.


マスター:川崎コータロー
シナリオ形態:シリーズ
難易度:普通
形態:
参加人数:8人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2015/02/07


みんなの思い出



オープニング


「……畜生、畜生、畜生ッ!」
 ウォーリアー達が壊されてゆく。おおよそ須藤の八つ当たりであり、悲しいかな粉々にまで蹴散らされたウォーリアーから順に消えてゆく。
「須藤殿ぉ。何をそんなに怒っているのですか。自慢の発明品を壊されて某悲しくて泣いちゃう……ただでさえたくさんの剣のウォーリアーと血まみれアンネローゼが壊れてしまったと言うのに……ヨヨヨヨヨ……」
「ッ!」
 ユニコーンの被り物を被った悪魔――マクスウェルの声を耳に入れた瞬間、須藤はそちらに向き直り、大股で詰め寄ってその胸倉を掴んだ。
「どういう事だマクスウェル……!」
 目覚めれば、いっとう訳のわからない状況下にいた。
 一通りの状況説明は受けたが、問題はまた別の所。
 悪魔の力を借りたという、至上の屈辱。
 これでは『あの人』に顔向けできない。
 だからこそ、久遠ヶ原への復讐を思い立つ。自分をこうまで堕としたのは他でもない。久遠ヶ原であるからだ。
「ヨヨーッ!!!! ヨヨヨヨヨーッ! 暴力反対ですぞー!」
「おちゃらけてんならブッ殺すぞこのクソ悪魔!」
「どどどどどどうにもこうにも、某は須藤殿の経歴なんて知らんちんでございます故ェェェエエ――ッ! なら調べてみればよろしいのでは?! 皆殺しマルグリットー! カモンカモン来てぇーッ! 須藤殿が超絶チョベリバ怖いいいいいー!」
 凄まじい形相で胸倉を掴まれたまま、マクスウェルは手を二回叩いてマルグリットを呼び出す。次の瞬間には現れたマルグリットが持っているのは、人間が作り出したタブレットだ。
「残念ながら、人間の情報を集めるのに某の発明品は向いていないようで――むう、しかし昨今の機械は揃いも揃ってスタイリッシュという名の無個性に染まりきっていて某は悲しいばかりです」
 枯れ枝のような指をチョイチョイと動かし、タブレットを操作する。
「あの者共が言っていたのは確か――『夜明けの八咫烏』……っと。はーい、どどん」
 タブレットを突き出すと、須藤はマクスウェルを離してタブレットをひったくった。マクスウェルが「ふぎゃっ」などと間抜けな声を出した事など構わず、画面に見入る。
「犯罪組織、夜明けの八咫烏、久遠ヶ原の生徒達により壊、滅……」
『久遠ヶ原学園 犯罪組織“夜明けの八咫烏”壊滅へ
 十二月某日未明、日本某所の島にて犯罪組織・夜明けの八咫烏が壊滅したとの報告があった。武器密輸・麻薬売買、また身寄りの無いアウル覚醒者の子供を国内外に売り飛ばすなどといった犯罪行為を行っていた当組織であるが――』
 理解ができなかった。
 マクスウェルが作り出した嘘かも知れない――そう思って、別の記事を調べたりした。だが出るのは、同じような記事ばかり。
 全てを読み終えた時、須藤は乾いた笑みを浮かべていた。
「はは……本当だって言うのか……」
 小刻みな震え。
 何も映してはいない金の瞳で、引きつったように笑う。
「須藤さ」
「黙れ!!!! うるさいんだよ耳障りなんだよ黙れ!!!!」
 黒い鉄の義手が、簡単に少女――皆殺しマルグリットの体を払い飛ばす。
「あぁーあ、須藤殿……せめてマキナ・ドールくらいは大切にしてくだされ。彼女らがいるからこそ多数のウォーリアーがああも完璧に統率できるのですし、黒い鉄の義手を中継して視覚を共有できるのもマキナ・ドールだけなのですよよよ……」
「うるさい、うるさい……」
 須藤ですら、今自分はどうすればいいか理解ができないのであろう。黒い鉄の義手からぶすぶすと上がる黒い霧に包まれながら、ただただ蹲っている。
「……」
 マルグリットは起き上がりながら考える。今、自分は何をすれば良いのか、と。
 指揮官を喜ばせる為には、どうすれば良いのか、と。
 分かりきった事であった。目の前に居る、このちっぽけで美しい指揮官は、自分達と出会ったときから目的は一つであったのだ。
「暴虐リリアンヌ……須藤様とマクスウェル様をお連れして先行して頂戴」
「いいのですかぁ?」
「別に……いずれにせよ、居場所は突き止められるでしょう。ここも長く居られないわ……それに、私達は久遠ヶ原に向けて進まなければならないもの……ここで腐って潰れてなんかいられないわ……」
 冷静な判断であった。
「マルグリットにしては珍しく喋るのですぅ。よろしいですぅ、理にかなっているので今回は聞いてやるのですぅ。アンネローゼが壊れた今、助け合わねばいけないのですぅ」
「助かるわ……でも勘違いしないで……須藤様やマクスウェル様に怪我一つでもさせたら、私あなたを蜂の巣にして魚の餌にするから……」
「相変わらずおっかないのですぅ。怒ったらアンネローゼよりも怖いのですぅ」
 やれやれと肩を竦める暴虐リリアンヌ。そんな彼女を見ることなくマルグリットは自分の身の程はある巨大な弓を持ち、外に控えているウォーリアー達に指示を送る。
 黒い霧に包まれる須藤の前に跪き、マルグリットは誓う。
「弓のマキナ・ドール『皆殺しマルグリット』……我等に歯向かう公害共を、総て串刺しにしてきましょう」
 銀色の瞳が、仄暗い中で輝いた。

