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太陽はカラリと輝き、一面の銀世界に輝きをもたらしてくれている。
「いやぁ、よくもまあこんな田舎に足を運んでくれたね、本当に恩に着るよ」
今回の依頼を企画したというスキー場の責任者である軽快に笑う夫人が、9人の撃退士に向かって頭を下げた。
毎年この時期は一般のスキー客で賑わうのだが、今年は違う。スキー場のコースの脇には出店やクオリティの高い雪像が立ち並び、スキーを滑りに来たわけではない多数の一般人で賑わっている。
気温は大分冷え込んでいるにかかわらず、人々のテンションはどことなく高かった。
「ルールやコースは予め通達しておいた通りだ。んじゃ、質問ある人!」
「質問、よろしいですか?」
「あぁ」
挙手したのは馬のお面を被った、明らかに異質な風貌の金鞍 馬頭鬼(
ja2735)だった。
「自分はみんなと走るより、一人で走って魅せたいと思っているのですが、それは可能ですかね?」
「んー、全員一緒に走ってくれないかい?すまないね」
「いえ、無理を言って申し訳ない。自分からは以上です」
「よし、じゃあ他には……いないようだね。じゃあ、期待してるよ撃退士の皆さん!」
各々が各々の考えを持ち、彼らは本部テントを離れて準備に取り掛かる。雪のコンディションを確かめる者、沈黙しイメージを固める者、出店を漁る者、衣装に着替える者、何もしない者。
──祭りが、始まる。
「ちょっと、よろしいでしょうか?」
「ん、おぉ、何だい?確かアンタの名前は………」
「スゥ・Φ・ラグナ(
jc0988)と言います。少しご提案なのですが──」
「──ほぅ、それは良いね。分かった、じゃあアンタは選手控えじゃなくてこっちの音響の方さね、着いてきな」
「ありがとうございます」
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『──選手の熱気で積雪は凝固し、観客の熱狂で雪は融け、会場の大熱狂で春を飛び越え夏をもたらす。実況はこの僕、スゥ・Φ・ラグナがお送りいたします。さぁさぁ皆さん、盛り上がる準備は良いですかーっ、エビバディセイヘイ!!??』
YEAAAHHHHHHHHーー!!
『良いィィ返事です!』
ラグナの「感知」と「音響芸術」の特性が十二分に観客の臓腑を響き震わせ、リスナーの関心を最初にガッと掴みとる。
『それでは今回の主役たちの登場ですっ』
歓声と拍手と共に、個性豊かな面々がソリを担いで登場する。サンタ服にガスマスク、馬のお面。その中でもとりわけ目を惹くのが、まるでニュートンをガン無視するかのような自動移動を行う棺(
jc1044)であった。どこかのRPGの様に、死んだ仲間が棺桶に入った状態でついてくる場面を連想させる。
「さぁ、皆さんにご挨拶だ、ハート」
シルクハットにマントを羽織ったエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は、何も入ってなかったはずのそのハットの中から、小さなヒリュウを出現させた。
「じゃぱーんで迷子になってしまいますたサンタさんだよー☆」
加えて、新崎 ふゆみ(
ja8965)は詰め物をしたからかお腹をパンパンに膨らませたサンタ姿で子供たちに愛嬌を振る舞いている。
ヒリュウが飛び、サンタが躍った。若い女性や子供たちを中心に、観客のボルテージも次第に上がっていく。
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段々と歓声は薄れ、この場の誰もが実況者の合図を待ち、視線を8人の撃退士の並ぶスタートラインだけに向ける。
「あらぁ……、金鞍ちゃんはソリに乗っておかなくても良いのぉ?」
「いや、黒百合(
ja0422)さん、お気になさらず」
この場の全員が自身のソリに乗っているが、金鞍だけは一人大きく後方に立っていた。
『みなさん、とてもいい顔ですよー。それではリスナーさんが痺れを切らさないうちに………LADYィィーーッ』
──GOッッ!!!!
