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マスター:九三壱八
シナリオ形態:イベント
難易度:非常に難しい
形態:
参加人数:25人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/11/30


みんなの思い出



オープニング


 親を殺された娘がいた。
 子を殺された親がいた。
 生きたまま食われた人がいた。
 生きたまま食われる人に守られた幼子がいた。
 痛み。
 絶望。
 慟哭。
 怨嗟。
 祈りは届かず、奪われ、嬲られ、命は冒涜されて遺体すら道具にされた。

 人にとって、天魔とは悪だった。

 長く、長く、世界の片隅で僅かに交じり合った縁を除けば、それが世界の意識であり総意であった。
 世界が変わったのが何時か。
 有効打を与える武器の開発時か。
 高位者に痛手を負わす神器の取得時か。
 異界からこちらの世界に移住してくる者の圧倒的な増加時か。
 ――確かと言える時を選ぶのは難しい。
 ただ、かつての「現実」と、今の「現実」が変わってきていることを多くの者が知覚していた。

 だが、それでもなお、変わらぬ『悪』は存在する。

 それは天魔であろうとも人であろうとも変わりなく。そう――もはや種族の違いすら曖昧ではあったが。尚更に。


 悪は、ただ、悪なのだ。


●十一月九日 早朝


「見つけたか」
 太珀(jz0028)の声に、鎹 雅(jz0140)は短く「はい」とだけ答えた。
 片手に地図。
 すでに依頼は出した後。
「連中は」
「用意を整えて待機しています」
「そうか」
 使徒レヴィ。
 天使エッカルト。
 かつて刃を交わしたこともある者であり、時を経て学園へと保護された者達。――大天使ルスに託された命。
 同行する彼等は、今度はこちらの味方として力を振るう。
 長かったな、と。言おうとして太珀が口を噤んだ。まだ終わっていない。だから、その感想を言うのはまだ早い。
 だから代わりに告げた。三年以上にもわたり、追い続けた宿敵の本拠地へ乗り込む教え子に。
「勝ってこい」
「はい!」


○十一月九日 朝


 四国。山間部。洞窟前。
「あーぁ。見つかってんじゃねェかあのババァ」
 高い木の上に立ち、ヴァニタスの男はげんなりした顔でため息をついた。その腰の虫籠がプラプラと揺れている。
 主である悪魔が洞窟に籠ってしばしの時が経った――はずだ。相変わらず、昨日の記憶すら残っていないが。
「フン」
 男は身軽に梢から飛び降り、音もなく地面に降り立った。振り返ったその木には小さな傷が幾つもついている。四本の縦線と、それを貫く一本の横線。それが幾つも、幾つも。
「……」
 五日で一つ。記憶に残らずとも見た時に分かる。
 日数の経過。夥しい数の経過跡。
 その木を第三者が見れば、狂気を感じただろう。それほどの数であり、異様な継続力だった。
 なぜそんなことをしたのか。
 ――忘れた。覚えていない。
 けれど続けた。日にちの経過などに興味は無かったのに。
「――」
 男は虚空を見上げる。
 何故、の答えは無い。
 何故、の問いすら、明日になれば消える。
 かろうじて一日限りの記憶。思考。ただ繰り返す。虐殺と収集を。命じられたままに。憂さ晴らしのように。繰り返し、繰り返し。
「嗚呼」

 どうせこの世は繰り返しだ。

 今日と同じ明日。明日と同じ明後日。同じ生活を体が動かなくなるまで続けていく。人間の世界はそうだった。年代や場所によって違えど、阿呆のように同じ毎日を繰り返している。そういえば自分の元となって者達も、「生きて」いる時はそうだったか。それとも違っていたか? そんな記憶など最初から覚えてもいないが。
 男は嗤った。
 なんのことはない。皆同じだ。
 結局は繰り返しだ。やがて来る「死」という最期の時まで、延々と。その先にある自己の消滅から目を逸らして過ごすように。
「くだらねェ」
 薄ら笑いが浮かんだ。籠からカサコソと音がする。命を喰らい、魂を喰らい、檻のように己の中に囲った変異種達が。

 嗚呼、明日が来たら街に行こう。
 また幼稚園とやらで籠を開けよう。
 親を食い殺された子供が発狂すればいい。
 子を食い殺された親が憤死すればいい。
 繰り返そう。何度でも何度でも。
 所詮この世は繰り返しなのだから。

「明日……」

 そう、明日。
 あの撃退士達が来るだろう今日を超えたら。
 皮肉げな笑みが浮かぶ。
 その記憶すら、明日に残っているのか怪しいが。
 チリと脳裏を焼くのは誰かの姿。誰かの声。
 消える記憶の中で僅かに残った残滓のようなもの。
 もしかすると居るだろうか。あの中に。
 居ればいい。なんとはなしにそう思う。明日が来る前に。自分が自分であるうちに。
「どうせ会ったところで、分かりゃしねェがな」
 男は嗤う。顔を歪めて。
 けれどその表情は、果たして笑い顔であったのか。
 踵を返して立ち去るその姿を、白い鳥がじっと見ていた。


○十一月九日 昼前


 女はただ金色の繭を抱いていた。
 妙に開けた場所だった。小さな学校の運動場ぐらいの大きさはあるだろう。高さはおよそ二十メートルほどか。
 死と、腐敗と、絶望の色が滲む洞窟内。明かりらしい明かりなどほとんど無いそこを、金色の繭が淡く照らす。
 もうすぐだ、と、女は呟いた。美しいはずの声なのに、何故か耳に泥を流し込まれたような不快感を他者に抱かせる。
 一抱えもある繭を抱きしめる体は、造形ばかりは美しいはずが、やはりどこか悍ましさを感じさせるものだった。闇に溶けるようなその身の色は黒。下半身は長い魚の尾。
 黒の人魚。
 悪食の悪魔。
 魔界の住民にすら時に怖気を与える、【腐喰の】と呼ばれし者。
「もうすぐだ……のぅ、黄金の」
 洞内にはその悍ましい気配に反して神々しい歌声が響いていた。歌は繭から聞こえている。淡く光る金色の繭は、一定のタイミングで明滅を繰り返していた。それはどこか胎動に似ている。
「もうすぐ手に入る……よぅやっと……」
 呟き、うっすらと開けた目で洞窟の入り口へと続く場所を見る。気配を感じていた。下僕のものでは無い。
「嗚呼、嗚呼」
 笑みが零れた。悍ましい嘲笑が。
「餌が来るぞ、黄金の。おまえの誕生を祝ってくれるようだ。はよぅ生まれて、食い散らかすが良い」
 女は嗤う。狂気を宿した瞳で。
 その腕の中で、繭はただゆっくりと明滅を繰り返していた。


●十一月九日 昼


 かつて、人を蟲に喰わせて遊ぶヴァニタスがいた。
 幾つもの絶望を振りまいたその男の後ろには黒い人魚型の悪魔。
 その悪魔の手によって、とある大天使から人々へと託されるはずの遺産が盗まれた。
 大天使の名はゴライアス。
 遺産を残した者の名は大天使ルス。
 遺産は力ある物でも高価な物でも無い。ただ、残された者にとってのみ価値のあるものだった。
 取り返すべく悪魔の『巣』を探すこと一年以上。

 その『巣』が、目の前にある。

「一年の間に、大事件の隙をつくようにして【虫籠の】被害も出ていた。おそらく、中には『変異種』と呼ばれる強力な蟲共が複数存在するだろう」
 かつて戦ったことのある夥しい数の蟲。一つの籠に百体。変異種は一体で通常のものの十倍の力を持つ。
「目標は【虫籠のヴァニタス】および【腐喰の悪魔】」
 悪魔の情報は協力者である使徒レヴィと天使エッカルトから。
「数だけのディアボロ達は別部隊と共にレヴィ達が抑える。狙うは二体だ」
 数を頼みに押し寄せる蟲は、その数の力でこちらの命を削ってくる。抵抗力と体力の高い使徒達が対応にあたるのは、その為だ。
 どちらも死闘。けれど、これを逃せばまた悲劇が繰り返される。
 だから、