前回のシナリオを見る


リプレイ本文


 山に囲まれた廃工場群。そこは、人はおろか動くものすら存在せず、ただひっそりと忘れられてゆくだけの場所――の筈だった。
「どうだ、見えるか?」
「バッチリ。高い位置に陣取るヤツ、見通しの良い所に陣取るヤツ……そう言うのは事前に発見できるからね♪ 攻めるって難しいけど、備えあれば憂いなしって言うし☆」
 ジェラルド&ブラックパレード(ja9284)は、そんな廃工場を一望できる崖の淵に立ち、双眼鏡や望遠鏡で大まかな敵の配置を確認していた。
 人っ子一人いない廃工場群というだけでも不気味だ。それなのに、一定の間隔で弓矢を持った骸骨が数人単位で動き回っているので余計に気味が悪い。
「ふーん……夏はまだ先なんだけどなぁ……」
 その様子はさながらお化け屋敷であるが、お化けが骸骨だけというのも些か芸が少ないか。
 そもかく、その配置や動くルートには一定の規則性がある。把握できるだけ紙に書き出し、全員に配る。
「須藤さんは……ここで僕らを迎え撃つ暇があるなら学園に向かってるでしょうし、今回は時間稼ぎかもしれません」
「時間稼ぎは構わないけど、戦力の逐次投入は愚策さね」
 間下 慈(jb2391)の意見に頷くアサニエル(jb5431)。
「十さん、アウル戦闘にはもう慣れたかな? 最初の時と同じようにすればいいから、頑張ってね」
「ありがとう。いつも済まないな。共に頑張ろう」
 神埼 晶(ja8085)は十の方をぽんと叩き、ブラックパレードと合流する。
「よろしく、ジェラルドさん」
「はいはーい。よろしくねー♪」
 今回は土地と状況を鑑み、アサニエルの提案から基本的には二人一組で行動を取る。
「私は物理防御は紙なので、十さんにある程度護って頂ければ……我儘を言ってすみませんが、宜しくお願いします……」
「いや、こちらこそ頼りない盾だろうが、よろしく頼む」
 今回十と組むのはセレス・ダリエ(ja0189)だ。
「十さん、アウル戦闘にはもう慣れた?」
 携えるサーベルの柄に手を当てて不安げな十に神埼は話しかけた。
「ある程度、はな……まだ現実感はないが……あれが天魔との戦いというものか。妙なものだ」
「その調子で落ち着いていれば大丈夫」
 そこに蓮城 真緋呂(jb6120)も声を掛ける。
「だが、そう言い訳をしている暇もない。行くぞ」
「そうだな……行こう」
 牙撃鉄鳴(jb5667)の言葉に頷き、そうして敵の待ち構える場所へと歩みを進めた。


