●色は匂へど 散りぬるを
過ぎゆく夏の日の幻燈は、生の儚さを憂う。
さざめく秋の足音は、生の尊さを謳う。
死した魂が、次の世代へと誘われてゆく御霊送りの夜。
ふわり、ふわりと明滅する地上の星海を、エレオノーレ(jz0046)と森野 百合(jz0128)が泳ぐように歩いていた。
揃いの浴衣を着て仲良く連れ立って歩く二人は、姉妹のようにも見える。
しかし、少女達は姉妹ではない。
ましてや、同じ種族ですらない。
天魔と人、本来ならば侵略する者とされる者。
この世界に於いて、永らく争いを続けている対極の陣営にある者同士である。
もっとも、エルは既に冥魔を裏切り、人類側に属するはぐれ悪魔、という存在であるが。
出自や立場は違えど、久遠ヶ原学園に属して久しく、今では気心の知れた仲間達も増えてきている。
アイリス・L・橋場(
ja1078)も、そんな一人であった。
「おかえりなさいませ、末妹さま」
エルと同じ銀の色の髪を夜風に靡かせながら、アイリスが微笑み迎える。
「むぅ、アイリス達も来ておったのじゃな」
アイリスは、ファティナ・V・アイゼンブルク(
ja0454)を長女とする一大姉妹集団『銀髪姉妹』に属している。
彼女達は実際には本当の姉妹ではないが、ファティナの人柄に惹かれて集まった義理の姉妹だ。
気がつけばエルもその姉妹の中に数えられており、本人の『エルが一番年上なのじゃから、エルが長女なのじゃー!』という主張虚しく、一番末の妹、という位置に封じられている。
しかし、諦めた訳ではなく、いつか下克上を虎視眈々と狙うはぐれ悪魔であった。
「久しぶりにお外もいいものでしょう?」
アイリスの後ろで、カタリナ(
ja5119)が紺の布地に愛らしい花の柄がシンプルにあしらわれた浴衣を着て、佇んでいた。
その隣には、浴衣を着て、腰に一刀を差した久遠 仁刀(
ja2464)の姿もある。
「そう、じゃな。皆には、その、なんじゃね。いろいろと、心配をかけたのじゃよ」
神戸での戦い以降、エルは部屋に閉じこもり、誰とも逢おうとはしなかった。
アイリスも、カタリナも、仁刀も、そんなエルを心配しており、暫くぶりに元気そうな姿を見る事が出来て、安心したと言う。
「あら、エルちゃんは大人気ね。おねーさん、羨ましいわぁ。ほら、あたしにも紹介してよ、特に・・・・・・浴衣美少女!」
久しぶりの再会を喜ぶアイリス達であったが、浴衣美少女達が集まったとあっちゃ黙ってられないのがこの人、百合である。
どさくさに紛れてカタリナにハグを敢行しようとし、
「――あ、森野さん、でしたっけ、こんばんは」
百合のいろんな噂を聞いていて、予め警戒していたカタリナに寸前回避された。
「ちぃっ、外したか! ならばっ! アーイちゃーん!」
「はむぁ!?」
それでもめげない百合、素早い軌道修正で、アイリスへと抱きつく。
「いやぁ、見ない内にまーたこことか、こことか、こことかっ! 成長したんじゃないの〜? おぢさん、すーぐ解っちゃうからね!」
「そ、そんな事はないのですよ!? ええと、その、・・・・・・あの時の事、ありがとうございました。そして、すみませんでした・・・・・・」
アイリスの成長したと評判の、とある一部分を堪能しながら、はげしいスキンシップ(※セクハラではない。断じてセクハラではない! はず)を敢行。
某長女のスキンシップ(※セクハラではない。断じてセクハラではない! はず)に慣れている所為か、アイリス華麗にスルーしつつ、話を続けた。
