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マスター:小鳥遊美空
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
参加人数:50人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2012/03/13


みんなの思い出



オープニング

●茶房『アネモネ』のひととき
 カラン、カランとアンティーク調の意匠を凝らした真鍮製の吊るし鐘が来訪者を告げ、厳かに鳴り響く。
 一歩店内へと踏み入れば、其処は中世ヨーロッパ風の情緒漂う異世界である。
 オーク材を用いて誂えられた内装は、木の香りと温もりが伝わり、視覚にも、嗅覚にも優しい。
 ベル吊型の薔薇の花弁を模した洋燈が、訪れた客人を迎え、赤々と燃ゆる。
「ふむ、遂に開店、じゃな。存外、時間がかかったものじゃな」
 店内を見回し、エレオノーレ(jz0046)が感慨深げに呟く。
「ふふん、内装と調度品には徹底的に拘ったからね! 全部一つ一つ選び抜いた一級品なのさ」
 其れを受けて、この店の主たる女性は得意顔で頷いてみせた。
 マホガニーを使って製作された愛らしくもどことなく威厳溢れる猫足のテーブルに指を触れ、恍惚の表情で撫で上げる。
 ブルネットの髪をツーサイドアップに結い上げ、前髪をパッツンと切り揃え、クラシカルロリィタに身を包んだ店主は、一見色違いのエレオノーレである。
 胸囲の格差社会までは真似しようにも、その差を埋めようがないが。
「室内に拘ったのは見てわかるのじゃ。じゃがね、肝心のお菓子やお茶はどうなっておるね?」
 此処は久遠ヶ原のとある一角。
 新装開店を控えた喫茶店の中である。
 オープン前日を迎え、旧知の仲であるエレオノーレは、店主に祝辞を述べに来たのだった。
「ははは、無論準備万端ですとも! ダージリンとアッサムのファーストシーズンだしね。其れとは別に、春らしいお菓子の新作も頑張ったさ!」
 ここぞとばかりに、お披露目されるお菓子類。
 流石に、その辺りも抜かりはないらしい。
 愛らしく春色に染まった桜のシフォンケーキ。
 大粒の苺と伊太利亜から直送の本場のチーズを使った苺のチーズケーキ。
 糖蜜に漬け込んだ金柑を混ぜたプディング。
 どれもこれも煌びやかに輝き、甘い匂いが蠱惑的に乙女の嗅覚を抉る品々である。
「おぉ、流石なのじゃ! 試食してもよいかね?」
 エレオノーレが瞳を輝かせて問う。
「いいとも! しっとりシフォンにする? まったりチーズケーキにする? とろけるプディング? それとも、あ・た・し?」
 店主、徐に脱衣。
 要するにそっち系の人である。
「君以外の全部で頼むのじゃ」
 エレオノーレの対応も慣れたものである。
 華麗にスルー、またの名を放置プレイ。
「流石エルちゃん、私、今夜も寂しいわ、しくしく」
 こちらも慣れた感じで服を正すと、エレオノーレの為に紅茶を淹れるのだった。
 要するにM側の人である。
 社交辞令とばかりに受け流しつつ、新作のお菓子に舌鼓を打つエレオノーレ。
 一口運んでは頷き、また運び。
「美味なのじゃ。これならば、遠からず常連客も付くじゃろうて!」
 満足げに頷きつつ、太鼓判を押す甘党の悪魔。
 その瞳は在りし日の思い出を見つめていた。
「お褒めに預かり恐悦至極に存じまする! でもねぇ、やっぱ知名度がないからさ、たはは〜」
 どうやら、最初の課題は知名度の無さと客層の獲得らしい。
「ふむ、それならば案ずるで無いのじゃ。エルが一肌脱ぐのじゃよ」
 任せろ、とばかりに胸を張るエレオノーレだが、
「脱ぐの!? 脱いじゃうの!? あ、やばっ、はなぢが……! どうしよう、あたし今夜眠れない」
 その反応を見た途端に気持ちが萎えるのを感じるのだった。
「久遠ヶ原の生徒を呼んでこようかと思ったのじゃが、やはり止めるのじゃ。流石に手を出されでもしたら申し訳ないのでの」
 蔑んだ瞳で店主を見下しながら席を立ち、出口へ向かいUターン。
「あ、待って、嘘です、ごめんなさい、エル様マヂ天使! ちゅっちゅ」
 慌てて引き留められ渋々席へと戻る。
 真面目な話をしている時くらい慎みたまえ、という視線を送りつつ。
「それで、君、店の名は決まっておるのかね? 宣伝してこようにも、店名が無ければ話にならんのじゃ」
 半ば、呆れ気味に問うエレオノーレに、店主は自信満々に答えた。
「ああ、それなら――」
 此処は久遠ヶ原のとある一角。
 新装開店を控えた茶房『アネモネ』の店内。
 訪れた人々の、心を優しく包む癒やしの空間。
 季節は春。
 出逢いと別れの季節が、また巡ってきた――。

 久遠ヶ原学園の依頼斡旋所。
 そこに、可愛らしい桃色の封筒に入った招待状が用意された。
 差出人の名はエレオノーレ=メフィスト=フェーゲフォイアー。
 早春のお茶会、ひとときの安らぎを約束する春の知らせであった。