 通信機から、仲間達の現在の状況が逐一流れ込んでくる。
 それを聞きながら、物陰に隠れ、目を瞑り感覚、そして神経を集中させるアサニエル。
「……うまく隠れたつもりだろうけど、どこまで誤魔化せるんだろうね」
「どうでしょう。まずは様子見ですが……」
 索敵は万能ではない。視界から完璧に隠れられると駄目なので、生命探知を使うアサニエルと情報面で相互に補いながら敵を探す。
 ただ、向こうはしょせん知能の低い骸骨だ。
「――そこ! 狙わせない……!」
 隠れた気でいる骸骨が、アサニエルを狙っている事に気付く間下。影に溶け込み、遮蔽物で実を隠して一気に距離を詰める。
 そして射程ギリギリに入り――撃つ。
「流石さね」
「早撃ちなら拳銃に分がありますから」
 紙一重で避け、矢の威力を切られる風で推測。
 ――なるほど。単発の矢の攻撃力自体は恐ろしいものではない。しかし、陣形を組まれて複数同時に射られたら厄介だ。
 よって、誘き寄せによる包囲を警戒し、気付かれて退かれても深追いはしない。
 それに、骸骨は拳銃の弾一発が掠っただけですぐさま壊れて消える。剣と比べて妙にすばしっこい分、装甲は紙だという事か。
「さ、あたしもそろそろ行くよ!」
 骸骨の弓の射程により近い場所に躍り出たアサニエル。彼女が掲げた護符から生み出される光の球が、猛烈なスピードで一直線に骸骨に激突。

 物陰に隠れながら、壁に背を預けて移動するセレスと十。
「あそこです」
「了解した。君は適切な距離を取りつつ援護を頼む」
「わかりました」
 セレスが探知した場所に向かい、十が躍り出る。
「どうした、貴様らの弓はその程度か。僕の軍なら士官学校に入る事すらできないぞ」
 骸骨の注目を一手に集めながら、十は矢を弾き、骸骨を切る。
 骸骨が弓を番えたり、引き絞っている瞬間を逃さず、魔道書が生み出す雷で攻撃。攻撃の相殺・阻止を行う。
 そして十の背後からやってきた増援を雷で打ち払う。
「増援か……厄介だな。一気に終わらせる!」
 翼を広げて空を飛ぶ。まだ長くは飛べないが、今は少し飛べるだけでいい。
 放物線を描き、頂点で一気に降下。骸骨の陣形の中心に突入。一気に斬り払い、陣形を崩す。
「今だ!」
 遮蔽物を利用した死角に隠れたセレスに呼びかける。
「……早く、終わらせましょう」
 魔力の流れをより研ぎ澄ませたセレスが、巨大な火球を生み出して炸裂――密集した敵を一網打尽にする。
「ここは大方片付いたか――次の場所へ向かおう」
「……はい」
 そして増援が来ない内に、二人は再び移動を開始する。
「こちら十。隣のエリアに移動する」
 通信機にそう報告を入れ、慎重に駆け出した。

