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マスター:川崎コータロー
シナリオ形態:シリーズ
難易度:難しい
形態:
参加人数:7人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2016/10/02


みんなの思い出



オープニング


 アリアンマリアが目覚めたとき最初に見たのは、巨大な刃に貫かれて倒れる息子・テオドールの姿である。
 胴体に深くチェーンソーの刃が刺さる時間はそう長くはなかった。現実の時間にしておよそ五秒。たったの五秒。これだけでテオドールは胸から腹に一直線の縦穴を開け、そして膝から崩れ落ちた。
 余りにもショッキングな光景に、アリアンマリアは反射で叫んだ。彼女の記憶の中にあるテオドールはまだ幼い姿であったが、あの金髪のお陰で成人した青年の姿でもなおテオドールと認識できた。次の瞬間には重い体を引きずってテオドールにすがりつくも、肝心のテオドールからは何の反応もない。
 実に見事な手際であった。トゥーイードルディーとドルダム兄弟は苦労して作ったメイドのリンズレーを生贄に、テオドールを仕留める事に成功したのである。
 雑用がいなくなるという理由でリンズレーを捨て駒にするのは僅かに躊躇われた。しかしそれでもテオドールを手に入れる事と秤にかけると、傾きは圧倒的に後者にのみ比重が置かれた。
 リンズレーの捨て身の行動。それによって『青い血』の望みはより一層強くなった。
「こんなもんか」
「青い血が手に入るなら安いものだね」
 青と赤が混ざり合うチェーンソーを片手に、双子はそれとなしに頷く。
 ドルディーとドルダムはコレクターである。好みのものを手に入れられるのであればあらゆる苦労を惜しまない。後はアリアンマリアを奪還するだけであり、それも完遂すれば彼らのコレクションはより一層完璧に近いものになってゆくのは明らかであった。
 青い血の保存方法ならば弟の執事から聞いている。貴重な若い青い血を傷物にしたくはなかったが、腕のいい医者か何かを呼んで傷をなかったものにすればいい。
「さあ戻ってもらおうかアリアンマリア」
「君がいなければここはいずれ崩壊するんだ。早いこと戻ってくれないと困るね」
 アリアンマリアに刃を突きつけるドルディーとドルダム。飾るまでが収集するという行為なのだ。無論殺すつもりもないが、油断も隙もあったものではない。
 そして彼女は考えた。ただ一人の母として、何ができるかと言う事を。
 極限状態で出てきた答えは、最も暴力的な極論であった。
「……皆さん、お願いがあります」
 今まで自分はどうしていたのか、明瞭な記憶はない。だが青い血を発症し、湖に溺れた息子を助け出したことで家族と離れなければならなくなった事は覚えている。
 テオドールには辛い事をさせてしまった。成人した、そして力尽きつつある息子を見てアリアンマリアは強い決心をした。
「どうか、わたし達を守ってください」
 甦るのは彼女の一族のみに伝わる秘術。強い力を持っていたからこそ、実現が可能となった夢の術。
「今からこの子を……テオドールを助けます」
 かつて彼女が化け物と呼ばれていた事を思い出した。強い力を持ち、魔術で他の追随を許さなかったあの頃のアリアンマリア。
 懐かしい話。
 だが今は、青い血を滔々と流しているだけであった。