「討つぞ!」
 
 声と共に己の刃を。
 喪われた命の尊厳と、魂の遺産を取り戻す為に。


 最後の戦いが、始まった。



リプレイ本文



 一日で記憶が全て消えるなら

 一日毎に死ぬのと何が違うのか





 突入した洞窟をエッカルトの術が照らす。広く、深く。地下への道は奈落へと続くかのよう。
「この先に、蟲籠が」
 鐘田将太郎(ja0114)の奥歯が軋む。
 これが最後の戦い。
(あの村の惨劇の無念、ここで晴らす!)
 待ち受ける敵に因縁ある者は少なくない。隣のフィノシュトラ(jb2752)は強い思いと共に駆ける。
(絶対、取り返すのだよ!)
 奪われたものがあった。
 先を駆ける天使エッカルトと使徒レヴィ――そのふたりの大切な大天使から遺された品。
 取り返す機会は、今しか無い。
(大切なモノ、大切な記憶…それらを護るために)
 星杜 藤花(ja0292)が手に持つのは炎狐の紋章。祈るように手を組む中、想うは黄金の羽。
「…ここに居るんやね」
 宇田川 千鶴(ja1613)の小さな呟きに、「ええ」と石田 神楽(ja4485)は頷く。思うことは多く、時の長さと共に重ねられたそれが、逆に言葉を少なくさせる。
「今は撃ち抜く事だけを考えます。私に出来るのは、それだけですから」
 そんな二人を気遣わしげに見てから、東城 夜刀彦(ja6047)は視線を前へと向けた。見られたことに気付き、エッカルトが振り返る。
「……。心配しなくても、大丈夫だ」
「はい」
「そーそー。こんな時だからこそ笑って上向いていて。俯いてたって何も見えない。お天道様はいつだって私達の上で微笑んでくれてんだから」
 ね? と笑んだフレイヤ(ja0715)に、気づいたレヴィが軽く笑み、エッカルトが苦笑した。

 とぅ!

「もごぁ!?」
「わぁ」
 ニシン入りました。
 見ていた夜刀彦が優しい微笑み。
「お腹いっぱいになったら元気でるってもんっしょ!」
「いきなり突っ込むな! レ――お前喰うの早いな!?」
 一瞬で尻尾まで攻略済みのレヴィは黙々ともぐもぐ。
「まぁまぁ。エッカルトさんは宜しくね。こんな時だけど共闘は嬉しいね」
 類友たるレイ・フェリウス(jb3036)の声に、エッカルトは盛大なため息をついてから笑った。自然な動きでニシンを半分渡す。
「フン。落とされるなよ」
「頑張るよ」
 とりあえず今はニシンを成敗だ!
「悪魔の元まで、相当な数の蟲がいるでしょうね。僕は地上にいるだろう蟲を抑えに入ります」
「‥蟲退治‥対空‥‥狙う‥‥」
 今までの傾向から対策を割り出し、槍を具現させながら告げた鈴代 征治(ja1305)の横で、紅香 忍(jb7811)が静かに零す。
(どんな敵がどんな事をやってきたか等関係ない)
 ひやりとした気配は、徹底した思考からくるものだ。
(倒せば金が手に入る。ただ、それだけ)
 いっそ見事。
「あの蟲共の親分、か」
 薄い笑みを口の端に浮かべ、ミハイル・エッカート(jb0544)は目を細める。
 義憤を滾らせるわけではない。いっそ心は冷ややかだ。では何故、この地で撃鉄を起こしているのか。
(……簡単だ)
 人を喰わせた。
 玩具のように扱った。
 漣のように精神を引っ掻くのだ。――不愉快だ、と。
「お前達が犯したミスは――強者の奢りだ」
 その声を聞きながら、紫ノ宮莉音(ja6473)は足を動かす。
 かつて戦いがあった。
 その中で、助けた命があった。立ち向かった相手は、今は同じ戦場で共に駆けている。
(僕は、僕に出来る事を)
 その背を若杉 英斗(ja4230)の手が叩く。活を入れるように、頼みにするように。
 表情が告げている――「背中は任せる」。
「さ、て。準備準備、と」
 ふわりと髪を跳ねさせ、ラナ・イーサ(jb6320)は自身に活を入れる。激戦は必須。ならば、回復手たる彼女達もまた全力で。
「皆で勝って帰るんだからねっ」
 ふんす、と息を吐くラナに、霧島イザヤ(jb5262)が軽く笑って頷く。
(誰かの為になるなら)
 ぐ、と胸のロザリオを握る。神父であった父の遺した十字架。願うのは人と天魔が穏やかに暮らせる世界。その前に立ちはだかる問題はあまりにも多いけれど。
(やってやるぜ。ちっぽけな力でもな)
 やろうと決めて自ら動かない限り、何一つ変わりはしないのだから。
「戦いでは何が起こるか分からん。気をつけることだ」
 ぼそりと告げられた言葉に、レヴィは駆けながらファーフナー(jb7826)を見た。前を見据えるファーフナーとは目が合わない。代わりにその向こう側にいた花見月 レギ(ja9841)と目があった。淡い微笑のままに、レギは一度ファーフナーに視線をやり、レヴィに戻してにこりと笑う。
 縁深い敵ともなれば、通常の戦いより精神は揺さぶられる。案じられている気配に、レヴィも淡く微笑んで頷いた。
「はい」
 その様子を後ろから確認し、マキナ・ベルヴェルク(ja0067)は羽織った外套を僅かだけ口元に引き上げる。彼等の姿に、きっと嬉しげに笑っただろうひとを思い浮かべた。
 視線は前へ。
(獅子公)
 面影は今も胸に。
 その彼が母と慕ったとされるひとの遺品が此処にある。
(意は、此処に)
 継いだからこそ、羽織った白の外套。凛とした横顔は静謐な強さをたたえ、最早その心は僅かも揺るがぬ山の如し。
 背中を大きな何かに叩かれたような感覚。

 ――さぁ、行け。

 行くとも。自らの行く道は、自らの歩いた先にこそある。
(……いい顔になった)
 隣を駆ける大炊御門 菫(ja0436)は口の端に密かな笑みを浮かべる。
 長き時を生きる天魔と違い、人の生命は長くとも百と少し。有限の時に至れる階位は、どれ程駆け足であがったとしても至上の位には届かないかもしれない。
 だが、それが何だというのだろう。
 逡巡、離別、悲嘆、迷走。数多のマイナスの要素を越えて。
 決断、邂逅、歓喜、邁進。遍く全てが自分達の背を押す。
 前を向けばいい。
 足を進めればいい。
 迷ってもいい。少しぐらい後退しても構わない。
 命ある限り、心ある限り、己の力で足を前へと動かし続けた先にこそ、高みへの階段は現れるのだ。
 先陣を駆ける山里赤薔薇(jb4090)の手に黄金の大鎌が具現化した。
 目前に昏い闇。異質な気配。
 分かる。――この先こそ、悪魔のゲート。
 踏み込む先の闇をエッカルトの術が照らし、赤薔薇が告げる。
「もうこれで最後にしよう。必ず討つよ! 」
 そして、


