巨大テーマパーク、その一角。
「到着ー!」
宇田川 千鶴(
ja1613)の腕の中、幼女がバンザイした。
「やっぱり二人やと安定してるな」
「そうですね」
石田 神楽(
ja4485)もにこにこと笑う。転移という幻想の力に慣れる自分には思わず苦笑してしまうが、そんなことは二人の前では綺麗に隠す。
(それにしても、速攻でしたね)
パークに入ってすぐ、弾丸のように飛んできた幼女に抱きつかれたのだ。
「今日はスィーツなのですな!」
「前回は焼き肉食べましたからね」
神楽がにこにこと告げる。ええ、お肉は避けたいのですよ。お肉は。
「折角やから色んな国の食べてみたいな。カロリー控えめのもあるやろか」
「果物の多いケーキを選んでみましょうか」
主にに幼女用のチョイスを検討しつつ、次々にスィーツを並べていく。
「待ち。神楽さんも座ってちゃんと食べや。もう充分あるやろ」
一通りそろったあたりで幼女と二人食べ始めた千鶴が、いつまでたっても席につかない神楽に声をかける。ヴィオレットはといえば、神楽の背中にはりついて同行したりとこちらも落ち着かない。
「私たち二人なら十分かもですが、小さなブラックホールさんが居ますからね〜」
背中から顔を覗きに来ている幼女に笑顔を向けつつ席につく。何故か幼女に頬ずりされた。
「はい、こっち神楽さんの分な」
「…大きいですね」
「ちーねぇも食べるの」
「ちゃんと食べとるよ?」
帰ってきた幼女に頬ずりされて、千鶴が驚きつつ苦笑する。
「里帰り、楽しかった?お姉ちゃん達には会えた?」
「うん!」
パッと輝く顔に千鶴はほろりと笑みを零す。
「…その内帰ってしまうんよな…」
今こんなに近くにいても、彼女達は人間の味方では無い。帰属する場所は別なのだ。
(お互いの立場上、仕方ないが…)
ただ、少し物寂しい。
「帰る時は…声かけてくれたら嬉しいな」
微笑む千鶴をヴィオレットは真剣な眼差しで見つめた。
「あのね、あたし絶対に忘れないの。言ってくれた言葉も、撫でてくれた掌の感触も、全部」
与えてくれた全ての優しさを。
ふと神楽が手を伸ばしてヴィオレットの頭を撫でた。何かを思ったわけではない。ただ、なんとなく手が動いてそうなった。
「貴女の思うままに。私はそれを見ていましょう」
そっと告げると、ヴィオレットが嬉しそうに笑って両手で頭の上に乗っている神楽の手に触れる。
(千鶴さんと似た感触ですね〜)
そんなことをふと思った。
●
今日も戦闘明日も戦闘。そんな毎日にぽんと時折現れるのがタダ飯の上に報酬が出る依頼。
「特に用事がないのなら参加するにきまっています」
ぐ、と握り拳なのは龍崎海(
ja0565)。撃退士、お金かかるんです。技の習得とか!
そんな海が選んだのは和食。デザートのあんみつだ。
「和食は栄養バランスも優れてますからね」
「です」
ご相伴しているのは転移してきた幼女だ。
「メイド部隊って、前は双蝕、恒久の聖女に介入したけど、今の騒ぎにも手を出すつもりはあるのかな?」
「いっぱいあってよくわかんない」
確かに。
(基準があるのかもしれないね)
地域を限定するのではなく、何かしらの。
その時、元気のいい声が響いた。
「ごはんと聞いて!来ました!」
ぶっちゃけたのはご飯大好き一日五食のみくず(
jb2654)。自分の体積以上のご飯を食べても太らない不思議体質はある意味幼女と同類ちっく。
「ヴィオレットちゃんのお世話もだろー」
「え、ヴィオレット?それよりごはん!」
実兄の紫 北斗(
jb2918)にぽふんと頭を撫でられるも、みくず、ブレない。
「同席してええやろか」
「どうぞ」
大きな机に相席し、席をつめる兄の横でみくずは早速御品書きを覗く。
「うわ、どれから食べよう…」
好き嫌いの無い良い子のみくずは基本雑食。つまりなんでも、食べられる!