リプレイ本文

●出逢いの朝
 柔らかな陽が空に昇り、街を眠りから覚醒めさせる。
 僅かな肌寒さを感じるものの、駆け抜ける風にはどこかしら甘い花の香りも感じられる。
 春、其れは別離と出逢いの季節。
 その御多分に漏れず、此処、久遠ヶ原でも新しい物語が始まろうとしていた。
 某日某所、茶房『アネモネ』は新規開店を迎えたのだった。
 エレオノーレ(jz0046)が招待状を配布した効果か、開店前だと言うのに既に人の姿があった。
 楠木 くるみ子(ja3222)とフィオナ・ボールドウィン(ja2611)である。
「ここが噂のかふぇという所か……前から興味があったのじゃ。しかし、寒いの……」
 オープンテラス席の端に座り、じっと開店の時を待つくるみ子。
 対してフィオナは余裕の表情でテラス席の真ん中に陣取り、優雅な仕草で騎士としての忍耐力を見せつける。
「茶を楽しむためであれば、この程度は面倒でもなんでもない」
 君はどうなんだね? と言わんばかりのしたり顔で言い切るのだった。
 しかし初体験なくるみ子はたじたじである。
 そうか、これが普通の事なのか、と妙に納得したような、していないような。
 そんな二人の前に、看板を抱えたエルが店内から出てきた。
 どうやら、開店時間になったらしい。
「おはようなのじゃよ。君達は、久遠ヶ原の生徒じゃな? 早朝じゃと言うのに、よく来たのじゃよ」
 宣伝の効果に喜びを見せながら微笑みかけるエルに、くるみ子は数時間前から待機していたという旨を告げる。
 やはり慣れていないらしい。
 開店時間にならなければ開かないという常識を説くと、愕然としたようだ。
「なんじゃと! 早すぎると申すか!? 朝食とは五時に食すものではないのか?」
 そうは言っても無理な物は無理なのだ。
 渋々ではあったものの注文のタルトが運ばれると、先ほどまでの表情はどこへやら。
「むう……不思議な色合いじゃの……」
 年相応の笑顔を見せ、満足げに頷くのであった。
「ま、まぁ……かふぇというのも悪くない場所じゃな……」
 等と照れ隠しを呟く辺り、可愛らしくもある。
 対してフィオナは威風堂々とストレートティーを嗜みつつ、スイッチが入ったらしいティータイムの興じ方について講釈中である。
 騒々しいながらも、最初の客人は満足したようだ。

「うふふ〜、目の保養っと。ああっ! あの娘、ほっぺにクリーム付けちゃって可愛いわ! お、おねぇさんが舐めとってあげないと!」
 等とよだれをたらしながら店主、テンションも高く朝から絶好調である。
「君、くれぐれもうちの生徒に手を出すでないのじゃぞ?」
 そんな店主をジト目で睨みつつ、エルも優雅なお茶会を楽しんでいる。
 早朝にも関わらず噂を聞きつけた生徒が来店し、中々に盛況な店内は静かな活気に満ちていた。
 店主自慢のプディングに舌鼓を打ちながら、高虎 寧(ja0416)は目覚めの一杯を味わう。
 芳醇なアップルティーの香りが鼻腔に心地よく、爽やかな心持ちになるのだが、如何せん麗らかな陽気がよろしくない。
 どうしようもなく誘われる緩やかな微睡みの誘惑に抗う術は無く、お腹を満たした寧はお気に入りの場所へと向かうのだった。
 カウンター席では、相も変わらずエルと店主の漫才のようなやりとりが続いている。
 其れを肴に和やかなティータイムを楽しむ者も多数いた。
 亀山 淳紅(ja2261)もその一人である。
「なんや、ほんまに双子ちゃんみたいやなぁ」
 当初心配していた食費の類いも、今回のイベントに限りエル達の奢りとあっては贅沢もし放題である。
 嬉しそうにプディングとミルクティーを頼む姿は、どことなく愛らしい。
 本人はイケメンに憧れているようだが。
 普段の陽気な性格も相まって店主と意気投合した淳紅は、軽快なトークを楽しむのだった。
 逸宮 焔寿(ja2900)はエルに興味津々のようである。
 お気に入りの白兎のポシェットを胸に抱き、目の前に並べられたスイーツの山に満面の笑顔を見せる。
「うーんと、えーっと……あ、エレオ様ですねっ」
 どことなく、天然な部分もあるようだ。
「何故そこで切るのじゃね!? エルはエルなのじゃよ!」
 ほんわか天然少女とはかくある者らしい。
「えっ、L様ですか?」
 最早別人の誰かである。
 そんな不思議系少女も、流石にスイーツ全制覇は難しかった。
「んー……お腹と相談したのですけど、チョモとエレスペはまたの機会に、です」
 完食後、ぐでんと紅茶を飲みながらギブアップするのだった。
 店主一押しの桜の紅茶とタルトを食べながら、ちょっと贅沢な朝食を楽しむのは笠縫 枸杞(ja4168)だ。
 紅茶に添えられた淡い桃色の桜ジャムが、まるでリップグロスの様にとろりと甘い香りを放ち乙女心を擽る。
 其れをスプーンで掬い、少しづつ舐めながらお茶を楽しむのがロシア流なのだ、と店主。
 習って試してみれば、なるほど、確かに美味しい。
 店主との会話も弾み、華が咲く。
「店主さん方も、可愛らしい衣装が似合ってますね。落ち着いたお店の中に花が咲いたよう。お二人とも仲が良さそうで」
 お菓子の話、服飾の話、ハーブの話、紅茶の話、話題は尽きる事無く流れてゆく。
 乙女達の楽しげな一時がゆったりと過ぎていった。

「可愛い妹からの招待とあらば来ない訳にはいきませんね♪ エルさんの様子を見に来ました」
 ひょっこりと、学園に轟く『銀髪姉妹』の長女、ファティナ・V・アイゼンブルク(ja0454)と、
「うにうに、お菓子いっぱいなのです! エルさんありがとなのですよ!」
 其の姉妹の四女、アイリス・ルナクルス(ja1078)が姿を現したのは開店時の入店ラッシュが一段落した頃であった。
 エルとそっくりという店主を早速に発見すると、嬉々として挨拶する。
「エルさんの姉です、初めまして。いつも不束な妹がお世話になっております♪」
 すかさずエルの抗議の声が上がるが、ファティナは軽くスルーである。
 しかし店主も負けてはいない。
「いえいえ、こちらこそ初めまして〜。エルちゃんの姉でーす♪ いつも可愛い妹がお世話になってるでありんす」
 等と互いに所有権を顕示し、東西姉対決が幕を開けた。
 銀狐ファティナと黒狸店主、間に入ってわたわたする悪魔を尻目に、アイリスは一人ミルクティーとチーズケーキを食べながらご満悦である。
 どうやらいつもの光景らしく、慣れたものだ。
 紆余曲折しつつも、どこかしら似たところもあるらしい二人は休戦し、お互いを認め合うのだった。
「そういう事で、後学の為にもウェイトレスのお手伝いさせてくださいね♪」
「うふふ、いいわよぉ。おねぇさんがその胸に合うの用意してあげるわ。あ、いけねぇ、はなぢが……」
 いつの間にか仲良しさんである。
「はむっ!? 銀髪姉妹の中でのお姉さんとしてお手伝いなのです!」
 更にはアイリスもウェイトレス参戦でますます混沌度が加速していく。
 これ以上の惨状は止めねばならぬ、とエルが必死に抵抗するが焼け石に水であった。
 余裕の笑みで悪魔の頭を撫でながらアイリス、
「うにうに、エルさんが末妹なのはティナ姉様の御意向なのです……! 妹は姉に甘えるものなのです!」
 この笑顔である。
 孤立無援の悪魔、最早威厳は無く唯々押し切られるのみであった。
 それにしても、皆、何故か接客をやりたがる者が多かった。
 朝、店に訪れた神楽坂 紫苑(ja0526)は、
「本当は、のんびりしたい所だが、客多くて忙しいだろう? 手伝うぜ」
 と言い、今もウェイターとして給仕を手伝っている。
 中々慣れた手つきで評判も良い。
 少し気障っぽく、男性客相手だとギャルソン×リーマン的なかけ算を想起してしまいそうになるのが玉に瑕であろうか。
 だが、其れすらも絵になる。
 美形は得である。
 
