空、青く、海風、涼しく。種子島の夏は、そんな爽やかさから始まった。
「‥‥‥‥」
海上、紅香 忍(
jb7811)は浮き輪姿で波に揺蕩う。
気分転換で来た。大海の宝石の如きこの島に。小さく開いた口が言葉を紡ぐ。
「‥‥つまらん‥‥」
あの日から――そう、この島でずっと追い続けたリーンとの決着をつけた日から――心に響くものの無い日が続いている。
どこか空虚な目が海の果てから砂浜へ移る。
「‥‥?」
地上では、異変が起きつつあった。
それよりも少し前――
「『久遠ヶ原の毒りんご姉妹』華麗に参上!ですわ」
太陽の如き笑顔を煌めかせ、クリスティーナ アップルトン(
ja9941)は砂浜に降り立った。
「アンジェ、今日はめいっぱい楽しむのですわ」
振り返る先、ロングパレオ付のタンキニ姿でアンジェラ・アップルトン(
ja9940)は微笑んだ。
(大自然に触れ気分転換になればと姉様は気遣ってくれているのですね)
八塚楓を見送ってから、クールな仮面を被る気になれず。虚ろな空気を食むように日々を過ごしていた。失われた恋から、まだ日は浅い。
「あら?」
ふと姉が声をあげた。姉と同じ方向を見てアンジェラは目を眇める。
誰もいない砂浜に奇妙な跡が生まれ始めていた。
「日本の夏は過ごしにくいけれど、食事は適宜取らないと、ね」
浜辺を歩く花見月 レギ(
ja9841)に、ファーフナー(
jb7826)は「ああ」と小さく頷く。
夏バテ気味なのを見抜かれ、避暑にと連れてこられた。湿気の籠る地と違い、ここは風が心地よい。やや回復に向かっている体調を確かめたファーフナーは、ふとざわめきを耳にして顔をあげた。視界の端には、土手にあがってくる帽子を目深に被った少年の姿。
そして伝説が始まった。
●
(わかってたんだ…こうなるって…)
レイ・フェリウス(
jb3036)は死んだ魚類の目で棒立ちしていた。
誰よりも早く脱皮させられた。むしろ宇宙創造の時代から決まっていたかのような自然さで脱皮させられた。その隣でラウール・ペンドルミン(
jb3166)も悟りを開いたかのような顔で立ち尽くしている。
(ああ俺も知ってたんだ。あいつらがいるってことはこうなるって)
すでにその身は輝かしい全裸である。解放感溢れすぎて下を見たくない。出来れば横下も見たくない。
その「あいつら」が誰かと言えば、最早お約束のこの悪魔――
「あたしのソウルが告げていた」
ファラ・エルフィリア(
jb3154)である。
「ここに至宝(意味深)が現れると!! 」
デロシステムに嗅覚ビンビン。しかも今日は一人じゃない。
「あてくしのアルマも告げていたのです」
シルヴィア・マリエス(
jb3164)である。
「ここでお宝(意味深)がざっくざくだと! 」
ファラたそに誘われて噂のホ…いや、種子島デロもとい美少年ウォッチングに来たという彼女。見えない敵に「とうばつがんばるぞー」と棒読みしているがどうあがいても主目的が<欲望のままに>だ。
「見えないけどコレきっとイソギンチャクみたいなアレでソレでムッハー!なやつだよね!?」
「勿論だよ!」
勢い込んで頷くファラは今日の為に白ビキニ&パレオ+レースパーカーと可憐なホワイティ路線だが、
「ぃよぅしコレで和幸ちゃんも爆釣れだ!」
中身がオッサンなのはどうしようもない!
狩人の目が捉えるのは涼風和幸。獲物発見! と思ったら5秒でかわいいお尻が見えた。
「キターッ!!」
全てを捨てて全力移動。デロ液被るがどうでもE! 邪魔な壺すら撥ね飛ばし、茫然としている和幸の前へとスライディング!
「ご本尊イエァアアアア!」
「来る気がしてたよ!」
「まぁ、和幸様ったら♪」
舞う砂埃で周囲からは綺麗に遮断。でも目の前に滑り込んできた元凶、もとい二人の美女の前は空白地帯。ていうか一人増えてる!?
「最高ですわ」
「あんたもかよ!」
開幕全力移動で走ってきたのは麗しのディアドラ(
jb7283)。温和な笑顔で砂浜に伏せ。ちなみにこちらも道中に全裸にされているが自分のことはどうでもいい派。凄まじい絵面だがきっと四足歩行の白饅頭が擬人化したらこんな感じ。
「自分の隠せよ!」
「そんなのどうでもいいし!とりあえず和幸ちゃんを舐めるようにシャッターきりまくって――ああしまったカメラ持ってきてねえわ」
「和幸様のシャッターチャンスとあらば、このディアドラ、怯むわけには参りません!…あっカメラ忘れてしまいましたわっ」
助かった! と思った瞬間、足に何か引っかかって空高く釣り上げられた。
ファラは素早く心のシャッターを切った。
ディアドラは丁寧に心のシャッターを切った。
太陽光のモザイク荒ぶった。
「この時期の人間の御子様は素晴らしいですわねぇ♪」
「助けろよ!?」
「そうだった。和幸ちゃんの貞操()は守らねば!」
「お兄様に申し開きがたちませんからね!」
裸身の美少女と美女に挟まれる彼のピンチはこれからだ!
●
(…海が青くて綺麗だな…)
シュティーア・ランドグリーズ(
jb8435)は、遠い眼差しのまま淡い微笑みと共に大海原に視線を馳せた。
ああどこまでも続く広大な空の青。
――後ろの浜辺から阿鼻叫喚。
太陽の下で輝く大海原。
――吹っ飛んできた水着が隣でぷかぷか。
こんなことになるとは思っていなかった。だから青のビキニにパレオという無防備な姿なのだ。防御用のジャケットがあるとはいえ、足元の波打ち際で行ったり来たりしてるパンツを見るになにかもう色々察するしかない有様で。
(目を背けて逃げたい…)
しかし混沌とした状況は放置出来ない。
(困った人達を見捨てては行けないな… )
シュティーアは静かな覚悟を決めた。
「被害者のフォローは元を断たねば焼け石に水になりそうだね」
見えない敵が相手――探知能力の無い自分は先手をとられるしかない。あるいは自分が持つジャケットという盾が無くなるまでに殲滅できれば、無事にこの戦場を切り抜けれるだろう。
(生き延びて――みせる)
華麗なフラグ立て乙と共に、踏み出すシュティーアの手からジャケットが吹っ飛んだ。
あっ!早くも!?