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リプレイ本文


 足元に飛散する青い血。熱という熱を最初から放棄した血は、十の血と辛うじて混ざり合わなかった一滴。ジョン・ドゥ(jb9083)はその一滴を指の腹で掬い、口に運ぶ。
 希望という体温も、絶望という病熱も持たなかった化け物・リンズレー。
(お前が最期何を思ったかは知らん。だが、俺は決めたらなるべく実行したい性質でね。ちゃんと彼奴等を倒して……お前を自由にする)
 自身の与り知らない時空で化け物となってしまったリンズレーがあの時まで何を考えていたのかドゥには知る術もないし、感傷も同情もない。だがドゥ自身はそうしたいと思った。それだけである。
「脚本は書き換える」
 義弟から受け取った腕輪が真紅に染まって高速で回転する。
「ハッピーエンドが好きなワケじゃない。お前らの思惑が頓挫する様が見たいのさ……!」
 双子の思惑がこけるのを見たいし、計画を邪魔したいのである。
「莫迦踊りも、これで終いにしようか……!」
「突如舞台に現れ、終わりへ導く存在。そう、デウス・エクス・間下……ではない。凡人の間下、助太刀します」
 間下 慈(jb2391)はまず近いドルディーへとアシッドショットを放つ。
「おお、危ねえ危ねえ」
 ジャケットの裾を腐らせながらドルディーは遮蔽へと隠れる。
「壊すまでです」
 間下は何の躊躇いもなくピアスジャベリンで遮蔽ごとブチ抜いた。
「うおっ、マジかよ。正気か」
「あなたに言われたくはありません」
 ピアスジャベリンの軌道が、地面に確かと焼きついている。
 眉ひとつ顰めず、間下はドルディーの足元を狙って打ち続ける。遮蔽を盾にしながらドルディーを迎え撃つ。射撃で攻撃軌道をずらしながら後退し、十メートル前後の距離を取って再び遮蔽に隠れる。
 腐敗した服を目印に、ドルディーを狙う間下。幸いにも今の所混戦による誤射はなさそうだが、あの機動力はいつ混戦に持ち込まれてもおかしくはない。
「……ふっ、ふふふふ……最っ高だなぁおい。こうでなくっちゃ」
 黒く輝く霧を身体に纏わせた数多 広星(jb2054)は、ありったけの火炎球を打ち込みドルディーの動きを阻みながら、ドルダムの攻撃を金剛の術で受け止める。直後に体内のアウルを燃焼させてドルダムの動きを見切り、僅かに受け止めた傷口を癒す。
 続き、矢を番いチェーンソーを持つ手を狙う。アウルの力を足に込め、目にもとまらぬ速さで目の前の相手へ攻撃を繰り出しつつ、味方が来るまで攪乱。
「?! ツナシさん!?」
 Rehni Nam(ja5283)は何の反応も起こさない十を呆然と見つめる。
「ダメです、こんな所で倒れちゃ! アリアンマリアさんを助けたばかりなのですよ!? グウェンさんを遺されるのですか?! ……こんな、こんなところで……絶対死なせるものですか……!! アリアンマリアさん、私もお手伝いします!!」
「お気持ちは嬉しいのですが……今はこの術に集中したいのです。どうぞ、あの方々の加勢に行かれてください」
「わかりました。……ですが、私の手が必要になった時はいつでもお声掛けを!」
 例え十が死んでもアリアンマリアは守り抜くという姿勢で、Namは戦場へと躍り出る。
 完全に防御体勢と誤認誘導させたまま、パルテノンの光の槍も不可視の状態にさせておく。盾だけを構えたように見せながら、決定的な隙見せるまで待機。
「折角の親子の再会を汚すなんてほんと無粋ね。お子様にはお仕置きが必要かしら?」
 麗奈=Z=オルフェウス(jc1389)は双子とアリアンマリアの間に降り立つ。
「リンズレーちゃんが言ってたわね。あたしは『化け物』なの。美が足りないが故に美を求めるあなた達を壊すためのね。美しさを求めるものよ……醜く、無様に、汚らわしく死になさい」
 音の発する衝撃波がドルディーとドルダムを牽制し、前衛の動きを徹底的に援護するオルフェウス。スタンエッジでドルダムの動きを阻みつつ、十とアリアンマリアをNamと共に護る。
「皆、全員で帰る為にも二人は必ず守り抜くぞ!」
 十に対応しているアリアンマリアさんが安心して集中出来るように、アウルを纏って二人の前に立つ黄昏ひりょ(jb3452)。
