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嫌に晴れ渡った空の下、古い洋館が寂しそうに佇んでいる。
館に人の気配はない。館自体には。
「急ぎましょう。ネイさんに何かあってからじゃ遅い」
門をこじ開け、百目鬼 揺籠(
jb8361)は一気に駆け抜ける。
薄暗い館の中、ナイトビジョンで光を調節しながら周囲の音や匂いに気を付け、不意打ちされない様に進む。
「ネイさんを襲ったサーバント……あれが行方不明の女性達かも。彼女もまた危ないから、早く救出しなくちゃ」
まずは屋敷の調査――だが。
「一番に調べるべきはあの離れでしょうね。あのお茶会の後に行方不明……現場の状況、お茶会時の様子からしてもエドワードさんが怪しいのは明らかだわ」
「もうちょっと隠すとか、無かったのかしらねぇ……タイミングでバレバレやん」
駆ける蓮城 真緋呂(
jb6120)と麗奈=Z=オルフェウス(
jc1389)。
(エドワード様……本当に、貴方が……何かの間違いであって欲しい。ネイ様のお友達が、ネイ様を攫うなんて、そんな事……)
リラローズ(
jb3861)は、心のどこかでまだ希望を信じていた。エドワードが犯人ではないという、微かな希望。けれど、今ネイが危機的状況かもしれないのならば、一刻も早く助けなければ。
しかし。
何かの気配。もしや、と思わせる隙もない、人のようなものの影姿。
「奴さん、やっぱりサーバント作ってやがった」
サーバント。喉元から巨大なトリカブトが一輪咲く、異常な姿。あの赤いサーバントと雰囲気が酷似している。
「やっぱりエドワードだったのか……あの時僕らが証拠を掴めていれば……!」
伊藤司(
jb7383)は拳を握り締めた。
「これでほぼクロやわ……急がんとヤバそうやね」
サーバントが出現した事により、オルフェウスは今回の犯人がエドワードであると判断。弓を構える。
「悪いけど、いろいろと重なりすぎてるわ。強引なのは勘弁してね」
「あらァ……? 面白い事をするじゃないのォ、ちょっと手伝わせてェ♪」
オルフェウスと黒百合(
ja0422)が、最短ルートを取る為に壁ごと障害物を吹き飛ばす。もっとも黒百合は、最大射程十二メートル・最大口径半径1mの雷光砲や、範囲を最大にまで広げたアンタレスで、清清しいまでの破壊という破壊を尽くしている。
「ごめんなさい。急いでるの、邪魔しないで」
道を塞ぐサーバントの刃を受け止める蓮城。巨大な鋏を二分し、一対の双剣とした武器を持つ、薄紫のプリンセスラインのドレスを着た女形のサーバント。
異常な姿を睥睨しつつ、蓮城はコメットを投げつける。
「早いこと退場してもらうわよォ♪……!」
口元を大きく歪めた黒百合が黄金の拳銃片手に引き金を引きまくる。
「初手から全力で攻撃するよ!」
暗殺の集中力が無駄にならずに済んだと言わんばかりに、御門 彰(
jb7305)が不意打ちの襲撃で全力の攻撃を仕掛け、斬撃を桜花幻想で受け流す。散った桜の花が地面に落ちるが如く着地した御門は、惜しみなくスキルを使ってゆく。
「救出作戦はスピードが命だからね!」
「うん、そうだよね!」
伊藤が召還したストレイシオンがハイブラストを放つ。雷のようなエネルギーの塊が、最早廃墟と化した洋館を駆け抜ける。
瞬間に伊藤は気付いた。
何か強力な一撃を繰り出そうとする、溜めのような動き。
「危ない!」
そこに、伊藤がストレイシオンの高い防御の力を使用する。
「ここで怪我しちゃったら、助けられるものも助けられなくなっちゃうかもしれない。みんなに大きな怪我なんかさせない!」
