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マスター:久保田
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:9人
サポート:4人
リプレイ完成日時:2014/07/15


みんなの思い出



オープニング

※このシナリオはエリュシオンTRPGリプレイ『恋と冒険の殺戮力学』に同梱の
 アンケートはがきをご送付いただきました方が参加可能な、特別シナリオです。


 生まれた時から、すでに道は決まっていた。
 それはただひたすらに真っ直ぐな道だ。
 砂混じりの風が吹く荒野を、ただひたすらに真っ直ぐ歩き続けるような、そんな道だった。
 しかし、その道を歩く事を望んだ。
 母に望まれたからでもなく、父に強制されたからでもなく、誰かの期待に応えるためではなく。
 己が己である以上、他に道はないのだも決めたのだ。
 周りの子供達が無邪気に遊ぶ頃、剣を握った。
 剣の重さにふらつく己の弱さに歯を食い縛り、昨日よりも少し上手く振れるようになった日はベッドの中でずっと笑い続けていた。
 決められていた道に、すっとはまりこむようにして生きてきたのだ。
 恋は知らず、目の前に広がる戦場だけが生きる場だった。
 だが、それは背後に守るべき存在があればこそ。
 長としての己と、個としての己は矛盾する事なく一つだった。
 戦果を上げれば、民の暮らしがよくなる。民の暮らしがよくなれば己は幸せなのだと、何一つ疑う事はなかったのだ。
 強くあれば、ただひたすらに貧しい荒野に暮らす民を肥沃な大地に連れて行ってやれるかもしれない。
 ただ、それだけを信じていた。
――その日までは。
 その場で鉢合わせたのは、完全な偶然に過ぎない。
 天使は東の街を侵略しようとし、悪魔は西の街を侵略しようとし、その中間地点で偶然出会っただけだった。
 戦う理由すら忘れるほどに長年争い続けている天使と悪魔が出会えば、当然のようにぶつかるしかない。
 それは林檎を落とせば上から下に落ちるような、火は熱いというような、法則にも似た当たり前の話だ。
「戦士、オウロ」
 先に名乗りを上げたのは悪魔の男。
 上半身に纏う衣服はなく、鋭い牙を連ねた首輪をぶら下げ、下半身はどこから剥いできたのかわかった物ではない毛皮一枚。
 しかも、ご丁寧に真っ赤な鳥の尾羽を束ねた頭飾りまで被っており、まるで絵に描いたような蛮族だ。
 身の丈よりも長くはあるが、細身の黒曜石にも似た槍は文明の臭いを感じさせない。
 だが、その身には力が満ちている。
 細身だが鍛え抜かれた体躯から発せられる威風は、万軍の敵としても不足はなかった。
「アイリーン・ヘリオガバルス。騎士をしている」
 対するは天使の女。
 オウロとは対称的に分厚い甲冑を着込み、外界に接している部分は背中から伸びる純白の羽だけだ。
 優美な曲線を描く甲冑には、所狭しと薔薇をモチーフにした細やかな装飾が施されているが、それが不思議と悪趣味には見えない。
 よほどの名工が心血を注いだ業物なのだろうと、一目見れば理解出来る代物だ。
 だが、飾られるだけの置物でない。
 大剣を己の身で隠すように構えたアイリーンの動きに不自然な所はなく、明らかに戦うために存在する甲冑だとわかる。
「いざ」
「参る」
 距離にして三百メートル。二人の間にある言葉は、ひどく短い。
 最初の一歩は同時、しかしその先の伸びが違った。
 アイリーンが二歩目を踏み出す前に、オウロは三歩目へ。
「ほう」
 と、アイリーンが漏らした感嘆は、敵手の突きだされた槍の鋭さに。
「ふむ」
 と、オウロが漏らした感嘆は、あっさりと自分の槍を受けてみせた敵手の巧さに。
 人知を超える速度にて距離を詰めた事など、二人にしてみればどうという事はなど頭にない。
 ぶつかり合った刃と刃から生み出された衝撃は、足元の草花を散らし、花弁が地面に落ちる前よりも早く二人は動く。
「何と……!」
 まるで蛇のようにオウロの槍が、アイリーンの大剣をするりと避けて前に出る。
 黒曜石にも似た材質で出来ている槍だが、似ているのはその鈍い輝きだけだ。
 冥界に住むスネークジャイアントの背骨を使った、尋常ではない柔軟性を持った槍である。
 そのくせアウルを籠めれば、鋼など優に超える強靭さを発揮するのだ。
 そんな槍が一瞬だけ柔軟性を取り戻し、鞭のようにしなったかと思えばアイリーンの横面を襲う。
「ぐっ……!」
 思わぬ攻撃に意表を突かれたアイリーンだが、オウロの攻撃を甲冑に任せに防ぐと、その長い足を振り回し無防備な脇腹に叩き込んだ。
 一交差目は互角、互いに深追いすることなく飛び退くと再び距離を取った。
「やるじゃないか」
「そちらこそ」
 アイリーンは視線の狭さが命取りになると判断し、大剣を地面に突き刺すとゆっくりと兜を脱いだ。
 その隙に攻撃されるとは思っていないのか、露になった彼女の口元には柔らかな微笑みが浮かんでいる。
「待っていてくれたか」
 オウロもまた槍を地面に突き刺し、腕を組み待つ。
「待つさ」
 無表情だが、どこか嬉しげな気配を漂わせる様はまるで子供が遊びに出掛ける様子によく似ていた。

