事なので二度)
「まぁ、ありがとうございます。胸の魅力は女の武器ですわ」
「聞きましたか、恋音さん……!」
「……おお……あれぐらいの大きさなら……ええ……そうですねぇ……」
 雅人と恋音が納得して頷く。ちなみにバスト力でいえば恐らく恋音のほうが上である。ユウがちょっと思い悩む視線を自分の胸に注いでいた。
 しかし呑気にバスト論に入れないのがエイルズレトラだ。
「ちょ……人の召喚獣に何をするんです」
「収まりが良かったものですから?」
 にこ、と微笑むマリアンヌの胸の間(文字通り)では、ハートがとても遺憾そうな表情でエイルズレトラを見上げている。さっさと取り返すと、エイルズレトラは呆れたように相手を見た。
「なんでいるんです? メイドは暇なんです?」
「学園は今、騎士団との戦いに動いてるけれど、そちらは?」
「私は英気を養っているところですわ。命令が下れば、いつでもどのようにでも」
 うっすらと冷気すら纏う覇気ある笑みを口に閃かせ、マリアンヌは一同を見やった。
「細かな事象を見逃さず、勝機をつかみ、次へと繋ぐ皆様の力には期待するところが大きい……その評価、今のところ変わってはいません」
 だが、それが今後どうなるかは分からない。
「武人たる騎士の魂と、貴方方がどのように向き合うのか……楽しみでございますわね」
「勝手な物言いですね」
 エイルズレトラに、マリアンヌはにっこりと微笑んだ。
「それが『悪魔』ですもの」
 




「ああー? なんで温泉なんだよ」
「いいから来い」
 文字通り首根っこ引っ掴み、戸蔵 悠市 (jb5251)はルドルフ・ストゥルルソン(ja0051)を半ば引きずるようにして温泉に入った。ルドルフは仏頂面で渋々湯船に浸かるが、飽きてさっさと立ち上がる。
「百数えるまで上がるんじゃない!」
 怒られた。
「んだよ。いいじゃねーの、プールなんてでっけぇ施設がそこにあんのによ、なんでわざわざ温泉? どうせなら遊ぶべきじゃねーの?」
「いいから浸かってろ」
「へいへい」
 後ろ頭を掻き、ルドルフはため息をついた。
「で? 何なのさあ、話って」
 ぼそりと尋ねたのは、適当に二十まで数えた頃だ。辺りに人の姿は無い。
「…天魔の力を引出す訓練を受けないという気持ちは変わらないか?」
「……ハ」
 思わず苦笑いが漏れた。
「温泉ってリラックスする場所じゃなかったっけ?」
「……」
 すっとぼけてみるも、悠市の険しい顔は些かも揺らがない。
(なんでそんなに怖い顔してるんだか……)
 思うも、問うことはしない。それはこちらが踏み込むものではない。
「…どこから聞いたの、それ」
「……挙動や表情で分かるだろう。そんなものは」
「そんなもんかねー? なに、そんなに俺の事見てたの。やらしーな」
 チラと横目に見ると、相手は表情を変えることなく言った。
「お前の寿命が少しでも長くなるのなら、試してみてもいいだろうに」
 軽口には応じない。表情も険しいまま。
 ――気軽に尋ねているのでは無い。
 ルドルフは小さく息をつく。目線を反らすことなく告げた。
「人間として、天魔に勝ちたい。だから断った。それだけだよ」
 新しい力は何かしらの恩恵を与えただろう。
 ――人は弱い。
 天魔に敵わなくて当たり前と――常日頃言ってる身ではあるが、本当はそんなの絶対に認めたくない。認められるものか。
(俺達はそんなに脆弱か?)
 地面に這いつくばるゴミ虫か?
 そこらの牧場で飼われてるただの肉か?
 そんなものだと、わざわざ別物にならなきゃ勝てねぇと、『俺が』認めるって!?
(冗談じゃねぇ!)
 人は弱いさ。ああ、そこは認めるよ。最初から強い奴なんざいやしない。
 じゃあ人だからそのまま負け続けるかって? ふざけんな!
 負けてたまるか。
 俺は人間だ。最初から最後まで人間だ。有利な力? 有益な血? そんなものクソくらえだ!
 死にかけだろうがなんだろうが、生まれた時に人間だったなら、最後まで人間のまま全部に抗ってやるよ。全部にだ!!
 てめぇの身の内に抱えた業も、天魔との戦いも、死ぬまで全力で抗ってやる。
 それをただの反抗心と笑いたきゃ笑えばいい。俺は、骨の髄まで人間だ。それをやめる気なんかさらさらねぇ。
(ましてや、命惜しさに覚醒なんて。ハッ。真っ平御免さ)
 悠市はジッとルドルフを見ている。ややあって、険しいものが消えた。
「それがお前の決意なら、翻す事は難しいのだろうな」
「ま、そーゆーこと。っていうか君の言う『トレーニング』の話があったのは一年近くも前なんだけどー。今更蒸し返すとかどういう風の吹き回し?」
 いつもの表情になったルドルフに、悠市は顔を洗い、ゆったりと湯船に浸かりながら言った。
「蒸し返すも何も、私は常にお前に生きて欲しいと願っている。それを口にしてみただけだ」
 生きたい、と。命ある者が当然持つ叫びを必死に押し殺して我慢しているのを知っている。
 手段がそこにあるのなら、使ってくれと言いたくなるのを自分も押し殺した。
 人の生き様はそれぞれだ。何の為に生き、何の為にその命を使うのかも。敵であれ味方であれ仲間であれ何であれ、他者のそういった思いや行いをこちらの勝手な思想で歪めたり貶めたりしていいわけではない。
(分かっている。矜持を叩き折ってまですることではない)
 そのために命を落とすことになっても、それを選んだのなら、認めなければならない。
 だが同時に、どんな力を手に入れ、どんな姿となろうが彼は彼なのだから――延命手段となるならとも思う。
 願いなのかもしれない。ではそれは自分の身勝手な願望ではないのかと自問すれば、答えに詰まる。
(生きてくれ、と)
 願うことは――我儘だろうか。
(……難しいものだな)
 悠市は僅かに目を伏せる。ゆったりと湯気を揺蕩らせる温泉は暖かく、硬い思いをも優しく包み込んでくれる。
 伏して思考に没頭している悠市をルドルフが横目でそっと見ていた。


