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「ん……夜が近い」
美しい夕日の裾には、闇がうっすらと姿を覗かせている。麻生 白夜(
jc1134)は己の時間の到来を感じつつ、手元に視線を落とす。
スマートフォンの調子がおかしい。
「……通じない、敵の影響?」
「雷の影響か?」
麻生を肩に乗せたディザイア・シーカー(
jb5989)も手元の方位磁石からそれを読み取る。
「しかし昔の仲間か……コピーを作る位には執着している、と」
「愛情が一番の狂気になるってのはよくあることやもんねぇ」
同じく空を飛ぶ麗奈=Z=オルフェウス(
jc1389)がくすくすと笑う。その言葉を聞いて、シーカーと麻生は深い溜息。
「家族……優しいが故、か」
麻生の中で様々なものが渦巻くも、首を横に振って止める。
「まぁ、今はどーでもいい。今はただ、目の前の敵を屠るのみ。あとは、出会ってから考える」
「……やれやれ、一筋縄じゃいきそうにないな。ま、コピーの相手は任せて貰おうか――あいつを殴る練習台としてな」
ニヤリと笑うシーカー。心配をかけさせたのだ。それ位はいい筈である。
「さて、何時も通り行くとしよう」
肩から降りた麻生も、スマホが使えない為に降下。物陰、上りやすい場所、そして崩れやすい箇所――それぞれに気をつけ近付かれないようにギリギリの距離を固持し、スクラップの上を併走する。
進行の邪魔になるナースを吹き飛ばしつつ、報告。
「ここなら大丈夫」
そうして後続で飛び込んでくるのは――
「こ、今度はゾンビじゃないから平気……平気なんだからっ! 行くよ!」
「了解しました」
顔の色を青や赤に変えつつ、葛山 帆乃夏(
jb6152)は刀を抜く。
彼女の後ろで頷くのは水芭(
jc1424)だ。
水芭は考える。
事件に関わっているのは、小鳥遊の姉。
その事実を受け止めながら、斧を構える。思惑について考えるのは、目の前の敵を倒してからだ。
今回は純粋なぶつかり合いである。
いい機会だ。アカシックレコーダーの戦い方を勉強させて頂こう。
ナース集団の中心に飛び込む。着地地点にいたナースを一体、袈裟で切り裂いた。
「――はあっ!」
気合を入れて、エアロバースト。圧縮した空気がみるみるうちに猛威を振るい、ナース達を吹き飛ばしてゆく。
スペースを開ける意味もある。いつ倒壊するかも知れぬスクラップの間を縫って戦うのは、一対一でも不安な所だ。だからこそ、男型からナース達を引き剥がす為に、ナース達の注目を葛山に集めておきたい。
「あくまで一時的だけど」
麻生がスクラップの山を崩し、その軌道上にいたナースを押し潰し、行く手を阻む。さらにその障害を乗り越えたナース達が葛山を追う。
雷の剣を振るう。弾ける雷の花。敵の攻撃を太刀で受け止め、弾き返す。
「西日ってのは眩しいからね♪ まぁゾンビさんたちに効くか分からんけど」
オルフェウスは上空から弓を射る。ナースを中心に、味方に攻撃を試みる存在に向けて鏃の先を向ける。飄々としていながらも、隙はなかった。
背にした夕日が味方となる。こちらの動きは読みづらくなり、相手の目を眩ませる。回避は容易だ。
「よし――」
ある程度、距離を取った。
再び、エアロバースト。間髪入れずに、全力で走る。囲まれるのはごめんだ。
最中、遠く。葛山は遠くを見る。
アカシックレコーダーという専攻を取る者として、どうやって戦うべきか。何をやっているか正直わからないが……それ程までに高度だとしても、目標にはなる。剣
今はできなくても、いつかできるように。
刀を構え直す。ナースが多くなってきた。
「天使顕現……活性化。――さぁ、私の糧になって?」
