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マスター:小鳥遊美空
シナリオ形態:イベント
難易度:非常に難しい
形態:
参加人数:50人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2012/05/14


みんなの思い出



オープニング

●Side:A
「やぁ、ボクのアリス。今日も楽しいお話をしようか」
「やぁ、アリスのクロ。今日はどんなお話なのかしら」
 穏やかな昼下がりの窓辺。
 少女と少女が交わすいつもの挨拶。
 白い猫足のテーブルの上には、暖かな湯気が薫るお気に入りの紅茶。
 そして、山のように積まれた焼きたての甘いお菓子。
 そんな、ささやかなお茶会に華を添えるのは、少女の語る未知なる世界の物語。
「ボクのアリス、『アリス』って少女の物語を知ってるかい?」
 楽しげに少女が問う。
「いいえ、知らないわ。どんなお話なの? 聞かせてちょうだい」
 楽しげに少女が促す。
「この世界には可能性が満ちているのさ」
 少女が微笑いながら囁く。
「どういう意味なの? わからないわ」
 少女が微笑いながら聞く。
「じゃあ、語ろう。これはボクが繋ぐ世界と『君自身』の話さ」

 これは、少女と悪魔が紡ぐ運命の物語――。

●少女アリスの独白
 物心ついた時、父と呼べる存在は既に居なかった。
 母はとてもちっぽけで、子供心にも頼りない存在だと、微かに微かに感じていた。
 そんな私は産まれて以来、光というものを知らずに育った。
 世界はひたすらに黒で満たされ、それ以外の色という概念が理解できなかった。
 それでも何かしら不便に感じる事は無く、ただ、世界はこういうものだと生きていたのだ。
 母が居なくなるまでは。
 孤独になった私を引き取ったのは、とある富豪だった。
 後で聞いた話では、其の富豪の先代の当主が私の父なのだそうだ。
 俗に言う妾腹。
 不義の果てに産まれた私は、先天性の視覚のハンデもあり、世間体を気にする父の家では到底受け入れがたい存在だったのだ。
 それでも私を引き受けたのは、せめてもの情けらしい。
 目まぐるしく動く世界の中で取り残された私は、郊外にある別荘と数人の使用人を宛がわれると閉じ込めるように押し込まれた。
 籠の中の鳥。
 其れが私だった。
 言葉を交わす使用人は、皆どこか虚ろで、何かを繕っているようで――。
 ただ触れあいたい、普通を享受したい、其れだけなのに――。
 いつも疎まれてきた、必要にされた事なんてなかった、愛など知らずに――。
 私は、独りだった。
 あの日までは。
「やぁ、ボクはクローディア。君はとても興味深いね、複数の因果が絡み合ってとても美しい絶望の花を咲かせているよ。どうだい、ボクと少しお話でも?」
 唐突に訪れた来訪者は、とても可愛らしい声で私を未知の世界へと招いた。
 其の日、私は世界に彩が在る事を知ったのだ。
 この不思議な友人は、どうやら屋敷の皆には黒い兎に見えるらしい。
 私は兎がどういう姿なのか知らないけれど。
「ボクは悪魔だからね、ばれると色々厄介なのさ。君ともっとお話したいしね」
 そうやってくすくすと笑う悪戯っぽい声は、私の虚ろな心を満たしてくれた。
 本当に楽しい、と感じる時間を過ごす事が出来たのだ。
「ねぇ、ボクのアリス。世界を見てみたいと思わないかい? ボクなら君の閉ざされた瞳を開く事ができるんだ。勿論、その時はボクと一緒、『永遠』の存在になるって事だけどね」
 クロは私にいろんなものを与えてくれた。
 だけど、私には其れが時々怖いのだ。
 真実を知るのが怖いのだ。
 永遠と言う概念が怖いのだ。
 私は、その問いにだけは、未だに答える事ができずにいた。
 また全てが『過去』のように壊れてしまいそうで。
 確かに在る『現在』が喪失してしまいそうで。
 不確かな『未来』を求められずにいたのだ。

●童話戦争
「久遠ヶ原の調査網を最大限に活かした結果、遂に悪魔クローディアが現在潜伏していると思われる場所を捕捉するに至ったのじゃ」
 会議室に集められた撃退士を見回し、エレオノーレ(jz0046)が概要を説明する。
 前回までのクローディアの再現童話を巡る戦いで得られた情報を元に、ある一定の地域に潜伏しているものと断定。
 度々出てきた『アリス』という人名から、其の地域に住む全てのアリスがつく姓名の人物と、住所を特定。
 更にそこから人力による人海戦術で、一件一件調査を実施。
 そうして遂に、問題の民間家屋へと行き当たる。
「其処はとある実業家の別荘での、今は先代当主の忘れ形見の少女、『アリス』と数名の使用人が暮らしておるそうじゃ」
 其の別荘に撃退士を派遣した所、クローディアと思われる悪魔と交戦になり敢えなく敗北。
 数名の死傷者を出し、撤退せざるを得なかった。
 現在、該当の屋敷はクローディアが呼びだしたとみられる多数のディアボロに護衛され、籠城の様相を呈している。
「其れが、解せぬところじゃがの。本来ならば、其の場所に留まり続けると言う選択はあまりにも愚かじゃろう。ゲートを開く様子も無いようじゃしな」
 不可解な事はまだ続く。
 撃退士とクローディアの戦闘後、屋敷の使用人達が全員無傷で帰還してきたのだ。
「どうやら、この屋敷の主たるアリスが彼らの命を助けたようじゃな。と、すれば……、よもやクローディアは、アリスをヴァニタスにしようとしているのではないじゃろうか?」
 憶測の域は出ないが、酔狂な事をする悪魔故にそんな可能性も否定は出来ない。
「今回の作戦は依頼主たる屋敷の権利所有者の意見もあり、あくまでも『私有地から悪魔を追い出す事』にあるのじゃ。じゃからと言って、みすみす逃す手も無いがの」
 追い出す方法自体は撃退士に委ねられ、また現在屋敷内に居ると思われる『アリス』の救助も生死を問わないそうだ。
 其れは言外に、悪魔を追い出す為なら『見殺しにしていい』と言っているのと同義である。
 全ては家名の名誉を護る為に。
 悪魔を招く等と言う愚行を犯した娘に人権など有りはしない、と。
 また、その事実を公の物としない為にも、謝礼という名の金銭が撃退士への報酬に上乗せされていた。
「悪魔との戦闘が充分に考えられる状況なのじゃ。……その辺りの判断は、各撃退士に委ねるのじゃよ。他人を護る為に、自分が死ね、とはエルは言えんのじゃ」
 それでも、とエレオノーレはアリスの生い立ちに関する資料を配る。
「出来れば彼女も救ってやって欲しい、とエルは思うのじゃ。例え其れが彼女にとって只の偽善にしかならぬとも、生きている事、人である事はいつか幸せを掴む道に通じると思うのじゃよ」
 いずれにせよ、先ずは少女と悪魔に至る道を開かねばならない。
 其処へ至る道は遠く険しく、撃退士の前に立ちはだかる。
「では、征こうかの。全ての元凶を絶つ為に、の」
 ディメンションサークルが蒼い輝きを放ち、撃退士の出陣を待ち構える。
 行く先は黒き兎が誘う絶望の国。
 悲哀を抱く黒のメルヒェン。
 其処に何が待ち受けているのかを、撃退士達は未だ知らない。


リプレイ本文


 柔らかな陽が差し、穏やかな時間が流れる午後。
 白い猫足のテーブルの上には、ほのかに薫る紅茶と崩れたお菓子の山。
 その傍らには、無言で向かい合う二人の少女の姿。
 其れはいつもの様に繰り返される、楽しいお茶会の光景、のはずだった。
 黒いドレスを着た紅い瞳の少女が静かに席を立ち、窓の外を見やる。
 俯瞰した景色はいつもの其れではなく、まるでおとぎ話の世界のよう。
 白と黒の兵達が荘厳たる隊列を組み、先頭をそれぞれの王が征く。
 彼らが目指す先に控えるは、濃紺の制服に身を包んだ女王の尖兵達。
 睨み合う両軍を眺めながら、クローディアは微笑んだ。
「ふぅん、『ハートの女王』はそういう配置なんだね。ならばボクも駒を動かすとしよう。愛しの『アリス』、君が答えを得る時間を稼ぐ為に、ね」
 そう、この箱庭は今やクローディアのチェス盤。
 アリスを擁する誘いの兎クローディアと、アリスの奪取を目論むハートの女王エレオノーレ(jz0046)の童話戦争。
 そんな浮き世離れしたメルヒェン世界の片隅で、アリスは静かに膝を抱えて震えていた。
 耳を塞いでも、聞こえてくる戦場の咆哮。
 打ち鳴らされる鋼の調べは、未だ知り得ぬ死の響き。
 それらを終わらせるかもしれない術を、アリスは知っている。
 知ってはいても、未だに踏み出せずにいる自分が悔しい。
 今から起こるであろう出来事が恐ろしい。
 それでも、やはり答えをだせない無力な少女なのだ。
 迷えるアリスを、クローディアは敢えて急かさず優しく語りかけた。
「ねぇ、ボクのアリス。聞こえるかい? ボク達に終焉をもたらすあの足音が。いよいよ君は『人間』になる時が来たのさ」
 今まで自分の意思らしい意思を見せず、周りに従い流されてばかりだった少女。
 ただ、望まれるままで在れ、と人形のように過ごしてきたアリスに、自分の意思で決めるのだとクローディアは迫る。
「少女『アリス』として人の国に帰るか。それとも、新たな『女王』となり、永遠の国で生まれ変わるか。選び取るのは君自身さ」
 しかし選ぶ事ができない。
 結局のところ、変わるのも変わらないのも怖いのだ。
 少女の葛藤は続く。