(前の戦いにおいてリンズレーさんが最後の方で奥の手を使って来た。その創造主である双子も同じく奥の手を生命力なくなってきたら使ってくるかもしれないな……十分に気を付けなければ)
 ドルディーとドルダムは抜け目がない。だからこそ苦労作のリンズレーすら捨て駒に使ったのだし、その思い切りの良さについては警戒すべき所がある。
「次の相手は貴方達ねェ……いいわァ、本気で潰してあげるからァ♪」
 黒百合(ja0422)はロンゴミニアトを振るい、障害物を遮蔽物としてドルディーの側面へと回り込む。そしてそのまま攻撃――に見せかけ、高密度に圧縮したアウルを、ドルディーの頭を狙い口内から撃ち出す。
「オウオウオウ待て待て」
「待てと言われて待つのは馬鹿者だけよォ」
 接触感染を狙うように強烈な悪寒と嘔吐感をもたらす特殊ウィルスを発生させる。ウィルスの名はU.N.ウィルス。
 ドゥの後方の仲間に攻撃をさせる余裕を起こさせないよう、上を取りつつ味方の攻撃に合わせ、流転隔絶力場の流れを乱れさせ不可視の檻を生む。
「やってくれるね……!」
「嫌がらせがおたくらの専売特許だと思うなよ。嫌がらせと邪魔で俺の右に出るのはそうそういない」
 檻に囚われたドルダムが乱れた力場の流れと、それが戻ろうとする慣性のような力の嵐に曝されて片膝を突く。
 バランスを崩した瞬間、Namがアウルで七尺もの長さの千枚通しを形作り、投げ飛ばす。千枚通しの通った後には青い薔薇の花弁が渦巻き、神の祝福を敵にも与えんとする優しさと冷たさが同居していた。
「お前も邪魔だな!」
 ドルディーとドルダム。その両方も、どちらか片方でも、反撃を受ければ気絶は必須。そこを起死回生で耐えながら、否が応でもこちらに注力せざるを得ない状況を作る。
「ああん?」
「無駄です!」
 少なくとも警戒対象が一人増えるという事は他への集中力は落ちるという事になる。よってそれは他者の攻撃の機会を与えるという事になる。
「そもそもお前達は卑怯って思わない訳?! 二対七って。ほぼ袋叩きみたいなもんだぞ」
「ま、それを仕掛けたのは僕達だけどさ。お前達数の力で押して恥ずかしくない訳」
 そう茶化してはいるものの、二人にはまだ余裕があった。
「勝てばいいのよォ、勝てば」
 黒百合は斬撃を防壁陣を施したバックラーを傾斜させて受け流し、すれ違いざまに吸血幻想で体力を吸い取る。
「そっちには向かわせないわよォ」
 遮蔽の死角で作り出した分身をドルディーに突っ込ませ、注意を逸らしている隙に本体である黒百合自身がドルディーの死角に飛び込んで一撃を与える。
 ドルディーの一撃を黒百合が空蝉で受け止める。続いてフラッシュライトで目を眩ませて懐に入った数多は、そのまま向かってきた勢いを利用して反対側へ投げ飛ばす。
「それに、お前達が卑怯だの恥だのと語る権利はないような気がするがな」
 ドゥがドルダムの攻撃を受けたのち吹っ飛んだように見せつつ、射程ギリギリまで一度下がる。開いたのは瑠璃色の美しい本。ラピスラズリ・タブレットという名の書板と見紛うほどの鮮やかな青の表紙には金の解読不能な文字。
「初めに言った通りだ。さっきは遠慮されたが……今度は遠慮せずよく味わいな」
 発するのはコールタールのような毒液。あらゆる生命に対する負の感情を隠しもせずに纏うそれは、溢れ出る憎悪の毒の臭い。
 双子は確実に圧されていた。やはり二対七というのは分が悪く、このままだと敗北は確実なのだ。
 だからこそ。
「ドルダム!」
「オッケー、ドルディー!」
 チェーンソーで地面を抉り、そのまま投げつけた。人の背など優に越える地盤の塊が、高速で一同に襲い掛かる。
 瞬間移動で足止めを行うオルフェウス。前衛の復帰を待ちつつ、再び衝撃波を放つ。
「まぁ何の奥の手もなく戦ったりはしないわよね♪」
 双子とて馬鹿ではない。いや、あの双子だからこそリンズレーの時のように奥の手があることをオルフェウスとて予測はしていた。
 Namは蒼き月の加護で強引に耐えた。戦い、傷付いた戦士はそれでも倒れず、周囲は闇に包まれ、空に蒼き月が昇る。蒼き月より降り注ぐ雫は、戦士に不倒の力を与え、夢現の狭間からミカエルの翼を投げる。
