●午後の駅舎
「あの……」
1人の少女が近寄って来た。泣きつかれた顔をして、深々と頭を下げる。
「友達をどうか助けて下さい。お願いします」
彼女は、ディアボロに襲われ、辛くも逃げ伸びたあの女子高生だ。
「大丈夫……、きっと助かるの」
と、柏木 優雨(
ja2101)。アレクシア・エンフィールド(
ja3291)も微笑んで声をかける。
「声、戻ったんですね。ほっとしました」
「はい。朝、目覚めたら、少しずつ……・」
「よかったな。お友達のためにも、のんびりしちゃいられねぇ。さっさと行こうぜ」
鐘田将太郎(
ja0114)が、少女の頭にぽんと手のひらを乗せてそう言うと、全員、気合の入った瞳で力強く頷き合った。
鉄道会社の協力で手に入れた旧駅舎の見取り図を手に、一同は少し離れた小高い所から駅舎を臨む。そこには、数えきれないほどの、毛むくじゃらで気味の悪いほどに人間じみた猿が、何やら言いながら蠢いていた。
――コッチ、コッチ。
――ソウ、ソウカ。ウン、ウン。
「何て数なの……」
思わず声を漏らすアレクシア。
「連中の狩りが陽が暮れてからなのなら、夜を待った方がいいのでしょうか」
「確かに。相手にするディアボロ数は少ない方がいいですからね」
彼女の意見にサーティーン=ブロウニング(
jb9311)が同調する。しかし、
「夜は危険だ」
と、向坂 玲治(
ja6214)が言う。
「視界が悪くなるうえ、あいつらは暗闇に紛れて行動するらしい。それに、時間が長引けば長引くほど、人質の命が危険になる」
「だけど、あの数……。人質を無事に救出するためにも、無暗に突っ込むべきじゃないと思う。もう少し様子を見よう。ただ、人質の探索はしておいた方がいいかも。ここからでも生命探知は使えそう?」
「はい、何とか。ですよね、龍崎さん」
「ああ、問題ないと思う」
月詠 神削(
ja5265)の問いに、雫(
ja1894)と龍崎海(
ja0565)が答える。
と、その時、突然、ディアボロの一部が群れを成して動き出した。
「一体、どこへ……?」
「きっと狩りに行ったんだ。ほら、町の方へ向かってる」
と、神削。そして、海が、
「これはチャンスかもしれない。狩りに行った連中が戻ってくる前に、任務を完遂しよう」
それから、大まかな動きを確認し合う。
「まず陽動班」
「ん」
将太郎、玲治、神削の3人が手を上げる。そして、
「救出班が」
海、雫、優雨、アレクシア、サーティーンの4人。
そして、さっそく、駅舎内部の様子を探るため、海と雫の2人が生命探知を使用する。だが……。
「おかしい……」
不安を誘う海の声音に緊張が走る。さらに、雫も、
「1人足りません。待合室に1名、宿直室に3名……でも、あと1人が見当たらないんです。まさか、もうすでに……」
「おいおい、自力で脱出したかもしれねぇだろ」
静まり返る一同を将太郎が叱咤する。
「きっと、……心細いの。早く、助けて……あげなきゃ」
優雨の言葉に気を取り直し、海と雫で全員に聖なる刻印を施す。
「これで、ある程度、耐性が上がってるはず。奴らの目に気を付けて」
「お互いにな」
いざ――、と、構えたその時、
「ぎゃぁあああああ……!!」
遠く、悲鳴が響き渡った。
●叫ぶ黒い闇
「何だ!?」
「……あっ、あそこ! 線路上に、誰かいます!」
いち早く目視で異常を発見したサーティーン。彼女の指さす方向に目をやると、そこには、悲鳴を上げながら倒れる一人の男性と、彼に群がる数多くの猿の姿が――。
――オイシイ? オイシイ?
