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マスター:九三壱八
シナリオ形態:シリーズ
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2014/03/12


みんなの思い出



オープニング

 願い事は唯一つ。

 『心からの幸せを』

 ――例え僅かな間だとしても。





 思い出すのは暖かな腕。
 小さな自分を抱き上げ、抱きかかえる腕。
 次に思い出すのは抱えた体の軽さ。
 自分と同じ年。
 薄汚れ、骨と皮のような体は、死に瀕した臭いがした。
 いつだって、「何が正しかったのか」なんて分からない。
 何度も
 何度も
 繰り返し、
 繰り返し、
 試算したところで、今という現実が消えるわけでもない。

 何を間違えたのだろうか?

 誰が間違えたのだろうか?

 互いに自分だと思っている二人に、何度違うと言っただろうか。
 ――言葉が届くことは無かったけれども。
(なぁ、ルス……レヴィ)
 手の中にある小さな道具。
 人の子の世界と繋がるもの。
(お前達、いつまでそのままでいるつもりなんだ……?)
 変わらないことは、良いことだろうか。
 変わることは、悪いことだろうか。
 時は進む。
 世界は変わる。
 不変のものなんておそらく、どこにもない。
 ……時々、置いて行かれてしまうことはあるけれど。
(他の連中は、あの時、人間を助けたことが間違いだったと言う)
 ルスという戦闘に優れ求心力のあった大天使を失うことになったのは、確かにそうかもしれない。
(けれど)
 あの時、レヴィという人間を救ったのが間違いだと言われても。
(なぁ、ルス……お前は……いや、僕達は)
 過去に戻り、同じ時、同じ場所に立ったとしても、
 あの『過ち』と呼ばれる瞬間の前に戻ったとしても、

(きっと、また、同じ事を繰り返す)

 救った命。見守ってきたもの。
 八百年以上にわたる長い時間。その全てで体験してきたもの。

(ルス、レヴィ)

 なぁ、本当に間違いだったか?
 救ったことや、
 救われたことが?
 出会った事は間違いだったか?
 一緒にいたこの長い時間の全てが?
 どこに生まれた何であったとしても、あの時の中で自分達は確かに家族だった。その全てを間違いだっただなんて誰にも言わせない。
(だってお前達、言ったじゃないか)
 他の誰が何と言おうと、あの箱庭のような小さな世界の中で。
 今という時がずっと続いてくれればいいのに、と。

