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マスター:川崎コータロー
シナリオ形態:シリーズ
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2016/07/31


みんなの思い出



オープニング


 青は始祖である。
 青は母体である。
 青は回帰である。
 青は神聖である。
 青は聖域である。
 青は悲劇である。
 青は全てである。


 音がする。腹の奥底から響く音。ここ、水上庭園には似つかわしくもない重低音。
「よし、じゃあいっちょやるか!」
「こういうの、早いほうがいいしね」
 灰色の肌のメイドを従えた双子、トゥーイードルディーとトゥーイードルダムは薄い笑みを浮かべている。何かを企んでいる、不気味な笑顔。
「何を――」
 本能的な危険を察し、十はサーベルの柄に手を掛ける。その瞬間であった。
 テーブルがひっくり返り、その中から巨大なディアボロが現れる。全高およそ六メートル。マシュマロのような柔軟な体でできていながらも、その巨体のせいでかなりの存在感がある。
「試すんだよ。素質が無かったら困るからな」
「君が本当にアリアンマリアの血を継いでいるのか――」
 アリアンマリア。
「今、何と言った!」
「聞こえなかったのか? お前の耳は節穴か?」
「確かに言ったよ。僕達はこれから試すんだ。君が本当にアリアンマリアの息子だと言うのであれば、相応の『素質』というものがあるから」
「素質……? どういう事だ!」
「あとお前が連れてきた奴らもな」
「数を撃てば当たる可能性もあるもんね」
 あくまでも双子は答える気がないらしい。マシュマロディアボロの背後で悠々と佇んでいる。
「ま、そういう事だ。後は何とか生きてくれや」
「そうそう。ここで死なれると結構困るんだよね、僕ら。失望させないでくれよ」
「待て!」
 地面に溶け込んでゆくように透過して消えていった双子。十も後を追おうとしたが、ディアボロに遮られて先を追うことができない。
「まずはこいつを倒す必要があるのか……!」
 謎は多い。だが、先の茶会の発言通り、双子は母・アリアンマリアの所在を掴んでいるのは確かだ。むしろ口ぶりから、身柄を手中に収めている可能性すらある。
 全てが憶測の域を出ない。
 だからこそ、十は剣を取る。
 どれだけの障害を発揮しようとも。真正面に対峙する青が本性を剥き出しにした今はただ、その先に真実があると信じて走るしかない。