「…ッ」
慌てて次のジャケットを構え、攻撃が来たと思しき方向に無数の羽根の刃を放つ。何もない空間に突き立つ羽根が、そこに敵がいると教えてくれるが、
「きゃ!?」
横合いから放たれたどろっとした白濁液に処女雪のような肌を穢された。肩紐が溶けて幼顔に相応しからぬ可憐な果実がぽろんっと陽光に弾む。
「っ!」
慌てて腕で隠し、そちらへと攻撃を放った。側面攻撃とは卑怯な――いや、戦いとしては正当か。次の液をジャケットで防ぎ、頬を羞恥に染めながらシュティーアは耐えた。例え幼顔であろうとも、シュティーアは大人の女性。この程度で屈するわけにはいかない!
「い、いかがわしいのは…生態だけにしてもらいたいな…っ」
勘を頼りに次いで放たれた白濁液を避け、渾身の力で羽根を放った刹那、
びちゃっ
「ひ…」
背中に生暖かい液がかかった。ぺろんっと下で何かが溶けて外れる気配。肌を伝った白液が双丘の窪みを伝い、内腿を滑って――
「――!!」
シュティーアは反射的に声にならない叫びをあげた。即座に海に飛び込み体を隠しながら穢れた液を母なる海で流す。ああ! 海が透明度高すぎて庇ってくれない!
熟れた桃のように肌を染めながら、シュティーアは何もない空間に向けて必死に牽制の攻撃を放ち続けるのだった。
「これはあの結界の東に出たという壺…!?」
溶ける水着にアンジェラは息を呑んだ。なんということだ。撃退士スイッチを入れねば(社会的に)生き残れないではないか!
(楓! 私に力を!)
ココロの隅っこで眠りかけていたクールを無理やり引き出し、素早く装着! 半泣きなのは言わないお約束!
「久遠ヶ原の毒りんご姉妹華麗に参上!」
「その意気ですわ! アンジェ!」
光纏したクリスティーナが阻霊符発動させる。もし場所が中央付近だったならとあるハプニングが発動したのだが、広大なせいで範囲にひっかからなかった。
「敵は保護色のようなものですわ。それならば……」
「姉様?」
波打ち際へと走り、規則正しく寄せては返す波の様子に目を凝らす。
「波が乱れた所に、敵がいるハズですわ!」
「流石です、姉様!」
駆け寄るアンジェラの前で、クリスティーナはカッと目を見開く。誰もいないのに乱れた波、そう、あそこに!
「そこですわ!スターダスト・イリュージョン!!」
幻想的に輝く流星群が一直線に放たれた。何かにぶつかり、突き抜け、どさどさと音がする。
「さすが私。コメディーすらシリアスにする美しさですわね」
ふ、と髪をかきあげ凛と立つクリスティーナに、アンジェラは顔を輝かせる。
(私も、負けてはいられない…!)
「アンジェ! 後ろですわ!」
声にアンジェラは鋭く振り返った。
己の死後にこんな不甲斐ない姿を晒されるなど、彼も望んではいないだろう。ぐ、と唇をかみしめ、アンジェラは力を解き放とうとして――魔具持って来忘れた☆
(しま……っ)
すぱーんっ!
一瞬で吹っ飛んだタンキニの上から、ばいーんとたわわな御物がフリーダム☆パラダイス!
「き…きゃああ!?」
クールの仮面がぐらぐらしてる最中だったのが災いした。白い肌を朱に染めて思わず胸を抱きしゃがみこむ。
「アンジェ!?」
驚いたクリスティーナが慌てて駆けつけようと振り返った瞬間、
ぶぺぇっ
嫌な音とともに白濁した液が斜めから降り注いだ。
「くっ…私の剣閃、魅せてさしあげますわ!」
方向を見定め、放った神速の閃刃が何もない空間を切り裂いた。
「羞恥をもって行動を阻むなんて、卑劣ですわ…!」
溶けて斜めに大穴の開いた水着の前を隠し、クリスティーナは妹へとタオルを渡す。
「行きますわよアンジェ! このような敵に後れを取るわけには参りません!」
姉の力強い声に背を押されるように、胸をタオルで隠しつつアンジェラはしっかりと頷いた。
波打ち際で戦う姉妹の遥か向こう――
「…世の中には、色んな敵が…」
ネイ・イスファル(
jb6321)は茫然と呟いていた。無防備な水着姿の己に絶望しか感じない。
(何故、私は魔装纏って来なかったのでしょう)
思った瞬間、魔装吹っ飛ばされる人を見た。次いで水着も吹っ飛ばされる人を見た。
「……きっと持って着ても一緒だった」
世界の真理が酷過ぎる。
「大丈夫だまだがんばれる」
その隣に立つ霧島イザヤ(
jb5262)の体はカタカタと震えていた。可哀そうなぐらい真っ青だ。気力必死に奮い立たせようにも仲間は次々ひんむかれ。ままよとばかりに助けに走ったが、特攻しようにも敵が見えない! 詰んだ!!
「ほぶ!?」
見えない敵にぶつかって、イザヤ、ワンツーフィッシュで釣り上げられた。
「ぎゃー!?」
慌てたネイが予測で一閃。ボトッと落ちる前に白濁液被ってイザヤの表情がゴッソリ削れた。
「大丈夫ですか!?」
声にイザヤ、震えながら刃を構える。
「だいじょうぶだまだがんばれる」
すでに目が死んでいる。
このままではココロから崩壊すると見てとり、ネイは見えない敵を見ようと目を凝らす。と、何もいないのに動く砂を見てハッとなった。
「成程。砂ですか!」
見定め、振るった刃の下、確かな手ごたえと共に敵が倒れる気配がした。
「いけます! これなら敵の殲滅も」
びゅびゅっ
「……」
会心の笑みのまま、ネイ、白濁液に全身くまなく彩られ。じわじわ溶ける水着がOH! SEXY!
