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「私達と同じく、アッキーを捜索していた生徒達が消息を絶った!? ……ふうん。その生徒達に、なにかしらの事が起きたって事か。探し出して事情を聞きたいわね」
辺りを見回す神埼 晶(
ja8085)は索敵などの感知スキルを使用して生徒達の気配を探る。
「失踪というと、春夏冬さんに見つかって捕まったか、攻撃等受けて動けないのか、自分たちから進んで身を隠したのか……があったのでしょうか。とにかく生きて無事でいてくれるとよいのですが」
五十鈴 響(
ja6602)は消息を絶った班の写真を見る。
曰く、最後の報告は以下である。
『こちら芳村班。目標と思われる人物、二人組を発見した。準備が整い次第、接触を開始する』
そしてこの報告が行われたのがここ、町外れにあるスクラップ場である。廃車となった車がそこここで積み上げられ、生えのさばった雑草が煩わしい。そしてそれらが真夏の太陽によって、蒸し暑さと必要以上の眩しさを生み出している。
近隣の町で道行く人に写真みせつつ、風貌説明して目撃情報辿ってもみたが、やはり行き着く先はここであった。
小鳥遊が春夏冬の行き先に心当たりがあるならそちらへ、情報なければ目ぼしい施設などがある方面に行ってみても良いかもしれない。
(アルジェルちゃんも呪いにやられたって事か……)
麗奈=Z=オルフェウス(
jc1389)は状況も考え、何かしらの『毒』に汚染されている可能性を考える。
「まずは現場の捜索からしようよ。移動できそうなルートやほかに人影がないかも確認しないと。ね、小鳥遊さん……何か、見つけるかもしれないからさ」
「……そうね。藍の言う通りだわ」
最後の映像に、アル=ジェルの死。着実に動いている状況に、小鳥遊は確かな焦りと疲労を見出している。木嶋 藍(
jb8679)の気遣いは確かに受け取っているが、吟味するほどの余裕はないようだ。
「ねえ、あれとか?」
おもむろに数多 広星(
jb2054)が指を差した先を見る。
廃車によって作られた鉄屑の花道。その奥から、歩いてくる四つの人影。逆光を背負ったそのシルエットは、見覚えがあった。
「まさか――」
神埼が歩み寄ろうとした瞬間、ナイトウォーカーの木野が槍を構えてきた。どう見てもこちらを攻撃する気概である。
「ちょっと待った! 私達は敵じゃないわよ!」
だが聞く耳は持たれず、ディバインナイトの柴村・ルインズブレイドの南条も各々武器を構える。
「……どうやら、彼らは毒を植え付けらた様ですね」
咄嗟に阻霊符を発動させた雫の呟きの通りである。彼らはバロックに呪いをかけられ、消息を絶ったのだ。
「仕方ない。このまま黙ってやられるわけにもいかないから――恨みっこなしよ」
廃車の陰に隠れ、スナイパーライフルXG1を取り出す神埼。スナイパーライフルの間合いの長さを利用し、敵の意識の外から攻撃を行う。主に味方の援助や攻撃への回避を促すを行う牽制が主体で、脅威たりうる芳村と木野の無力化に際し邪魔となる柴村と南条の動きをアシッドショットで止める。
それでもなおこちらに接近してくるのであれば、シルバーレガースによる前蹴りで間合いを離し、索敵で敵との位置を把握しつつ距離を取るように移動して再度スナイパーライフルを構える。
命までは取らない。致命傷にならないよう急所は外すように注意は絶やさない。
木嶋が数えたメンバーは三人。一人――リーダーであるインフィルトレイターの芳村の姿が見当たらない。索敵を使って周囲に注意を向ける。
「うーん、会話はできなそうだね……正気に戻さないと。殴っていいかな?」
「殴らないと殺されるわよ!」
銃を構え、辺りに神経を集中させる。狙撃手の位置が全くわからない為だけではない。可能性は低いが、『何か』が見ているかもしれないのだ。
(呪いって、何? こんな風に人を操って、何をしたいの?)