合図と同時に、空気を突き破るほどの歓声が溢れかえる。
しかしそれは一瞬で、大きな悲鳴へと形を変えた。
撃退士の面々が全身にグッと力を入れた瞬間、黒百合の口が怪しく、眩く光り、その光が彼ら彼女らを襲う。
『スタートと同時に黒百合選手の口から放たれたのは「雷光砲」!スタート地点から離れた位置より走り込んで、ソリに飛び乗った金鞍選手以外、全員が痺れて動けないっー!!』
幸先よくスタートダッシュを切りだせた黒百合と金鞍が他を置き去りにする。
「これが私の魅せ方なのよねぇ」
「別に自分は争う気などさらさらないのだが、そういうわけにもいかなさそうですね」
『さて二人に大きく出遅れてしまった他の選手たち!黒百合選手、金鞍選手に遅れをとる三番手はマステリオ選手、そしてそのぴったり後ろには黄昏ひりょ(
jb3452)選手と棺選手だぁっ!後方グループは新崎選手と山根 清(
jb8610)選手。そして最後方には全身真っ黒なサンタ服と異様なガスマスクが特徴的な鷺谷 明(
ja0776)選手っ!!』
最後尾は今さっきスタートしたばかりだというのに、最前線の二人は既に第一関門「障害物コース」の中盤に差し掛かっていた。
黒百合は恐らく自分と並行して走る金鞍をどうしても蹴落としたいのだろうか、そりに乗ったまま散弾銃をバンバンと放つが、障害物である岩石を盾に使う様に器用に走る金鞍を捉えることは出来ない。
「ヒャッホーッ!どうした、全然俺に当たってないよっ!?」
「あらあらぁ、まるで別人のようねぇ。でも、まだまだ手はあるわよぉ……」
黒百合は一切スピードを落とすことなく、障害物となる物は全て自身の影分身が排除していく。散弾銃を片手に移した。そしてもう片方の空いた手を振りかざし、黒百合は思い切り振り下ろす。
刹那、金鞍の頭上に無数の彗星が飛び交い、それが怒涛の如く彼を襲った。
『先頭はもうすでにデッドヒート!間欠泉が噴き出したかのように、黒百合選手の「コメット」がド派手に雪の柱を創り出したっ!!』
観客席に吹き上げられた雪が雨の様に降るが、それが太陽の光と合い混ざり、魅惑的な光景を演出させている。
『それではそんな二人を追う後方の選手たちを見てみましょう!』
「黄昏さん、あなた本当にっ、雪の上を走っているんですかっ?」
「ははっ、マステリオさん。俺はほら『韋駄天』を使ってるんですよ」
影分身に進む位置を確保させているマステリオを追い抜くように、黄昏は切れの良い動きで雪上を、グングンと走っていた。一人だけ摩擦があるかのような機敏な動きに、観客からは感嘆の溜め息が漏れる。
しかし、その二人の視線はまた別のところにあった。また、大半の観客の関心も、違った方向に向けられている。
「思ったより早いですね〜♪」
恐らくだが、棺が召喚したのであろう幼体のヒリュウがソリに縛り付けられた棺桶を細かく軌道修正している。シュール。
黄昏とマステリオは互いに顔を見合わせ、一つ頷くと、棺をあえて見ない様にグングンと滑った。
「出遅れちゃいましたねー、山根さん」
「いや、あの、今は別にその野太い声出さなくても大丈夫だと、思うよ?」
特に二人は争うこともなく、目前に迫る障害物コースをどう進むべきかの算段を立てていた。
「でも、良かったね。前の人たちが道作ってくれてるから結構進むのが楽になってるよ☆」
「そうですね……でも、ちょっと気がかりが。鷺谷さんの方を見て下さい、何だか、あえて遅れているように見えるんですけど」
「んー……そーかなー?」
「──ハハハハッ!」
突然、後方で鷺谷の高笑いが聞こえた。思わず、山根の背筋がゾクッと震える。
「なっ!?」
鷺谷はソリを横にして何故か止まったと思いきや、障害物である岩石を思い切り転がし始めた。