「アイリーン」
 名人は立ち姿を見ただけで、相手の力量を知る。
「オウロ」
 ここにいるのは、二人の名人だ。
 天魔としての力はさほどではないだけに、技量を磨き続けてきた二人だ。
 互いが互いの力量を余す所なく知り、拮抗した実力は互いの歩んで来た道を理解させる。
 己の道は誇りに満ち、相手の歩んで来た道が尊敬に値する物だと理解した。
「愛している」
 その結果は突如として発生したハリケーンのように、互いの心に激しい恋が生まれる結果となる。
 そして、
「だから」
「殺す」
 天使と悪魔は相容れず、互いの背後にあるのは一族の命運。
 愛に妥協する道など自分にはなく、ならば相手にも妥協出来る道はない。
 再びぶつかり合った二人の剣筋に一切の躊躇はなく、広がる斬線はただ相手を一途に求める。
 噛み合い過ぎた剣戟の応酬は、まるで最初から動きが決まっている舞のようでもあり、オウロが甲冑の肩口を貫けば、砕けた甲冑を槍に噛ませて動きを止めさせてアイリーンが深い一撃を返し、己の身を食むウロボロスのようでもあった。
 しかし、そこに悲愴の色も倦怠の空気もない。
「楽しいな、オウロ!」
「誰かを愛する事が、こんなにも嬉しいとは知らなかったぞ、アイリーン!」
 ひたすらに喜びに満ちた笑みを浮かべる二人の動きはどんどんと速くなり続け、下手な撃退士では視認すら出来ない領域に辿り着く。
 アウルと恋の燃焼は激しい炎となり、敵を打つ雷となり、絶技が飛び交い、他者が足を踏み入れる事を許さぬ絶殺の領域を生み出す。
 百年経ってもこうはなるまい、と思うほどにぐんぐんと伸びていく技の冴えは武人としての喜びだ。
 しかし、そんな喜びもこの恋心の輝きに比べれば、何と虚しい事か。
 百合を超え、千合を超え、万合を超える剣閃の交換。
 その末に弾かれるように、三度距離を取った二人は当然のように満身創痍だ。
 オウロの露出した上半身は数え切れないほどの傷に覆われ、特に左の太股に刻まれた傷は深く、その神速を鈍らせる。
 アイリーンの甲冑とて貫かれた場所は数知れず、殴り付けられた部分は大きくへこみ、優美な曲線は見る影もない。
 特に右肘の関節部は醜く砕け、ひどく動作を阻害している。
「よもや、恨むまい」
「ああ、俺達は永久に一緒だ」
 通じ合い過ぎた二人の言葉は、もはや最終局面に辿り着いていた。
 残り二十合。その時、どちらかが死ぬ。
 相手の死に顔など、絶対に見たくはない。
 それは言葉にならず、想像しただけで一言悲しいとしか言い表せない感情が生まれる。

