「いやいや、普通に。お化けとかいるわけねぇじゃん?」
五辻 虎々(
ja2214)は、臨時に借りきった教室で口火を切った。
この科学万能の時代、お化けは全てプラズマで説明出来るはずだ。
それにお化けよりもプラズマ並みのエネルギー量が、その辺りをぷかぷか漂っている方が危ない。
何せプラズマに触れたら死ぬ……お化けに触れても死ぬ。
つまり、お化け=プラズマ……完全論破である。
「幽霊が居ないとは言わないわ、除霊方法とかあるしね」
「マジで!?」
月丘 結希(
jb1914)の言葉は、虎々の希望を理論を粉々に打ち砕いた。
結希の実家は何かすげー陰陽師の家らしい。
胡散臭いおっさんのプラズマ理論と、陰陽師なら陰陽師の方が幽霊に詳しいだろう。
「なに?まさかあんた怖いの?」
「怖い?ばっか、んなわけねじゃん、余裕だし。マジ余裕だし。斡旋所のお姉さん、マジ面白い事言うわー……」
「うぅ、お化けは怖いですね……でも、五辻さんは凄いです……」
キラキラと輝く目で虎々を見るKamil(
jb8698)に、思い切り顔が引きつりかけるが、それを表に出すわけにはいかない。
「大丈夫ー大丈夫!もし、マジでお化けが来たって、俺が守ってやるって!」
気を失わなければ、と付け足したのは、誰にも気付かれなかったと思いたい。
「はあ……ゾンビとか幽霊っぽい天魔なら割とメジャーじゃない」
「いやいや、全然違くないっすか?」
深い溜め息と共に吐き出された結希の言葉に、反射的に虎々は突っ込む。
しかし、いざという時のために、すでに結希に無意識の内に服従している事のに虎々は気付いていない。
「大した差はないわ。倒せるなら同じよ」
「でもっすね」
「とにかく」
あらぬ方向に話が飛びつつあるタイミングで、常磐木 万寿(
ja4472)が口を開く。
「幽霊にしろ、人間にしろ見付ければ対処出来るなら問題ないな」
渋いなー、と虎々は思った。
自分のような軽さとは違う、ずっしりとした声色は、幽霊なんてちっとも恐れていない。
モテる男はこうあるべき、という感じだ。
「そうね、幽霊なら何とか出来るし、問題ないわ。それより」
虎々とは対等、というより少し下に見ていたような所があった結希も素直に会議を進め出す。
「……侵入スキルは普通は最大で25分。多少鍛えた所で40分前後が現実的な限界なのに、一日中姿を確認出来ないってどんなレベルよ。もう天才って言葉じゃ言い表せない領域ね」
「侵入スキルってのはここまで極められるものなのか?」
「わからない、としか言い様がないわね。もう侵入に似た別な何かじゃないかしら」
と、なると探し出すようなスキルのない虎々に出来る事はあるのだろうか。
もし、あったとしても大勢の撃退士がいる学園で、誰にも見付けられなくなっている女の子を見付けられるものなのだろうか。
(何とかしてあげたいな)
女の子が悲しい顔をして、独りで踞っているのは、許せそうになくて。
でも、ちっともいいアイディアは浮かばない。
(何とかなんねーのかな)
そう思った虎々は、教室の中を見回した。
(あれ)
佐野 七海(
ja2637)に何故か目が止まる。
目元を包帯で覆っていて、如何にも何かあったんだろうなー、という風体の七海に話しかけるのは、少しばかり躊躇してしまう。
なるべくなら女の子にモテたいし、優しくしたいけれど、下手な事を言って地雷源に飛び込むのは怖い。
それにどうして彼女に目が止まったのかも、虎々にはわからなかった。
「はーい、先生!」
「誰が先生だ、誰が」
結希に向かって、おちゃらけた声を上げたのは藤井 雪彦(
jb4731)だ。
「えー、結希ちゃんって教師とか似合いそうだよね。眼鏡とかかけてみない?」
「家では眼鏡よ」
「いいね、僕だけに見せてくれない?」
「いやよ、それより何か言いたい事があるんじゃないの?」
「えーっと……忘れちゃった」
笑みを絶やす事なく、そう言い切る雪彦の顔に悪びれた所も、恥ずかしさもない。
あるのは軽さだけだ。
「七海ちゃん、何かいいアイディアない?」
「え、えっ!?」
(ああ、そうか。何かを言いたかったのか)
だけど、その軽さは自然と七海に話を振れる軽さだ。
「あ、あの……一つ思い付いた事が……」
「なになに?ボク、何も思い付かなかったんだよね。七海ちゃんは凄いなー」
「い、いえ……青柳さんに、香水を付けてもらえば、他の人より私、鼻がいいので……気付けるんじゃないのかなって……」
「おー!いいアイディアなんじゃない?確かにスキルだけで探知するより、上手くいきそー!」
「で、でも、これだけだと見付けられませんよね……す、すみません」
「いやいや、イケてるって。だって、あとは優子ちゃん見付けたらいいんだからね」
「そうですね、一つ思い付きました」