 幸せだと。





「取引、だと」
 唖然とした顔で太珀は言葉を繰り返した。
 久遠ヶ原が一角。四国対策本部。
 携帯を手に鎹雅は頷く。
 連続する戦いは否応なく人々の心身を疲弊させ、心のゆとりを奪っていく。その忍び寄る暗い影を軽く振り払い、一瞬で頭を切り換える意志の強さこそ太珀の強さか。
「まさか、向こう側から、とはな」
「あちらにも事情があるのは間違いないようです」
「どんな事情か。問題はそこだな……。とはいえ、実績がある」
 太珀は慎重に呟く。
 今という時に到るまでに救われた命。
 助けられた心。
 無視するには些か大きなものたち。
「エッカルト…武闘派天使か。大天使ルスの直轄。使徒レヴィ同様、冥魔との戦いに従事していた天使。……交戦記録はあるが、直接的な人的被害で死者はいない…か」
「使徒レヴィに関しましては、犯罪者とはいえ人間を殺害していますが」
「アウル所持犯罪者を、だな。重罪人ばかりだが、殺人罪には違いない」
「情状酌量の余地は?」
「裁判次第だ。九人という数は無視できない。だが……」
 言いながら、ふと苦笑が零れた。
 使徒という存在は、人類側にとってそれほど大きなものではない。天使悪魔と違い、情報源としてもさしたる「強み」を持たないからだ。その強さとは戦闘的な力量ではなく、個体が持つ「有益な情報を持つ者としての価値」だが。
「議論の余地があるのは、ある意味異常だな。……生徒達の実績か」
 関わってきた人々が挙げた報告書。書かれる言葉から透けて伝わるもの。積み重なった実績と合わさって、それは確かに『強さ』となっている。
 無視できないほどの。
「とはいえ、あちらの望みが何か分からない以上、今は『相手をテーブルにつく相手と認めれるか否か』の判断しかできないな」
 ただ取引がしたい、と。そう告げられただけではその内容の想像はただの夢想と大差ない。とある可能性を無意識に口にしてしまうのは、何かの予兆を感じてのことだろうが。
「……いいだろう。どんな取引を望むにせよ、同じテーブルにつく相手としては充分だ」
 罠ということもないだろう。今までの在り方を見る限りは。
「問題は、相手があの山から遠くへは離れられないらしいこと…ですね」
「ゲートを開いている最中だからか。……それを前に手をこまねいて見ている現状もどうかと思うがな」
 集結されている剣山の戦力。上位サーバントと天使二体に、大天使。そして使徒。なのに危機度が他の戦闘地区より遙かに低い。ある意味異常な特異点。
「ゲートは作らせてはならない。人に害を与えないゲートなど存在しないからな。じき、また大きな戦いがくるだろう。なら、その前にあちらの真意を探る。僕が出よう」
「あそこには明らかにこちらに敵意を持つ天使もいますが」
「生徒達に依頼を出そう。護衛として……そうだな、最大でも六人の組を二つ。それ以上は目立ちすぎる」
 あちら側の天使にとって、人類側との密会は知られたくないことだろう。取引を望む相手の立場を慮れなければ、最初から取引は成立しない。
「時間が惜しい。すぐに発つ。向こうに着くのは夜になるが……あちらの都合は?」
「いつでもいい、と」
 雅は告げる。
 まさかの天使からの直接通話。生徒が残した衛星電話を使っての。
「今日は満月か…。フン、この雪では見ることもないだろうが…」
 言って、太珀は薄く笑んだ。
「では、夜に」





 噂に聞く学園のはぐれ悪魔とやらは、なるほど、力量からしても油断ならぬ相手だった。
「隠密系の技か」
「…そうだ」
 おそらく後ろのルスのことにも気付いているのだろう。その視線は油断無く後ろの大天使へと向けられている。
「太珀だ」
 名に(やはり)と思った。
 対応の早さは判断力・決断力・行動力を示す。この相手ならばルスを預けても大丈夫だろう。
 もっとも、学園もまた組織であれば、一枚岩とはいかないだろうが。
「僕も行く。術はあと五分ほどもつ。それ以上は滞在できない」
 外に出る撃退士に続きながら、一度だけルスを見る。
 微笑っているのが分かった。目深に被ったフードで顔など見えないが。気配で。
(なぁ、ルス)
 声に出さず呼びかける。

(お前、死ぬ気なんだな)





「あいつは一体、何を考えてるんだ……」
 サーバント来襲の報に出撃する撃退士を見送り、エッカルトは頭を掻いた。続いて出撃していったのはどうやら別件らしい。
「さて、僕はどう動く…うわ!?」
 所在なげに佇み、嘆息をついた瞬間いきなり目の前に撃退士達が現れた。
 エッカルトは知らない。
 それが、出撃した鎹雅の要請で派遣された、エッカルト達の護衛であるなどということは。
 ただ、撃退士の姿にふと思った。
 おそらく、チャンスは今しかないだろうと。
「学園の撃退士か」
 ルスが学園とどんな取引をするのかは、だいたいのところを聞いている。
 だが、全部では無い。
 あの大天使は、まだ何かを隠している。
 それならば。
「話がある。もし、学園側に使徒達を守れる土台と意志があるのなら、だが」
 ルスはレヴィを守ろうとするだろう。
 だが――ルス本人は?
 真っ直ぐに見つめ返してくる撃退士に向け、エッカルトは告げた。

「対価は僕がもつ情報と技術の全てだ」




リプレイ本文




  あなたの幸せは――何処?