(無料で温泉……僕みたいな貧乏学生にはありがたいな……)
 大量の湯に全身を浸し、陽波 透次(ja0280)は満足の吐息をはいた。一人なのが寂しいが、ゆったりと湯を味わうのが目的なら、こういうのもいいだろう。じわじわと体内に沁み込んでくる熱の心地よさは、何物にも代えがたい。
(しかし混浴とは…)
 透次は伏していた目を開け――また閉じた。
 目の前を休憩に行く雅人&恋音の二人が歩いて行った。嗚呼凄まじき巨乳。下から見たせいで恋音の顔が見えなかった程に。
(なんかすごいの見た……)
 なんというかもう、色々と目に毒だった。
(なんで混浴なのかな。水着……とはいっても、女の子と一緒に入浴……とか)
 落ち着かない。物凄く落ち着かない。
 冷静に考えてみれば、夏の海やプールと大差ない。そう、暖かいプールに来ているのだと思えばいいのだが、
 自分、
 ――夏の海も普通に苦手だった。
(水着といっても、なんだか、すごいのもあるし)
 異性への免疫については少々心許ない透次にとって、この状況は刺激が強い。かといっていつまでも目を瞑っているわけにもいかない。
 ちゃぷちゃぷという音を耳にして、それを合図に目を開いた。
 目の前を銀髪の幼女が(なにしてるのかなー?)という眼差しで桶をビート版代わりに泳いで行った。
「……」
 なんとなく見つめあったままでそれを見送る。
(……女性にカウントするには年齢がまだ……かな)
 いや、その前にお風呂場で泳いじゃ駄目だと思うんだけど。
 思って、しまった見送ってる場合じゃなかったと気づく。しかし目を向けた時には幼女の姿は無い。
「あれ?」
 すでに転移しているのだが、知らない透次に分かるはずもなく。夢だったのかなと首を傾げつつ湯船から立ち上がった。
(落ち着かないから、滝温泉で滝行でもしよう……)
 そう、自然と一体化し、精神統一すればきっと気にならない筈……!
(真言を唱えながら滝に打たれることで、無心になるんだ!)
 意を決し、透次は滝風呂に向かう。打たせ湯のはずかなんだかどこかの公園のNガラ瀑布のようだ。

 おん あぼきゃ べいろしゃのう まかぼだら まに はんどま じんばら はらばりたや うん

 流石に寛ぐ人々が周りがいる状態で盛大に光明真言を唱えるわけにもいかず、心の中で唱えていると降り注いでいたはずの湯が減った。
(ん?)
 上を見た。
 素晴らしい曲線美を描く脚と綺麗な尻が見えた。無論、水着に包まれてはいるが。
「…… ……」
 どうやら飛翔してお湯が出る部分を覗きこんでいるらしい。なんでわざわざ自分の頭上でと思わずにいられないが、相手が相手だから仕方がない。翼が見えないのは、不可視にする能力か何かだろうか。
「あら。失礼いたしましたわ。どういう造りなのか気になったものですから」
 降りてきた亜麻色の髪の女性が、水圧で際どい位置までズレてしまった水着を直しながら微笑む。巨乳がゆっさゆっさ揺れるのが酷い死角の暴力(透次的な意味で)だ。
 ではごきげんよう、などと微笑んで手を振るのを見送って、透次は思わず顔を両手で覆う。
 おかしい。
(温泉で骨休めに来た筈なのに逆に疲れた気がする…)
 なんだか疲労度が増して、よろよろと露天風呂に向かうのだった。





 かっぽーん、と獅子脅しに似た音が何処かで成った。やたらと風情のある物音だが、多分誰かが手桶を落っことしたか何かした音だろう。
 銀髪の幼女が桶に乗った状態でふわふわ浮いていくのを横目に、鐘田将太郎(ja0114)は精悍な顔を引き締め、堂々たる足取りで大型温泉エリアに踏み入れた。
 ちなみにぼっち参加である。寂しくなんかねぇぞこんちくしょう!
(水着で、て言われた時からわかってたが、やっぱりスパリゾートだよなぁ。マッパよかいいか)
 日本人なら裸で風呂だ、と思わなくもないが、公共秩序の遵守はマナーの基本。むしろ全裸推奨だったら回れ右していたところだ。
「あー…日頃の疲れが癒される…」
 思わず首元まで埋まり、いやいや心臓に負荷がかかるなと姿勢を正す。しかし首まで埋まった時に心地よさは捨てがたい。
(まぁいい……今日ぐらいは、のんびり……)
 頭の中にもやがかかるようにして、穏やかな気持ちになっていくのを感じた。
 将太郎がまったりと檜風呂に浸かっている頃、黒百合(ja0422)は手桶に入れたお酒にほくほくしながら、丁度無人になっていた露天風呂を満喫していた。
「きゃはァ、せっかくの無料期間だし存分に楽しまないと駄目よねェ…♪」
 体を包むお湯は、室内にある他の風呂よりもやや熱めに設定されている。頬を撫でる外気はひんやりとして、火照った体に気持ちいい。
「雪を見ながらなんて、風情あるわねェ…」
 はらりはらりと空の一部が零れ落ちるように、白い雪が舞い降りてくる。静かな光景はあまりにも美しく、儚い。
 掲げた手にも、御猪口で揺れる酒の上にも、白い欠片がそっと冬の吐息をふきかけていく。
 冬は全てが白く覆われる季節だ。ただ白く白く、世界を染めていく。
 その世界の、なんと静かなことか。
「…でもまァ、静かすぎるのは、性に合わないけどねェ…」
 くい、とあおった酒がチリと喉を灼く。
 硝子で隔てられただけで、人々の喧騒は余りにも遠い。雪の景色に寂寥感を感じるのは何故か。けれどこの景色を、この空気を、壊すのもつまらない。
 目を細めて雪に魅入ったところで、カララ、と扉の開く音がした。
「先客か」
「あらァ…いらっしゃーいィ♪」
「一緒させてもらうぞ」
 ゆったりと歩いて来たのは強羅 龍仁(ja8161)だ。黒百合の手にある徳利と御猪口を見てヒョイと眉をあげる。
「んー、これでも(この外見でも)私は飲酒可能な年齢よォ?法令はしっかり守ってるわァ…?」
「……だな」
 苦笑して龍仁は頷いた。事実、黒百合はとっくに成人している。外見で年齢が分からない者が多いのも、久遠ヶ原の特徴か。
「……冬はやはり温泉に限るな」
「そうねェ……」
 のんびりと、静かな景色を壊さない声で呟くように。
(静かだな)
 降りる雪を眺めながら龍仁は思う。
 暖かな湯気に、かつて別の場所で入った温泉を思い出した。
 偶然の出合い。屈託のない笑顔。語られた言葉。そこにあった確かな存在。
 何故は問わない。誰もが皆、半ば覚悟していたこと。けれど零れそうになる。望まぬ戦いはすぐそこまで来ている。
 思うことはある。だが言葉には出来ない。
 ただ湯の温もりに包まれて、今は疲れを癒したい。
 雪は降る。全てのものを抱きしめて。
 いつか見た日と同じように。
 けれど同じ時が、風が、光が、決して二度と訪れない様に、これは全く別の光景。
(……)
 吐く息が白い。
 しんしんと冬の気配を強めて、柔らかな風がほとほとと落ちる天の結晶を舞わせる。

