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ルイジ・イワノビッチ
かつては某国の軍に所属し、その優れた尋問技術から『拷問王』との異名を取った国際的テロリスト。突如自軍の兵士を虐殺し、野に下る。様々な反政府組織を転々とした後、日本の犯罪組織『夜明けの八咫烏』に客人として加入。行動を共にする。
途中かつての仲間を虐殺・洗脳しつつも最終的には日本・神望島にて起きた久遠ヶ原戦闘にて死亡。享年26。
アデレイド・リーベ・ルトロヴァイユ
イヴリン・リア・ルトロヴァイユ少尉候補生の実姉。ライオネル・アントワーヌ大尉とは正式に婚約していた。名門軍人一族・ルトロヴァイユ家の養子。実の両親は不明。
任務中、誤って自軍の兵士を殺害してしまい錯乱。行方不明となる。後に日本で発見されるが、極めて攻撃的かつ残虐な人物に変貌しており久遠ヶ原生徒との戦闘で死亡。享年27。戦死と処理され二階級特進により中佐。
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(まるで士官学校からそのまま出てきたようなタイプネ。頭が堅ソウダ)
長田・E・勇太(
jb9116)は小鳥遊を見てそう思っているが、任務と割り切って行動する。
(アッキー……今度は失踪か。ホント、世話の焼ける人だなぁ)
気丈に振舞う小鳥遊の様子を伺いながら、神埼 晶(
ja8085)は声をかけた。
「小鳥遊さん、大丈夫? さっさと春夏冬さんをとっ捕まえてさ。ビシッと教育してやらなきゃね。なんなら私も手伝うからさ。それでさ、春夏冬さんの失踪についてだけどさ。なにか心当たりあったりする? ルイジ・イワノビッチや、十さん、あと、アデレイドさんにも関係があったりするのかな?」
「ありがとう、晶。……たぶんあの二人には関係あると思う。『あいつらが』って言ってたから。『何の関係か』はわからないけれど」
いつもの調子に見えるが、かなり思い詰めているのがわかる。麗奈=Z=オルフェウス(
jc1389)はそんな彼女の肩をぽんぽんと軽く叩く。
「ちょっと強引やけど、色々知りたいことが見えてきそうなんでしょ? なら逃したら駄目よ。そもそもお姉さんもどうしてああなったのかわからないのよね。何か原因というか事件というか……そんな繋がりはないのかしら? 春夏冬ちゃんって、最近どこかによく行ってた? 変な所は?」
「バロックが収容されてる施設に……最近、あんまり元気はなかったけど……」
斡旋所から手に入れた資料に目を通すルチア・ミラーリア(
jc0579)。
「確かに、気になる話ではありますね……」
春夏冬との面識がなく、彼の情報が欲しかったミラーリアは、過去の事件の報告書と春夏冬の人物象を確認し、交友のある人物に最近の変化の有無を聞き込みした。が、変化は特になかった。ただ、やはり――時折寂しい目をしていたと。それだけである。
「行き先の心当たりとか、ある?」
「ある、けどたくさんあるからどれかはわからなくて……」
「そっか。じゃあ……頑張ろうね」
この言葉は木嶋 藍(
jb8679)なりの心遣いであった。『無理しないで』は無責任だ。春夏冬の心の奥を覗くような行為をしなければならないのも、それだけ状況は切迫している証である。彼の望みと行く先を突き止めなければならない。
「ごめん……」
張った虚勢もすぐに萎れた小鳥遊を、五十鈴 響(
ja6602)は慰める。
「話せる範囲で吐き出してくれるだけで十分。小鳥遊さんの気持ちを知れると私たちも助けになれることがあるかもしれないし、皆がいれば色んな見方や考え方ができるし……突き詰めていくと、壁の向こうに真実があるのかも」
もし分かった上で小鳥遊に手をかけたのならば、それも解決の一つの方法と思っている可能性もある。だが、それが小鳥遊の思いと一緒とは限らないし、訳が言えない理由も黙っているのも、わからない事が多すぎる。
だからこそ調べる。全てを白日の下に曝すのだ。
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「……非常事態とはいえ春夏冬さん、すみません勝手に。お邪魔します」
侘びを入れながら、木嶋達は春夏冬の部屋へと上がる。数多 広星(
jb2054)が玄関と各部屋の写真を撮りながら、どこかに空洞がないかを調べている。部屋が入るのはアパートのため隠し部屋となるようなものは見つからない。
