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マスター:川崎コータロー
シナリオ形態:シリーズ
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/11/01


みんなの思い出



オープニング


 地獄谷の奥底で、紫煙が漂っている。設えられた豪華な調度品の数々。その中央で、赤い軍服を着た銀髪の女悪魔が煙草を吸いながら、豪華な椅子に背を預けてじっと何かを考えている。
 灰皿に刺さる消費された煙草の数は数箱分にも及ぶ。人間なら異常であったが、悪魔から見ても些か常識を疑う本数であった。それでも女悪魔――この監獄の主・アル=ジェルは煙草を吸う手を止めない。
 灰を落とそうとした時、誰かの気配を感じてその手を止める。
「シャウレイか」
「お久しゅうございます、姉上」
 銀と青の悪魔・シャウレイ。アル=ジェルの弟。後ろには顔の左半分を仮面で覆う老執事・ベルンゲルを連れて微笑んでいる。
「姉上にしては、面白いものを作りましたね」
 半ば嫌味であったが、もう半分は純粋に褒め言葉でもあった。仕方がない。この愚弟は生まれつき、面白いものには最大の賞賛を送るのだ。
「して、何が狙いだ」
 しかし、アル=ジェルが作り上げたこのゲートにのみ興味を持っている訳ではないだろう。じっとシャウレイの目を覗き込み、次を待つ。
「父上が僕から取り上げた玩具を取りに来ました」
「……あれか」
 指先で灰を振るい落としながら、アル=ジェルは深く溜息を吐いた。シャウレイは微笑んだまま、首を縦に振る。
「ええ」
 アル=ジェルは一瞬目を閉じた後、口を開いた。
「お前にやる事はできん」
「どうして」
 シャウレイは心外といった風に驚く。だが予想通りの返答のようで、静かに姉の次を待った。
「昔のあれを――父上はまだお許しになってはいない。」
「嫌だなぁ、昔の僕と今ここにいる僕は違うんです。お願いしますよ、姉上。可愛い弟の頼みだと思って」
 静かに手を差し出すシャウレイ。それを唾棄するかのように一瞥したアル=ジェルは、その掌に煙草を押し付けた。
「私はお前を可愛い弟と思った事はないぞ」
「そんな、姉上ったら。素直じゃない」
 シャウレイは笑顔のまま煙草を握り潰して消す。掌には跡すら残っていない。
「煙草の量が増えましたか、姉上。いけませんよ。害はなくとも、嗜好品に頼りすぎるのは心身があまり健康ではない証拠です」
「それを私に言う権利がお前にあるとでも?」
「ごもっともでした」
 肩を竦ませたシャウレイは続ける。
「……ここを見させて貰いますね。大丈夫、変なところはいじりませんから」
「構わん。お前に見られて困るものなど一つもないからな」
 アル=ジェルはシャウレイの事が嫌いであった。見られて困るものなど一つもないというのは真実であるし、この際表の看守を倒した侵入者がついでに殺してくれればこの上ない僥倖であるからだ。
「上には?」
 無言で睨み返すと、シャウレイは芝居がかった驚きで悠長に取り繕う。
「やだなあ、隠し場所を教えてくれてもいいのに。姉上はいつも意地悪ですよね。僕の好きな玩具やお菓子をいつも隠してしまうのですから」
「お前は加減も程度も知らん。飽きるまでずっとそうしているだろう」
 深い溜息の後、新しい煙草を取り出して
「だから父上は姉上に預けたのかも知れませんね」
 最も義務感が強く、言いつけをしっかりと守るアル=ジェル。他者にも自分にも厳しい悪魔。
「かつて僕が一番大切にした玩具――」
 放蕩者の弟を躾けるには、丁度いいのだから。
「バロックを」