 ――歌が聞こえた。





 生きる意味すら分からぬまま ただ生きる
 
 生まれてきた理由はそれぞれの身の上に

 例えそれが己の意思でなくとも

 “生きる意志”は己の中に





「ッ!」
 突如かかった負荷に将太郎は歯を食いしばった。幾人かの押し殺した呻き声。現実的な痛みすら伴う力は、このゲートならではのもの。
「レヴィ、頼む」
「エッさん、お願い!」
 一面に広がる凄まじい量の蟲の群れ。ファーフナーと夜刀彦の声にそれぞれ笑いかけ、レヴィとエッカルトが対蟲部隊を率いて突っ込んだ。
「続くぞ!」
 爆発と同時にクレーター化した眼前の空白地帯へ、リョウ(ja0563)は身を躍らせた。双槍の閃きに空から強襲してきた蜂が切り飛ばされる。ゲートに踏み入れるのとほぼ同時、怒号の様に響いた夥しい羽音は嵐のよう。赤薔薇とレイのファイアワークスが鮮やかに光の華を撒き、駆け抜けるマキナの黒焔が脇から抜けて突撃する甲虫を切り裂いた。
「空に注意を!」
 一層激しく耳を叩く羽音に征治が警告を発した。
「‥‥狙い撃つ‥‥」
 その背、影になる部分から一瞬突撃銃が突き出される。一撃。すぐに影に紛れるようにして姿をくらませるのは忍だ。
「さぁ、空も虫の支配下に無いってことを教えてやろう」
 ひやりとする笑みを浮かべてミハイルは白銀の拳銃を中空へと向けた。針をこちらへ受けていた蜂が撃ち抜かれ、大きく体を震わせて落下する。
「蟲班、目標、右前方小山!」
 早見 慎吾(jb1186)の声に視線が向かう。皮肉な笑みを貼りつかせているのはヴァニタスだ。
(いた)
 英斗は目を細める。自身に初めて重体を負わせたヴァニタス。あの時と変わらぬその姿に、一瞬時が戻った気がした。けれど、
(あの時とは、違う)
 時と共に経験を積んだ。
 決して敗けはしない。
 視線があうのが分かった。籠を揺らす男が嗤う。
(待っていろ!)
「いこう、紫ノ宮君!」
「うん!」


「蜂と甲虫のせいで、思った以上に視界が悪いな」
 ブンブンと飛び交う大型蟲に菫が顔を顰めた。あまりの数に空を往くことも難しい。弧を描くようにして振るわれた白銀の槍で横殴りに殴り飛ばされ、突撃してきていた甲虫が地面に沈む。
「ほんま、相変わらず鬱陶しいわ!」
 軽く身を屈めた菫の肩を借り、くるりと一転して背後に降り立った千鶴が前方に火遁を放った。空いた場所へとリョウが身を躍らせ、上空からの進撃を断念したルビィと共にさらに押し広げる。
「星杜さん、右!」
「させないよ」
 強襲しようとする芋虫を、藤花を引き寄せた星杜 焔(ja5378)の槍が貫く。頭上から襲い来る蜂を神楽が銃弾で吹き飛ばした。
「物量戦に近いですね」
「……『巣窟』ですか」
 油断なく新手を葬りながら、マキナはふと眉を顰める。
「? 今」
 声が聞こえた気がした。羽音と喧騒の狭間で、微かに。ゲートに入る時に聞こえた気もする。
(――あの声は…いえ、それよりも)
 マキナは素早く周囲を見渡す。
 いた。
「居ましたね」
 神楽が低い声で呟く。
 蠢く巨大な蟲。二つある小山のうち、奥のもの。


 金色の繭の傍ら――腐喰の悪魔ザイケラ・ヴェ・バール。


「目標発見! 左奥!」
 征治の声が響く。
「ぉお、ぉお、来おったか、餌共」
 一抱えはある金色の繭を抱き、黒い人魚が嘲笑った。
「此処で逢ったが百年目。――石を何処に隠しやがった? 腐喰の悪魔!」
 小田切ルビィ(ja0841)の声に、悪魔はニタァと嗤う。
「分からぬか?」
 その手が撫でるのは金色の繭だ。視線と共に意識が集中した。だから、聞こえた。

 ――歌が。

「あの、歌…『声』は…そんな」
 愕然と呟く千鶴の肩を神楽が強く掴む。その目は遠くの輝きを見据えている。

 金色の繭。

「今は――」
「……ん」

 あの色はルスの色だ。
 輝ける黄金。
 響く歌声は盗まれた遺品のもの。
 何をした。
 アレは何だ。
 何故こんなにも嫌な気持ちになる。

「行きましょう」
 疑惑と、嫌な予感。だが、だからこそ進まなくてはならない。
 同じものを目にとめ、焔も眉を顰め、視線を前方へと向けた。
(金色の繭…嫌な予感がするよ)
 視線を動かし、見やる先に銀髪の使徒。
(ルスさんの金を真似た…?)
 もし、予感が当たっていたならば――それは、『彼』にとって致命的なものになりかねない。
 動揺は細波のように広がった。何も知らない者すら違和感を覚える程に。だが、それよりも注視しなくてはならないものがある。
「動いてないのは、距離が遠いから?」
 柊 悠(jb0830)の声に慎吾が慎重に頷く。
「多分ね」
 人間の子供ぐらいの蟲の中、一トントラックを超える巨大な蟲が四体。
 変異種だ。
「その金の繭は、まさか――ルスの遺骸をヴァニタスに造り変えやがったのか!?」
「落ち着け。ルスの遺体には誰も手を出せない」
 激昂するルビィにエッカルトが静かに告げた。
「剣山が消えない限り、な」
 もっとも、長距離転移の異能持ちならば、入りこめさえすれば奪い去るのも可能かもしれないが。
「だが……アレは、何だ!?」
「分からない」
 ルスに執着していた悪魔が、ただであんな色の繭を作るはずがない。歌はあの繭から響いている。
 ギリ、と歯を食いしばる音がした。蟲の羽音にすら消せぬほど大きく響いたのはそれが一人では無かったから。

 かつて、白き山で一つの死を看取った者達がいた。
 願いを託された者達がいた。

 あの死を、穢すのか。

「…許さねぇ。手前ェだけは絶対に仕留める…!」
 激昂したルビィの声に、人魚が哄笑を響かせる。
「吠えるのぅ餌風情が! 大人しく誕生の糧となるが良いわ!」
「まさか……とは思いますが」
 エッカルトの隣へ足を進めた焔の声には危惧の色が強い。彼等に縁が深いほど、繭の色と輝きは特別な意味を持つ。
 視線を交し合う。
 同じ脅威を感じている。
 誰にとっての脅威かと言われれば、自然と視線が向くのはレヴィだ。
 愕然と動きと息を止めてしまっていたレヴィの肩をファーフナーが引く。
「レヴィ、お前は言ったな――いつでも力になると。なら俺が踏み出すための道標になってくれ。立ち上がって前を行き、月明かりで導いてくれ」
 こんな所で立ち止まることなく。前へ。
「……ええ」
 瞬き後、一度息を吐いて、レヴィは淡く微笑った。険しい表情になっていたエッカルトの背を夜刀彦が叩く。
「行きましょう」
 一言と、温もり。
「……。ああ」
 我に返る。――独りじゃない。
「何であれ、討ちとるのみだ」
 激しい意志を持って、リョウは槍を握りしめる。
 美しい笑顔を覚えている。哀しみも苦しみも乗り越えた、その限りない慈愛を。生きて欲しいと、誰もに願われながらその生涯を閉じた大天使。
「彼女が遺した大切なモノを、あるべき人の元へ――それを穢させはしないぞ、腐れ悪魔共…!」