 だが、自分の死に顔を見せた時、相手がこのひどい感情よりも更に強い感情を得るのであれば、それはとても許せる事ではない。
「死ねよ、アイリーン」
「お前が死ぬのだ、オウロ」
 だから、殺す。
 嘆くのは自分だけでいい。
 相手を殺し、その喪失は己だけが抱えるのだと、二人は決め、相手がそう思っているのだと知る。
 想われる喜びが溢れ、喪う事への悲しみが魂を焼き、だがそれでも愛に尽くすと決めた。
 矛盾していた誇りと愛は再び一つになり、一つになった感情は弓につがえられた矢のように引き絞られて行き、
「何のつもりだ、人間共……!」
「邪魔をするな!」
 気付けば、多数のアウルを感じた二人は視線を交わす事なく、背を向け合った。
 ぶつかり合い、残りも少ないアウルを虚空に叩き付けると、一瞬にして二人が傀儡としている兵が現れる。
 狼のディアボロが十、人形のようなサーバントが十。合計二十の兵が、撃退士に差し向けられた。
「時間稼ぎにしかなるまいが」
「その前に、全てが終わらせればいいだけだ」
 引き付け合う磁石のように、二人は再び激突する。
 無粋な観客達が舞台に上がらぬように、望みもしない介入はよせ、と叫ぶように。
 脆弱な人間共など、雑魚でしかない傀儡の兵でも十分な時間稼ぎになるはずだ。
 だが、
――二人で生きられるのならば。
 その言葉だけは、口にしない。
 天使は天使として、悪魔は悪魔として生きるしかないのだから。
 一族を率いて、人間界に逃げ込む事は出来るはずだ。
 これまで上には忠実に従い、下の面倒を見てきた。
 一度だけなら全てを出し抜いて、この豊かな緑溢れる人間界に逃げる事は出来るだろう。
 しかし、一族を率いて人間界に逃げようと、力を失った自分達では一族を守れない。
 か弱き人間達に全てを賭けるなど、出来るはずがないのだから。
 だから、
「――終わらせる」
 そう決めた。
 そうするしか、道はないのだから。


リプレイ本文

 敵の数は多く、だがそれだけだった。
 激突する天魔の余力で生み出されただけの代物でしか無かったディアボロとサーバントは、濡れた和紙を引き千切るようにしてあっさりと撃退士達に駆逐されていく。

「起きてる相手を優先!寝ているのは後回しにお願いします」

「は、はい!」

 楯清十郎(ja2990)の氷の夜想曲で眠らせられた有象無象を放置し、城前 陸(jb8739)がコメットで吹き飛ばし、

「さくさくといきましょう」

「がんばろー。おー」

 和菓子(ja1142)が動きを止めた所で、平野 渚(jb1264)のモーニングスターが敵の頭を打ち砕いていく。
 知性のない獣達は、質と連携で勝る撃退士達に勝るのは数しかなく、数の優位すら失いつつある現状ではどう足掻いた所で天秤が傾く事はないだろう。

「行きますわ!」

「うえ!?」

 状況を見切った長谷川アレクサンドラみずほ(jb4139)の言葉に、普段は欠かす事なく被っているクールイケメン風の皮にそぐわない声を神宮陽人(ja0157)は漏らした。

「ちょ、ちょっと待とうよ、まだあいつら元気一杯だしさ!?」

 天使も悪魔も、まだ元気一杯といった様子だ。
 巨大な大剣が鮮やかな弧を描いたと思えば、力任せに突き込まれた悪魔の槍が正面から押し返し、と思えば、ぬるりと忍び込む蛇のように槍の切っ先が即座に大剣の守りを潜り抜ける。
 力だけではない連撃の応酬は、純粋な出力だけで見ればそこまで強力なものではないが、この人数で押し切れるとは陽人はまったく思えなかった。
 正直な話をすれば、陽人に彼らに何かを与える理由は何一つない。
 人に害なす天使悪魔が死のうがさしたる感情も抱くには少しばかり熱が足りず、自分と自分の守るべき範囲の外で何をしようと関係ないとすら思ってる。
 それは正しくあり、陽人からすれば間違ってもいた。
 話せばわかり合えると思える正しさは心地よく、それに溺れるのは恐怖すら感じてしまう。
 だから、自分の役割はその正しさに溺れる人を掬い上げる所までだ。

