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マスター:川崎コータロー
シナリオ形態:シリーズ
難易度:普通
形態:
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2016/08/27


みんなの思い出



オープニング


 劇というのは。
 最も原始的かつ非効率的なエンターテインメントである。少なくともこの現代社会では劇を観る必要などなく、劇場に行く事なく一生を終える者だって当然いる。
 では何故劇は消滅しないのか。
 理由は極めて単純で、存続できるだけの中毒者がいるからだ。
 目の前の舞台で起こっている事件に釘付けになり、共犯者となる。その快感は劇でしか摂取できぬ麻薬と言う他なく、一度癖になれば死ぬまで断つ事などできない。
 劇は永遠に残るものではない。刹那の興奮と熱狂。やがて舞台の上で起きた光景は、観客の多幸感に置き換わってゆく。そしてその多幸感を味わいに、観客はまた劇場に足を運ぶ――

「ねえ兄さん、覚えてる? 昔さ、僕と兄さんと、それとドルディー兄さんとドルダム兄さんの四人で一緒に見に行った芝居があっただろう。あれ何ていうタイトルだっけ」
「ええと……ぼくも忘れちゃったかな。こう……ハカセたちが何かを作る話だったのは覚えてるけど」
「そうそう。人造人間作る話だったよね。結局、彼らが望む人造人間は完成しなかったんだっけ。理想と違いすぎたから――」
 コッペリウスが暮らす小屋へと戻ってきたシャウレイとコッペリウスは、休暇としてどこかに行った執事・ベルンゲルの帰りを待っていた。
 一人暮らしも長いコッペリウスはともかく、生粋の御曹司であるシャウレイは、使用人がいなければほぼ何もする事ができない。戻ってくるまでの数日、黙って待っているしかできないのだ。
「っていうか、何やってるの?」
 シャウレイにしては珍しく、上着を脱ぎ、シャツの袖をまくって台所に立っている。ただし彼に立たれた台所は筆舌に尽くせない惨状そのものであり、何をしているのか気になってくる。
「お菓子作ってる。いつもベルンゲルが用意してるのを見てたらやりたくなってきて」
「作れるの?」
「やってみなきゃわからないよ」
「何を作ろうとしてるの?」
「ショートケーキ」
 何を入れたのかも分からない真っ青な生クリームをハンドミキサーででたらめにかき混ぜてゆくシャウレイ。
「案外うまく行かないもんだなぁ」
 ボウルに入った生クリームを指先ですくい、舐め取る。
「うん、不味い。失敗作だな」
「どうするの?」
「ベルンゲルが戻ってきたら片付けさせる。ああいうのが得意だから。……あーあ、早く帰ってこないかな。どこ行ったんだろう」


 目の前の光景に、理解が出来ない。
 水上庭園の地下、荘厳な空間の中、どうして母は十字架に磔にされているのか。
 呆然と十は立ち尽くしている。それに構わず、リンズレーは静かに話し始めた。
「ご存知の通り、あなたのお母君であらせられるアリアンマリア様は天使でございます。……とは言え堕天されておりましたが。天使としては強大な力をお持ちになられていた。そんな彼女が二十数年前に人間の男と結婚して生まれたのがテオドール様、あなたでございます」
 十には、テオドールには何の理解もできていなかった。
 突如明かされる母の居場所と消息、そして過去。全てがあまりにも予想外すぎたのだ。
「さて、それでは何故あなたのお母様がこうなったかをご説明致しましょう」
 おもむろに取り出した杭で自らの手の甲を貫くリンズレー。流れ出す血の色は青。
「青い血、と巷では言うそうでございます。何でも突然変異で、種族を問わず先天的にも後天的にもなると言われております。ですが前例が極端に少ないため詳しいことは解明されていないのが実態だそうで。仕方がありません。体全体の色素が変容するため、傍目には青い血を持つ事はわからないのですから」