バロックと行動を共にする春夏冬を追跡していたので、小鳥遊が追ってくると織り込んだ上で仕掛けられた罠とも考えられる。
最初はナイトウォーカーを狙う木嶋。急所以外、かつ動きを簡単に止められる足を狙って撃つ。ここは廃車の積み上げられたスクラップ場。足元が悪い所に居れば、足元を崩してバランス崩したところを捕まえばいいし、遠いようであれば陽光の翼で近づいてロングレンジショットで対応すればいい。
動きを見る限り、凶暴だが知能が低下している印象がある。場所の特性を掴んでおけば、いかに攻撃に特化したナイトウォーカーと言えど脅威ではない。木野が片付けばルインズブレイドの南条、ディバインナイトの柴村と標的を変える。彼らも木野と同様の動きが見られる為、戦い方は変えなくても大丈夫だろう。
「学園生なので、とりあえず戦闘不能にして学園に連れ戻します 。ご勘弁を」
全体見つつ臨機応変に対応する五十鈴は、彼らが小鳥遊のみを狙う事はないかが心配であった。
射程内で仲間を入れない範囲に向けてスリープミストで一時的な眠りに落とす。
「ん〜……盛ってるって感じかしら? アルジェルちゃんの懸念にしてはチープな呪いね?」
オルフェウスは倒すことをメインとせず回避主体として翻弄し、足止めと時間稼ぎを行う。闇の翼を使って南条に接近し、スタンエッジを織り交ぜながらヒットアンドアウェイの戦法で舞う。その最中彼らの状態をよく観察し、『毒』の原因が何なのを可能な限り探る。
「私を狙うなら障害はつきものよ♪」
どこにいるのかがわからない芳村の攻撃は常に気を張り、敵を盾にして射線を確保させないように仕立てる。
「死なない様に威力の調整はしますが、骨の一・二本は覚悟して下さい」
飛翔しかけた柴村を投擲したアウルの鎖で捕まえ、柴村の後方へとワープした五十鈴の要請の書による攻撃の援護を受けながら落とす。
落下した所で、死なせない様に注意を払いつつ切り裂く。破壊力と速度を上げる為に燃焼されたアウルが、粉雪の様に周囲を舞い、武器に集中された力は刀身を蒼く冷たい月の様に輝いている。
(やれやれ。殺すナとはね。それより、スナイパーがいるって情報マジなのか?)
狙撃手の恐ろしさは長田・E・勇太(
jb9116)自身の経験で分かっているため、できうる限り相手の思考を読もうと試みる。
召喚獣・フェンリルを呼び出し、相手の動きを阻害しながら突撃させ、狙撃手に攻撃させるよう仕向ける。 同時にフェンリルにあたりをサーチさせ、狙撃手の場所を弾き出す。
(カモン……餌がウロウロしてるぜ? 攻撃して来いヨ。スナイパー)
「所詮偽物、インスタントだとこんなもんかぁ……だけど、春夏冬は偽物であったとしても、コイツラよりは本物に近そうだ」
戦場が俯瞰でき、見通しが良い場所へすぐに移動した数多は、防御の術を施しつつ、弓と遠距離攻撃の技で味方を援護する。
芳村からの狙撃に警戒し、もし狙撃されたらその軌道から位置を割り出して、一番近い五十鈴に伝え、剣魂を使用して長田と入れ替わるように前線へと躍り出る。
五十鈴はワープで射程圏内まで一気に詰める。同時に感じられるのは何者かの気配であり、それが大声で叫んだ。芳村の動きが止まった事を見て、妖精の書から羽の生えた光の玉を生み出して飛ばす。
「ああ、どんな味がするんだろうなぁ」
芳村と数多の距離が詰まってきたら、封砲を逃げ場を無くすように放つ。黒い光が煌いた所で、スタンエッジで動けなくした後、絞め落とす。
「脅威は去った、カ」
南条の剣をワイヤーで絡め取り、薙ぎ払って弾き飛ばす長田。残り三人も気絶をさせるように、ルチア・ミラーリア(
jc0579)らと連携して戦う。 気絶程度で済むように、時には手加減を加えながら攻撃を行う。
班をまとめる芳村、そして班の爆発力を担う木野の両名が戦闘不能になった時点で勝敗は喫している。スクラップ場を巻き込んだ争乱は、やがて消息を断った生徒ら四名全員の戦闘不能という形で終わりを迎えた。
◆
「この人たちがこんな風になってしまった、ってことは、バロック達と接触した、ってことだよね。じゃあこの周囲に何かあるはず。接触出来るような場所……この近くに居たのは間違いないんだ」
彼らの意識が戻るまでの間、周囲の警戒を続けたまま木嶋は小鳥遊に訊ねる。
「消息を絶ったという『ある地点』がここっていう事は……何か関連性があったりするの?」
「あるわよ。だってここは……」
木嶋と神埼の問いに小鳥遊が答えようとした時、微かにうめき声が聞こえた。
「起きたみたいだよ」
数多が視線を落とした先では、芳村が恐る恐る目を開けた所であった。
「……君達は」
「オオット、大丈夫かい?」
長田は芳村に一通りの事情を話す。芳村はにわかに信じられない様子であったが、神埼から手当てを受ける班員を見て、腑に落ちた様子である。
「大丈夫? 一体どうしたのよ」
「……我々はバロック、そして春夏冬氏と遭遇した。その辺りから記憶はなく――気付いたらこのようになっていた。惨めな限りだ」