 昏き道に迷ったなら
 その行き先を照らしましょう
 時を止めて 諦めないで
 闇の中にもまた 道はあるのだから





「層が厚いですね」
「上空が鬱陶しいな!」
 隙をついてくる蜂の頭部を撃ち抜く神楽の隣に、炎陣球を放ち終えた千鶴が降り立つ。
「左手から甲虫来ます!」
「後方、蜂! 飛んで来るのだよ!」
 傷を癒す藤花と、仲間に合わせて遠隔追撃するフィノシュトラが声をあげた。
「お任せ! このフレイヤ様がバシッと道を開けてさしあげるわ!」
 キラーンと笑みを放ち、フレイヤが味方のいない進行方向へアーススピアを放つ。崩れた一角を埋めるようにして周りの蟲が押し寄せる。芋虫から放たれた糸をリョウが躱し、勢いを利用して槍で貫く。
 羽根を広げ、突っ込んできた甲虫が、着地した瞬間に菫に薙ぎ払われた。
「来い!」
 その背後で角を向けてきた甲虫に菫が叫んだ。一撃を受け止めた菫の反対側で影が舞う。
「‥‥邪魔‥‥」
 飛来する蜂の頭部を忍の銃弾が貫通した。影から影へ。その動きは暗殺者。
「虫籠、動いたよ!」
「デカイのが来る!」
 アウルの衣を付与したラナの声に英斗が構える。視界の端でレヴィが手を振るのが見えた。全員の体を金色の光が包む。
 巨大な黒針が雨のように降り注いだ。
「ッ!」
 『飛龍』が軋みをあげた。踏ん張った足が地面に沈んでいた。相変わらずの重さ。だが、
「受けきったぞ!」
 ヴァニタスが顔を顰めるのに、英斗は不敵に笑ってみせた。使徒の防御付与は本人の防御力に比例して力を増す。それでも貫通しかけた針先で抉られたが、莉音の回復で塞がる範囲だ。問題無い。
「あっぶなかった〜」
 班の垣根を越えて補助できるよう、虫籠から距離をとっていたラナが、負傷した将太郎に近寄り回復を飛ばす。可能な限り範囲外をとるのは慎吾も同じく。
「一撃が重いな」
 警告で飛び退き、隙を狙う芋虫を撃ちぬいたミハイルが目を細める。甲虫の突撃をすり抜けるようにして身を翻した忍が、すり抜けざまに刃を閃かせ、呟いた。
「‥‥当たらなければ‥‥無問題」
 その背後を狙う蜂をファーフナーの銃弾が撃ち落とす。レギと背中をあわせ、隙を狙おうとする虫達を牽制する。ヴァニタスまではあと二十歩。
 真っ直ぐにその姿を睨み上げ、将太郎は押し殺した声で告げた。
「……皆には悪いが、俺の狙いは虫籠のみだ」
 我が儘は百も承知。だが、ずっと追い続けた相手を前に他に目を向けることなど出来ようはずもない。
「他の皆には俺が辿り着くまで蟲と変異種の相手を頼みたい。……あんたもな」
 振り返り、見やる先にいるのはレヴィだ。使徒は間接的な縁を持つヴァニタスを一瞥し、将太郎に視線を戻して淡く微笑む。
「お行きなさい。望みを果たす為に」
「……ああ」
 頷き、将太郎はヴァニタスを見上げる。
 睥睨するヴァニタスの、僅かに訝しむような眼差し。何かを思い出そうとするような。だがすぐに頭を振って嘲笑を浮かべる。
「ンで? 誰から死ぬか決めたのかよ?」
 相変わらず軽い口調。脳裏に様々な情景が浮かんだ。あの男に人生を無茶苦茶にされた人達の。
 将太郎は歯を食いしばる。
(こいつに殺された人、長門さん、由美さん、あんたらの為にこいつを倒す!)


 上空から見たら、黒い水溜りの中を二滴の水滴が黒を押しのけて進んで行くように見えただろう。目的地は二か所。絶え間ない攻撃は全方位から。防御の苦手な仲間を内に囲い、水滴は二つに完全に分離する。それぞれの目標に向かって。
「気を付けて!」
「そっちも!」
 征治の声に莉音が応える。これからが本番だ。
「人魚が体を起こした! 気を付けて!」
 先陣を切る人々の側にストレイシオンを向かわせ、自身は最後尾側についた悠は広域を視野に入れる。召還獣と同時に傷を負う愚は避けなければならない。戦いと防御はストレイシオンに。悠自身の役目は全体の補助だ。
「退けぇえ!」
 赤薔薇のファイアワークスが炸裂した。一瞬で吹き飛んだ甲虫の残骸を蹴散らし、さらに前へと進む。一瞬たりとも立ち止まらない。さらに前方を押し広げるようにして夜刀彦と千鶴が同時に範囲を放った。空中から襲来する蜂を千鶴に達する前に神楽が撃ちぬく。横から迫る群にレイが氷の夜想曲を放ち、その側面に急行した甲虫を焔の一撃が貫いて止めた。脇を藤花が固める。
(まだ……距離がありますね)
 目が油断なく距離を測る。
「広がらずに!」
「左に行きすぎないで!」
 イザヤと焔の声に、マキナは動きを変え黒焔を鞭のようにしならせて蜂を滅ぼす。背に菫が背をあわせ、向かおうとした芋虫の胴を薙いだ。
 遠くを見据えていた神楽が声を発したのは、丁度一連の流れが途切れた瞬間だ。

「――来ます」

 闇が降り注いだ。黒い微粒子にも似た驟雨。
「ッ」
 離れる直前に振るわれたレヴィの広範囲防御、かろうじて切れる前だったラナのアウルの衣、ストレイシオンの防御効果、それらが合わさって凌ぎきった。範囲が広すぎて空蝉も使えない。
「!? 装備が」
 雅と藤花の範囲治癒の中、焔が眉を顰めるようにして自身の魔装を一瞥する。
 一部が朽ちていた。夜刀彦が刃を構える。
「名の通りですね」
「なかなか面倒だね」
 焔の視線を受け、夜刀彦は頷く。
 繭。
 悪魔。
 変異種。
 危険は多い。だが、前へ進むのが、良手。
 イザヤが治癒を放ち、最前線の赤薔薇と菫、マキナが更に鋭く前へと踏み入れる。
 次の瞬間、

「!?」

 全員に痛みが走った。まるで酸をかけられたような鋭く熱い痛み。
「攻撃……!? どこから!?」
 ラナが驚きの声をあげる。だが、誰もそれに答えられなかった。
 攻撃を放たれた気配は無い。ならば、考えられるのはただ一つ――このゲートの力。
「<腐喰>……ゲートすら、名の通りですか」
 神楽が腕の痛みを表に出さず呟く。
 毒の壺のように、貪欲な胃袋のように、全てを腐らせ喰らう悪魔のゲート。両班とも回復手が常に慎重に行動していたからこそ事なきを得たが、もし範囲攻撃後の回復に手落ちがあったなら、何人かは意識を失っていただろう。
「一定時間経過で同じ状況が発生する可能性が高いです。気を付けて」
「なら、とっとと蹴散らしてやる!」
 焔の声にルビィが獰猛な笑みで大剣を振るう。
 前へ前へと進む為の波状攻撃。ぐいぐいと進むその足は止まらない。
「! 変異種、動きます!」
 悠の警告にフィノシュトラは足に力を込めた。
 巨大な漆黒の蜂が羽根を広げた。周りの蜂より一回り以上大きい。跳ねるようにして段差を飛び降りた巨大芋虫もまた、周囲のものより遙かに大きかった。色は例えるなら泥闇。明らかに異種。
「射程内に入った、というとこかな」
「一直線に来るのだよー!」
 しかも速い。
 征治とフィノシュトラの声に、向かう先にいたフレイヤがキラリと白い歯を見せた。
「フフッ、私の美女オーラに蟲も気付いてしまったのね! あぁ私ってば罪作り系美女!」
「言ってる場合か!」
 慌てるエッカルトの声に、フレイヤはキリッとした顔で相手を振り返った。
「て事でエっちゃん私の事守ってね! か弱い女子守るのも男子の務めっしょ! 頼りにしてるわよ!」
「前! 前!」
 エッカルトが身構えた。最早余裕は三メートルもない!
「僕の後ろに――」

 蟲達がエッカルト&フレイヤを素通りした。

 おや? 私はここですよ?