クスクスと麻生は笑う。天使の力が、夜想曲のように麻生の中を巡り回る。
激戦の音は、まだ続く。
●
――はぐれがディアボロを作れるのかは知らないが――悪魔陣営との接触があって、力の供給を受けている可能性が高いだろう。
――悪魔の力を使えてディアボロを作れる……それはもう『敵の悪魔』だ。
魂を弄ぶ存在には容赦はない。蓮城 真緋呂(
jb6120)は勢い良く抜刀。男型の対処に回る。
山積みされた廃車は視界不良の原因や、崩落の危険がある。幅は広いが入り組んだ路は正しく諸刃の剣。
物影からの敵の奇襲に警戒する。例えば上から崩して押し潰す……というのも十二分に考えられる。廃車からは極力距離取りつつ移動する。
「邪魔よ」
進路上に居たナースをコメットで叩き伏せて通る。
「強化されてたとしても動けなきゃ凶暴性も半減だろ?」
麻生の支援に乗るように、蓮城に続いてニヤリと笑ったシーカーがナースの足を両断。
辿り着く。対峙。
そしてシーカーは気付く。前回の敵と、圧倒的に違う箇所に。魔装ではないネクタイピンが引き寄せられている事に。
「帯電してない? 強化型――いや、別型か!」
鉄の塊が、舞う。こちらに撃ち込むつもりだ。
それを見たオルフェウスがわくわくした様子で声を掛けてきた。
「そういうのはいい男の仕事やもんねぇ?」
オルフェウスの言葉に、深い溜息。しかし一理あった。試してみる価値はある。
阻霊符を解除。
「――来い!」
斧を斜めに構える。
そして飛んできた鉄の塊を、透過し
「うおっ!」
直後。強烈な衝撃が、斧を通して腕から体へと伝わる。
弾かれた鉄の塊は、最高高度を飛ぶ牙撃が撃って鉄屑の雨に成り代わってナース達を巻き込むように降り注ぐ。
……上手いこと防御の姿勢を取れて良かった。あんなもの、生身で受けたらたまったものではない。
「あらあら大変」
「……思ってないだろ」
痺れる手を振りながら、戦闘に戻ってゆくオルフェウスを見送る。
透過が利かない事が判明した。阻霊符を再び発動。
そこで男型が大きくバランスを崩す。
膝に牙撃鉄鳴(
jb5667)の侵食弾頭を喰らったのだ。
飛行して最高高度からスコープを覗く牙撃。
「磁力を扱えるのは貴方だけじゃないの」
「とは言えこっちの上位互換か……切なくなるな」
シーカーは蓮城と共に散らばるスクラップの破片を用い、磁力掌。牙撃の射撃が男型の背後を取った瞬間、金属が男型の視界を奪う。
「磁力に雷……起点はそこか?」
今回も前回の例に漏れず、腕を使って力を制御している。――腕をメインに、足もフェイントで狙っていく。
「う――」
小鳥遊の動きが止まる。
またあの躊躇い。――そうだ。自分はあの男に似たこのディアボロを攻撃できない。
「小鳥遊さん」
水芭は小鳥遊の死角から飛来した鉄を叩き斬り、問う。
「姉様を相手に戦うなんて、私には考えられません。小鳥遊さんは、小鳥遊さんの姉様と戦うつもりなのでしょうか。それとも、私と同じなのでしょうか」
「私は……」
「小鳥遊に戦う理由があるのであれば、私は全力でそれを支援します」
だからこそこの戦いの結末は、水芭にとっても重要なものになる予感がする。
近接戦闘。
ダメージは覚悟の上だ。しかし、やらねばならない。ここで傷付く事に恐れていたら、きっと何の意味もなくなってしまう。
「……この程度なら、まだ戦えます」
水芭は戦って見せる事でしか、小鳥遊の心を動かす事ができない。
姉で揺らぐ彼女に水芭ができる事は、戦う事だけなのだ。
傍らのスクラップがふわりと浮いた瞬間を見切り、取り付く。引き寄せられる。引き寄る。
斧の刃に薄緑の光が篭もり、振り上げ――下ろす。