「馬鹿馬鹿しい」
 周囲の仲間の異様な熱気を背に、アーレイ・バーグ(ja0276)は誰にも聞こえないように囁いた。
 そもそもこんなリスクだらけの作戦はアーレイの趣味ではない。
 たった一人を殺すだけで救われるであろう多くの命があり、また、自分達が無益な血を流す事も必要なくなるのだ。
 そのメリットを理解せず、ただ人命優先という大義名分を掲げる偽善ぶった主義者達に辟易としていた。
「人道主義者どもに神の祝福あれ……」
 其れでも自分に化せられた最低限の役割程度は果たさなければならないと、歩を進める。
 眼前には白と黒のモノトーンで統一された兵士達。
 同じような姿をしたそれらは、その単調さ故にある種の不気味な何かを内包していた。
 如何せん敵の数が多い。
 同等数の物量で勝敗の明暗を分けるのは戦術だ。
 如何に個が優れようとも、圧倒的絶対数の暴力の前では無意味である。
 数で若干勝るものの、個の能力としては引けを取る撃退士側はこの人数差を如何に活かして戦うかに焦点が当てられていた。
 故に、執られた最初の策は範囲攻撃による敵先陣の一斉壊滅。
 射線が被らぬよう、範囲火力を有する撃退士達が横一列に並び敵と睨み合う。
 対するチェスの駒達も撃退士側と同じような隊列を組み、戦いの刻を待っていた。
 戦場にちりちりとした空気が張り詰める。
「突入だけでも早めに済ませられるようにしないとだね」
 移動式範囲火力砲台としての役割が期待されるソフィア・ヴァレッティ(ja1133)が、若干焦れ気味に呟く。
 事実、アリスの確保を第一とする撃退士側にはあまり時間が残されていない。
 悪魔の意図が明確では無い以上、時間を掛ける事は好ましくないからだ。
「……物語になぞらえる悪魔、か。いや、今、考えても仕方ないことだな」
 剣を抜き放ち、佐倉 哲平(ja0650)が吼えた。
「……行くぞ。まず屋内への道を切り開く……!」
 その号令を待っていたと言わんばかりに撃退士達が駆けだしていく。
 先陣を征くは哲平、鳳 静矢(ja3856)、黒百合(ja0422)の前衛陣、そして若干遅れ気味に後衛陣のアーレイ、ソフィア、鳳 優希(ja3762)。
 全員が全員、一体でも多くの敵を巻き込み、血路を開く事を目的としていた。
 だが、敵はそんな撃退士達の動きを予測していたかのような動きを見せる。
 チェスの駒、それら全ての主たる王に先陣を切らせたのだ。
 王は女王が存在する限り、倒れる事は無い。
 また、彼の忠実な部下達も王がいる限り全ての能力が強化される。
 其れを活かした戦術を見せてきた。
 全軍、我に続けとばかりに馬上の王が撃退士達へと迫る。
 その後ろを、徒歩の兵士達が駆けてきた。
 若干早いが、このまま引き返す訳にはいかない。
 後ろからついてきている他の撃退士の為にも、ある程度数を減らさなければならない。
「ゴミがさかしいねェ! オマエも逝くがいいわァァ!」
 黒百合の穿つ無数の針が雨となり、
「あったれぇ!」
 ソフィア、アーレイ、優希、ダアト達が作り出した火球が爆ぜ、炎を纏った隕石の欠片の如く降り注ぐ。
「……走れ! ここは俺達が引き受ける、中は任せた……!」
 哲平と静矢が撃ち放つ黒と紫の衝撃波が進路上の敵に襲いかかり、その光の中へと飲み込んでいった。
 されど王はそれらの攻撃を受けても尚止まる気配は無く、其の背に庇われた兵達もある程度の手傷を負ったものの、只の一体すら欠ける事無く。
 自軍に勝利を掴み取らんと白銀の剣を抜き、撃退士達へと躍りかかる。
 直後、黒きポーン達による王の突入を援護する一斉射撃。
 放たれた矢は、火力を上げる為に防御を犠牲にしたダアト達へと集中される。
 無数の矢がアーレイ、ソフィア、優希に突き刺さり、トドメとばかりに前衛の横をすり抜けた王達が斬りつけ血の海へと沈める。
 そんな勇猛な王を孤独にはさせまいと、更に白きポーン達も駆けつけ黒百合達に斬りかかった。
 自分達の能力を最大限に活かして統率の取れた戦い方をする彼らチェスの駒の背後に、撃退士達は何者かの意思を見いだした。
「くそ! 優希、しっかりしろ! ……私がついていながら」
 静矢は血塗れになって動かなくなった優希を抱きかかえ、追いついてきた撃退士にその場を任せると後方へと下がった。
 意識を失ったアーレイとソフィアも、衛生兵としての役割を担うレオナルド・山田(ja0038)と九重 棗(ja6680)によって担がれ、離脱していく。
 あっと言う間に三名が戦闘不能に陥り、三名が負傷者の運搬に離脱。
 開戦早々暗雲が立ちこめているが、撃退士側もただやられてばかりでは無い。
 突出する敵の陣形を前に、阿修羅と鬼道忍軍を中心として左右に広がり、先に女王の首を討ち取るべく鶴翼の陣に移行。
 彼らの本陣深くに座す女王へと向かって奇襲を敢行する。
 また、傷ついた撃退士も紫ノ宮莉音(ja6473)のヒールが癒やし戦線を立て直す。
 南最前線は、最初の正念場を迎えていた。