「イタリアにいた頃の朝食を思い出すね。特に、このチーズケーキがあるっていうのが大きいかな」
 そう言って上機嫌にチーズケーキにかぶりつくのは、イタリアから来た少女、ソフィア・ヴァレッティ(ja1133)である。
 同じくイタリアから取り寄せたチーズを使用したケーキが、いたくお気に入りらしい。
 一個目のケーキを食べ終えると、すかさず二個目をお代わりする程に。
「チーズのこと抜きにしても、このチーズケーキは気に入ったよ」
 終始笑顔で店主とチーズ談義に華を咲かせる。
 どうやら店内の雰囲気も気に入ったらしい。
 店主もソフィアの大きな胸が気に入ったらしい。
 微妙に噛み合っているような、いないような不思議な会話が、ゆるゆると続いていった。
 そんなエル含む店主達の行動を、じっと観察し撮影する黒い影があった。
 巨乳ネコ耳幼女忍者、レナ(ja5022)である。
「見てやるのだ、見てやるのだ! 全部見てやるのだ!」
 何故か鼻息も荒く、絶賛怪しさMAXで撮影中。
 そんな視線に気がつかないエルではない。
 威厳は無くとも悪魔なのだ。
 すっと地面を透過して潜り、次の瞬間にはレナの背後に立っていた。
「……で、君は何故エル達を盗撮しておるのじゃね?」
 ジト目で睨むエルに、レナの予想の斜め上を行く解答が返ってくる。
「盗撮じゃないのだ、忍者の特訓なのだ!」
 なるほど、特訓なら仕方無い。
「店主、ここに盗撮犯がおるのでの、対処を頼むのじゃ」
 そう言う訳で特訓に付き合う事にする。
「可愛い忍者さんね。知ってるかしら? 忍者って捕まるとムフフな拷問が待ってるのよ? さぁ、おねぇさんとムフフな拷問の特訓をしましょうねぇ〜」
 こうして無茶をし続けた忍者は、鼻息の荒い店主の手によってスタッフルームへと連れ込まれていったのだった。

「美味しそうな物ばかりで、迷いますね……」
 清々しい早春のテラス席。
 メニューを手に、悩む雫(ja1894)の姿があった。
「私も自分で頼んだ以外のものも気になりますし、皆さんで一口交換、とかどうでしょう?」
 そんな雫に神月 熾弦(ja0358)の女の子らしい提案が為された。
 集まったメンバーに聞いてみれば、皆、乗り気らしい。
 ならば、と言わんばかりに自分が一番食べたいと思った品を頼んでいく。
 全部食べたいのは山々だが、如何せん女性のお腹の中は有限であり、また、色々と気にしなければいけない事もあるのだ。
 楽しげにメニューを決める女性陣を穏やかに眺めつつ、女子会の様相を呈するこのお茶会で、ハーレムの主となった久遠 仁刀(ja2464)はシフォンケーキを頼むのだった。
「じゃあ、ボクは朝限定三色ベリータルトと苺のチーズケーキ、紅茶はダージリンのストレートを貰おうかな」
 見かけによらず、桐原 雅(ja1822)は男性である仁刀よりも多く品を頼んでいる。
 じっと見つめられる視線を、少し恥ずかしそうにしながら、撃退士の仕事は激務だからこれくらい普通、等と言い訳をしてみたり。
「まだ寒いかと思ってたけど、良い天気で良かった……、風が気持ちいいね」
 そう言って、誤魔化すのであった。
「桐原ちゃんは限定メニューか、じゃあボクも同じのを一つ! 紅茶はストレートを頼むね」
 雅に誘って貰えて余程嬉しかったらしい犬乃 さんぽ(ja1272)も、同じくタルトを頼みお揃いにする。
 それぞれが頼んだスイーツが運ばれてくると、無機質だったテーブルに彩りが映え乙女達の表情が輝きだす。
「ん〜さすが伊太利亜チーズね〜♪ あ、そっちも美味しそう、食べさせ合いっこしましょ♪」
 陽気な皆のお姉さん、雀原 麦子(ja1553)はチーズケーキを手に、至福の一時である。
 前回の激戦を共にしたメンバーでのお茶会になるが、同じ苦境を乗り越えた所為か、少しは気心が知れてくるというものだ。
 あちらこちらでスイーツの交換がなされ、食べさせ合いが始まる。
「暖かい光と美味しいケーキとお茶、幸せですね〜」
 雫も今日ばかりは年頃の女の子らしく、どこか嬉しそうだ。
 しかし、男である仁刀には少しばかり居心地が悪い。
 主に、女性陣の食べさせ合い的な意味で。
 差し出されるスプーンを、
「今日は朝食が遅くてまだあまり腹が空いてなくてな」
 等と言いつつ、上手い具合に躱して行くのだが、其れを許してくれるかどうかは相手次第であり、
「はい、あーん♪」
 と、悪戯っぽい笑みを浮かべた熾弦にスプーンを持って迫られる始末である。
 女性陣のあーん攻撃でたじたじになる仁刀を微笑ましそうに観察しながら楽しむ雅だが、自分だけ被害を被らない、と言う理不尽な話も無い。
「そういえば、みやちゃんと仁刀ちゃんはバレンタインのお茶会でも二人のとこ見掛けたなー」
 麦子お姉さんの爆弾発言投下である。
 年頃の乙女とは、そういう話にも興味津々だったりするのだ。
 あえなく雅も質問攻めに遭い、轟沈する事となるのだった。
 春らしい少女達の黄色い嬌声が響くオープンテラス席に、エルも顔を出す。
 抱きつき、抱きつかれ、撫で、撫でられ、迫り、迫られ。
 賑やかな声は途絶える事なく、勇者達のお茶会はゆるゆると続くのであった。