神埼の問いに、心底情けなさそうに答える芳村。それに対し、雫と五十鈴がさらに追求する。
「今と前とで心境や思考にどの様な変化が有るかとバロックに遭遇したかなど、詳しく聞かせてくださいませんか。アル=ジェルは自身に掛けられた呪いについて理解していました、貴方達もどの様な呪いを掛けられたか判ると思います」
「春夏秋さんたちに接触してる? 何があったか、毒としたらバロックから何を受けたのか……わかる範囲でいいので、教えてください」
雫と五十鈴の質問に、芳村はゆっくりと思い出すように答えた。
曰く、一向を襲った時の記憶はない、と。
曰く、春夏冬・バロックの両名とは接触した、と。
曰く、両名とは戦闘にはならなかった、と。
曰く、接触したがどのような毒をバロックから受けたのかはわからない、と。
曰く、これ以上覚えている事はない、と。
つまりバロックは、毒という一種鮮やかな手口を使って四人を操った。そういう事になる
「ひとつ、聞いてもいいでしょうか」
呪いの対策方法も練らねばならぬが、雫としてはアル=ジェルの死について関与しているかを確認したかった。
関与が無かったり、バロックとの遭遇が殺害時間と合わない場合は内部に呪いに掛かり情報の流出があると判断して情報操作を行い此方が有利になる様に情報を流した方がいい。誰がバロックに繋がっているか判らない以上は、上手く釣り出す情報を流さなければならないのだ。
「アル=ジェルが殺害されました。銃殺です。何か思い当たる事は?」
「……いや、俺にはわからん。ただ、アル=ジェルとバロックの監視や世話にあたっていた班は交代でどちらも見ていたから……バロックと接触した時に何かをされていた可能性があるかもしれん」
「記憶が途切れる直前の事、覚えてたりする? あの毒の原因を知りたいの」
オルフェウスは考える。捜索者が呪いにかかったという事は、逃走速度は然程早くないのか、むしろこちらを誘っているのか……どちらかの可能性がある。
「僅かだが」
「教えてくれる?」
「……ただ」
「ただ?」
「ただ、じっと……見られていた。我々は、あの深い緑に……」
思い出されるのは、監視を行う生徒達の言葉。
『バロック? あいつは中々に不気味で。何というか、得体が知れなくて。口は利かないし、動かないし。事情聴取で出したり食事を持ってきてもただずっとこっちを見ているだけで』
この言葉と、現時点で出された事象が組み合わされて、ひとつの事実が出来上がる。
バロックは、対象を『見る』だけで毒を流し込み、呪いを施す事ができる。
『あれはその気になれば誰にでも呪いを施す。だが今回は、あの黒服の男に施したというだけの話だ』
アル=ジェルの言葉。あの時彼女は、呪いは春夏冬にしか施されないと言っていた。
それがもし誤算であるのであれば。
「……チョット待てよ、アル=ジェルの言う事が正しかったら、なんでこいつらは正気に戻ったんダ?」
現に四人は正気を取り戻し、こうして対話が可能となっているのは何故か。アル=ジェルを殺害した生徒らもこの四人と同様で、アル=ジェル殺害時の記憶はないが、その後正気に戻っている。
ふと思いつき、神埼が続けざまに問う。
「呪いにも、程度があるって事? ねえ、あんた達はバロックの声を聞いた?」
「いや……」
監視の学生達はバロックの事を『口は利かない』と言っていた。しかし春夏冬は確かにバロックの声を直接聞いており、結果としてバロックと行動を共にして行方は依然として知られていない。
『『毒』はあれの匙加減で自由自在に作り出す。一つ一つは単純だが、複数を組み合わせると対象の操作も可能だ。厄介だぞ』
アル=ジェルはそうとも言っていた。つまり長く続く毒もあれば、そうでない毒もある。短時間の間に誰かを殺害、もしくは攻撃する毒ならば、直接目を合わせただけで成立する。そういう事なのだろう。
即ちバロックの対策で現時点で最も有効な事は、目を見ない事になる。
難しいが、できない事ではない。
一向がひとつの解に辿り着く横、小鳥遊はどこか居心地悪そうに足元をじっと見ていた。そんな彼女を、オルフェウスは案じる。
「小鳥遊ちゃあん、大丈夫? どうかした?」
「……あんまり、長いことここにいたくないだけ」
「そうよね、だって――」
一年前の事件に関わっていた麗奈にも覚えがある。
この先にあるのは、小鳥遊の姉・アデレイドとの激戦の場所。狂ったアデレイドを、皆で命懸けで止めた場所。
あの時は狂っていたのはアデレイドだけだった。だが今は春夏冬も狂ってしまった。
春夏冬もこのまま、姉のようになってしまうのだろうか――そんな可能性が不安となって、小鳥遊の心を責め立てる。
小鳥遊の尋常ではない雰囲気を察したオルフェウスが、静かに彼女の背を撫でた。だがこの気が宥められる事はなく、彼女の心は更なる不穏の谷底へと突き落とされてゆく。
『楽しい』
バロックのあの笑顔だけが、小鳥遊の頭の中で巡り続けている。
【続く】