 南主戦場の開戦と時を同じくして、館東側、南東に待機していたカタリナ(ja5119)達は、敵の移動を察知した。
「やはり、動きますか。私達も行きましょう」
 猛々しいヴァルキューレの如き純白の翼を広げ、槍を携えた戦乙女は飛翔する。
 その背を恋人たる権現堂 幸桜(ja3264)が少し不安そうに見送る。
「リナ、あんまり無茶をしないでね?」
 心通わせた二人だからこそのアイコンタクト。
 カタリナは優しく微笑みかけると、戦火の蒼天へと駆けだしていった。
 その後を宇田川 千鶴(ja1613)、金鞍 馬頭鬼(ja2735)、柊 夜鈴(ja1014)の前衛陣が地上から追従し、更にその後方をユウ(ja0591)、石田 神楽(ja4485)、幸桜の後衛陣が追う。
 ぞろぞろと南に向かい進軍する魔狼達の進路を塞ぐように、防衛線を張ろうと言うのだ。
 其の隊列に強襲を掛け、先手をとるべくカタリナが空から肉薄する。
 だが、その行動はあまりにも目立ち、敵側に早期発見される事となった。
 一人ぽつんと空に突出し、射線を遮る物すら無いカタリナはただの的でしかない。
 ビショップ達の魔法による集中砲火に曝される。
 次々と撃たれる魔法に身を庇いながら耐えるカタリナが次ぎに見たのは、地上から恐ろしい勢いで跳躍し自分へと迫ってくる魔狼の姿だった。
「くっ、盾よ!」
 咄嗟にアウルで盾を編み前方へと構えるが、其れも焼け石に水でしかない。
 狼の巨大な牙がいとも容易く防壁陣を打ち砕き、カタリナの白く細い首へと噛みついた。
 鮮血が飛び散り、純白の翼は緋色に染まる。
「リナっ!」
 悲鳴を上げる恋人の声すらも彼女の耳には届かず、ただ魔狼の為すがままに腹部を蹴り飛ばされ、地上へと墜ちていくしかない。
 その姿は、翼を過信して転落したイカロスのようでもあった。
 地面に激突し動かなくなったカタリナに、幸桜が駆け寄り抱き起こす。
 濃紺の儀礼服は血で黒く穢れ、首筋には痛々しい裂傷と未だ止まらぬ血の奔流。
「リナ! だから無茶しないでって言ったのに! くそ、血が止まらない!」
 悲壮な表情で恋人の止血をする幸桜の叫びは、あまりにも痛々しく胸を掻き毟る。
 その光景と、いきなり仲間がやられたという事実に浮き足立つ撃退士達。
 だが、それでも迷っている暇は無いのだ。
「……誰かがやられたとしてもわたし達がやるべき事は変わらない。……それに、ここで迷ったらそれこそ無駄になる」
 事実その通りであり、カタリナに火線が集中したお陰で地上のユウ達は敵の隙を突く絶好の機会を得たのだ。
 仲間を叱咤しながら、ユウは奇跡を為す魔法を紡ぐ。
 白き小鳥が撃退士達を先導するかの様に戦場を駆け抜け、側面から黒のビショップを射貫いた。
 其れに習うように、他の撃退士も後に続く。
 一番の脅威であろう魔狼の足止めを担った千鶴が、忍刀を手にアウルの力を爆発させ肉薄する。
 先ずは機動力を削ぐ!
 万が一を考え、少しでも他の仲間が有利になるようにと、足の急所を狙い刃を立てた。
 ザクッ、と相応の手応えが返ってきたものの僅かに浅い。
 交錯した瞬間に魔狼と交わした視線の中に、憎悪が宿っているのが見てとれた。
 血の気が引くほどの冷たいものを感じながら、その場を緊急回避。
 後方へと飛び退り、体勢を立て直す。
 魔狼が千鶴の方へ身体を向けたのを確認して、馬頭鬼と夜鈴はユウが狙ったビショップに当たりを付けると左右から挟み撃つ。
 相手がカタリナに対して各個撃破を仕掛けてきたように、自分達も確実に一体づつ倒し人数の優位性を保つ為だ。
「砕けろっ……!」
 一撃、二撃と刀と拳が打ち込まれるが、堅い。
 僅かにひび割れたものの、砕くには至らない。
 想像以上に南に陣取る王の強化能力は厄介なようだ。
「ちょっと退いてください。――狙い撃ちます」
 馬頭鬼と夜鈴の間を縫うように放たれた神楽の弾丸が、ビショップの頭部を捉える。
 彼らが殴りつけてつけた傷に、追い打ちをかけるように更なる衝撃を与え、遂に粉砕するに至った。
「やったな! 石田さん、いい仕事だ!」
「まだ気は抜けませんよ、次ぎです!」
 確かに得られた戦果に、沈んでいた撃退士達の士気も僅かながら上がった。
 だが、次の瞬間、勝利の歓声は絶望の其れへと変貌する。
 カタリナを介抱する為に孤立した幸桜に、ビショップ達の火力が集中。
 其ればかりか、千鶴に対峙していたはずの魔狼が転身。
 圧倒的な速度に物を言わせると幸桜に噛みつき、腹を食い破る。
 あっと言う間も無く東側戦力は二人目を失う事となった。
 カタリナに覆い被さるように、血の気を失くした幸桜が倒れる。
 それらを背に、赤く濡れた狼が値踏みするかのように撃退士達に振り返った。
 ここに来て東班の面々も漸く悟る。
 彼のディアボロ達の背後に潜む、何者かの意思に。
 回復役を失った東側は、泥沼の消耗戦に突入しようとしていた。

「まるで攻城戦ね! 最初に城門突破してみせるんだから!」
 戦意も高らかに、雪室 チルル(ja0220)は吼えた。
 南、東が開戦した頃、ここ西側でも戦端が開かれようとしていた。
 撃退士達の前に立ちはだかるのは、まさしく城壁と言っても過言では無い程に巨大さを感じる移動式の塔。
 その中央には、黒き甲冑を身に纏った魔女の騎士。
 奥には高らかに慈悲を謳う森の魔女。
 兎にも角にも魔女の広範囲魔法で一網打尽にされては敵わぬ、と撃退士達は互いに距離を取り、自分に課せられた役割を果たす為、前線へと駆け出す。
 一番槍は貰ったと、魔女の首を取るべくチルルが飛び出した。
 しかし、そうはさせないとばかりに騎士が進路を封鎖し、ルーク達が魔女への射線を塞ぐ。
 舌打ちしながら、目の前の騎士と相打ち気味に剣を交じわせる、が硬い。
 身を切り裂かれる感覚と引き替えに得たのは、渾身の一太刀すら通さぬ手の痺れだけだった。
 そんな一人突出したチルルに、ルーク達の火線が集中する。
 撃ち出される矢が服を貫通し、幾本も突き刺さった。
「その程度の攻撃であたいが沈むかー!」
 だが、其れでも剣を地面に突き立て、チルルは耐えた。
 確かに、その程度の攻撃で沈むほど、柔らかくはない。
 その程度の攻撃であれば、の話だが。
 魔女の周囲の空間がぐにゃりと歪む。
 大気を収束させ、魔力で編んだ高密度の風の槍と為す。
 魔女は其れを、砲撃の際に空いた塔の隙間からチルルに向かって放り投げた。
 唸りを上げながら突き進む槍は狙い違わずチルルの腹をぶち抜く。
 有無を言わせぬ高威力の魔法は、ごっそりと少女の意識を刈り取り、今度こそ血の海へと沈める事に成功した。
 敵はどうやらこちらを各個撃破する構えのようだ。
 いずれにせよ、魔女の騎士を早々に討ち、魔女を抑えなければこのまま少しづつやられていくだけだ。
 かと言って全員で騎士に掛かれば、誰かがまたチルルの二の舞になりかねない。
 少しでも個人に攻撃が集中するのを抑えなければならなかった。
 倒れた仲間を背に庇う様に、久遠 仁刀(ja2464)が一体の白きルークに対峙する。
 そうして、もう一体の白いルークに挑発を掛けると、二体同時に背負い込み、抑える構えに出た。
 その仁刀の背を護るようにフィオナ・ボールドウィン(ja2611)が黒のルークの射線を塞ぎつつ、魔女の騎士と相対する。
「下僕に誇りなぞ無かろうが……散り様で我を興じさせてみせよ」
 値踏みするかのような視線で騎士を見下ろし、かかってこいとばかりに挑発する。
 其の背後からは、牧野 穂鳥(ja2029)、桜木 真里(ja5827)のダアト陣による魔法が援護射撃として撃たれていた。
 魔力の矢が騎士の甲冑を貫き傷をつける。
 痛みに仰け反る黒騎士に、雄々しき白金の女騎士が間合いを詰めていく。
 手にした刃に湖の蒼さを湛える光が溢れ、伝承を再現した魔性の剣が束の間の顕現を果たす。
 蒼の軌跡を描きながら振るわれた魔剣は、盾持つ左腕を切り落とし、敵に致命的とも言える深手を与えた。
「ふん、つまらぬ。その程度か?」
 左腕を庇いながら僅かに下がる騎士に切っ先をつきつけ、フィオナが不敵に笑う。
 西側戦線は一人が戦闘不能に陥ったものの、どうにか戦況を立て直し、拮抗に持ち込んだ。

 同刻、屋敷北側。
 主戦場開戦の報を小野友真(ja6901)から受けた亀山 淳紅(ja2261)は仲間達に其れを知らせると、突入のタイミングを待った。
 だが、現実は簡単にはいかない。
 撃退士達の目論見は外れ、敵は西の前線に向かって移動を開始する。
 其れを確認した麻生 遊夜(ja1838)達が慌てて茂みから飛び出すが、
「ちくしょう、速すぎるぜ!」
 騎乗したナイトは素早く、追いつけるような速さではない。
 ナイトほどでは無いにしても、人魚姫も思いの外に足が速く、また位置的に若干離れた場所で待機していた為、全くの反対方向へ移動する彼女を止める術は無い。
 手遅れではあったが、ディアボロ達が去ったお陰で屋敷への突入ルートがフリーとなる。
 僅かに逡巡するが、しかし仲間を見捨てる訳にはいかない。
「どうもこうも無いわ。このまま行けば西は壊滅、最悪南の退路も絶たれてしまうわ。追いかけるわよ!」
 東雲 桃華(ja0319)の号令の元、撃退士達は移動したディアボロ達を追って西側へと駆けた。
 間に合う事を信じて。