「私ッ!?」
「そっちかーッ!」
 物凄い仰天顔のレイに慌ててエッカルトが直線範囲で蟲を薙ぎ払う。
 防御の薄さに加え、削られっぷりで生命力ピラミッド逆頂点。レイは只今神様ならぬ紙様だ。南無。
「か、回復を!」
 イザヤが傷を癒すも、変異蜂のアタックでゴスッと削れた。藤花の回復で立ち直った直後に何故かもう一体の変異蜂にまで突撃されかけ、技を発動させて庇いに入った征治が踏ん張って庇いきる。夜刀彦とフレイヤの範囲攻撃が華々しく周囲を薙ぐが変異種しぶとい。美青年が執拗に狙われている。素晴らしい餌っぷり。大変だ。あと切ない。
「ふ…ふふふ……腐喰の部下だからって腐ってるんじゃないわよおらァアアああッ!」
 乙女の羞恥(いかり)、魔力を込めた内角から抉るようなフレイヤのグーパンについでとばかりに襲いかかっていた甲虫が転がった。あわや散らされかけたレイが、差し出されたフレイヤのたおやかな手を両手で握る。
「……あ、ありがとう、ありがとう、フレイヤさん」
「フッ……イケメンを守るのも、乙女の務めよ!」
 隣で征治がほえみ。
 彼女はヒロイン(物理)ではなくヒーロー(魔法)になったようだ。 


 人魚への距離をつめる班より早く、ヴァニタスとの戦いが始まる。
「虫籠の、ここで因縁にケリつけようや」
 縮地で一気に懐に飛び込んできた将太郎の一撃が、繰り出したヴァニタスの一撃と激突する。
「ッ相変わらず、反応早えな!」
「愚図は嫌いでな!」
 力尽くで弾く。瞬間、ヴァニタスが目を瞠った。
 わずかに見えた刃の文字。
(ああ)
 てめえか。
 口の動きだけで告げる。凶悪な笑みが浮かんだ。
(嗚呼、今日はいい日だ)
 小山の下を見れば、白銀のオーラを纏った英斗の姿が目に入った。
「回復は紫ノ宮君がエキスパートだ」
 自身を託し、英斗はヴァニタスを見上げる。
 苛烈な目だった。どこかで見た気がする。思わず笑いそうになる。
 己の中に、何かが残っている。
「俺はひたすら虫籠――貴様を倒す事だけ考える!」
 送り出す莉音の強い眼差し。
 嗚呼、それすらも知っているような気がする。
 いつかどこかで。
 思えば、そこここで見たことがあるような顔がある気がする。
 この穴だらけの記憶の中に。
 だから、
「虫籠、貴様に殺された人達の無念、今日こそ晴らす!」
 英斗の攻撃にヴァニタスは嗤った。

「やれるもんならやってみやがれ!」

 ――例えようもない歓喜と共に。





 足を踏み出すことを恐れないで
 耐え難き『今』を抱えていても
 いつも必ず 朝が新たな世界を連れてくるから





 二度目の<腐喰>が全員を襲う中、変異蜂が落下した。複数の遠隔攻撃に晒され続けたその体は羽根どころか半分ほど体が消滅している。叩き落としたのは対空において威力を発揮する神楽のイカロスバレットだ。
 同時、藤花の星の鎖がもう一体を天から引きずり落とす。もがくその体へ悠のストレイシオンがトリックスターを放った。
 マキナは鋭く距離を測る。
 人魚達まではまだ少し距離がある。だがそれは近接なら、だ。
 つまり、
「開始します」
 変異種討伐を横目に剣魂で回復し、丁度挑発による注目効果の切れた征治がロザリオを具現させた。頷き、フィノシュトラが巨大な筆を振う。
「一点集中なのだよ!」

 遠距離射程。

 光爪と打ち出された文字が狙う先を知って初めて人魚の顔に嘲笑以外の感情が浮かんだ。
「おんし等……!」
「それが何であっても――」
 筆を握りしめ、フィノシュトラは柳眉を逆立てる。
「ルスさんを穢す真似は、許さないのだよ!」
「おぬし等如きが黄金のを語るでないわ!」
「こちらの台詞だ!」
 一瞬で激昂した人魚の怒声にリョウが声を張り上げる。振るわれる槍が人魚への道を作る。駆ける焔の銀槍が甲虫を貫いた。
 道が開けた。
 そこを矢のように千鶴が走る。脇から突撃しようとする芋虫を神楽の弾が撃ち抜き、逆側の一群へレイが無数の影刃で牽制する。
「妄執とはかくも凄まじいものなんだね…」
 その、どこか人魚を憐れむような静かな声。
(――)
 漏れ聞いた千鶴の脳に言葉にならない思いが閃く。
 繭だけを見ていた。
 歌が誘うように呼んでいる。
 手を伸ばす。刃と共に。
「触るでない!」
 千鶴の刃が硬質な音をたてて弾かれる。
「!」
 硬い。同時、凶悪な力が傍らで高まり、瞬間、人魚の腕に絡みつくようにして紅蓮が舞った。だがその力を逆に絡め返すようにして腕で振るい凌ぐ。
「焔の舞手か!」
「むざとやらせると思うな」
 菫の声に人魚は怒りと嘲りの色をその顔に宿す。
「ならば迂闊さを呪い、諸共に朽ちるがよいわ!」
「朽ちるのはそちらだ!」
 赤薔薇の大鎌が凶悪な光を宿した。範囲内全ての敵を射程にとらえ、激しく炎をまき散らすのは最後のファイアワークス。瞬時に周囲にいた通常の蟲が消滅し、即時闇に覆われた繭と人魚の体にも赤い色が一瞬走る。威力命中共に極悪な一撃に、さしもの人魚も顔を顰めた。
「おのれ……!」
 己ひとりなら防御すればいい。だが、繭と共に狙われては自身に割く防御はとれない。
 サッと撃退士達が視線を交し合う。
 人魚は、繭を優先させる。
 人魚の掌に泥闇の光が満ちる。藤花は強い眼差しで人魚を睨み、封じの術を解き放った。
「ッ!?」
 何かを遮断されるような感覚に目を瞠る。
「術が……っ」
 レジストされたのだ。
「流石に、一筋縄ではいかないようだね」
 焔が察して警戒の声をあげる。
 凶悪な技は封じてしまいたい。だが、その身体基礎能力が封じられまいと阻む。
「文字通り、腐っても悪魔、ってとこか」
 術を用意しながらイザヤが呟いた。
 ならば、とマキナが走る。
 先んじて身に纏うのは終末の夜―黒夜天・偽神変生(ラグナレック・フェンリスヴォルフ)―
 気づき、菫が駆けつけたマキナと己の位置を入れ替えた。振るわれる黒焔と人魚の手に宿る泥闇の盾が激突する。凄まじい軋み音と共に人魚の手から腕にかけて裂けた。忌々しげな舌打ち。
 その背後で影が舞った。無数の影手裏剣が具現する。夜刀彦だ。その対象は、人魚、繭、そして――
「――ッ!」
 僅かに人魚が動揺した。目標を悟って。
「ち……ッ!」
「させると思うな!」
 何かの技を発動させようとした人魚の腕を菫の槍が再度絡め取る。大地に一踏、衝撃に初めて人魚の顔が苦悶に歪んだ。
「餌共ッ!」
 夜刀彦の生み出した広範囲の影手裏剣が、罵声をあげる人魚の体と繭と共に、小山のような大地を大きく抉った。
「先輩!」
「任せて!」
 即座に後ろにいたレイが射程距離に移動してその魔力を解き放つ。指定範囲は先の夜刀彦と同じ――小山のような大地を含めたもの。
「見下ろされるのって嫌いなんだ」
 だがわざわざ山を抉っているのはそれだけが目的では無い。
「――そこに、あるんだね」
 ゲート内にあろうと、地面に似たその物質は左程強度をもっていなかったらしい。抉られた小山の奥にあるもの。