 前衛にブラックパレード、後衛に神埼を据え、二人は進んでゆく。
「さて、援護はよろしく頼んだよ〜♪」
「了解よ」
 ブラックパレードが骸骨の注目を一手に引き付け、確実に数を減らす。撃ち損じがあれば、周辺、こと前方に注意を払う神埼がすぐさま狙撃で仕留める。
 実に滑らかな連携だ。事前に打ち合わせていただけはある。
 遮蔽物に隠れながら着実に前進。その様はまるで、勢力の強い鈍足の台風。
「どう、先に何か見えたりする?」
「――あそこに三体いるわ」
「はいはーい☆」
 敵影が確認されず、見通しのいい場所では神埼が適宜索敵し、敵の場所を断定。次に取るべき行動を組み立てる。
「さてと、さて、この辺はあらかた片付いたかな?」
 物陰に隠れていたらしい骸骨が突如として出現する。
 しかし残念だ。神埼の至近距離は即ち、足技の範囲内なのだ。
「甘い!」
 矢を銃弾で弾き返し、神埼の回し蹴りが炸裂する。
 ボウリングのような音がした後、骸骨はあっさりと崩れ落ちた。
「お見事♪」
「あんなので不意打ちなんて片腹痛いわね」
 消えてゆく骸骨を見下ろしたのも束の間、神埼は歩み出す。
「上々ね。さぁ、次の場所に行くわよ!」
「あいよーっ☆」
 意気揚々と、しかし慎重に二人は進む。目指すは、ここを陣取る主の場所だ。

「どう?」
「その角を曲がったすぐ、十一時の方向に三体いる」
「わかった。気をつけるわ」
 蓮城が地を、牙撃が空を担当しながら担当のエリア内を虱潰しに探してゆく。
「……静かね。だからこそ、物音は目立つのだけど」
 情報の通りの位置から気配や物音。気付いたらしい骸骨兵の矢を避け、遮蔽物に一旦身を隠す蓮城。
 そこからは簡単で、遮蔽物伝いに移動し、背後を突いて三体一気に切り伏せる。予想以上の脆さに、近接攻撃の手の無さ。倒すこと自体は簡単だが、妙に気を使う。
 上空の牙撃は赤い目を光らせる。ここならば物陰に隠れていても探しやすいし、牙撃の正確な射撃ならば如何に遮蔽物があろうと上空からの攻撃は防げないだろう。
 ただ、建物自体は見るからに脆い、周囲を巻き込むような大掛かりな攻撃を一回でもすれば倒壊に至る危険性がある。よって、建物の倒壊に気を付けなるべく崩さないように細心の注意を払う。
 今回の敵は射程がある。それに点ではなく線で攻めてくるのであれば、XG1は有用なのであろう。
 そこで、霧の中での戦闘を思い出す。
 皆殺しマルグリット、この上なく騒がしい奴であったが、問題はそこではない。戦いが終わり、霧が晴れた時、須藤は全てを知っているような顔をしていた。
 濃い霧に包まれ、数メートル先すらもわからなかったと言うのに――
 よって、須藤がどこから見ているか分からない。だからこそ牙撃は今回、隠し玉のXG1を置いてきた。こちらの最長射程を、命中力をこの程度の奴らに見せるわけにはいかないのだ。
 切り札は出すべき所で出す。今はまだ、その時ではない。
「三時の方向に五体。その他応援も大勢来ている」
「了解よ」
 矢が届かず前進してきた敵を蓮城が叩き、遮蔽物が動きを阻害するよう自分を餌にしつつ移動して敵を誘導する。
「届かないから近づく。当然のことだが、些か無防備が過ぎるな」
 だが、矢が飛んできても何という事も無い。子供が投げる石の如き頼りなさで、こんなものが狙撃とは、とんだお笑い種である。
 再び遮蔽物に身を隠しながら敵影を確認した蓮城は燃え盛る劫火で周辺を焼き尽くす。
 そこから圧縮した空気で応援も弾き飛ばしながら、砂嵐を発生させて視界を奪う。牙撃は上空から・かつ暗視スコープがあるので、狙撃に問題はないだろう。
 足の裏と地面との間に磁場を形成し、摩擦抵抗を抹殺して一気に距離を詰める。そして牙撃の狙撃が飛び交う中で、蓮城は刀で目の前を薙ぎ払う。
 確かな手ごたえと共に、砂の中で骨の破片が飛び散った。