 駐屯地周辺は緊張に包まれていた。
 東西に天魔の下僕来襲ともなれば当然だろう。そんな中、見慣れぬ少年が作戦本部たるテントを見つめて立っていれば人目につく。
 一同が少年の前に転移してきたのは、丁度そんな瞬間だった。
「うわ!?」
 空間に違和感を覚えるとほぼ同時、降ってきた撃退士に思わず魔法を放ちかけ慌てて霧散させた。驚いたのは撃退士側もだが、こちらは招集時に手早く説明を受けている。即座に対応した。
<周囲の人は貴方を学園生と思っています。どうかそのように振る舞って>
 霞声を使いエッカルトにだけ星杜 藤花(ja0292)の声が届いた。が、
『学園生の振る舞いって、どんなだ?』
 意思疎通で返された。人界知識が足りなさすぎて動きの手本要求である。とりあえず知り合い顔みたいに頑張っているが、声のかけ方がわからない。
 一方、撃退士側も『最初に』どう動くのかは個人個人でしか決めていなかった。
「はじめましてですね」
 まずは挨拶をと藤花が微笑んだ。
「始めまして!私、フィノシュトラっていうのだよ?よろしくね!ぜひ、エッカルトさんとお話ししたいと思ってたのだよ!」
 藤花の後ろからひょこっと顔を出し、きらきらと瞳を輝かせてフィノシュトラ(jb2752)も元気よく挨拶した。周りに注目されない程度に声を抑えているのだが、夜、緊迫し周囲警戒中の駐屯地はあまりにも静かすぎた。
 初対面? と首を傾げる現場撃退士達。だが次の瞬間、エッカルトの衛星電話が鳴った。
「うわっこれか、ちょとまて、ええとこのボタンで」
「『もしもし今あなたの後ろに(』 」
「ぎゃー!て、おまえー!」
 突然背後と受話器から聞こえてきた声に、エッカルトは後ろを振り返って頬に指をぷすーと指された。
「さっきぶりー」
「お・ま・え・なっ」
 メリーさんな東城 夜刀彦(ja6047)に、エッカルトは思わずその肩をガックンガックン揺さぶる。その様子に現場撃退士達が苦笑しながら自分達の仕事に戻った。学園では依頼で初対面と旧知の人が混在することを思い出したのだ。
「遅れてすみません。『事情』は先に聞いてます」
 いかにも合流したかのように告げ、夜刀彦は視線を御堂・玲獅(ja0388)に向けた。頷き、玲獅は音が響かなそうな位置へと促す。
「待機中に体を冷やしては行けませんから」
 全員が入れる宿舎と宿舎の間の軒下。距離的には変わらないが、周囲の遮断物で声の通りはかなり変わる。無論、事前に人がいないことも確認済みだ。
「待たれている間、体が冷えてしまったのではありませんか?」
「寒いですしそろそろお茶にでもしませんか」
 魔法瓶を取り出す玲獅と藤花にエッカルトは無意識に眉を下げた。寒いだろうからとパーカーを差し出されるに至って思わず天を仰ぐ。
「食べたり物を与えたりは基本行動なのか…?」
 人界の基本なのか、と、隠密用外套(どう見てもシーツ)があるのでパーカーは辞退し、諦め顔で紅茶だけ貰った。
 くすりと笑ってパーカーを仕舞いつつ、藤花は心の中でだけ呟く。
(天使エッカルト。…どうか、良き未来がお互いにありますよう)