 ――ゲートコア。


 隠し物がさらけ出された時、少し離れた場所では何度目かの範囲攻撃が仲間を襲っていた。
「ちょこまかと、相変わらずうぜェ!」
 満ちる白霧のような毒に、ファーフナーと忍、ミハイルは距離をとる。近距離すぎて避けようのない将太郎と英斗へ、莉音、ラナ、慎吾の三名が治癒を放った。
「重ッ! 一撃、重ッ!」
「蟲に対応するどころじゃないねこれ」
 生命力が何度もデッドゾーンと復活を繰り返す戦場にラナがきっちり範囲を見極めながら足踏みし、慎吾が押し寄せようとする蟲をファーフナー達に近づけさせないよう牽制しつつ呟く。
 もしこちら側にレヴィが来ていなければ、そして変異種を含む大多数の蟲が人魚対応班側に流れていなければ、とても持ちこたえられなかっただろう。
「‥‥手勢、少ない‥楽‥」
「うん。なんかレイっちが向こうで不憫なぐらい餌になってるけど……」
「南無」
 とりあえず無事を祈っておく。正直、どちらの班が瓦解しても一気に死地に転じる状況だ。
「流石、紙の中の紙」
 その雄姿に内心で敬礼しつつ、ミハイルは一匹だけ射程内に残っていた変異種へと銃を向けた。
 幾つもの銃の幻影が浮かんだ。千変万化。その全ては己の持つ銃に秘められし名や意匠から。数多の銃を持つミハイルだからこそ引き出せる力。
「伝説の幻獣たちよ行け! 牙を突き立て、忌まわしき蟲を喰らいつくせ!」
 バレットパレード――幻影の獣弾。
 離れた場所から放たれたそれが変異芋虫ごと周囲の蟲を喰らい尽くす。
 舌打ちするヴァニタスにミハイルは冷ややかな笑みを浮かべる。
「俺達は家畜でもオモチャでもない。お前らにとって人間を殺すことは、子供が戯れに蟻を潰したり虫の足を引きちぎったりする感覚と同じなのだろう?」
 無意味な残酷さ。彼我の差故に他者をかえりみない傍若無人。
 けれどそんなものが永遠に続くはずがない。
「だが俺達はお前らを殺す力があるんだ」
 抗う力が、此処にあるのだから。


 大きく削られた小山の上から繭が流れるように落ちる。不安定な上にあったのだから当然だ。縮まった距離に刃が閃いた。幾つもの範囲攻撃が繭ごと人魚へと降り注ぐ。
「悪意に満ちた胎動…ここで、破壊しなきゃ!」
「させぬ!」
 赤薔薇の重い一撃を選び、人魚の尾が弾く。その傍らへと滑るように進み、放つマキナの一撃を体を捻っていなす人魚に、菫が歩を合わせて畳み掛ける。
「小賢しい!」
 異様な魔力が周囲に満ちた。
 瞬時に焔が術を解き放つ。焔を中心として七名の幻影騎士が円を描くようにして具現した。生み出された結界内に咲き乱れるのは幻想の花。
 
 ―楽園降臨(エリュシオン)―

 最大範囲の防御が集っていた全員を包み込む。
「ストレイシオン!」
 悠が最後の防御効果を発動させ、

「贄となるがいい!」

 次の瞬間、泥闇の驟雨が降り注いだ。蝕む痛みに悲鳴があがる。藤花とイザヤ、雅、エッカルトが回復を放った。嫌な予感がしたのだ。
 闇が浸食する。
 三回目の<腐喰>。
 そして、


 禍いが羽化した。





 忘れないで

 ここに“在る”奇跡

 幾億の魂の輪の中で

 出会えたことが 私の幸せ





 突如襲った凶悪な力に、巻き込まれた蟲のほとんどが蒸発するように消滅した。
 敵味方の区別なく振るわれる悍ましい力――金色の光と共に。
「な……」
 千鶴が呻く。
 金の羽根が見えた。濡れてくしゃくしゃなそれは、蛹から出たばかりの蝶の羽根を思わせる。少しずつ張っていくそれが生えているのは白い華奢な背。細い肩と首、金色の髪に覆われた後頭部。
 顔は、見えない。
「レヴィ!」
 強い声が洞内に響いた。視線が向かう。表情を凍り付かせた美貌の使徒。
 魂を奪われたようにふらりと歩き出すのに、慎吾が腕を強く掴んだ。
「駄目です。あっちに行っては!」
 嫌な予感は当たった。
 あの硬い繭の中にいるのは、ルスに似た『何か』だ。
 同じでは無い。だがもし、もう二度と見ることも叶わない、愛するひとの動く姿が見えるのだとすれば――
 慎吾は顔を歪める。偽物に惑わされる程度の愛だったとは思わない。だが、ただ会いたいと、そう思う気持ちは理解できてしまうのだ。
「駄目! 止まって!」
 慎吾一人では引きずられてしまう現実に、ラナが青ざめて腕を引く。
「愛したひとの言葉を思い出して!」

 いきなさい、と言われた。
 永遠の微笑みと共に。

 肩を強く揺すられる。
「お前が愛したのはルスの魂だ。あの容れ物の中には無い。お前の中に居るはずだ」
 ファーフナーの声に、レヴィは緩く視線を彷徨わせる。
 分かっている。
 違うということは。
 けれど抗えない。
 分かっているのに、『判って』しまうのだ。あの器は――限りなく、ルスに近すぎて。
「レヴィさん、ルスさんが無差別に殺戮を行いますか。ルスさんを穢す行為を許せますか」
 足を止めさせる為、焔が声をあげる。
「……遺されたものを取り戻し、明日もエッカルトさんとレヴィさんの笑顔を、この黄金の羽根に見せてください」
 どうか、偽りのものに惑わされることなく。
 エッカルトが顔を歪める。
 レヴィという存在が、唯一揺らぐのがルスだ。偽物であろうと本物であろうと、ただその片鱗を見せるだけでいい。只一つのものに対してのみ、彼の抵抗力はマイナスに振り切れている。 
「こっちに来ちゃいけない」
 夜刀彦も抑える為に声をあげる。
「人の世界で幸せに生きてくれることを願われたはずだ」
 ――亡き大天使の願いを叶える為に。
「貴方は見ちゃいけない。……例え偽物であろうとも」
 愛したそのひとと同じ姿のものが滅ぼされるところなど。
 泣きそうな顔で棒立ちになる使徒をファーフナーが引く。
「おまえが生きること。それが、ルスの願いだ」


 何故、死して尚、無理やり現世にその存在を引き出されなくてはならないのか。
「……敢えて似せたとするなら、なんて卑劣……」
 震える声で藤花は呻いた。身の内に荒れる感情が声に溢れる。
 全ての神の兵士が消滅した。だが、そのことに何かを思う余裕もない。
(ルスさん……!)
 そこに居るのは本物では無い。例えどれほど似ていようともだ。
「絶対に許さない……」


