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マスター:久保カズヤ
シナリオ形態:シリーズ
難易度:難しい
参加人数:7人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2016/09/28


みんなの思い出



オープニング

 空気は重く、首に肩にのしかかる。
 その重みは目の前の、ボサボサの髪の文違さんから発せられ、僕に深く突き刺さり蝕んだ。殺気、違う。楽に死ねるだけ、まだ殺された方が良いのかもしれない。
「……どこで計画が漏れた」
「恐らく、以前『玩具』にしていたあの青年天使かと……どうやって情報を漏らしたのかは分かりませんが」
「おいおいおい、確かあれはテメーが勝手に出しゃばって、遊んでたからだろうが……あぁ、そういう意味では、ソフィの奴も自業自得なのか」
 頭を乱暴に掻きむしったかと思うと、今度はブチブチと髪を引っこ抜き、どこかへと投げ捨てる。
 暗く閉じ切った部屋で、時代遅れなブラウン管のテレビがニュースを放送していた。先日の、空港へ襲撃を行ったあの事件の内容を大きく取り上げている。
「死者は八人、重軽傷者多数、そしてあのクソ共は全員健在。これがよぉ、アイツが命を捨てて作った結果か?せめてさぁ、死者は三桁越えて欲しかったなぁ。あの襲撃は、最後の作戦に大きな意味を成すんだからさ」
「申し訳ありません」
 彼がため息を吐くと、テレビが消えた。
 部屋が一層暗くなり、彼のシルエットを視認するのがやっと、というところだ。
「まぁ……いいや、どうせこれで最後だ」
「文違さん、アイツを見捨てて逃げ帰った僕が言えるような言葉ではありませんが……アイツの、ソフィが命を捨てて作った結果は、まだ出ていません、これからです。だから、貴方の理想の為に、僕をどうかお使い下さい。アイツの分も、死力を尽くします」
「……理想、ねぇ。ただ気に食わないだけなんだけど、まぁいいや」

 厚めのカーテンを開けると、夜は深く暗く、静かな住宅地の路地を街灯が等しい間隔で薄く照らしている。
「もう種火はつけた。後の事は俺が知ったことじゃない」
「行きますか?」
「あぁ、これでどちらに転ぼうと──世界が変わる。平和なんてのは、まやかしに過ぎないんだ」




 事が明らかになってきたのは、ソフィを仕留めて僅か数日ばかりしか経っていない日。入生田は退院の診断を受けてすぐ、荷物をまとめて病室を出ようとしていた時だった。
「あ!よかった、まだ居たのですね」
「今出ようとしてたとこだが……どうかしたのか?」
 度々ここへ訪れていた女性の警察官は、肩で息を切らしながら病室へと入って来る。
 今日は訪問の予定は無かったはずだが。入生田は眉をひそめ首を傾げた。
「入生田さんは、最近インターネットはご覧になられていましたか?」
「スマホで、トピックのニュースを流し目で見る程度には。あとはそっちから送られてきた報告書を、専ら読み込んでいたが」
「それならご存じないと思われます。まず、こちらを見て下さい」
 取り出したノートパソコンはすでに電源がついており、画面にはなにやら編集途中のワードファイルが映し出されている。
 複数枚の貼り付けられた画像。そのどれもが、ネット掲示板の画像ばかり。

「……これは?犯行予告?」
「文違の事をネット上で崇拝するような輩も出てきており、冗談めいた犯行予告も続々とネット上に出回っています。これも、その一つかと思って軽んじていたのですが」
「どうかしたのか?」
「最近、複数のマスメディアにもこれと同じような犯行予告を送っていたのです。筆跡は文違のものと一致、文面はこの掲示板に書かれてあるものと同じ。メディア達は情報規制を考えて情報を出すことを渋り、自分達の利益を考えて互いに牽制し合っていたので、情報を得るのに少し時間がかかりました」
「無理もない、戦後最悪の殺人事件の首謀者だ、それも生身の人間が。自分だけが情報規制されたりでもしたら、それこそ大損だろう」
 現実的な損得でいえばそうなんだろうが、それでは危険にさらされる市民をあまりに軽んじている。警官は隠すでもなく思い切り眉をひそめた。
 それに気づいたのか、バツが悪そうにした入生田は言葉を続ける。
「長いこと命のやり取りの場に立ってきた、全責任を負ってしまうような綺麗事を言うのが苦手で、どうもひねくれた言葉を口にしてしまう。以後慎む、すまなかった」
「私達が守るべき存在は誰か、それを忘れないで下さい。それで、どう動かれますか?」
「決まってる。真正面から迎え撃つ」
「っ!?こんなの罠に決まってるじゃないですか!!」
 荷物を担ぎ、病室を出る。女性警官も急いで後ろに続いた。