(今日は朝ご飯抜いてるし、多分15人ぶんくらいはいける!)
そんなみくずが端から端までを頼んでいる間に、北斗は情報収集という名の世間話に精を出していた。
「ヴィオレットちゃんゆーたか、メフィストフェレス様直属メイドとか偉いなー。俺なんて上司に捨てられ仕事ミスるわで、はぐれしか残されてなかったわ…思い出したら自棄食いしたい気分どすわ」
頭を垂れると、小さい手がよしよししてくれる。
「一緒に食べ歩きさせてくれへん? 移動楽そうなん。今度好きなもん作ってやるさかい」
「リタイアするまで連れてってあげるのですよ!」
その様子をみくずがチラッチラッ。こっちはご飯制覇、がんばってます!
「そういや種子島、冥魔掃討作戦らしいなー」
「掃討作戦が出るのですな」
あ、しまった。
「冥魔の負け続いてるん。応援行かんのん?」
「戦闘力無いから、行っても邪魔になるのですよ」
どちらともとれる答えだ。
「しかし自分と同性のヴァニタスにああも執着するとはなー。一部の女性陣うはうはですやん。愛の行方見守って妄想滾らせちゃいますやん。メイドさん達もそんな感じで見守ってますのん?」
「? じーじは恋愛感情無いですよ?」
幼女が首傾げ。
「自分の持ち物取られるのがヤなの。ぼっちのボウヤだから仕方ないのです」
つまり、シマイ、駄々っ子。
「え。それであれですのん?」
「なのです。マリー達、お菓子食べながら『殿方ってお馬鹿さんですわよね』って見てる」
昼ドラ感覚。
その時、みくずが幼女の衣装に気付いた。
「ヴィオレットちゃんメイド服?かわいい!」
「おねえちゃんの!」
「メイド服はミニもかわいいけど、チャイナ風メイドもいいなって思うよ!そしてヴィクトリア調は鉄板だね! かわいいは正義だし、今度着せてあげたいなぁ…」
「ばっちこいなの!」
「本当!?約束ね!」
「おや。楽しそうだね」
ふとかけられた声に顔を上げれば、狩野 峰雪(
ja0345)がそこに立っていた。
「いらっしゃいなのですよ」
「やあ、その後ダイエットの調子はどうだい? 里帰りで美味しいものを食べて来たのかな?」
「こっちのが美味しいの!」
「おやおや。…うん、改善しているね」
抱っこされてご満悦な幼女に海達が笑う。
「お刺身食べる? ワサビは大丈夫かな? ワサビには食中毒を防ぐ効果があるんだよ」
「それは大事ですな!」
大真面目に頷くヴィオレットに、峰雪も微かに笑った。
「あなたは撃退士のことをどう思ってるのかな? 人間については?」
「楽しい!」
「もし、ここのお客さんたちが集団食中毒になってしまった場合、あなたの能力で一度に何人くらい病院に運べるかな?」
「んー」
ヴィオレットは考えた。峰雪は注意深く答えを待つ。
長距離転移。もしメイド部隊を引き連れて学園内に奇襲をかけるとしたら、その能力は危険だ。
(さて、何人を運ぶことができるのか…)
幼女は同席四人を見て答える。
「手ぇ繋いでも、一人お留守番なのですよ」
●
北斗達を胸やけに陥らせたヴィオレットが次に会ったのは、並々ならぬ決意で肉へと向かう大炊御門 菫(
ja0436)だった。
今日の菫は一味違う。
狙うは肉。つまりタンパク質。
飲み物はプロテイン。つまりタンパク質。
肉汁滴るステーキにまぶせば、それはもうたんぱく質onたんぱく質。筋肉肉肉にっくにく!
