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階段は、長かった。先程から黙々と降りているが、終わりが見えない。
「『あれ』ね……見えてきたような気がしますが、さて」
百目鬼 揺籠(
jb8361)の鉄下駄が、固い地盤を削って作られた階段を踏み鳴らす。一定のリズムで鳴らされる涼しい音は、気味の悪い階段の中で一種の心地よさを作り出した。
「さあて、と。そろそろ大詰めかしら? 確保任務じゃなければここを吹き飛ばして帰るんだけど……ねぇ……」
「吹き飛ばすのは、この件が終わってからだな」
卜部 紫亞(
ja0256)の言葉に応える春夏冬は気楽さを装おうとしても、顔は険しいままだった。
「ふむ、これまた陰気な場所だやな」
麻生 遊夜(
ja1838)は、足音と声だけを淡々と反射する階段に率直な感想を呟く。
「交代で入ることになった麻生だ、お見知りおきを……ってな。見知った顔がいくつかと…春夏冬さんとは会うのは初めてかね? 名前に覚えはあるんだが――同じインフィルか、よろしく頼むぜ。目ぇやられたんだって? 今度修練に付き合うか? 丁度目ぇ隠して当てれるように修行してんだよな」
「それはいいな、有り難い。是非とも呼んでくれ」
笑って見せる春夏冬だが、どこか疲労の色が隠せない。
「まだ先は長いわね……なかなかハードだけど、春夏冬さんは大丈夫? まあ無理と言ってもどうしようもないし、貴方がそんなこと言う訳ないとは思うけど」
くすり、と笑うのは蓮城 真緋呂(
jb6120)。
「――『いずれ』分かる相手は、貴方もきっと待ち望んでいるのでしょうから」
「ああ……俺は、知らないといけないんだ」
確保すべき目標の詳細はわからないのだから。
「大分深い所まで来たね。もうそろそろお目当てが出てきてもいい頃合いだと思うけど……」
長い階段の下を見据えながら、アサニエル(
jb5431)が呟く。
「さすがに、私達が侵入している事は相手も承知しているでしょう。ここからは、敵の妨害がさらに激しくなると思っておいた方がよさそうですね」
殿に構えて備えるエルム(
ja6475)も階段を一段一段踏みしめながら降りてゆく。
「もう侵入はバレてるんだし、あまりこそこそしても意味はなさそう。それより先制や迎撃し易い立ち位置で動いた方が良いでしょうね。春夏秋さん、具合はどうですか? バテてきたりはしていませんか?」
「まだ大丈夫だ」
先は未だ見えず、天井に吊り下げられた篝籠の火だけが仄かに足元を照らす。
「結構先が長いわねぇ……どこまで続くのかしら? ところで春夏冬ちゃん。そろそろ隻眼にも慣れてきた? 油断はダメやけどね♪ それで聞きたい事があるんやけど」
「何だ」
麗奈=Z=オルフェウス(
jc1389)は、すすす、と春夏冬に寄る。
「下僕が言っていた『アレ』について心当たりがないかしら?」
「俺もあまり。……バロック、か。――上官から聞いて、初めて知った」
春夏冬もあまり真相は掴めていない。だからこそ、この悪魔を捕まえる必要があった。
ずっと続いていた階段が終わろうとしている。それは、この監獄の下層への到着を意味していた。
「やれやれ、ようやく着いたか。まだまだ先は長そうだ」
ようやく見えた出口に深い溜息を吐きながら、ディザイア・シーカー(
jb5989)は構える。
下層には何が待ち受けているかはわからない。依頼の意味を掴む暇もないだろう。
「まぁもっといろいろ聞きたいけどお仕事はきっちりさせてもらうわね? も・ち・ろ・ん、随時説明よろしくねぇ」
「わかる範囲で回答させて頂こう」