「罠が何だ、ここで潰さなければ被害は広がり、悪意の思想が世に広がる。潰すなら今だ」

 仲間を殺され、焦って勝負に出たな。入生田は静かに笑った。




 さぁ、皆々様に朗報だ。

 手短に伝えよう。

 また、殺しをやろうと思う。場所は記した通りだ。

 警察を呼びたいなら呼べばいい、撃退士でも構わない。全員殺して、仲間の死を雪ぐつもりだ。

 天使だ、悪魔だ、撃退士だ。そんな異形の化け物に怯え、社会に抑圧されてきたヤツはよく見ておけ。

 この窮屈な世界が変わる瞬間を、お楽しみあれ。


 文違 三朝


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リプレイ本文

 雲一つない空には、二、三台のヘリがバタバタと飛んでいる。
「あのヘリはどうにかならないんですか?」
 電話越しに抗議をしているのは、佐藤 としお(ja2489)。その表情から察するに、どうも反応は芳しくないらしい。
 報道側にも「知る権利」というものがある。恐らく立ち入り禁止エリアの外の高い建物からも、ここの様子をうかがっているに違いない。
 とりあえず周辺の警護の更なる強化を要請し、佐藤は電話を切る。
「ほんとに奴らは来ますかね。しかも揃って」
 逢見仙也(jc1616)は、入生田晴臣の顔を見て疑問を投げた。
「文違は人間だ。殺人犯とはいえ、いくら足掻いても身体能力で撃退士には敵わない。鹿路との連携を主とした戦いを仕掛けてくる可能性が高いだろう」

 夏は終わりに近いとはいえ、まだまだ暑い。指定の時間を過ぎて二十分。撃退士の面々の額には汗が薄く滲んでいた。
「……上を」
 紅香 忍(jb7811)の呟きで、全員は武器を構えて一歩後ろに引く。
 ビルから飛び降りただろうにも関わらずその着地は軽やかで、一瞬見入ってしまうほどであった。
「──お待たせ致しました。まぁ僕らは悪党ですから、遅刻ぐらいしますよね」
「ん?……おい、リーダー様の姿が見えないが?」
「これは入生田様、ということは今日は勢揃いですか」
「答えろっ」

 その時に、急遽全員のインカムに音声が流れる。
 ──文違が密集する野次馬の中に現れ、事態は極めて混乱中。取り押さえようとした私服警官の数人に被害が出ており、特殊部隊は混乱のため近づくことが難しい。急ぎ撃退士の救援を求める。
「自棄を起こしてんのか?」
「極めて冷静に、勝ちに来ました。これは殺し合いですよ?」
「クソッ……みんな、急ぎ決めていた通りの行動を頼むっ」
 怒りを露わにする入生田の指示が飛ぶ。
 二つに分かれ、撃退士達は急ぎ散開した。




 ニコりと無機質に笑う鹿路と対峙するのは、入生田、紅香、そして九十九(ja1149)と猪川 來鬼(ja7445)だ。
「良いのか?助けに行かなくて。てっきり俺は、お前の得意な多対一を活かしてここで全員の足止めをするとばかり思ってたが」
「はい。なので逸早くここで貴方達を片付けないといけません」

「話し合いは無駄みたいね」
 そう言って、一足先に前に出たのは猪川。そしてその後に紅香が続き、入生田は機関銃を、九十九は矢を弓につがえる。
「今日の武器もこれでいきましょう」
 ぬらりとその手に握るは方天画戟。猪川は刀を握る手に思いきり力を込めて、鹿路目がけて思い切り叩きつけた。
 派手な金属音が鳴り、その威力を流すように鹿路は大きく後方に飛び上がる。紅香が合図を出すと、九十九は鹿路目掛けて何度も矢を放ち、入生田はド派手に地面のコンクリを銃弾で砕き始めた。
「考え、ましたね」
 砕けて不安定な足場に加えて、砂煙で視界が悪い中飛んでくる正確無比な弓矢。苦く笑い、鹿路は何度も身をよじる。
 そんな中、不穏な動きを肌で感じた。
「──後ろか」
 砂煙を割り背後に現れたのは、紅香だ。鹿路は振り向き様に画戟を横に凪ぎ、紅香の体を断ち切った。
 しかし、手応えはない。まるで薄い紙を切ったような。
「こっちだよ」
 今度こそ完全に背後をとれた。猪川の刀と、紅香のライフルは鹿路の両足に狙いを定める。
 画戟は確かに射程が長く、多人数を相手にする時には高い効果を発揮する武器だ。しかし重い武器でもある為、機敏には動けない。
「だけど、前回の経験を活かしてこその僕だ」
 一瞬だ、一度止まりかけていた画戟の勢いが急速に増したのだ。
 攻撃に意識を向けている二人は勿論それを躱すことも、防御することも適わない。