――わりといつもだった。
「お肉は、正義なのです」
「! そうか。分かるか」
真剣な眼差しで肉を見つめる菫の横に、いつのまにやら食欲魔幼女が。
「ここまできたら総て食べないとな…」
――きっと、ヴィオレットなら分かってくれる、ごはんの、たいせつさが…
静かな決意を漲らせる菫の声に、幼女がレッツシンパシー。
「にくはすぃーつにふくまれるですか?」
――もちろん、かくじつに、ふくまれます。
キリッとした顔で肉の塊を見つめ、二人でがっしりかたい握手。
「ところで、ヴィオレット。あいつは元気にしていたか?」
敢えて名前を言わずの問いに、ヴィオレットは笑った。
「うん! でも、退屈そうだった」
答えに、そうか、と呟くように答える。
翻る黒いスカート。白いエプロン。
メイドを見る度、悪魔を見る度、他の誰かの笑顔が、仕草が、総てが一人の面影を連れてくる。
歩く道の傍らに、過ぎ行く車窓の向こうに、何時の間にか姿を探す自分がいるのだ。
「そろそろ会えるか?」
会いたいと。
焦がれる程に。
「会ったら伝えてくれ。『此処に居るぞ』と」
「うん」
嬉しそうに頷かれて、小さな小指を差し出された。指切りだ。
「…こういう時も楽しいものだ。ヴィオレットはどうだ? 『楽しんでいるか?』」
指切りの向こうで幼女が笑う。
「勿論なのです!」
「おおー!スイーツがいっぱいなのだよ!」
多種多様なケーキの祭典に、フィノシュトラ(
jb2752)は思わず歓声をあげた。
「どれも美味しそうなのだよ!」
甘い物の食べ歩きが楽しみというフィノシュトラにとって、視界いっぱいのスィーツは宝の山。思わず目を煌めかせていると、料理を抱えた山里赤薔薇(
jb4090)と別れ、こちらに向かってくる正岡王太郎(jz0147)の姿が見えた。
「先生! お疲れ様なのだよ!」
手を振るフィノシュトラに、王太郎はちょっと笑う。
「元気だな」
「先生はいつもお疲れ様なのだよ」
いつも振り回されている王太郎を知っているので、せめて今日ぐらいはのんびりするといいと思う。普段、彼らが頑張って自分達に休息をとらせようとしているのも知っているから。
「ん。大量だな?」
「先生も大量なのだよ?」
互いの皿を見やり、二人は顔を見合わせる。
「もしかして、甘党なのだよ?」
「つ、疲れには、いいんだっ」
ややも言い訳じみたことを言いつつ、顔が赤い。今も目があちこちのスィーツを見ているのを見るに相当だ。
が、食べられる量には限度がある。
「全部は、無理だな」
「流石に難しいのだよ」
呟き、二人は同時に提案する。
「半分ずつ」
「するのだよ」
スィーツ同盟が組まれた。
王太郎がのんびりしている間、ヴィオレットはというと胸やけの犠牲者を増やしつつおやつ(肉)片手に飛んでいた。
(ヴィオレットちゃん……たくさん走ってせっかく体重が減ったのに、フードパークなんかに連れて行って大丈夫なのかな)
その様子に、六道 鈴音(
ja4192)は心配そうに眉を顰める。
(かといって女の子に体重の事をきくわけにもいかないし…)
まぁ、いっか。
ぽん、と手を打ち、鈴音は軽やかに幼女へ声をかけた。
「こんにちは、ヴィオレットちゃん。私はパスタを食べに行こうと思ってるんだけど、一緒にどう?」
「行く!」
飛び込んできた幼女を胸に抱きとめ、鈴音はイタリアンへと突撃した。
「これなに?」
「これは卵を使ったクリームパスタだよ。こっちはトマトソースに魚介がたくさん入ってるやつだね」
「おねえちゃんは何頼むの?」
「私はボロネーゼとコーンスープかな」