 南は混戦の様相を呈していた。
 女王の首を刈り取れと、左右から敵の陣地奥深くへ黒百合、エルレーン・バルハザード(ja0889)、レオナルドなどの機動力に優れる鬼道忍軍を中心とした面々が強襲する。
 鬼道忍軍が開けた血路を、雫(ja1894)、神喰 茜(ja0200)、雀原 麦子(ja1553)ら阿修羅陣が更に切り込み、王手を掛けようと肉薄していた。
 しかし、其れは孤立を意味する。
 分断された戦場で、彼女達はまともな支援すら受けられず悲壮な戦いを強いられていた。
 常に誰かが集中的に墜ちるまで攻撃を受け続ける羽目になる。
 圧倒的数の暴力。
 それでも、少しでも救おうと莉音が側面から回り込み、回復支援を担うが早々追いつくものではない。
 為す術もなく黒百合、レオナルドがやられ、仲間を回収しようと無理をした棗も同じ道を辿る。
 撃退士側本陣近くで最前線の王と対峙する前衛陣も攻めあぐねていた。
 巧みに前線のラインを上げ下げし、局地的に人数差を構築、一人一人を確実に囲んで仕留めてくる統率の取れた敵の行動に、急造のチームでは上手く連携が出来ず、翻弄されるばかりだ。
 既に南側戦力の疲弊も激しく、1F担当として温存していた撃退士まで投入しなければ戦線を維持できない始末。
 想像していた以上に、手堅い相手であるとしか言いようがない。
 しかし、其れでもやられてばかりではない。
 予備戦力の投入の成果も有り、兵士を徐々に討ち取りその数を半数以下にまで減らす事に成功していた。
 壁となり得る兵を討った事により、徐々にではあるが奥に控える女王への射線も確保出来つつある。
 何か一つでも切欠があれば崩すことが出来る、そんな空気が撃退士達の中に漂っていた。
 ちりちりと張り詰める空気の中で、戦場の機運をいち早く肌で感じとったのは、女王に一撃離脱の戦法で戦いを挑んでいた強襲隊の面々であった。
 幾度かの試行錯誤の果てに、深手とは言えないもののクィーンに対して傷を負わす事には成功していた。
 それこそ、散っていった仲間達の積み重ねの成果である。
 戦線は緩やかにではあるが縮小傾向にあり、今ならば捨て身の覚悟で女王を討つ事が出来れば、そのまま王を滅した主力隊の合流と援護が期待できる。
 討てなければ仲間の誰かがやられてしまう事になりかねないが、危険を恐れるあまり足踏みしていては何も得る事はできない。
 決断の時であった。
「道を開くの、行って!」
 エルレーンが進路を塞ぐ敵に斬りかかり、強引に道を開ける。
「任せたよ、茜ちゃん! それじゃあ、雀原麦子、いっきまぁーす♪」
 次いで、麦子がドロップキックに近い足蹴りを敵に見舞い、後方へと吹っ飛ばした。
 そうして進路クリア。
 直線上には無防備な白の女王。
 仲間の想いを受け、刀の鯉口を切った茜と雫が反撃の一手を打つ。
「先、行きます」
 体内で爆発させた魔力を噴射剤に、雫が神速へと至る一閃を抜き放つ。
 雷の如き剣閃は、女王の腕をもぎ取り更なる隙を作り出した。
「その首、貰ったぁ!」
 茜の瞳が紅蓮に燃ゆる。
 刹那の虚をも見逃さぬ首狩りの剣客は、渾身の力を込め千載一遇の機をもぎ取る。
 振り抜かれた太刀筋は、下段から大きく天を喰らう逆袈裟の一撃。
 鋭い軌跡を辿り、傲慢なる女王の首をはね飛ばす!
 鈍重な音を立てながら白の女王が崩れていった。
 機は満ちた。
「今だ! 白の王を……がはっ!?」
 勝ち鬨を上げ攻勢に転じようとする茜を、しかし突如駆け抜けた炎の風が焼き払い、物言わぬ人形と化させた。
 全員の視線が南戦線最奥にある館玄関へと注がれる。
 木製の扉を焼き払い、のそりのそりと何かが這い出てきた。
 白日の下に晒されたその姿は禍々しいまでの醜悪さを誇る巨大なディアボロ。
 炎を繰る魔竜、ジャバウォック。
 館の守護者が、撃退士を狩りにその姿を現したのだった。

「これで終わりです」
 神楽の放った弾丸は最後のビショップを撃ち砕き、灰燼に帰させた。
 しかし、それは皮肉にも自分自身に対しての手向けともなる。
 憤怒を露わにした魔狼の牙が神楽を捕らえ、まるでガムを噛むかのように咀嚼する。
 ユウの氷のような魔法を食らってやっと口から離したが、神楽はぴくりとも動かず、その場に倒れ伏したままだ。
 また一人、仲間がやられた。
 先の戦いで既に千鶴もやられている。
 残る敵は魔狼だけとは言え、油断できるような状況では無い。
 唯一の救いは千鶴が散り際につけた傷で、魔狼の動きが僅かながら鈍っている事だろうか。
 耐久力に不安のあるユウを一番後ろに、夜鈴と馬頭鬼が前に出て魔狼を通さまいと壁を作った。
「ここで死ぬ訳にはいかないんだよ!」
 夜鈴が、自分の帰りを待っているであろう少女の姿を思い浮かべながら、刀を構えた。
「自分も此処で終わる気はありませんよ。背は預けました、行きますよ!」
 馬頭鬼が拳をならし、敵を見据える。
「……よし、それじゃあ、ごー」
 ユウの号令の元、男達はディアボロへと迫る。
 猛然と駆け、狼の目前で二手に分かれ挟み撃ち。
「墜ちろよ……、破山!」
 夜鈴の剣技が放たれるが、大振りな其れはぎりぎりの所で当たらず、敵の毛先を僅かに削ぐ程度でしかなかった。
 魔狼の憎悪に見開かれた瞳孔と、目が合う。
 噛まれる、そう思った次の瞬間、
「余所見しないでくださいよ!」
 シャープに振り抜かれた馬頭鬼の拳が狼の顔面を捉え、大きく仰け反らせていた。
 もんどり打つ狼が、地を転がり後方へと吹っ飛ぶ。
 追い打ちとばかりにユウが魔法を撃つが、其れは当たらずに軽く躱された。
 魔狼が距離を取り慎重に獲物を見定める。
 どうやら仕切り直しのようだ。
 それでもユウ達の間に僅かながら安堵の吐息が漏れる。
 これなら討てるかもしれない、と。
 しかし手負いの獣ほど恐ろしいものはない。
 そしてユウ達は其れを身を以て知る事となる。

 魔女を狙撃しようと試みたものの、ルークが射線を塞ぐ為、氷月 はくあ(ja0811)の攻撃は須く防がれ続けていた。
 しかし其れでルークの耐久を削れていた事もあり、騎士を討ち取った後のフィオナ、穂鳥、真里の集中攻撃で早々に一体を討ち取る事が出来た。
 白ルークを抑えていた仁刀の方も、鴉乃宮 歌音(ja0427)の援護射撃と、道明寺 詩愛(ja3388)の回復支援のお陰もあり、一体を討ち取る。
 順調に見える撃退士達であるが、やはり魔女の魔法は強力であり消耗したフィオナが討たれ、仁刀もかなり疲弊していた。
 戦況は未だ予断を許さぬ状況である。
 そんな拮抗状態の戦場に、奴らは現れた。
 全く予期せぬ方角からの奇襲は、詩愛の悲鳴により知らされる事となる。
 詩愛の青い清楚なワンピースが、見る見る内に赤く染まっていく。
 その腹部からは、白銀に輝く槍の先端が覗いていた。
 詩愛の背後には、騎乗したナイトの姿。
「……戦っている仲間がいるのに、休むわけにはいかないんです」
 必死に槍を引き抜き戦い続けようとする詩愛に、更に槍が突き刺さる。
 世の中は非情だ。
 どんなに願おうとも、それらは何の力も持たない儚い幻想に過ぎない。
 前へ、前へと詩愛は足掻く。
 しかし、残酷な現実は其れを許そうとはしない。
 横合いから放たれた水の礫が詩愛を撃ち抜き、遂に血の海へと沈めるに至る。
 其のディアボロは絶望の象徴。
 嘗て、多くの撃退士を打ち倒した悲恋の童話を基に作られた『人魚姫』、その姿であった。
「あいつらは北に居るはずじゃ……? だとしたら北の戦線は崩壊したのか?」
 歌音が慌てて距離を取り、新たな敵と対峙する。
 今や西側戦線は混沌と化していた。
「慌てても仕方ありません! 先ずは消耗している目の前の敵を殲滅してから、南への撤退も含めて判断しましょう」
 穂鳥が冷静になるよう促す。
 事実、挟み撃ちのようになっている現状では逃げる事は叶わず、また他の戦線の情報がわからない為に増援も期待できない。
 だからこそ、どちらか一方を打ち破り退路を確保する必要があったのだ。
 其れは先ほどまで順調に進んでいた魔女側を於いて他には無く、やりきる事、それこそが今の彼らに出来る最善手とも言えた。
 死力を尽くした撤退戦が始まった。