「ええですなぁ」
表情が消えたその真下で見知った声がした。下を見る。砂から顔だけ出したシルヴィアがゲヘヘ笑い。
踏んでみた。
「yes! ご褒美!」
しかも見られた。
「人様に迷惑かけんなっつっただろ!?」
そこに駆けつけたラウールがスライディング! シルヴィア、透過で悠々離脱!
「ちぃッ!」
阻霊符使えよ。
しかしこの戦場、立ち止まっていればあっという間に男女問わずTEISOUが危機になる!
「チクショウ!来るなよ!?来るなよ!?」
素早くネイと背中合わせになり、ラウールは誰もいないが波打つ砂上へと向かって炸裂陣を叩き込んだ。
びゅるっ
「誰得だーっ!?」
反撃のデロ液被ってラウール絶叫。すまんね!私得だよ!
先にデロ液被っていたネイの精神も既に限界近い。白液に侵された若々しい体を震わせながら必死に剣を振るうも、見えない敵の一撃で最後の砦を吹っ飛ばされた瞬間、プチンと何かが切れてしまった。
「キットコレハユメナンダ。ハハハ」
コレあかんやつや(^ω^)
(これきっと幻だからほら裸の王様の逆verなんだ)
ネイの隣、すでに濡れた体に砂を纏ったイザヤが大自然のモザイク万歳。その目の前で必死な顔のラウールがスパーンッと祈念で水着吹っ飛ばされた。
「くそっ…ハッ!?こうやりゃ隠せるんじゃね!?」
びしょ濡れの体で砂上ごろごろ。大自然のモザイク纏って不敵な笑み。
「これでもう怖くないぜ!」
ずばーん!
ネイの春一番が発動した!
イザヤの砂が吹き飛んだ!
ラウールの砂が吹き飛んだ!
「ネイーッ!」
「フフフフフきっとこの戦場を経たらモウナニモコワクナイ」
「戻ってこいー!」
目がぐるぐるしているネイをスパーンスパーンと叩きつつ、ラウール達の攻防は続いていく。
そんな色々と学生達だけが大変な砂浜を見て、恒河沙 那由汰(
jb6459)は死んだ魚の目で呟いた。
「…帰っていいか?」
そうはさせじと壺達がザワメク。姿見えないがなんとなく分かる。しかしこちらも負けてない。デロ程度で騒ぐほど初心でも無いが面倒臭い――そう、つまり、関わらない、が彼のジャスティス。
ゆらりと揺らいだ景色の中、那由汰の姿が掻き消えた。蜃気楼の技である。寸前に放たれた祈念に水着が吹っ飛んだがこれっぽっちも気にしない。
「あ?別に見られて恥ずかしがる程粗末なモンつけてねぇよ」
\漢前/
初心じゃあるまいし、この程度で一々驚いてどうすると言わんばかりの表情。このまま乱痴気騒ぎが終わるまで隠れておくか、と思った所でやる気無く見ていた瞳が知り合いを見つけた。
(あれは――)
見つけた以上、放っておくことも出来まい。
ゆっくりとそちらに歩き出す那由汰の後方、静かに鬼気っぽい何かを纏う少女がいた。
(折角の海水浴…激おこ…)
ベアトリーチェ・ヴォルピ(
jb9382)の黒髪がざわりと波打つ。大人の女性が纏うビキニに少しの憧れを抱きつつ、おにゅーの可愛いタンキニで夏の種子島を満喫しようと思ったらこの状況。感情の発露が希薄に見えるが、実はけっこう怒っている。
「早くギッタギタにして…遊びに戻るのが…ジャスティス…」
ゆらぁ、と幽鬼の如く砂を踏んだ。軽く挙げた手が無言で召喚したフェンリルの毛並を撫でる。
「警戒…標的…」
ぐ、と攻撃態勢に入るフェンリルに、ベアトリーチェは据わった目のまま告げる。
「気配…ゴー…」
放たれた一陣の風の如く突撃し、見えざる何かを切り裂いて戻った毛皮をもふもふ。
「…いいこ…終わったら…いっぱい…遊ぶ…ガンバルゾー…」
気のない声にひやりとするものを滲ませて、ベアトリーチェは敵を殲滅させるべく砂浜へと出陣した。
「残党狩りだと油断したつもりはなかったがこれは…っ!」
呼びだしたスレイプニルの陰に隠れながら、戸蔵 悠市(
jb5251)は顔を青ざめさせた。すでにデロ液の洗礼を受けた体は一糸まとわぬ輝かしい裸体。乳白色の肌の上で白濁液が汗と混じり、つーっと肌を滑っていく。
「このまま成す術もなく、など歓迎できん…っ」
せめて見えれば薙ぎ払うこともできるだろう。だが敵もさる者、全く見えない。
(アイアンスラッシャーを――)
周囲に放って安全を、と思った所で後ろからそろそろ近づいた壺にカッポンされた。ちなみに透明迷彩な壺内に取り込まれると、外からは姿が見えなかったりする。
「〜〜〜〜!!??!」
内部に満ちたデロ液と毛細触手が取り込んだ獲物を万遍なく覆い尽くす!
ぱこーん!
一分後、誰かの攻撃で粉砕された壺から出てきたのは、くったりとした幼い小柄なガーリー美少女。内部で変身も喰らったもよう。
「…っ…は、こんな、こと、で…」
そよ風にもビクンビクンッ。熱い砂地にもがく様に体を起こし、ふと自分の体が小さくなっていることに気付いた。そう、これは、敵の固有能力、HEN☆SIN!
―解説しよう!―
HEN☆SINとは、獲物の抵抗力を奪う為、デラ壺が行う究極SAN値掘削技。壺内に取り込んだ獲物を変化させたり、己(壺)を見ようとする獲物のトラウマ姿に化けたりする技である!