「そうですわね」

 と、納得の意思を見せたみずほに、陽人は強烈な嫌な予感を覚える。
 きっと続く言葉は、ですが、だ。

「ですが、どちらかが倒れるのを待って戦いを挑むのはフェアではありません!」

「行くのね!?行くのね!?あんなに二人で楽しそうに踊ってるのを邪魔したら悪いかと思って空気読んで我慢してたけど、行くのねェ……!ヒャア、たまんないわァ……!」

 と言っている間に、上空でつまらなそうに狙撃していた黒百合(ja0422)が動いた。
 互いを思い、互いを食らい合う姿はとても騒がしく、とても色鮮やかで、とても美しい。
 介入する大義名分は乱痴気騒ぎという名のパーティーに参加するチケットで、

「申し訳ないけれど、私達の御相手を務めて頂けるかしらァ……?」

 放つ銃弾は素敵なステップだ。
 あらぬ方向に飛んだように見えた銃弾は、ダンスパートナーの足を踏むはしたなさとは無縁。
 踏み込み、引き、刃を振るう天使の未来位置を予測した偏差射撃だ。
 まるで当たりにやってきたかのように動いた天使の肩口に、銃弾が吸い込まれるようにして飛び込んだ。
 しかし、視線すら向けない天使は丸みを帯びた甲冑の肩で、銃弾を滑らせるようにして弾き、その受け流された衝撃は天使を小揺るぎすらさせず、振り下ろされた大剣の一撃は天地すら切り裂きそうな力が乗っていた。

「少しはこっちを見なさい!」

 一直線に突っ込んだみずほは、天使の攻撃を避けて体勢が崩れた悪魔の手前で急制動。疾走の勢いを足で殺し、その勢いを拳への重さへと転化させる。
 その左ストレートは、低位の悪魔を怯ませる自慢の一撃だ。
 しかし、磨き続けてきた年季が違う。
 天使と正対し、避けるために体勢を崩した所に放たれた一筋の矢は、悪魔にとってむしろ喜ぶべき変化だった。
 左手一本で保持する槍の柄はみずほの拳に正確に合わされ、左拳が槍を撃つ。
 その力に逆らう事なく、細やかな足捌きと体捌きをもってして、悪魔は回る。
 みずほを軸とし一回転した悪魔は、更に遠心力を加味した一撃を天使に叩き付けた。
 それはまるで地形を生かしただけ、とでも言うような、

「なんて屈辱……!」

「だから言わんこっちゃない!」

 がら空きとなった悪魔の背中に陽人がショットガンを撃ちこむが、効いているか効いていないかすらわかったものではない。
 
「この二人を、止められる、ぐらいに……!」

 志々乃 千瀬(jb9168)がおどおどした態度を見せつつも放った銃撃は、悪魔の攻撃を受け止めている天使の、そこしかないと言わんばかりのタイミングの一撃だ。
 しかし、天使の甲冑は当然のようにその一撃を受けても、まともにダメージが通った様子はない。
 それどころか悪魔と同じように受けた衝撃を、甲冑を着込んで重くなった動き出しとして利用するほどだ。
 重いトラックが出発時にのろのろと動き、速度が乗ってしまえば容易に止まることがないように、振り回された大剣はみずほをブラインドとし横薙ぎに両断する起動だった。
 渾身の一発を放ち、動きの止まったみずほは避ける事も受ける事も出来ず、

「んなっ!?」

 両断される未来は身を低く倒した悪魔の手によって防がれる。
 襟首を無理矢理掴まれたみずほは、その勢いに抵抗する事なく地面に尻をめり込ませるほどの勢いで叩き付けられるが、そこで止まる事なく受身の要領で身を踊らせた。
 頭の上を掠めるように通り過ぎていった大剣を知覚する頃には、その背筋に滝のような冷たい汗が流れる。

「助けて……くれたわけじゃなさそうですわね……!」

「あはァ……超ナメられてる……?」

 完全に向けられた背を見れば、はっきりとわかった。
 悪魔はみずほを助けたわけではなく、彼らは単純な話として居並ぶ撃退士を障害として利用しているのだ。
 攻撃の軌跡を隠すため、互角の技量により拮抗した戦況を動かす乱数として。
 撃退士という天魔を倒す牙ある敵ではなく、その辺りに生えている木と大して変わらぬ扱いだ。

「殴って、止めます!」

「手加減はしないわァ!」

「す、少しは待とうよ!?」

 額に怒りの四つ角を浮かべたみずほと黒百合に、陽人は慌てた叫びを漏らした。
 空中から狙撃を繰り返す黒百合はまだしも、再び正面から突っ込もうとしているみずほは命がいくつあっても足りやしない。
 なら、潰し合うのを待ち、残った敵を掃討している仲間達を待つのが得策だ、普通なら。

