ここはどこだろうか?
広大なパークの中、マキナ・ベルヴェルク(
ja0067)はポツリと立ち往生していた。
迷子である。
「ベルヴェルクさん? どしたん?」
そんな状態だったから、宇田川 千鶴(
ja1613)に声をかけられた時には心から安堵した。
「あなた方も、ですか」
「どうやら同じ依頼みたいですね」
頷くのは石田 神楽(
ja4485)だ。明らかに迷子の体であるマキナへ「広いですからね」とにこにこフォローする。
「あれ、君は…」
「お久しぶりやね」
その傍らで、合流したレイ・フェリウス(
jb3036)と千鶴が挨拶を交わした。とある依頼でタッグを組んだ、ある悪魔殴り隊の同志である。
「また奇妙な状況になってるみたいだね」
「ほんまにな」
苦笑する二人に、神楽はにこにこと笑む。
「私思うんですよ。もうテーマパークに天魔専用受付とか作りません?」
「それな」
頷きつつ、千鶴は件の二人組を眉間に指を当てる。
(なんかすごいデジャヴが…)
誰かいたなぁ。迷子みたいな顔で突っ立ってた某銀髪使徒とか。しかし、
「なんで少女が天使と…?仲間か、捕虜…は騎士団はないよな…」
「騎士団の方が少女を捕虜には…ないですね、流石に」
千鶴とマキナが異口同音。
「……ずいぶんと顔色が悪いですね」
テレスコープアイで確認した神楽が眉を顰める。
「他班にも連絡しておくね」
目標発見の報を発するレイに頷きつつ、三人は二人組の様子をうかがう。と、相手の様子に気づいたらしいシスが慌て、二言三言会話して自販機へと走るのが見えた。
「なんだろう…ものすごい殺気を感じるような…?」
置いてきぼりくらった少女から漂う不穏な気配に、レイがポツリ。
「とにかく、今がチャンスやね」
頷き、千鶴達は少女の保護へと動き出した。
●
時は少し遡る。
神楽達が合流する前、とある場所で準備に勤しむ青年がいた。小田切ルビィ(
ja0841)である。
「白地にピンストライプ柄のビスチェとガウチョパンツ。足元はレースアップサンダルで、センシュアルに仕上げてみたが――どうだ?」
ちなみに仕上げられたのは自分自身だ。
鏡がわりのガラスの中の美女、ルビィの問いににっこり。よしオッケー!
密かに某二人組を尾行しつつ、ルビィはカメラマンの観察眼を発揮する。
「顔がよく見えないが…あの目元、どっかで見た覚えが…。確か、バルシークの従士ソールに似ているような?――はっ!」
閃いた。
「もしかしたら双子の姉か妹…!?」
斜め上の発想。
いや、逆に正当か。
「よっしゃ!此処は思い切って対象に接触してみるか」
丁度シスが離れたのを見てとって、とても美しいオネエ――もといルビィ、いやさルビ子は颯爽と長い足を動かして少女の元へと歩いていった。
その頃、招集された今一人もまた、フードパークから直行していた。
(このタイミングで、何の目的で、此処へ…?)
遊園地に迷子ったマフィアにしか見えない男――ファーフナー(
jb7826)である。
(天使は2名…偵察か?)
故ゴライアスの双従士が、何故。サーバントを潜ませている可能性に索敵を使用しつつ、ファーフナーは見つけた目標に眉を顰めた。
(報告通りだが…何故、女を連れている…? 緊急時に人質にするつもりか?)