 担当するエリアを一通り回り終えた神埼・ブラックパレードの組と、牙撃・蓮城の組が先に合流し、ある所の前にいた。
「ボクの推論に過ぎないんだけれど……多分、今回のボスはここに居るんじゃないかな?☆」
 全体を見、そしてあらかた骸骨を片付けたブラックパレードは推測。マキナ・ドールがいるであろう場所を導き出す。
 三番目の工場。ここだけが、シャッターがこれ見よがしに閉められている。
「ふぅん、なるほど。なら話は早いわね」
 神埼はホルスターから銃を取り出し、くるくると軽快に手のひらで銃を回す。いつも通り、手によく馴染む愛銃の感覚。
「行くわよ」
 銃を連射。その軌道は円で、荒々しいミシン目を作る。
 銃弾の穴で適当な円を描いた後、その中心に蹴りを一発。それだけで老朽化したシャッターは勢い良く倉庫の中へと吹き飛ぶ。
 鉄がひしゃげ、塊が飛ぶ。
 しかし、シャッターが敵に激突することはなかった。
 相殺として、何か鋭いものがぶち当たる音。
 光が差し込む工場の中で待ち構えているのは――
「……正直、久遠ヶ原学園に攻め込んでも返り討ちになるだけだと思うんだよね。久遠ヶ原学園には強い撃退士がたくさんいるからさ」
 トタン屋根の広い廃工場に、神埼の声はよく響く。
 目前に控えるのは、巨大な弓を持つ短い銀髪の少女人形。
「でも――それはあんまりにも可哀想だから、優しい私が相手してあげるわよ」
 慈愛に満ちた、天使の微笑み。
 それを無表情で返すは、ここを陣取る骸骨の主。
「来たわね」
 豪華なジャボのついた白いブラウスに、黒い燕尾のベストと同色のハーフパンツ。ソックスガーターで吊り下げられたハイソックスと、底の厚いローファー。頭にはミニハットまで付いている。
 前回戦った、血まみれアンネローゼとは赴きを真逆にする少女。
「皆殺しマルグリット、ここであなたたちの相手をするわ」
 矢を番い――
「いらっしゃい」
 ――放つ。
「……俺に対して狙撃戦を挑むか。骸骨風情がいい度胸だ」
 的確に矢を全て撃ち落し、リロードをしながら牙撃はこんなものか、と砕ける矢の雨を一瞥する。
 骸骨の射程と言っても、牙撃からすれば大したことではない。射程外から狙撃を行い、骸骨を撃破してゆく。
 こちらに向かっているメンバーが合流するまでは牽制を行いつつ、骸骨を倒してゆく蓮城。
「特に強いとかは無さそうだけど……倒壊が怖いわね……」
 他の建物にも言える事だが、老朽化が非常に進んでいる。場所が悪ければ、大掛かりな攻撃に耐えれるのかすらも怪しい。天井は高いのがせめてもの幸いか。とにかく、遮蔽物が多いのは良い方向にも悪い方向にも転がる。注意して動かなければ。
「さぁてと☆」
 倉庫内を大きく迂回し、マルグリットの背後を取ったブラックパレードの全身から赤黒い闘気が吹き出し、陽炎のように滲む。さながら甘い夢のような、死を振りまくために。
「流石に少し疲れてきた所だ。キミの体力を貰おうか♪」
 マルグリットの首筋に触れ、銀色の光が瞬く。
「何故背後に――うっ」
 ほんの一瞬、光纏の赤黒い触手がマルグリットに絡みつき、締め上げる。
「流石にファーストキスは奪わないよ☆」
 極めて軽薄に、まるで白い狐が化かすような悪戯っぽい笑顔を浮かべてマルグリットに囁く。
「気安く触るな!」
 ブラックパレードの手を払いのけ、数メートル後退。その間に矢を番、瞬時に放つ。
「仮にも女の子なんだから、もう少し言葉遣いに気をつけてみたらどうかな? ――仮にも、ね☆」
 それをブラックパレードは、矢もろともマルグリットを薙ぎ払う。
「どうだい? 沈まぬ前衛、と言うモノもある☆」
 マルグリットの矮小な体はそれだけで簡単に吹き飛び、機材に激突して動きを一時的に止める。
「お待たせしました!」
 そこに、間下達が合流する。
「――撃退士がお相手します」
 何の躊躇いもなく、側頭部に銃口を押し当てる間下。迷いはない。流れるような手つきで撃鉄を下ろし、引き金を引いた。
 発砲音と共に、間下が小さく呻く。
 端から見れば、拳銃自殺。
 だがしかし、脳に風穴が横一文字で開いていなければ、血も溢れ出てはいない。
 間下が撃ち込んだのは、自身の潜在能力を引き出す為の――弾丸状のアウル。
「……出し惜しみはしません」
 激しい頭痛と共に、笑みの表情が消えてゆく。
 そして辺りを見回し、戦況を把握。消耗の色を隠しきれない者もいる。
「治療です、ご安心ください。すぐ楽にしてあげますよ」
 自身のアウルを銃弾状にし、仲間に打ち込む。銃弾には軽い止血と鎮痛の作用があり、微量だが傷を治療する。
「……お前の回復術はいつ見ても心臓に悪いさね」