―解説終わり!―
自分の手を見た。腕。胸元―― こ れ は ――
克明なイメージ力によって変えられた姿は、悠市の母である。
「――!」
声にならない声をあげ、悠市、神妙な顔のストレイシオンにクライムして脱兎した。
「‥‥敵‥‥面白い‥‥」
水上歩行で海面へ足をつけ、浮き輪を手に忍はゆらりと歩き出した。海上にはいないのか、様子見に浜辺に歩く道すがら、こちらに絡む壺はいない。
「‥‥透明‥‥」
全く見えない事実を確認した。そのせいで、何もない浜辺で裸の学生達が踊っているようにも見える。その誰もいない浜辺に奇妙な波紋が出た瞬間、忍は具現化した銃でそこに「ある」と思しきものを撃ち抜いた。
確かな手応え。大きく沈む砂。ああ、確かに、そこに「いる」。
「敵が居る‥‥ちょうどいい‥‥」
この奇妙な感覚を、ムシャクシャした気持ちを、ぶつけるのに何ていい対象か。喜びに薄く口元に笑みが刻まれる。
「‥‥全部‥‥葬る‥‥」
青空の下、自動式拳銃が鮮やかに煌めいた。
愛する唯一人を見送り、最期の地にて喪に服していたヘルマン・S・ウォルター(
jb5517)は、無言で黄昏色の鎌を具現化させた。
「仕方ありませんな…」
孫世代に請われて来た浜辺。亡き人も見たであろう大海原に思いを馳せる暇も無い。
――護りましょう。貴方が還るこの世界を。
例え今この胸に虚無と慟哭が満ちていようとも。
一閃。
その軌跡の先で、見えざる何かが倒れ伏す。
ここに『彼』はいない。けれど、その生きた軌跡はここに在る。ならば此処は彼の墓標だ。その安寧を乱す者ならば、いずれのものであろうとも敵でしかない。
「例え誰であろうとも、あの方の眠りを妨げるようなれば容赦なく」
勘を頼りに容赦なく振るわれる死神の鎌。強敵を悟り壺達が一斉に老紳士を囲んだ。
「それで私を止められますかな?」
すごいぞ――この一角だけシリアスだ!
デロ液が放たれた!
祈念がゴキゲンな像柄水着を吹っ飛ばした!
「…甘いですな」
老齢とは思えぬ若々しいハリの裸身(白濁液塗れ)をさらし、ヘルマン、雄々しい程に仁王立ち!
「私のエレファントは未だ健在ですぞ!」
\パォーン!/
種子島のマンモス(意味深)が顕現した。
●
沖。その海上から騒動を見据える男女がいた。
「遠泳している場合では無いな」
プロテイン総本山が宗主、大炊御門 菫(
ja0436)はキリッと表情を引き締めてのたまった。
強制連行、もとい巡礼につき合わされていた久遠 仁刀(
ja2464)はすでに表情が消えている。気を取り直して泳ぎに打ち込もうと思った途端にこの騒動。今まさに悟りを開けそうな気配。
素早く浜辺へと泳ぎ急ぐが、急ぎ過ぎて何故か平泳ぎだったのはここだけの話!
「武具はなし、しかも敵の姿を捉えられないとは」
足がつくエリアまで来て即態勢を整え、仁刀は髪をかきあげる。同じくざばざばと歩く菫はキッと振り返った。
「ふ。甘いぞ、信徒A」
いえまだ信徒では、ア、ハイ。
「魔具魔装常時展開できるよう、持ち続けるのがプロテイン教の教えだ!」
即時活性!
スパーン!
零コンマでパージ!
「馬鹿な」
ひらがな名前も眩しいスクール水着な菫、真顔のままハッとなって腰に手をあてた。
「プロテインは無事だ」
「心配、そこか!?」
咄嗟にヘアピン型ヒヒイロカネをキャッチした仁刀が危うくリリースしかけ。受け取り、菫は水着姿でビシィッと槍を具現化した。
「行くぞ!」
躊躇なく戦いに身を躍らせる宗主を見送って、仁刀は森羅万象を感じる賢者の顔。
「……これは、あれだな。心の眼で見る、がお約束か」
そっと目を閉じ――フラグ1――
余計なものを意識から締め出し――フラグ2――
「目で見えるものに惑わされず、精神を研ぎ澄まし敵の気配を感じれば」
仁刀は意識を集中させた。一瞬で自身を覆う何かが取り払われた気がした。
(よし、戦場の空気全てを肌で感じ取れてきた気が…!)
これが、これこそが世界と一体になる感覚か! そよ風すらもまざまざと感じられる。特に下半身で顕著だ!
「……!」
全裸ったー。
「……。…。………。…………」
びゅるっ、とおまけとばかりに白濁液を体にかけられる。
仁刀は無言で拳を握った。月白のオーラが拳に宿った。何も言わず、何も思わず、据わった目で味方のいない空間に向かい裂帛の気迫で白虹を放つ。
白液滴らせた鋼の裸身に、見えざる壺達が群がったのは秘密である。
宇田川 千鶴(
ja1613)は思った。あの悪魔はいつか本気でどつかなあかん、と。
透明だろうが誰作か分かる。溶ける白濁液と吹っ飛ぶ衣服でQ.E.D.。心に沸き上がる言葉はただ一つ。
ま た あ れ か
「なんですかあの対蔵倫決戦兵器は」
隣の石田 神楽(
ja4485)はいつもの如くにこにこにここ。暑さ以外の理由で汗が浮いたりなんかしてません。ええ。壁を探してなんかいませんよにこにこ。
素早くサーチした目が土手の上で呆然と立つ少年の姿を捕らえた。
<●●●><●●●> カッ!