 地獄谷には、亡者の呻きが渦巻いている。
 逆円錐の谷から伸びた横穴は、一度入れば地獄の光景が広がっている。
 この監獄には雑居房など存在しない。あるのは個人に宛がわれる個室の房だけで、狭く区切られた牢には一人一人、囚われた人間が収監されていた。
 房の光景は、どれもが天国であり、地獄であった。
 食に飢えているものならば世界中の美味を、女に飢えているなら絶世の美女を、男に飢えているなら魔性の美男を、自身の美しさに飢えているのであれば誰もが羨む美を、知識に飢えているなら神にも近づける知識を、力に飢えているのであれば全てを凌駕する力を――幻影で与え、永遠に満たされぬ絶望で魂を吸い取る。
 ここにいる囚人の誰も彼もがそれを理解している。
 だからこその地獄。だからこその絶望。
「♪〜♪〜」
 うめき声が聞こえる中、目に悪いピンクの軍服を身に纏った軍人が鼻歌交じりに歩く。
「さぁ囚人共、そのクソみたいな魂を私達に捧げるんだよ。今日はお客様も来てるんだからね」
 手には鞭。蛇のように蠢くそれは滑らかに撓り、地面と激突すると鋭い音を上げる。
 彼女は看守が一人・色欲のエーデルロッサ。
 監獄には朝も昼も夜もない。
 絶望だけが取り仕切るこの監獄で、彼女は一人、これから来るであろう客人を待っている。

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リプレイ本文


 この世に地獄は数多と存在する。
 しかしここはいっとう禍々しく、毒々しい。
「なんというか、業の深い場所ですねぇ。地獄ってぇのはこんな様相なんじゃねぇです?」
 この光景は、どう見ても異様だった。百目鬼 揺籠(jb8361)は眉を顰める。暗視につけたナイトスコープ越しの世界が、どう見ても生々しかった。
 斥候で先導しているから? そうではないだろう。
「重い……絶望に満ちた気……」
「ああ、不気味ったらありゃしねえな」
 春夏冬も遠い目でどこでもないどこかを見ている。そんな彼を視界の端に入れながら、蓮城 真緋呂(jb6120)は考える。先の答えだ。
(『そのうち分かる』――つまりは『YES』なのね)
 どうして『確保』なのか腑に落ちないところはあるけれど、それがオーダーだから仕方がない。
「それに……春夏冬さんのバックの組織って、生きてる方が辛い場合もある……処だったっけ。憎むべき悪魔にとっては何れが幸せか分からない、か」
「まぁな、敵は生かさず殺さずじわじわ使い捨てていくのが俺らのやり方だからな。……一部、例外はあるが」
「思う処は色々あるけれど……今は任務に集中しましょう」
 絶え間のない寒気に微かに震えながら、蓮城は、来た道の壁に蛍光塗料で等間隔に印をつけてゆく。
「渓谷を乗り越えて、やって来ました監獄で御座います……なんて小話でもせんとやっとれん雰囲気の悪い場所ねぇ……心をこめて破壊してやりたいけどまた今度ね」
 寒気の原因は様々だろう。卜部 紫亞(ja0256)は辺りを見回す。谷は一歩足を踏み入れた途端に暗くなり、殊更不気味さを際立てる。
「さて、監獄への慰問興行といこうかい。だけど、あたしらは少々荒っぽいよ」
「檻の中はどんなお楽しみがあるかしら?」
 アサニエル(jb5431)と麗奈=Z=オルフェウス(jc1389)が明るく先を行く。
「あの谷の下に、監獄型ゲートのコアがあるのかな。とにかく、降りる手段を探さないといけませんね。……この穴を降りるのは、無理かな?」
 エルム(ja6475)は双眼鏡を覗き込むも、谷が深すぎて暗闇に掻き消されてしまう。
「侵入は出来た……が、また面倒な造りになってやがんな」
 ディザイア・シーカー(jb5989)が大穴にゴム合羽を、蓮城がタオルを巻いた石を放り投げてみる。すると幾筋もの白光がゴム合羽とタオルを打ち抜き、蜂の巣にする。
「やれやれ……楽はさせてくれない、と。『監獄型ゲート』ってんだから、逃げれんように出来てんだろうが――敵の対応、階段の捜索を考えると……半々に分かれるのが精々だな」
 実際シーカーの言う通りであったので、AとB二つの班に別れ、地獄の探索が始まった。