草刃を受けてバランスを崩した一瞬、牙撃のブーストショットが脆くなった膝を撃ち崩した。
まだ終わりではない――そんな声が聞こえた。
周りの鉄屑がゆっくりと渦巻き始めている。相手も本気という事か。
シーカーは構える。瞬間、ネクタイピンが磁力の渦に巻き込まれて行ってしまった。
一瞬の間。
「――貴ッ様あ!」
あれは孤児院の子供から貰った唯一無二のもの。何物にも替えられない。
シーカーの怒りをも飲み込むように、渦はやがて一つの巨大な鉄塊へと姿を変えた。
問答無用で、撃つ。
「厄介だわ」
蓮城がアイビーウィップで絡め取ろうと試みる。しかし、大きすぎる。防ぎきれない。鞭が限界と悲鳴を上げ、遂には千切れてしまう。
飲み込まれるか? 否。
一刀両断。
鉄の塊が、袈裟の一直線で斬られる。鋭い切り口の先に見えるもの。
「――獲った」
一気に駆け出す。
その隣、牙撃が打ち出した弾丸も空を突く。
「毎度過去から面倒事ばかり持ってくるな、お前は」
スコープから眼を離した牙撃は、その弾丸に面倒事を起こした春夏冬への多少の恨みを込める。
「強かったが、ここまでだ!」
シーカーが右腕に雷を纏わせる。
今だ。
左に蓮城、右にシーカー。上は牙撃。三者三様、それぞれ。
衝く。殴る。貫く。
……鉄の狂宴の終わりは、呆気なかった。
●
「ああ畜生、どこだ」
すっかり荒れ野となったスクラップ場を、シーカーは真っ青な顔で駆け回る。
戦闘でどこかに行ってしまったネクタイピン。あればかりは失くす訳にはいかない。
「大丈夫。見つかるから。……原形留めて刺さってるといいけど」
「やめてくれ……」
麻生が手伝ってくれている傍、スクラップを念入りに見てゆく。
「ん……! あれ……」
麻生が指差す先――ここにはない輝きを発する何か。
「あー!」
そのネクタイピンがきっちり原型を留め、夕日を反射しているではないか。全力で駆けつけて回収する。一通り確認するが、幸いにも大きな損傷はない。
「良かった……どうなるかと……」
「見つかってよかったね」
ほっと胸を撫で下ろすシーカーと彼を祝福する麻生。
それの少し離れた場所では、牙撃が手がかりを求めて男型ディアボロの死体を調べている。シーカーの肩に戻った麻生は、それをぼんやりと見守りながら春夏冬の写真を取り出す。
「強くなってた……前のよりも似てる?」
先に戦ったタイプ。そして春夏冬の写真。
より強く、より似ていて。
「本物に会った時に攻撃しないようにしないと……」
うっかり本物を攻撃してしまったら大変だ。
「服装とかから場所絞られへんやろか? とりあえず分かることは頭の中に入れとかんとねぇ」
オルフェウスが見るに、看護服を着ているあたりから病院か何かだとは思うのだが。
「――何だこれは」
男型の着ている看護服の懐から、何かが見えている。それを牙撃は素早く抜き取る。
紙――手紙だ。しかし、日本語ではない。
「……! 貸して!」
牙撃からひったくるように、小鳥遊が手紙を手に取る。
小刻みに震える手で封を開け、手紙を開く。
「ねえ、何て書いてるの?」
蓮城が問う中、オルフェウスがそれとなく手紙を覗き込む。麻生は読めなくても興味はあるらしく、シーカーの肩の上から文面を伺っていた。
そんな中、震える声で小鳥遊は。
「親愛なるイヴリン――」
親愛なるイヴリン。ライオネルから話は聞いたわ。元気そうで何よりよ。
この手紙を読めているという事は、あなたもちゃんと成長しているという事かしら。姉さんは嬉しいわ。
そうそう、あなたとはもう何年も話をしてないから、話したくなったの。会えるかしら。あなたの都合のいい時に来て。
ちょうど良く使われてない病院があったのだけれど、案外居心地がいいからいつもそこにいるわ。