眼球増えてる。
「奇遇ですね。ソールさん」
「!?」
「丁度良い所におった。…手伝えや」
瞬間移動したのかと思うぐらい素早く横をとられ、据わった笑顔で肩を掴まれ。白黒コンビに唖然としたソール・ブラークの首を後ろから伸びた手がガシッと抱えた。
「ソールじゃねーか。こんなトコで何やってんだ?」
小田切ルビィ(
ja0841)である。なんというソール包囲網。開幕五秒で撤退ならず。
「どういう状況だ?」
不審そうなソールの目は浜辺を見やる。その視線が透明な相手を捕らえているのを察して三人はしっかと頷いた。
「レーダー確保です」
「何だか知ら無ェが、ちょいと付き合って貰うぜ…!」
「待て。君達の戦場に介入する気は――」
言いかけた途端、
「天使だったらあれを何とかできるだろう!?」
ストレイシオンに乗って走りこんできた見知らぬ少女(全裸)に涙混じりの上目使いで服引っ張られ、
「これを放置しては量産され対天使用に転じるかもしれん…協力してくれないか」
近くにいたらしいファーフナーに、震え声で要請された。
その後ろ側からはほてほてとレギが優雅に半裸で歩いてきている。おや、すでに脱皮しかかってなかろうか?
「面妖な戦場だな…」
ため息一つ。ソールは仕方なく浜辺へと歩き出し――
ぽつり。
「何か一斉射撃みたいに構えられてるんだが」
『え。』
不吉な声と同時、視界一面に白濁液の波が出現した。
その僅か五秒前。別地でソールを見つけたレイは無防備な天使に愕然となっていた。
(駄目だこれ大変なことになるフラグにしか見えない!)
君自身が非常に大変なことになってるがそれはいいのか!?
そんなレイの隣には、慌ててパーカーを渡すファリス・メイヤー(
ja8033)の姿が。こちらも即座に気付き、顔を手で覆った。
(やっとお会いできたと思ったらなんでこの状況なんでしょう!?)
色々タイミング間違えすぎた。むしろ戦場が間違っている!
「とりあえず、速やかに離脱していただきましょう!」
駆けだす二人の前、何も無い空間からソール達に向かって大量の白濁液が放出された。
あ。これアカンやつや(^ω^)
げっ、と声をあげるルビィ。硬直するファーフナー。不動の微笑みたるレギ。悟りを開いた顔の見知らぬ少女(悠市)。慌てる千鶴。ソールをひょいと前に配置する神楽。
「おい」
ソールが全身に液を被った。
ルビィが前面に液を被った。
ファーフナーが右側に液を被った。
レギが顔面に液を被った。
少女(悠市)は最初から被っていた。
千鶴が反射的に畳返――「っ効くわけないな!知ってた!」――上着に液を被った。
神楽が背面に液を被って表情消えた。
大参事。
「なんでこの状況下でいるのかな!?」
直後に走りこんできたレイが全裸になりかけたソールをズボッとセーラー服IN。なんという違和感ゼロ。というか何故持っていたし。
「手遅れになる前に離脱してほしかった」
「君が既に手遅れのようなのだが」
「元からだから!」
ゼンラーのレイ、言い切った!
背にソールを庇うレイの隣、手早く神楽達に余分の服を渡していたファリスが最後に魔具を具現化させる。
「今街中に行って戦場拡大しても難です。見えるなら指示お願いします!」
「君は――」
ソールは目を瞠る。凛とした美貌に走る獣傷を見間違えるはずがない。己が右目を奪った少女は、真顔でソールに言い放った。
「……意外と筋肉ついてましたね?」
「君、目ざといって言われないか?」
位置的に見れたのがファリスだけだったという結末。
「連中の位置を測定してくれ!」
これ程沢山の仲間に囲まれているソールを空中に持っていくわけにいかず、力を溜めながらルビィが告げた。嘆息をついてソールが告げる。
「私から四メートル先に円形状全周一体、右斜め八メートル先一体、その左隣一体、3メートル離れて左一体…」
ファリス達が一斉に攻撃を放ち始める。纏まった箇所を示され、封砲を放つ為、ルビィは魔具を具現化した!
「派手にいくぜ!」
きゃるーん☆
マジカルステッキが顕現した!
「…ゲッ!俺とした事が!魔具はコレしか持って来て無かったとか…ッ!!」
「……おまえも魔法少女隊か」
呟くソールの後ろでレイがしれっと仲間を見る眼差し。いあ違うっけどこれしか無いし!
「こっちで薙ぎ払ったる!」
千鶴が魔具を具現化させた!
ひゃっはー☆
「…なんで火炎放射器しかないねん!」
orzった千鶴にルビィが仲間を見る眼差し。
「あ」
その刹那、白濁液が千鶴の上に降り注いだ!
ぷち。
「あー!あー!もう全部吹っ飛べや!」
「はいはい隠してくださいね。あ、見たら撃ち抜きます」
借りてたパーカーでぽろる胸を隠す神楽の前、羞恥MAXな千鶴がドッカンドッカン範囲攻撃まき散らす。
「どうせあいつやろ!どこやゲイル!!まじ殴ったるー!!」
「おいおい…あんま自棄になるなよ」
神楽に抑えられながら吠える千鶴の前、再度のデロを代わりに受けて庇い立ち、那由汰は嘆息をついた。
全裸である。
紛うこと無き全裸である。これっぽっちも隠してないが。
「つーか、纏まってっから狙われるんじゃねぇか…?」
レーダーがあるのと無いのでは殲滅速度が違うが、狙われ度も半端無い。泰然としているのはルビィとレギぐらいだろう。
「ま。経験豊富()なんでな」
ルビィの経験(意味深)はおそらく学園トップレベル。
「宇治抹茶のかき氷になった気分、だよ」
いや、むしろココアのホワイトソースかけ。
「ちょっと美味しそう、だ」
壺達がざわざわり。食べてもいいの? いいのよね?
「肌に影響はないが服は溶ける、と…何をどうすればそうなるん、だろう」
絶えぬ微笑みを浮かべ、「ね?」とレギは隣を見る。
なんだか死にそうな顔色のファーフナーがいた。
じわじわと右側から溶けていくサマーニットと水着。肩口が消え脇部分が消え、中央丸禁帯まであと少し! あと少し!!
「ニア君…死相が、出てる…よ」
心配げなレギの声を聞いた直後、ファーフナーのナイトアンセムが発動した!