「監獄型ゲートねー、まあ、面白そうだしいっちょやってみっか」
 完全に隠密仕様のラファル A ユーティライネン(jb4620)は大穴を見下ろす。
 元々はこの依頼には関わっていなかったが、人数合わせのために斡旋所から放り込まれた口である。普段のラファルからすればまず受けない類の依頼だ。
 まあ、引き受けたものは仕方ない。という訳で、斥候を買って出る。
 初手では機械化はせず、斥候として班より少し先に進出しながら物陰などを利用して複雑な監獄を歩き回る。
 今最も警戒すべきは無駄な消耗ともなりえる巡回模範囚との戦闘だ。光学迷彩もできない事はないが、不用意に使いたくない。
「ゲームのオートマッピングの有り難さがつくづく身にしみるわねぇ……」
 部屋の形が似ている・配置が似ている、ならばどれだけ良かった事か。
 警戒を周りに任せ、方眼紙とペンを片手にひたすらにマッピングをしていくだけでも精一杯だ。道順や小部屋の他にも模範囚や監視のいる地点、目立つ物に印を入れておき、脱出時の見積もりに入り口から入った時間帯もチェックして書き込んでおく。
 エルムもマッピングの傍ら、収監されている人間から何か情報が訊きだせないか試みる。しかしその者の欲望を過剰に満たしにかかる罰への呻きで話にならない。
「……幻覚でも見ているのかな。話にならないか」
 満たされきった欲望になお流れ込む欲望。それは、最早永遠の苦痛であった。
「ああやって、人間の魂を吸収しているんですね」
 欲望を満たす代償に、魂を吸い取る。これが地獄。欲望の罰、生命の罪。
 外道としか言えない行動でもなお、蓮城の感情は冷たく鎮まり返っていた。光纏で無感情になっているだけなのか。それとも。
 彼女は淡々と一つ一つの通路を隈なく見回し、地形を把握しながら階段を探す。
 退路には×、行き止まりの収穫なしなら△、階段に通じる道ならば○――小さく印を付け、慎重に進む。
 曲がり角ごとに塗料の色を変えつつ、模範囚の姿を確認する。
「敵……今度も囚人ね」
 姿を確認した蓮城は、踏込みで急接近して袈裟で斬る。
 遠距離から卜部の光弾が疾る中、エルムが剣を振るう。
 無影刃・阿修羅斬。
「手早く片付けるわよ」
 卜部のファイアーブレイクと、蓮城のコメットで薙ぎ払う。
「行きましょう」
 拓かれた道を進み、走る。
 蓮城はふと、B班はどうしているのかが気になった。