 スイーツ、其れは女性に取っては特別な物である事が多々ある。
 時刻はそろそろ昼に差し掛かろうかと言う頃、氷雨 静(ja4221)は戦意も高くアネモネに現れた。
「さあ、狩の時間です!」
 きゅぴーん、という効果音が鳴り響く中、その瞳はハンターの其れと化していた。
 テーブルに並べられる通常メニューのスイーツ達、ベリータルト、アップルティー。
「体重計のことは今日は忘れます」
 満面の笑みもそちらの事を考えると、僅かに曇ったものの心は甘美なるデザート群へ、だ。
 幸せそうな表情で頬張る静の前に、遂に難攻不落を謳うチョモランマパフェが運ばれる。
「ほほう……相手にとって不足なしです。いざ勝負!」
 スプーンと小皿を手に、彼の要塞を攻略すべく、静の戦いが始まった。
 恐ろしいのは、其れと同じような光景が隣のテーブルでも繰り広げられている事である。
「スイーツ本気狩るなのですよ〜♪」
 静と同じく清清 清(ja3434)も各種スイーツを攻略した後、チョモランマ戦へと挑んでいた。
「芸術品であるスイーツを美しく頂くのは、一種の礼儀だと思いますが故にっ!」
 パフェのアイス、チョコ、果物、と部位を切り崩し、分け、各個撃破していく。
 そうして、二人から同時に声が上がったのだった。
「腹八分目といいますし、これくらいにしておきましょうか」
「この位余裕なのです。ボクは不可能を可能にする男……の娘ですが故!」
 難攻不落を売り物としたパフェは、あっけなく少女達のお腹へと消えていった。
 後日、体重計の数値に悲鳴を上げないかだけが心配である。

●挑戦者の昼
 人は何故、無謀とも思えるモノに挑戦し続けようとするのか?
 とある偉人は言った。
 そこに山があるからだ、と。
 此処アネモネにも、挑む者を悉く打ち倒す難攻不落の要塞と呼ばれるチョモランマなる特大パフェが存在した。
 全長50cmにも及ぶ高さに、定番の季節のフルーツ、バニラ、ストロベリー、チョコのアイス、生クリーム、コーンフレーク、がふんだんにバランスよく使用されている。
 極めつけは頭頂部に飾られたパフェの銘を打つチョコ製の看板である。
 其れは板チョコなどと言う生易しいものではない。
 塊である。
 甘味の凶器である。
 食す者全ての胃に、ダイレクトに働きかける重き枷なのだ。
 そのパフェを一望し、人々は絶句する。
 しかしそんな大きな壁だからこそ、乗り越えようとする者もいるのだ。
 其れが、鐘田将太郎(ja0114)である。
 パフェを制覇するのだ、と気合充分に注文する。
「目指せ、チョモランマ完食……と、通常メニュー制覇ー……」
 皆がいるから大丈夫だ、と常塚 咲月(ja0156)も余裕の表情だ。
「40cmでしょ? 30cm定規よりちょっと長いだけだよね。こんだけ人数いるんだし、余裕余裕♪」
 武田 美月(ja4394)も楽観的に捕らえ、あまつさえ通常メニューのスイーツも注文し出す始末だ。
 そんな最中、影野 恭弥(ja0018)はマイペースに自分が頼んだシフォンケーキとレモンティーを味わいながら、チョモランマの到着を待つ。
 そして其れを見て絶句するのだった。
「いただきます」
 将太郎が注文した以上仕方無い、とスプーンを手に登頂にかかる。
 渋々な男性陣とは対照的に、女性陣は割とテンション高めである。
「おぉ……大きい……。あ……後で通常のメニューのスイーツも……全部下さい」
 この後に及んでも尚、追加メニューを注文する余裕を見せる咲月。
 スイーツの宝箱、などと比喩してはしゃぐ美月。
「いーねえ、こういうの。一人で食べるのよりおいしーよね!」
 誰かとのお茶会というものが初めてでもあり、テンションが上がってくる染 舘羽(ja3692)。
「おー! 何だこれ! えっと…何だこれ! スゴイな!」
 女の子よりも女の子してるNicolas huit(ja2921)の感動ぶりは凄まじい。
 されどその表情すら、次第に絶望に歪んでいく。
「んー……だいじょーぶ、ねむくないです……」
「うー……所詮ロマンなんて、ウツツに見る夢なんだよ。ていうか、今日の夢に出てくるかも……」
 早くも、半分を制覇した辺りで恭弥、ニコラ、美月が轟沈。
 ニコラと郷田 英雄(ja0378)に至っては昼寝を始める始末だ。
「何だ、落書きとかするなよ、絶対だぞ」
 等と念を押して昼寝に入る英雄、其れはいったい何のフラグであろうか。
「ありゃりゃ。体冷えちゃうよ、ニコラ先輩」
 ブランケットを借りた舘羽が、優しくニコラにかけてやる。
 その反面、英雄には安眠妨害を仕掛ける。
 しかし鼻をつまもうが、頬をつつこうが起きない。
 咲月もゆさゆさと軽く揺するが、動く気配が無い。
「郷田さん……こんな所で寝たら風邪引くよ……。郷田さん……おとーさん。起きて」
 美少女二人に突かれながら安眠。
 思春期男子の願望を体現しているのだが、本人は気がつく事無く完全に眠りの世界である。
 英雄、罪な男!
 しかし、いつまでも脱落者に構ってはいられない。
 舘羽と咲月には、大仕事が待っているのだ。
 テーブルの上にはそれぞれが頼んだ自分専用チョモランマ、そしてその他ケーキ類。
 将太郎も一人で戦ってはいるが、厳しそうだ。
 舘羽と咲月は底なしの胃袋を誇る事で少しばかり知られている。
 見る者全てが呆然となり、目を丸くせずにはいられない。
 美少女二人の手によって難攻不落の要塞が、みるみる内に装甲を剥がされ、攻略されていく。
「おー……」
 恭弥の感嘆の拍手の中、男性陣が食べきれなかった要塞を、たった二人の少女が陥落せしめた。
 賞賛を受けつつ、二人は笑顔で答える。
「「おかわりください」」