 雪の舞う中、奇妙な談話会が始まった。





 自分は人にも悪魔にも属せない半端者
 嘘に嘘を重ねる人生
 偽りの関係しか結べず
 心を許す相手は存在しない

 人の感情などは信じない
 これほど容易く変わるものはないからだ


 もし、信じることがあるとすれば……




「今日は天魔も動いているようで…其々の目論見は違うでしょうけど。『貴方』は今回どうしてこちらに?」
 藤花の声にエッカルトは胡乱な目でテントを見つめた。
「本当なら僕があっちにいる予定だったんだがな」
(ならば、取引の相手は直前で入れ替わったということか)
 ファーフナー(jb7826)は沈黙の内側で思考する。ふと気づけばさっきまで隣に居たはずの夜刀彦が魔法瓶片手に現場撃退士と話をしていた。どうやら会話しながら動くことで巡回兵がこちらの会話を漏れ聞くのを防いでいるらしい。
 話がある、と改めて持ちかけられ、ファーフナーは意識を引き戻して静かに告げた。
「『あちら側』でも取引があるようだが、それとは別件か?使徒や『あちら』、其々で齟齬や意思確認が取れていなければ、後に纏まる話も纏まらなくなるが、大丈夫かね」
「全然大丈夫じゃないな。そも、使徒は何も知らない。『あちら側』に至っては、自分自身の事は一切考えていない」
 あちら側、と見やる先はテントだ。
「我々には取引をどうこうする権限はない。其方の情報や技術が、学園にとって対価となるかどうかの判断もできかねる。上に情報を持ち帰るメッセンジャーに過ぎない」
「それでいい」
 エッカルトの声はあっさりしたものだ。上下関係は天界の常だからだろう。見やり、ファーフナーは(ふむ)と胸中で独り言つ。
(他人のために命を捧げ、種族を裏切る…自分には縁遠く、信じ難いものだ)
 感情は永遠ではなく仮初めのもの。
 一時の感情のまま賭けに出るとは愚かだが、此方にとって悪くない話ではある。
「学園もまた、必ずしも一枚岩とは言い切れませんので…個人的な返答であれば」
 周囲への警戒を解かず、静かにエッカルトを見つめていたマキナ・ベルヴェルク(ja0067)がそっと口を開いた。
「ただ、学園は人だけではなく天使も悪魔も混在した一つの世界とも言えますから。そうした観点から言うのなら――…いえ、これは希望的な解釈ですか。嘘は吐きたくないですし、率直な所、必ずとは言えないのが現状ですね」
 確証のない「応」は言えない。それは相手への誠実さでもあった。言葉を飲み込んだマキナにエッカルトは苦笑する。
「だろうな」
 自分の意見が通らない可能性に反発することもない。それは最初から予測していることなのだろう。
 お茶を一口飲み、藤花は慎重に言葉を選ぶ。
「わたしは、天魔にも其々事情があると思うんです。そも四国の天使ですら一枚岩でないといいますし。人間だってそうですもの。天魔にも感情はあるのですから、人間とほんの少し生きる形が違うだけで」
 襲来したサーバント。その退治に向かった大切な人。
 沢山の思いが入り乱れている。
 目の前の天使にも大切な人がいるのだろう。テントの中に。そして――この山の何処かに。
 どう思っているのかは、昼の報告で知れたけれども。
「だから貴方や貴方の大切な人…いえ生きとし生けるもの全ての幸いを祈っています」
「私は、堕天使で、始めてこっちに来た時に見た、人と人の営みが、笑顔が、すごい素敵なものに見えて、壊したくないって思ったのだよ?だから、堕天することにしたのだよ」
 思い出すのは天の世界と、初めて見た人の世界。
「でもそもそも天使としてはすごく若い方だし、天界では一人ぼっちだったから、すごいたいへんだったのだけどね?でもだからこそ、こういうつながりは守りたいものだって思えたのだよ?なんだかうまく言えないけどね?」
 言葉を引き継ぐようにフィノシュトラが告げる。
「エッカルトさんも、守りたいものがあって、そのためには手段を選んではいられなくて、だから私たちを頼ってくれたんだよね?だったら、私と、私たちと一緒なのだよ?だから、こちらこそエッカルトさんの守りたいものを一緒に守らせてくださいってお願いしたいのだよ!」
 もらった紅茶を両手でくるみ、フィノシュトラはじっとエッカルトを見つめた。
 暖かな熱が掌に伝わるように自分達の熱も相手に伝わればいいのに。
「どんな決断をしても後悔は付き纏います」
 エッカルトの反応を見つめていた玲獅が口を開く。
「貴方がなされた事。なされる事が正しいかは私にもわかりません。ですが私は、私達は貴方の生き方や望みを肯定します。周囲が否定しても、この場の私達は否定しません。貴方の守りたい方々の為に悩み考え抜いた上での選択なのでしょう?」
 例えば、八百年以上の長きに渡って。
「ですから間違っていません」
 ずっと、ずっと。雁字搦めの世界の中で、その存在を守る為に生き続けてきたのだから。
「現段階でのお話ですが…正直なところ、貴方の仰るものが学園に貴方のお望み通りに用意できるかは不透明です」
 その言葉はマキナ達のそれと同じく。
 確実でないものを根拠にはできないから。
「ですが、貴方の守りたいもの、望む未来を…私達も護り、叶えたいと私達も望みます。私は貴方の望みに私の全てを賭けます」
 告げられるのは学園に使徒達を守れる土台や意志を自分達が命懸けで確保する覚悟。
 信じるか否かは相手に託して。