 魔竜が南に出る為に扉をぶち破った際に放った炎で、館に火がついた。
 其れは即ち、中に居るであろうアリスの危機でもある。
「僕らでジャバウォックを引きつけて道を作ります! 説得班は早くアリスの所へ!」
 佐藤 としお(ja2489)が銃を撃ち、魔竜の注意を引こうと足掻く。
 しかし、そんな物は意に介さぬとばかりに、巨大な竜は気にもとめようとしない。
「邪魔ですよ……どきなさい!」
 ならば、と或瀬院 由真(ja1687)が己を一つの銃器に見立て、濃縮したアウルを撃ちだし魔竜の気を引こうとした。
 しかし、僅かに後方へ押し込んだ程度でびくともしない。
 力押しが駄目なら、と鬼燈 しきみ(ja3040)が視界を覆う霧を作り出し竜を覆うが効果は今ひとつ。
 それも駄目なら、と犬乃 さんぽ(ja1272)が得意の忍法をアレンジした攻撃で魔竜の影を縫い付けようと試みた。
「忍影招来、シャドウ☆バインド! さぁ、今のうちに2階へ。黒い童話をボク達の手で白く塗り替えるんだ……今までが闇の世界でも、これからはボク達がいる、だから世界はその悪魔だけでも、闇だけでもないってアリスちゃんに」
 しかしその束縛すらもジャバウォックは打ち破り、猛々しく吼えた。
 瞳が赤く染まり、大気が咆哮に震える。
 狂乱の竜は、全てを滅ぼす呪いを謳う。
「拙い、『狂化』だ! 来るぞ、伏せろ!」
 天城 空牙(ja5961)が叫び、仲間達に注意を促す。
 其れと同時にジャバウォックは図体に似合わぬ速さで突進すると、やや孤立気味であった莉音に襲いかかり、強力な爪で切り裂き吹き飛ばした。
 強烈な一撃が莉音の腹を裂き、骨を砕き、内蔵にまで深刻なダメージをもたらす。
 木に激突して、漸く止まった莉音はそのまま動かず意識を堕としていった。
 だが、魔竜が莉音へ突進した事で図らずも館への道が開かれる事となった。
 説得班の面々は、後ろ髪引かれる想いをしながらも仲間を信じて後を託し、燃えゆく館内部へと突入していった。
「……ジャバウォックが出てきたとしても優先順位は変わらない。さぁ、反撃開始だ!」
 悪魔の待つ戦地へと向かう仲間を見送りながら、哲平は王を優先して討つべし、と声高に叫ぶ。
 王の能力は他の戦域にいる駒にまで作用する。
 南がいつまでも王を討てねば、其れだけ他の戦域に負担を強いる事になるのだ。
 ぱっと沸いた目立つ竜に意識が行くのも解らなくはないが、討つべき順序を間違えては拾える勝利も得られなくなってしまう。
 哲平は正しい勝ちへの道筋を読んでいた。
 その声に同調した仲間達が白の王への道を援護する。
 倒れない、と言うだけであって既に各王は序盤からの激戦もあり、満身創痍。
「邪魔な兵士の相手は俺に任しときや! はよ、王を討つんや!」
 哲平の進路上に塞がる敵の頭を友真が狙撃で撃ち砕き、王手へのアシストをする。
 仲間達の援護を背に、白き賢狼は勝利を導く剣を取る。
 対する白の王も、最後のその時まで威厳を見せつけ、王であらんと戦士の挑戦を受けた。
 背を向ける事を許さぬ高潔の王は、勇猛無比な槍の一撃を以て哲平を迎えいれる。
 哲平は其の一撃を敢えて躱さず武器で受け、流した。
 捌ききれなかった衝撃が、身を切り裂くが躊躇はしない。
 そのまま、突き下ろされた槍を足場に跳び上がり、王の頭上を取る。
 瞬間、見下ろした先の王と視線があった。
 語るべき言葉は、全てこの一撃に。
 全身全霊の唐竹割りが振り下ろされた。
 白き王が、さらさらとした粒子となって無に帰していく。
 其処になんの感傷も抱くこと無く、哲平は吼えた。
「……このまま畳み掛けるぞ!」

 破山の一撃が魔狼の肩へと食い込み、そのまま左腕を切り落とした。
 だが、其処までだった。
 相打つ形で貫かれた腹から溢れる血が、夜鈴から力を奪いそのまま倒れ伏す。
 片腕をもがれたものの、魔狼は低いうなり声を上げ未だ健在。
 手負い二人でどうにかなるのか、怪しい雲行きになってきた。
 最早、是非も無し。
 ユウと馬頭鬼は覚悟する。
「……先制は任された。後はお願いね」
 氷の魔女から、再び魔力が迸る。
 その声を背に、
「不穏な事を言わないでくださいよ。勝つ時は一緒です」
 馬頭鬼は不敵に笑った。
 其れを合図に、男は駆ける。
 その疾駆よりも速く、ユウの魔弾がディアボロの腹を穿つ。
 しかし、浅い。
 浅いが、馬頭鬼の突撃を援護するには充分であった。
「いい加減、墜ちなさい!」
 顔面を狙って振り抜かれた必殺の拳は、しかし外れて右腕を打ち砕く。
 骨を砕くような感触が広がり、確かな手応えを感じたが致命傷とは言い難い。
 つまり、そう言う事だった。
 カウンターで狼の牙が馬頭鬼の肩口から首筋にかけて突き立てられる。
 薄れ行く意識の中、残された少女に謝罪しながら馬頭鬼は墜ちていった。
 即座にユウの魔法がディアボロを貫く。
 だが討伐には至らない。
 今や両腕を失った魔狼が、其れでも頭を前に突き出し、最後の獲物を食らわんと驚異的な速度を見せる。
「……この一撃を耐えきればわたし達の勝ち。そうでなきゃわたし達の負け」
 ユウは残された魔力の全てをカウンターの一撃に託し、狼の突撃を歓迎した。
 刹那、今まで経験したことが無いような衝撃が身体を突き抜ける。
 小さな身体が痛みに震え、悲鳴を上げた。
 血が口腔から溢れ、白い肌を緋に染め上げる。
 それでも耐えた、耐えきった!
「……わたし達の、勝ち」
 ユウは自分の腹部に深々と牙を突き立てる魔狼の頭に、渾身の魔法弾を叩き込んだ。
「■■■■■■――ッ!!」
 怖気の走るような、言葉にすらならぬ獣の咆哮。
 最後の最後まで執念を見せた魔狼は、遂に討ち果たされた。
 大きな巨体を震わせ、どさりと倒れ伏す。
 その下敷きとなったユウは、ぽつりと呟いた。
「……重い。どうやって出よう」

「……ここまで、か」
 風の槍を受けた仁刀が地に倒れ伏す。
 霞んでいく意識の中で、最後に浮かんだのはアリスの説得へと向かった愛らしい後輩の姿。
「(せめて、彼女だけは無事で……)」
 そうして仁刀は動かなくなった。
 次いで、ナイトのランスと人魚姫の魔法で射貫かれた歌音も沈んでいく。
 仁刀と協力して白のルークを殲滅したものの、其処までだった。
 悔しさに震えながら意識を堕としていく。
 せめて魔女だけは討ち取るのだ、と最後のルークを仲間に任せ、はくあが精密射撃を以て頭を狙い攻撃するが、撃墜には至らない。
 傷が浅すぎたようだ。
 其れでも、最後のルークを穂鳥と真里が討ち取りなんとか退路の確保は出来そうに見えた。
 されど必死に足掻く撃退士達を嘲笑うかのように、敵は容赦なく追い詰めてくる。
 皆を笑顔で帰す為に、そう言って笑った真里は、人魚姫の無慈悲な槍と魔女の魔法で墜ちていった。
 穂鳥も騎士の槍で貫かれ、軽くない傷を負う。
 頭に過ぎるのは『壊滅』の二文字。
 如何ともし難い状況だった。
 それでも絶望して諦めたくは無いと、二人は足掻く。
 穂鳥の魔法とはくあの銃弾が魔女を撃ち抜き、遂に討ち滅ぼす事に成功する。
 撃退士としての意地と執念の賜と言えた。
 しかし其処までだ。
 結局、二人は逃げ切れなかった。
 容赦無く槍で貫かれ、蹂躙される。
 紅く染まりゆく世界で、穂鳥は願った。
 アリスが生きて新たな道を探す事を。
 微笑って過ごせる明るい世界に行ける事を。
「(せめて館へ行く人たちが、安全帰れるように……、少しでも力になれた、のかな?)」
 はくあは残された仲間達の事を想う。
 自分達が討てなかった敵の所為で、仲間達が危険な目に遭わないだろうか?
 それだけを心配して。
 儚い祈りは届かず、少女二人は墜ちた。
 かくして西側戦線は壊滅したのだった。

