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マスター:川崎コータロー
シナリオ形態:ショート
難易度:やや易
参加人数:5人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2016/04/18


みんなの思い出



オープニング


 春が訪れようとしている。肺を満たすのは冷え切った空気でなく、陽気を包み込んだ瑞々しい空気である。
「いやあすっかりあったかくなったな」
 欠伸を噛み殺しながら、春夏冬は隣を歩く小鳥遊に言った。
「そういや復活祭、あれいつだっけ。あれ終わったあたりから俺らの国もあったかくなり始めるんだよな〜」
「復活祭ならとうに過ぎてるわよ」
「そっか、過ぎたか。日本はまだ復活祭の馴染みが薄くて色々狂うな――」
 足に何かが引っかかった。
「お?」
 と言うよりも何かにしがみつかれた。恐らくは子供だろう。春夏冬の経験がそう語っている。
 見ればそこには幼女がいた。身なりからして学生か教員の家族であろう。少なくとも春夏冬には見覚えがなかった。
 が。

「ぱぱ」

 場が一瞬で硬直する。
 何よりも小鳥遊。
「あんた……」
 血の気が瞬間で引いた顔色で、ぱくぱくと口を開閉する。
「姉さんが居ながらこんな……こんな大きな子供を……」
 姉、とは即ち今は亡き小鳥遊の実の姉・アデレイドである。
 一年弱前までは春夏冬の婚約者であった女性であり、春夏冬最愛の女性……であった筈だが、この幼女の登場によりその認識は改めなければならないだろう。
「いや待て小鳥遊、誤解だ」
「何が誤解よ!」
 アデレイド亡き今、春夏冬と小鳥遊の私的な関係とは『義兄になりかけた男と義妹になりかけた少女』である。基本的には肉親のような篤い信頼であるものの、アデレイドの死に伴う心の傷を互いの存在で癒し合う依存のような危うさもあった。
「自分の心とコウノトリさんに聞け、ば――――――か!!!!」
 幼女の年齢は推定するに五歳。五年、六年前と言えば、春夏冬とアデレイドは本国で絶賛交際中であった。当時十一歳程度であった小鳥遊とは既に面識があるどころか、『姉の恋人』としていつか兄になる存在と見なし懐いていた次元である。
 だからこそ小鳥遊には俄かに信じられないのだ。
 姉は所詮遊びであったのか?
 実家である名門の軍人一家・ルトロヴァイユの名欲しさに姉に接近したのか?
「サイッテー!!!!」
 乾いた音が鳴り響く。クラッカーにも似たそれは、小鳥遊が春夏冬の頬を叩いた音であった。


「……どうしよっかあ」
 隣には一心不乱にソフトクリームを食す幼女。左頬を手の形に腫らした春夏冬が屋形船で刺身として乗る鯛の目のような目で幼女を俯瞰すると、それに気づいた幼女はにっぱりと笑顔を返した。
 屈託のない、子供らしい純真な笑顔である。
「ぱぱげんきないけどだいじょぶ? あいすたべる?」
「うふふーありがとうーだいじょうぶー」
 春夏冬の笑顔は上ずった虚ろさ。人生に疲れた大人の笑顔である。
「どうしよっかあ」
 冬が明けた春。うららかな陽気。
 咲き始めた桜の中、春夏冬の乾いた溜息が瑞々しい空気に掻き消されていった。