「曲がり角や死角には要注意だな、後ろから来ないとも限らん」
 シーカーは百目鬼と共に先行で警戒。幸いにも房の集まりの間を縫うような通路は入り組んでおり、遮蔽で姿を隠せる。
 オルフェウスは翼で宙に浮きながら、網膜に地獄を映して髪に地獄の構図を記す。
「とは言え、程度が過ぎるさね」
 後方や脇道に警戒を払いながら、アサニエルはこの邪気に吐き気に近いものを覚える。
 いくらなんでも、惨すぎる。
「ああ。……悪趣味極まりねぇな。それに……何かすごく嫌な予感がする」
「奇遇だな、俺もだ」
 シーカーと春夏冬が気味の悪い寒気に震えた所で、模範囚と接触する。階段はすぐそこだ。もうやり過ごす必要もない。
「――来るよ!」
 光の球で敵を迎撃したアサニエルが叫ぶ。
 次に彼女が発したのが、サジタリーアロー。並んだ敵を一直線に、高密度のアウルが貫く。
「一気に片付けるさね!」
 オルフェウスのカードが闇の中で煌めく中、百目鬼が鉄下駄を鳴らし、シーカーが拳を振るう。
 総攻撃で叩き潰す。
 アサニエルが投げ放つヴァルキリージャベリンが模範囚の群を貫いた時、あたり一面に呻き声の静寂が戻る。
「……ここはこれで最後か」
 纏めた地図をざっと見回す。その図は最早監獄と言うより蟻の巣だ。
 コツン、と。ピンヒールの音が響く。
 どう考えても異質な音。瞬間で身構えた。
「このまま通れる訳がねぇよな?」
「その通り」
 先程の寒気の原因はこれか、とシーカーは納得する。
 ショッキングピンクの軍服はやたらと肌の露出が多い方に改造されており、両方の意味で目に悪く、暴力的なまでに扇情的なスタイルで殴りかかってくる。
 金髪から覗く瞳は毒々しい紫。
「アタシは看守・色欲のエーデルロッサ。侵入者ってのは、アンタ達だねェ」
 片手には幾重にも折り畳まれた鞭。
「どぎついお……ごほん。下がるぞ、殿は任せろ!」
「何を言おうとしたのよォ!」
「おお、おっかねえ」
 上手く挑発に乗ってくれたのが幸いであった。シールドを展開して殿の壁となったシーカーが合流するA班の位置に希望を託す。この位置によっては挟撃が可能となるのだ。
「次の看守は女……派手ねぇ……性格も悪そう」
 A班に連絡を入れ終えたオルフェウスが、上空から電撃の刃をかち入れる。
 合流するまで、何とか持ちこたえなければならない。カードが舞う。それは、朝を待つ夜の俄か雨であった。
「おやおや、これはまたお美しい看守のお出ましで」
 紙一重で鞭をかわす。鞭が生み出す空気の圧は凄まじいもので、圧が百目鬼の頬を撫でただけでその危険性を悟れた。
 恐怖が脊椎を舐める。しかし、それでも百目鬼は動きを止めない。布の翼を使い、中空を滑って立体的に前へ。かつて通した覚悟の如く、前へ、前へ。
 届く。千鳥十文字。黒い炎を纏う足が下から突き上げるように、エーデルロッサの顎を砕きにかかる。
「――ちィッ!」
 避けられる? ――織り込み済みだ。
「男女平等でございまさ」
 エーデルロッサの腕を掴み、『夢』を魅せる。
 直後、足払いで背中から地面に払い落とす。
「今ですぜ!」
 模範囚を蹴り飛ばし、次に繋げる。
「すまんね、ちっと止まってくれや」
 アイビーウィップで鞭を繰る腕を封じ、引き寄せて雷化の右腕を叩き込む。
「逃がさないよ!」
 アサニエルの放つ聖なる鎖がエーデルロッサを捕らえる。
 タイミング良くA班が合流した。
 挟撃の位置。一気に優位に立つ。
「いやショッキングピンクとか……流石の私もそれは引くわ」
 その感情を卜部は隠しもしなかったので、とりあえず黒い稲妻を空間上に描く。狙うは鞭を持つ手。
「アレは、さっきの看守『暴食のグリムカッツェ』と同等の敵みたいですね」
 だからこそ、決して油断はならない。
 狙った一点のみを狙う技――翡翠で一気に勝負に出る。
「くらえ!」
 翡翠は牽制。本命は。
「行きます! 秘剣、我流・燕返し!」
 更に、オルフェウスが雷を降らせる。
「何? 暴力と暴言でS気取り? ホンマ三流はこれやから困るわぁ」
 縦の斬撃と横の斬撃、そして雷が闇の中で閃き、エーデルロッサは数歩たたらを踏む。
「ふふ、ふふふふ……なら教えてあげるわ」
 すると呼び寄せられるのは大量の模範囚。そして。
「誰が上かって事をね……」
 エーデルロッサの瞳が、毒々しい煌めきを放つ。
「何が――うっ」
 その煌めきを直接目にしてしまったシーカーと春夏冬が、こちらに攻撃を加えてくる。
 原因はわかった。
 視覚に、聴覚に、触覚に、嗅覚に、ノイズがかかる。五感がやられたか。
「グリムなんとかが大技を持ってたことを考えると、この嬢さんも何か隠し玉を持ってておかしくねぇ……とは思っていましたがね」
 意識が持っていかれる。百目鬼は本能で察した。
 片手で頭を抱えながら、エーデルロッサの首から下のみを注視する。目を合せてはいけない――僅かに残った正常な感覚がそう叫んだ。
「この……っ!」
 ノイズ交じりの思考と感覚を矯正するかのように、エルムが自分の頬に渇を入れた。
 するとどういう事だろうか。ノイズが消え去り、思考と感覚が鮮明に戻ってゆく。
 ――まさか。
「頬です、頬に渇を入れるんです!」
 エルムの叫びを聞いた百目鬼がならば、と春夏冬の胸倉を掴み、頬に一撃。
「失礼しますぜ」
 閃光が迸る音。
「……っと、俺今何してた」
「気が付いたみたいで何よりで。説明は後にしましょう」
 なるほど、効果は確かなようだ――と頷いた所で形勢が一気に逆転する。
 また、オルフェウスはこの光景が気に食わなかった。
「何? こんなに美女に囲まれてんのに敵さんの方がええって? ふーん……」
 絶世の美女の微笑みとは、この事を言うのであろうか。
「え え 度 胸 や ね ぇ ?」
 次の瞬間、乾いた爽快な音が一発、響き渡る。
「……こうなる気はしてた」
 我に返ったシーカーは、頬の痛みと共に視界が明瞭になっていくのを確認した。
「目ぇ覚めた? じゃあ働いてらっしゃい♪」
 了解……とシーカーは弱弱しく返し、模範囚を斧で叩き割る。
「鞭の勢いが乗る中距離には居れんからな」
「あらあら、いい男は仕事もきっちりするのねぇ。あたしの出番はあまりないかしら?」
「美女にそんな事を言われたら殊更頑張らない訳にはいかないな――っと!」
 斧で胴を横薙ぎにする。
「私にその攻撃は効かない」
 光の防御壁が蓮城を完全に護り、役目を終えて弾けた所で彗星群を落として模範囚を蹴散らす。
 アイビーウィップで縛り、コレダーを叩き込む。目的は後続の仲間への繋ぎ。
 至近距離で張り付き、鞭を振り回し難い間合いで挑む。
「魅了か……まあ、変なことしてきたらひっぱたいて……このまま亡きも」
「おい、大丈夫か」
「ああ、なんでもないわ」
 ファイアーブレイクでエーデルロッサごと模範囚たちを焼き尽くす卜部。
 模範囚が減った所で瞬間移動でエーデルロッサの懐に飛び込んだ卜部はそのまま両腕で円を描く。描いた円に両腕を突き入れて発動させると、円の中から無数の白い腕が飛び出して相手に絡みつく。
 その隙に後退し、入れ違いで迫る者が一人。
「ここに来た価値があるってな! ――展開!!俺俺式光学迷彩!」
 ユーティライネンは先程から機嫌がストップ高であった。なんせステロタイプな女悪魔の看守がいると聞いたからだ。是非とも「くっころせ」と言わせたくてたまらない。
 姿を隠す膜が機械化した四肢と胴・頭を隠し、そのまま壁を走る。
「謳技、死閃『プラネッツフォールダウン』ッ!」
 暗所もしくは潜行状態から繰り出される、死角からの一撃により死に至るやもしれぬダメージを与える闇歩戦技の妙技は視認する事は叶わず――ただ、「星辰乱れしとき巨星をも墜とす」と謳われるのみ。
 そう、毒々しい巨星は堕ちるのだ。
「もう絶望に沈まなくてもいい。次は光ある場所に。――歌うならば、貴女の鎮魂歌を」
 蓮城が刀を構え直す。それが合図であった。
 この隙を、逃しはしない。総員、構え。
 最後の一撃。
 酒と煙草で焼けたような、低く甘ったるい声の呻きが響き渡り――戦闘の音は止んだ。