 戦場に終焉を。
 今を耐え難い地獄と思えばこそ、駆け抜けて終わらせたい。
 故に。

 ――戦いたいと言うのであれば是非もなく。


 ただその先に、救いがあると信じるならば――





 エッカルトは僅かに目を伏せる。何故だろうと、不思議に思った。
 わずか百年程度の命。その中を生き抜く者達。自分達に比べれば短く儚い有限の時の中でしか生きられないのに、何故そんな風に思えるのか。
 打算のある者もいるだろう。それに対しては打算で返せばいい。
 けれど、心情であたる者には、何を返せばいいのか。
 その胸を、ぽすんと茶封筒が叩いた。
「おまえ…」
 顔を上げれば、何時の間にか戻ってきてお茶を飲んでいる夜刀彦の姿。
「過去の事例からのピックアップです。…たぶん、知りたいのはそれじゃないかな、と思って」
 固有名詞は消し要点だけを纏めた資料。自分以外の者の為に悲鳴のような叫びで助けを願っていた相手。だから資料を集めていた。ケースとしては然程多くはないだろうし、学生の自分が調べれる範囲は小さいだろうと思っていても、なお。
 守りたいと願う者の行く末を、ただそれだけを案じているのに気づいたから。
「ただ、あくまでも『過去の実例』だと思ってください。他の方も仰ってますが、学園が今回のケースをどう扱うかは、わからなくて」
 それでも、押さえるポイントは分かるだろう。例えば情報量、罪と実績。知らなかったではすまず、嘘や誤魔化しで対応したくは無いから。
「ただ…『一人』だときっと堕天しないと…そう、思いますよ」
 友達から伝え聞くその人を思い出しながら言う夜刀彦に、夜刀彦の真向かいにいるフィノシュトラがうんうん頷いた。
「エッカルトさん自身も無事じゃないといけないのだよ? 私より全然強いから、こういうこと言うのはなんだか変な感じだけど、無茶して怪我なんかしちゃったりしたら、みんな悲しんじゃうのだよ? だから、無理のし過ぎは禁物なのだよ!」
 エッカルトは苦笑した。
 無事であれと、他に願う自分が、無事であれと他に諭される。
 言葉や思いは巡るものなのだろうか。
「僕の事はいいんだ。…あいつはこちらの世界で罪を犯した。だがそれは僕が強要したようなものだ。罪が問われるのであれば、受けるべきは僕だろう」
「罪科があれば裁定の下、相応の罰もまた然りです」
 同じ資料を見つめながら、マキナがそっと口を開く。
「…然しそれもまた、絶対とは言い切れない所が困り物です。その当人の尽力によっては、超法規的な措置がないとも言えませんし」
 ただ思う。個人的に、本当に何とも言えないのが現状だ。
 過去に傭兵として傭兵として駆け抜けていた頃に手を血に染めている事もある。ジリと脳を焼くのは学園に編入してからの記憶。忘れえぬもの。この手で終わらせた命。己が求道が轢殺した結果。
 然し自分は、何もなく此処にいて。
「…正直、学園が如何言う回答をするのか…良く解らない」
 小さく溢れた呟きは、心の声。
 何を咎め、何を赦すのか。
 ひどく冷徹である時もあれば、何故と驚くほどに情に厚いこともある。人類の最後の砦、反撃の刃、救世の力、一部で持ち上げられる言葉の数々に反し、学園は蒙昧で一方的な正義を振りかざすでもなく、盲目的な排除を遂行するわけでもなく、遠い何かを見据えながらそこに在る。
「済みません。求めるような回答が出来なくて」
 マキナの言葉にエッカルトは緩く首を横に振る。
「いいや。そちらに関しては、それでいいんだ。…僕が知りたいものはだいたい知れた」
 その顔を夜刀彦はじっと見つめる。
「『あの人』に何かあるの…?」
 学園と話をしているルス。そのうえでこちらに話があると告げたエッカルト。
 それは『ルスのことで気がかりがある』ということ。皆であげた報告書。透けて見える天使側の事情。時間が無いと言われた大天使の動き。
「死ぬ気で何かしようとしてる…?」
「…おそらくな」
「なるほど、『あちら側』とそちらが違っているのは、そこか」
「そうだ」
 小さく息を吐き、呟いたファーフナーに、エッカルトは頷いた。
「僕は『光』を亡くしたくない。そのために打てる手は打っておきたい」
 求めているのは、その協力。
「決定権のある者には、情は通じない。立場のある者は、権力に伴う責任を負うからだ」
「当然だな」
「使徒を匿うというリスクを背負うには、それに見合うリターンが必要になる。判断材料として、何か手土産となる情報の開示が一つあるといいかもしれないな」
 提示に、エッカルトは口の片端を釣り上げるようにして笑んだ。
「フン。手土産無くば相手を信じれない、となれば先は見えたものだが…こちらも、貰ったからな」
 手にした茶封筒に視線を落とし、エッカルトは持っていた衛星電話を布で包んで夜刀彦に渡した。
「テントのあいつに渡せ。判断するのは、あいつなんだろ」
 番号交換をと思っていたフィノシュトラと夜刀彦はしょんぼり顔になる。
「どうせこういうのは使えなくなる。持ってても意味ないんだ。それよりも、託したからな」
 言われて、気づいた。布の汚れ。――否、文字。
「覚悟は聞いた。情報は得た。あとはそちら次第」
 どの陣営も、賭けに出た。
 その先に何が待つのか、今はまだ誰にも分からない。
「…どうやら刻限だな」
「時間なんだねー」
 フィノシュトラの声にエッカルトは頷いた。
 高位の者でなければ見抜けない隠密。その時間や回数には限りがある。
「貴方とお話出来てよかった」
 藤花は穏やかに微笑む。
「あと、貴方は一人じゃない。わたしは貴方を信じる。どうかそれは忘れないで」