「私も思い付きました!」
冷静に言葉を放つ知楽 琉命(
jb5410)と、机を叩き壊す勢いの緋流 美咲(
jb8394)を見て、虎々は何とかなりそうだ、という安心感と、何も浮かばなかった自分に、少し溜め息を吐いた。
●次の日
「なんでプールなのよ」
「水着とか大好きだから☆」
満面の笑みを浮かべながらそんな事を抜かす雪彦に、結希は溜め息を吐いた。
青柳優子を誘き出す方法は、単純と言えば単純。
入寮届けの出た寮や、謎の幽霊が出るコンビニなど、それらしい情報が出てきた所に貼り紙をさせてもらったのだ。
『依頼を受けました知楽琉命と申します。青柳優子さん。 貴方は何時何分にどちらにいらっしゃいますか。 お答えになられる様でしたら記載をお願いします』
(こっくりさん呼び出してるみたいな書き方よね)
と、最初の貼り紙を読んだ時に思ったのは秘密だ。
「それならこっちの方がよくないかな?」
そう言って、○月△日□時に温水プールまで来てください、と書き直させたのは雪彦だった。
「え、なに?そんなにボクの事を見つめて……眼鏡かけてくれる気になったのかな?」
「ないわよ」
受動的な方法より、能動的にこちらから指定した場所に呼び込んだ方が有利なのは言うまでもない。
プールならば水に入らせれば、さすがに気付けるだろう。
青柳優子の侵入の弱点は、自動ドアやカメラなど機械的に反応するものだ。
水に入れば、彼女の体積分の水が押し退けられて必ず反応が残る。
「ところで……」
「な、なんでしょうか」
普通にKamilに話しかけただけなのに、何故か一歩引かれた。軽くショックだ。
「えーと……何を持ってきたの、あんた達」
「帽子です」
見りゃわかる。
Kamilが持っているのは、普通の野球帽にプラスチック製の鮭の人形が突き刺さったような、形容し難い帽子だ。
「……なにそれ」
「これ被ってもらえば、目立つかなって……」
「……まぁ目立つわね。はい、次」
あうう……と声を漏らすKamilの次は、万寿だ。
「弁当と菓子だ」
「なんでまた」
「腹減ってないかと思ってな」
「……悪くないわね」
結希がコンビニのATMや周囲の飲食店の防犯カメラを調べた結果、貯金は引き落とせても、普通の店では注文出来ていないようだった。
ひょっとしたら餌に吊られて来るかもしれない。
「……ええと、最後」
「はい、看板とイルミネーションです!」
安っぽい板にでかでかと「プールに来たら、看板を五回叩いてから中に入ってくださいね!」とマジックで書かれた看板を持ち、何故かぐるぐると自分の身体に電飾を巻き付きた美咲の顔には満面の笑みが浮かんでいる。
「輝く美咲ちゃんもキュートだね、どうかな?今晩、ボクと」
「静かに」
「……ノック五回、来たようだな」
「嘘!?」
ペチャクチャと喋り倒そうとする雪彦も、光纏を始めた琉命と万寿の言葉にまで割り込みはしない。
琉命は生命探知、万寿は鋭敏聴覚を用いている。
辺りを見回そうと、看板の側にいるはずの優子の姿はない。
「なんですか、これ……反応はしているのに……」
「微かにノックの音がしたはずなんだが……」
額に汗を滲ませるほど集中する二人だが、その視線はあちこちにさ迷い、一点を捉えない。
「じゃあ、プールに入ってみてくださーい!」
美咲が叫び、全員が何一つ見逃さないようにと水面に目を凝らす。
「……なんて、でたらめ」
大きな飛沫が立った、はずだ。
飛んできた飛沫が結希の頬に冷感を与え……与えられるまで気付かなかった。
音もなく、嗅覚に優れているはずの七海も反応せず、もし背を向けていれば何があったか全く気付けず、音も気配も存在しない行動は事が起ころうと脳が認識出来ない。
「あそこ……?」
プールサイドから一メートルの位置、満ち満ちる水面の中に、何かがある。
それでも、ここまで御膳立てしようと誰の認識の中にも何も存在していない。
それはまるで喫茶店の壁にかかる意味不明な抽象画だ。
誰の興味も引かず、強く意識しようとも、何もない水面を見つめているような気分にしかならない。
これは最早侵入スキルがどうとかでなく、彼女の存在感の問題なのだろう。
「どうすればいいの……」
そんな疑問と共にぽた、ぽた、と水面に波紋が広がる。
左、右、左、右と水滴が落ちた後だけにしか認識が働かない。
小さく消える波紋、声もなく迷いに満ちた空気、プログラミングならいくらでも動き続ける脳は空転し、何一つ答えを導き出せなかった。
「あー、もう!わかんねえ!」
そんな中、動いたのは虎々だ。
頭をかき、苛立つようにして歩を進める。
その先にあるのはプールサイド、そして水面だ。
虎々はぽん、と軽く踏み切った。
服を着ている事も忘れたように、軽く。
「お互い自己紹介とかした方がいいと思うんだよね、多分だけど」