 異様の青い血。傍目から見ればおぞましい、化け物の血を産む病。それ故か人は言及を避けてきた病。
 だが、その病を、そしてアリアンマリアが生来持っていた莫大な力に好意を抱く、好き者がいる。
「それではお母様は……」
「水上庭園の美しさは、ご覧になられたでしょう」
 全てをようやく理解した十は膝から崩れ落ちた。ようやく掴んだはずの一縷の希望。だが辿れば絶望しかなかった。
「こんな……こんな事があっていいのか……」
 母親は、人として何もかもを持ってはいなかった。
 水上庭園の美しさを維持する為の柱兼核。水上庭園の主の双子のコレクション。
 聖母という肩書きは額縁でしかない。聖母という肩書きはコレクションに割り振られた名前でしかない。
「『こんな事』が、あるのです。いい悪いの問題ではないのです」
 被害者はアリアンマリアとテオドール、だけではない。
 『失敗作』リンズレー。望まぬまま人外の化け物となり、双子の悪魔に謗りを受けながら酷使され続ける女中。
「……当然ながらご主人様方は気付いておられた。このコレクションは永遠ではないと。だからこそ私をお作りになられた。だが結果はこの通り。ただ青い血だけを継いだ、灰色の肌を持つ失敗作だ。『次』へのつなぎにもならない」
 アリアンマリアは完璧だった。絵に描いたような美貌と、水上庭園を維持できるだけの強い力と、青い血という希少性。半ば横流しのような形で手に入れたが、これほどまでの名品もない。
 その名品のレプリカを作ろうと、双子はアリアンマリアの血を混ぜ込んだディアボロを作った。しかし継いだのは青い血のみで、灰色の血の失敗作の化け物が出来上がった。
「だがあなたにはその素質がある! 失敗作の私では到底敵わない青い血の素質が! 莫大な力が! 美しさが! おありなのです!」
 聖母の隣で、双子は笑ったまま。
「お前にはどうやら素質がある。流石は聖母の子供だ。今度こそ成功するな」
「短い期間でもいいから聖母と並べて飾りたいんだ。きっといい画になる」
 素質とは。
 青い血の素質。
 強い力の素質。
 コレクションの素質。
 双子が欲してたまらない存在の素質。
「いけ、リンズレー」
「なるべく手早くね」
 全ての素質が確認できた今、失敗作など最早不要。
「――御意」
 そして女中は剣を抜く。
 全ては諦めによる麻痺と凍死。拒絶と隔離の灰色は、最早何の希望も抱いてはない。
 今日もまた自分を殺す。本当に自分が殺せる事を祈って、こんな化け物が人の形を成す事もない時の到来を願って。
「認めましょう。テオドール・オルタンシア・フォン・ローゼンヴァルト殿。あなたも私も、生きている限り化け物なのだと」
 ここは人生劇場。青の狂乱、水音の回帰。脚本のない演目。
 転換だらけの三文芝居。どう転んでも闇は闇。
 そしてこんな化け物でも美しくなれる瞬間があると言うのであれば。
 それはもう、本望である。

前回のシナリオを見る


リプレイ本文


 この状況と、この感情を、どう言葉にしようか。
 神聖かつ不可侵な青の中、誰もが違う思惑を以ってして場の空気を作り出す。
 希望を抱くもの、欲望を抱くもの、失望を抱くもの、絶望を抱くもの。
 それぞれがそれぞれ、意思と思いを持って目の前の光景に対処する。

「悪趣味ここに極まれり……か。扉を開けてみれば随分と下らない理由ですこと」
 最高のコレクションは生きたものであった。
 永遠の時をも往ける無機物ではない。有限の時を秒速で駆け抜けてゆく有機物。
 水上庭園での悪趣味なコレクションに対照した聖母の美しさ。
 どれもこれもが悪趣味だ。
「さて」