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リプレイ本文


「お、二次会の時間かな?」
 出てきたマシュマーロンにもそんな独特な感想を抱いたのがジョン・ドゥ(jb9083)である。
「コレクションの傾向と、ディアボロのデザインが随分乖離している気がするが……まぁ良いや。お茶飲んでハイおしまい、も味気ないと思ってたところだ。何にせよ、デカいな。リンズレーを作るよりこんな大きいのを作る方が面倒じゃないのか?」
「ディアボロまでお菓子か。本当に甘いものが好きなんだな。だがこんな趣向は望んでいない。さっさと終わらせるぞ」
 不知火藤忠(jc2194)はドゥのサポートとして、敵との直線上に味方がいないのを確認しつつ、炎陣球を放つ。敵の攻撃に当たらないよう、そして自分が今いる足場が味方の邪魔にならないよう、連携を重視しつつ移動しながら攻撃を行う。
(マシュマロのお化けみたいな奴だな。元から食べる気はないが、こんなに大きいと胸焼けしそうだな)
 数発攻撃を入れ、マシュマーロンが存外硬いと悟ったオルフェウス。
「甘い物の取りすぎはよろしくないって事かしらね」
 早い段階で毒手による毒を狙う。十の落水も気になるが、今はこの人数で互いの状況を把握し戦況に応じて動くだけでも一苦労だ。
 相手は定点配置とは言え巨大なのだから上空から戦況を見回して的確に判断して即座に動くのも楽ではない。長期戦を意識こそすれ、表層的な余裕は見せど敵の耐久力が高い分厄介だ。
 ふと隣の十の様子を伺う黄昏ひりょ(jb3452)。サーベルの柄を持つ手が震えている。
「もしかして水とか苦手なのでは?」
「そうだ。特訓はしたが少しだけしかお、泳げない」
「戦闘する際は飛行し、水に落ちないように気を付けてください。いざという時には救出するつもりで立ち回りますから」
 震える十の声を聞き、麗奈=Z=オルフェウス(jc1389)は天波を手渡した。
「足場が悪いからサーベルだとしんどいかもしれないしね。使えるなら使ってちょうだい。分かってると思うけどまずは目の前の事からよ。プリンセスの時みたいに慌てないでね♪」
「二人ともあ、ありがたい……」
 ここで十に溺死されたらたまったものではない。いざという時には救出するつもりで立ち回る事にする黄昏。
「でも素質、か。テオちゃんの秘密も知っとかないといけないのかしらね」
「十さんの素質やら気になる事はいろいろとありますが、まずは目の前の敵に集中しましょう。攻撃をしてくるならば然るべき対処をしなくてはいけませんね」
 雷鼓の書を開く真里谷 沙羅(jc1995)は持ち込んだ無線機の状態を確かめる。特に問題はない。
 足場に気を付けながら味方から離れ過ぎないように気を付けて、敵の動きを観察して攻撃パターンを分析。常に仲間と敵の行動に気を配り、元教師らしく分析や解説をできるように気をつけ観察。
「不知火さん、六時方向から攻撃が来ます!」
 真里谷の報告に合わせ、攻撃を間一髪で避ける不知火。そんな不知火は、真里谷の視覚からマシュマロが飛んできているのを見て、咄嗟に彼女を庇う。
「お前が怪我をしたらあいつが悲しむだろう」
 あいつ、とは不知火の友であり真里谷の恋人でもある。
「不知火さん……ありがとうございます」
自身を庇った事でできた不知火の傷を癒した。
「回復はしますが、気を付けて下さいね?」
「こちらこそ、忝い」
 ゆらりと立ち上がった真里谷は、不知火の背後を潰しにかかったマシュマーロンの拳を防ぐ。シールドを展開したソールロッドの金色の鉱石が光を反射して鋭く輝いている。
 その隙にマシュマーロンを澱んだ氣のオーラで包み、舞い上がる砂塵で攻撃を行う不知火。石化して動かなくなった事を確かめると薙刀を振るう。
「おお、危なかった」
 紅茶カップを持っていた数多 広星(jb2054)は、カップの中の紅茶を飲み干してからのんびりと戦闘態勢へと移る。
 背後に回り腕のギリギリ射程外まで離れ、振り回されてきた腕の指や手首を狙って弓矢を放つ。飛んでくるマシュマロはパペット・パロットの放つ羽で弾き飛ばし、避けられない攻撃は緊急障壁で防御。
 不知火はマシュマーロンのマシュマロの弾丸を食らったせいで体が重いが、ものともせず刀を構える。
「むしろ囮役には丁度良い」
 力を込めて柄を握る。すると、この刀を譲ってくれた友人の様に敵を冷静に仕留められる気がした。身体は重い。だがそれすらも利用しきって見せる心構えがあった。
「下手な悪あがきなどさせるものか」
 不知火に続き、数多も接近戦に移行する。マシュマロが飛んでくる際の敵の表面を観察しながらドレスミストを使い、迅雷や神速でマシュマーロンに捕まらないよう攻撃。