リプレイ本文


 死んだ目をして幼女を連れる春夏冬の前に現れたのは、パンダの着ぐるみ用意したユリア・スズノミヤ(ja9826)。片目は星型でカボチャパンツの特別製。
 今の彼女の名前はユリもん。メインストリートでパフォーマンスをしていたという設定で春夏冬達に近付く。
 淡い光を周囲に作り出し、乱反射を穏やかに繰り返す水晶のような煌きを纏いながらコサックダンスやロボットダンスで子供の心を鷲掴む。
「春晴れなお天気にこんにちはー☆ 皆のお友達、ユリもんだよーぅ☆ パパさん、お嬢ちゃんのお名前なんてゆーの?」
「俺パパじゃない」
 だがしかし幼女は春夏冬を父親だと思い込んでいる手前、スズノミヤとしてはそこを否定する訳にはいかない。
「(男ならしょうがない。試練試練☆ フォローしてあげるのが私達の役目ー☆)」
「(……そうか)」
 ひとまず春夏冬はスズノミヤ達に全てを一任する事にした。自分だけではどうしようもできないし、頭は処理能力の限界を迎えてろくすっぽ働きもしないからだ。
 ウィンドウショッピング中、キグルミ姿で女の子に話し掛けているスズノミヤを発見したRehni Nam(ja5283)は声を掛ける。
「どうかされたのです? ……迷子、ですか?」
「そうなんだ。しかも俺を父親だと勘違いしている」
「あららら、どうしましょう……んー、まだちっちゃいみたいですし、迷子札とか、連絡先を持たせてますよね、きっと」
 安全ピンで服や帽子、鞄につけておくとか。それとも、大事に抱えているウサギの縫いぐるみとか。
「少々宜しいでしょうか?」
 買出しの途中に春夏冬達と遭遇し、暫し様子を静観していた花祀 美詩(jb6160)が動き出した。
「普通に考えれば、親御さんも心配して、探している筈です。まだ迷子に気づいていない場合も、気づけば探し始めるでしょう。
 それなら、親御さんは彼女を探す為に、交番……もしくは風紀委員に確認に行っているか、いずれ確認に行くと思いますので、私の方で風紀委員の方に話を通そうと思いますが、如何でしょう?」
 ともすれば花祀は風紀委員と同行し、風紀委員と春夏冬達の間で連絡塔として行動ができる。そして幼女から何か判明した際は花祀に伝えて貰えば情報を風紀委員に回して補佐。特に親への連絡は、立場のある風紀委員からも行った方が良い筈だ。
「それは助かるな」
「出来れば、一度当事者の方にご同行願えるとスムーズに行くと思います。また、彼女を一度風紀委員の方に引き合わせ、所在や特徴等を回して貰えば、親御さんがいらした際に、連絡をいただけるのではないかと」
「それはそうなんだがなぁ……俺はこの子の名を知らないんだ」
 春夏冬が幼女を見ると、幼女は何かを察したのか春夏冬の足にしがみついた。
「でしたら、事情を風紀委員の方に伝えて来て貰い、風紀委員と彼女を引き合わせて迷子情報を伝えて貰いましょう」
 そうと決まれば、幼女の名である。
「私はエルマという、お前の名は?」
「そうだねー。お嬢ちゃん、お姉ちゃん達にお名前教えてくれる?」
 エルマ・ローゼンベルク(jc1439)は、紅茶を入れた軍人時代から愛用している水筒を差し出し、Rehniは幼女と同じ目線まで膝を曲げた。
「ゆう!」
「おー、可愛いお名前もらったんだねん 。ユリもんと握手してちょー♪ はい、お友達ー♪」
 スズノミヤと優が戯れている間、Rehniは幼体のヒリュウとケセランを召還した。
「ユウちゃんっていうのですか。可愛い名前ですね。私はレフニー、それからこの子が毛玉と大佐。……って、大佐、子供の前だから葉巻はダメですよー」
 召還獣界の叩き上げ軍人である大佐は葉巻を取り上げられてぎゃう、と溜め息。
 そういった具合にRehniは周りの人に話しかけたりしつつ、優を観察。迷子札らしきものを探す。
 一通り観察した所、服に迷子札のようなものは見つからなかった。となるとウサギの縫いぐるみであるが、出会ったばかりで見せてくれ、というのも変な話である。もう少し仲良くならねば何ともならないだろう。
 その間、花祀とローゼンベルグが学園および依頼所、知り合いの風紀委員に事情と名前、特徴を伝え迷子探しの依頼がないか確認を行う。
「ユリもんのお友達になってくれたお礼に、美味しいお菓子をどぞー☆ 手作りのウサギさんクッキーをふぉーゆー」
 ちなみにこのスズノミヤ謹製のクッキー、春夏冬のものは紅葉のクッキーである。春夏冬に秋がない分、秋はお任せあれなのだ。
 紅茶にクッキーで上機嫌な優に、Rehniはそれとなく聞き出す。
「ユウちゃんのウサちゃんは何ていう名前なのですか?」
「ごんざれす!」
「そう……ゴンザレス……」
 強そうな名前である。男の子なのだろうか。
「ぷりちーなウサギさんだねー。優ちゃんのお友達? ユリもんもご挨拶していいー?」
「うん!」
 Rehniの毛玉や大佐と交換でゴンザレスを受け取ったスズノミヤは、Rehniと共にゴンザレスに挨拶をしながら迷子札を探す。わざわざマジックテープ付けされているワッペンが気になる。
 ワッペンのマジックテープを剥がすと文字が現れた。ビンゴである。
 迷子札に書かれた名は朝比奈優。緊急用に父親の連絡先、住所、血液型と誕生日も記されている。住所を見るに、学園島住まいではない。
「(あ、これ……みたいですね。ユリアさん、どっちがパパさんに連絡します?)」
「(みゅ! ならパパさんと蓮に電話するよん!)」
 二人は連絡を始めたが、Rehniは小鳥遊の事も聞き気を揉んでいる。
「もしもし蓮? ユリアだよん! あのね――」
 後は小鳥遊を捜索している飛鷹とローゼンベルグがどうしているかによって、事の有様は大きく動いてゆくのだ。