「……ひでェ有様だ」
 西側に到着したルーネ(ja3012)達の視界に飛び込んできたのは、まさに壊滅する瞬間の場面であった。
「……反省は後よ。私達には余裕が無いわ。行くわよ」
 自分達の不手際が招いた結果に慄きながらも暮居 凪(ja0503)は自分の仕事をこなすのだ、と自身に課せられた役割を果たすべく前へ出る。
「そうですね、場所が変わっても俺達がやるべき事は変わらない。この汚名は敵を討ち取る事で雪ぎます」
 若杉 英斗(ja4230)も盾を手に、前進する。
「九十七ちゃんズ正義の名の下にビチ●天魔共を皆殺しにするだけですねぃ」
 十八 九十七(ja4233)は銃器を手に、援護射撃の体勢へと入った。
 そうして、開戦の号砲と言わんばかりにぶっ放す。
 敵も北から追ってきた九十七達の存在に気がつき、転身した。
 凪、ルーネ、英斗、桃華が壁を作り、後衛を敵の攻撃から防護する。
 その背後から、cicero・catfield(ja6953)、九十七、遊夜、淳紅の後衛陣が火力を集中させ、各個撃破していくと言う戦法だ。
 前衛陣が耐え切れれば、充分に勝算のある戦法と言える。
 問題は、どの程度のダメージ量であるか、だ。
 回復手段をもたない彼らにとって、出来うる限りの早期決着は今作戦に於ける至上命題である。
 そして、其れを問う瞬間は、直ぐに訪れた。
 槍を携えたナイトが、一番槍と言わんばかりに、英斗へ迫る。
 突き穿たれる戦槍の穂先を、銀色に燃える盾で防ぐ。
 が、想像以上に重い。
 魔界の眷属であるディアボロの攻撃は、天界の影響を受ける英斗にとって、無視できない補正を与えていた。
 互いに互いを屠り合う運命。
 研鑽されてきた技術の応酬がもたらした成果である。
 しかし、だからこそ英斗は悟る。
 このままでは持たない、と。
 されど後退を許すほど、ディアボロ達は寝惚けてはいない。
 追撃のランスがまたも盾を貫き、致命的なダメージを蓄積させていく。
 そうして、悲劇の人魚姫が駆けた。
 仲間達が英斗を援護しようと試みるが、敵は一切合切を無視。
 英斗の懐へ難なく入り込むと、無慈悲なトライデントを振りかざした。
「まだ倒れるわけにはいかない!」
 英斗の盾が白銀の煌めきを放ち、耐えよと吼える。
 しかしその願いは許されず、脆くも崩れ去った。
 決定打と言える槍の一突きが盾を貫き、英斗の腹を貫く。
 内蔵破壊に優れるトライデントの造りは、容易く筋肉を引きちぎり、英斗の意識を奪い去った。
 あっと言う間の出来事である。
「怯まないで! 手はず通り黒のナイトから討つのよ!」
 浮き足立つ仲間を叱咤しながら、桃華が黒の騎士へと迫る。
 手にした戦斧に黒い桜の花弁が舞い散る。
 アウルによって爆発的に加速する魔力の奔流は、漆黒の渦となって顕現し、その威を示す。
「東雲流古斧術――、我型・桜火薙ッ!」
 桃華の斧が、黒き騎士を捉え、叩き潰す勢いで振り下ろされる。
 対する騎士は盾を突き出し、其の攻撃を受けた。
 斧と盾が拮抗し、まるで時が止まったかのような錯覚を抱く。
 だが、それも一瞬の事。
 次ぎに瞬きした後には、勝敗は決していた。
 桃華の斧がそのまま押し通し、ナイトの左腕を盾ごと切り飛ばす。
 致命傷こそ避けられたものの、充分な戦果であった。
「今よ! 畳み掛けて!」
 機を逃さまいと、撃退士達が攻勢に転じる。
 銃弾が、魔法が宙を舞い、黒騎士へと降り注ぐ。
 しかしそれらは躱されるかかすり傷程度で終わり、有効な一撃とはなり得なかった。
 援護射撃を背に、ルーネが肉薄する。
 アウルの力を込めた渾身の一撃は、堅牢な鎧に阻まれ浅い傷をつけるのみであった。
 動かぬ戦況に、撃退士達にも焦りの色が出始める。
 せめて南側が王を撃破してくれれば、多少は好転しようが。
 他力本願ではあるが、祈らずにはいられなかった。


 扉をノックする音が部屋の中に響く。
 其れに反応して少女の身体が震えた。
「おや? 時間のようだ。ボクと君を引き裂く兵達が来たようだよ。君は自分で答えをださなきゃいけない」
 悪魔が優しく言葉をかける。
 しかしアリスにとってその言葉は、耐え難き苦痛でしかなかった。
 だが、今になって駄々をこねた所で周囲の環境はアリスを待ってはくれない。
 其れに、先ほどから部屋の中にまで焦げ臭い匂いが漂ってきていた。
 どちらにせよもう時間は無いのだ。
 アリスの無言を肯定と受け取った悪魔は、斧を構えながら慎重にドアを開けた。
 しかして其処には、大人しく並んで待つ撃退士達と不本意そうな顔で佇むエルの姿があった。
「……どういう趣向だい?」
 クローディアが鳩が豆鉄砲を食らったような顔で問いかける。
「……彼らは君とアリスを説得したいそうなのじゃ。エルは本意ではないがの。話だけでも聞けんかね? 時間が無いのはお互い様のようじゃが」
 其れに対し、エルが不承不承といった風に答えた。
「これはこれは中々どうして、人間はたまに面白い事をするね。武器を携えて折衝とは笑うしかないよ」
 クローディアにとっては、余りにも素っ頓狂な解答だったのだろう。
 嘲るような笑みを見せながら、さもおかしいと言いたげな語調で言葉を紡ぐ。
 しかし、其れに対してユイ・J・オルフェウス(ja5137)は本気の姿勢を見せた。
「お話しにきたのに武器は失礼です」
 形なりとは言え武器を置き、話し合いの姿勢を示したのだ。
 その姿勢にクローディアは嘲笑をやめると、撃退士達を部屋に通した。
「そこまでやるなら、どうぞ。ただし、ボクのアリスを傷つけるような真似をしたら、解っているね?」
 しっかりと釘を刺しながら、アリスの近くに陣取り撃退士達を睥睨する。
 突然の出来事に理解が及ばないアリスは、不安そうに異様な空気の中おろおろとするだけだった。
 そんなアリスにユイは優しい口調で話しかけた。
「アリスさん、こんにちわ。お話は好きですか? 私は、アリスさんに本の暖かさを知って欲しいです」
 そうして、まるで夢想するかのようにアリスを促す。
「想像してみてください、あったかいお話の数々。お話は色んなこと、体験させてくれるです。色んな人が物語を紡ぐです。……たくさん、触れてみたくないですか?」
 しかしアリスは、それらを想像出来ずにいた。
 彼女は本当の暖かさを知らない。
 知らない、は想像できないのだ。
 そんなアリスを撫でながら、悪魔が言葉を継ぐ。
「君の言うそれらは、全て空想の産物でしかないよ。必要なのは、現実なんだ。ご都合主義で塗り固められた作り物のハッピーエンドに、いったいどれだけの価値があるっていうんだい?」
 確かに少女の事を種類上でしか知り得ないユイにとって、彼女の欲するものを与えるのは困難である。
 ご都合主義というのも否めはしない。
 其れでも幸せな気持ちに浸る事は悪ではないはずなのだ。
 だが、其れを語る言葉も時間も持ち合わせてはいなかった。
 下がるユイの代わりに、獅堂 遥(ja0190)が前に出た。
 少し分厚めの点字で打たれた本を手渡す。
 ほんのりと良い香りがした。
「……これは?」
 アリスが興味を示したように問う。
「私は貴女にこの本を私にきました。その香りは、物語の一つに沿わせる形で選んだものです。その物語達は、導入部です。これから先は、まだはじまっていません」
 視覚は無くとも、触覚、嗅覚、聴覚、世界にはまだまだ素敵な物で満ちているのだと言う事を知って欲しい。
 そんな想いで遥はアリスへ選択肢を託すのだ。
「これからはじまる話です。貴女自身が、そして私達が紡ぐ」
 その言葉だけを預け、遥は下がった。
 次いで天音 みらい(ja6376)が前に進み、アリスにぬいぐるみを渡した。
「笑顔になってくれたら、いいなって……」
 過去、虐められていた折にみらいを支え励ましてくれたのは、母から貰ったぬいぐるみだった。
 自分にはどう言葉をかけていいか解らなかったから。
 せめて自分と同じように、ぬいぐるみで立ち直れればと思い精一杯の気持ちを託したのだ。
「……ありがとう」
 受け取った其れを、ぎゅっと抱いてアリスはお礼を言った。
 其れに満足したようにみらいは下がり、アイリス・ルナクルス(ja1078)と代わる。
「アリスさん、お友達になって頂けませんか?」
 開口一番、アイリスはこう切り出した。
 アリスが呆然とした様子で口を開く。
 そんな少女に畳み掛けるように触れていいか問うと、許可を貰ってその手を握った。
「目が見えなくても、触れ合えるじゃないですか……。永遠なんて求めてしまったら、貴女の全てが壊れてしまいます……。外を知りに行きましょう? 貴女を脅かす者は私が倒すから大丈夫」
 しかし、其れには悪魔が口を挟んだ。
「其れは君の価値観であって、アリスの価値観では無いね。自分の理想を押しつけて、相手の理想を浸食して支配して、其れで君は満足かもしれないけど其処に相手の気持ちは無いんじゃないかな」
 さらに続ける。
「敵は全て君が倒す? 四六時中、君がアリスの傍にいるのかい? 人間はいろんな規律に縛られているんだろう? アリスの親権者が異を唱えれば、直ぐに取り上げられてしまうさ」
 皮肉たっぷりに。
「そうやって君達は有りもしない理想や空想を押しつけ、さも実現可能かのように謳う。だけど、実際はどうだい? 何も出来やしない。いろんなものに縛られているからね。それが君達の真実さ」
 その言葉に対する解答をアイリスは持ち合わせていなかった。
 渋々と下がり、桐原 雅(ja1822)に託す。
 しかし雅はアリスには声をかけず、クローディアとエルに言葉を投げかけた。
「貴女達にとって、ヴァニタスってどういう存在なの?」
 予想外の質問に対し、最初に答えたのはエルだった。
「哀れな存在なのじゃよ。如何に当人が望もうとも、決して引き返せぬ道に引きずり込む事になるのじゃ。エルは、好きではないのじゃ」
 其れに対しクローディアは、
「永遠の絆で結ばれた大事なパートナーさ。互いに助け合い、共に苦楽を分かち合う半身のような存在、其れがヴァニタスさ」
 全く正反対の反応を示した。
 その問いを聞いた雅は少女の心境に何か変化が訪れる事を祈りつつ、次の星杜 焔(ja5378)へと継いだ。
「俺は、幼い頃は親が居て、友が居て、それが当然だった。だけど、悪魔が全て奪った。自我を失い姿を変えられた両親は、俺にも牙を剥いた。今、俺もそうなれば、仲間達を襲い倒されるだろう」
 淡々と紡がれる言葉は、陰惨な過去。
「君は何故アリスに、童話に執着しているのかな? 理由がある筈だ。俺が笑顔でいるのも、餌付け癖も、失ってしまった愛故だ。施設を盥回しにされ、孤独だった。漸く出来た友も死んだ。それでも俺は世界を大切にしたい」
 それらは、アリスと言うよりはクローディアに対して語られていた。
「君も孤独だったのか? 童話に唯一の慰めを求めていたのか? 彼女に己を重ねていたのか? 過去の罪は消せはしないが、未来は君次第だ。俺は、君が紡ぐ優しい童話を見たい。少なくとも、アリスにとっての君は優しかったはずだ」
 されど悪魔はその独白を一蹴する。
「童話は人間の本性を一番顕著に現しているのさ。其処には、ある意味素直な彼らの姿がある。ボクはね、其れが面白くて仕方無いんだ。だけど悲しいかな、君達はそんな穢い部分を肯定しようとはしない。必死になって虚飾するのさ」
 そうして、アリスに対して秘めた想いを語った。
「最初は誰でも良かったのさ。たまたまボクの話を否定もせず、肯定もせず、素直に聞くだけの人間の読者がボクには珍しく、得がたい存在だった。だけど毎日の様に語り聞かせるうちに、ボクは特別な感情を抱く自分に気がついたのさ」
 曰く、
「ボクはアリスを愛している。この憐れな『人間』ですらない少女を、最後に人として選択させてあげたいと思う。ボクや君達の意思が全く関与しない、彼女自身の選択として、ね」
 故に、悪魔は撃退士を前にしても手をだしてこない限り、戦おうとはしないのだ。
 その意図を組み、焔も下がった。
 最後に、静矢が前に出る。
 前述の悪魔の解答を鑑みて、少女へと声をかける。
「アリス、君は自分の世界を変えたいのかい? 目が見えて永遠の時を生きても其れが幸せとは限らない。君が本当に望む世界は何だろう? その君が望む世界の為に、私達が出来る事があれば幾らでも協力する……。だから一緒に今を生きないか?」
 其れはまるで愛の告白のようであった。
 何も持ち得ない少女に対し、共に生きようと手を差し伸べる。
 少女に残された時間は余りにも少なく、答えを出さざるを得なかった。
 そしてアリスは口を開いた。
「私は――」