「待って花実が咲くもんですかァ!」

「咲くよ、待ってれば!」

 少しでもこちらに意識を、という祈りを篭めて引いた陽人のショットガンと、とにかくぶち当ててやると乱射されたように見えつつも、しっかりと狙い定めて放った黒百合の狙撃は天魔のいる空間にバケツで水をぶちまけたかのように広がった弾幕を生んだ。
 しかし、この瞬間は回避重視の悪魔と、受けて流す天使という図式は逆転し、弾幕の中を突っ切るように悪魔が動き、それを読んでいたかのように天使が大きく一歩下がった。
 引きつつも叩き付けられた大剣が唸りを上げ、引かれた分の距離を半身になり持ち手をずらす事によって埋めた槍が閃光を走らせる。

「っ……!」

 天使の一撃は悪魔の左肩から踏み込んでいた右膝まで切り裂き、悪魔の一刺しは天使の甲冑を正面から打ち砕く。
 更に動きの止まったタイミングでみずほが踏み込み、再度の左拳をこれしか知らないとばかりに割り込むようにして天使へと放つ。
 傷を負った直後だというのに天使は右のガントレットで防ぎ小揺るぎもせず、虫でも払うようにして悪魔の蹴撃がみずほの胴を襲う。
 弾かれてごろごろと転がってきたみずほは、うつ伏せで身動き一つせず。
 そんな彼女を放置し、天魔は再び剣戟の応酬を開始する。

「だ、大丈夫ですか……?」

 転がってきたみすぼに千瀬は駆け寄り、回復を開始する。
 
「まずは一発、決めてやりましたわ!」

「ひい!?」

 次の瞬間、がばりと起き上がってきたみずほにびくりと背を震わせたが。

「でも、まだ駄目ねェ……ヤらせてもらった一発じゃ話にならないわァ……」

「下品ですわよ!」

「そういう意味じゃなかったんですか……」

 と、さらりと話に混ざってくる和菓子。
 後ろを振り返ってみれば、ディアボロとサーバントは殲滅されており、全員が揃っていた。

「これ以上無視するなら力ずくで止めます!」

 一瞬、目を離した隙に更に傷の増えて動きの悪くなる天魔に清十郎が飛び込んだ。
 シールドに体重を乗せた、機動隊が暴徒を押さえ込むような動きはひたすらに捌きにくい動きだ。
 対する悪魔は煩わしそうに一瞬視線を向け、鞭のようなミドルキックを返し、正面から清十郎を弾き飛ばす。

「障害物なし。視界良好」

 その後ろから清十郎を飛び越えた渚の手には、ぶおんぶおんと音を立てて回転するモーニングスター。
 鉄球の遠心力を上から下に全力で叩きつける一撃は、それでも万全な悪魔には届かなかった事だろう。
 しかし、片腕がまともに上がらない状態では槍を掲げて防ぐ事も叶わず、分厚い鉄の扉にトラックが衝突したような激音を立てて悪魔の鎖骨に鉄球がぶち当こまれる。

「人間風情に、止められた気持ちはいかがですか?」

 同時に同じようにシールドを構えて、天使の背後より突撃をかけた和菓子が、その反撃を正面から止めていた。
 取り回しのいい槍や裸同然の格好をした悪魔とは違い、甲冑と重い大剣を持った天使はその動きに制限がある。
 振り返り様に柄尻の部分を叩き付けた程度では、体重の乗ったシールドを弾き切れなかったのだ。

「ナイスですわ!」

 そこにみずほ渾身の右拳が天使の顔面を捉え、その足を僅かに後退させた。
 悪魔は片腕を斬られ鎖骨へのダメージを、天使は胸に大きなダメージと顔面への渾身の一撃で僅かに脳が揺れ、