岩は転がり、雪を伴い、勢いを増して山根と新崎の後方へと迫ってくる。恐らく自分たちの背後へと迫るころには、雪崩になっているだろうと予想できた。
「うわぁぁああっ!?」「キャァァアアッ!?」
動物的本能が危険信号を乱暴に鳴らす。二人は一心不乱に速度を上げる。
「楽しい、楽しいなっ!ハハハハッ!!」
鷺谷の笑い声が高らかに響いた。
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『さぁ、祭りもいよいよ後半戦、現在のトップは一度は体制を崩されながらも、第二関門の坂道を自身の翼で悠々と飛び越えた金鞍選手!その後ろには黒百合選手と黄昏選手、マステリオ選手が並ぶっ!急角度の下り道でマステリオ選手が落とした帽子を拾ってくれたヒリュウのハート君が何とも愛くるしい!!そしてそんな彼らを威圧するかのように滑ってくるのは棺選手だぁ!!ちなみに、自身の作戦のせいで鷺谷選手は、上り坂がより険しいものへとなってしまっているようですっ。それでも笑い、グチャグチャの山を登る鷺谷選手。追いかけられる新崎選手と山根選手の顔がどことなく必死ですっ!!』
会場のボルテージは高まっていく。
日常生活の中では決してお目見えすることの無いその圧倒的なまでの光景に、誰もが虜になっていた。
『今っ、金鞍選手が第三関門、蛇行のコースへと入った!そしてっ、黒百合選手、黄昏選手、マステリオ選手、棺選手が続々と後に続いていくーっ!!』
コースの脇に待機するのは、大量の雪玉をストックした地元の男性たち。彼らは走行する選手たちに雪玉をぶつけて邪魔をする役目を持っている。
「アーッタッタッタァーホアタァー!!」
「だ、駄目だ!まるで当たらねぇ!」
少し速度を緩めながら、金鞍は観客に見せつける様に自身のヌンチャクで四方八方から飛び交う雪玉を全て弾いていた。
そのすぐ後方に、迫る集団。頭一つ抜けているのは黒百合のようだ。
「きゃはァ」
妖艶に微笑む黒百合の手元には一つの手榴弾が握られている。手榴弾の名前は「発煙手榴弾」。その名前の通り炸裂すると、辺り一面を煙幕で覆ってしまう代物だ。
顔を後に向けて彼女はそれを放った。思わず、最も接近していた黄昏はスピードを緩めてしまう。
しかし、マステリオだけは不敵に微笑んだ。
「ハートっ、回収しろ!」
小さなヒリュウが放られた手榴弾を上手くキャッチし、それをマステリオのハットの中へと放り込む。
どういう仕組かは分からないが、栓が抜かれていたはずの手榴弾が元通りになってマステリオの手元へポンと出てきた。
「ふふん、お客さんが見えづらくなるのは駄目ですよね?」
「くっ……」
飛び交う雪玉。下手に速度を落とした黄昏は雪玉を上手く避けきれず大きく減速してしまう。
余裕の表情で交わすマステリオ。全ての雪玉に広範囲の業火をぶつけ、他を寄せ付けなくする黒百合。動じず滑る棺。
コースを走り抜けると、金鞍の背中はもう目前に迫っている。
『しかし、そうは問屋が卸さない!このスキー場のもう一人の責任者、通称「熊さん」が大きな雪玉を抱え選手たちを待ち構えているっ!!』
その雪玉の大きさに彼らは目を疑った。
彼の熊の様なその巨躯よりも一回りほど大きい雪玉。
「今だよっ、アンタ!!」「わ、わかってるよ」
それが、選手一同を押しつぶさんと、今、襲い掛かる。
「ドケドケェエッ、アヒャヒャッ!!」
雪玉に圧倒される面々を一気に追い抜くのは、錯乱したかのように笑う黒百合だ。金鞍やマステリオが呼び止めるが、その声はどうやら届いていない。
「こんなもんに怖気づいてんじゃねーよっ、お前等マジでアレついてんのかぁ!?」