「こまけぇこたぁいいんだよ! セクハラし放題・・・・・・おっと、ちげぇや。ハグし放題でゆるーす! でも、あたし悲しいわ。なんでアイちゃんは浴衣じゃないの!?」
されど、百合にとっては、そんな事どうでもよかった。
美少女か男の娘を愛でれるかどうか、其れが最大の問題であった。
妙な空気にはなったが、仁刀にとっては良い機会である。
先ほどから、こういう時に女性の浴衣姿を似合っていると褒めるべきなのか、それとも浮ついた言葉で女性を褒める軽々しさは慎むべきなのか。
そういった類いの二択で悩んでいたのだが、素直に思った事を言うべきだ、と考え直した。
「まぁ、なんだ。皆、浴衣、似合っているぞ」
遊び慣れしていない仁刀らしい飾り気のない、率直な感想。
だからこそ、伝わりやすいとも言える。
「あら、ありがとうございます。そちらも流石・・・・・・日本人というべきでしょうか」
帰国子女であるカタリナの容姿は日本人離れしている為、目立つ。
無論、その辺に関しては自覚があるようで。
素直に謝意を述べつつ、仁刀への返礼とした。
「そーよねぇ。やっぱり、浴衣はうなぢ命よね! あと、ふとももちらりズム、大事!」
カタリナが柔らかく微笑む姿を見て、やはりセクハ・・・・・・スキンシップを諦め切れない百合、未練がましく機会を窺うが、
「・・・・・・私たちの・・・・・・仕事は・・・・・・警護です・・・・・・。・・・・・・何を・・・・・・されようとしてるん・・・・・・ですか・・・・・・?」
アイリスに怒られてしまった。
「あぁん、その紅瞳がおねぇさん、こわい・・・・・・!」
残念、無念、また来週、である。
「そうだな、アイリスの言う通りだ。ひとまず、俺達も神社に行ってみるか」
元より警備の為に来たのだから役目を果たさないと、と仁刀のフォローも有り、一行は和気藹々と神社へと向かうのだった。
●我が世誰そ 常ならむ
ぽよん、ぽよん、と大きく上下に揺れる。
手に持った水風船の比ではない程に、弾む。
何が?
無論、浴衣の上からでも其れと解る程に自己主張する桜花(
jb0392)の胸である。
「やっぱり、お祭りって言ったらこれだよね〜」
名目上警備の依頼もなんのその。
浴衣にお面、水風船にわたあめと、これでもかという程にお祭りを堪能している桜花であった。
一方同じ頃、桜花が警備している(つもりの)神社に、一柱のはぐれ悪魔が居た。
エキゾチックな小麦色の肌に、柔らかな金髪、見る者を魅惑する微笑みをもつ見た目は美少年、ハッド(
jb3000)である。
「お〜、これが祭りなのじゃな! はっ、これはなんじゃろうか? おおっ、これはなかなかに奥が深いのぉ〜」
初めての夏祭りに興味津々、大興奮のご様子。
当初こそ不届き者の始末だの、迷子の保護だのと考えていたが、今やそっちのけで日本の夏を満喫中。
見た目と同年代の子供らしい笑顔を振りまき、おうのいげん()とやらもどこへやら。
自分自身が迷子になりそうな勢いで、アグレッシブに夜店巡り敢行である。
とは言え、流石に撃退士。
一応、任務の事は忘れていなかった。
夜店の傍で一人泣いている幼女を見つけたハッドは、運営本部に連絡を入れると、保護する。
「我輩はバアル・ハッドゥ・イル・バルカ3世。王である! して、どうしたのじゃね、人の子よ。我輩に子細を申してみるがよいぞ〜」
と、尊大な態度で話しかけつつも、目線は子供と同じ高さに合わせる辺り、気配りもできている。
しかし幼女は泣き止まない。