 崩落を防ぐために仲間同士が密集しないように気をつけ、意識を失わないように発動させた神の兵士の位置を調整するアサニエル。間下と共に回復術を飛ばし、戦力の回復に努める。
「でも痛くはありませんよ」
 その顔に、笑顔はない。
 即座に攻撃用の弾丸に切り替え、まずは骸骨から潰してゆく。
「おおっ?!」
 背後からの攻撃。
 すんでの所で気付き、紙一重で矢を避けるブラックパレード。
「ワオ☆ やっぱり?」
 不意打ち。だが次の瞬間、ブラックパレードは「く」の字の軌道で背後に回りこむ。
「ボクだってそうするもの♪」
 気楽で、気軽で、それでいて剣呑さを孕んだ笑みで骸骨達をなぎ払う。斧の装飾の宝石が微かに煌き、くすんだ白い破片を散らしながら骸骨は消え失せる。
「邪魔なので、消えてもらいます……」
 埃を被った道具棚の陰に隠れ、魔道書の雷で応戦していたセレス。密集した骸骨を炸裂する火の球で一気にぶちのめす。
 さらに散乱する資材の影に潜り込み、異界の呼び手で他の骸骨の動きを止める。
「……使えない奴」
 異界の呼び手に絡め取られ、動けなくなった骸骨を一蹴りで破壊するマルグリット。そのまま冷静な顔で骸骨を解体する。
「させないわよ!」
 骸骨を使用した技はロクでもないという事は、一同、前回のアンネローゼとの戦いでわかりきった事である。
 よって神埼は、骸骨を解体するマルグリットに向けて弾丸を放つ。しかし、出た破片を適当にぶつける事で相殺としたため効き目が無い。
「全員、腐り落ちて死ねばいい」
 そして中空に向け、骸骨を解体して作り出した骨の矢を放った。
 天井付近にまで到達した矢は、弾けて掠った場所を溶かしながら降り注ぐ。
 腐食の矢。
「なるほど」
 ならば、と牙撃は自身に降りかかる矢を撃ち、弾いてこれを回避とする。
 矢で腐敗した場所を避けながら、腐食の矢を打ち返す。無論、ただそうしているだけではない。建物を倒壊させないように気を遣いつつ、マルグリットに当たるように角度を調整しながら。
「うがっ」
 当たった。右の脇腹。
 自滅もいい所だ――と思う間もなく、体制を崩した瞬間に牙撃は左腕に侵食弾頭を打ち込み、当たり前のように命中させた。
「狙撃の腕も腐敗弾の扱い方も、何もかも俺以下だな。所詮は骸骨でできたガラクタか」
「貴様……ッ!」
「安心しろ。須藤と同じ目に遭わせてやるだけだ。極めて近いうちにな」
 しかし、腐食の進み方は遅い。恐らくはアンネローゼ以上に――やはり、扱うだけあって耐性はあるのか。
「……当てさせない」
 圧縮した空気で矢を弾き返し、形成した磁場で一気に距離を詰める蓮城。
 弓を引かせないように手や腕を狙う。
 息をつかせない猛攻を仕掛けるが、巨大な弓による受けはそれだけで防御が成立する。
 弓も頑丈なようで、傷こそ付くが大したものではない。
 あまり喋らないが、その分、一筋縄ではいかない敵だ。前回の「ゼロか百か」のような極端なタイプではない。それに、弓を持つ手と矢を番う手が通常とは逆というのも些か調子が狂う。
「とりあえず、物騒なのは禁止さね」
 アサニエルがあの技を封じようと、地面に手を突いて陣を広げる。
「覚悟しなさい!」
 そこに間髪を入れず、神埼が銃撃。光輝くアウルの弾丸が、アンネローゼの脇腹にぶち当たる。
「うっ……うぐっ……貴様らっ……!」
 弾丸がぶち当たった脇腹を押さえつつ、たたらを踏むアンネローゼ。
 埃を被った機材に背を預け、呼び寄せた骸骨を解体する。
「……全員死ね」
 再び、腐食の矢の雨が降る。
 今だ。
 もう動かない機材の裏側、散乱する資材の死角、埃を被った道具棚の陰――全てを利用し、さらに足の音、息の音、心臓の音すらも掻き消す。自分が今出せる最高速度で影から影へと移動し、辿り着いた。
「狙撃手みたく狙撃はできないのですが――」
 マキナ・ドール『皆殺しマルグリット』の、側面。至近距離。
「『潜入者』ですから、潜り込むのは得意です」
 平凡を殺す頭痛に苛まれながら、間下は微笑む。その笑みは、確かに引きつっていた。ただし、一瞬の事。
「それと、出し惜しみしないってのは嘘だ、ごめん」
 弓を引き絞る瞬間に狙うは――弓手。どんな名手でも、もう正確な狙撃はできない。
 加え真正面。六時の方向。
「片腕で弓は引けないだろう」
 牙撃鉄鳴が、その左腕に狙いを定めていた。
 かなり腐食が進み、最早動くことすら奇跡な程の、矢を番う左腕。
 さぁ、どんな動き方をしても、もう右腕をかばう事はおろか、左腕すら守れない。
「そんな――」
 九十度の間隔で鳴り響く銃声。
 ごとりと落ちた瞬間、消滅するマルグリットの左腕。
 ただ一つ、あの時と違う点。
 それは、マルグリットは須藤のように叫ばなかった事だ。