(天魔が潜んでいないとも限らないしね。念のためだけど……)
神埼は索敵で生体反応を探るが、そういったものはない。リビングに入ったすぐ横、台所に入って数多と共に食器や冷蔵庫の中を物色する神埼。
「へー、アッキーはこんな趣味してたのか」
食器棚には飾り気のない、真っ白な食器が並べられている。冷蔵庫には調味料が少し置かれているだけであった。
続き神埼はリビングや寝室に出て、ソファーやベッドの座り心地を確かめる。将校らしく、それなりにいい出来の家具。
ミラーリアも各部屋を隈なく探す。重要視するのは寝室――特にベッド周辺。ただ漁るのではなく、本の隙間や枕などの寝具の中などに隠されていないかを、手荒な真似はせず隅々まで慎重に、罠に注意しながら日記、アルバム……そういった物も探す。
「中々いい生活してるわね。一体何が不満だったんだか」
「えっと、春夏冬さんはバロックの調査を担当してたんだよね。バロックについて書いてある資料はないかな。……書斎にあるのかな」
「アッキーはバロックの事情聴取を担当していたのよね。そのメモとか報告書とかがあれば、失踪したきっかけがわかるかもしれないけど……」
神埼と木嶋はまだ入っていない部屋、書斎への扉に手を掛ける。が、ドアノブは動かない。
「う、鍵、掛かってる……蹴り破るわけにはいかないよね? えい」
鍵穴は一般的なもので、アウルでの鍵の製作も非常に容易であった。
(うぅ、正義のヒーロー目指してるのになんか……もう……)
正々堂々たるピッキング行為に心で泣く木嶋だが、状況を鑑みると必要な行為にあたる。
「いや、結末が良ければそれでよし、だよね」
気を取り直して、書斎に入る。遮香光カーテンのせいで暗かった。入り口のすぐ横にあるスイッチで照明を点ける。瞬間、一同の目に入ったもの。
壁一面に広げられた地図、捜査資料、写真。無数に磔にされたそれらは、ありとあらゆるものに赤と黒の考察と分析が纏わりついている。努力とも、異常とも言うべき捜査資料。感情と執念の暴走。
「春夏冬……こちら側だったか」
他人の狂気に触れるのは久方ぶりの事である。数多は笑っているのがばれないようにマスクを着用しながら探索。実に愉快で、非常に機嫌がいい。部屋の中のものを手の届く範囲のものから写真に収めてゆく。機械音痴の春夏冬らしく、パソコンを探しても特にめぼしい情報はない。持ち込んだアプリでデータを復元しても、壁に張られた写真と同じ画像が数点出てきただけであった。
「ううん……あの人の思考を辿らなきゃ。何を調べたかったんだろう」
我に返った木嶋はここ最近見ていただろう机に置かれてる本や引き出しの中、取り出しやすい位置に置いてある資料を見て、その傾向を探る。
春夏冬はバロックの能力を知りたかった。知って、その能力に憑りつかれてしまったのか。
(行き場所……アデレイトさんと因縁あるところか……春夏冬さんがよく知ってるところ。 バロックを連れて逃げても目立たなくて、隠れられる場所がないとね)
恐らくはアデレイドと共に過ごした廃病院。恐らくはルイジ・イワノビッチとの因縁の決着を着けた神望島。このどちらかの可能性が高い。
(あと、アル=ジェルさんが揺さぶれる材料があれば、それを聴取班に伝えられればいいな)
隣では神埼が隙間などの暗所を夜目で探し、写真は目に入ったら目敏く手に取ったりしながら、デスクの引き出しを開けて中を調べている。
「それだとただわかるようにおいてあるとは考えにくく、他の何かに偽装しているか隠しているか、もしくは罠である可能性もありますが……」
ミラーリアは一寸も油断できなかった。
(何かを見つけた……『何を』、『見つけた』?)
そもそも何故小鳥遊の首を絞めるに至ったのか。現在は詳細がわからないが、仮にも恋人の妹に手を出すとは……
「後は、地図とか、物件の契約資料とかないかなー」
冗談でも本気でも、こういった事を言っておかないと気がどうにかなりそうに木嶋は感じた。
少し疲れた数多が、カーテンが開けられた窓の外をふと見る。
アル=ジェルの方は、どうなっているだろうか。
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ルイジ・イワノビッチ、アデレイド・リーベ・ルトロヴァイユ。彼らは仲間を殺して姿を消した。そして後者に謎があるとすれば、人間に育てられたはぐれ悪魔なのにディアボロを製造できた事。
(あらあら……これがあの子の言ってた『呪い』かしら?)