「……殺せたと、思ったのに。上手くいかないですね」
 紅香と猪川は体に悪寒を残しながら、砕けた地面にもたれかかっている。
 二人の窮地をすんでのところで救ったのは、九十九であった。外側にそれるような軌道の矢が二人を引っ掛けて、体を画戟の射程範囲外に引っ張ったのだ。
「体勢を立て直せ、今度は俺が出る。九十九は二人をっ」
「入生田晴臣、貴方を殺せばほぼこっちの勝ちだ」
 二人が武器を構えなおした。ふと、鹿路は耳元のイヤホンに手を当て表情を曇らせる。

「急がないといけないですね。道を開けてもらいますよ」



 一分も経たず
 砕けたコンクリはあちこちがめくれ、建物は崩れ
 傷だらけの撃退士四人は地面に横たわり、痛みに息をくぐもらせていた。




 混乱が混乱を呼び、大きなうねりとなり周囲を無慈悲に飲み込む。残酷な死人を目の当たりにしたことの無い一般の人々にとっては、「文違三朝」という存在はあまりにも凶悪すぎた。
「無様だなぁ、テレビで見たろ俺がどんなやつかなんて。どうせ自分には関係無いなんて思って野次馬に来たんだろ。自分に関係なければどこで誰が虐げられてようがどうでも良いんだろ。どっちが悪党か分かんねーな」
 首の切られた数人の骸の上に座り、暇を持て余すかの様に手に持っているナイフを骸に刺して抜いてを繰り返す。

「見れば分かるだろ、悪党はお前だ」
「ようやく来たな、国が認めた殺人者共」

 逢見を先頭に、ラファル A ユーティライネン(jb4620)、不知火藤忠(jc2194)、そして佐藤が続く。
 不気味に笑いナイフを放る。この時期にしては不自然な、長袖で厚手のパーカーに長ズボン。手にはピッチリとした黒い手袋を嵌めていた。
「空港で惨めに死んだあの悪魔の弔い合戦か?惨めだな」
「確かお前は逢見、だな。アイツが死んでから殺したい奴の名前と顔を覚えるくらいには恨んだよ。後ろの奴らは、ラファル、佐藤……もう一人は知らない顔だ。でもさ、鹿路のやつが言ったんだよ。ソフィはまだ生きてるって。俺らが死んだとき、初めてあいつも死ぬらしい」
「馬鹿だろ、死んだ奴は死んでんだよ」
「死んだじゃなくて、殺した、だろ?テメーら結局根本は俺よりあくどいぜ?強いやつが弱いやつを虐げる、分かりやすいまでに残酷な世界を見事に体現してるやがる。俺みたいな弱者を、少数派を、外れ者を、守るのではなく虐げる。俺はそれにただ抵抗してるだけ、何が悪い?」
 ポッケから取り出した小さな銃。笑いながら文違は引き金を引く。
 後方の佐藤と不知火は横っ飛びにそれを躱し、逢見は自分とラファルを囲む様にアウルの防壁を出現させた。
「はははっ、おいおいそう身構えるなよ。ただの水鉄砲さ」
 パチャパチャと防壁に液が飛び掛かる。
 小さな玩具なので容量は少ないらしく、使い物にならなくなったそれを防壁に投げつけた。

 このままは時間の無駄だろう。逢見、ラファルは頷く。
 防壁は解除され、二人は同時に飛び出した。文違の手に握られているのはまた同じ玩具。液は透明で臭いもない。
「──二人ともっ、止まって!!」
 しかし、逸早くその異変に気付いた佐藤が声を荒げた。地面に広がっている液が瞬く間に消えていくのを見たのだ。日に熱されたコンクリの上だからといっても揮発するのがあまりに早すぎる。
 逢見はそのまま止まるが、ラファルは勢いを止めれず、そのまま前のめりに倒れた。逢見も頭を押さえその場に膝をつく。文違はニヤリと笑い、顔全部を覆うマスクをはめた。
「ラファルっ、仙也っ!?……お前、何をした?」
「日本人ならこの名を知ってるだろ?最悪の毒兵器『サリン』、純粋なものだと数滴だけで死に至るアレさ。ま、残念ながらこれは純粋なものじゃないから、数滴だけじゃ死なないんだけど」
 何の躊躇もなく、会話の途中で再びカシャカシャと引き金を引き、ラファルの頭を濡らしていく。
「二人を頼む」
「注意しろっ、息は止めた方が良い!」
 不知火は息を止め、文違を殺す勢いで抜刀した。
 文違はその殺気を機敏に捉え、無様に転がりながらそれを避ける。