「ちっ……!」

 それでも天魔は互いに一撃を交換し合う。
 残った右腕一本で保持した槍を蹴り上げれば、その切っ先が天使の左目を奪い、突き出された天使の大剣は悪魔の左腕を突き破る。

「まだ続けるんですか……!」

「止める理由がない!」

 その凄惨な光景に陸が声を張り上げると、ついに悪魔が言葉を返した。

「怨恨、仇討、命令、誇り……それとも愛……?それは死に到るまで戦う理由に……!」

「なるとも、ならないはずがない!」

 天使が言葉を交わそうと、動きが止まる事はない。
 相い食むような闘いの中に撃退士達の動きが加わり、それでも天魔の攻撃は互いにしか向かっていなかった。

「まるでお互いを殺すのが苦痛みたいじゃないですか!」

「それが戦士が言う事か!決めたのなら、迷わず殺す!迷わず殺せ!」

「これは違うでしょう?無駄な戦いをし、そしてそれをどこかで止めてもらいたいと思っているのではなくて?」

「だからと言って、背負う部族がある!それをお前達にどうにか出来るか!」

「でも、だからって!」

 刃と共に言葉が飛び交う。
 しかし、そのどれもが致命に届かず、ただ虚しく誰もを切り裂いていくだけだ。
 弾き返されるだけの言葉は、放った者の柔らかな場所を傷付け、時が経つにつれ、天魔の身体に刻まれる傷が増えていく一方であり。
 言葉を放たずに、動いた二人がいた。
 
「貴方達、二人のこの戦いは私が生きてる限り記憶しておいてあげるわァ……」

 一瞬の、隙とも言えぬ隙間に、捻じ込むようにして動いた黒百合は、もはや原型を留めていない天使の甲冑の背に銃口を押し当て、

「結局、僕は人を傷付ける奴とは友達になれそうにない」

 撃退士達の連携の末に生まれた悪魔の動きの繋ぎ目に、陽人は迷わず飛び込むと失われた肩口に銃口を押し当て、

「待っ」

 二人は、迷わずに引き金を引いた。
 アウルで形成された弾丸は天魔の柔らかな肉を引き裂き、骨に当たると内部で兆弾し、彼らの内部を食い破る。
 死に到る、一撃だった。
 同時にどさりと膝を着いた天魔は、重力に引かれるようにしてその身を前に倒し、互いに支え合うようにしてぶつかる。
 言葉は、無かった。

「言葉は届かなくて、だったら力で止めるしかない」

 陽人の呟きは、誰もが理解していて、誰もが理解したくなかった現実だ。
 その言葉は言い訳ではなくて、むしろ生き延びた撃退士達を思いやるような、そんな響きが伴っていた。
 
「私達は理解してあげられなかったけど、満足そうな顔しちゃって……」

 釣られるように笑む黒百合を横目に、和菓子は聖火を剣に宿す。

「諸行無常、ですかね。……僕は悪くないと思いますよ」

 霊送り。
 アウルの聖なる炎は二人を包み、高らかに巻き上がる。
 生死の際に初めて抱擁した二人に、祝福あれと。次こそは違える事のなきようにと。
 その炎を見て、陸は思った。
 確かに他人の迷惑を考えず、暴れるだけ暴れまわった異邦人達で撃退士が退治すべき存在だろう。
 だけれど、怨恨でも仇討でも命令でもない、もっと本人達にとって大きな何かのために戦っていた彼らは、不幸ではなかったのだと、陸は思いたかったし、彼らが不幸だと思うのはどうしてもしっくりと来なかった。
 自分達に理解を求めているわけでもなく、本人達がお互いしか見ないようなどうしようもない争いだったが、そこには確かな納得があった気がする。
 陸は彼らと話を、してみたいと思った。
 もう風に溶けて、どこにもいない彼らと話をしたいと思った。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:3人

俺の屍を越えてゆげふぁ!・
神宮陽人(ja0157)

大学部5年270組 男 インフィルトレイター
赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
モテ男にも恋をさせたい!・
和菓子(ja1142)

大学部1年196組 男 ディバインナイト
道を切り開く者・
楯清十郎(ja2990)

大学部4年231組 男 ディバインナイト
揺れる乙女心・
平野 渚(jb1264)

高等部3年1組 女 ナイトウォーカー
勇気を示す背中・
長谷川アレクサンドラみずほ(jb4139)

大学部4年7組 女 阿修羅
ガクエンジャー イエロー・
城前 陸(jb8739)

大学部2年315組 女 アストラルヴァンガード
友と共に道を探す・
志々乃 千瀬(jb9168)

大学部4年322組 女 陰陽師
充実した撃退士・
ソウマ(jb9803)

高等部2年11組 男 アストラルヴァンガード