現場に着いた七人の撃退士の目の前に広がる光景は、まるで異世界の戦地を彷彿とさせるような惨状であった。
家が文字通りぶち壊され、ビルやマンションは何かが通った後のような穴が開いていたり、派手になぎ倒されたりしている。
そんな巨大怪獣のような惨状を引き起こしている元凶。異様な形状をしているディアボロは、一歩一歩を確かめるように足を踏み出し、バキバキとコンクリートを簡単にぶち抜いていた。その動きは機械的に一定で、何かを考えるという能力すら与えられていないようだった。
撃退士達はズンズンと震えるその地に立ち確認する。
あれが今回の討伐対象だ。
「ほぉ……」
「へぇ……」
全員が今回の作戦の大まかな話し合いをしている最中、ヴォルガ(
jb3968)とジョン・ドゥ(
jb9083)は街中を闊歩している異形の生き物を見て、同じようなため息を漏らした。
本当にぴったりと同じタイミングだったものだから、慌てて自分の不謹慎な思惑を隠し、お互いぎこちなく笑う。あの異形な姿が可愛い(カッコいい)だなんて勿論言えない。
「お兄ちゃん…アレ、気持ち悪いよ!もうちょっと可愛く出来なかったのかな…?」
義妹である若松 匁(
jb7995)に話しかけられたジョンはギクりと冷や汗を浮かべながら「そ、そうだな」と返した。
「えっと、それでは確認しましょう」
マキナ・ベルヴェルク(
ja0067)が手を叩く。
それにつられて、全員の目が彼女の方を向いた。
「私とファーフナー(
jb7826)さん、そしてジョンさんが前衛。後衛には夏木 夕乃(
ja9092)さんと若松さん。ヴォルガさんは敵の動きを見る為に後方に回り、莱(
jc1067)さんは負傷者が出たときのことを考えての援護ということで良いでしょうか?」
問題無いと、全員はコクンと頷く。
それを確認したマキナは、右手に巻かれている包帯をぎゅっと縛った。
「では、行きましょう」
●
近くで見れば見るほどおぞましい。まるで人間の顔が埋め込まれているんじゃないかと思わせるほど、ディアボロの体と思われる球体には、所狭しと苦悶の表情がいくつも精巧に彫られていた。
その身を襲わんと近づいてくる七人の存在に気づいていないのか、それともそういった思考が無いのか、相変わらずその柱の様な黒き足で地面を踏み割り、ディアボロは街中を闊歩する。
「まずは動きを止めないとな。俺が最初に行こう」
ファーフナーはその背に翼を生やしディアボロへと向かう。
「彫ってある顔全部に攻撃を当てたら、一つだけお願いを聞いてあげるよモンメ☆」
ジョンは若松の頭をポンポンと撫で、ファーフナーに続く形で飛び立った。
二人が狙うのは、敵が向っている方を前と考えると、両の後足。自分たちの存在をまるで気づかないその巨躯に一抹の不安を覚えながらも、二人はそれぞれの足に向かって思い切り手を突き出す。
「お兄ちゃんかっこいいー♪」
ファーフナー側の足には、その動きを束縛するべく、アウルの力を付与された植物が関節を抑える様にしっかりと絡みつく。そしてジョン側の足には、同じく足を拘束する為に、ビリビリと空気を切り裂くような威圧感を放つ鎖が彼の手元の結界から出現し、同じくガッチリとその足を絡めとった。
しかし、敵の力は予想以上に大きく、ジョンの方はまだしも、ファーフナーの方は一瞬だけ拘束しただけで、ブチブチとその植物の蔓が弾け飛んでいる。
「マキナさんっ……早く、こっちの足をっ………」
「行きますっ!」
拘束されて一瞬足を止めたその瞬間を見逃さず、マキナは大きく跳躍し、膝の様な関節に思い切り黒焔を纏った拳を振るった。
まるで大砲が発砲されたかのような衝撃がその場の全員の臓腑を震わす。
一撃を叩き込み、三人はディアボロから離れる。それに伴い、ディアボロは再び街中を闊歩し始めた。