「じゃあ、同じの!」
御揃いの料理に嬉しそうな幼女に、鈴音は世話をやいてあげる。一生懸命こちらの作法を真似する相手に笑いつつ、鈴音は綺麗に巻き終えたボロネーゼをぱくり。真似してパクリする幼女も一緒にもっぎゅもぎゅ。
「うん、おいしい!」
「おいしーね!」
姉妹のように並んで食べるふたりを、店員達が微笑ましそうに見ていた。
幼女の相手というのは、実はある意味難しい。
鈴音と分かれてしばし、捕捉したヴィオレットにじっと見上げられ、マキナ・ベルヴェルク(
ja0067)は硬直していた。
敵対勢力とはいえ、現状で敵ではない相手。親睦を深められると言うなら深めたい。
(…いずれ敵対する可能性の高い陣営だとしても)
だからと距離を取るのは惰弱な逃避だろう。
やがて来るだろう未来。分たれる戦場。
――それでも尚、触れ合い知ると言う事。
その意義を。
(…貴方が、教えてくれた)
胸に刻まれたものがある。師のように、父のようにあった皓獅子公ゴライアスから。
今という時を余さず全うしきる為に。
――が。
(…幼子の対応は…どうすれ、ば)
なにしろどう触れたものか解らない。
しかも遠巻きに眺め人となりを把握しようと密かに決意ていた真っ最中に、目があったと同時に飛んでこられたのだ。覚悟する暇もない。
試されているのか。誰にだ。嗚呼。しかし、何か言わなければ。
永遠とも思える数秒後、マキナはゆっくりと言葉を発する。
「よければ、一緒に食事でも」
どうだろう、と口にした途端、幼女は何故か心の底から嬉しそうに笑ってマキナの腕に飛び込んできた。
「あい!」
懐かれた。
●
(何もせずにだらっと過ごすのもたまには良いわよねー)
穏やかな陽光の下、シルファヴィーネ(
jb3747)は大きく背伸びした。
忙しない日々ばかりというのも疲れるもの。たまの休日を満喫するのだって、撃退士の大事な使命だ。
「ん。ここのパフェ、なかなか美味しい」
スィーツエリアの一角でイチゴパフェを啄みながら、他の甘味はとチェックする。
「こういうとこに来るなら誰か誘えば良かったかしらね…」
脳裏を過るのは、片思いの相手。――けれど、今は楽しめる余裕も無いだろうとそっと打ち消す。代わりに浮かんだのは、マイペースな天使の友人だ。
(やっぱり誘うならあっちかしら?)
のんびりだらだら過ごすのなら、もしかすると乗ってくるかもしれない。
(今度声かけてみようかしらねー)
ぱく、と大きな苺を口にしたところで、ちょこまか歩いている幼女と目があった。
(? 迷子かしら)
実はシルファヴィーネ、ヴィオレットの顔を知らなかったりする。
誰かに知らせた方がいいのかなと思っていると、視線をあわせたまま幼女がテーブルまでやって来た。
「迷子になったの?」
「んー。美味しいの探してるの」
「ここのイチゴパフェ、美味しいわよ」
餌を待ってる子猫みたいな様子に、試しにとスプーンを向けるとぱくっと躊躇なく食いついてきた。
餌付けの気分。
「おいしー」
「でしょー」
相好を崩すのに笑って、シルファヴィーネは小さな額をつんと指でつく。
野良の子猫と戯れるような、そんな休日もいいかもしれない。
ジャガイモを揚げる匂いというのは、ある意味最強のスメルウェポンかもしれない。
今日の為に持ち込んだお持ち帰りクーポン券。無論食べるのも重視しつつ、いざ大量仕入れをと紅香 忍(
jb7811)が密かな熱意を燃やした所で黒井 明斗(
jb0525)に見つかった。
「価格と量で選ぶのは辞めなさい、成人病になりますよ?」
「‥‥む」