いや、むしろ変装した天使なのかもしれない。
(連中の会話を聞ければ、目的も分かるかもしれんな)
しかし、鋭敏聴覚で会話をと思った所でシスが慌て、何処かへと離れた。肩すかしを食らったような気分だが、同時にこれは少女と接触するチャンスでもある。
問題は、相手が天使だった場合、撃退士として近づくことで警戒される可能性だ。
(そうだな…あれは都合がよさそうだ)
ファーフナーはとある方角で愛嬌を振りまく着ぐるみに目をつける。
仕事を選ばない男ファーフナー、パセランになるべく、ゆっくりと巨大もふもふへと向かっていった。
●
シス、殺す。
その一念で倒れまいと踏ん張っていたソールに真っ先に声をかけたのはルビィだった。
「――お嬢さん。顔色がお悪いけれど、大丈夫?」
遠く聞こえる声に、けれど顔を上げる余裕も無い。気遣って差し伸べられる手をソールはわずかに退いて避けようとする。生来の警戒心の強さの為だったが、これが逆に災いした。
「っと」
一瞬遠のいた意識に倒れそうになり、抱き留められたのだ。
「――!?」
ルビィ、気づいた。
(コイツ…男!?)
いやに華奢だが掴んだ肩で分かる。そう、一時的に跳ね上がったオネエの勘で!
(という事は――ソールの姉妹じゃなく、ソール本人!?)
「まさか…バルシークの従士がHENTAIだと…!?」
鏡見ろ。
「どしたん!? 大丈夫なん?」
倒れかけた少女を見て千鶴達が駆けつけ――
間。
ルビィと他一同が見つめ合う。固まる三人の隣に、豪傑が。
「綺麗だね」
レイ、普通に褒めた。
「ありがとよ」
ルビィ、普通に応えた。
よし。とりあえずそっとしておこう。他三人がコックリ。
「ひとまず休める所に移してあげようか」
レイの声にルビィは頷きかけ――いつのまにかレイの隣で佇むパセランの姿にビクッとなった。
見つめる五人に、パセラン、コックリ。
ああ、うん。たぶん関係者だ。間違いない。揃って五人とも頷いた。無論、inファーフナーである。
ジェスチャーで抱える動作をするパセランファーフナー、もといパセフナーに従ってルビィが少女を抱える。
「顔色悪いけれど大丈夫…? というか…どっかで見たような…?」
「さっき、バルシークさんの従士と言いましたか?」
千鶴の横で耳聡い神楽がルビィに確認をとる。この時、一緒に見ていたレイが儚い美少女の姿にドキィンとなっていたのを誰も気づかなかった。
「でもソールは男性やしな…?」
とてもじゃないが男とは思えない姿に、千鶴もマキナも首を傾げた。が、神楽は再度視線を向けて――
「はっはっは」
とてもいい笑顔。
なんか相手のこめかみに青筋が。
とりあえず気分が悪いならと背中を撫でて気づいた。
「ブラ…凄い締め付けてない? うーん…ああ、男性陣後ろ向いて」
「はいはい」
素直にレイたちと一緒に後ろを向くも、神楽の笑みは変わらない。
(何やってるんでしょうねこの人は)
千鶴に介抱してもらう少年に何か思わないと言えば嘘になるが、まぁ具合悪そうですから今一瞬だけなら勘弁してあげましょうか一瞬ですよ一瞬にこにこ。
「あ、ほんまにソール本人なんや」
よし。引き剥がそう。
即反転した神楽は、しかし直後に動きを止めるはめになる。
(…神様なんてもう信じない…)
「どしたん!?」
思わず叫んだ千鶴の前、ガクゥ、と地面にめりこみそうなレイの姿に気勢を殺がれ、ソール、あやうくポイ捨てを免れたのだった。
●
拷問具(ブラ)から解放された従士は大人しかった。
「すまない。礼を言う」
撃退士であることを告げても、相手にこちらに対する特別な感情は見られなかった。ただ神楽と目があった際、自分の頭を軽く指でつついてみせたのは、かつての戦いへの意思表示だろうか。
「思いきった姿だね」
「仇になったようだがね」
レイの苦笑には深い嘆息が。ちなみにマキナはといえば、ソールの女装は変装か趣味だろうと一人静かに納得していた。
ソール、すごい誤解発生中である。
「ところで、さっき一緒にいた人は彼氏? 趣味嗜好はそれぞれやし」
「何故、そうなる」
千鶴の声に、ソール、今日一番の真顔。