「これは困ったのじゃ。む〜、王でも泣く子には勝てんの〜」
ハッドがどうしたものかと思案していると、
「幼女の泣き声がするわね! 待ってて、今、私が・・・・・・あっ」
ロリ・ショタのピンチとあらばすっ飛んで駆けつけると自負する桜花がやってきた。
もちろん、お祭りムード満喫モードである。
「えっ、やっ、これは・・・・・・、ちゃ、ちゃんと警備してるよ! 私はまじめだからね! わたあめおいしい」
最後の一言で全て台無しだ。
「お〜、これはなかなか・・・・・・。ふむ、戦闘力B+じゃな〜」
かたやハッド、桜花の浴衣から零れ出そうなとある一点を見つめ、一言。
こちらも他人の事は言えなかった。
お互いに残念な部分を晒してはしまったが、仕事は仕事、真面目にやる。
桜花が買ってきたいたわたあめを幼女に与えると、たちまち泣き止んだ。
現金なものだが、やはり幼い子供というのは、そういうものだ。
ほら、こういう時の為に買ってたのよ、と言わんばかりに桜花、得意顔である。
桜花とハッド、二人で幼女の手を引くと、本部へと向けて歩き出していった。
●有為の奥山 今日越えて
「はい、どうぞ」
「林檎飴なのじゃ! カタリナ、ありがとうなのじゃよ!」
カタリナに買って貰った林檎飴を、エルが美味しそうにかぶりつく。
そんな様子を微笑ましそうに見ながら、カタリナ、すっかり姉気分。
「あまりがっついて食べると、口の周りが汚れてしまいますよ」
「わ、解っておるのじゃともっ! その辺はちゃんと心得ておるのじゃ! 子供扱いされては困るのじゃよ!」
完全に年下扱いで面倒を見るカタリナ。
エルの悪魔としてのいげん()は絶賛迷子中だ。
「むぅ、仁刀やアイリスも、カタリナに何か言ってやるのじゃ。全く、何故にこうもエルの事を年下扱いしたがる者が多いのか、理解に苦しむのじゃ」
されど仁刀、聞こえない振りで完全にスルー。
「(今回は皆に心配かけた分だ。これくらい弄られても仕方ないだろうな)」
アイリスに至っては、
「うにに、エルさんは其処が定位置なのですよ」
などと言う追い打ち。
酷い扱いである。
しかし、そんな会話がいつも通りすぎて、やっと日常が戻ってきたのだな、と確認できた仁刀であった。
そっと、カタリナへと視線を送ると、頷きが返ってきた。
「(カタリナも同じ考え、か)」
仁刀はエル達に断りを入れると、本来の警備の任務へと戻る。
カタリナも其れに習い、神社を後にした。
もう、大丈夫。
そんな確信を胸に。
――御霊送り。
其れは、死した魂が纏った業を漂白され、輪廻転生をする夜。
カタリナは一人、蛍火を眺めていた。
「覚悟は、できている」
死者を送ると呼ばれる灯を見つめ、自らが孕む矛盾について考える。
争いに終止符を打つ為に、時に剣を執り、進んで危難の中へと入っていく。
結局、今の自分に出来る事は、その道しかない。
寄る辺とすべき信念だけは、確として保つ。
しかし、
「討ち倒した意思を持つ天魔――、私達とエルちゃんのような道もどこかにあったのかもしれない」
共存という、今の時点では予想図すら描けない未来のひとつの可能性。
これまでに支払った幾つもの命という対価。
他に方法や手段はなかったのだろうか、と思わずにはいられない。
「――彼らの魂もまた、無事に送られますように」
少女の静かな祈りが捧げられた。
●浅き夢見じ 酔ひもせず
「幼い子のピンチには飛んできます。それがロリコン・ショタコンの勤めです」
無事に幼女と両親を引き合わせて、桜花が一言。
おまわりさん、このひとです!