 ――雪が降る。






 石はご機嫌だった。なにしろ腰痛に効くという露天風呂が思っていた以上に立派だったのである。
「ひゃー、極楽極楽」
 ブルブルと顔を洗って、畳んだ手拭いをヒョイと頭の上に乗せた。今にも鼻歌を歌いそうな憩いだ。
「やっぱり温泉はこうでなくてはいかんのう」
 足も伸ばせて手も伸ばせて、ついでにぷかーっと浮きたいがそこはレディの嗜みとして我慢した。
「ひょひょひょ」
 我慢しきれなかった。
「極楽じゃー……この世の天国じゃなぁ」
 と、波間のクラゲのように漂っていたその体がふいにチョコンと座る。今にも番茶でも取り出して啜りそうな澄まし顔をしたと思ったら、ガラス戸が開いて透次がやって来た。
「うわ……これは本格的ですね」
「うむ。なかなか見事な出来じゃのう」
「え、あっ、お、お邪魔します」
 てっきり一人かと思いきや、湯煙に紛れるようにして石が居たのだ。若い女性(外見は)ということで、透次がちょっと戸惑う。
「そう構えるでないぞ。自分から見れば、貴殿らは皆孫子のようなものじゃ」
 どうやら相当年季の入った天魔らしいと見てとって、透次は僅かに緊張を解いた。まだ子供の域にとどまっている外見だったからかもしれない。
(女性女性してないから……うん。まだ緊張せずにいられるかな)
 そんな露天風呂へと向かい、ゆったりとした足取りで歩み行く男がいた。
(今日は一日ゆっくりしよう…)
 金鞍 馬頭鬼(ja2735)。【人】である。
 整った鼻梁に理知的な眼鏡、柔らかそうな黒髪とどこからどう見ても【人】である。
(最近疲れが溜まってきてるからな…)
 心ゆっくまでのんびりとしたい。あと、出来れば肩こり治したい(切実)
 安いマッサージチェアでもかなり効果的だから後で休憩フロアに設置されているマッサージチェアに乗るのもいいだろう。
(時には贅沢を……いやいや、その前に温泉だ…)
 二重扉になっているそこを開ければ、いっきに冷気が押し寄せてきた。温泉のある場所は白い湯気が立ち昇っている。
(さむさむさむ)
 ちょこちょこちょこと思わず小走りで駆けつけ、二度目のかけ湯をして中に入った。洗い場ですでにちゃんと体を洗っているのは、風呂に入るマナーである。
「う゛お゛お゛ぉ゛ぉ゛ぁ゛ぁ゛…癒やされるぜぇ…」
 重低音。
「いいですよねぇ……ゆったりして」
 先に入っていた透次が言う。声がまったりと溶けていた。
「やっと疲れた癒えてきた……」
 なにかしみじみとした口調だ。日々の疲れに苦しんでいるのかと思うと、なにやら仲間を見る気持ちになる。
「皆は元気だなぁ…」
 ガラスの向こうに広がる室内を見て、透次は眩しそうに呟いた。なんだか数十年分ぐらい余分に年輪刻んだかのような声だ。
 そのガラスの一部である戸が開いて、ハートを抱えたエイルズレトラがため息をつきながらやって来た。
「どうしてすぐに遊びに行くのかな。一所にいなきゃダメだよ」
 どうやらじっとしていないヒリュウを温泉に入れるのに苦労しているようだ。
「甘えん坊なんですね」
「ええまぁ」
「僕の所とはだいぶ違いますね」
 なんとなくヒリュウ談義をはじめる二人の横、のんびりまったりを味わう馬頭鬼は「う゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛…」とちょうど湯の出てくる所に肩をあてて気持ちよさそうにしている。
 新たな人物を迎えたのはその時だった。
「うお、思ったより本格的だな!」
 露天の中にあるどっしりとした岩風呂に、将太郎は破顔した。最後の楽しみに露天風呂をもってきたのは正解だったかもしれない。
「いいねぇ、冬の雪景色に、あったけぇ湯と、湯気!」
 軽く手をあげて挨拶し、入ってくる将太郎に透次は笑う。
「こういうのを見ると、ああ、日本っていいなぁ、って思いますよね」
「日本人ならやっぱ温泉だよな、温泉!」
 は〜、と首まで湯につかって、将太郎は満足そうに息を吐いた。その顔にぴしゃっと湯がかかる。
「あ、こら、ハート。そんなに暴れちゃダメだよ」
 すみませんと謝るエイルズレトラに、将太郎は笑った。だいぶ湯に浸かってきたせいか、今とてもおおらかな気持ちだ。
「ふむ。なかなか賑やかなのもオツじゃのう」
 石も満更でもない気持ちでゆったりと首まで湯につかった。
 その時、またガラス戸が開く音がした。今度やって来たのは巡回教師だ。
「正岡センセじゃないか」
 気づいた将太郎が片手を挙げる。ああ、と軽く手を挙げる王太郎は、何かを探すように周囲を見渡していた。
「あんたも大変だよなぁ……ちょっと浸かっていかないか?」
「ありがとう。いや……ああ、だが、そろそろこっちにきそうだしな」
 後半は独り言だろう。なにやら疲労した表情で王太郎は湯に入った。透次は首を傾げる。
「巡回お疲れ様です。何か問題が起きたんですか?」
「ありがとう。……巡回は問題ないんだが、預かった悪魔が四六時中勝手に消える問題児でな……」
 はぁ〜、と深いため息をつくのに、将太郎はしみじみと相手を見やった。
「なんつーか……振り回されてるな」
「異能だそうだが、あんなに転移する悪魔だとは……」
 エイルズレトラがちょっと考える顔になった。誰かに似た特徴のような。
「まぁ、常に学園生がいる所だけにいるようだから、まだいいんだが。そろそろ露天風呂にも出現するだろう。別の悪魔なら、バナナオレで引き寄せれるかもしれないと情報にあったのだが……あの幼女ではな」
 それで探しに来たついでに、次のポイントだろう場所を見張ることにしたらしい。
 そんな会話を聞きながら、馬頭鬼はパチャパチャと自分にかかる水しぶきに渋い顔をしていた。ゆったりと寛いでいるというのに、近くで暴れるとはどういう了見だろうか。一回二回は見逃しても、こう何度もでは見逃しがたい。大人として忠告しなくてはならないだろう。
 馬頭鬼はカッと閉じていた目を見開いた。
「…それぐらいにしておけ、撃退士としてではなく人としての品格を問われるぞ」