 今回はしぶといようで、エーデルロッサはまだ生きていた。
「ぐっ……この……」
 ぼろぼろになったエーデルロッサにユーティライネンが一抹の期待を抱いていると、オルフェウスが前に立つ。
「生きたいの? じゃあお願いしないとねぇ? 態度がおかしいわよねぇ?」
「え、あの、その」
「でもダーメ♪ あなたは欲に溺れて死んじゃうの♪」
「あ、ちょ」
「色欲ねぇ……まだまだ経験値が足りないかしら♪」
「ま」
 とにかくメンタルをいたぶるようにアメとムチを交ぜつつ調教してゆく。
 その光景を眺めながら、百目鬼は呟いた。
「いたぶるばかりじゃ男はついてきませんぜ」
 オルフェウスとエーデルロッサを交互に見る。
「……ええ、多分ね」
 とは言え友情のようなものが締結されたらしい。
「お、お姉様と……呼ばせてくださいぃ……」
「はい、よろしい」
 うん、と
「でもねお姉様、ははは、残念」
 エーデルロッサは笑う。それは、勝ちを確信した笑みだった。
「この監獄は、まだ続くんですよ……ふふ、アル=ジェル様が作ったこの牢獄は、お姉様達にだって、壊せはしない、『あれ』も……奪えは……」
 されど、限界だったようだ。エーデルロッサは笑いながら力尽き、闇の中に溶けてゆく。
「――『あれ?』」
 春夏冬は首を傾げるも、目前の階段から流れる風に気を取られて頭の隅にそれを追いやる。
 階段は続いてゆく。深く、深く、絶望の澱へと。
 地獄は続いてゆく。
 その先には、何があるのだろうか。
【続く】


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