「え?違うん?なら何か確認とか? 彼氏以外の人を探しに…とか? …つまり婚活?」
「いえ千鶴さん。婚活ではなく新婚旅行かもしれません」
「え。早いな?」
「まず恋愛沙汰から離れたまえよ」
額に汗が浮きかけているソールに、千鶴は真面目な顔のまま。ちなみにわざと飛躍させた神楽はソールの表情ににこにこしている。
「どうせ何かの情報収集が目的なんだろ?」
ニヤリと笑うルビ子に、ソールは一息ついてから口の端に薄い笑みを浮かべる。
「ああ。…束縛しないで構わないのか?」
「自分から厄介事を引き起こすのは御免ですから」
ソールの問いに神楽はにこにこと答える。
「それにしても、エルさんより女性らしい格好似合うかもしれませんね」
記念撮影パシャリ☆
ちなみにレイもしれっとビデオ回している。
「命知らずだな…」
どっか別方向から殺意の波動が漂って来てたりするが、それはともかく。
「向こう、何か揉めてるみたいだね」
シス班の異変にレイが即座に携帯をかけた。しばらくしてソールにかわったのは、シスからの訴えだったらしい。
「いい仲間だね」
一方的に言ってブツ切りにするソールに、レイはくすりと笑った。
「…悪くは、無い」
ふいと視線を逸らす目元が、ちょっと赤くなっている。そのソールに、マキナは目を細めた。
(『彼女』の同輩、ですか)
脳裏に浮かぶのは紅蓮の髪の少女だ。
ふいにもたげるのは、知りたいという思い。彼女の性格や子供の頃の姿は、どうだったのだろう。自分達は何も知らないのだ。仲間であるソール――彼の事も。
「少し…話をしても、いいだろうか」
声を発したのは、無意識だった。
敵対する可能性のある相手――だが、だからといって距離を取るのは逃避に過ぎず、それで保てる物など戦意かその程度。
戦う覚悟とは、清濁併せて尚貫ける意志。
其れ即ち対等であると言う事。
(――獅子公も、そんな真似はしなかった)
いつか闘うとわかっていても。
(故に今の私が在る)
エルと懇意にしたいという思いが真実であるからこそ迷いなく、目の前の少年にも真摯に接したいと思う。
――そう、彼のひとの遺品である、この外套に懸けて。
ソールはじっとマキナを見上げていたが、ふと目元を和らげた。
「…獅子公から、話は聞いている。良い出会いであった、と」
「!」
「全力を賭すに値する者達と闘えたのは、あの方にとって最高の喜びだったろう。…なにより、受け継いだものを大切にしてくれていることに対して礼を言う」
ありがとう、と。
どこか不器用に告げられた言葉に、マキナは二、三、呼吸をしてから口を開きかけ、また閉ざした。
上手く言葉が出てこない。
けれど、伝わっていると、何故か分かった。
●
ソール班が直面した危機は、シス班が幽霊屋敷に突入するという事態のみだった。相手事情に配慮し続けたレイが居なければ、幽霊屋敷で全従士合流していただろう事態だ。
「ただ待ってるのも、暇だよね」
そのレイがチラリと隣のパセランを見る。頷き、身振りで誘導するファーフナーに導かれ、一同は近くの占いコーナーで一服することになった。
その途中でソールが何かに気付いた顔になり、人数分のアイスを買って来る。
「よくわからないが、嬉しそうに食べているようだからな」
礼のようなものなのだろうか。ファーフナーには着ぐるみの中に手をつっこんで。
「中は暑いだろうからな」
意味深に言って薄く笑むあたり、正体に検討をつけているらしい。
(まさか、な)
思うが、油断は出来ない。
一同が順番を待っている間にスタッフに説明し、占い師に変装してその時を待った。
「何を知りたい?」
変えられた声はファーフナーとは似ても似つかないしゃがれたもの。
「当たるも当たらぬも八卦、何か手がかりが掴めるかもしれない」
今までの報告や動きから、ソールが無駄を排する徹底した現実主義者だと睨んでいた。ならば今回の動きにも、必ず意味があるはず。
全員の注目を受け、ソールは占い師を――ファーフナーの目をヴェール越しに見据えて口の端に笑みを刻む。
「秘密を」
(現実主義でも、シスに関することなら藁をも掴む気で…?)