春夏冬がオルフェウスに頷いた所で、仕事に入る。
卜部とオルフェウスがマッピングを行いながら、極力無用な戦闘を避けて進軍してゆく。
アサニエルは通り過ぎた通路の脇道や後方から敵が現れないか・注意向けて挟撃や奇襲を受けない様に周辺哨戒を行って敵襲を警戒しつつ、この監獄の資料を求める。
(この監獄についての資料などが見つかれば、それも拝借して今後の参考に使いたいね)
とは言え、場所が場所なのかめぼしいものは見当たらない。
(最終的にコアを破壊してもディアボロがいなくなる訳じゃないから、各層の傾向も把握しておいた方がいいわね)
撤収用の印を付けながら、蓮城は壁役として進んで行く。
「……敵さんだらけやのぅ」
オルフェウスが放つカードが舞う中、先行して麻生が引き金を引く。無用な戦闘を避けてもなお戦闘に突入する程の敵の数。
「今までより若干狭く、遮蔽物が少ない単純な造り…量で圧し潰すのに向いた地形かね」
「……構造的に上層より敵は多いだろうな。遮蔽物が少ないのは奇襲が読みやすくて助かるがね。もう敵にもバレてるだろうし、どこから俺らが来るかも分かってるだろうから、殲滅しながら進むのが妥当な所か」
シーカーの言葉通り、ゴリ押しが正解な問題もあるものだ。
「なら退路を確保、囲まれない様に押し通るが良いだろうさ。本隊に連絡とりつつ連携して誘引、殲滅かね。気づかれないならこっそり頭撃ち抜いてやるのもありかのぅ」
アサニエルのアンタレスが輝く中、攻撃を華麗に捌き、麻生は無駄のない動きで急所へ的確に銃弾をばら撒いてゆく。
「斥候やマッパーの指示通りに進み壁になるのが我が使命、と。後ろは任せるぜ。下層に来たんだ、そろそろ敵も本腰入れてくる頃だろう。心配するな。壁にはなってやるさ、簡単にゃ通さんさ」
「狩るのは私。狩られるのはお前たち、よ」
ディザイアも不敵に笑う中、卜部は光球を放ち、頭なり足なりを狙って早々に無力化をして確実に止めを刺す。
「流石にディアボロが多い――還りなさい」
これまでの戦闘で一体一体の戦闘能力の予想はできている。蓮城は札から氷の刃を放つ。乱戦となっても、空間自体が広くなっているので間合いのある大剣を使えば問題はない。
下層の構造は単純であった。徐々に狭くなってゆく監獄を突き進むと、やがて一本道になった。
「さあて、メインディッシュは何かしら……」
卜部が呟き、最後の部屋に突入する。
「広いな……奥に階段もある、ボス部屋かね? 今までの傾向を見るに確実だろうな、模範囚を殲滅しつつ皆で突撃かのぅ」
「如何にも。我が名は憤怒のバッツメロウ」
「おっと、ボスのお出ましか……これはまた色んな意味ででかいな」
深い紫の軍服に身を包んだ、腕と足が肥大化した大男。
「何か、アメコミにでもいそうな奴ねえ。この手のやつは基本的に思考が単純なんだけど……こいつはどうかしら?」
軍人風の堅苦しい口調ではあるが、卜部は注意を怠らない。
「あら? 今回はワイルド系かしら?」
意気揚々としていたオルフェウス。そのままカードを投げつけて反応を問う。
期待していた反応――
「お前、何をするのか!」
――ではなかった。
「何あれ……頭の悪いゴリラさんか。なんかがっかり」
味方の挑発の反応でがっかりした。期待するだけ無駄だったか。しかし失望はしても、今までの看守と同じく何か奥の手があると考え行動はする。毒を纏わせた手でなでるように触れ挑発は忘れず、以降も上空の優位を生かし攻撃を繰り返す。
「外見、装備から察するに近接パワー型と思うけど、……予想と違っても動きを封じた方が良さそうね」
考えた蓮城は草蔦の鞭で縛った上で阿弥陀蓮華での斬撃を放っても、篭手や具足には大した傷も付けられない。