「息を止めてもキツイだろ?これは肌からも毒を侵せるんだぜ?ほらほら、みんなを救ってくれよ撃退士様よぉ!?」
 今度は小さなビンを一つ、大きく混乱する一般人集団に投げ入れた。
 中に入っているのは恐らくサリン。罠だと分かっていても、不知火は飛び上がってそのビンに手を伸ばす。
「そこまでして何で守ろうとする?守るに値するのか?」
 届きそうになった瞬間に、ビンは破片を飛ばしながら破裂した。
 空中で体をひねり直撃は免れたが、体勢を崩した不知火は雑踏の中へと落下する。

「──調子に乗るなよ」
「ッ……んだよ、これ?」

 佐藤の応急手当を受けた逢見は眉にシワを寄せ、文違の影をアウルで縫い付け縛っていた。
 すると、文違は意識を失い倒れる。傷を負いながら雑踏から這い出る不知火、彼の放った魂縛符が文違の背に貼り付いていた。




「大丈夫ですか?」
「あー……駄目だ、起き上がるのも辛いし怠いわ。吐き気する」
「生憎ながら回復は苦手なので我慢して下さい、すぐに終わらせますから。僕が死ぬのは貴方が生き延びた後で構わない」

 文違が倒れたその後、佐藤は意識を失っているラファルを警察に任せ、逢見はフラフラとしていた不知火に肩を貸していた。
 その間数分。五分に満たない、三分程度。あっという間のことだ。文違の前へ立ち塞がる様に現れたのは、ボロボロに傷を負った鹿路であった。
 彼は素早くアウルを用いて文違の眠りを解き、方天画戟を抜く。この面々で唯一まともに戦えるのは佐藤のみ。不知火の応急手当てを施す為、逢見の手も空かない状況。入生田たちの安否を知る余裕もない。
 数分耐えれば三対一に……いや、文違が起き上がれば事態はさらに悪化する。
 佐藤はギリリと歯噛みした。
「おい、鹿路」
「何でしょうか」
「あの銃持ってるやつ。佐藤を殺せ、今すぐにだ。アイツさえ殺せばここから楽に逃げ切れる」
「分かりました」
 こちらの心を読んでるかの様に、簡単に一番嫌な選択肢を選びやがる。
 息を切らし、普通なら動く事もキツイくらいの負傷なのに、どこか楽しそうな笑顔で鹿路は瞬時に前へ出た。対する佐藤は苦く歯噛みしたまま、ライフルを握りなおす。
「──鹿路ぉ!そいつが避けたらそのまま後ろの二人を斬りに行けっ」
「っ!?」
 例え、避けて鹿路が不知火らの方へ行ったとしても、彼らは自分達で避けたり受けたりするだろう。そして自分はその背後をつける。
 しかし、咄嗟の判断ではそこまで至ることが出来なかった。佐藤は避けずに引き金を引く。
 銃弾は全て鹿路の体を捉えて貫いた。貫かれたその瞬間に、鹿路の体は消えて無くなる。
「これは分身だよ、僕が本物」
 思い切り振りぬかれた画戟の刃。佐藤は銃身を横にしてそれを受け止めるが、コンクリが割れる程の威力で地面へと叩きつけられた。

「──まだまだあああああぁぁあっ!!!!」

 一度倒れた体を無理に起き上がらせ、画戟を跳ね除けた。全身から噴き出すようにアウルが漲り、佐藤の傷もたちまちの内に消えていく。
「へぇ、そういうのがあるんですね」
「背に腹は代えられない。時間が経って不利になるのはどう考えたってそっちだ」
 今度は佐藤も、鹿路と同じように笑った。