 死屍累々。
 速すぎるジャバウォックの参入は、撃退士達にとって致命的なものとなっていた。
 全員で協力して、どうにかチェスの駒を殲滅する事には成功した。
 しかしその経過に於いて、元から消耗していたエルレーン、麦子、雫の三名が犠牲となった。
「乙なもんじゃないかじゃないか――、『魔獣(ジャバヴォッグ)』の相手がジャバウォックっていうのもな!!!」
 危険な相手ほど燃える性質なのか、空牙は嬉々として魔竜の正面からぶつかる。
「皆、頑張っているんです。私だって……!」
 その横には由真が付き、後衛に攻撃を通さないように奮戦していた。
 前衛達を盾に魔竜戦用に余力を残していたファティナ・V・アイゼンブルク(ja0454)の氷の錐が巨大な身体を穿ち、確実に体力を奪っていく。
 この後に及んでスキルの出し惜しみは無かった。
 それぞれの持ちうる最大火力が、次々と魔竜に叩き込まれていく。
 その度に魔竜の身体が震え、おぞましい咆哮が上がった。
 だが、理性と防御力を犠牲に底上げされた攻撃力は凄まじく、空牙と由真をあっと言う間も無く沈めていく。
 最早どちらが先に相手を討つか、火力勝負になっていた。
「怯んでは負けです、気持ちだけは最後まで強気で撃ち続けて!」
 ファティナの叱咤が、戦場に響く。
 想いよ届け、奇跡よ起これ。
 されど嘲笑うかの如く竜は舞う。
 其の身体を血で濡らしながら。
 としお、友真が新たに犠牲となり、ファティナ達も地獄の炎でその身を焦がす。
 後もう少し、もう少しで何とかなりそうなのに。
 少女達に絶望的な空気が流れた。

 どうやら南が奮戦し王を討ったのか、比較的楽にナイトを討つ事が出来た。
 しかし、それでも人魚姫は簡単にはいかなかった。
 此処までの戦いで凪、ルーネ、遊夜、九十七、シセロが討たれ、残された桃華達も消耗していた。
 強力な水壁を中々突き崩せず、回復手段すら有する人魚姫は初期の人数差がある内に全火力を叩き込めばなんとかなったかもしれないが、数名が討たれてからではもう遅い。
 それなりに手傷を負わせる事には成功したものの、現状、ほぼ手詰まりといって差し支えなかった。
 桃華と淳紅の頭に『全滅』の文字が躍った。

 アリスの唇に、クローディアの其れが合わさる。
 どこかしら神聖にも思えるその儀式を、撃退士達は悔しそうに見送った。
 閉ざされた少女の瞳が開き、艶やかな黒髪が金の其れへと変色する。
 そうして少女は選んだのだ。
 ヴァニタスとなり、悪魔と共に生きる未来を。
「お誕生日おめでとう、ボクのアリス。君は最後の最後で漸く『人間』になって死に、生まれ変わったのさ」
 クローディアが愛おしそうに抱きしめ、祝福をした。
 アリスはその抱擁を恥ずかしそうに、しかし、嬉しそうにしながらも碧の瞳で撃退士達を見回す。
 どこか後ろめたいものを感じさせる視線で。
「ありがとう、クロ。……そして、ごめんなさい」
 撃退士達に向かって謝罪を告げるアリスを、しかし如月 敦志(ja0941)は許さない。
「其れが答えか。悪いが自分の意思でヴァニタスになった以上は、俺達の敵だ。これ以上、悲しむ人達を増やさない為にもここで討たせてもらう!」
 武器を手に撃退士達は臨戦態勢に入った。
 其れが彼らの総意である。
「待つのじゃ! 悪魔とヴァニタスを一度に相手にするには分が悪いのじゃ! ここは退くのじゃよ!」
 しかしエルはそんな彼らを止めにはいった。
 だが聞き入れられない。
 かくして、撃退士達の手により戦端は開かれた。
 クローディアが歪笑し、脆弱な撃退士達の攻撃を悉く防ぐ。
「ほら、ね? 君達はいつもそうだ。結局は自分本位なのさ。相手の事なんてお構いなし。全ては自分の中の正義というあやふやなモノで何もかもを計ろうとする。其れが君達の本性さ!」
 悪魔の斧に、膨大な魔力が収束する。
 黒き戦斧が咆哮し、赤き破壊の衝撃をもたらす。
「拙い、逃げるのじゃ!」
 エルが叫ぶが、遅い。
 密室で逃げ場の無い現状、どう足掻いても避けうる術は無かった。
 横薙ぎに払われた衝撃波が全てを飲み込み、後方へと吹き飛ばす。
 炎の渦を顕現させ耐えきったエルが見たのは、全滅した仲間達の姿だった。
 ここに来て敗北を悟る。
 エルは撃退士達の倒れている床を破壊すると、階下へと落とし生存への望みを託した。
「君達ならば、きっといつか……。エルと――が果たせなかった共存できる世界を作れると信じておるのじゃ。だから、今は……」
 命の次ぎに大事にしてきたリボンを解き、階下へ落とす。
 せめて想いだけでもついていけ、と言わんばかりに。
「さて、クローディア。敗北は認めるのじゃが、悪あがきはさせて貰うのじゃよ」
 エルの手に、炎が集う。
 この戦いに参戦した全ての撃退士達の想いの灯が、願いの炎が、己が信義を貫く刃となりて煌めきを放つ。
 対するクローディアはアリスと二人で斧を手に、魔力を込めた。
「ボクはアリスと共に生きる。誰にも邪魔はさせないよ。やっと産まれたこの娘の為に、ボクは負けられないんだ」
 クローディアとアリスの魔力が混ざり合い、昏い金の風となって唸りを上げた。
「エルにも譲れぬモノがあるのじゃ。なればこそ、その想い、ぶつけ合うまで!」
 炎と風、赤と金がぶつかり合い、互いに互いの存在を否定し、食らい合う。
 極限まで高められた魔力の奔流は耐えきれず、辺りの一切合切を巻き込んで爆砕し、全てを灰燼へと帰していく。
 エル、クローディア、アリスを巻き込み、白き世界へと誘っていった。