 麗奈=Z=オルフェウス(jc1389)はドルディーとドルダム達から足元の十に視線を落とす。凄惨な現実を理解しつつも受け入れられない十はその場に蹲っているだけで、今のオルフェウスにとっては水上庭園で見たコレクションと然程変わりはなかった。
 腕を掴んで強引に起こし、一気に頬を叩く。
「倒れてる暇あるの? 目の前にあなたの助けるべき人がいる。そこでうずくまってまた失うつもりかしら?」
「だがお母様は……人の形を成す者としての全てを失っている……」
「でもまだ生きてる。生きてるうちはまだ希望があると思うの」
 強引に立たせ、背を押す。まだ十の立ち方は安定しているとは言い辛い。
「さぁ行くわよ。全部取り返すの。あなたの手でね」
「全部、僕の」
 どれだけのものを失ったのだろうか。全て把握し切れていない十にとって、どれが全部なのかはわからなかった。
「先日ぶりです、ツナシさん……お母様が、ご自身が、そしてグウェンさんがどうでも良いと仰るなら、そこで黙ってみていて下さい。そうでないと言うなら、立ってお見せなさい!!」
 だがしかし、Rehni Nam(ja5283)の言葉には来るものがあった。
「どうでも良くない筈ないだろう! 僕が……僕がどれだけお母様を探した事か!」
 急な復活に驚いたのはNamだけでなくオルフェウスもそうだが、同時に安心もした。
「――良かった。いつもの十さんだ。その調子でお願いします」
 Namはリンズレーのナイフを防ぎ、前衛で盾役を務めつつ、リンズレーが十の元へ向うのを抑える。
 だが、盾と言ってもパルテノンで積極的に攻撃をしかけてゆくNam。攻撃によって自身へのヘイトを溜めて他方への攻撃を防ぎ、コメットを放つ。降り注ぐ無数の彗星の一つがリンズレーに当たり、彼女に機動力を押さえ付ける重圧を与えた。
「あなたにとってはそれなりの威力の筈です」
「リンズレーちゃん、あなたは諦めた……なら申し訳ないけどあたしは諦めてない子を優先させてもらうわね」
 隣で飛翔する十の存在を来にかけつつ、重体中の自分を守ってもらう事により冷静さを保たせる。
 できることなら十の手でアリアンマリアを救って欲しい。それがオルフェウスの想いであった。
「なんとしても皆で帰る。十さんも、お母さんであるアリアンマリアさんも。全員で、だ」
「――ああ、協力してくれ」
「もちろん!」
 だが、事を上手く進めるには相応の難易度も付随する事を黄昏ひりょ(jb3452)は知っていた。
(十さんの母親を救いたい所だが…、どうなるかは状況次第か。でも今回救出できなかったとしても、まだチャンスはあるはずだ。まずはリンズレーさんをなんとかしないとな。十さんが無理して深追いしないといいが……無理も突っ走りもして欲しくは無い……)
 そして今回は深い傷を負っているオルフェウスの事も心配であった。だが、もし彼女が危険に晒されるような事があったなら、全力で守ればいい。それが共に戦う仲間としての責務だと思うからだ。そして、黄昏自身も周りの皆に笑顔でいてもらいたいという思いがあるから……
「絶対に誰一人として欠けさせやしない」
 自身の全力を以ってこの戦いに挑む。
 リンズレーの刺突を防護陣と刀で受け止める黄昏。
 是が非でも十も含め皆で生還する事を徹底する黄昏は、十とオルフェウスの飛行に合わせ、自分も飛行し護衛を視野に入れて行動を開始する。特にオルフェウスは手負いの状態であるし、庇護の翼を使える自分が味方の護衛をして全体の被害を軽減したい。
「好機は必ず来るはずだから。一人で先走ってはダメだ。 お母さんを助ける事が出来ても、あなたが傷つき倒れてしまっては意味がないのだから。ヒット&アウェイを心掛けて」
「了解した」
 氷晶霊符が形作る氷の刃を投げつつ、最前線で戦い続ける者達の体力を回復する黄昏。彼の言葉に、十は重く頷く。
 ――自分は何を戸惑っていたのだろう。