「……はろー、エル。遊びにきたよ」
 柔らかな陽の差す穏やかな昼下がり、エルの友人でもあるユウ(ja0591)達が来店した。
「エルちゃん、お誘いありがと〜!」
 放送部部長の栗原 ひなこ(ja3001)は、しっかりご馳走になった分、放送で店を宣伝すると言う。
 防寒着を着込み、どことなく怪しげな雰囲気を醸し出す斐川幽夜(ja1965)は、過去に絶望キッチンによる被害を見ていた為、何かの罠かと思い事前に調査したそうだ。
 その上で何の罠も無い本当に唯のスイーツ食べ放題だと知り、訪ねて来たのだ。
 いつものクールな彼女らしからず、今日はどことなく浮かれているようにも見える。
「限界を知りたい、です」
 そう言って注文するのは鉄壁を誇るチョモランマである。
 女の子はやはり、そう言う物が気になって仕方無いらしい。
 澤口 凪(ja3398)も、片想いの相手、桐生 直哉(ja3043)と一緒にチョモランマを頼む。
「おっきなパフェ、楽しみですっ!」
 くるくると無邪気な笑顔で楽しそうな凪を、防寒着にカイロ、胃薬すら完備して準備万全な直哉が、頭を撫で可愛がる。
 ひなこ達もチョモランマに挑戦するようだ。
 しかしオーダーを取るエルに、バナオレ大好きっ娘ユウが無茶な注文をつける。
「バナナオレティーで」
 流石に其れは無い。
 ある意味、紅茶に対する冒涜だ。
「今日は招待ありがと。また来るね」
 返答を聞いたユウ、踵を返し来た道をUターン。
 まさかの敵前逃亡である。
 しかし其の行く道を店主が遮った。
「貴重なゴスロリ娘を帰すのは惜し……じゃなかった、お客様の注文に応えるのも店主の勤めとあらばっ! 作りますとも、バナナオレティー! ……だから後で写真撮らせてね!」
 鼻息荒く訴えるぶれない店主、職人である。
 納得したユウを椅子に座らせ、カウンターへと消えていった。
 そうして運ばれる三つの絶望。
 巨大甘味要塞チョモランマである。
 開戦前から戦意喪失、絶句する一同。
 しかし、幽夜の瞳だけはキラキラと輝いていた。
 幽夜の手に握られたシルバーのスプーンが煌めき、無駄に洗練された無駄の無い無駄な動きでチョモランマを切り崩していく。
 されど、普通の人間はそうはいかない。
「うっぷ……甘いもの好きだけどこの量はキツイ……」
 三人の中で一番最初に墜ちたのは二階堂 光(ja3257)だ。
 げんなりとした表情でスプーンを置き、冷えた身体を紅茶で温める。
 ひなことユウも限界に達し、食べきれなかったチョモランマが虚しくそびえ立つのみだった。
 しかしひなこ、悪魔の悪戯を思いつく。
「光くん、光くん♪ こっちも食べて欲しいな〜。はい、あーん」
 小悪魔アイドルスマイルで、スプーンに掬ったパフェを光に近づけ食べる事を促す。
 仕方無く口にしたが最後、間髪入れずに繰り出されるわんこそば的パフェの連打。
 強いられているんだ、食べ続ける事を!
 男性的には美少女のあーんは、本来ご褒美である。
 ご褒美ではあるのだが、状況が状況だ。
 そんな仲の良い? 二人を横目にユウ先生、のほほんと一言。
「……糖分は当分……なんでもない」
 ユウは『寒いギャグ』を唱えた!
 パフェで冷えた身体が更に冷えた!
 場の空気が一瞬だけ凍った!
 その隣では相変わらずひなこと光の攻防戦が続く。
「え、ちょ、もう俺食べられなっ……ユウちゃん助けて! 駄洒落とか良いから!」
 しかし孤立無援である、残念。
 騒々しいひなこ達とは別に、凪達は甘い空間を形成していた。
 頑張ったけど予想外の物量に、手が止まる凪を制して、
「後は俺が食うから」
 と、男気を見せる直哉。
 そんな直哉を心配そうに見つめながら、寄り添う凪。
 申し訳なくもあり、気恥ずかしくもあり。
 そんな視線を感じてか、
「ごめんな。勝手に俺が食っちゃって」
 優しく微笑みながら、直哉が頭を撫でる。
「(あうう……、なんだか気恥ずかしい……ってそうじゃなくて!)」
 人前と言う事もあり、少し赤面しながら凪は持ってきていたひざかけを直哉に掛けてやり、素直に言うのだった。
「あの。お腹とか大丈夫ですか?」
 そんな愛らしい意中の相手を心配させまいと、直哉は柔らかく微笑み請け負う。
 助け合う友達以上恋人未満の何と美しい事か。
 それに引き替え未だパフェを押しつけるひなこ、小悪魔である。
 一通り光を弄り倒した後、残ったパフェは結局幽夜に託す事となった。
 快く引き受けられ、完食されて行くチョモランマ。
 快速特急幽夜先生、マジ胃袋ブラックホールである。
 ぱくぱくと食べる幽夜を興味深そうに観察しながら光が一言。
「ちっこいのに良く食べるねー」
 世話焼き根性丸出しで、幽夜の口元をナプキンで拭おうとしたり、お茶のお代わりを準備したりと余念が無い。
 流石、元ホスト。
 しかし邪魔に感じた幽夜のご機嫌は斜めらしい。
「大変申し訳ないのですが、邪魔です」
 極寒の視線で射貫きつつ、うざがる。
 だが光はめげない、気にしない。
 なんだかんだと言いつつ、仲良しである。
 騒がしくも楽しげなお茶会は、日が暮れるまで続くのだった。