 バランスを大きく崩したマルグリットに銃口を突きつける牙撃。
「吐かないだろうが、万一の場合を想定して聞いておく。須藤はどこにいる」
「誰がお前らなんかに、教えるか……!」
 予想通りの答え。かつて戦った罠使いの暗殺者を思い出しながら、牙撃は見せ付けるようにしてゆっくりと銃をリロードした。小気味のいい音が倉庫内に響く。
「……あれに対して何故そこまでの忠誠心を持てるのやら」
 あの罠使いはそういった体で、最後まで忠誠を誓った男の為に動いていた。あの男には、そうやって人を魅了させて止まないカリスマや信念があった。
 しかし、須藤はどうだろう。顔は美しいが、非常に性格も口も悪かった。
 ふてぶてしい態度とは裏腹に、浅慮で、感情的で、それでいて自己中心的で。挙句の果てにはみっともなく自滅し、そう思えば憎んでいる筈の天魔の力を借りて久遠ヶ原に牙を剥こうとしている。
 忠誠を払う要素など、どこにもない。
「ああ、そうか……人形だからか」
 表情筋は全く動かさず、鼻で笑う。
 所詮は悪魔に作られただけの人形。訳もわからず、須藤に忠誠を誓っているだけでしかないのか。
「だって、だって……須藤、様は、あの義手をお持ちになって、いるから……!」
 ――やはりあの義手か。牙撃がもいだ左腕の代わりを果たすあの黒い鉄の義手に、機械仕掛けに見せかけたディアボロ達を統率する何かがあるのだ。
 しかしこの物言い、最も重要なのは須藤ではなく、義手のようにも聞こえる。
「……そんなに指揮官が大事?」
 言葉はこそ少ないが、必死な空気を感じる蓮城。
「ようやく、得た、指揮官……創造主じゃ、ない。私達を率いてくれる方……私は、あの義手を持つ指揮官に仕えるため、意識を……得たのだから……!」
 険しい顔のまま、マルグリットは地面に刺さる撃ち損じの矢を残った右腕で引き抜く。
 明らかな抵抗の意思。
 しかし――
「もういい。黙っていろ」
「……貴女が護りたいものがあるように、私達にもそれがあるの」
 牙撃が額を撃ち、蓮城が胴を袈裟で斬る。
「あ、うあ……」
 声にならない声を吐き、皆殺しマルグリットは消えていった。