\暗転ドーム/
これで衆人環視下でじわじわ仮面を剥かれるような責苦ともオサラバだ!
――と思ったらフンワァ〜と別のものが漂ってきた。壺達一斉に<秘言霧>発動である。
咄嗟に闇に逃げ込んだ悠市がこれを吸い込んだ!
「アラサーの息子に似合いそうだからとフェミニン系やマニッシュ系の服を着せようとするのは止めて下さい母さん…!」
帰省毎に繰り広げられる悲喜劇がここに。
空気中に散布されたそれから逃れるはずもなく、咄嗟に口を塞いで防御したファリスの横でレイがソールに逃げてと叫びかけて内容変わった。
「うわ可愛いって思った子が今まで全員女装男子ってどうなの!?うちの妹分どんどん腐り具合が加速するし!」
大変だな、と言いかけたソールが見事に空気感染。
「シスに<―只今音声が乱れております―>のは一生の不覚だ」
なにやら妨害霊波が発生したが、那由汰も自然に巻き込まれ!
「あ? 初体験はじゅ<―只今受信機能が壊れております―>だ」
すごい黒歴史が暴露された気がするがこちらは妨害電波が超防御。無論、一緒にいた千鶴と神楽が巻き込まれないはずがない!
「そういえば前にもほぼ脱げた状態で海辺を走りまわ…」
「…千鶴さんの好意に気付かず延々スルーしてましたとも」
「うん。皆、いろいろある、みたいだ…ね」
ダッシュで海に走る人々を見つつ、レギの隣でファーフナーは悟った!
この流れは危険だ!
だが離脱よりも早く吸い込んだ!
「高校時代、気合いを入れて臨んだプロムで振られた」
即座にダッシュ! 海にスマッシュ! おお! 舌を噛み切りたい衝動とはこのことか!
「ニア君…君…いや、青春とは得てして苦い物だと思う、よ。うん」
レギのやさしいほほえみが辛い!
「しかし…過去を本人の口に語らせる、とは…中々に恐ろしい技、だな」
どうやらあちこちで発動しているらしい内容に憐憫の目。
その目がある一角を見て驚愕に見開かれた。微笑みが顔から消える。
顔が真っ黒な女性らしきものが見えた。
獲物を追いつめるべく発動された変身能力だ。ファーフナーの目には前衛的な三角と死角が組み合わさった得体の知れない生き物がいるように見えたのだが、これはファーフナーの絵心が非常に残念なレベルのせいである。なんという回避技。
だが、まともな絵心と想像力のあるレギには恐怖の対象にしか見えなかった。
「おい…」
「これは少し…洒落にならない、な」
幼少期「ないもの」として扱われた――曖昧な姿なのに、その時の思いが一気に蘇る。ならばあれは自分のイメージだ。衣食住に不自由はなくとも、生きていても死んでいても同じような扱いというのは――
「…大丈夫か?」
無意識に後ずさり、よろけた体をファーフナーが支えた。
「っ…いや、大丈夫…だよ」
ややも無理しているとわかる弱い苦笑に、ファーフナーは遠慮がちにその肩を抱く。
攻撃を放ち、撃破しながら思った。
幼少時に閉ざされた彼の心は、いつか癒えるだろうか――と。
●
真面目な戦場が乱発する中、戦場の混乱は加速する。
(見えないのが厄介っすね…もういっそ、そこら一帯焼いちまうっすか)
ちゃきーん☆と火炎放射器を構えた平賀 クロム(
jb6178)。可愛い顔して意外と過激だ。
(砂の凹みとかの手掛かりを探しながら予測攻撃っすかね……)
嗚呼!なんということだろう。即座にヒャッハーしない良識が、知らず彼を窮地に陥れる!
じー。
ぶびゅっ
顔面にぶっかけられました。
「ああ、やっぱりそうくるっすか!」
キッと眦険しくするクロム。おお、なんというけしからん状況か! どことなくワンコ系やんちゃ美少年の顔面デロである。無論飛沫かかった水着がじわじわ穴を開け健康的な肌がエロティカル☆トロピカル!
「っ」
焦燥と羞恥で僅かに目元を震わせつつ、クロム、負けるものかと踏ん張った!YES!内股!!NO!蔵倫!
「…この程度で怯んでられないっすよ!」
なにせデロ壺相手である。見えないSYOKUSYUがいつ襲いかかってくるか分からない現状、パージや白濁液如きで怯んでいられるわけがない!
「かかってくるっすよ!」
\ならばこれを受けてみよ!/
「!?」
デラ壺渾身のHEN☆SIN!
形がはっきりしない人型ものが具現化しました。
「ひ…」
ゆらりと人型が揺れる。一人。二人。揺れた影が分裂して幾重にも重なる人影のよう。目も鼻もぼんやりしているのに、何故かその眼差しだけは分かった。
存在を認めず、排除しようとする――その、犯罪者を見るような猜疑と拒絶の視線。それは自分と母を排斥した人々の眼差しだ。
「!!」
クロムは硬直した。眼差しが蛇に射すくめられた蛙のように体を射竦める。ゆるゆると手が伸び、あわや捕らえられる寸前、人々の影が切り裂かれた。
「ご無事ですかな、クロム殿!」
「ヘル…爺…さ…っ」
思わずしがみつきガタガタ震える孫世代クロムをしっかと片腕に抱き、孫命のヘルマンはカッと隻眼を見開いた。
「私の目の青い限り、うちの孫世代に手出しはさせませんぞ!」
\パオーン!/
「おじいちゃん…!」
荒ぶるマンモス(意味深)。迎え撃つ壺。しかし怖いのか秘言霧を吐きだした!
しっかり吸い込むヘルマン。よしこれで相手は海に逃げるはず! 壺達が一斉に握り触手!
次の瞬間、封砲で纏めて薙ぎ払われた。
大事な孫世代を抱っこして、おじいちゃん、堂々仁王立ち!
「――我が悪魔生に、恥など一切、非ず!!」
マイ・サンも大事にしてあげて!