「エルちゃん、この人が僕の彼女のリナさんです」
 まるで母親に結婚相手を紹介するような言葉でエルの前に彼女であるカタリナ(ja5119)を連れてきたのは、どこからどう見ても女の子、権現堂 幸桜(ja3264)だ。
「お話は伺ってます。素敵なお店ですね」
 そう言って律儀に挨拶するカタリナは、どこか楽しげである。
 鳩が豆鉄砲を食らったような表情で固まるエルに、幸桜が更に追い打ちをかける。
「エルちゃんは威厳があるとか言ってるけど実は無いんだよ♪」
 余計なお世話である。
「大丈夫ですよ、コハルだって男部分が行方不明って言われてますけど、ちゃんと……」
 そう言いながら照れるカタリナと、それに反応して赤面する幸桜。
 エルはただ呆然とするのみである。
 恋人の勢いとはこうまで激しいものなのだろうか。
「と、とにかく、行方不明な威厳もどこかにちゃんとありますって!」
 そう言って、エルの手に押しつけられる『なくし物が見つかる100の方法』という本。
「あ、これたまたま読んでたのですけど、よかったら」
 どう言う意味でこの本が渡されたのか、ツッコミはするまい。
 しかし、幸桜はあえて突っ込む。
「何でそんな本を……」
 どうしてこうなった。
 イチャイチャするだけして二人は店を後にする。
「今日のリナさん可愛いですね……、今度はどこにデート行きますか?」
「えっ……こんな所でもう……ええと、じゃあ行ってみたい店があるんですけど」
 いったい彼女達は何しに来たのだろうか、エルの胸に疑問と、謎の本だけが残されるのだった。

「ふふ……なかなか挑戦的なメニューではないか!」
 不敵に嘲笑う甘党非モテ騎士、ラグナ・グラウシード(ja3538)。
 その眼前には、要塞パフェチョモランマがそびえていた。
 しかし、如何に甘党を誇ろうとも、単独で挑むには巨大すぎた。
 次第に顔色が青ざめて行くラグナの向かいの席に、
「あっ、……しょうがないなぁ!」
 宿敵エルレーン・バルハザード(ja0889)が勝手に座り、
「おばかさんだねえ……こんなの一人じゃ無理だよ? ラグナ。かぁいそうだから、ごいっしょしてあげる」
 と、助力を申し出る。
「ふ、ふん……余計な御世話だ、馬鹿女」
 そんな彼女を困惑の表情で見ながら、しかしラグナは追い返さず同席を許し、あまつさえパフェを共に食べる。
 残す無礼をするよりはましだ、等と自分の中で適当な理由をつけてはいるが、やはり恥ずかしい。
 ひたすら目を背け黙々とパフェを食らうラグナを、
「(うふふ……黙っていれば、かっこいいのにねえ)」
 エルレーンがくすり、と微笑ましく見ながら、パフェをつつく。
 完食後、居心地悪そうにすごむラグナ。
「い、いいか? これは今日だけだからな、次は殺すぞ!」
 ツンデレとは彼の為にある言葉らしい。

 ラドゥ・V・アチェスタ(ja4504)と愉快な下僕達一行が訪れたのは人の入りも盛況な昼である。
 こういう場所には珍しく、〆垣 侘助(ja4323)もついて来ていた。
「アネモネ、の字を見てな……気付いたら参加していた」
 植物好きな侘助は店名に釣られたそうだ。
 本来ならばこういう場所に来る事は無いので、絶対に浮くであろうと覚悟していたらしい。
 故にラドゥも行くと知った時、侘助はどれ程心が楽になった事であろうか。
 そんな侘助とは対照的に、ギィネシアヌ(ja5565)にはかなり不純な動機があった。
「(悪魔エレオノーレのお茶会に真祖の吸血鬼たる我が君が……これは楽しみだぜ)」
 ラドゥの下僕でも有り、『銀髪姉妹』でもあるギィネシアヌはよからぬ思いを抱いているのだった。
 下僕二人の思いを知ってか知らずか、ラドゥは下僕サービスに余念が無い。
「(良き主たる者、時には下僕共と時穏やかに過ごすことも必要である……うむ)」
 流石、お母さん系自称吸血鬼である。
 気配り○、家事○、一家に一人は欲しい人材だ。
 和気藹々と入店したラドゥ一行をエルがテーブルに案内し、オーダーを受ける。
 過去、絶望キッチンに向き合い、指導した覚えのあるラドゥは、老婆心からか思わず釘を刺すのだった。
「厨房に立つなら……覚えておるだろうな、先ずはレシピ通りに作れるようになってから、だぞ」
 ほろりと涙が出る程にいい男である。
 そんな楽しげなラドゥ達を店外からじっと見つめる陰があった。
 エルへの報復にやってきた十八 九十七(ja4233)、その人である。
「(……なァーんでこんな所でお茶してやがりますかねぃ……?)」
 物騒且つ不審者極まりない九十七に気がつかないラドゥ達ではない。
 何か事を起こす前に店内に招き入れると、同席させる。
「やはり、紅茶はアップルが好きだな……フフフ」
 ギィネシアヌはやたら不敵な笑みを浮かべながら紅茶を飲み、九十七を監視する。
「(何かあったら俺がつっくんを止めないと!)」
 人知れず努力する子、其れがギィネシアヌであった。
 しかし案じていたような事は起こらず、和気藹々とお茶会は進む。
「待たせたのじゃ、九十七にスペシャルなスイーツじゃよ」
 されどそれぞれの頼んだメニューを楽しんでいた折に、エルの手によって運ばれた其れにより事態は急転する。
 嗚呼、無知とは罪なのだろうか?
 九十七は食べてしまった、悪魔の果実を。
 絶望キッチン産とは知らずに。
 貧乳少女九十七、お茶会に散る。
 胸があれば、顔面から地面に倒れる事も無かった。
 敗因は胸囲の格差社会である。
 色々あったお茶会ではあるが、時刻は既に夕刻。
 そろそろ陽が傾き、宵闇が徐々に色濃く迫りつつあった。
 九十七を担ぎ、店を出る。
 侘助がそっと呟いた。
「……俺とは違って良い下僕じゃないか、なあ、我が主」
 無愛想な侘助に、しかしラドゥは優しく笑いかける。
「……馬鹿者が、貴様が良き下僕で無かった事など一度たりともありはせん」
 鮮やかな紫に染まる空に、四人の主従達の影が消えていった。