率先して伊藤自身が敵に大きなダメージを与えようとするのではなく、味方の攻撃を当てるためのフォローや相手の攻撃の動きの阻害などの補助に回る
自身の能力の低さは柔軟さと気合でカバーして何とかさせる。
「ありがとうございます。しかし――使わせませんわ!」
死角からリラローズがゴーストバレットを放つ。
大技など使わせるものか。
集中攻撃がさらに苛烈さを増す。
刃を構えた直後の隙を逃しはしない。百目鬼は鉄槌が如き重さの一撃を、惜しみなく連続で繰り出してゆく。狙いは頭、必ず叩き落す。
「……終わりでさ」
最後の一撃。さらに蓮城の火輪が加わって切り結ばれる。
劫火の渦。聞くに耐えない断末魔の中、舞い散るのはトリカブトの紫。
『復讐』『人嫌い』――この花言葉が示す、主の考え方は。
されど、考える暇はない。息をつく時間も惜しく、再び走り出す。
先陣を切るのは黒百合。俊敏さの塊となった彼女は真っ先にエレベーターに辿り着いた。そしてエレベーターの横の壁を打ち抜き、そのままシャフト内を壁走りで駆け抜ける。扉をぶち壊した先に居たのは――二体目。
完全に無視。圧倒的な機動力で突破。
その時に、まるで塵を払うかのようにいなした攻撃を、エレベーターで地下に到着したばかりの蓮城が刀の一振りで叩き落した。
「予測は出来てた」
エレベーター使うとバレバレなので、降りた瞬間に待伏せがあると思っておいて正解だった。
攻撃は遠距離からのもの。巨大な弾丸のような何か――否、腕だ。
黄色いミニ丈のドレスを着た、首無しの浮遊人形と言った風貌のサーバント。関節ごとに体が分離しており、その先はスコップのように鋭利であった。
――マトモに相手をすればジリ貧だ。
「悪いけど、お願い出来る?」
アイビーウィップでサーバントの浮いた体をそれぞれ絡め取り、動きを止めた蓮城はそのまま突破する。
「任せてくだせぇ」
頷いたのは、百目鬼・ルナルティア・御門・伊藤の四人。
「ゆりりん、よろしくねぇ♪」
オルフェウスがウィンクと投げキッスを百目鬼に送り、リラローズはハイドアンドシークでサーバントの脇をすり抜ける。
「ネイさんのこと、任せましたぜ!」
百目鬼もウィンクを返し、サーバントと対峙する。
離れの小屋に向かってゆく四人の気配を感じながら、百目鬼は咆哮と共に跳躍からの一回転。そして――蹴撃。
意識を奪う鬼火。ゆらりと漂う紫の炎に紛れ、御門の放った忍法・髪芝居にタイミングを合わせてシアン・BR・ルナルティア(
jb2554)が、同じ技で動きを封じ込める。
「みんながネイさんを助ける邪魔なんて絶対にさせないよ!」
召還したスレイプニルが目にも留まらぬ速さで動き、ディアボロの動きを阻害。
百目鬼が後方へと押し戻そうとした時だった。
胴体の前に体のパーツが集まり、大砲のようなものの骨組みを形作る。
「まさか――離れて下さい!」
咄嗟に退避する百目鬼。
直後、巨大なビーム。人など容赦なく飲み込む直径二メートル程のビーム。
「……何だ、あれ」
スレイプニルに乗っていたお陰で退避が間に合った。
呆然としてしまう程の直線攻撃。
だが、動きを止めてはいけない。
「――ここは通しやせん」
百目鬼が千鳥十文字を繰り出して、改めて押し戻しを仕掛ける。外しはしない。槍の名を冠する、黒い炎を足に纏わせ前へ突き上げるような上段前蹴りは、見事胴体を後方へと吹っ飛ばす。
「逃しは――」
武器にぶちかましてしまった芳香剤の匂いが、花の香りと混ざって何とも形容し難い臭いとなって、使用者である御門を包み込む。だが、そんな事に構いはしない。
吹っ飛ばされる胴体を追いかけるように――振るう。
「――しないよ!」