 銀髪の幼女がいた。

「「……。」」

 浮いてる桶にしがみついて一生懸命泳いでいる。

「……温泉は、水泳禁止だ」
「あい」
 真顔で忠告する馬頭鬼にコックリ頷く幼女。王太郎は慌ててその幼女の脇腹を両手でつかんだ。
「やっと捕まえた!」
「むぎょー!」
 くすぐったいのか何なのか、幼女が鷲掴みされた亀みたいな動きをしている。
「先生まで暴れさせて何やって……え? その子が捕獲対象?」
 王太郎、コックリ。
「ヴィオレットなのですよ!」
「ちょっと事情があってな、というか「もごごー!」そこですかさず言おうとするんじゃない」
 途中でまたいらんことを言いかけた幼女の口を大きな手で塞いだのだが、将太郎とエイルズレトラが「ああ」と納得顔で頷いた。
「四国メイドの一柱ですね」
「ちっさい親善大使が来たとか噂になっていたアレか」
「……もう噂に……」
 王太郎は深々とため息をついた。その背を将太郎がポンと叩く。
「……ほんとうにお疲れ様だな……巡回よりも遥かに悪魔の子守りのほうが大変か。教師は辛いよなぁ」
「配属されてすぐこんな仕事とはな……」
「なんて言うか……大変だろうが頑張ってくれや」
 生徒に慰められて一時の心の平穏を得る王太郎に、「で」と馬頭鬼は声をかける。
「この幼女はどうするんですかね。さっきすかさず逃げようとしたから捕獲しましたが」
 捕獲された幼女はと言えば、馬頭鬼の肩にあたる湯を興味深げに触っている。
「あんた、捕獲するの上手いな?」
「ナイスバディなおねえさまならともかく、幼女じゃ嬉しくもなんとも……」
「むむ。ききずてならんのです。あたしだっておいしーお婿さんがいるぐらいみりょくてきなのですよ!」
「ちょっと待て」
 馬頭鬼に答えた幼女の声に王太郎は慌てた。
「聞き捨てならないな。おまえの言う『美味しいお婿さん』というのは何だ。まさか誰かの魂を狙ってるわけじゃないな!?」
「おいしいご飯いっぱい作ってくれるのですよ!」
 きゃー、とそれはそれは嬉しそうに言われて、王太郎は脱力した。
「……ああ……そう……」
「……本当に大変だな」
 ポン、とその肩を将太郎が叩く。
「まぁなんにしろ、面倒見てくれている相手なら、迷惑はかけないことだ」
 真顔で言う馬頭鬼に、「あい!」と幼女は至って素直に頷いた。大人しくこっちにくるヴィオレットに、こんなに簡単なことだったのかと王太郎は唖然とする。まともに会話してない王太郎だからこそ、振り回されたと言える。
「……会話というのは……大事だな……」
 しみじみと呟く声が、やたらと哀愁を感じさせた。





「さて、随分と回ったが、そろそろ出ても良い頃だろう」
 のっしのっしとその張のある体で練り歩き、ギメはスパに来る前に仕入れてきた情報を元に脱衣所へと向かう。
「あれを見ておかねば、温泉を味わい尽くしたとは言えぬであろうからな!」
 そう――温泉、とくれば何故かセットで用意されていることの多いのが、『アレ』。
「未だ経験したことはないが、この東の国では温泉にはつきものなのであろう? 卓球は!」
「……まぁ、室内型球技ということで、設置のある場所も少なくないな」
 サイドトライセップスを決めて言う目の前の天使に、王太郎はやや虚ろな眼差しで頷いた。何故だろう。久遠ヶ原学園に来てからこっち、自分の脳内にあった天魔の知識からかけ離れた天魔とやたら顔を合わせているような気がするのは。
「ふむ。ならば行かねばなるまい!」
 フハーハハハ! 大笑いしながら去る筋肉質の背中を見送って、王太郎はこめかみを揉む。
(……天魔、とは……)
 恐らく学園生活に慣れた先輩教師達はそろってこう言うだろう。

 考えても、意味ないから(断言)。

 げに恐ろしきは天魔では無く、天魔の認識すら変えかねない学園なのかもしれない。
 そんな王太郎の隣を、女性用更衣室に向けて小柄な影が走って行く。
「おんせん、おんせん♪ とってもきもちよかったのー!」
「走ると危ないぞ」
 不器用に声をかける王太郎に、幸子はにこぉっと笑む。
「ありがとなの!」
「……ああ。滑るから気をつけるといい。湯冷めしないようにな」
「はいなの!」
 大きく頷く幸子に、預かった悪魔幼女もこれぐらい素直だったら、と思わずにはいられない。
「他にもプールがあるから、遊びに行くといい」
「あのね、あのね、おんせんのあとのうんどうは「たっきゅー」なの!」
(流行ってるんだろうか……)
 王太郎は内心で思案する。
「『たっきゅー』ってなんだろ? でもきっとたのしいの!」
 ずっと家の奥深くにいた幸子にとって、他の者の知るごく普通の常識ですら未知の領域だ。半幽閉生活に対し何かしらの思いを抱いていないのは幸いだったろう。無邪気に笑う幼子からは翳りが感じられない。
 無意識に幸子の崩れかけている頭の布を直してやって、王太郎は脱衣所側に顔を向けて告げた。
「さっき、卓球に向かう天使がいた。……遊んでもらうといい」
「! いってくるの!」
 パァッと顔を輝かせ、幸子が走る。転ばないかはらはらしながら、王太郎が見送っていた。
(おそとのひとは、みな、やさしいの)
 幸子は思う。
 座敷童子として家に居た時も、不便は無かったと思う。だが外の世界は魅力的だ。沢山の物があり、沢山の人が居る。いつも新しい何かに彩られている。
(とっても、すてきなの!)
「んと、ここが、たっきゅーじょ?」
 手早く着替え、ててて、っと走って行った先で幸子は首を傾げた。大きな部屋に、六つほど変わった卓が置いてある。
「ほぅ。幼女よ、卓球に興味があるか」
 ふと声をかけられ、幸子はそちらを向いた。

 マッチョの天使がいた。

 ビックリして目を見開き、幸子はギメの体をまじまじと眺めた。幸子の世界に、こんな風に筋肉質な男はあまりいなかったのだ。
「てんどう、ゆきこなの!」
「フハハハハ! 我が名はギメ=ルサー=ダイよ!」
「ええと、ぎめるさだいさん、なの? んっと、ぎめさんなの!」
 てて、と走り寄り、ラットスプレッド・フロントを決めたギメのぴくぴくする足の筋肉をつんつんする。
「ふわわ、かっちかちなの!」
 力を入れずにいる時は厚いゴムのような弾力だが、力を入れればご覧のとおり! かっちかちになるのが筋肉だ。
「む? 幼女よ、いかがした。我の筋肉に興味があるのか?」
 他の場所も気になり、太腿やお腹をつんつん突く幼女に、ギメは片眉をヒョイと上げた。
「触りたいなら触っても良いぞ――今なら肩車もサービスしよう!」
 最も力強く見えるポーズ――モスト・マスキュラーを決めて告げたギメに、幸子はパァッと顔を輝かせた。
「のぼるの!」
「挑むが良かろう!」
 歓声をあげて大きな山のような体に挑み、幸子は「よいしょよいしょ」とよじ登っていく。カチカチの筋肉は大岩のようで、なかなかに登り甲斐があった。
 やっと登った肩に収まり、いつもと違う視界に声を上げる。
「わーい、高い高い、なの!」
 きゃっきゃっ。
「フン。この程度で満足されては困るな! そぅら、飛ぶであるぞ!」
「きゃー」
 天井につかないよう調整して浮き上がったギメに幸子が歓声をあげてその頭部に抱き着く。ギメ、とても子供の面倒見が良い。
「ふむ。卓球を愉しもうと思ったが、これはこれで楽しいものよ。幼女よ、きちんと水分は補給しておいたか? 風呂上りは腰に手を当てて牛乳を飲むのがマナーよ」
「ぎゅーにゅー?」
「なんと、まだであったか。ならば致し方ない。参るぞ!」
「きゃー♪」
 そのまま滑空していくのに、幸子は大喜びだ。
 擦れ違った他の学生達が、面白そうな微笑ましそうな眼差しでそんなふたりを見送っていた。