 どれを失ってしまったか、失ったものが把握できないとか、そういった問題ではない。
 自分が今、目に見えるものが全てだ。
 それが奪われているというのであれば、取り返すまで。

「おいドルダム、ドルディー。今から新しいメイドを作る準備をした方が良いんじゃないか?」
 ジョン・ドゥ(jb9083)はリンズレーには辛辣だった。生きようとしない者にはただただ、失望しかなかった。
「だから前も言っただろうが。こいつ作るの結構面倒くさいんだよ」
「アリアンマリアの息子を手に入れることができればリンズレーなんて必要はないし」
「そうか。センスゼロの冗談をどうも」
 オルフェウスに向かうナイフを叩き落す。一瞬の本気を垣間見せるその一撃は、ナイフを粉砕して地に落ちる乾いた音すら許さない。
 メイドもメイドならば主も主だ。どいつもこいつも話しているだけで虫の居所が悪くなる。
 剣を抜いた瞬間、剣ではなく本を活性化し、リンズレーにレーザーを放つ。綺羅、星の如く迷い無く一直線に放たれた光はリンズレーを貫くかのように見えたが、間一髪でレイピアで弾かれた。
 弾かれた事に対して何の感情も抱かない。が、リンズレー自体に対しては失望とそこから生まれる僅かな苛立ちを覚えていた。
「……俺を敵にする覚悟は出来ているか? 出来損ない」
「覚悟も何も、それが主の命であれば」
「せめて仰々しい芝居かかった台詞で『死んでください』ならまだしも……これはドルディーとドルダムが失敗作っつーのも納得だな。正直ガッカリだよ、ジャンク」
 造られた存在という事で無意識下でシンパシーを感じていたのかもしれない。だが自分と違い彼女から確立された自己と自我を感じないから苛立つのかもしれない。
 だからこそ。
 だからこそ、である。
 ドゥはドルディーとドルダムの脚本を壊す事にした。
 失敗作を生かし、母も取り戻し、ドルディーとドルダムの吠面を拝む事にした。
 無力化させるまででリンズレーを殺させない事にした。
 いくらでも脚本を書き換えてみせる。演出を自分達の色に染め上げてみせる。
 空間を歪ませる事で力場の流れを乱れさせて生み出した不可視の檻でリンズレーの動きを止める。この拘束状態が確認できた途端、有無も言わさず双剣で足の甲を貫き機動力を殺ぐ。
 リンズレーの短いうめき声が聞こえると同時に、ナイフが何本か投げられる。
 流石に足の甲は厳しかったようで、無事な片足で何とかバランスを取って息を整えている。
「何チンタラやってんだよ」
「しくじるなよリンズレー」
「……御意」
 再びドゥに接近をしかけるリンズレー。ドゥは普段抑えている莫大な威圧感を、紅いオーラにして周囲に展開。巨大な手に全身を鷲掴みにされた感覚に陥らせその場から動けなくさせる。
 釣込腰のような動作で倒す。それから間、髪を入れずに紅魂を使い渾身の拳を叩き込む。光纏で発する真紅の光の粒子の残滓が場を漂う中、リンズレーは青い血混じりの唾を吐き出した。
 無論ここで終わる筈はない。人体の急所や関節、駆動部を破壊するように体術を仕掛ける。
「ここまで溜めておいて見せられたモノがコレなんて……性格の悪い悪魔だと聞いてたから期待してたんだけどな」
「お前はまるで自分の趣味の悪さを振り回してるみたいだな。どんな趣味でも美学ってぇのは必要だ。お前に美学はあるのか」
「人の醜悪さの闇の中にある本質。それがパンドラの箱の底にある希望に見えるから僕達はあれを集めていたのさ」
 数多 広星(jb2054)はドルディーとドルダムには興味が失せたのでリンズレーを観察していた。
「随分と温い世界しか見てこなかったらしい。なあ?」
「そうだな、ずっと実家暮らしだったしな。しばらく城には帰ってねえや」
「いつも召使達がいたから、誰かいないと不便で。だからリンズレーを使ってやった訳だし」