きっちりセットした髪を無造作にかきあげながら、虎々の視線は真っ直ぐに優子がいると思われる場所に向かっている。
「俺は五辻 虎々。趣味はカラオケ!」
「あ、あんた何をしてるの……?」
「友達欲しいなら、まずは自己紹介っすよ!基本っしょ、基本。それに俺、泣いてる女の子はやっぱほっとけねーっつーか」
虎々のしている事は、道理に合ってない。
撃退士が持てる力を駆使して、必死になって優子を認識しようとしているのに、自己紹介した所で、何の意味があるのか。
だけど、
「こういうのは、同じ目線に立たなきゃ駄目なんすよ。さあ、優子さん!次はあんたの番っすよ!」
「――――!」
確かに、聞こえた。
小さな声だけれど、虎々の伸ばした声に、何かが返ってきた。
「あ……!」
Kamilが、
「聞こえ、ました……!」
七海が、虎々に続くようにしてプールに飛び込んでいく。
結希の目には、まだ真昼の幽霊のようにしか見えない優子に向かって飛び込んだ二人は、強く彼女を抱き締めている。
「誰にも気づいてもらえない……一人ぼっちの怖さや寂しさは、分かるつもりです。だから」
「寂しいのは、駄目です。一人でいるのは辛いです……だから」
「「お友達になりましょう……!」」
「あ」
結希にも、その姿が見えた。
Kamilと七海、二人に抱き締められる一人の少女の姿がはっきり見えた。
腰まで届く長い髪は乱れに乱れ、小さな顔だって涙でぐちゃぐちゃだ。
だけど、
「わ、私は青柳優子です!わ……私とお友達になってください!」
そう叫ぶ彼女は必死で、それを笑う事なんて結希には出来そうにもなかった。
「はいはいはいはーい!私も優子さんとお友達になりたいでーす!」
「ま、待つんだ!?まだ電飾を巻いたままで感電する!?」
「アウルを信じるのでーす!」
飛び込んでいく美咲と、琉命。
嬉しげな笑みを浮かべ、仕方ないな、とでもいう笑みを浮かべ、それでも全員が優子を中心に抱き合う。
「……いやぁ、参ったっすねえ」
「さすがに入れないわよねえ、あんた」
今度、みんなで遊びに行こう。カラオケがいい?ゲームセンターがいい。買い物に行こう。
Kamilと七海と優子が泣きながら、それでも全員が笑いながら話す中、虎々が頭をかきながらゆっくりとプールサイドに戻ってきた。
「まー……無理っすね。たはー、たまには決まったと思ったんすけどねー、残念っす」
そう言いながら結希の見る所、虎々の表情に暗い物はない。
それどころかあの輪の中に負けるとも劣らず、嬉しげだった。
「そんな事、思ってもないくせに」
「バレました?」
「わかるわよ、そりゃ」
丁度いい高さに、それはあった。
しゃがんで手を置くのに、ちょうどいいだけだ。
「えっ、なんすか?」
「ふん、悪くなかったわよ、あんた」
結希の手に伝わる虎々の髪は、色を抜き過ぎて荒れた感触がした。
「年上なんすけどねえ、俺……」
●喫煙所
「いやあ、仲良き事は麗しきかな。それが女の子同士だと更にいいよね!ボク、感動しちゃったよ!」
任務が無事終わり、締めの一服をしていた万寿の前に現れたのは、軽薄が服を着ているような雪彦だ。
よくもまぁ、こんなに口が回るもんだ、と逆に感心するほど雪彦は喋り続ける。
「いやぁ、これが友情パワーってやつだねー。これで大!円!団!一件落着でよかったよかった!」
「男の前で格好付けてもしょうがないだろう」
万寿の言葉に、身振り手振りを交えて話していた雪彦がぴたりと動きを止めた。
「……あー、わかっちゃう?」
「向こうは勝ったとも思ってないと思うぞ」
「ボクは恋がしたいと思ってたんだよ。でも、彼はしっかりと彼女を見ていて、友達になろうとしてたからね。それは似てるようで、すごく違う事だと思うんだ」
「そうだな」
誰も動けない中、虎々だけが動いた。
それは軽さに見せかけた気配りをするこの男からすれば、負けに等しい事なのだろう。
依頼者を本気でどうこうしようと思っていなかったのだろうが、どう受け取るかはまた別問題だ。
ただ、悔しい。
万寿はフィルター近くまで火の回った煙草を消すと、もう一本取り出した。
誰も彼もが子供で、誰も彼もが子供でいたいとは思っていない。
「……美味しいの?」
「美味くはない。だが、たまらない」
「……ボクにも一本ちょうだいよ」
「未成年には駄目だな。代わりにいい物をやる」
「……なにこれ」
万寿が雪彦に渡した物は、包み紙にくるまれた飴だ。
「ママの味だ」
「まだまだガキって事?ひどいなあ」
苦笑いを浮かべ、飴を口に入れた雪彦を前に、万寿はゆっくりと煙を吐いた。
割と真面目に美味いと思って渡したのを言うべきか、言うまいか迷いながら。
「いい男になるには、まだまだ遠いや」
飴を含んだ雪彦が、年相応の顔をして肩を竦めるのを見て、万寿は深く煙を吸い込んだ。