堅苦しい礼儀なんていらないわ。たった二人の姉妹だもの。
待っているわ。気をつけて来てね。
「――姉さん」
姉が、姉でなくなった事を知った。
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気付けば、夕闇が空の半分を占めていた。
完全な闇は近い。
激戦の中心を傍らからふと眺める小鳥遊がいた。
「何か用?」
後ろから来た葛山の気配に気付いた小鳥遊は、後ろに視線を少しだけ向けて話しかける。まさか向こうから来るとは思っていなかった葛山は一瞬固まったが、本題に戻した。
「また、その春夏冬さんに似てたんだね……どういうつもりなんだろ? 小鳥遊さんは何か心当たりあるの?」
「私の知ってる姉さんと、今の姉さんは違うから……どうだろ」
ゆっくりと首を横に振る小鳥遊。
「……ルイジ・イワノビッチ。知らないとは言わせないぞ。当然知っているだろう。お前の軍の汚点であり、俺たちが追っていたテロリストであり、春夏冬の宿敵だ」
「隠すつもりもないわ。あいつとも面識あったし。あんまり思い出したくないけど」
牙撃が突然放った懐かしい名前に怪訝になりつつも、小鳥遊は頷いた。
「春夏冬とイワノビッチの遺産を捜索した時の事だ。その遺産からロケットが見つかった。中には女の写真とマイクロチップ……春夏冬はその女を『アデレイド』と呼んだ」
「あいつが姉さんの写真をロケットに?」
「――程なくして春夏冬が行方不明になったことから考えて、恐らくマイクロチップに入っていたのはアデレイドに関する情報で、それを調べていて捕まったと考えるのが自然か。詳しい理由は分からんが、マイクロチップのデータを調べれば何か手がかりが掴めるかもしれん」
「さぁ、どうだろ……マイクロチップは調べる価値はあるけど、あれ、座標だけだし」
深く考えるのはよしておこう。あの男がよりによって自分の姉に執着するという事が俄に信じられない。
「――どちらにせよ、金に糸目は付けないと言ったな。忘れるなよ」
「わかってるわよ」
心配せずとも、報酬は後ほど支払われる。
「もう、こんな趣味の悪いディアボロをつくる相手はぶっとばしてやるんだから!」
先の戦闘中、らしくない事をしてしまった事を思い出してしまって恥ずかしい葛山は、それを消すように、おもむろにジャブ。
「前から気になってたんだけど……無理してない?」
「こ、怖くはないんだからっ」
顔を真っ青にさせつつも否定する葛山。
それと、と蓮城は言葉を発する。
「お金積んで人を動かそうと思うの、改めた方が良いわ。……少し失望した。素直に『お願い』と頼ればいいじゃない」
「……ごめんなさい」
小鳥遊は上手な人付き合いというものを知らなかったし、そもそも何かを頼めるような友人がいなかった。
「それで……あんな手紙を仕込んでいたという事は、春夏冬さんに似せたモノが倒される前提だったという事ね……貴女のお姉さんは彼をどう思っているのかしら。好きなら似せた姿を倒させようと思わないわよね……狂ってる所為かもだけど。次はどう動くと貴女は予想する?」
蓮城に聞かれるも、頭が上手く動かない。
姉に近くなるほど、小鳥遊の思考は鈍ってゆくばかり。
「小鳥遊さんのお姉さんなら、彼女を見つけた時、貴女はどうしたいの? 魂の力を弄ぶ悪魔なら私は……斬るわ 」
「斬る……」
小鳥遊は、姉の狂気と血を一身に受けながら、姉を殺せるだろうか。
……心の中で答えは出ているが、それを認めたくはなかった。
それほどまでに、美しい過去の輪郭が自分を縛って離さない。
対処も何もできないまま、ただ、病に罹ってゆく。
病名は、まだ知らない。
【続く】