 一方その頃――湯上りの一杯を飲みにバーに来た石は、気になる噂を聞いて思わず店員に問いを重ねていた。
「バナナ・オレだけ売り切れ……じゃと?」
 自分に必要なのは牛乳であってバナナオレでは無いのだが、こんなミステリィ()を聞かされては黙っていられない。
「これは……事件なのじゃ。見た目は子供、頭脳はBBAの名探偵緋打石の出番じゃのう」
 難問珍問種類問わず、知恵袋的知識で解決ヨ☆(ゝω・)(暫定的決め台詞)
「マスター。詳しくお話を食わせてもらおうかのう」
 けれど重い腰は動かさない。安楽椅子探偵スタイルに習い、石は温泉にどっぷりつかりながら情報収集と犯人探しに勤しむのだった。





「温泉! わあー、凄い広いのです、これ!」
 淡い空色のパレオをドレスの裾のように翻し、Rehni Nam(ja5283)は目を輝かせた。
 朦々たる湯煙が高い天井から外へと抜けていく。その先にあるのは温水プールだ。ここの熱もまた、外の温もりを維持するのに利用されている。
「とはいえ、外のプールはここよりずっと寒かったのですよ…!」
 いかに温水であり暖房が入っているとはいえ、季節は冬。真夏のそれと同じ様にはいかない。いっぱい遊んで来たレフニーの体もまた、ここの温もりにプルプル震える程冷えていた。
「プールで体冷えちゃいましたし、しっかり温まるのですよっ」
 さぁ、では何処から攻めてみましょうか!
 情緒あふれる露天風呂!? それとも薫り高き檜風呂!?
 高所から落ちるお湯がたまらない刺激となってコリをほぐすこと請け合いな滝風呂!?
 いやいや昔話の世界にタイムスリップした気分になれる桶風呂も捨てがたい!
「でも、まずは……高温サウナでしょうかっ」
 なにしろ体が冷えている。入った瞬間から熱を感じられる高温サウナでじわっと温もり、ついでに新陳代謝の活性化、さらに発汗作用で体の中の老廃物も排泄! この女子力でもってお肌ツルツルに!
「いざ!」
 厚い扉を開くと、むわっと熱気が押し寄せてきた。
(む。すでに熱いです!)
 しかし汗をかくためにはじっくりと腰を落ち着ける必要がある。とりあえず八分ぐらいは。しかし暑くてあまり目を開けていたくない。
(今は誰もいませんね……しかし、混んでしまった時のためにも、端っこにいましょうか)
 そっと腰を下ろし、部屋の中に設置されている時計を確認してから目を閉じる。だいたい八分から十二分ぐらいが汗をかく目安だろうか。ああ、でもこうしているとじっくりと熱が沁み込んでくる感じでこれはなかなか……
 きぃ…ぱたん…
(誰か来たようですね)
 足音はしないが、隣に腰を下ろしたらしく存在を感じた。
「失礼いたしますわね♪」
「どうぞなのですよ」
 女性の声にややホッとしつつ、レフニーは無意識に数えている脳内カウントに戻った。
(百八十三……百八十四……)
 高温サウナというだけあって、まだ三分ぐらいなのにわりとクラクラする。こちらに来るまでにちゃんと水分も取っていたのだが、足りなかっただろうか?
(四百……四百一……)
 五分が経過した。隣の方は、最初の時からピクリとも動かない。
(四百八十二……四百八十三……)
 八分が経過した。汗がじわりと出ている。しかし――
(後から来た人が、出ないのに、出るというのも……)
 相変わらず、本当に存在しているのかと思うぐらいにピクリともしない。
(五百四十三……五百四十四……)
 九分経った。チラリと薄眼を開けて隣を見てみる。白い足が見えた。綺麗で見事な曲線美だ。どうやら大人の女性らしい。汗は――かいていない。
(熱い……けれど……先に出るのも……いや、先に入ったのだから、先に出ても……)
 そういえば何故耐久競争をしていいるのでしょう。いえ、勝手にしているのですが。そもそもどうして私は耐久など……
「お先に……失礼するですよ」
「あら」
 ふらふらしながら立ち上がると、ふと頭を冷気がフッと撫でていった感じがした。
「お気をつけて」
「ありがとうなのですよ」
 ふらっときたと思ったら、なんだかすごい大きな胸が目の前にあった。半ば埋もれてしまったが、立ちくらみのようだから仕方がない。丁寧にお礼を言ってレフニーはサウナを後にした。そのままよろよろと水風呂の近くまで歩く。
「ぶはっ……はぁ、はぁ……熱くて死ぬかと思ったのです」
 せめて、せめて入るまでに汗を流して……と思ったら、たぱー、と水がかけられた。先程と同じ声がくすくす笑う。
「なかなか素敵な根性でしたわ。でもお体にはお気をつけてね?」
「ふわ……ありがとうなのですよ」
 そのまま二度ほど汗を流され、驚く程の力でだっこされて水風呂に浸けられる。なにやら至れり尽くせりだ。
「うふふ。では、回復手さん、また」
「はい。ありがとうございましたなのです。またなのですよ」
 頭を撫でられ、返事をしたところで目を開いた。相手の姿は何処にもない。
(白昼夢?)
 見回しても誰かがいた形跡がまるで無かった。だが、自分がぐったりしていただろう水風呂の縁はしっかり水で濡れている。
(ゆ、夢でしょうか)
 ぷくぷくと口まで浸かって体を冷やしつつ、考えても仕方がないと立ち上がる。
「……さて、今度は普通にお風呂を楽しむとしましょう」


「総檜……か」
 扉を開けた途端、ふわりと包み込んできた馨しい香りに龍仁は目を細めた。
 温泉の〆にと選んだのは檜風呂。家の風呂も出来れば檜風呂にした程に檜風呂好きな龍仁はちょっと檜には煩い。
 やろうと思えば出来る。それだけの蓄えはある。
 だが、毎日の清掃、点検、乾燥防止措置等、檜風呂を管理するのは並大抵では無い。そのうえ息子に反対されては諦めざるをえない。
 だが、この薫り高さはどうだろう。
 湯船だけでなく、壁から天井に至るまで全て檜。柔らかな灯りを受け止めしっとりと落ち着いた表情を見せる姿の、なんと堂々と美しいことか。
 ふわりと心を癒してくれる、決して押しつけがましくなく暖かく包み込むような匂いと温もり。木の質感。水の質すらも変えてしまう――これこそが日本の風呂の醍醐味。
「これは……」
 諦めた心が思わず揺らぎそうになる。
 使われているのは全て赤身柾目、白太の部分は欠片も無い。むろん節などあろうはずがなく、ただただ滑らかに美しい模様が目に映る。この大きさならば樹齢は全て百を超えたものだろう。如何程の価値があるのか、算盤をはじくのも馬鹿らしくなる高級品だ。
 毎日こんな風呂があれば……
 いやいや息子も反対しているし……
 しかし一度入れば病みつきになると言われる檜風呂だから……
 しかしその管理を考えれば、依頼で家を空けてることもあるだろう自分が息子にそんな押しつけを……いやしかし……
「むぅ……」
 眉間に皺を寄せかけ、しかしそれすらも香気と温もりに包まれて溶けていく。
 檜風呂は正義だ。
 もはや世界の心理と言っていいだろう。