眉間を歪めながら、ファーフナーは仲間のもとに降り立つ。続いてジョンとマキナが加わる。
「馬鹿みたいなパワーだ、ビルをいとも簡単に破壊通過できる力を持っているのだから当たり前だが、ある程度疲弊させない事には完全な拘束は成り立たない」
「あぁ、俺の威圧でもギリだ。くっそ、少し疲れた。しばらく後方に下がるよ」
「私は、手ごたえはありました。当然ですが、あれの内部にも体を動かす筋肉なんかがあるはずなんです。しかし、やはり固い。関節を集中狙いで行きましょう」
ジョンとバトンタッチするように、ひとまず莱が前衛に出るようだ。
●
「「いっけー!!」」
夏木は自身の魔導書から雷の球体を出し、若松は自身の召喚獣にブレスを繰り出させて、敵の胴体であろう球体に攻撃する。
足に比べるとこちらは、目に見えて損傷しているのが分かる。彫られている苦悶の表情が攻撃を受けていくらかひしゃげているのだ。これが敵にダメージを与えているのかどうかを考えると、少し微妙なところではあるが。
ジョンとヴォルガは四本の足の様々な部位に一撃離脱を繰り返し、敵の様子を探っている。
そして前衛である三人。先ほど『神天崩落・諧謔』を繰り出した膝関節に、一撃離脱の形ではあるが、ファーフナー、マキナ、莱の三人が交互に連撃を行っていた。
マキナの言った通り、手応えはある。無機質な塊が動いているわけではなく、甲殻類のように、硬質な殻で身を守っているという感じだ。
しかし、その体は固く力強い。
内部に衝撃を送るも、全て力で捻じ伏せられてしまうようだ。反撃してこないぶん、こちらに完全に分があるが、時間をかければ被害は広がっていくばかり。
「このディアボロの製作者、考えた事をしてますね」
舌打ち交じりに莱は呟いた。
「ちょっといいかなー、お兄ちゃーん」
攻撃を飛竜の『クーヤ』に任せ、若松は義兄のジョンを呼ぶ。
翼を広げ一撃離脱を繰り返していたジョンはその声に気づき、ヴォルガに目配せを送ってスッと下降する。
「どうした、モンメ」
「ちょっと思ったことがあるんだ」
若松はあの球体を指さして、ジョンの顔をまっすぐに見つめる。
「マキナさんが言ってた通り、あれだけの硬度と重量がある甲殻の内側に筋肉みたいなのが確かにあるんだよね?」
「あ、あぁ、確かにそんな感じがするな」
「じゃあ、絶対に呼吸をしているはず。お願い、あれの上まであたしを運んで!」
ジョンは敵の球体を見る。夏木を主体とした遠距離攻撃によって、いくらか苦悶の彫刻は崩れていた。
基本的にはただただ闊歩するだけで、反撃をしてくることは無い。ヴォルガと共に様子を探っては見たものの、足の方で呼吸をしていることは無かった。
「確かに、呼吸をしているとすればあの球体だけか」
難しげに眉をひそめながらも、ジョンは一つ頷いて、若松の小さな体をひょいと持ち上げる。
「無理をするなよ」
「ありがと、お兄ちゃん♪」
若松が球体の上に降り立つと、ジョンとファーフナーは飛ぶのを一旦止め、地上に降りてから行動することになった。
そのまま飛びながらの行動をしていたら、若松の発する「毒霧」の影響を受けてしまうかもしれないからだ。
そしてジョンはそのまま莱と前衛を交代する。
「あの無機質の塊のようなディアボロが呼吸をしている、か。私にはいまいちピンとこない」
「私もです、機械的な動きしか未だ見せていませんからね」
ヴォルガの呟きに同調するように、援護に戻った莱が一言返す。
そう、まだ敵は「歩く」という行動しか見せていないのだ。あのような悪趣味なディアボロを作り出したヤツが、行動パターンをそれだけに留めているのかどうかという点に、莱は疑問を拭えずにいた。
『いくよー!!』
若松の合図とともに、飛竜の『クーヤ』と夏木は攻撃の手を止める。
───ボシュッ!!