●死者の夜
「ふにゃあ……美味しいのです美味しいのです。苺とチーズケーキがダブルで好きな希にはかかせない一品なのですよ、うきゅう」
 ふにゃんと顔の表情を綻ばせ、鳳 優希(ja3762)はご満悦の表情である。
 その隣には愛する夫、鳳 静矢(ja3856)がある種の悲壮な決意を持って、とある絶望に挑もうとしていた。
「噂は聞くが……、流石にお茶会で死に至るような事はあるまい」
 彼が挑もうとしているのは、学園に轟くはぐれ悪魔の食物兵器、絶望キッチンの名を冠するエルの産み出す創作料理、エレオノーレスペシャルである。
 幾多の勇者達が蛮勇を誇り挑んできた。
 幾多の英霊達が志半ばに力尽きていった。
 完食せしめた者は未だ片手に数える程しか居らず、また、その者達は悉く味覚が狂っていた。
 常人ではまともに食せぬ魔の領域なのである。
 だからこそ、人は其れを制する事に意義を覚え、無謀とも言える戦いに身を投じるのだろうか。
 テーブルに運び込まれた其れは、見た目こそ普通のシュークリーム的な物に見えなくもない。
 若干、色合いが毒々しい気がしなくもないが、一閃組ではよくある事である。
「希は、それは遠慮しておくのです、うん」
 優希の表情が僅かに引きつる。
 そんな嫁の態度もなんのその、静矢は盛大に死亡フラグを踏み、食すのであった。
「これは……ひ……ど……ぐはぁっ」
 直後、吐血。
 まさかの流血沙汰である。
 リア充すぎたんだ!
 床に倒れ伏し、吐いた血でダイイングメッセージを綴る。
 しかし、最早余力は無く、『はんにんはエ』まで書いたところで意識が墜ちていった。
「……大丈夫?」
 優希が介抱するが、愛する夫が目覚める事はなかった。
 おお静矢よ、死んでしまうとは情けない。
 戦場でさえなければ……、悔やまれる急逝である。
(※死んでいません)
 愛する者の腕に抱かれて、静かに眠りにつくのだった。

 絶望の連鎖は止まらない。
「エレオノーレスペシャル10kgお願いします!」
 アーレイ・バーグ(ja0276)は見えぬ何者かの意思に導かれ、無謀とも思える一戦に身を投じた。
 圧倒的死の気配を前に、戦慄する。
 この味は、シュトラッサー戦をも凌駕する、と。
 しかし、止まらない、止められない。
 胃袋が荒み、変な汗が出始め、体色がやばい事になり、幻覚幻聴が始まろうとも。
「美味しいですよ!」
 かなり苦しい笑顔で真実を包み隠し、完食を目指す。
 そうして為す、成し遂げる。
 永遠とも思える時間を掛け、10kgを平らげる。
「ごちそうさまでした……」
 しかし、代償はあまりにも大きく、取り返しがつかないものとなった。
 勇者アーレイ、アネモネに眠る。
 ムチャシヤガッテ。

 悪魔の招待状が気になったらしい黒百合(ja0422)が来店し、罠にかかる。
 無知故にエレオノーレスペシャルを注文し、その間エルを観察するのだった。
「……あの悪魔の抉った時の感触はどんな感じなのかしらねぇ……」
 ぼそり、と不穏な事を呟くが、まさか今から当の悪魔の料理によって自分の胃袋を抉られようとは、思いもしない。
 一口食べて理解するその酷さ。
 しかし眼前には笑顔の悪魔、ここで残すのは何故か癪に障る。
 意地と気合と根性と狂気と、その他諸々を総動員して完食するのだった。
「……殺すぅ……死なすぅ……天使も悪魔も絶対ぶち殺すぅ……」
 力なく呟く黒百合ではあるが、最早限界である。
 天魔をぶち殺す前にぶっ倒れるのであった。

「えへへ、撃退士のみんなと一緒。こんな幸せな気持ちでお料理を食べるなんて初めて……! 」
 魔法少女、大上 ことり(ja0871)も建ててしまった、最大級の死亡フラグを。
 絶望キッチンに対する甘い認識、自分だけは大丈夫などと言う根拠の無い希望的観測。
「さっそく、いただきまーす♪」
 ああ、無垢とはこうも残酷なものであろうか。
「こんな味、はじめて……。あのね、天国が見えたよ……」
 滂沱の涙が溢れ、頬を零れ落ちる。
 こんなのってないよ、あんまりだよ。
 この絶望的な気持ちをお裾分けせずにはいられない。
「こんなにすてきなお料理があるなら、みんなも食べるしかないじゃない♪」
 被害にあっていない客に勧めていく、絶望の押し売りである。
 此処までくれば、もう何も怖くない。
 そして少女は意識を失うのだった。

「いただきますですー♪」
 エヴェリーン・フォングラネルト(ja1165)の笑顔が硬直した。
 辛いものが苦手らしい彼女は、シュークリーム的見た目に騙され、食べてしまったのだ。
 絶望を内包する魔の食物兵器を。
 笑顔が徐々に無表情と化し、瞳から光が消えていく。
 死人のような表情で食べる、食べる、食べる。
 されどスプーンの動きは止まらない。
 咀嚼が止まらない。
 何かに取り憑かれたかのように完食するのだった。
「か……勝ちました……?」
 勝利したとして、いったい何を得ると言うのだろうか。
 答えは、甘き死の眠りである。
 ばたんきゅ〜、と倒れるのだった。

「初めまして、私は天王寺茜! えーと……カフェオーレ、さん?」
 エレオノーレである。
「うぎゃあっ! ゴメンなさい! 長いカタカナ苦手で……エレオとか呼んでも良いかな」
 盛大に名前を間違えた少女、天王寺茜(ja1209)もまた、絶望キッチンに挑むのだった。
 初遭遇の悪魔たるエルに興味津々と言った態で、背中から顔を覗かせる翼を観察する。
 そうして名前を間違えた気恥ずかしさと、妙な自信の元、シュークリームにスプーンを突き立てるのだった。
「絶望キッチンなんて大層な名前ねえ……自分の失敗作とかで慣れてるもの、平気よ」
 茜が起き上がる事はなかった。

「あら、美味しそうですね」
 最初に其れを見て鳥海 月花 (ja1538)が呟いた一言がこれである。
 料理の説明を求めてみたが、しかしエルは口を濁すばかりで要領を得ない。
 そういえば、周囲で呻き声が聞こえるような気がしなくもない。
 一抹の不安を抱えながら、食するのだった。
「……いただきます!」
 人は何故、事が起こってから後悔するのだろうか。
 一口目で理解するが、注文した以上残す訳にはいかない。
 引きつった表情のまま無理矢理食べる。
 否、詰め込む。
 そうして、真っ白に燃え尽きるのだ。
「ふ、ご馳走……さ……ま」
 甘美なる死に抱かれ、意識が途絶えるのだった。