 春樹が露天風呂に踏み入れた時、露天風呂は空だった。
(湯桶が落ちてるから、誰かいて立ち去った後なんだな……)
 そんな風に観察しながら、軽く体に湯をかけ、ゆっくりと足から入る。僅かな距離とはいえ、すでに肌の表面はひんやりとしていた。やや高めらしいお湯の熱が、沁み渡る様にして冷たさを取り払っていく。
「やっぱりきれいな景色を見ながらが一番落ち着くなぁ」
 露天風呂から見える方角を手つかずの自然で残したのは正解だろう。丘の向こうにあるだろう海は白くけぶっていて見えないが、左右の林がいい感じに侘び寂びを景色に与えていた。
(あの林……鳥とか、いないかな)
 テレスコープアイで遥か遠くまでを見通し、春樹は景色の中に生き物がいないかと注意深く探す。今は眠ってでもいるように林は静かだ。鋭敏聴覚を使用し、耳を澄ませても聞こえない。
「冬眠してるのかな……」
 苦笑して、背を縁に預けた。少しクラっときたのは、もしかしたら熱中するあまり長く入りすぎたのかもしれない。
(うっかり楽しみ過ぎた感じだな)
 なんだか小さな子供に戻ったようで、つい口元に微苦笑が浮かぶ。そろそろ出ようと立ち上がった所で、急に目の前が真っ暗になった。
(あ)
 貧血かと頭の片隅で冷静な考えが浮かぶ。視界が暗いのもそのせいだろう。そのわりに衝撃も何もこないが。かわりにものすごく柔らかい。
「急に立ち上がっては危険ですわよ?」
 くすくす笑う声がひどく近い。ゆっくりと明るくなってきた視界に柔らかい肌色の丘が見えた気がしたが、見たと思った時にはストンと縁に座らされていた。
「お裾分けですわ。ちゃんと水分を補給なさいましね?」
 ハイ、と何かを握らされ、感触からドリンクパックだと分かった。子供のように頭を撫でられてかろうじて「ありがとうございます」と返事する。どうやら倒れ掛かったのを助けてもらったようだ。
 だがようやく視界がちゃんと見えるようになった時には姿は無い。ただ握らされたバナナオレのパックだけが手の中に残った。


 その春樹と別れた後の凍魔がどうしていたかと言えば――実のところ海際の崖にてくてく歩き去っていた。
「ようやくたどり着いたのじゃ」
 と、そこへ声がかけられる。マリアンヌは振り向き、「あら」と微笑んだ。
「どうかなさいまして?」
「モール中のバナナオレが消えておったのは……貴殿の仕業じゃな?」
「ええ、勿論。……ところで私からも一つお訊ねしてもよろしいかしら?」
「無論じゃ。いかにして辿り着いたか、じゃな!?」
「いえ。――寒く、ありませんの? その姿」
 マリアンヌは物凄く真面目な顔で問うた。ちなみに二人とも水着姿である。ついでに言うと、マリアンヌは温度系は全く影響を受けない悪魔である。
「愚問じゃのう。……寒いとも!」
「……根性、ですわね……」
 キッパリ言い切る石に、マリアンヌはしみじみ頷く。でもやっぱり寒いから腰痛再発しないうちにお湯に入るのじゃええそうしましょう、としゃがんだ石をスタコラサッサと湯に放り込みに行くマリアンヌ。
 彼女のいた崖下、その海上に、こっそり隠してある帰宅用クルーザーがあったのは秘密である。


(わあ、露天風呂、素敵です)
 外に踏み出て、レフニーは相好を崩した。
 雪が空から降りてくる。音もなく振り続ける様は、一瞬別世界に迷い込んだような錯覚すら覚えさせた。
「雪見風呂だぁ……」
 火照った体をひんやりとした外気の冷たさが攫って行く。風邪をひかないようにと慌てて近くまで行き、かけ湯をしてからそっと足から順に湯に沈めた。温度差で湯から立ちのぼる湯気が室内よりも多い気がする。
(他のお風呂も良かったですけど、これが一番ですねぇ……)
 うっとりと目を細め、レフニーは知らず歌を口ずさむ。
「〜〜♪」
「あれ、レフニー?」
「じゅんちゃん!?」
 その途端、驚いたような声があがって、レフニーは思わず腰を浮かせた。湯煙をかきわけて淳紅が姿を見せる。
「来とったんや! うわぁあここで会えるなんてな……!」
 顔を輝かせて笑む淳紅にレフニーも笑った。頬が紅潮するのが分かったが、これは断じて湯の熱さのせいでは無い。
「えへへ〜。なんだか素敵な贈り物を貰った気分ですよ〜」
「ほんまやなぁ……!」
「じゅんちゃんは一人で?」
「いや、幸音と姉ちゃんの三人。幸音が湯あたり気味やったんで、先に上ってな?」
 ちょうどその場にいた龍仁が負ぶっていってくれたこともあり、姉に男の淳紅は後から来いと言われて今に至るのである。
「じゃあ、様子見に行ってみましょうか」
「ん。自分ももう上がるから、途中まで一緒に、な?」
 ちょっと照れたように微笑み、差し伸べられた手にレフニーもはにかんで手を重ねる。
 温泉から上がっても熱が冷めることはない。この掌の温もりがある限り、その熱はずっと続いていくのだから。