エルはシスを見張っていたという。ならば、鍵はシスだ。
「隠すには隠すなりの理由がある。暴かない方がよいこともある。相手が開示するまで時を待つことも肝要だろう」
穏便に帰すためそう口にしながら、ファーフナーは奇妙な感覚を覚えずにいられなかった。
――これは、自分の願いだ。
気づき――蓋をした。だけど分かっている。いつか、仮面を被らずにいられる、信を置く者が現れるのか…と。その思いが己にあることを。
ソールはじっと占い師を見つめたまま口を開く。
「身の内に抱えることの苦痛を知っていて、か?」
声は、静か。
「あいつがこちらの動きを知る必要は無い。喋りたい時に喋り、黙っていたい時は黙りつづければいい。だが、抱え続けることで重みに潰されるやもしれぬのなら、潰させぬ為に手を打つのは当然だろう」
秘密を白日の下に晒したいのではない。ただ、手に入れる。その障害となるものを取り除く為に。
「私は待たない」
その傲慢さも自覚して。
ただ真っ直ぐに相手の目を見つめてソールは言った。
「…そちらには、私のような者ではなく、善き理解者がいてくれることを祈る」
●
「フッ、いつかまた会う事もあるだろうぜ?――あばよ!」
そう言って颯爽とスクープ記事の為に走るルビィを見送り、談笑している千鶴と神楽を見てから、レイはマキナを見た。
「これ。君に」
見せられたのは携帯の画面。メモの写真だ。数字と文字。
『外套。大事にしないと許さないんだからっ』
目を見開くマキナに「内緒ね」と微笑んで、レイはソールに視線を移した。
「前から思ってたけど、君とシスさんって、お互い特別なんだね」
にっこりと、反論できない笑みを浮かべて。
「だからね、おびき寄せの餌にはしないであげてね?」
ソールは目を瞠り――僅かに苦笑した。
「…名は?」
「レイ・フェリウス」
「覚えておこう」
短く告げ、軽くスカートの埃を払う。
「そろそろ時間だな」
「おや、もうですか?」
神楽の声に、少年は別の笑みを口元に浮かべる。
「私の目的は達したからな」
シスが動けば、シスの悩みの元凶が再度接触する可能性がある。
ソールはそれに賭けた。情報収集用のサーバントを放って。
そして、全ての賭けに勝ったのだ。
オグン生存。
その情報と付随する表だったもののほとんどはソールに渡った。
「…こちらの時間は、悪く無かった。次に会う時はどんな場所かは知らないが」
楽しかったと、言外に告げてソールは撃退士達を見る。自分が笑っていることに気付いているのか、いないのか。無意識に零れた表情は、平素の姿とは裏腹にひどく愛らしい。
「息災で。いずれ戦う日まで、君達の武運を祈る」
パークで一人、ファーフナーは紫煙をくゆらせていた。
一瞬だけ、従士が寄越してきた意思疎通。
――命を狙ってきた者に気付かぬ程、楽な生き方はしていないのでね。
大規模戦闘で果たせなかったこと。それが良かったのか否かは分からない。
だが、こちらが顔を覚えていたように、こちらの目を相手は覚えていたのだ。
「従士、ソール…か」
其れは戦場を切り開くのではなく、見渡す者。
灰皿に押し付けたシガリロが最後の煙を流す。
ゆっくりと消えていく紫煙の先で、初夏の休日が終わろうとしていた。