猫の子のように首根っこ引っ掴まれ、エリアの外へとズールズル。忍、明斗相手には借りてきた猫のように大人しい。
と、出たところで今度はヴィオレットとエンカウントした。
「ご一緒に如何ですか?」
「運んであげるの」
幼女の両手があがる否や、一瞬で景色が変わった。目の前にあるのは和食の暖簾だ。
(成程。便利なものですね)
感心しながら、御品書きにサッと目を通す。
「注文は煮魚定食で。御飯は五穀米、茶碗蒸し付きでお願いします」
「‥‥金目‥‥茶碗蒸し‥‥‥」
忍は震え上がった。なにしろ煮魚と茶碗蒸しといえば超高級品(本人価値観)。むしろ箸が震える口小さくなる。
チビチビと口に運ぶ忍の向かいでは、ヴィオレットがペロリと平らげていた。
「骨まで食べましたね…ああほら、口の横についてますよ」
「ありがとうなの!」
「‥‥む」
忍のこめかみが震えた。明斗が世話焼き体質なのは分かっているが、やはり誰かが世話をやかれているというのは何かしら心に漣が起きるわけで。
「骨が取りにくいですか? ここをこうすると…ほら、綺麗に取れましたよ」
絶妙なタイミングで自分の世話もやいてもらい、湧き上がりかけた黒い何が綺麗に消滅。明斗、罪深い。
「そう言えば、忍さん、種子島に良く行ってましたね。あちらはどうです?」
頃合いを見計らい、明斗はそう忍に声をかけた。忍はチラと視線を上げる。
「‥‥種子島?‥‥問題ない‥駆逐出来る‥‥」
勝って当然。それ以外の結末は無い。
淡々とした忍の声に、明斗は苦笑する。
「倒す事と勝つ事は同じではないですよ?」
言いつつ、チラと幼女の反応を窺えば、しょんぼり顔で御茶碗の端をがじがじ噛んでいた。
「すみません。そちらは知り合いがいましたね」
様子の違う相手に明斗は声をかけた。忍がちょっと口を尖らせる。
「じーじはボウヤだから仕方ないのです」
茶碗から口を離し、ヴィオレットは小さく首を横に振る。
「撃退士の戦いは、撃退士のものなのです。戦いを知らないあたしが挟める口は、無いのですよ」
一瞬でフレンチレストラン前に現れた幼女に、陽波 透次(
ja0280)は目を瞠った。
(温泉を泳いでた子…悪魔…瞬間転移…ああ、なるほど)
情報が一つに繋がる。あの時姿が消えていたのも、転移の力だと知れば納得だ。
(うん。今日は、幻じゃないね)
目があってすぐ、こちらを見つめたままちょこちょこ走ってくる姿は現実のものだ。
「あたしなのです?」
どうやら視線センサーがついているらしい幼女に、パンフ片手に透次は微笑う。
「うん。一緒に全店制覇を目指さないかい? 転移で各店素早く回れば多くの食楽しめる」
時間は有限だから、と告げると、大仰に頷かれた。
「任せるのですよ!」
「じゃあ――」
他の人にも声をかけて、と言おうと思ったら手を引っ張られた。
「あそこ! まだ行ったことないのです!」
すぐ傍のフレンチだ。
「分かった。行こうか」
「うん!」
転移を続ければ、道中に誘いもかけられるだろう。それに、こういう場所にはこんな機会でもなければ足を運ぶこともない。
(もっと格式ばってるかと思ったけど、そうでもなかったな)
ドキドキしながら中に入った分、どちらかと言えばホテルの朝食バイキングに近い様子にホッとした。
「ああ、ほら、口まわり汚れてる」
一生懸命ご飯を食べている幼女の姿に、透次は笑いながらハンカチを取り出す。拭ってあげると、擽ったそうに笑われた。
(良く食べる子だな…)
負けじと自分もフォークをとる。貧乏は食せる時に食す。なにせいつ食べれない日が来るか分からないから!
(楽しんでる…かな?)