 更衣室を出た先、旧モールとの境目にあるフロアは、ほかほかの湯気をたてる一同で温室なみに暖かかった。
「ぷはー」
 腰に手をあて、コーヒー牛乳を飲んだ海の隣で、同じ格好の幼女が牛乳を飲んでご満悦顔。
「ほら、ちゃんと水分とるんだ」
「うきゅぅ……」
 湯あたりした幸音は、絳輝に抱き着く形でもらった白湯を飲んでいる。笑って団扇で仰ぐ淳紅の隣、レフニーは自前のジュースを取り出す。自販機で唯一売り切れ表示の出ているバナナオレを見て、逆に無性に飲みたくなったのだ。
「そう、お風呂の後の一杯にも、バナナオレ。基本ですわね」
「ふぇ!? この声……あ、あれ!?」
 お風呂場で聞いた声が真横でした、と思ったら、どこかで見た亜麻色の髪の巨乳が、何故か胸に白梅を抱っこした状態のまま、したり顔で頷いていた。
「すごいおっぱいだなー」
「……のと、君、自分の持ち物も見てみるんだよ」
 居合わせたのとうがゴクリを喉を鳴らし、縁が胡乱な眼差しに。その後ろでは悠人と威鈴が買い物袋片手に楽しげに語り合っていた。
(……女の子らしい格好……とは)
 女性陣の服を見る胡桃の目は何処かハンターのソレだが、丁度向けられたすみれやフィノシュトラは気付かず美味しそうにドリンクを飲んでいる。真珠がいつもの紐姿で軽く小首を傾げた。
「熱い眼差しを感じるにゃ?」
 まったりとした時間を楽しむように、響、香里、幸子、忍、ナナシが畳敷きの上でお茶片手に寛いでいる。
 マッサージチェアに沈んでいるのは恋音と雅人。もう一台に乗った馬頭鬼は、大和の姿を認めて手をあげた。出口に至るまでにまた迷子になりかけたルチアが、智美に連れられてようやく合流するのが見える。
「流石にこの人数だと手狭に感じますね」
 眺めながら神楽が呟き、千鶴が苦笑を零した。ゆったりとではあるが、大きな広場が人と天魔で埋まっていた。 畳の上にはお昼寝をする人々の姿。プールで疲れたのか、宮子、チルル、鈴歌が寝息をたてている。その隣で鈴音がこっくりこっくり船を漕いでいるが、今にも彼女等の仲間入りをしそうだ。
 フットマッサージに足を乗せた雫と文香がくすぐったそうに身を震わせ、茜が一生懸命その感覚と戦っている。
「食生活が心配になりますね」
 相変わらず買い込まれた麺類に明斗がため息をつく横、アルフレッドと透次が不思議そうに首を傾げた。
「安くて栄養あるならシリアルコーンやオールブランは?」
「お腹に溜まるかどうかは人次第だけど」
 そんな二人の前に座っていた望人は、お裾分けにもらった和菓子を手にお茶を楽しんでいる。病院に行くはめになったひりょを心配していた光と灯が、本人からのメールを前にホッと安堵の息をつくのが見えた。
「しばらく料理禁止だからな」
 のんびりとした一同の中、ある意味凍魔の洗礼をくらってしまったリョウ、菫、仁刀の三人はそれぞれの思考に沈んでいる。逆にお騒がせ悪魔に頓着しないのがエイルズレトラである。
「人間に興味深々なんですかねぇ…あの悪魔達は」
 どうせまた会うことになるだろう。向こうに会おうという気がある限り。
「つーか、来てたならせめて一緒に行きたかったなぁ俺は」
 ラウールが別口で遊びに来ていたジーナとラナにさめざめと嘆くのが聞こえた、笑う二人にレイが苦笑する。打っているのは友人である雪平とイザヤへの見舞いメールだろう。
「今度機会があったら、改めて皆で来るといいじゃないか」
 その時には、今度こそ今回インフルエンザで来れなかった友達も。同じく来れなかった湊やペルルも一緒に。
 その傍ら、エルミナとエミリオの姉弟がこっくりこっくり船を漕いでいるのに、ネイとカインが微苦笑を浮かべてブランケットをかけていく。
「……後で、冬物の服も見てみたいな……帽子欲しい」
 珍しいカインのおねだりに、ネイはふわりと笑ってその頭を撫でた。
「ええ。一緒に行きましょうね」


 これで依頼は終わった、と言いたげな顔のファーフナーが、ゆったりとした動作でシガリロを取り出し、紫煙をくゆらせた。
 ふと視線を向けた先、将太郎に肩を叩かれながら遠い目をしていた王太郎が、牛乳を飲みほした幼女悪魔に飛びかかられてぐったりと椅子に倒れた。
 その隣に座ってほうじ茶を飲んでいた龍仁が、いやにしみじみとした声で呟く。
「檜風呂……か」
 家に帰ってもう一回ぐらい言ってみようか。駄目だったらここを紹介してみよう。
「あーあ、皮膚ふやふやじゃねーか」
「堪能できて良かっただろう。また来るのもいいな」
 ルドルフのぼやきに、しれっとした顔で悠市が言う。
「雪は綺麗じゃが、冷えるのが難点じゃのう」
「こればっかりは、どうしようもありませんしね」
 石の声に、長い黒髪を梳きながらユウが微笑む。その向こう、もう一人のユウは『売り切れ』マークのバナナオレに(しょーがないな)と言いたげな眼差しを向けていた。
「これは、いつかバナナオレゲートを」
「……誰が作るんだ」
 誰かの姿を思い浮かべながら言うアスハの後ろでは、快晴と文歌がお土産屋を見に歩き出していた。すでに入っている黒百合が、並ぶ土産物を手にとってにんまり笑う。
「きゃはァ♪ どうせなら、こういうのよねェ…♪」
 どう見ても昭和の香り漂うペナントだ。
「いっそキーホルダーという手もありかな」
 同じく春樹も古き良き時代の名残に似たそれを手にとる。
「雪見で一杯、ってのもオツだったさね」
「まぁ、まんざらでもなかったでさぁ」
 ついでにと一風呂浴びた千鳥と揺籠が、緋毛氈のような待合椅子で花札を閃かせる。
「ほら【月見で一杯】だ。こいつぁ幸先いいね」
「そうきやすか。じゃあ次は【花見で一杯】でお返ししてやりまさぁ」
 そんな二人の向こう側では、新たにマッサージチェアに乗ったギメが遺憾そうな声をあげていた。
「なんと指圧の弱いことか。効かんではないか!」
 どうやら筋肉で防御してしまったようだ。
 賑やかなざわめきの中、ヴィオレットが呟く。
「撃退士は皆楽しそうなのです」
「辛い時もあるがな」
 将太郎が返す声が聞こえる。ぐったりしていた王太郎は「……そうか」と呟いた。
 自分達の学び舎がなくなり、その後で作られた学園――久遠ヶ原。
 強力な天魔両陣営によるゲート同時発生という悪夢を経た自分には、彼等のもつ気配はなんとも不思議だった。
 古き学び舎は今の様な自由な校風では無かった。今ほど技術も進んでいなかった。
 だが思う。ここに居る学生達のように、かつての学び舎に居た自分達もまた、確かに『学生』と呼ぶべき層であったのだと。与えられたものは違っていても、学生として、自分達自身が動いて手に出来ていたものもあったのではないか、と。
「Gaudeamus igitur……か」
「? 学生歌か」
「ああ……」
 ふと零した言葉に、将太郎が首を傾げ、王太郎が応える。
 歌の中にある、その言葉の全てを、今を生きる彼等に捧げたい。何故そう思ったのかは、今はまだ分からないけれど。
 命は限られている。生きていられる時間というのは短い。

 Gaudeamus igitur――だから(今は)いっしょに楽しもうではないか。

 この学び舎で。沢山の命と。


 この場所で共に生きた時間は、決して消えることなく、皆の胸に在り続けるのだから。





 


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:51人

無念の褌大名・
猫野・宮子(ja0024)

大学部2年5組 女 鬼道忍軍
銀閃・
ルドルフ・ストゥルルソン(ja0051)

大学部6年145組 男 鬼道忍軍
いつか道標に・
鐘田将太郎(ja0114)

大学部6年4組 男 阿修羅
伝説の撃退士・
雪室 チルル(ja0220)

大学部1年4組 女 ルインズブレイド
未来へ・
陽波 透次(ja0280)

卒業 男 鬼道忍軍
赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
創世の炎・
大炊御門 菫(ja0436)