「これが種子島の敵…」
煌めく肌色(男女問わず)の光景に、沖から泳ぎ帰ったばかりの陽波 透次(
ja0280)は呻くようによろめいた。女子免疫値一の身で百の攻撃値を受けねばならぬ状況。なんという透次キラーな戦場か!
「く…これは、まさかの事態に備えなくては」
水上歩行で素早く水面の上に立った透次、即座に阻霊符を展開した!
すぽーん!
ファラが砂地から飛び出した!
シルヴィアが砂地から飛び出した!
「チィッ」
「なんで透過してた…!?」
まさかの事態に透次、愕然。察知した兄貴分のレイが地面に沈没。
「やると思ってたけど…!」
ソールから「おまえも大変なんだな」という目を向けられ、ファリスに肩ポンされて涙目だ。
ちなみに一同、波打ち際なうである。
「ん…敵が見える人…発見…」
ふと聞こえた声に振り返ると、タンキニの上を吹き飛ばされ、白い肌をふんわり桃色に染めたベアトリーチェがそこにいた。ケセランをぎゅっと抱きしめてカバーしているが、無防備な脇と背にうっすら羞恥と汗が浮いている。ファリスが自身のパーカーを羽織らせてくれたが、ケセランは手放せない。
「遊びのため…猫の手も借りる…これが…孫子の兵法…」
生気の無いように見えるベアトリーチェの瞳がキラリ。ソールのセーラー服姿は、ベアトリーチェ、気にしない。
「手伝ってくれたら…もふもふ…させてあげるから…ガンバルゾー?」
「あ、ああ…ガンバルゾー?」
かくり、と首を傾げるベアトリーチェに、つられたのかソールもかくりと首を傾げて鸚鵡返し。そっとレイとファリスが心のアルバムに念写なう。濃いメンバーに囲まれる日々の彼にとって、未知の存在だったようだ。
「む、お前は…」
ふと、ゾンッと不可思議な音と共に空気(と、隠れていた敵)を切り裂いた菫がソールの前に現れた。恐るべきことに未だ水着が無事だ。
「高知の次はここか?九州に近い僻地だというのに、彼が居なくなっても何も変わらんな」
「勘違いしないでくれたまえ。この地の獲得に興味は無い」
恰好のせいで女子高生にしか見えないソールに、きっと彼の趣味なのだろうと菫は沈黙を守ってやった。
「なら、何故――」
かわりに訝しげに問いかけた瞬間、意識の隙をついて白濁液が右肩にヒットした!
はらり。
「あ、くっ!!」
剥がれ落ちかけたそれを危うく防ぎ、怒りの一撃を放ちってから菫はくるぅりとソールを見る。
「…見たか?」
「上半分は」
すなお。
「見たとおり手が離せない。お前が操っていないなら手伝ってもらえるとありがたいんだが?」
「君達は戦場制圧に貪欲だな」
呆れたように呟き、ソールは嘆息をつく。「エルといい勝負だ」という呟きを背後に、菫はパーカーをきっちり着直したベアトリーチェのフェンリルと共に構えた。
「殲滅するぞ!」
敵影ソナー(ソール)搭載された一群の手前、透次もまた海に避難してきた仲間を護る為に攻撃を放つ。
「ストレイシオン、奇妙な液体は任せたよ!」
神妙な顔の竜の影から飛び出し、透次は技を解き放った。
即座に中空に具現するのは光の円陣。内側から瞬時に具現する光の柱が円陣内の見えない敵に降り注ぐ!
「捕らえたかな…!?」
「範囲内のは一掃したな。個体数を増やすなら、右七メートル、前方十メートルの位置に放つのが最上だ」
「……成程」
ソールの声に透次は駆ける。だが無論、強敵に壺達が自衛に走らないわけがない!
「え」
透次は目を瞠った。
突如何もない空間に全裸の美少女が現れた!
「ええ!?」
さっきの阻霊符の? いや違う。しかも一人じゃない。大きすぎず小さすぎないバストの美少女達がわらわらと周囲に現れ、迫ってくる!
「何だこれ…助けてストレイシオン!」
\無理っ/
ストレイシオン、神妙な顔で前に立つ! しかし、召喚竜にとっては何もない空間にしか見えず、尻尾で撃退するも数が数なので焼け石に水。
「……ちっ」
同じ敵を見て那由汰は舌打ちをした。無論、彼には美少女など見えない。ただ、彼の目にはそれは――
白き衣(カビ)を纏った稲荷寿司に見えた。
「ひでぇことしやがるぜ…」
「…君達、何が見えてるの…?」
レイがとても神妙な顔。意外と彼は何も見えない派。
「く…なんて恐ろしい精神攻撃だ…」
「怯んでたら押されるぜ!」
攻めあぐねる透次の隣をルビィが駆けた。
「最後の封砲だ、じっくり味わいな!」
ルビィの封砲が一直線に敵を薙ぎ払った!
次の瞬間、ルビィがカッポンされた!
「あ」
突如消えた青年に透次が目を丸くする。実は消えたのではなくステルス最強の透明壺内に囚われたせい。
「まさか、敵に…!?」
察して透次はルビィが向かって行った方向へと光の円陣を放つ!
「!? 捕らえてない!?」
手応えはあったがルビィが吐き出されない。ファリス達も加わり範囲技が華麗な共演を見せるのを横目に、ソールは別方向をじーと目で追った。
(あれじゃないのか?)
ソール。言われてない個体識別まではする気なかったり。
一方、その内部ではルビィが大変けしからん状況になっていた。
「くっ…なんだこのデロ液の内部充填率の高さは!? いや、まてよ、こいつの内部調査はスクープになるな!?」
そんな場合か!?
しかしジャーナリスト魂がキャンプファイヤーしたルビィに怖いものなど何もない!