 今までの動きから回避の予測を立てながら、身体に双剣を突き立てながらマシュマーロンの腕を駆ける数多。
「……結構足場悪いな」
 見た感じはぶよぶよだが、ぶよぶよだからこそ足場が安定しない。まぁいいだろう。両腕は切り落せた。
 だが。
 切り落した腕が動き始めた。
「――切り落したやつも動くのか。ふむ、本体を潰せば多分終わりそうだが」
 切れた腕は引付け可能なメンバーや十に任せればいいだろう。ドゥは常に飛行して敵の頭上を取りつつ、指定空間を歪ませる事で力場の流れを乱れさせ不可視の檻を生み、マシュマーロンを縛り付ける。続き、持ち替えた瑠璃色の本が美しい金色の光を放ち、蒼い人型の光が術者の傍らに現れ手刀で攻撃を決める。
 そして青と入れ替わりで、赤の閃光が放たれる。栄える者は奪うが、弱った者からも等しく搾り取る暴君の技。
「食いすぎると腹を壊しそうだがな」
 不知火がマシュマーロンの方向感覚を惑わせている間に、ドゥの心の奥底にある憎しみと呪いが籠もった黒炎がマシュマーロンを焼き縛る。当然だが、あまり美味い匂いはしなかった。
 瞬間、マシュマーロンが大口を開ける。
 何事か、と構えた次の瞬間、その口から巨大なビーム――否、破壊光線が吐き出された。
「反射しがいのありそうな攻撃だな!」
 前に躍り出て何とか破壊光線を反射したドゥ。空間歪曲と言えど、この破壊光線の反射には中々に骨が折れる。方向感覚が狂っているお陰で妙な方向に打ち出してくれて助かった。
 もう一発。次までが早い。
「くそっ!」
 十も破壊光線を避けようとした、が。
 背中に痛み。破壊光線で片方の翼がやられたのがわかる。時間が経てば治る傷ではあるが、しばらく飛べないのは明らかであり、十は真っ逆さまに落ちてゆく。
「十さん!」
 真里谷のそんな叫びが聞こえた。眼前は水面。十はどうする事もできず、湖へと落ちた。
 しまった。黄昏は次の瞬間動いた。
 攻撃を受け、十が水に落ちる可能性があった。そのため十が破壊光線に巻き込まれそうならば庇うつもりでいたが、破壊光線の範囲があまりにも広すぎた。
「十さん!」
 白と黒の翼を展開した黄昏が十を追って湖の中に飛び込む。
 湖の中に落ちた十は、重力と浮力の狭間でどうする事もできなかった。仄かに明るい水面を仰ぎ見て、確かな死を覚悟した。
 ――前にもこのような事が、あったような気がする。
 同時に感じたのはデジャヴ。自分は何か大切な事を忘れている。
 その時、飛び込んできた黄昏が沈み行く十に手を伸ばす。十はその光景がかつてのそれと重なり、記憶の空白を埋められるのを実感した。
 ――お母様。
 寒くなった秋。穏やかな日々に突如終わりを齎した事件。
 そうか、思い出した――
 呆然とした気持ちの中、黄昏に手を引かれて水上に出る。
「大丈夫ですか?!」
「あ、ああ……」
 どうして自分はこんな大切な事を忘れていたのだろう。浮島に降り立ち、自責と後悔が心を襲う。
「水面に落ちない程度にコレの相手でもしててください」
 だが立ち尽くす暇はない。数多がいなすことでこちらに向けてきたマシュマーロンの腕を相手取る十。
「腕はお願いします十さん! 僕たちは本体を狙いますので!」
「了解した!」
 自分は敵本体を攻撃しつつ、十さんを庇護の翼で庇える位置に移動した黄昏。
「十さん、水から上がったばかりですからお気をつけください。本体がいつ狙ってくるかわかりませんから」
「真里谷も警告、感謝する!」
 水に濡れた服がへばりついて動き辛いが、だからと気にしている場合ではない。
 不知火の霊符が放つ蛇の幻影の助けを借り、その隙に腕を切り刻んでゆく。
 そして黄昏はタウントを使い、敵を自分に引きつける。自分が防御で敵の部位からの攻撃を耐えている間に、十に分離した部位の活動停止まで持って行かせ、他の皆に本体を倒させる。
「十さん!」
「了解した、ありがたい!」
 こちらに攻撃をしてこない分、切り刻むのは簡単であった。
 本体との戦いも終わりを迎える。
 三度目の破壊光線。だがそう簡単に撃たせはしない。
 一度目の破壊光線の後、首の裏に潜んで破壊光線を撃つ直前の敵の行動を観察していた数多が顎の下に潜り込み、封砲顎を叩きあげる。
 あまり目立ったような事はせず、誰かの攻撃のあと敵がそちらに注意を払っている間に攻撃し、自分に注意を向けてきたらすぐに敵の死角に入る事を徹底してきたのが功を奏した。
「動いちゃだーめ。そこでそのままやられて頂戴ね♪」
 オルフェウスが弓矢を構える。何もしてこない巨大な敵など、訓練で使う的以下の存在である。またそれぞれが武器を構え、そして一撃。
 巨大なマシュマロは崩れ、そして消えていった。