卒業 女 ディバインナイト
約束を刻む者・
リョウ(ja0563)

大学部8年175組 男 鬼道忍軍
歴戦勇士・
龍崎海(ja0565)

大学部9年1組 男 アストラルヴァンガード
ちょっと太陽倒してくる・
水枷ユウ(ja0591)

大学部5年4組 女 ダアト
黄金の愛娘・
宇田川 千鶴(ja1613)

卒業 女 鬼道忍軍
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
いつかまた逢う日まで・
亀山 絳輝(ja2258)

大学部6年83組 女 アストラルヴァンガード
歌謡い・
亀山 淳紅(ja2261)

卒業 男 ダアト
撃退士・
久遠 仁刀(ja2464)

卒業 男 ルインズブレイド
ヴェズルフェルニルの姫君・
矢野 胡桃(ja2617)

卒業 女 ダアト
撃退士・
金鞍 馬頭鬼(ja2735)

大学部6年75組 男 アーティスト
絆を紡ぐ手・
大狗 のとう(ja3056)

卒業 女 ルインズブレイド
あなたの縁に歓びを・
真野 縁(ja3294)

卒業 女 アストラルヴァンガード
おかん・
浪風 悠人(ja3452)

卒業 男 ルインズブレイド
凛刃の戦巫女・
礼野 智美(ja3600)

大学部2年7組 女 阿修羅
闇の戦慄(自称)・
六道 鈴音(ja4192)

大学部5年7組 女 ダアト
黒の微笑・
石田 神楽(ja4485)

卒業 男 インフィルトレイター
前を向いて、未来へ・
Rehni Nam(ja5283)

卒業 女 アストラルヴァンガード
リリカルヴァイオレット・
菊開 すみれ(ja6392)

大学部4年237組 女 インフィルトレイター
おまえだけは絶対許さない・
ジーナ・アンドレーエフ(ja7885)

大学部8年40組 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
狭間 雪平(ja7906)

大学部6年254組 男 鬼道忍軍
撃退士・
強羅 龍仁(ja8161)

大学部7年141組 男 アストラルヴァンガード
白銀のそよ風・
浪風 威鈴(ja8371)

卒業 女 ナイトウォーカー
蒼を継ぐ魔術師・
アスハ・A・R(ja8432)

卒業 男 ダアト
撃退士・
天原 茜(ja8609)

大学部5年97組 女 ルインズブレイド
鉄壁の守護者達・
黒井 明斗(jb0525)

高等部3年1組 男 アストラルヴァンガード
紡ぎゆく奏の絆 ・
水無瀬 快晴(jb0745)

卒業 男 ナイトウォーカー
撃退士・
風見鶏 千鳥(jb0775)

大学部5年220組 女 陰陽師
大祭神乳神様・
月乃宮 恋音(jb1221)

大学部2年2組 女 ダアト
ラブコメ仮面・
袋井 雅人(jb1469)

大学部4年2組 男 ナイトウォーカー
我こそ肉体言語体現者・
ギメ=ルサー=ダイ(jb2663)

大学部4年215組 男 アストラルヴァンガード
未来祷りし青天の妖精・
フィノシュトラ(jb2752)

大学部6年173組 女 ダアト
誓いを胸に・
ナナシ(jb3008)

卒業 女 鬼道忍軍
闇夜を照らせし清福の黒翼・
レイ・フェリウス(jb3036)

大学部5年206組 男 ナイトウォーカー
俺達の戦いはここからだ!・
ラウール・ペンドルミン(jb3166)

大学部5年70組 男 陰陽師
来し方抱き、行く末見つめ・
黄昏ひりょ(jb3452)

卒業 男 陰陽師
心に千の輝きを・
カイン・フェルトリート(jb3990)

高等部2年7組 男 アストラルヴァンガード
Standingにゃんこますたー・
白野 小梅(jb4012)

小等部6年1組 女 ダアト
道を拓き、譲らぬ・
地堂 光(jb4992)

大学部2年4組 男 ディバインナイト
海のもずく・
地堂 灯(jb5198)

大学部4年1組 女 ダアト
新たなる風、巻き起こす翼・
緋打石(jb5225)

卒業 女 鬼道忍軍
剣想を伝えし者・
戸蔵 悠市 (jb5251)

卒業 男 バハムートテイマー
生き残った魔法少女・
霧島イザヤ(jb5262)

大学部3年51組 男 アストラルヴァンガード
優しき強さを抱く・
ユウ(jb5639)

大学部5年7組 女 阿修羅
忘れられない笑顔・
望人(jb6153)

大学部3年7組 男 アカシックレコーダー:タイプA
遥かな高みを目指す者・
エルミナ・ヴィオーネ(jb6174)

大学部3年293組 女 アカシックレコーダー:タイプA
心に千の輝きを・
エミリオ・ヴィオーネ(jb6195)

大学部3年106組 男 アカシックレコーダー:タイプB
Gaudeamus igitur・
ラナ・イーサ(jb6320)

大学部3年208組 女 アストラルヴァンガード
闇を祓いし胸臆の守護者・
ネイ・イスファル(jb6321)

大学部5年49組 男 アカシックレコーダー:タイプA
煌めき紡ぐ歌唄い・
亀山 幸音(jb6961)

大学部1年241組 女 アストラルヴァンガード
揺れぬ覚悟・
神谷春樹(jb7335)

大学部3年1組 男 インフィルトレイター
外交官ママドル・
水無瀬 文歌(jb7507)

卒業 女 陰陽師
和風サロン『椿』女将・
木嶋香里(jb7748)

大学部2年5組 女 ルインズブレイド
Lightning Eater・
紅香 忍(jb7811)

中等部3年7組 男 鬼道忍軍
されど、朝は来る・
ファーフナー(jb7826)

大学部5年5組 男 アカシックレコーダー:タイプA
鳥目百瞳の妖・
百目鬼 揺籠(jb8361)

卒業 男 阿修羅
時魔の時と心を奪いし・
天童 幸子(jb8948)

小等部6年4組 女 陰陽師
ヴィオレットの花婿(仮)・
アルフレッド・ミュラー(jb9067)

大学部5年24組 男 阿修羅
漢だぜ!・
和泉 大和(jb9075)

大学部7年161組 男 バハムートテイマー
\不可抗力ってあるよね/・
真珠・ホワイトオデット(jb9318)

大学部2年265組 女 ダアト
翠眼に銀の髪、揺らして・
神ヶ島 鈴歌(jb9935)

高等部2年26組 女 阿修羅
蒼色の情熱・
大空 湊(jc0170)

大学部2年5組 男 アカシックレコーダー:タイプA
悠遠の翼と矛・
ルチア・ミラーリア(jc0579)

大学部4年7組 女 ルインズブレイド
想いよ届け・
狭霧 文香(jc0789)

大学部5年105組 女 ダアト
初日の出@2015・
日向響(jc0857)

大学部2年71組 男 アストラルヴァンガード
┌(┌^o^)┐・
ペルル・ロゼ・グラス(jc0873)

高等部2年3組 女 陰陽師