「……あーァ、あのババア、もちっとマシなの作れよ……」
 一緒に巻き添えをくらったヴァニタスが顔を顰めてぼやく。
「碌でもない主を持つと苦労するようだな!」
 畳み掛けられぬよう攻め手を緩めない英斗にヴァニタスは嗤う。
「違いねェ!」
「ハッ! てめえの主らしいじゃねえか!」
 重ねられた回復に将太郎が立ち上がる。ヴァニタスは鼻を鳴らした。
 生きた弾幕の蟲を追い打ちのように滅ぼされたのが一番キツイ。こうなることを察してか、蟲を全滅させるよりも攻撃集中に力を入れてきた撃退士達が腹立たしい。
「……まぁ、何であんなの作ったのか、てめェ等も分からねェみてぇだがな」


 何故その『形』なのか。撃退士にとって悪魔達の思考は理解の範疇外だ。
 ただ、死者を無理やり蘇らせようとするかのような冒涜だけが此処に在る。
「絶対絶対、ルスさんのことを、残された想いを穢すのは許さないのだよ!」
 痛いほどの怒りを込めてフィノシュトラが筆を握りしめる。
 許せない。
 許してはいけない。
 その怒りはリョウもまた同じく。
「あの時あの山で、彼女はあの選択を是とし、逝った。その『死』は絶対だ。それを覆す事は認めない。それを穢す事は許さない」
 血塗れの体に覆うのは黒い炎。終閃の力により立ち上がり、全霊を込めてリョウは鋭く告げた。
「あの場にいた全ての命とその選択を、そして遺された輝きを、踏み躙らせはしない!!」


 全身の痛みを押し殺し、レイは足を踏ん張った。
「落ちるわけにはいかないんだ……やらなきゃいけないことがあるからね」
 例え気絶したほうが楽だろう激痛の中であっても。
「あと一秒でも遅かったら、危なかった……」
 ストレイシオンを帰還させるのが全体攻撃前だったなら、少なくともあの一撃で沈んでいただろう。二体分の力を受ける怖さは、こういった戦場では特に強い。
「おいで、スレイプニル!」
 かわりに呼び出すのは俊敏なる竜馬だ。仲間と共に戦場を駆け抜ける為に。
 発動させていた神の兵士が全て消えたのを莉音もまた、知覚した。
 自身もまた深い傷を負っている。否、傷を負っていない者などいない。
 生まれ始めた災い。
 おそらくこれも、一度で済むものでは無いだろう。最後の癒しの光を放ち、莉音は真っ直ぐに立つ。
「僕は絶対に諦めないし、負けない。それだけが、できることやから」


 人魚は哄笑をあげる。生まれ始めた者の姿を目にとめて。
「フフフフフアハハハハハハハハ! 紛い物と、思うならばそれで良い。ぬし等にとって価値は無かろうと、妾の知ったことでは無いわ!」  
「物言わぬ骸にしか相手にされない憐れな奴…」
 ルビィの挑発に、人魚は逆に嗤った。
「骸で結構! ぬし等に分かるまい。……妾は、会えればそれで良いのだ。その為だけに、この命を賭けてきた!」
「ならば、それを葬る為にこちらも賭けよう」
 周囲に満ちる怒りを背に、菫が槍を構える。人魚が片眉を跳ね上げた。
「さして知らぬ者の為に命を賭けると!? ぬし等は愚かに過ぎるわ!」
「己の命をかける事が出来るのは、選んできた答えに対してだけだ」
 人魚の嘲弄を菫は真っ向から跳ね返す。
 信には信を。返すものは言葉でなく行動。
(負けない)
 貫けない物は無い。
(そんな物……認めて堪るか)
 心と信。
 二色の燃盛る焔は消せやしない。

 私達は『個』だ。

 それぞれに抱くものは違う。
 けれど目指し、願うものが一つである限り、自分達は個であると同時に『全』なのだ。
(だから今、私は此処に居る)
 脳裏に浮かぶのは亜麻色の髪の女。笑うだろうか、この答えを。だがいつか告げよう。
(私は、信じている)
 『おまえ』が信じたように。
(皆の意志とその答えを)
「邪魔は、させん」
「……何処ぞの竜公のような物言いを」
 忌々しげに顔を顰める人魚に菫は笑った。
「ならば、重畳!」
 烈火の一撃を人魚は身を捻って躱す。一撃後の隙に人魚の尾が襲うより早く、飛び込んだマキナが防御を砕く。
「ちィ…ッ!」
 一撃でどうこうなる程弱い存在では無い。
 だが、重ねることで力は増す。
 託されたものがある。信じられていることがある。
 信には信と意志で以て。その目に狂いはないという証明は、言葉ではなく己の行動の全てで。
 何よりも――そう、彼女とならば、負けるはずもなく。
 故に告げる。
「貴女には此処で果てて貰います」





 貴方が世界を愛するなら
 私も世界を愛しましょう
 例え二度と触れられなくとも
 貴方に幸せを運べるように


 世界が貴方を愛するなら
 私が世界を守りましょう
 例え言葉を交わせずとも
 貴方が笑って過ごせるように





 羽化が始まったことにより、硬い繭は割れた。
 目配せ、走る千鶴が半分羽化した繭へと走る。遮ろうとする人魚をマキナと菫、赤薔薇が阻害する。攻撃と防御、これ程に抜きんでた者達に阻まれては余裕など持てない。
 向かう先に繭に埋まるようにして俯いた姿の後頭部――華奢な首――その首にかけられたもの。
(あれや)
 手を伸ばした。石そのものはまだ埋まった繭の中。液のようなもので満ちたその中に無理やり手を突っ込んだ。
「ッ!?」
 痛みが走った。酸に浸したように。堪えて探った。首の下だろうあたりの小さな何かを掴む。
 直後、凄まじい悪寒がした。無理やり包囲を破った人魚がすぐ傍ら。
「――ッ!」
 渾身の一撃が振れた瞬間、同時に二つのことが起こった。
 素早く放たれた神楽の黒塵が千鶴の周囲に黒い鱗粉にも似た粒子を撒く。千鶴の回避力とあわさり、人魚の一撃が間一髪で空を切った。続く追撃の前に迅雷で駆け込んだ夜刀彦が石を取り出した千鶴の体を抱える。踏み込む足が蹴るのは間近の人魚の体。反動を利用して飛び退るように千鶴を抱えたまま離れた。その隙間にルビィが入れ替わるように割り込む。
 踏み込む動作と共に右手を軸にして左手を押し上げた。下を向いていた槍が跳ね上がる。気づき人魚も身を捻るが僅かに反応が遅れる。躱しきれずに脇腹が裂かれた。
 イザヤが千鶴の手に治癒を施す。
 遺産は奪取した。
 なら、
「全力で行くのだよ……!」
「やってやんよ!」
 フィノシュトラとフレイヤが渾身の魔力を込める。ブラストレイとライトニングが炎と雷の光を空に描いた。動きに合わせ、焔が繭へと踏み込む。重ねられるのは藤花の絆。合わさる力――絆・連想撃――
 弾幕がわりを兼ねてレイがファイアワークスを放つ。悠の命令に答え、スレイプニルの巨体が繰り出す攻撃が繭を襲った。
「やめよ! 妾の【黄金】が……!」
 繭の外側が抉れ、酸に似た体液が零れるのに人魚が初めて悲鳴をあげた。割りこもうとするのを征治が阻む。
 リョウは駆けた。持ち替えた白銀の槍を手に。込める力は想いの全てを込めた黒雷槍。
「――消え失せろ、妄執。彼女の遺志は、遺された俺達が背負って生きる!!」





 さぁ いきなさい

 己の体一つをもって

 貴方の前に道はある





 絶叫があがった。かつてない大きな隙に赤薔薇が間髪入れず動く。
(ここで逃がせば傷を癒してまた戻ってくる!…今しかないんだ!)
 諦めるということは無いだろう。全てを滅ぼさなくては、害悪は消えない。繭が滅んだのなら、次に滅ぼすべきは悪魔。
「おまえが滅ぼした全てのものに、詫びて地底に堕ちろ!」
 金色の鎌が禍々しい軌跡を描く。首狩られる瞬間、ふと、生まれる前に朽ちた繭に目がいった。
 ――光が零れている。
 核となった無数の金色の羽根が消えていく。
(嗚呼)
 力に意識が消えるのを感じた。
(結局…会え…な……)
 壊れた玩具のように体が崩れ落ちる。大地に濡れた物体が叩きつけられるような音がして、その体が一瞬で朽ちた。