勢いよく、若松を中心に紫色の霧が広がる。効果範囲的にその霧の届かない、足へと攻撃を繰り返す前衛陣は、その効果を確かめる様に攻撃を繰り返す。
そして、ディアボロが不意に足を止める。
そんな時だった。ほんの一瞬の時間の出来事である。
周囲の小さい瓦礫が一掃されるかのように、強い熱風が彼らを襲った。
思わず目を瞑り、両腕で顔を覆う。少し離れた位置にいたヴォルガ、夏木、莱はその一部始終を半開きの目でしっかりと捉えていた。
「夏木君は牽制、莱君は直ちに若松君を回収してくれっ!私は一時撤退の意を前衛に伝える!!」
ヴォルガの合図で三人は一斉に動き出す。
あの球体の全面から、毒霧を掃う様に、一斉に熱を伴った蒸気が吐き出された。
マキナの言った通り、あれは生物だ。若松の言った通り、敵は呼吸をしている。見落とした点があるとすれば、敵はその呼吸を攻撃の手に使っていたということだ。
いつも以上に足元に負担が加わり、敵の内部では筋肉が過度に働いていたという形で熱を発していたんだろう。更にその呼吸法、きっとあれが体温調整も兼ねた呼吸だったのだろう。鯨のように、一気に溜まった息を吐き出したのだ。
「モンメッ!!!!」
怒りにも恐怖にも取れる表情で、ジョンの背から一気に翼が広がる。しかし、進行方向を阻む様にヴォルガが立ち塞がった。
「退けっ!退いてくれっ!!」
「落ち着くのだ。若松君は莱君が救助した、ひとまず一旦退こう」
●
一時撤退の際に、牽制を行っていた夏木が戻ってくる。動きが変わって襲って来た時の為に牽制を続けていたが、相変わらず闊歩を続けていたらしい。
「……えへへ、ごめんね、みんな」
「すまない、モンメ」
「大丈夫だよ、お兄ちゃん」
衣服のあちこちが焦げ、その身にもいくらか火傷を負ってしまっている様だが、若松の意識はしっかりしていた。
逸早く莱が救助したおかげで、地面に衝突せずに済んだようだ。
「でも、モンメ、お前のおかげで一つ分かった……確実に、ディアボロは疲弊している」
そのジョンの一言に全員が頷く。
「私は開戦時からずっと観察しているが、確かにジョン君の言った通り敵は疲弊してる。攻撃を受けていた足を庇うように、どこか歩き方がぎこちなくなっている」
わずかな敵の歪み。
これ以上もう長引かせることは出来ない。
「では、若松さんには莱さんがついていてください。体が動けなくても、召喚獣は動かせるでしょうから。ではこれから一斉に──」
「──ちょっといいかな」
マキナの言葉を遮り、ヴォルガが手を挙げた。
「私に少し任せて欲しいことがある」
再び全員がディアボロの前に立つ。相変わらず機械的な動きのみを繰り返す巨躯、確かにその歩みはどことなくぎこちない。
「行くぞっ!」
ジョンの一声で全員が散開する。
ファーフナーとジョンが翼を広げ、目標の足まで一直線に進む。
そして、夏木と『クーヤ』が遠距離から球体へと攻撃を放ち、多少なりともその歩みを阻害した。
「ファーフナーさん、ジョンさん、お願いしますっ!」
マキナの合図とともに、二人は両手を対象へと突き出した。そして再び展開される、開戦直後と同じような鎖と蔦が。あの時と異なっている点といえば、その二つが重なり合うようにして足から胴体を巡り、絡めとっているという点だ。ギシギシと柱の様な足が鎖と擦れ合い、嫌な音を鳴らす。ファーフナーとジョンの顔が険しくなるたびに、ブチブチと嫌な音が聞こえる。