「どうせするなら、血を抜いて身体をバラシて内臓も取り出してそれぞれ丁寧に薬品に漬けてはいどーぞみたいにした方が綺麗だろ。もしくは、血を飲んで肉を食べて骨をしゃぶりつくして本当の一心同体になるとかさ。髪の毛なんかはこの時期ならソーメンの代わりになるか」
「お前わかってねえな。そうしたらコレクションの意味ねえだろ」
「僕達はコレクターであってグルメリストではないのさ。現状維持は基本中の基本だ」
「折角のコレクションが壊れたらどうすんだよ」
「コレクションは手に入れた時が一番美しいからね」
「なんにせよ、所詮はガキのお遊びだな。『失敗作』しか作れなかったお前らが唯一作れた『成功作』は、あのディアブロだな。今この場でもっとも美しいだろ?」
「ガキはどっちだか、チビ。美学もないのに趣味を語るな」
「身長180超えてからそれ言ってね」
 数多はリンズレーが仲間を引き離したらすぐさま飛び込み、予測回避を使用して常に体が密着するほどの近くで攻撃を受ける。
 だが、決して攻撃はしない。
 クロスカウンターを使用し、リンズレーの脚を自分の脚に縫いとめるようにして双剣を突き立て動きを止め、忍法「魔笑」。リンズレーの心を惑わせるような、妖しく美しい笑みを浮かべる。
 体内に潜むサイズ1ミリメートル以下の蟲達を最小限度の動作――蟲を出すために僅かに口を歪める程度――で放ち、リンズレーの首筋を狙う黒百合(ja0422)。直前になって気付いたのか、間一髪の所で頚動脈に値する部位への直撃は防いだようだが、それでも首にダメージを与えたのは確かだ。
 無痛覚。だが確かな違和感。触れれば蟲に貫通された所から青い血が止め処なく溢れているのがわかる。奇妙な不快感に集中を阻害されながら、リンズレーは蟲を放った黒百合を睥睨する。
「この状況を考慮するとォ……私に敵対する連中は全員ぶっ飛ばしてあの天使を奪還すればいいのよねェ?ならァ、始めましょうかァ♪」
 死角から死角へ。
 天使と悪魔の血の融合により、飛躍的に身体能力を向上させた黒百合はリンズレーの側面に回り込む様に移動しつつ近接攻撃を仕掛ける。
 ロンゴミニアトに増設したスラスター群が空気を吹く音を感じながら、加速減速に直角での軌道変更を織り交ぜた攻撃でリンズレーに攻撃を加える。
「厄介です」
 無数のナイフの雨が降る。
 天から来る攻撃は防御不能。黒百合はアンチマジックによる防壁陣を張って防御、雨を受け流す様に受け止める。
「また面白いものが来たわァ……♪」
 無数の蝙蝠の幻想を生み出し、リンズレーに向かわせる黒百合。
「そうはさせま――」
 蝙蝠に取り付かれながら、反撃として再度ナイフの雨を降らせようとするリンズレー。だがナイフが降る事はなかった。
 言葉よりも先に驚きが来る。それが隙となり、黄昏のシールドバッシュを喰らって仰け反るリンズレー。
「?! 何故」
「この雨なら防げると思っただけです」
 Namが展開したのはシールゾーン。先に黒百合がバックラーを利用した防壁陣が効かなかった事から魔法攻撃である事は明らかだ。
 リンズレーの背後に構えるドルディーとドルダムを見る。双子の指示や目線から行動を推測し、一気に迫る。十の元に向かわれる前に、機先を制さなければならない。
 あの双子だ。馬鹿正直に攻撃や防御をするとは思えない。フェイントは武器の持ち方、肩の力の入り方で見極める。
「おお、なんだなんだ」
「こっちに来るつもりみたいだね」
 ドルディーとドルダムが構えたのは巨大なチェーンソー。人の背丈はある巨大なそれはチェーン部分の刃も凶悪な形状になっており、回転していなくても十分な威力を持っていそうだ。
 パルテノンの刃を双子に向かって振るい、審判の鎖を放とうとする、が。
「……審判の鎖が、足りない!」
「ははっ、かかったかかった」
「迂闊だったね」
 バットを野球選手のように振り上げるNam。ここで凶器による攻撃を覚悟する、が斬撃はなかった。