食事の合間に相手を見ると、すぐに気づいて笑顔が返ってきた。
「撫でても良いかな…?」
勇気を出して尋ねると、嬉しそうに頷かれた。
(可愛い…)
自然にそう思う。今を大切に楽しませてあげたい、とも。
例え、今後どうなっても、楽しく共に過ごせた時間もあるのだと。――その重みを大切にしたい。
「人間界、好き?」
「うん!」
嬉しそうな顔に、いつまでもそうであってくれればと思う。
(人と天魔が融和出来る日が来ると良いな…)
そうすればきっと、こんな笑顔も守れるだろうから。
●
その頃、フードパークの入口では少女がガッツポーズをとっていた。
「やっはー! 遊園地だぜいぇええええい! でも今回ご飯だけな!お預けな!ご褒美期待してもいいのかな?!」
「ご褒美とは何かね」
そんなファラ・エルフィリア(
jb3154)に、ビシッとエルミナ・ヴィオーネ(
jb6174)がチョップを放つ。
「ご褒美です!」
うん。
「君ね。そろそろ落ち着きなよ。もう立派な淑女だろ――年齢的に」
遅れてやって来たレイ・フェリウス(
jb3036)が嘆息混じりに窘める。
「失礼な!女はいつだって、お年頃なのですよ!」
「おっと。鉄拳はお断りだよ。なにしろ防御がトイレットパーパー並に薄弱だから」
「君達本当に仲良いな」
微笑むエルミナに、レイはそっと遠い目になった。
(ああうん男ばっかりで動くのもそろそろムサイとか言われて「そうだねー」とは思ったけど妹分達と一緒っていうのもなんだかしょっぱい気がするんだけど気のせいかな?)
「にーちゃは別に男ばっかりで動いても気にしないでしょ? むしろ男ばっかりで動いてる方が嬉しいんでしょ?」
「心読むのやめてね? あと明らかに違うからね?」
「ちぇー…」
相変わらずの兄妹にエルミナは笑う。
「それはアレか。ウスイ本とかいうジャンルのものかね」
「ういっす。うちの男共見てると色々たぎってたのしいよーって話をしててね」
「そこ、巻き込まない」
バシィッと綺麗な足払いをくらって、考えるポーズのままファラが見事に横転する。
「にーちゃ、酷い!」
「どうでもいいけどそろそろ赤パンツはやめたほうがいいんじゃないかな」
「慣れているのだね」
なんだかんだで押しているレイに、エルミナは小さく笑った。
「そだそだ。ミナっち本好きなんだよね?一緒に加わる?」
「ふむ。新しいジャンルを開拓するのも一興か。一口乗らせてもらおう」
「エルミナさん!?」
流石に慌てるレイの前、エルミナは首を傾げたままで言う。
「ところで、ウスイ本というのはどんなジャンルなのだね?」
「そこからかー…あ、巷で噂のヴィオちゃん!」
明かにホッとしたレイの横、肩を落としたファラの目が、とある幼女を見つけて輝いた。「一緒にスィーツいこーv」
「! 行くのです!」
飛び込んで来る幼女に、レイとエルミナが顔を見合わせて笑う。
一瞬だった。
転移装置に似た感覚と共にスィーツエリアのど真ん中に。周囲を机に囲まれているというのに、恐ろしい精度だ。
「おー。すっごいねぇ!」
「むふー!」
褒められてご満悦な幼女に笑ったところで、こちらを振り返った王太郎と目があった。その向こうにいるのはフィノシュトラだ。
「いらっしゃいなのだよ!」
「お邪魔しまーっす! せんせーはお疲れ様!」
「いつもお疲れ様です」
全く同じタイミングの兄弟に笑い、フィノシュトラ達の元に行きながらエルミナはふと双子の弟を思い出す。
(さて。うちの弟は今何やってるのやら…)
その弟はといえば、男三人でフードパークを散策していた。
「沢山あるね」
パンフレットを広げるエミリオ・ヴィオーネ(
jb6195)の声に、隣のアルフレッド・ミュラー(
jb9067)が笑う。
「あちこち食べ歩けるのが嬉しいな」
「ですね。…ところで、後ろのラウールさんは大丈夫なのかな」
揃って振り返る二人の後ろでは、暗黒の波動に包まれている青年が一人。
――いつもの腐れ縁と分かれて動いている俺だが、どっちみち同行者が二人とも男だという現実にそろそろ魂が血の涙を流しそうです。ラウール・ペンドルミン(
jb3166)です。
「ちくしょう…なんで誰も女の子連れてこねぇんだよ…!」
「ラウールさん、もしかして…彼女さんが欲しいんですか」
あ、言っちゃった。
「面と向かって言うなよ! …欲しいです」
すなお。
「…なんつーか…ラウ、おまえ、そんなに彼女欲しがってたっけ?」
言葉選ばない仲間の声に、ラウールはもう血の涙だ。
「毎回毎回男とばっかり動いてみろ、うちの主に腐っている連中に何を言われるか…!」
余程な思い出があるらしいラウールに、アルフレッドは「まあ長く生きてればいろいろあるんだろーなぁ…」と慈悲深い微笑み。
「なにやってるんだいあんたは…」
そこへ遅れてやって来たジーナ・アンドレーエフ(
ja7885)が声をかけた。
「それにしても大きい所だねぇ…これ全部ご飯所かぁ…」
「ん。遊園地中の胃袋を賄うなら、これぐらいの大きさが適当かも」
一緒に遊びに来たラナ・イーサ(
jb6320)がコクリと頷く。どちらも魅力的な美女だったが残念ながら知り合いだった。トキメキならず!