(自分と似ている人間は世の中に三人はいると聞くが……今回の件は彼にとって気の毒としか言いようがないな。色々と)
 飛鷹 蓮(jb3429)は街を見回しながら歩く。思い出したのは、春夏冬の死んだ目であった。探しているのはどこかに消えた小鳥遊である。メインストリートをぶらついていればその内会えるだろう。
(……と、居たか)
 案外すぐ見つかった。全国展開のファミリーレストラン、その窓際席で小鳥遊が巨大なパフェを食べている。
(あの食いよう……相当ダメージを負っているな)
 本来ならば友人ら二、三人と分け合うようなパフェを片っ端から食っている。明らかに吟味をしていないヤケ食いの類である。
 店内に入り、相席の体でテーブルに近付く。
「――此処、いいか?」
「何よ」
「初見で失礼する。飛鷹 蓮だ」
「そう」
 小鳥遊は初対面の飛鷹にも特段意識を向けてはいなかった。涙をぐっと堪えた鬼の形相で、パフェを一心不乱にヤケ食いしている。
「随分な勢いだが、何をそんなに憤っている?」
 そして小鳥遊を偶然見つけて、声をかけたローゼンベルグも卓に入ってきた。やはり鬼のような形相で巨大パフェを食らう少女というものは目立つようだ。
「あんた達には関係ないでしょ」
 甘味を注文した飛鷹は、そのまま少女二人と卓を共にしながら諭すように話しかけた。
「君の噂は耳にしていた。過去に色々とあったようだが、君にとっての姉は唯一であったようだな。君も、君の姉も、身内に恵まれていたと伺っている」
 パフェを食らう小鳥遊の手が止まった。彼女自身様々な疑問が渦巻いている様子だが、まだ言葉にはできないらしい。そもそも上手く話せない今、飛鷹は小鳥遊の発言を強要する事なく発言を待つように続けた。
「姉との思い出の中に否応なしに春夏冬が映ると思う。今回の件で色々と文句があるだろう」
「……そうよ」
 小鳥遊の言葉を遮らずに最後まで聞く。ローゼンベルク同じようで、腕組みしたまま黙して彼女の話を聞く。
「あいつ、私の姉さんと婚約してたのに、知らないうちに子供を作ってて『パパ〜』なんて呼ばせたりして、じゃあ姉さんに言った事は全部嘘だったの? しょせん私達の家が目当てだったの? 姉さんじゃないどこかの女と既にコウノトリさんを呼ぶ仲になってたの?」
 言葉尻が滲んでゆくにつれ、小鳥遊はわんわんと泣き出した。やはり彼女自身、押さえ込んでいたものがあるようだ。
「ん、言葉にした方が良い。君みたいなタイプは黙っているより、その方が『らしい』な」
 小鳥遊の話は十年ほど前にまで遡った壮大な愚痴となったが、やがて落ち着いた時、ローゼンベルグが頷いた。
「ほう、そんな事があったのか。で、碌に確認もせずにここまで逃げてきたと。全く、敵前逃亡の良い見本だな」
 この際コウノトリ云々は一時保留とし、ローゼンベルクは呆れ返り、わざと煽るように続ける。
「何故そう思った? 根拠は何だ? まさか見知らぬ幼子がただ知り合いを父と呼んだ、それだけではあるまい? そうでなくとも貴様は関係者として詳細を把握する義務があると思うが、違うか? 聞けば貴様の姉が恋人だったのだという。だとすればなるほど確かに激情し殴りつけるのも納得だが、なぜそのまま問い詰めないのか」
「……少し言い方はきついが、彼女の言う通りだ。俺は君達の間柄に口を出すつもりはないが、感じたことならある。君にとっての彼はその程度の男だったのだろうか」
 ローゼンベルグに同意しつつ、飛鷹は諭すように小鳥遊に問いかける。
「軽薄そうに見えて、芯には常に君の姉がいたのではないのか? 俺はそう思いたいがな。同じ男として」
 その時、飛鷹の携帯電話が鳴る。短く断りを入れてから電話に出る。
「俺だ。ユリア、そちらは……そうか。わかった。丁度いい。俺達もすぐ向かおう」
 相手はスズノミヤであるが、それを知らない小鳥遊は首を傾げた。
「一体何よ。何がどうなっているのよ」
 今の小鳥遊に事の全容は掴めないままでいるだろうが、全ては現場に到着すればわかる話だ。
「事実として目に映ることより、言葉と心を交わして最後まで結果を見届けて欲しい」