 美しい湖に浮かぶ島は戦闘の痕跡によって見る影もなく、また悪趣味なコレクションの数々も壊れてしまっていて、それはそれでどこか寂しい光景であった。そんな中で不知火は治癒膏で自分と仲間を回復していると、あるものを見つける。
 何かの魔術でも込められている術式である。
 マシュマーロンが根付いていた場所に、陣が仄かに光っている。
 大きな術式は、まるで一同がこれを利用するのを待っているようにも感じられた。見るに、下へと続くもののようだ。
「降りて来い、ということか」
 罠だろうか。だが、あの双子も下へと消えていったのを見て、この湖のさらに下に何かがあることは間違いない。
 手当てを終えた一同は、意を決して術式の上に乗った。


 術式は彼らを乗せると、ある場所へと転移した。
 下へ下へと続く二重螺旋階段。それだけがある場所。ここは湖の底の、さらに下の地中。
「しかし妙な空間だな。真っ黒なのにこの階段や俺達の姿は見えるとは」
 藤巻は辺りを見回した。敵の気配はなく、ただただ静かな空間が下へ下へと続いている。奇妙だが、何故か懐かしい気持ちになる二重螺旋階段の間。
「罠の気配はありませんが……この階段は、一体どこまで続いているのでしょうか」
 真里谷もざっと周囲を見回すが、場に漂う静謐さから、何かが急に襲ってくるような仕掛けはないだろう。されど、一寸も気は抜かずに階段を下ってゆく。
「そう言えばあの子達は資格って言ってたわ。あなたのお母さんには何か特別な力でもあったの? 何か覚えてることない?」
 オルフェウスは十に問うた。ドゥも表には出さないが双子の言った『素質』が何か気になっていた。本当に十に心当たりはないのだろうか、アリアンマリアとは如何な人物だったのか少しだけ気になっているのだ。双子の口ぶりからして即座に母をどうこうする気はないのだろうが、さて。
「特別な力か……先程黄昏に溺れて助け出された時……思い出した事がある」
「本当ですか!?」
 意外な事実に驚く黄昏に、十は静かに首を縦に振った。
「ああ。あれは……お母様がいなくなる直前だった。僕の住んでいた城の裏にはちょっとした湖があるのだが、ある日……僕はその湖に足を滑らせて溺れてしまった」
 今とは似ても似つかぬ、やんちゃ坊主である。服は汚し体のあちこちに傷を作る、召使達をよく困らせたものだ。溺れたのも、遊んでいる最中だったような気がする。
「不幸にも召使達の目を盗んで遊んでいたから……助けなど来る筈もなかった。だがお母様は助けてきてくださった。寒くなってきた秋、水も冷たいのに湖に飛び込んでくださったのだ。そこで見たんだ」
「何を?」
「光だ。暖かくて、優しい、青く美しい光……お母様が発したその光は、たちまち僕を包みこんで助け出した。僕は助け出された後、三日間意識を失ったのだが……目覚めた時、お母様は忽然と姿を消されていた。どうして今までこの事を忘れてしまっていたのだろう」
 数多の返しに、さらに蘇る十の記憶。
「そうだ、それより前、僕は泳げていたんだ。夏になるとお母様に泳ぎを教わって……優しく、穏やかな方だった。いつも微笑んで僕の話を聞いてくれて、僕はそんなお母様が好きだった」
 短い夏の木漏れ日。十の濡れた髪を手入れしながらアリアンマリアは褒めた。
『テオドールの髪は天使の髪ね。あなたがどこに居ても見つけられるわ』
 その記憶があったからこそ、十は髪を伸ばした。どれだけ女と間違われても、母に見つけてもらえるように。母を捜す手がかりとなるように。
 ……気付けば二重螺旋は底へと到達していた。降りた先には巨大な扉。光の次にこの世を満たした海のレリーフが施されている。
 扉の前では灰色の肌のメイド――リンズレーが深々と頭を下げていた。諦観と肯定のヒトガタ。悪趣味な主達が丹精込めて作った失敗作。
 何故リンズレーは失敗作だと罵られるのか。それには理由がある。
 双子にはある理想像があったからだ。青き聖母。その代用品をリンズレーに求めたのだが、リンズレーはそれに遠く及ばなかった。だから失敗作なのだ。
「ようこそおいでくださいました。テオドール・オルタンシア・フォン・ローゼンヴァルト様。そしてそのご友人の皆様」
 低い音を立て、扉が開く。そこは広大な聖域。最奥には大きな十字架。
「あなた方はこれより全てを知り――そして、死んでいただきます」
 磔にされているのは青き聖母・アリアンマリア。
 十の母、その人である。

【続く】


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