 地面の破片に紛れて放たれたNamの扇は、横から当たるように調整された軌道で双子に向かう。
「地面を抉り投げつけるとは……見苦しい」
 苦言を呈す間下が落としたのは銀の雷光。閃光と轟音で場が硬直した一瞬、硬い岩盤の欠片すべてを無数の弾丸で撃ち落す。亡き姉が派手さから必殺技にしていた秘技は、華美を極めながらも威力にも欠いていない。
 十とアリアンマリアに降り注ぐ破片は全て黄昏が受け止める。盾でも護りきれない破片の数々を、黄昏は自分の身を挺してでも一つの取りこぼしも許さなかった。
 黄昏の役目は、双子と直接的に相対する味方が安心して双子との戦いに専念出来るよう、精一杯の護衛を行うこと。
 自分の体を壁として双子からアリアンマリア、十を隠すようにして立ち、自らが肉の壁となることも辞さない。
 傷の一つや二つ、ここにいる九人が揃って学園に帰還できるのであれば安いもの。自己の肉体を活性化させつつ、十が負傷した時の事を頭に確かと刻み込む。
 二度とあのような事を起こすものか。その決意と共に、氷晶霊符から氷の刃を出して味方の援護を行う。
 十とアリアンマリアの護衛を任せたまま、間下は雨を隠れ蓑にしてドルディーとドルダムに接近。斜め後ろから、今自分が出せる最高の威力の攻撃を叩き込まんと構える。
 同時に正面。
「哭け、それがヤツへの解放の鐘の音だ……!」
 鬼哭斬魔刃。
 ドゥの両手に集中したアウルが、黄金の槍を具現化させる。あまりの力に槍は鬼が哭くように唸り、斬撃は闇をも呑むような漆黒の軌跡を残す。
 闇を切り裂くのではない。更なる深淵へと飲み込む技。
 止め。
 一同が、今動ける全員が、ドルディーとドルダムに仕留めの一撃を与える。
 ドルディーとドルダムは全身の力を失い、その場に倒れた。
 その時である。地面が大きく揺れる。
 聖母の間が崩落を始めたのだ。
「お前達の勝ちだよ」
「ほら、とっとと帰ったらどう? ここ崩れるんだけど」
「意外ね」
 オルフェウスは双子を見下ろした。重傷を負い、動けなくなった双子は虫の息だ。運良く生き延びれるようなものではない。
「負け惜しみするもんかと」
「誰がそんな事するか。考えろ」
「僕達にも見栄ってのがあるんだよ」
 数多の純粋な感想を吐き捨てた双子は、最後の力を振り絞って首を上げ、遠くのアリアンマリアを見る。そこでは、アリアンマリアの術が終わった十がNamに引き渡され、回復術を受けている最中であった。
「ま、それはそれでアリ、だな」
「うん。中々面白い事になってきた」
「どういう事ですか」
「言った通りだ」
「他意はないよ」
 黄昏は双子の発言に首を傾げたが、これ以上意図が探れない以上、観念的な言葉を採る事はできなかった。
 そこで間下が問う。
「さて、お聞きしたいことがあります」
「何だよ」
「野暮な質問ならやめてね」
「野暮ではありません。ただ、青い血の彼女を、誰から手に入れたのか。それが聞きたくて」
「ああん? お前がそんな事聞いてどうするんだよ」
「君が知る事ではないだろう」
「そいつがいる限り、彼らに平穏は訪れませんから。友達はいないんでしょう、家族とか?」
「へえ、これで解決と思い込む馬鹿じゃあねえのか」
「そこまで考えられる君には教えてあげようかな」
「御託はいいです。それで、一体誰なのですか」
「末の弟だよ」
「正確には末の弟の執事なんだけど」
「……執事?」
 大きく聖堂が揺れる。双子は不敵に笑ったまま間下を睥睨した。
「おおっと、行けよ。マジで崩落が始まるぜ」
「ま、ここで僕達と運命を共にしようっていう気持ち悪い奇特な心があるなら別だけど?」
 茶化しつつ、手をひらひらとさせて一同を追い払うドルディーとドルダム。
「あばよお前ら。これからも精々、ご自慢のマゾヒズムを振り回し続けるんだな」
「次に会う時は地獄で。お菓子用意しとくから、来てくれないと末代まで呪い殺す」
 ドルディーとドルダムは笑っていた。自身らの敗北を受け入れ、死も許容して尚清清しく笑っている。消えかかった陣に乗って場を離れてゆく彼らを、双子は笑って見送った。
 一同が彼らを見たのはそれが最後で、特にこれといった笑い声も聞こえなかった。