 合流した小鳥遊の目にまず入ったのは、春夏冬と顔の似た男が優を抱えながら、春夏冬達に土下座の勢いで礼を言っている場面であった。
「ありがとうございます! ありがとうございます! もう何とお礼を申し上げたらいいのか……本当にありがとうございます!」
「お父様、そろそろ頭を上げてください」
 小鳥遊には知る由もないが、優を保護した連絡を受けるや否や猛スピードでこの父親はやってきた。年齢や顔立ちこそ春夏冬に似ているものの、平身低頭の態度と胃の弱そうな声音は本人とは程遠かった。
「ですがこのご時世、今生の別れになってしまう可能性も無いわけでは無いのですから、十分にお気を付けください」
 そして小鳥遊の件を知らない花祀のこの台詞が、小鳥遊の誤解を解く契機となる。
「つまり……これって……」
 飛鷹の言う『言葉と心を交わした結果』。即ちそれは、再会を果たした父子、それを見守る春夏冬達という真実であった。
 要するところ、小鳥遊の認識は全て誤ったものであり、春夏冬の疑念も浮気の可能性も全ては小鳥遊が抱く姉への愛が生み出した濡れ衣であったのだ。
「なるほど……そういう事か。全く、正に早合点だな、カデット?」
「……う」
 カデット、とは彼女の『祖国』における少尉候補生の事である。
 ローゼンベルグは小鳥遊が軍人だとは知らないが、軍人としての彼女の感が小鳥遊をそう呼ばせたのかも知れない。
「到着早々早速はぐれるとはお前も運が無かったな」
 幼子がいる手前火はつけないが、ローゼンベルグは愛用の葉巻をくわえつつ、くすりと笑い優の頭を優しく撫でた後、父親に言う。
「気を付けろ、この島は広大だ」
「子供にとって親って神様と一緒なの。だからもうはぐれないであげてねん?」
 続くスズノミヤの言葉に深く頷いた父親は、改めて礼を言うと優と共に去ってゆく。
「おにーちゃん、おねーちゃん! ありがとー!」
 手を振る優に手を振り返し、姿が見えなくなった所でスズノミヤが春夏冬に向き直った。
「春夏冬ちゃんもお疲れーぃ☆ ほっぺ見せてちょ」
「はは……有難いよ」
 保冷財で春夏冬の頬を冷やすスズノミヤ。
「君が春夏冬か。ユリアと友達になってやってくれ。彼女は君を気に入っている」
「ああ。俺と小鳥遊も、お陰でかなり世話になってるしな」
 頷いた春夏冬の前に、小鳥遊が気まずそうに出てきた。
「あの……」
「うん?」
 そもそもの話、小鳥遊が早とちりで誤解をしてしまったのもこの一連の事件の発端の一つである。中々に素直になれない彼女は暫し目を上だの下だの明後日だのに動かしながら指をいじった後、ごく小さな声で言った。
「その――ごめん」
 これが小鳥遊の精一杯であった。何とか出せたのは単純だが極めて素直な言葉。
「別に大丈夫だよ。誤解も解けたし」
 既に春夏冬は気にしていなかった。優は無事父親と再会でき、小鳥遊の諸々の誤解は解消された。元より妹分の姉への思いを深く理解している春夏冬は、それだけで十分であった。
「今在る大切なもの……再認識出来た?」
「目を逸らさずに現実を映せて良かっただろう? ……頑張ったな、小鳥遊」
 スズノミヤと飛鷹に諭された小鳥遊は、隣に立つ春夏冬の影を感じながら頷いた。
「うん。……ありがとう」

 かくして事は大団円の様相を見せ幕が下りる。
 安堵の溜息を吐いたRehniは、二人の様子を見守りながらその場を離れる。
 気付けば傾いていた陽の光が、彼女の影を穏やかに引き伸ばしていた。

【了】


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:2人

前を向いて、未来へ・
Rehni Nam(ja5283)

卒業 女 アストラルヴァンガード
楽しんだもん勝ち☆・
ユリア・スズノミヤ(ja9826)

卒業 女 ダアト
繋ぎ留める者・
飛鷹 蓮(jb3429)

卒業 男 ナイトウォーカー
天性の政治センス・
花祀 美詩(jb6160)

大学部3年3組 女 ルインズブレイド
紫炎の射手・
エルマ・ローゼンベルク(jc1439)

大学部1年40組 女 ダアト