「ゲホッ、あー……生きてるか、お前ら?」
「入生田さん、あなたが一番粘ってたさねぇ……おかげで全員無事でさぁ」
「なら良いんだ」
 入生田、九十九、そして猪川と紅香は体の汚れをはたいて体を起き上がらせた。
 思い返すだけでも寒気がする。まるで別人のように、鹿路の身体能力が格段に跳ね上がったのだ。四対一なのに、一瞬で蹂躙されてしまった。
 あれが本当に鹿路の実力であったとするなら、その潜在的能力は天魔や撃退士の中でも確実にトップレベルだろう。
「鹿路は、本当に数週前までは歩くことすら出来なかったのかねぇ。信じられないさね」
「……そういうことか」
「?」
 入生田は他の三人を近くに呼ぶ。
「人間は体に負担をかけない様にリミッターがかけられてるが、さっきの鹿路はそれが外れてたんだろ。あいつの支えは文違の存在、きっと文違の身に何かあったからリミッターが外れた。つまり、そこに付け入る隙がある」
「隙?」
 猪川が首を傾げた。入生田は言葉を続ける。
「お前らに選択肢を出したい、勝つ為の二つの方法。一つは、鹿路の体が負担に耐えられなくなるまでの持久戦。もう一つは……文違を殺して、心を完全に折る。前者は被害の大きさ、逃げられる可能性を加味しなくちゃいけない。後者は、人殺しの汚名を被らなくてはいけない」
 三人の顔を見渡す。そして、猪川が最初に頷いた。
「……分かった。ならば、全ての責任は俺が被ろう」


 佐藤の「起死回生」を見た鹿路は、ますます厄介な存在になっていた。
 不知火、逢見も加わって戦闘を行っているが、どう見ても劣勢なのは佐藤らの方。とうに体力の限界は過ぎているはずなのに、鹿路の動きはますますキレを増していく。

「人生、上手くいかないことばかりだな、鹿路」

 しかし、終わりは突然訪れた。
 鹿路が佐藤らと戦闘を行っている最中、気配を完全に殺した猪川が瞬時にぐったりとした文違の身柄を拘束したのだ。
 文違の喉元に刀が突き付けられ一筋の血が流れる。画戟が落ち、激怒するかと思われた鹿路は、今にも泣きだしそうな顔でその場に膝をついた。
「見逃してくれ、罪ならいくらでも俺が被る。だから、どうか……」
「出来る訳ないでしょ」
「ここで、全員を皆殺しにするぞ……今の僕なら、きっとそれが出来る。この人の為なら、例え世界を敵に回せるんだ」
「もういい。どうせここで終わりだったんだ、鹿路」
「なっ……」
「あまりに生き辛い世界だった。だけど、この数週間だけは楽しかった。初めて自由に息をしたよ」
「止めて下さい……まだ、まだ貴方を必要としてる人はいる!」
「だからこそ、ここで終わるのが一番良い──」

「──ここで死ねば、俺は神格化される」

 マスクの下に見えたのは、一際無邪気な笑顔だった。
 入生田は猪川に離れるように叫ぶ。その次の瞬間、まるで雷が落ちたような轟音と突風が周囲をまとめて吹き飛ばした。
 塵となった文違の肉片がパタパタと落ち、鹿路の意識は完全にそこで途切れた。




 事件現場の片づけはまだ半ば、既に日は落ちようとしていた。
「これから謝罪会見に、取材、まだたくさんある。九十九、撃退士になる前準備として手伝うか?」
「間をとって見学でどうさね?」
 鳴りやまない携帯を恨めしそうに眺める入生田。九十九は笑った。

「文違見てて疑問に思ったが、入生田さんはどうして、顔も知らない市民を命懸けで助けれるのさね?」
「ん?そういう仕事だからさ。割り切らないと続かない、いつか壊れるぞ。ただ、鹿路が言いたかった事も分かる。俺だって命を懸けて守りたい奴がいる、その為なら悪魔にだって喜んで魂を売るさ」
「結局はその心の支えがどこにあるか、さね。それ次第で、誰もが悪魔になれる」

 じゃあ、この自分の支えは。

 文違の死の意味は。

 まだ、きっと悪夢は終わってはいないのだろう。


<終わり>


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: ラーメン王・佐藤 としお(ja2489)
重体: ペンギン帽子の・ラファル A ユーティライネン(jb4620)
   <文違の劇毒を吸い込み重症>という理由により『重体』となる
面白かった!:2人

万里を翔る音色・
九十九(ja1149)

大学部2年129組 男 インフィルトレイター
ラーメン王・
佐藤 としお(ja2489)

卒業 男 インフィルトレイター
肉を切らせて骨を断つ・
猪川 來鬼(ja7445)

大学部9年4組 女 アストラルヴァンガード
ペンギン帽子の・
ラファル A ユーティライネン(jb4620)

卒業 女 鬼道忍軍
Lightning Eater・
紅香 忍(jb7811)

中等部3年7組 男 鬼道忍軍
童の一種・
逢見仙也(jc1616)

卒業 男 ディバインナイト
藤ノ朧は桃ノ月と明を誓ふ・
不知火藤忠(jc2194)

大学部3年3組 男 陰陽師