将太郎が舌打ちする。
「まずい。こうなったら、三手に分かれるしかねぇ。俺が……」
と、将太郎が腰を上げる前に、優雨が飛び出す。
「あっ! 優雨さん、1人じゃ……!」
驚いたアレクシアが制止するも、彼女はその前に、瞬間移動を駆使し、その場から姿を消してしまった。咄嗟にその後ろ姿を追いかけようとするアレクシア、その腕を将太郎が掴む。
「ここは俺が行くから、駅舎の方を頼む。何、心配いらねぇよ。人質も優雨ちゃんも俺が守ってやるから」
そう言ってにっと笑い、将太郎は直ちに救出に向かった。
瞬間移動した先で優雨が見たのは、人質の叫び声を貪り喰って狂喜するディアボロの黒い塊であった。叫び続ける男性を多勢で覆い尽くし、最早彼の姿など微塵も見えない。
「地を這う雷―スコロペンドラ―」
優雨がアウルを解放し、瞬時にムカデに姿を変じる。雷を帯びたその体で素早く地を這い、人質に群がるディアボロに向かって突進していく。そして、勢いよく敵を薙ぎ払い、男性を守るようにぐるりとその周囲を取り巻いた。
――ナンダ、ナンダ。
――ウググ。イタイ。
そこへ、外殻強化で防御力を高めた将太郎が、自慢の大鎌を振るって、猿の群れに突っ込む。
「俺の方を向きやがれ! 不気味なエテ公ども!」
突然の来訪者に、騒ぎ出す猿たち。その声を聞きつけて、駅舎に身を潜めていた仲間がわらわらと姿を現した。
「辛くも作戦通り、陽動がうまく運んだらしい。俺たちでもっと多くの猿どもを引きつけて、駅舎から遠くへ誘導するよ。その間に人質を」
「そっちは頼んだからな」
神削と玲治が走り出す。
「あまり戦力を散らすのはよくない。彼らと合流しよう」
援護にもなる、そう思った2人は、将太郎と優雨が戦う場所へと進路を向けた。
――待テ、待テ。
――グフフ……。
●暗がりの駅務室
陽動班の2人が敵を引きつけたことを見計らい、サーティーンが空の術を使って駅舎内に潜行する。巧みに気配を消し、生命探知で得た情報と駅舎の見取り図を頼りに、人質を探す。
まず、待合室に向かうと、そこには男性が1名、ベンチで意識を失っていた。近くにディアボロはいない。恐る恐る彼の容体を診てみれば、息はあるようで脈も安定している。サーティーンはほっと息を吐き、男性をその場に残して、次は駅務室へと足を向ける。
「うっ……」
駅務室を覘いて、不覚にもサーティーンは後退った。そこには、不気味に目を光らせたディアボロがうじゃうじゃと潜んでいる。その上、薄暗く、宿直室で身を寄せ合っている人質はかなり疲弊している様子だ。
サーティーンは仲間の元へ戻ると、一部始終を伝えた。彼女の情報を聞き、思案する面々。
「問題は駅務室だね。俺が何とかやつらの目を眩ませるから、その間に雫さんは人質の手当を。アレクシアさんとサーティーンさんにはディアボロの掃討をお願いするよ」
顔を見合わせて4人は息を整える。そして、意を決して駅舎に踏み込んだ。
中に侵入するなり、海は、星の輝きを使って辺りを明るく照らした。不用心に佇んでいたものだけでなく、物陰に潜んでいた猿たちも、不意打ちを食らって顔を背ける暇もない。
その隙に、雫が、畳の上でぐったりしている人質の元へ駆け寄る。宿直室にいたのは、女性3名。生命力が尽きかけて、声かけに全く応じない。
「大変、これでは……」
すぐさま、ヒールを――。
その時、しゅっと黒い影が視界を過った。雫が反射的に振り向くと、すぐそこには、かっと瞳を見開いて、こちらをじっとりと見つめるディアボロが。
「あ……」
一瞬にして体が硬直する。
「……あぁああぁぁあ……!!」
みるみる体の奥底から恐怖心が競り上がってきた。周囲から暗い絶望の淵へと隔絶された感覚が襲う。
猿は、声を殺すだけで精一杯の雫に、気味の悪い笑みを浮かべて襲いかかる。雫は必死に抗い、何とか大剣の柄を握った。だが、気づけばディアボロはもうすぐ目前に――。
――ウググ!