「エルさんのせっかくのお誘いだし……でも……あぁ不安だ……うぅ……遺書書いとこうかな……」
 七海 マナ(ja3521)はドがつくMである。
 今まで幾たびの絶望を味わっても尚、エルの絶望キッチンを身体が欲してしまう。
 食べる事を強いられているんだ!
「エレオノーレさんそ、それは何……かな?」
 運ばれた毒々しい色合いのシュークリームに、顔を引きつらせ後ずさる。
 されど、退路無し。
「細かい事はこの際どうでもいいのじ。さぁ、食べるのじゃよ!」
 エルがシュークリームを手に、あーんを迫る。
「ちょ、ちょっと、何で笑顔でにじり寄って……って無理やりは……アッー!」
 其れがマナの最後の言葉となった。

「エルちゃん、この死屍累々はちぃーとやりすぎではないかい?」
 流石の店主も冷や汗を掻きながら、店内の惨状に苦言を呈する。
「ちと配合を間違……否っ! これはアレじゃよ。美味しすぎて痙攣しておるだけじゃろうて」
 後ろめたそうに無理矢理誤魔化すエルに悶える店主、ちょろい。
「仕方無い! ならば、おねぇさんが全員纏めて介抱してあげましょう! 美少女多いしね! うへへ、今夜は眠れないぜ!」
 店主、徐に脱衣。
「ちょ、それはまずいのじゃー!?」
 こうしてアネモネの一日は暮れていくのだった。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:29人

God of Snipe・
影野 恭弥(ja0018)

卒業 男 インフィルトレイター
いつか道標に・
鐘田将太郎(ja0114)

大学部6年4組 男 阿修羅
双眸に咲く蝶の花・
常塚 咲月(ja0156)

大学部7年3組 女 インフィルトレイター
己が魂を貫く者・
アーレイ・バーグ(ja0276)

大学部4年168組 女 ダアト
撃退士・
神月 熾弦(ja0358)

大学部4年134組 女 アストラルヴァンガード
死神を愛した男・
郷田 英雄(ja0378)

大学部8年131組 男 阿修羅
先駆けるモノ・
高虎 寧(ja0416)

大学部4年72組 女 鬼道忍軍
赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
Silver fairy・
ファティナ・V・アイゼンブルク(ja0454)

卒業 女 ダアト
命繋ぐ者・
神楽坂 紫苑(ja0526)

大学部9年41組 男 アストラルヴァンガード
ちょっと太陽倒してくる・
水枷ユウ(ja0591)

大学部5年4組 女 ダアト
封影百手・
月臣 朔羅(ja0820)

卒業 女 鬼道忍軍
闇夜舞う葬送の白揚羽・
大上 ことり(ja0871)

大学部7年111組 女 インフィルトレイター
┌(┌ ^o^)┐<背徳王・
エルレーン・バルハザード(ja0889)

大学部5年242組 女 鬼道忍軍
踏みしめ征くは修羅の道・
橋場 アイリス(ja1078)

大学部3年304組 女 阿修羅
太陽の魔女・
ソフィア・ヴァレッティ(ja1133)

大学部4年230組 女 ダアト
For Memorabilia・
エヴェリーン・フォングラネルト(ja1165)

大学部1年239組 女 アストラルヴァンガード
絶望に挑みし儚き蛮勇・
天王寺茜(ja1209)

大学部4年56組 女 ルインズブレイド
ヨーヨー美少女(♂)・
犬乃 さんぽ(ja1272)

大学部4年5組 男 鬼道忍軍
怨拳一撃・
鳥海 月花 (ja1538)

大学部5年324組 女 インフィルトレイター
夜のへべれけお姉さん・
雀原 麦子(ja1553)

大学部3年80組 女 阿修羅
戦場を駆けし光翼の戦乙女・
桐原 雅(ja1822)

大学部3年286組 女 阿修羅
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
Le lien eternel・
斐川幽夜(ja1965)

大学部7年200組 女 インフィルトレイター
歌謡い・
亀山 淳紅(ja2261)

卒業 男 ダアト
撃退士・
久遠 仁刀(ja2464)

卒業 男 ルインズブレイド
『天』盟約の王・
フィオナ・ボールドウィン(ja2611)

大学部6年1組 女 ディバインナイト
W☆らびっと・
逸宮 焔寿(ja2900)

高等部2年24組 女 アストラルヴァンガード
お洒落Boy・
Nicolas huit(ja2921)

大学部5年136組 男 アストラルヴァンガード
懐かしい未来の夢を見た・
栗原 ひなこ(ja3001)

大学部5年255組 女 アストラルヴァンガード
未来へ願う・
桐生 直哉(ja3043)

卒業 男 阿修羅
キッチンの魔術師・
楠木 くるみ子(ja3222)

大学部4年26組 女 アストラルヴァンガード
インキュバスの甘い夢・
二階堂 光(ja3257)

大学部6年241組 男 アストラルヴァンガード
愛を配るエンジェル・
権現堂 幸桜(ja3264)

大学部4年180組 男 アストラルヴァンガード
君のために・
桐生 凪(ja3398)

卒業 女 インフィルトレイター
十六夜の夢・
清清 清(ja3434)

大学部4年5組 男 アストラルヴァンガード
黄金海賊・
七海 マナ(ja3521)

大学部5年215組 男 ルインズブレイド
KILL ALL RIAJU・
ラグナ・グラウシード(ja3538)

大学部5年54組 男 ディバインナイト
死を見取る者・
染 舘羽(ja3692)

大学部3年29組 女 阿修羅
蒼の絶対防壁・
鳳 蒼姫(ja3762)

卒業 女 ダアト
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
ウイッチドクター・
笠縫 枸杞(ja4168)

大学部5年22組 女 アストラルヴァンガード
世界でただ1人の貴方へ・
氷雨 静(ja4221)

大学部4年62組 女 ダアト
胸に秘めるは正義か狂気か・
十八 九十七(ja4233)

大学部4年18組 女 インフィルトレイター
庭師・
〆垣 侘助(ja4323)

大学部6年52組 男 阿修羅
失敗は何とかの何とか・
武田 美月(ja4394)

大学部4年179組 女 ディバインナイト
撃退士・
ラドゥ・V・アチェスタ(ja4504)

大学部6年171組 男 阿修羅
ゴッド荒石FC会員1号・
レナ(ja5022)

小等部6年3組 女 鬼道忍軍
聖槍を使いし者・
カタリナ(ja5119)

大学部7年95組 女 ディバインナイト
魔族(設定)・
ギィネシアヌ(ja5565)

大学部4年290組 女 インフィルトレイター