 だが、物事はこれで終わりという訳ではなかった。

 二人だけになった筈の地下空間。崩落を続ける中、瓦礫の中からある者が現れた。
「よお、執事の分際で一部始終を鑑賞とは随分といいご身分だなぁ」
「これで満足かい、ベルンゲル」
 末弟・シャウレイの執事。それがベルンゲル。
「十二分で、ありますれば」
「気持ち悪いこった。……が、まあいい。俺達の目的はとっくに果たしてたんだ。あいつに借り拵えたまんまってのも気持ちが悪い」
「聖母を一時的にでも入手できたのは僥倖だった。お陰で僕達の理想郷は出来上がった訳だし。うん、いい一生だったと思うよ」
「左様でございますか」
「ああ。今まで色んな物を集めてきたが、あれ程のもんをお目にかかれたついでにコレクションにいっぺん入れることができたってのはコレクター冥利だ」
「それに……そうだね。ただ使い潰すだけじゃ勿体無かったし。まあいい結末だと思うよ」
 ドルディーとドルダムがどのような観念を持っているのか、ベルンゲルには理解ができなかった。だが、それが主・シャウレイに使い潰された者達とは一線を画したものなのは明らかである。
「シャウレイ様よりお言葉を預かってます」
「何だよ」
「それ早く言ってよ」
「『お疲れ様、兄さん達の苦労は無駄にしない』でございますれば」
「はっ」
「キモっ」
「それと、『やっぱり心配だったりする?』とも」
「さあな、もう俺達の知った事じゃねえよ。コレクターのいないコレクションなんざ塵ほどの価値もねぇしな」
「それに……僕達の手元を離れたコレクションが色んな奴の手に渡って陵辱され続けるって、素敵な事じゃない?」
 芸術品は長くに亘って多くの人々に愛でられるべきである。
 独占気質の彼らにはあまり理解できない奉仕の思考ではあったが、この『青い血』だけは例外であった。
 寵愛と言う名の陵辱。
 青い血はそれでこそ輝く。
 芸術品のさらなる昇華。
 だからこそ彼らはアリアンマリアを『電池』として扱った。コレクターの意地をかけて現状維持として外側は美しく保ち、それでいて力を搾取し続けたのだ。
「なあ、あのアホに伝えといてくれないか」
「そうだね、あれにひとつ言いたいことがあるんだ」
「お伝え致します」

「「精々上手くいじめ抜け、ってな」」

「御意」
 天井が崩落する。
 執事は去り、双子だけが残る。
 悪趣味な双子、トゥーイードルディーとトゥーイードルダム。
 彼らは敗北した。見るものの胸をすくほど鮮やかに、清清しく負けた。
 それでも彼らの心は晴れやかであった。
「ああ、ケーキが食いてえ。リーとチョコとシフォンとタルト、ハーフで」
「僕もマカロン食べたいな。タワーでさ、色んな色があるんだ」
 しかしそうは言っても、彼らに給仕をする者は誰もいない。あのリンズレーですら、今は何処へ。
 水上庭園があった。聖堂があった。聖母がいた。双子がいた。化け物達がいた。
 だが、これからはずっと土の中。
 化け物達の、夢の跡。
 劇場は、空っぽである。何も無い、空虚だけがあった。


 水上庭園は湖の中へと沈み、湖畔には生還を果たした九人が佇んでいた。Namの治療を受けている十を小突いたのはオルフェウスである。
「あのねぇ……あのまま倒れられたら見送ったあたしの立場はどうなるのよ」
 そのままアリアンマリアにウィンクを送るオルフェウス。
「フィアンセもいるのに気を抜きすぎよ。これからいっぱい守るものが増えるんだから。これからは全部守るんでしょ? ならしっかりしないとダメよ。ねぇお母様♪」
「そうよ。グウェンドレンも心配しているのだから……」
「お母様……どちらを見ておられるのですか?」
 アリアンマリアは十の声を聞いてようやくそこを向いた。

「あらテオドール、あなたはそこにいるのね」

 これがどういう事を意味しているのか、理解に暫し時間がかかった。
「……見えておられないのですか?」
「そういう事になったみたい」
 虚空を見つめるアリアンマリアの目には何も映ってはいない。
「もしかして、お母様……僕を助ける為に」
「自分を責めてはいけないわ、テオドール。あなたに母親らしい事なんてひとつもさせてあげられなかったのだから。あなたの命が私の視力で助けられたのなら、安いものよ」
「そういう問題では……」
 十は、テオドールは、己の無力を握り締めた。あまりにも強く握られた拳は、爪で皮膚を突き破った。
「あらァ、その血……どうしたのかしら?」
 黒百合の言葉で我に返る。呆然と見つめた手。
「これは――」
 かつて赤だった血。赤かった筈なのだ。
「誰もが化け物、か……」
 ドゥはリンズレーの言葉を思い出す。
 生きているならば、誰もが化け物。
 ならば十は何の化け物なのか。
 十の血から滔々と流れる血の青が、暗にその回答を示しているように見えた。