 突如強烈な爆発音が響き、館の一部が粉砕し煙を上げた。
 その途端、ジャバウォックと人魚姫の動きが止まり、一瞬の後にあらぬ方向へと去って行った。
 撃退士達に其れを追いかける余裕は無く、また、爆発した箇所が仲間達の居るであろう場所と一致していた為、それどころでは無い。
 東側からユウが合流し、生存した5名で館内部へと突入する。
 其処には、ぼろぼろになった仲間達が倒れていた。
「アイちゃん!? しっかりしなさい!」
 手分けして仲間を助け起こし介抱する。
 館には大分火の手が周り、危険な状態であった。
 可及的速やかな救助が求められる状況である。
 一人一人、担いで外へと運び出す。
 そんなファティナとユウの視界の端に、見覚えのあるリボンが写った。
 其れは、自分達が可愛がっていたはぐれ悪魔が、決して肌身離さずつけていた愛用のリボン。
 不吉なものを感じながらもリボンを回収し、仲間達の救助を優先する。
 全ての怪我人を収容し、まだ残されているかもしれないエルの捜索に入ろうとした所で遂に屋敷が崩壊した。
 哲平達はその様子を、ただ呆然とみる事しかできない。
 実質的な敗戦。
 失ったモノはあまりにも多く、得られたものは何も無かった。
 撃退士達の心を現すかのように、ぬるい雨が降る。
 どこまでも不愉快に絡みつく水滴は、彼らの心に深い影を落としていった。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: 真に折れぬ刃と心・レオナルド・山田(ja0038)
 黒の桜火・東雲 桃華(ja0319)
 Silver fairy・ファティナ・V・アイゼンブルク(ja0454)
 Wizard・暮居 凪(ja0503)
 ちょっと太陽倒してくる・水枷ユウ(ja0591)
 一握の祈り・佐倉 哲平(ja0650)
 ヨーヨー美少女(♂)・犬乃 さんぽ(ja1272)
 黄金の愛娘・宇田川 千鶴(ja1613)
 歴戦の戦姫・不破 雫(ja1894)
 喪色の沙羅双樹・牧野 穂鳥(ja2029)
 撃退士・久遠 仁刀(ja2464)
 『天』盟約の王・フィオナ・ボールドウィン(ja2611)
 読みて騙りて現想狂話・鬼燈 しきみ(ja3040)
 愛を配るエンジェル・権現堂 幸桜(ja3264)
 悪戯☆ホラーシスターズ・道明寺 詩愛(ja3388)
 ブレイブハート・若杉 英斗(ja4230)
 夜の帳をほどく先・紫ノ宮莉音(ja6473)
重体: −
面白かった!:51人

真に折れぬ刃と心・
レオナルド・山田(ja0038)

大学部4年72組 男 鬼道忍軍
双月に捧ぐ誓い・
獅堂 遥(ja0190)

大学部4年93組 女 阿修羅
血花繚乱・
神喰 茜(ja0200)

大学部2年45組 女 阿修羅
伝説の撃退士・
雪室 チルル(ja0220)

大学部1年4組 女 ルインズブレイド
己が魂を貫く者・
アーレイ・バーグ(ja0276)

大学部4年168組 女 ダアト
黒の桜火・
東雲 桃華(ja0319)

大学部5年68組 女 阿修羅
赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
ドクタークロウ・
鴉乃宮 歌音(ja0427)

卒業 男 インフィルトレイター
Silver fairy・
ファティナ・V・アイゼンブルク(ja0454)

卒業 女 ダアト
Wizard・
暮居 凪(ja0503)

大学部7年72組 女 ルインズブレイド
ちょっと太陽倒してくる・
水枷ユウ(ja0591)

大学部5年4組 女 ダアト
一握の祈り・
佐倉 哲平(ja0650)

大学部5年215組 男 ルインズブレイド
ヴァニタスも三舎を避ける・
氷月 はくあ(ja0811)

大学部2年2組 女 インフィルトレイター
┌(┌ ^o^)┐<背徳王・
エルレーン・バルハザード(ja0889)

大学部5年242組 女 鬼道忍軍
厨房の魔術師・
如月 敦志(ja0941)

大学部7年133組 男 アカシックレコーダー:タイプB
幻の星と花に舞う・
柊 夜鈴(ja1014)

大学部5年270組 男 阿修羅
踏みしめ征くは修羅の道・
橋場 アイリス(ja1078)

大学部3年304組 女 阿修羅
太陽の魔女・
ソフィア・ヴァレッティ(ja1133)

大学部4年230組 女 ダアト
ヨーヨー美少女(♂)・
犬乃 さんぽ(ja1272)

大学部4年5組 男 鬼道忍軍
夜のへべれけお姉さん・
雀原 麦子(ja1553)

大学部3年80組 女 阿修羅
黄金の愛娘・
宇田川 千鶴(ja1613)

卒業 女 鬼道忍軍
揺るがぬ護壁・
橘 由真(ja1687)

大学部7年148組 女 ディバインナイト
戦場を駆けし光翼の戦乙女・
桐原 雅(ja1822)

大学部3年286組 女 阿修羅
夜闇の眷属・
麻生 遊夜(ja1838)

大学部6年5組 男 インフィルトレイター
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
喪色の沙羅双樹・
牧野 穂鳥(ja2029)

大学部4年145組 女 ダアト
歌謡い・
亀山 淳紅(ja2261)

卒業 男 ダアト
撃退士・
久遠 仁刀(ja2464)

卒業 男 ルインズブレイド
ラーメン王・
佐藤 としお(ja2489)

卒業 男 インフィルトレイター
『天』盟約の王・
フィオナ・ボールドウィン(ja2611)

大学部6年1組 女 ディバインナイト
撃退士・
金鞍 馬頭鬼(ja2735)

大学部6年75組 男 アーティスト
誠士郎の花嫁・
青戸ルーネ(ja3012)

大学部4年21組 女 ルインズブレイド
読みて騙りて現想狂話・
鬼燈 しきみ(ja3040)

大学部5年204組 女 鬼道忍軍
愛を配るエンジェル・
権現堂 幸桜(ja3264)

大学部4年180組 男 アストラルヴァンガード
悪戯☆ホラーシスターズ・
道明寺 詩愛(ja3388)

大学部5年169組 女 アストラルヴァンガード
蒼の絶対防壁・
鳳 蒼姫(ja3762)

卒業 女 ダアト
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
ブレイブハート・
若杉 英斗(ja4230)

大学部4年4組 男 ディバインナイト
胸に秘めるは正義か狂気か・
十八 九十七(ja4233)

大学部4年18組 女 インフィルトレイター
黒の微笑・
石田 神楽(ja4485)

卒業 男 インフィルトレイター
聖槍を使いし者・
カタリナ(ja5119)

大学部7年95組 女 ディバインナイト
Le premier ami d'Alice・
ユイ・J・オルフェウス(ja5137)

高等部3年31組 女 ダアト
思い繋ぎし翠光の焔・
星杜 焔(ja5378)

卒業 男 ディバインナイト
真ごころを君に・
桜木 真里(ja5827)

卒業 男 ダアト
幻想童話黙示録・
天城 空牙(ja5961)

大学部4年213組 男 阿修羅
託された約束・
星乃 みらい(ja6376)

大学部6年262組 女 ダアト
夜の帳をほどく先・
紫ノ宮莉音(ja6473)

大学部1年1組 男 アストラルヴァンガード
リア充・
九重 棗(ja6680)

大学部4年2組 男 阿修羅
真愛しきすべてをこの手に・
小野友真(ja6901)

卒業 男 インフィルトレイター
クオングレープ・
cicero・catfield(ja6953)

大学部4年229組 男 インフィルトレイター