 腹に来る強烈な衝撃。自分がチェーンソーに斬られたのではなく、蹴り飛ばされた事を知ると同時に、視界一面が黒くなる。
「ビビらせんなって」
「せめて手数くらいはちゃんと確認してから来てよね」
 チェーンソーの切っ先をNamに突きつけるドルディーとドルダム。そのまま歩もうとした瞬間、身動きが取れなくなる。
「おうっ」
「何?!」
 秘められたアウルの力がNamを窮地から救う。気絶から見事甦り起死回生を実現したのだ。
「手数が切れたと言いましたね」
 フェイントをかけられたのであれば、そうし返すまで。
 単純な話である。
「あれは嘘です!」
 審判の鎖でドルディーとドルダムを縛り付けたのは、確かにNamであった。
「お前――」
「まさか」
「その、まさかです」
 Namは叫ぶ。
「今です!」
 瞬間、二つの影が十字架に磔にされたアリアンマリアの前に現れた。
 十とオルフェウスである。
 気付いた時には遅い。
 瞬間移動で十と共にアリアンマリアのもとへ飛んだオルフェウスが、杭を引き抜き解放。十がアリアンマリアを抱えたと同時に、数多が炎陣球を十字架に放って燃やす。
 ドルディーとドルダムが動き始めた直後、黒百合が雷鳴を鳴らす者の光芒(低出力)を放つ。口内から放たれる擬似電流を伴ったアウルは最大直径の2.2メートル。双子ならば用意に飲み込んでしまう特大サイズ。
 一見すればド派手な大口径ビーム兵器だが、弾時の衝撃波で飛行能力を阻害する程度の性能しかないノーダメージ攻撃であるため、相手に当てる様に攻撃せずあくまで威嚇の用途で使用するだけ。だが、それでも強烈な見た目で動きを止める程度ならば容易い。
「あっ、クソ」
「……やってくれるね」
 そして追いかけようとしたドルディーとドルダムへの牽制として、封砲を天井へ放つ。黒い光が双子の視界を覆い、動きを止める。黒百合がリンズレーや双子からの不意打ちも警戒しているので、これでしばらくは足止めになるだろう。
「せっかくの再会よ。無粋なまねはやめて頂戴ね」
 アリアンマリアを十に運ばせながら後退した麗奈は、彼らを極力戦闘区域外から離す為に、先に後方で待機していたNamを目標にして瞬間移動で転移させる。
 同時にスタンエッジでドルディーとドルダムの動きを牽制し、距離を取り母親の安全を確保。
 Namの元へと到着した十たちは、アリアンマリアを床に置く。Namはざっとアリアンマリアの状態を見るが、磔にされていた以外に目立った外傷もない。顔に生気はないが、特にこれといった危険も感じられなかった。
「大丈夫です。少し衰弱はしていますが……これなら」
 アウルの力によって生み出した種子を手のひらの上で発芽させるNam。アリアンマリアの顔に生気が戻ってゆく。
「よかったわね。これでフィアンセにも親を紹介できるわね♪」
「そ、それは――そうだが、今はそういう問題ではないだろう」
「またまた。でも本当に良かった」
「……ああ、本当に良かった」
 オルフェウスに穏やかに頷いた後、十が立ち上がる。
「どうしたの?」
「リンズレーを見てくる。今ここで動けるのは僕だけだ。オルフェウス、お母様を頼む」
「でも、お母様から目を離してもいいの?」
「正直に言うと、離れたくないのが本音だ。だが、どうしてか――彼女には何かを感じるのだ。お母様の血を持っているからかもしれない。少しだけ、話がしたい」
「わかった。少しだけよ。お母様はすぐに目を覚ますと思うから」
「ああ。ありがとう」
 十は踵を返し、リンズレーの方へと向かう。
 リンズレーは現在、アリアンマリアを担当する二名以外の全員が囲み、同時にドルディーとドルダムの牽制も行っていた。
 メイドであるリンズレーも、聖母たるアリアンマリアも奪われたドルディーとドルダムは次の手を出しあぐねている状態であった。僅かに顔を顰めながら、牽制を甘んじて受けている。