 主の死を知覚した。
 だが別にどうと思うこともない。
「結局……てめェらが…俺の死か……」
 薄い笑みを浮かべるヴァニタスの声が小さく流れた。ごぼりと音をたてて黒ずんだ心臓に似た何かが地面に落ちる。
 胴を半ば切断したのは、白銀色の輝きを宿す英斗の『飛龍』。込められた力は天翔撃(セイクリッドインパクト)。
 直前に放たれていたのは将太郎の烈風突。
 油断なく銃を構えていたミハイルと忍が銃口を下げた。
 もう――必要無い。
 崩れたヴァニタスの体からまた心臓に似たものが落ちる。その胴に詰められた、もしかすると素材として集められたものだったかもしれない幾つもの心臓が。
「何があろうと、てめぇの事は忘れてやらねぇ」
 吐き捨てるような将太郎の声。
 その、言葉。
 蟲籠のヴァニタスは嗤う。
「ぁぁ……そーかよ」
 最後の力で声を絞り出した。顔を歪めて。
 ――その、どこか泣き顔に似た笑顔。
 肉の崩れた指が将太郎を指す。
「なら……」

 ――偽りの器は朽ちゆく。
 名前の無い自分には、墓に刻むものすら無い。
 けれど、
 
「てめぇが……俺の墓標だ」





 いきなさい

 その心一つをもって

 貴方が望んでくれるなら

 私の永遠は 貴方の中に
 




 歌が広がる。
 大気に溶けるようにその類稀な美声を響かせて。
 渡され、胸に抱いた使徒が膝をつくのが見えた。
「そっか……」
 フレイヤが淡く微笑む。
 嗚咽が聞こえた。傍らで微笑むレギに見守られ、ファーフナーに肩を抱かれたレヴィが蹲るようにして泣いている。
 それを見てそっと千鶴が空を仰いだ。その頭を神楽が抱き寄せる。
 ――やっと、泣けたのだ。
 余りにも思いが深すぎて、泣くことすら出来なかった使徒が。
「よかったのだよ……」
 くしゃくしゃに泣いているフィノシュトラの背を微笑って夜刀彦とレイが叩く。二人と顔を見合わせ、にやりといつもの笑みを浮かべるのはミハイルだ。
「……恋文、なんですね」
 歌の内容に、藤花が涙を零しながら呟く。抱き寄せ、焔が頷いた。
「そうだね」
 九百年近い時をずっと寄り添って、けれど互いに告げる事の無かった言葉がそこにあった。

『愛している』

 音にすればたったそれだけの――明確にされることのなかった思い。
 手分けして回復していたラナとイザヤが地面に座り込む。
「回復全部切れた」
「こっちも」
 まだ回復しきれてないのに、と肩を落とす慎吾の肩を同じ状態の莉音が慰めるように叩く。
「終わった」
 深い感慨を込めて英斗が呟き、マキナが無言で羽織っていた外套を胸に抱く。空を見上げ、菫が小さな笑みを零した。
「‥‥任務、完了‥‥」
 パチンと魔具を仕舞う忍の後ろで、征治が雅に包帯を巻かれていた。こちらも回復技が切れたのだ。
「あれだけの羽根、よく集めたもんだぜ」
 最後に見た崩れゆく繭の中身にルビィが顔を顰め、リョウがフッと笑う。
「だが、もう、同じことは二度とあるまい」
 剥きだしにされたゲートコアは赤薔薇と悠が砕いた。いずれ跡形もなく消えるだろう。悪魔の妄執と共に。
 傷だらけの自身の拳を見つめていた将太郎が顔を上げる。
 沢山の光景が浮かんだ。人々の顔も。
 終わった、と。実感するにはまだ少し時が足りない。
 けれど、一つだけ確かなことがある。
「さぁ」
 促され、一同は立ち上がった。
 長い時を経て、数多の出来事の果てに一つの戦いが終わった。
 奪われた物はあるべき場所へと還り、呪いのような縁は消えた。
 傷だらけの木が梢を揺らす。
 風が渡る。
 歌を運んで。
 歩き出す足が大地を踏みしめる。


「凱旋だ!」




依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: いつか道標に・鐘田将太郎(ja0114)
 最強の『普通』・鈴代 征治(ja1305)
 黄金の愛娘・宇田川 千鶴(ja1613)
 ブレイブハート・若杉 英斗(ja4230)
 黒の微笑・石田 神楽(ja4485)
 災禍祓いし常闇の明星・東城 夜刀彦(ja6047)
 未来導きし希求の召喚士・柊 悠(jb0830)
 穏やかなる<時>を共に・早見 慎吾(jb1186)
 されど、朝は来る・ファーフナー(jb7826)
重体: −
面白かった!:31人

撃退士・
マキナ・ベルヴェルク(ja0067)

卒業 女 阿修羅
いつか道標に・
鐘田将太郎(ja0114)

大学部6年4組 男 阿修羅
思い繋ぎし紫光の藤姫・
星杜 藤花(ja0292)

卒業 女 アストラルヴァンガード
創世の炎・
大炊御門 菫(ja0436)

卒業 女 ディバインナイト
約束を刻む者・
リョウ(ja0563)

大学部8年175組 男 鬼道忍軍
今生に笑福の幸紡ぎ・
フレイヤ(ja0715)

卒業 女 ダアト
戦場ジャーナリスト・
小田切ルビィ(ja0841)

卒業 男 ルインズブレイド
最強の『普通』・
鈴代 征治(ja1305)

大学部4年5組 男 ルインズブレイド
黄金の愛娘・
宇田川 千鶴(ja1613)

卒業 女 鬼道忍軍
ブレイブハート・
若杉 英斗(ja4230)

大学部4年4組 男 ディバインナイト
黒の微笑・
石田 神楽(ja4485)

卒業 男 インフィルトレイター
思い繋ぎし翠光の焔・
星杜 焔(ja5378)

卒業 男 ディバインナイト
災禍祓いし常闇の明星・
東城 夜刀彦(ja6047)

大学部4年73組 男 鬼道忍軍
夜の帳をほどく先・
紫ノ宮莉音(ja6473)

大学部1年1組 男 アストラルヴァンガード
偽りの祈りを暴いて・
花見月 レギ(ja9841)

大学部8年103組 男 ルインズブレイド
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
未来導きし希求の召喚士・
柊 悠(jb0830)

大学部2年266組 女 バハムートテイマー
穏やかなる<時>を共に・
早見 慎吾(jb1186)

大学部3年26組 男 アストラルヴァンガード
未来祷りし青天の妖精・
フィノシュトラ(jb2752)

大学部6年173組 女 ダアト
闇夜を照らせし清福の黒翼・
レイ・フェリウス(jb3036)

大学部5年206組 男 ナイトウォーカー
絶望を踏み越えしもの・
山里赤薔薇(jb4090)

高等部3年1組 女 ダアト
生き残った魔法少女・
霧島イザヤ(jb5262)

大学部3年51組 男 アストラルヴァンガード
Gaudeamus igitur・
ラナ・イーサ(jb6320)

大学部3年208組 女 アストラルヴァンガード
Lightning Eater・
紅香 忍(jb7811)

中等部3年7組 男 鬼道忍軍
されど、朝は来る・
ファーフナー(jb7826)

大学部5年5組 男 アカシックレコーダー:タイプA