面会室でアル=ジェルの到着を待つ間、五十鈴は以前接触のあったオルフェウスに問う。
「あの……アル=ジェルさんってどんな方なんですか?」
「そうねぇ……真面目、かしら。あとずっと煙草吸ってたから、今はきっと禁煙中やね。機嫌悪そうやけど、まぁ悪い子ちゃうから気にしなくてええと思うよ」
そう聞いて少し不安になってきた。ふとしたことが気に障って解答を拒否されたりしたら八方塞がりだ。
もう一つ確認したい事があり、五十鈴は部屋の隅に控えていた看守の生徒に声を掛ける。
「逃げたバロックについてお聞きしたいんですけど……どんな感じでしたか?」
「バロック? あいつは中々に不気味で。何というか、得体が知れなくて。口は利かないし、動かないし。事情聴取で出したり食事を持ってきてもただずっとこっちを見ているだけで」
曰く、何もなければ植物のような存在であったと。この調子であるから脱走するとは到底考えられなかったと。
益々謎が多くなる。少し頭痛がしたところで、正面の扉が開いた。
看守に連れられて入ってきたのはアル=ジェル。監獄型ゲートの主をしていた女の悪魔。ゲートを破壊された後は生け捕りにされ、久遠ヶ原に収容されていた。雰囲気は監獄で見た時とは違い、どこか清々しい。
「はぁいアルジェルちゃん久しぶり♪あなたの言った通り呪いが動き始めたみたいよ」
「何だお前か」
「つれないわねぇもう。でも、教えて貰いましょうか。バロックとは、呪いとは何なのか」
かつてアル=ジェルと接触した事のあるオルフェウスは初っ端から馴れ馴れしくしていた。
「監視役であった貴方はバロックに関して注意すべき事柄を知らされているのでしょう?そして、その理由についても聞かされている。その事についても教えて貰いましょうか。まず、何故バロックは監獄に収監されていたのですか? 単に制御不可能な能力や思想なら抹殺すれば良いのに、生かしたには理由がある筈です」
忍法「友達汁」を使用した雫(
ja1894)の言葉を、アル=ジェルは椅子に深く腰を据えたまま聞いている。感知で注意深くアル=ジェルの様子を見据え、手に入れた情報を仲間に知らせる手筈を整える。
「バロックの収監は、あれの飼い主への罰則にあたる。私は依頼されてあれを飼い主から没収の名目で収監しただけに過ぎない。よって安易に抹殺はできない。だから生かしていた」
即答である。嘘を言っている様子はない。
「飼い主……? バロックは誰が作ったもの?」
「否。バロックは悪魔だ。ディアボロではない。だが奴には忠誠を誓っている奴がいる。それだけだ」
五十鈴の質問にも端的に答える。
(偽証はしない。ですが真実を全て話す事は無いと言った感じですね)
雫はある種の確信を得ながら、徐々に一連の事件の真実へと距離を詰めて行く。
「学園に収監されている間はバロックに対して面会は許されていましたか? もし、許されていないのなら調査担当者が逃走の手助けをした理由は思考を操られているからでは無いですか?」
「それは知らん。だがあの黒服の男の様子から面会はしていただろうな。でなければあれはここから脱走せんよ」
「仮に精神干渉に属する能力を持っているなら、聞き取りを行った人全てが操られていた筈。ですが、実際は違う。ならそこには理由がある……貴方なら干渉出来る条件を知っているのではないですか?」
「いい推測だ少女。しかしあれを買い被り過ぎない方がいい。あれはその気になれば誰にでも呪いを施す。だが今回は、あの黒服の男に施したというだけの話だ。それにあれの力、正確には精神干渉ではない」
「……正確には?」
「あれの能力は、対象の感覚や思考に何らかの影響を及ぼす『毒』を作り出す事にある。『毒』はあれの匙加減で自由自在に作り出す。一つ一つは単純だが、複数を組み合わせると対象の操作も可能だ。厄介だぞ」
重い話になりすぎた。何気ない昔話を聞いて、バロックの癖、能力の推測に勤める長田。
「さぁて、バロックの昔語りと行かないカ? 喋りたいこと、覚えていること、なんでもイイゼ」
「……あれもかつては自身の力を制御できなかったが、あれの飼い主が制御して見せた。よってあれは飼い主に絶対の忠誠を誓っている。もしあれに向かう先があれば、恐らくは飼い主の許だ」
新たに出た飼い主、という単語が気になったオルフェウスと長田はさらに追求する。
「要するに、その末の弟クンがバロックと接触しそうってワケ? あなた達でも手を焼くようなのってなかなかいないわよね。他に誰か狙ってたりしそうだけれど」
「むしろ奴しかおらん。あいつは私の手からあれを取り返したがっていた。お前達が私の前に現れる直前まで、直談判しに来ていたからな」
「へぇ? そんなことがあったのか。で、その飼い主ってぇのは誰かしっているのカイ? それに、『呪い』ってのも気になるネ」
「飼い主は私の末の弟だ。呪いについて知りたいのか。物好き」
長田の更なる質問を吐き捨てたアル=ジェルだが五十鈴は食い下がった。
「バロックの解呪方法は? 私たちはどうすればいい?」
「呪いを施されれば逃れる手は、他人に移す事ただ一つ。お前達は精々、奴に気に入られないように振舞うだけだ」
「あなたは……これから何が起こるかわかっているの?」
「お前達にも予想がつく事ならば」
「バロックを捕まえる方法は、あったりするの?」
「捕まえるより殺せ」
「……それは、あなたの願いなの?」
「それをお前に教える必要があるか?」
ここで面会の時間は終了となる。
「あ、そうだ。あなたが受けた『呪い』ってなにかしら? その呪いはもう解けたの?」
「私の『呪い』か……一生解ける事はないだろう」
かつて面識があったからか、それとも使ったシンパシーの影響か。アル=ジェルはオルフェウスに微笑みを見せた。
赤が似合うだけの、普通の女。その笑顔はおぞましい程美しい。
「青を見ると吐き気がする呪いだよ」
鎮静と化け物の青。その正逆で起こる、劣情と呪毒の赤。
静かに幕が開く。舞台装置は吐き気のする程の真紅で染められている。
【続く】