「本当に固いわね……」
だが遅い。大振りのストレートを避け、できた隙に雷を纏わせた右腕を叩き込む。前衛の壁役として味方には攻撃させない。
「随分硬そうだなぁおい……なら、ちっと腐ってけや。篭手と具足、眉間を撃ち抜いてやろう」
麻生は腐蝕させるアウルを練りこんだ銃撃を放つ。着弾と同時に蕾のような模様が現れ、徐々に花が開くように周辺を侵食してゆく。
「よぅ、ちっと俺らの相手してくれや」
斧に持ち替え、連携して足を止めるシーカー。
(攻守重視の重戦車型……俺の理想ではあるんだがな)
振り回す腕をシールドで受ける。
「ッチ、馬鹿力だな……羨ましい限りだ。まるでゴリ……いや、何でもない」
発生するのは風の障壁。卜部が放ったものだ。
「ブンブン丸相手ならこれで充分でしょ」
放つは憎しみの腕。それからフレイムシュートを喉元に叩き込む。
「私をどうにかしたければ遠距離から一撃で殺すか、オートカウンター持ちでも用意することね」
ヒット・アンド・アウェイという名の嫌がらせ。近接組が攻撃している間に側背面に回り込み、頭や片膝を狙い着実にダメージを蓄積させつつ様子を伺ってゆく。
「そのナリだと、いかにもパワータイプに見えるわね」
掠っても当たればかなりの痛手だろうとエルムは推測する。
(得物からも近接戦闘型と推察できるわね。敵の間合いに入らずに戦うのが得策かな。でも攻撃するときなら、隙ができるはず。ましてやその図体なら狙いやすいわ)
「逃がしはしないよ!」
アサニエルが審判の鎖で縛ったのを見て、一気に間合いに入る。
「秘剣、翡翠!」
動きが止まった。この一瞬を逃さない。関節の僅かな間を狙う。
「我流・燕返し!」
「人間にしてはよくやる!」
吠えると、バッツメロウの周囲に模範囚が湧く。
バッツメロウに接近するには湧き出る模範囚が邪魔であった。
「遠慮はいらないよ。慰問ってことで受け取りな」
大きく振りかぶった後、光の槍を投擲するアサニエル。
光の槍は一直線に模範囚を蹴散らすと共にバッツメロウへとぶち当たる。最早火力砲台の様相であった。
「斬ります。無影刃・阿修羅斬!」
エルムが放つ無数の不可視の刃が模範囚達を斬り刻む。舞い散る無数の落ち葉を残さず斬る高速の斬撃を修練により身に付けて可能とした技は、六つの腕を持つという阿修羅から刀剣で斬撃を受けたかのような攻撃であった。
「はっ、隙ありだ。痺れていきな!」
すかさず、雷を纏わせた右腕で水月を打ち抜く。
「後ろに行きたきゃ俺を倒してからにするんだな。必殺が来ようがやることは変わらん!」
生命力が減っても尚ヒールを使い、粘ってゆく。ヒールを使い終え、大地の恵みで頼っても動き続ける。それが彼の矜持であり誇りであった。
「貴様ら、もう許さん!」
バッツメロウの肌が火に入れた鉄の如く赤くなる。
すると、動きが急激に機敏になり、風をへし斬る圧が大きくなった。
(あれだけでかい図体、特に腕は注意してぇですかね)
動きが大きそうなので予備動作に注視すれば何とかなるだろうが――それだけで済む筈がないと百目鬼は踏んでいたが、まさかここまでとは。
対応が遅れる。春夏冬の右の死角からの攻撃。オルフェウスがすかさず叫ぶ。
「春夏冬ちゃん!」
「――っと、ありがとうよ!」
すかさず、春夏冬が身を低くして転がり事なきを得た。
「短気で品のないのはダメね。うちの男の子達見習いなさい。まぁその内痛いのもキモチヨクなるかも……ね♪」
先のエーデルロッサを思い出しつつ、オルフェウスと百目鬼は連携して攻撃を繰り出す。
「てめぇらもそろそろ見慣れて来ましたねぇ」