 統率していた皆殺しマルグリットが消滅したとなれば、残党狩りが急務となる。尤も、指揮官を失った上に元より脆い骸骨達を片付ける事は容易い事であった。
「さぁ、後片付けは早いこと終わらせて、とっとと帰りましょう!」
 神埼が銃弾を着実に骸骨達に打ち込んでゆく。
 その中で、蓮城は考える。
 ……やはり、分からない。
 組織が壊滅した事を知らない様子とは言え、それが天魔の手を借りる理由になるのがよく分からない。はっきり言えば、不可解だ。もしかしたら須藤自身もよく分からないまま、利用されている可能性もある。
 だったら尚更、止めなくてはならない。蓮城は須藤の過去に関わった訳でもないから、その言葉に重みはないだろう。
 だが、それでいい。
 過去ではなく、須藤の未来に干渉したいから。
『私は、あの義手を持つ指揮官に仕えるため、意識を……得たのだから……!』
 先ほどのマルグリットの言葉を思い出す。
『仕える』という単語の言い方が、妙に引っかかる。そう、まるであれは、熱を出した子を看病する母親のような――献身の響きが――
 献身。
 もしかして。
 ……須藤さん、あなたは――
「救いを――求めているの……?」
 そう呟いた瞬間、蓮城が斬った骸骨がカタカタと笑った――気がした。

【続く】


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 非凡な凡人・間下 慈(jb2391)
 総てを焼き尽くす、黒・牙撃鉄鳴(jb5667)
 あなたへの絆・蓮城 真緋呂(jb6120)
重体: −
面白かった!:4人

Eternal Flame・
ヤナギ・エリューナク(ja0006)

大学部7年2組 男 鬼道忍軍
撃退士・
セレス・ダリエ(ja0189)

大学部4年120組 女 ダアト
STRAIGHT BULLET・
神埼 晶(ja8085)

卒業 女 インフィルトレイター
ドS白狐・
ジェラルド&ブラックパレード(ja9284)

卒業 男 阿修羅
非凡な凡人・
間下 慈(jb2391)

大学部3年7組 男 インフィルトレイター
天に抗する輝き・
アサニエル(jb5431)

大学部5年307組 女 アストラルヴァンガード
総てを焼き尽くす、黒・
牙撃鉄鳴(jb5667)

卒業 男 インフィルトレイター
あなたへの絆・
蓮城 真緋呂(jb6120)

卒業 女 アカシックレコーダー:タイプA