「…遊園地に出会いを求めるのは間違っているのだろうか…」
「間違ってないけどギリギリセフトじゃね?」
いろんな意味でな。
「まぁ、ともかく幼女のエスコートだ」
ラウールが言った瞬間、パッとアルフレッドの元に件の幼女が飛び込んでいた。どうやら透次と食事処巡りをしている最中らしい。
「あ。婿殿!」
「アルフてめぇ!幼女に『婿殿』とか言われてリア充じゃねぇか!幼妻か!幼妻かこのやろー!」
「はやくいい出会いがあるといいな」
「真摯な眼差しで言うな!」
項垂れるラウールの背を叩き、エミリオは苦笑含みに言った。
「イタリア料理でしたっけ?」
「そっちはイタリアンなのかい? ラナはご飯何にする? たまには気軽にジャンクフードも美味しそうだけど」
速攻で「じーな!」と腕に飛び込んできた幼女を「おひさしー♪今日も可愛いわね♪」とむぎゅっているジーナの問いに、ラナは深く頷いた。
「ジャンク…時々、無性に食べたくなる」
二つに分かれた行き先に、幼女がおろおろする。全員が目配せしあった。
「皆で回りましょうか」
「だねぇ。ヴィオちゃん、一緒に行っていい?」
「七人も一度に飛べないの」
「転移というやつか」
そこへ丁度通りかかった新井司(
ja6034)が声をかけた。実験検証の気配を察したのだ。
総勢八人。
「一緒に飛べる人数以外を先に転移させるとかできねぇ?それから後のメンバーで一緒に飛ぼうぜ」
「わかったの!」
具体案を示したラウールに、幼女は顔を輝かせた。
手を向けるや否や、一瞬で司と透次が目の前から消える。次にラナとジーナ。最後に「つかまってるのですよ!」とラウール達三人が幼女とセットで転移した。
「ばっちりなのです!」
胸を張るヴィオレットをよしよししつつ、ジーナ達が速攻で連絡網を回したのは言うまでもなかった。
●
「ここのトマトも悪くは無いわね」
転移して即離脱し、トマト片手に司はエリアを歩いていた。瑞々しいトマトに歯をたてると、プツリと皮を破る感触の後に甘味と酸味が口に広がる。
どこで本格的にご飯を食べようかと、回した視界に教師が映った。
「先生」
声をかけると、休憩していたらしい王太郎が片眉をあげる。
「あの子は、敵なのですか、味方なのですか」
「敵だ。いつかはな」
あっさり言われた。躊躇一つ無い。
「敵なら。あるいは、いつか敵になる相手なら。こうして仲を深める機会が存在していることは残酷なことだと思いませんか」
むしろ怪訝な思いで司は尋ねた。
「私は敵に心を許したら、戦場で会ったら躊躇するでしょう。きっと無様に、命を落とす」
「『殺せない』か?」
問われ、その言葉の意味に嘆息をついた。
知り合って尚、命のやり取りを。それは本当にはとても難しいことだ。
「誰も彼もがそう出来るわけでは無いでしょう。だから私はあの子が嫌いですよ。無遠慮にこちらに踏み込み過ぎる」
小さな外見で、ちょこまかと人々の中に入り込んでしまっている。心の中にもきっと。
「俺もだ」
王太郎は司を見てから、遠い目で今も幼女がいるだろう場所を見た。
「いつか――お前が懸念したことが起きる。そんな気がする」
それでも触れ合わなければ何も分からない。敵の力も思考も。けれどそれは常に諸刃。
「その時傷を負うのは、どちらなんだろうな」