「こいつ、動く、だと!?」
ざわ、と動いた内部にルビィはぎょっとなった。なにやら弾力のある絨毯みたいな細長い突起がいっぱいだなと思っていたが、微妙に肌に絡むというか、生き物のように蠢いた細い触手が引き締まった肌を※只今映像が乱れております※し、ゆるゆると割れ目を※蔵倫が発動されました※が緩急をつけて※そろそろMS生命がピンチです※――
―<しばらくお花畑をご覧ください>―
「出て来たぞ!」
「無事じゃなさそうだけど元気ですか!?」
一分後、興味深そうに何もない空間を見ていたソールの視線の先を撃破し、ルビィはあっさり救出された。妙に色っぽいその体にタオルを放り、ファリスはソールの示す先にコメットを放った。
「残り何体です!?」
「三十は切っているだろうね」
「‥‥なら、畳み掛ける‥‥」
合流した忍が銃弾を示される方角へと撃ち込んだ。秘言霧で海に避難する者を護りつつ、一同は徐々に纏まって人数を増やしていく。
(あれは…ソールという天使?)
気づき、クリスティーナと共にアンジェラも合流した。豊胸グッズ通販を曝露してしまい、涙で目元が潤んでいる。
「種子島をジャスミン以外の天使も狙いに来たのか?」
「調べものをしていただけで、この地の支配に興味は無い」
あっさりと告げる天使は、淡く清楚な美貌に反して意志の強そうな目をしていた。どこかアニメで見るクール系に似ているようないないような。
「おや。お嬢様もおいででしたか」
「! 爺様か」
「おいきなさいケセラン!」
アンジェラ達が振り返るより早く、ファリスがケセランを派遣()した。非常に神妙な顔のケセランがヘルマン下半身にぺたんと張り付きマンモス封印。ルビィを安全圏に運ぶ一同の背後で、かつて激戦を渡り続けた仲間が再会した。
「若い女性には目に毒でございますな。お早く離脱されますよう」
丁寧に告げるヘルマンにアンジェラは困惑した。あの日の慟哭も今の虚無も、自分だけが持っているのだろうか。そんなはずはない。だって、彼もまた、『彼』のことを――
抱えていたクロムを降ろす老爺に一歩踏み出し、
「あっ」
突如引っ張られて空を舞った。
「アンジェラ!」
クリスティーナの声を最後にどぷんっと何かに放り込まれる。即座に砕ける音がして今度は波間に放られ、咳き込みながら立ち上がった。
「不覚…!」
その瞬間、
「楓!?」
クロムに叫ばれ、楓に変化したアンジェラはギョッとなった。慌てて自分の手を見ると、明らかに男のそれだ。
混乱して咄嗟にヘルマンを見上げ――棒立ちになる。
茫然とした表情のまま立ち尽くす老紳士がいた。その瞳に映っているのは楓だ。後から後から溢れる涙の中で、愕然と相手を見上げている。
(嗚呼)
分かった。今の自分にとって、生きた楓を見てしまう事だけが恐怖だった。だからこの姿はそのためで、だからこそ、ヘルマンもまた滂沱の涙を流しながら立ち尽くしている。
膝をついたのはどちらが先だったか。それとも同時だったのか。感情の糸が切れたように泣くアンジェラ(@楓)を声も無く男泣きに泣くヘルマンが抱き留める。同じ悼みを理解した。全く同じでは無くとも、この喪失感は他の誰よりも互いに理解できる。
恋と愛。
その形は違えども、同じ人を大切に思った者同士だったから。
●
海岸に現れた全ての敵を残らず掃討して忍はまた海へと戻った。すでに大海原にはベアトリーチェが悠々と揺蕩っている。
「アンジェ、私がついてます。大丈夫ですわ」
浜辺の端では、クリスティーナが変身の溶けたアンジェラを腕に抱いて慰めていた。少し離れた場所にいる猫と狸の着ぐるみは千鶴と神楽だろう。吹っ飛んだ水着の代わりだろうが、熱中症が非常に心配だ。
その向こうではレイとラウールに挟まれて、シルヴィアとファラが二人がかりで怒られている。土手側にいるのはファーフナーとレギ。二人とも遠い眼差しで海を見つめていた。
新しい水着で海へと駆け戻るシュティーアを透次とネイが見るともなく見送る中、最後の秘言霧を吸い込んでしまっていたイザヤが、海に入るのを忘れてうっかり口を開いた。
「最初は依頼の為だったんだ!エンターテイメントとしての魔法少女(巻き込まれ)だったんだ
!何故か今肩書きになっているんですけど!?おじいちゃーん!?」
がくがく揺すられたヘルマンはというと、赤い目元を穏やかに笑ませて厳かな声。
「人生、何があるか分からないからこそ楽しいのでございましょう」
「楽しんでない!」
しかし彼の称号は今も生き残った魔法少女である。
「いっそ魔法少年になるといいっすよ」
「それ、解決になってるのか…?」
しれっと言ったクロムの声に、差し入れの稲荷寿司を食べながら那由汰が胡乱な声。
変身が解け、母親の姿から元の自分に戻った悠市が咄嗟に真似してしまった母の仕草に落ち込んでいるのを背後に、ルビィは撮りそこなった壺内部映像に無念そうな顔になり、まぁまぁとディアドラに慰められていた。
「ところで、ソールさんはどうしてここに?」
ファリスの声に、ソールは肩を竦める。
「色々きな臭いからな」
特異点となる地脈。異なる姿を見せた秩父のゲート。今までにない緊張感を世界に与えたそれは、恐らくこれから先のこの世界の在り方に大きな影響を及ぼすだろう。
「しばらく、個体でどうこうできる域を超えた出来事が続くのだろう。だが、個が集まることで成せることもあるはずだ」
揶揄とも予測ともつかない言葉を放ち、「まぁ、この土地で、あんな敵に遭遇するとは思わなかったけれどね」と続けたソールに仁刀はボソリと忠告した。
「こいつらの主は……もっと濃いぞ」
「…会いたくないな」
ルビィにもらったかき氷を食べ終えたソールに、しばらく無言でいた菫はプロテインを渡しながら告げる。
「侵略者の思惑に振り回される、そんな我々のままだと思うな。例え今はまだ全てを覆せずとも…変えてみせる」
受け取り、ソールは口の端に笑みを刻む。
「期待しておこう」
本音と思しきその言葉の意味を菫達は知らない。
その未来に待ち受ける未来を知らぬまま、陽光に照らされた砂浜は、今はただ穏やかに波を受け入れていた。