黄色が舞い散る。オトギリソウ。『恨み』『秘密』『盲信』『敵意』の花。
美しき花園に悪意が舞う。どうしようもなく邪悪なそれは、留まる事を知らないのか。
「……行こう、ネイさんを助けないと」
「そうですの。ネイ様が心配ですの」
伊藤とルナルティアが頷き、一斉に四人は駆け出す。
今向かう、虹の部屋。
●
背後で苛烈な戦闘の音を聞きながら、辿り着いた離れの小屋。この先にどんな光景が待っている? 最悪の事態など頭に入れず、まずは目先の事を考える。
「確か結界があったのよね……」
小屋を守るが如く張り巡らされた結界。これをどうにかしなければ、ネイの救出は叶わないだろう。
ひとまず結界を殴りにかかるオルフェウス。当然弾き返されてしまう。薄い膜のような結界が、微かにその姿を現した。
「なら――これはどうかしら」
破壊はできないかと、コメットを発動させる蓮城。すると、彗星の一つが結界にめり込む。
「あらァ……? もしかしてこれはいけるんじゃあないのォ……?」
影分身で自らを三人に増やした黒百合は、手のひらから破軍砲を放つ。三人分の高密度のアウルの砲撃。
「私も行きます!」
そこにリラローズの射撃も加わり――結界は弾け飛ぶ。薄い硝子が割れる音が響き渡るのも待たずに、彼らは小屋の中へと飛び込んだ。
異様の一言に尽きる、虹の部屋。
被害者は、首。首首首。体は、切花で切り離された根の如くなかった。
首と血に囲まれた部屋の中心には、台があり、ダリア・ネイが仰向けに横たわっていた。
高速具の類はないが動けないネイは目だけを動かし、何かを訴えかける。
「大丈夫? ……動けないの?」
台の上に寝かせられたネイは、首すら動かせないように見えた。
「でも、もう大丈夫。きっとこれで、動けるようになるから」
聖なる刻印を刻み込んでみる。目測は当たったようで、ネイはゆっくりと起き上がった。
「その……ありがとう、ございます……」
「ネイ様、無事だったのですね!」
駆け寄ったリラローズはネイをぎゅっと抱きしめた。
「他に変なモノはァ……かけられてないみたいねェ……?」
黒百合は魅了なども警戒するが、特にそういった事は無さそうだ。
そこに、二体目を片付けた四人が合流する。言葉を失う彼らだったが、やがて御門が口を開いた。
「惨いね……でも、どう言っても僕達の証言だけでは弱いのかな?」
その凄惨な様を、御門達はカメラで撮る。何よりの動かぬ証拠。何よりの確固たる証明。
「ネイさんは怖かったでしょう。もう大丈夫です」
「その……ありがとう、ございます」
ネイは泣いてこそいないが、体が微かに震えていた。それも当然か。
エドワードの裏切り、そして追い求めていた事件の真犯人。何よりも、この空間の異常さ。
「入らないで欲しいと言ったんだけどな。流石に見られたら恥ずかしい――そう言った筈だろう?」
そこに響く、エドワードの声。見れば入り口の近くに、エドワードが佇んでいた。
「あらおじ様。こちらの花々はどうしたのかしら?」
驚くこともなく、オルフェウスは問うた。
「いいだろう。僕がここで育てた花の中でも最高に属する自慢の花なんだ」
エドワードも驚かない。もう開き直ったのか。そもそも、元からこうなのか。
「やっぱり貴方だった」
ポケットの中にICレコーダーを忍ばせた蓮城は言う。凄惨な虹の部屋。どれだけの女性を切り刻んできたのか。
「天界に嫌気がさしたなんて、サーバント作ってる以上その恩恵受けてるじゃない。ただの我儘ね」
結果、切り刻んだ女性達に何を見出したのか。蓮城にはそれが理解できなかった。
「……花はいずれ枯れるからこそ、精一杯生きる今の生が美しいんでさ。俺みてぇな妖は、人の子のそういうとこが、ちいと羨ましいもんですぜ」