賑やかな一群から幼女がやって来るのをファーフナー(
jb7826)は見た。
いや、待っていたと言ってもいい。
「里帰りはどうだったか?」
散々餌付けしてきたせいか、ポテトを差し出すと幼女はあっさり受け取って一飲みした。
「おっぱいいっぱいだったの!」
そんな返答に困る答えはいらなかったが。
「幼いながらにメフィストフェレス配下か…親兄弟はいないのか?」
「うん。おねーちゃん達」
いかん。本題から逸れそうな気配がする。
長年培ってきた危機処理能力で素早くスルーし、ファーフナーはそっと声を落とした。
「俺は天涯孤独でな…。国にも帰れず、懐かしい味を食べて祖国を思い出す」
相手を話術に引き込む為の演技など、かつての日々で研鑽を遂げている。表情一つ、声一つに哀しみを匂わせるのはお手の物だった。幼女も神妙な顔をしている。
「親代わりはいるのか? 生きている間に孝行をしておけよ」
「分かったの。雅の肩今度揉んでおくのです」
天然はこれだから困るのだ。
そしてシマイ・マナフ。ここでも撃退士に負けるのか。
「親善大使で拘束されては、やりたいこともできんだろうが…今やりたいことや、行きたい場所は?」
そろそろ頭が痛いのを強靭な意志力で堪え、ファーフナーは我慢強く問いかけた。無論、表面には一切そんな内側は滲ませない。
果たして、ヴィオレットはしょんぼりと呟いた。
「種子島行きたいの。でもね、今は行っちゃメッなの」
よし。
「でもね」
まだあるのか。
「こっちのじーじも、頭痛そうで辛そうだから、いたいのいたいのとんでいけしてあげるのですよ!」
――天然はこれだから困るのだ。
●
遠隔転移上限二名。接触転移上限三名。
透次達の報告に、王太郎は頷く。
「視覚認識とか条件ありそうだけど」
「十分確定だと思うぜ」
ジーナに苦笑するラウールの遥か後ろでは、エミリオが幼女に問いかけている。
「なんでアルフさんのことを気に入ってるのかな。筋肉?」
「肉!」
「俺、肉かよ!?」
アルフレッドは悲鳴に、周囲に笑いが起こる。その様子を王太郎は遠くから眺めた。
抱っこしている千鶴に、傍らの神楽。反対側にいるマキナ。烏龍茶を渡している鈴音に、メイド服カタログを見せているみくずと、一緒に見てるファラとエルミナ。その隣の北斗。何かを話し、ヴィオレットとハイタッチしている明斗と、不機嫌そうな忍。微笑んで見ているレイ。
胸騒ぎがする。けれどそれが、せつない痛みを伴うのは何故だろうか。
「ハンバーガー…大きかった…」
「フレッシュトマトサンドにすればよかったのよ」
「肉を堪能せずにどうする」
ラナの声に司がつっこみ、更に菫がつっこんでいる。その向こうでアイスを食べているのはシルファヴィーネと赤薔薇だ。
「把握できて何よりだね」
「実地検証が一番早かったわけだ」
峰雪と海の声を聞きながら、王太郎は無言で紫煙をくゆらせるファーフナーの肩を労うように軽く叩いた。
「ともかく、お疲れ様なんだよ!」
フィノシュトラの声に、王太郎は頷いた。
ヴィオレットの能力は知れた。種子島の情報も、確定では無いが可能性としては高くなった。充分な成果だ。胸騒ぎを感じる理由など無い程に。
「さて。皆、帰るぞ」
王太郎の声に、あちこちから応えが返る。
深き刃を思い知るのは、そのおよそ一か月後のことだった。