発言の上辺だけを見ると、とても危ない人だ。
其の真意としては、過去に目の当たりにした年端もいかぬ年少撃退士の悲劇に起因しているのだが、いろいろ勘違いされやすい人である。
「ほむ、迷子の保護お疲れ様なのじゃよ」
一仕事終えた桜花とハッドは、ちょうど通りかかったエル達と出会った。
「森野ん(もりのん)もエルちゃんんも初めましてじゃな〜。我輩はバアル・ハッドゥ・イル・バルカ3世、王であるぞ〜」
挨拶もそこそこに、いろいろと残念な者達が反応した。
「悪魔ショタと悪魔幼女が夢のコラボ・・・・・・! は、羽! 翼ぱたぱたは!?」
Yes! ロリ・ショタ、Noタッチ! え、でも天魔だから合法だよね? 的な勢いで年下、かつ羽フェチ桜花歓喜。
「美少年ショタktkr! きゃわわ! ねぇ、女装してみない? ねぇ、先っぽだけ女装してみない!? おぢさん、手伝っちゃうからさぁ!」
美少女・男の娘スキーの百合もエキサイティング。
更に、
「王の瞳は真贋を極むのじゃ〜。くわっ! む〜、眩しいのぉ。森野んはEじゃが、エルちゃんんはAじゃな」
と、さりげなくおっぱいマイスターを披露するハッド。
現場はカオスである。
「ど、どこを見ておるのじゃね、君は!?」
エルが胸を腕で隠して恥ずかしがれば、
「無くはなく、ただ小さいだけ! エルちゃんのには夢が詰まってるけど、あたしのちっぱいは夢を与えてんのよ! 未来への期待的な意味で!」
百合は惜しげもなく(無い)胸を張り、自己弁護。
悪魔幼女が恥じらう姿に、
「頭撫でたい、ハグしたい、頬とかおでこ、ちゅっちゅしたい・・・・・・!」
桜花が悶え、
「我輩の眼力にかかればおっぱい戦闘力を算出する事なぞ、造作もないのじゃぞ〜」
と、ハッドが謎のいげん()たっぷりにしたり顔である。
収拾など、つくはずがなかった。
「おっぱいの目利きに関してはあたしも譲る訳にはいかないわね・・・・・・、勝負よ!」
「王は逃げぬ、媚びぬ、省みぬのじゃ。王の威光、示すしかあるまいて〜」
百合、ハッドに勝負を挑み、二人は浴衣美少女おっぱい鑑定対決へと繰り出す。
「いや、待つのじゃよ!? 普通にお祭りを楽しめないのかね、君達は!?」
そんな二人にエルがツッコミを入れながら着いていき、
「待って、ロリ・ショタある所に私在りよ!」
一応の常識人ストッパーとして、桜花も追いかけていく。
この後、壮絶なまでのおっぱいバトルが始まるのだが、其れはまた別の話である。
夜空に、大輪の華が咲いた。
腹の底に響く豪快な破砕音と、煌びやかな閃光が織りなす本日のメインイベント、花火の開始である。
がやがやと花火を見に来た客でごった返す公園で、ファティナは独り、宙を見上げた。
思う事、考える事が多くありすぎて。
だからこそ、己に課せられた仕事をこなす事で、それらを振り払っていった。
同じ空の下、同じ景色を見ながら、アイリスは蛍の海の中で思う。
矛盾を孕み、歪んだ正義を抱き、希望と絶望の狭間に立とうとも、自らの貫くべき信念を通し続ける、と。
いつかの夜、蛍火に導かれて逝った教師の言葉を思い起こす。
一度決めたなら、最後まで貫き通せ。ブレるなよ――。
「・・・・・・私は・・・・・・私の世界を・・・・・・守ります・・・・・・。・・・・・・この手・・・・・・が・・・・・・汚れ続けよう・・・・・・とも・・・・・・。・・・・・・私の・・・・・・大切な・・・・・・皆が・・・・・・いる・・・・・・ここを・・・・・・」
其の瞳はどこまでも紅く、深く、血を想起させずにはいられない色を湛えていた。
月は高く昇り、祭囃子も遠く、過ぎ去っていく。
御霊送りの夜は、静かに更けてゆくのだった。