 許可を得て後、布を太珀へと渡した。見やる太珀の表情は鋭い。
「なるほど… !?」
 次の瞬間、弾かれたようにテント越しに空を見上げた。
「!?」
 同時、走った衝動に玲獅達も息を呑む。瞬間的に外へと飛び出した。
「あれを!」



 雪の上。
 歩みを止め、ルスは静かに空を見上げる。
 その表情は布に隠され窺い知れない。
 エッカルトは八百年ぶりに見る天の華に目を細めた。
 奇跡のように重なった真白き月を中心に、開くそれが光の加減かまるで花開くかのような。
 いっそ神秘的なほど幻想的で、
 あまりにも巨大な――


 小さな声が流れる。
「…始まったか」





 ゲート――月華が発動した。







依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 災禍祓いし常闇の明星・東城 夜刀彦(ja6047)
 されど、朝は来る・ファーフナー(jb7826)
重体: −
面白かった!:10人

撃退士・
マキナ・ベルヴェルク(ja0067)

卒業 女 阿修羅
思い繋ぎし紫光の藤姫・
星杜 藤花(ja0292)

卒業 女 アストラルヴァンガード
サンドイッチ神・
御堂・玲獅(ja0388)

卒業 女 アストラルヴァンガード
災禍祓いし常闇の明星・
東城 夜刀彦(ja6047)

大学部4年73組 男 鬼道忍軍
未来祷りし青天の妖精・
フィノシュトラ(jb2752)

大学部6年173組 女 ダアト
されど、朝は来る・
ファーフナー(jb7826)

大学部5年5組 男 アカシックレコーダー:タイプA