大声を上げながら両手を前に突き出す。その瞬間、彼女の両手から爆弾でも落ちたのかという勢いで業火が吹き出し、雪玉を跡形もなく蒸発させた。
『残すところあとはジャンプ台のみ!「アンタレス」の却火で一気に黒百合選手が前に出たぁっ!!』
目にも止まらぬ速さで飛び出した黒百合は、グングンと飛距離を伸ばし、完璧な着氷でゴールイン。
「ふぅ……あらあら、うふふ」
それに続いて飛び出したマステリオと金鞍。二人は同時に空中へ飛び出し、自身の翼を広げる。大回転する金鞍の姿は、神秘的なペガサスのように見えた。
黒百合よりも遠くで着氷した二人。
「どうも、ありがとうございました」
恭しく一礼したマステリオのシルクハットの中に、ひょこんとハートが姿を消した。
『そしてっ、棺選手も今、雪に突き刺さる形で着氷に成功です!黄昏選手も──』
「──止めてくれェェええ!」
『着氷してもなおまだまだ勢い余っていますがゴールインです!!あ、今入った情報によりますと、どうやら黄昏選手は高いところが苦手だとか………誰か止めてあげて下さいませんかぁーっ!?』
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「──アハハハハっ!!」
「なんでっ、鷺谷さんはっ、ふゆみ達を追ってくるのぉ!?」
「そんなのっ、俺が知りたいですよぉお!」
もはや雪玉を避けることなんて頭にない二人は、後方から高らかに聞こえてくる笑い声から必死に逃げていた。
『さっきまでとは打って変わって、上手く雪玉を避けきれずどんどん体に雪がぶつけられていく新崎選手と山根選手!子供たちの笑い声が会場を震わせていますっ!!』
新崎は体に冷たい痛みを感じながら、「結果的にはいいんだけど、イメージとはちょっと違うよぉ」と呟いた。
そして、雪山を匍匐前進で上ってきた鷺谷の体はボロボロのびしょびしょだが、彼はマスクの下で絶えず笑う。
「いちいち蛇行するのはちょっと面倒だな……あ、そうか」
ソリの上に仁王立ち。鷺谷はポンと手を叩いた。
「雪 は 溶 か し て 進 め ば い い」
足裏とソリはしっかりと固定してあるので、鷺谷は思い切り重心を傾けスピードを上げる。
自らの笑い声さえも置き去りにして、鷺谷は男たちに「退いて、退いてぇっ!」と声を張り上げた。異様なまでの光景に自ずと逃げ出す形で、男たちはコースから離れていく。
それを見計らってか、鷺谷のガスマスクから「炎息」が吐きだされ一直線の道が出来た。
「ちょっ、なにやってるんですか!?」
「山根君たちもこの道使いなよ、それじゃっ!アハハハっ!」
真黒なサンタの作った道に、真っ赤なサンタと山根はよく分からずに乗っかった。
今までの選手で恐らく最も早さの出ている鷺谷。
「ラストっ!!」
思い切り真上に跳ね上がり、グングンと高度を増していく鷺谷。思わず何事かと観客たちも見守る。
「必殺!17回転半ひねりっ!!」
その姿はドリル。その姿は流れ星。
高らかな笑い声が高速で渦巻いて、一気に地表へと落ちていく。ちなみに誰も回転数は数えていない。
『ゴーール!棺選手の真横に、まるでハレー彗星の如く地面に突き刺さった鷺谷選手、実にシュールです!!……えっと、あはは、大丈夫なんでしょうか?』
続いてジャンプ台から飛び出したのは新崎だ。
空中に浮かぶソリに乗ったサンタさん。その姿は幼い子供たちの目を魅了して止まない。
見事な、空中三回転ひねりからの完璧な着氷。
「お、おたのしみいただけたかな、なんだよっ…」
『新崎選手ゴールイン!そして遅れて最後に山根選手も大ジャンプからの着氷でゴールインです!!』
これにて祭りは終了。
鳴り止まぬ歓声と拍手と、暖かな笑い声。本日の雪祭りは、とても暖かかった。