百目鬼に薄らとある天使嫌いは、自身と母を捨てた父親の影響か。
否、それでもこの天使は、裁かれねばならない。
「笑いもしねぇ泣きもしねぇ人形にご執心ときた。貴方を友達だと言った、ネイさんの心も裏切ったんですぜ?」
吐き気を催すこの光景をビデオカメラに収めてルナルティアは問う。
「エド様は、全てをすげ替えて、何を目指したかったんですの?」
首のすげ替え。嫉妬と美意識のすげ替え。想いのすげ替え。
首なしの花は何を想う。いや、きっと何も考えていない。
「哀しい方ですの。それでも愛してさしあげなくては」
ふと主の事を思い出す。
主は自分を愛でてくれた。だから咲こうと生きていようと思った。
でもこの花達は、同胞などではなく、終わる命、朽ちた花、悲しい屍。
疼く茨の蠢きを微かに感じる。
蒼は死を示す。
だから女神は蒼を華には使おうとしなかった。
けど、あそこは冥界だから、だからシアンを作ろうとした。
愛するために、愛でるために、禁忌とされた蒼の君を。
「あのサーバントは誘拐された女性達の成れの果てなのですね……勝手な愛情を押し付け、あまつさえこんな酷い末路を――命を弄ぶ事は許されません。貴方の愛は、独り善がりで悲しいだけですわ、エドワード様」
目を伏せるリラローズは、続けてネイに優しく語りかけた。
「大丈夫です、ネイ様。貴方の居場所は、此処です。貴方は、私達が守ります」
ネイにとっては、世話になって、親しいと思っていた者。そんなエドワードの手にかけられそうになった事、そして彼の女性へ対する歪んだ愛情とその所業に、心を痛めているかも知れない。
「だから、全部終わったら……また微笑って下さい」
背後に構えるは、青い薔薇の死神。美に執着する、醜き天使。
「信じる事は諦めないで」
青い薔薇が咲こうとしている。
凛々しい青に清廉な香りを持った、それはそれは美しい不可能の薔薇。
不可能だからこその幽玄の美に、彼は魅せられた。
決して助けることのできない儚さに、彼は心焦がせた。
けれどそれはもう、過去の話。
女神と称した花は逃げ出した。どこまでも不躾で、どこまでも醜い泥棒達によって。
赤が虹を作り出す部屋。鉄の臭いが蔓延するそこで、彼は一人、佇んで微笑む。
そして、歩み出した。
●
彼らはその隙にネイを連れて逃げ出していた。今となっては不気味の塊でしかない地下の花園を走りながら眺めた殿の百目鬼は、花に炎を放つ。
「……花に罪は無いんであまりやりたかねぇんですが」
エドワードが追ってきている。歩くような速さでは追ってきているか怪しいが、油断はできない。
「これで気をこちらに引けねぇですかね」
炎に焼かれて焦げしおれてゆく花は、何とも惨めであった。
「あっはははははははははは」
灼熱の炎の中、乾いた声で花の天使は笑う。
「よくもやってくれたね。空はともかく、花は自力で育てたんだ。酷い事をするな」
厭世的で、でも今は歪な微笑み。
オルフェウスは言い放つ。
「随分美しさにこだわるのね、それはあなたが醜いから? ゆりりんのカメラに映ろうとしなかったのは醜い自分を残したくなかったからなのかしら?」
「醜いのはお前達だろう。彼女がどれだけの価値なのかも知らずに、ただ枯らしてゆくだけの痴れ者が。あの夜の事といい、お前達はどこまでも僕の邪魔をするんだね」
最早、何も隠さないエドワード。美そのものに執着する、かぐわしい花の醜き番人。
「逃がしはしないよ」
唯一の出入り口であるエレベーターの扉の前に、分厚い荊の壁が現れる。
もう逃げられない。
「花を荒らした罪は重いよ」
刈るか、刈られるか。
「罰は、与えられなければ」
【続く】