「何故」
 まだ生きている。まだ消えてはいない。
「自分は負けました。殺されても、消えても……文句はありません。ですから何故、殺さないのですか」
「……気が変わった」
 リンズレーの問いに答えたのはドゥであった。おもむろに口を開いた彼は、彼女に改めて自身の考えを突きつける。
「敵は殺すつもりだったが止めだ。こいつは俺が生かす。これから俺がお前を自由にしてやる。だから生き死には自分で決めろ。死にたきゃ俺の仕事が終わってから、手前で死ね」
「しかし、私は!」
「お前は生かし、聖母も取り返す。俺は急にあのドルディーとドルダムの吠え面が見たくなったんだよ」
 ドゥの言葉にリンズレーは言葉に詰まらせる。
「貴方という存在が欲しい。自分の元で働きませんか?」
 差し伸べられた数多の手をリンズレーは暫し見た後、ふと笑って手を弾いた。
「あなた方は贅沢な勘違いをされておられる」
「リンズレー、確かに君はディアボロだ。難しい立場にある、しかし――」
「人間から化け物に作り変えられた私の気持ちも知らないくせに」
 歩み出た十を眼光で黙らせる。
 理不尽と恐怖に塗れた人生劇場。与えられたト書きは諦めの一言のみ。
 共演者はどういった台詞を望んでいたのだろう。脚本もないパニック演劇など今時流行りはしないし、そもそも望んだ通りのセリフなど言う気もなかった。自分という生き物に贅沢な考えを向けてきた者達に対するささやかな反撃でもあったのだ。
 リンズレーは最初から絶望していた。ただの生き物から、何か得体の知れない化け物に作り変えられてしまった時から。いや、ただの化け物ならどれだけ良かったか。知性も理性も持っていなければどれだけ楽だったか。
「どいつもこいつも皆化け物」
 人工の化け物。ものを言い、考え、そして人と似通った姿を持った人工の化け物。
 彼女が最も恐れたのはドルディーとドルダムであった。彼らのせいで彼女はこうなったのだし、彼らがいる限りは彼女には逃げ場がないのだから。
 リンズレーという存在を作るだけ作っておいて散々失敗作と罵れる神経を持つ彼らはもっと化け物であった。
 だが。
 目の前にいる彼らも同類であった。
 自分という他人に過度な期待を抱き、希望を持てと考え方の変更を強要してくる化け物。こちらの気持ちなど一切知らずに、ただただ純粋な好意と善意の暴力をぶつけてくるだけの化け物。
「生きている限りそうなのです」
 十の肩を掴み、抱きつく。まるで血を吸わんとする吸血鬼のようなそれは、されどごく一瞬の出来事であった。
「諦めてくださいまし」
 十自身の身に何が起きたか理解ができなかった。
 ただ己の腹と背に生まれた大きな違和感――それを確かめるべくゆっくりと視線を腹に向けると、そこにはチェーンソーの刃が胴体を貫通している所が見られた。
 言葉すら出ない。状況の理解と共に生まれたのは確かな不理解。自分はどうしてこうなったのかという不可解さに対する理解の苦しみ。
 痛みはなかった。青い血と赤い血が混ざり合い、微笑を浮かべたまま死んだ化け物の亡骸は消滅してゆく。
 違和感が失せる。同時に襲ってきたのは強烈な痛みと冷たさ。全身の力が抜け、膝から綺麗に崩れ落ちた。
 倒れる十を受け止めた血の海は、その時の衝撃で赤と青が攪拌されて気色の悪い紫になってゆく。
 同時に目覚めたアリアンマリアが、目の前で倒れてゆく自分の息子を見て首を傾げる。彼女はまだ状況を理解できていない様子であった。
 辺りは血の海になっている。
 汚された不可侵の青。
 アリアンマリアの叫び声だけが聞こえてくる。
 腹を貫かれた十が起き上がることはなかった。

【続く】


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