紫の炎が竜巻となる。模範囚を一掃し、豪華さの尾を引いて消えてゆく。
「倒しても倒してもキリがねぇ……」
だとしても、あまり多くが集まらないように攻撃を繰り返す。模範囚が少数になるタイミングがあらば、死角からバッツメロウへ弓で攻撃を行う。
「麗奈サン、行きますぜ!」
バッツメロウから引き離し味方の射線を確保した百目鬼はオルフェウスの攻撃範囲内へ集め、咥えた煙管から吸った煙を吹きつけた。煙はたちどころに紅い炎の様相に化け、襲うように鮮やかに燃え広がる。
「終わりのない生ほど苦しいものはございませんぜ。ここできっちり火葬してやりたいところでさ」
バッツメロウの鈍重な一撃を霊気万象で受け止める蓮城。
仲間を守る、絶対の盾。どこまでも優しく強い、最強の盾。
「仲間へは攻撃させない」
再び猛攻。畳み込む、と言っても遜色はない。
「すまんが止まってくれんかね?」
アイビーウィップで縛り、シーカーが動きを止める。
「指揮官の癖に随分と癇癪持ちね。隙だらけよ?」
蓮城は光り輝く星の輝きを武器に込め、属性を天界寄りに。シーカーが動きを封じている間に、斬り込む。
「ハハッ、我がロマンの神髄……見るがいいさ! さぁて、耐えられるかな?」
麻生が放つ、霧夜の絢爛舞踏。
霧が流れ漂う中、響くは一定のリズムを刻む足音。そして霧を裂き、現れるのは続く三つの弾丸。
「何故……何故だァ!」
「何故って?」
百目鬼は一気に跳躍。
「冷静さに欠いたところで、あんたの負けは決まってたんじゃないですかねぇ」
踵を墜とす。
鉄槌のような鈍重な一撃は、垂直の一直線を描く。
憤怒のバッツメロウは地に伏した。
「……そういえばこの間言ってたアレって何なのかしらね?」
卜部の言う通りであった。そこで百目鬼は地にめり込むバッツメロウに寄り問う。
「ところで、『あれ』はあんたも見たことがあるんですかぃ?」
百目鬼は既にエーデルロッサから聞き出した風を装っている。
あれ――即ち確保対象であるバロック――が何なのか、ここでどのように扱われているのか、どこに隠されているのか。些細なことでいい、ヒントが得られたらそれで十二分だ。
「あれ――か」
「こっちの人ももったいぶって詳しく教えてくれないのよねぇ。坊やはご存知?」
オルフェウスも、できれば次の敵や上の存在の情報を得たいのだ。
「あれは危険なものであるからして、アル=ジェル様が保管しておられる」
「アル=ジェル?」
「お前如きが気安く呼ぶな! 我が創り主だ」
また怒ったが手足はもう動く筈もなく、その迫力も見掛け倒しとなっていた。
「ここは所詮、あれを封じ込めるだけの空間でしかない。上などそのついで――アル=ジェル様さえあれの扱いには手を焼かれた。真の囚人――バロックは、貴様らには余るものだ。我々を倒した程度で思い上がるなよ、人間」
どうやら、もう聞ける事はないようだ。
「さようならだ、良い旅を」
「これで最後……眠りなさい」
麻生の赤黒いアウルの弾丸が眉間を撃ち抜き、雷を纏った蓮城の右腕が水月にめり込む。
憤怒のバッツメロウは、その怒りすら満たされぬままその命を終わらせてゆく。
この監獄には最も似つかわしい死に方でもあった。
「さて、ここからが本番かね。因縁の相手……目的も近い筈だ」
「春夏冬……『大丈夫』か?」
「多分な」
力なく笑う春夏冬に、シーカーは一抹の不安を隠せなかった。
「さて、本命はもうちっと先ってところかい」
一息ついて髪を掻き上げながら、アサニエルは先の螺旋階段を見据えた。
「絶望は、まだ深そうね……」
蓮城の声すら吸い込む、無間の絶望。
闇が落とし込まれた先――牢に押し込まれた地獄がある。
【続く】