と、突然、猿の動きが止まった。見れば、その体には鎖が巻き付き、ぎりぎりと縛り上げている。途端に、金縛りが溶け、どさっと膝をつく雫。
「大丈夫?」
駆け寄ってきた海が、雫を助け起こす。
「は、はい。助かりました……」
猿を拘束したのは、海の仕掛けた魔法攻撃、審判の鎖。
「気を付けて、あの眼はかなり強力です。私も悲鳴を堪えることしか……」
「そうみたいだね。聖なる刻印でも防ぎきれないなんて……」
海は苦い顔を見せて呟く。
「私はもう、大丈夫です。それより、龍崎さんはディアボロを……」
そう言うと、雫は、額に汗を浮かべながら、急いで人質に回復魔法を施しにかかる。
その間にも、多勢のディアボロが周囲を固めつつあった。海の鎖で体の麻痺した仲間を押し退け、黒い毛並を揺らし、壁や天井を這う。その様は、大きく揺れ動く闇そのもの。
すかさず、アレクシアが飛龍ウィルムを召喚して宿直室の前に陣取る。
「これ以上、手は出させません!」
そこに、優美な音色が響いた。奏者であるサーティーンが手に持つのはクラリネット型の武器、彼女の指先が滑らかにキイの上を滑る。衝撃波がディアボロの脳を激しく揺さぶり、苦しげに頭を抑えてのたうち回る。
「よし、あと少しだ!」
が、その時。
「いやぁあああああ!!」
「きゃぁあ! あぁあああぁああ!!」
女性の叫びが耳を劈いた。雫によって、体力の回復した人質が、迫り来るディアボロの恐怖に取りつかれたのだ。
「みなさん、落ち着いてください! 今、マインドケアを……!」
悲鳴を浴びて、途端に悦び喘ぐ猿たち。
――モット、欲シイ、モット。
苦痛に身を捩っていた先程とは打って変わって、嬉しげに跳躍する。ますます血走る眼、毛は逆立ち、にたぁっと開いた口は耳まで裂ける。そのおぞましい姿に、ぞっとする一同。
アレクシアが飛龍に命じる。
「インビジブルミスト!」
みるみる白い霧に包まれていく駅務室。あっという間に猿どもの黒い姿が霧の中に消え失せて、彼女たちの悲鳴がそれに呼応するように落ち着いていった。
「さあ、今のうちです! 行きましょう!」
サーティーンの合図で、全員が走り出す。脇目も振らずにディアボロの間を駆け抜け、アレクシアが新たにアルスヴィズを召喚すると、躊躇なく駅舎の壁に向かって雷撃を放った。
●戦線離脱
一方、将太郎と優雨は、暴れ回る猿に取り囲まれ身動きがとれないでいた。
「くそ、うじゃうじゃと……。これで目を合わせるなっつってもなぁ……」
「でも、弱すぎるの。一匹ずつ確実にしとめれば……」
そこへ、神削と玲治が猛進してくる。
「増援に来てやったぞー!」
味方の声に、思わず笑みが零れる将太郎。だが、期待する彼の瞳に映ったのは……。
「おい、何増やしてんだ!!」
2人の後方に控える大量のディアボロであった。
「仕方ないだろ。陽動が俺たちの役目なんだから」
と、神削が悪びれもせず、魔法書を取り出し、将太郎に襲い来る猿目がけて槍状の光を放つ。そして、将太郎は怒り狂いながら空高く跳躍すると、2人を飛び越え、敵の渦中に向かって雷打蹴を打ち込んだ。その隙に、優雨がまたひとつ闇を現す。
「深淵の悪意―スコロペンドラ・ギガンティア―」
彼女の足元から溢れ出す闇。その底から、姿を現した巨大ムカデがぞろぞろと地を這い回り、猿たちを拘束する。そこに、ウェポンバッシュで強烈な一撃を連続して放つ玲治。
「俺を無視するなんてこと言わないよな」
と、その時、
――助ケテ!!