そしてマキナが大きく跳躍し、また同じくその膝関節にズドンと響く衝撃を、その黒焔を纏った拳で叩きこんだ。
───ガクン
今度こそ確かな手応えをその拳に感じたマキナ。その巨躯が大きく傾いたのだ。
「いくぞ?」
ヴォルガの合図でファーフナー、ジョン、マキナは離れ、その直後に全てを薙ぎ払うような『封砲』が放たれた。
何度も強力な打撃を叩き込まれボロボロになっていたであろう、そのヒビが入った膝を一直線のエネルギーが貫き、夏木達の攻撃によってディアボロは大きく横転した。
落下の衝撃で全ての足が球体からもげ落ち、その箇所からは内部の不気味な肉塊が露わになっている。たくさんの攻撃を受け、不気味な彫刻はほとんどが潰れており、所々甲殻がひび割れ、肉塊が見え隠れしていた。
「どうやら、ディアボロの上部の方の硬度は、足元より低かったみたいですね。まぁ、あのような反撃法がある限り、容易に近づけないことは確かですが」
「では、確実に息の根を止める為、バラバラに解体するとするか」
戦いが終わったことに安堵したのか、ヴォルガとマキナはボロボロに崩れ落ちたディアボロへと足を進める。
「……あれ?」
夏木が違和感に気づく。
確かに腕が捥げ、動く事の出来なくなった敵だが、根元の関節にはそれほど攻撃を加えていなかったはずだ。あれ程前衛が攻撃を加えてやっと崩せた体だ、落下の衝撃ぐらいでこうもバラバラになるのだろうか。
その不信感が確信へと変わる。
まだ敵は死んでいない。むしろ活発化しているんじゃないだろうか。微かに覗く肉片が段々と早く鼓動し始めているのだ。夏木は思わず叫ぶ。自分の予想通りだと、この距離からの防御はほぼ不可能だ。
「そいつ、転がるっ!避けてっ!!」
刹那、球体の後方から蒸気が勢いよく吹き出され、ヴォルガとマキナ目がけて勢いよく転がり始めた。
突然の事態に反応が遅れた二人。しかし、その球体よりも早く二人は射線の外へと突き飛ばされる。
「私に構わないで下さい」
「莱さん!?」
二人の代わりに莱がその衝撃を受け止め、大きく弾き飛ばされた。瓦礫の山となっているコンクリや鉄筋の中へ、その小さな体が叩きつけられる。
咄嗟に防御の姿勢を取っていたので、そこまでの深手にならずに済んだようだ。
「危ねっ!」
ジョンは若松を脇に抱えて上空へと飛び、その攻撃から逃れる。ファーフナーも同じくだ。
咄嗟に拘束しようとファーフナーは思ったが、その腕を引く。あの速さでは捕えることなど出来ず、もし成功したとしても、拘束はすぐに突き破られるであろう。
「何をしてるっ!?」
「早く動く物体に、強力な攻撃を与えたら、その分相手のダメージも大きくなる!」
ファーフナーの目に映ったのは、わざわざ射線上に入る夏木であった。彼女の頭の上には、まるで太陽のように輝く高密度のエネルギーの球が作り出されている。
辺り一面を覆う眩い光と、凄まじい爆発音。空気が震え、地面が上下する。
そして、その場に最後に立っていたのは───夏木の姿であった。
「はっ、はっ……」
思わずその場にペタンと腰を下ろす夏木。その表情はまさに放心状態。
しかし、その顔はすぐに明るく笑い始めた。
「勝ったんだぁ〜」
その一言に、その場の全員は今度こそ胸を撫で下ろした。
「お兄ちゃん、生きてて良かったねー……あたし達、みんな」
「あぁ、そうだな………帰ったらすぐに病院だぞ」
「えへへ、はーい」