 青い血。
 それは原因不明の病とされている。前例は極めて少なく、また発症した瞬間に体中の色素が変質するため外見に変化がなく、発見も遅い。
 アリアンマリアが、そしてリンズレーが持った青い血。今度は十が持つこととなる。
 それは息子を救おうとした母の愛。母の血と視力を引き換えに注がれた、あまりにも悲しい愛の形。

「で、本当にええの?」
「構わない」
「そっか。ならやるけど」
 オルフェウスは十の心配をしたものの、十は頑として首を横に振らなかった。
「ああ。切ってくれ」
 十の金髪に鋏が入れられる。
 母に見つけてもらうために、ずっと伸ばしてきた髪。母が見つかり、そしてその視力を失った今ではもう無用の長物。
 自分は一体、何をしてきたのか……
 胸中を占める虚無。あまりにも不条理な現実に打ちひしがれて、やがて澱のように留まる黒い塊。
 鋏や剃刀によって髪が落とされるたび、これまでの苦労が腐った肉片のようになっていくのを感じた。あれほど強く持っていた希望が、いとも容易く朽ち果ててゆく様を体感した。
 リンズレーもこのような気持ちを持っていたのだろうか?
 ふと、そんな問いが頭を過ぎる。
 だが、今となってはリンズレーの胸中を知る術などない。
「おお、似合ってますよ〜」
「切り方が良かったんだろう」
 髪を切り終わった後、居間で間下がまず出迎えた。
「随分とすっきりしましたね」
「腰まであったからな。……頭が軽いよ」
 黄昏の感想通り、腰ほどまであった長髪は切り落され、うなじを隠す程度にまで留まっている。
「これだけあればカツラが作れるな」
「作る気はない。そのまま捨てるつもりだ」
「なんだ、勿体無いな」
 冗談交じりにドゥが笑っている。
「上質だ。売ればいい額になる」
「だから売る気もないと言っている。いいから捨てろ」
 洗面所から切り落された髪をひと房手に取った数多が、感慨深く十の金髪を見ている。
 すると、台所から妙な音が聞こえた。工事現場と調理場を掛け合わせたような音だ。その後、ひょっこりとNamが鍋を両手に出てきた。
「さあ、できましたよー」
「それは大丈夫なのか? 今の音は何だ」
「大丈夫です。おいしく出来上がりましたから」
 車椅子に座ったアリアンマリアも、料理の匂いを感じたらしい。
「あら、おいしそうなにおい」
「お母様までそのような……」
 結果として。
 アリアンマリアは学園に保護下に置かれ、十と共に生活を送る事になった。両目が見えなくなった彼女がすぐ人並みの生活を送れる事は難しく、暫くは誰かしらの介護を受けながら、ゆっくりと暗闇の世界に馴染んでゆくことになる。
「さ、食べましょうかア」
 今日はアリアンマリアが通常の生活に送れる事を祝うために一同が集まった。テーブルに置かれた鍋の蓋を黒百合が開き、ささやかな宴が始まろうとしている。
 ふと誰かの気配を感じ、振り返る。何も無い筈の窓。そこにいたのは、髪を伸ばしたままの自分。
『お前の血は何色だ』
 テオドールという青年が背負い混んだ罪が人の姿を成したその容貌は、母によく似た自分の姿。まだ長髪を失う前の、女々しく弱いテオドール。
「少なくとも赤ではないさ」
 唇を噛み締める。どれだけ痛みを与えても足りない。
 やがて口の端から流れ始める血の色。

「……青いよ」

 どれだけ悔やんでも悔やみきれない人生劇場。
 これにて閉幕。
 真っ青な血で織られた緞帳が、膨大な悲劇の微笑と僅かな希望の裾をちらつかせながら、そうしてゆっくりと落ちていった。

【了】


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 赫華Noir・黒百合(ja0422)
 非凡な凡人・間下 慈(jb2391)
 大切な思い出を紡ぐ・ジョン・ドゥ(jb9083)
重体: −
面白かった!:6人

赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
前を向いて、未来へ・
Rehni Nam(ja5283)

卒業 女 アストラルヴァンガード
死のソースマイスター・
数多 広星(jb2054)

大学部4年4組 男 鬼道忍軍
非凡な凡人・
間下 慈(jb2391)

大学部3年7組 男 インフィルトレイター
来し方抱き、行く末見つめ・
黄昏ひりょ(jb3452)

卒業 男 陰陽師
大切な思い出を紡ぐ・
ジョン・ドゥ(jb9083)

卒業 男 陰陽師
甘く、甘く、愛と共に・
麗奈=Z=オルフェウス(jc1389)

卒業 女 ダアト