その声に、思わず玲治が振り向く。と――。
「ぐっ……しまっ……た……!」
――タスケテ、痛イ、痛イ、ョ。
――ヤメテェ……。
薄気味悪い言葉を零しながら、ディアボロが悪意に満ちた瞳を向けていた。指一本動かせない玲治。
「う、あぁ……ああああああ!!」
「おい、どうした!?」
それだけではない。優雨が保護している男性の叫びはまだも続き、その苦痛の色が一段と濃くなっているように聞こえる。
「しっかりしろ!」
将太郎が玲治に襲いかかるディアボロを斬り捨てると同時に、神削が猿を挑発、己に向かせた敵意を翔閃でものの見事に切り崩す。
「ぐああああ……ああああああ!!」
恐怖の混じっていた玲治の悲鳴は、徐々に戦意の高じた雄叫びへと変わっていった。どさっと膝をつく玲治。
「大丈夫か?」
神削が声をかけると、彼は自力で立ち上がる。
「……このくらい、気合で十分……」
しかし、ディアボロはまだかなりの数を残している。その姿を見て将太郎が言った。
「おい、あいつら、さっきより心なしか大きくなってねぇか?」
「ああ、力も増してる。あの人質の叫び声のせいだ。どうにかしないと」
神削の顔に焦りが滲む。
――痛イ、ヤメテョ。
それに、この声色。人ならざるものだとわかっていても、どうしても反応してしまう。
「ここは俺が奴らを足止めする。その隙に一斉に攻撃してくれ」
そう言うと、玲治がダークハンドを用いた。彼の影からいくつもの腕が出現し、ディアボロを束縛する。間髪入れずに、優雨が護符を投げつける。雷の刃が猿を襲い、バーンと辺一面に空気が破れるような激しい音が轟く。その間に将太郎が、声も枯れ果て意識を失った人質を背中に負ぶった。
「よし、今だ。全員、思い切り走れ!」
そして、戦線を離脱しながら、優雨が呟く。
「救出班が……心配なの。あっちの方が、たぶん敵の数が多い……」
駆ける4人。神削が後方で、優雨の攻撃から逃れたディアボロと肉弾戦を交えて3人を行かせる。
「もう日が暮れる……。奴らが殲滅するのが先か、俺たちが力尽きるのが先か……。みんな急ぐんだ!」
と、光と闇のオーラをその両拳に纏って、神削は叫んだ。
●日没に響く笑い声
4人が救出班の元に向かっている途中、目の前で駅舎の壁が吹き飛ぶのが見えた。大空を突き抜けていく雷撃。その光景に眼を疑う間もなく、舞い上がる土埃の中を救出班が外へ飛び出してくる。
「無事だったか!」
アルスヴィズの背には、待合室で見つけた男性が乗せられ、そして、他の3人の女性たちは撃退士に支えながらも、自力で走っている。
「よかった!」
「このまま撤退するぞ!」
そして、何とかその場を凌ぎ、逃げ遂せた一行は、救助ヘリで病院へと運搬されていく人質を見送り、疲労困憊の末、ようやく帰途につく。その途中、
「彼女、大丈夫でしょうか」
と、アレクシアがあの女子高生を慮って言った。
「友人を置いて逃げてきてしまったことを随分悔やんでいました」
「ええ。それに、あの狩りに出た一群も気になるところです」
サーティーンが表情を曇らせて言うと、将太郎が言った。
「これで終わりじゃねぇよ。残党の片付けもあるしな。それに心配なら友達の見舞いに付き添ってやればいいじゃねぇか」
彼の言葉に、元気づけられる2人。
「それにしてもすごかったね、あの雄叫び」
「俺をからかってるのかよ?」
「もしかして、あの眼を見てしまったんですか? 実は私もなんです」
神削と玲治の会話を聞いて、はにかむ雫。
「雫さんもなかなかだったよ」
と、海が笑い出すと、無事に任務を終え、緊張の糸が切れたのか、一斉に噴き出す撃退士たち。その笑い声はいつまでも絶えず続いた。もうすっかり日没である。