「気を付けねーとそこらのツタに足をとられそうだな」
今年の夏の影響で大いに育ちまくっている草木を掻き分け、手に持ったスマホの情報を頼りに道なき道を進むのは麻生 遊夜(
ja1838)だ。
そして彼の後方には、月乃宮 恋音(
jb1221)、猫野・宮子(
ja0024)、地堂 灯(
jb5198)の順に並んだ女性陣が続く。
スマホのマップ上で点滅する印の方向を目指し、出来るだけ気配を消しながら麻生らは進む。
この点滅する印は撃退士の孤境重喜の現在地を示すもの。孤境は誘拐されていたロリ悪魔パストラルの保護に成功したものの、敵対する天使から攻撃を受け負傷。
現在麻生らは、そんな二人の保護へ向かっている最中であった。
情報通りならば恐らくここらへんなんだが。麻生は歩みを止めて辺りを見渡す。
「………あの、麻生さん……あれ」
ふと月乃宮が指をさした。全員がその方へ目を向けると、茂みに身を隠してる孤境が小さく手招きをしている。
「遅れてすまないな、大丈夫か?」
「麻生さんに、皆さん、ありがとうございます。正直これ以上の移動はきついものがあったので………パストラルちゃんは、意識が覚めたのは良いんですがどうやら腰が抜けてしまってるみたいなんです」
「す、すいませぇん」
木の幹を背にして、悪魔の少女は力無く腰を下ろしている。彼女の両肩には、ぽよぽよと二匹のおっぱい。
その時、月乃宮は慌てて孤境の元に駆け寄った。
「………孤境さん、その足、深くやられてるじゃないですか……もっとちゃんと自分で処置をしないと」
「偽の血痕を残す為に、しばらく傷は開いたまんまにしてたんですよね………はは、おかげでちょっと貧血です」
「おいおい、包帯の巻き方も随分雑だぞ」
「あんまり血とか傷口とか見れないんですよね、俺」
「撃退士としてそれはどうなんだ」
月乃宮は雑に巻かれた包帯を一旦解き、麻生の応急箱から新たに包帯を取り出し巻き直す。その後にライトヒールで傷口の回復を行った。
「───あれは」
孤境の回復を図っている最中の事。
猫野は木々に上って辺りを探っており、一瞬で良くは見えなかったが、確かに、白い翼の羽ばたきが遠目に見えたのだ。
あれはきっと。猫野はすぐに地堂へ合図を送る。
「みんな、すぐに合流地点へ向かって!天使が来たわ、ここは私と猫野さんで足止めするから」
「くっそ、もうか」
麻生は舌を鳴らして立ち上がり、先導の為駆けだした。
パストラルは月乃宮に抱えられ、孤境は多少ふらつきながらも麻生の後へと続く。
「………無理はしないで下さいね」
「うん、すぐに向かうわ」
月乃宮と地堂はお互いに頷き、すれ違う様に地を蹴った。
●
「ん、これでよし」
チェーンソー片手にヒビキ・ユーヤ(
jb9420)コクリと一つ頷いた。
他の木々から枝葉を切り取って集め、巨大樹の根元に大きく空いた洞を上手く隠すように、その枝葉を上手く積み重ねていた。
そしてその洞の中では来崎 麻夜(
jb0905)が寝袋を広げたり、飲食物を置いたりしている。
「二人とも、準備だ。遊夜と恋音、それに重喜の姿が見えた」
鴉乃宮 歌音(
ja0427)の報告を聞いた二人は、そのまま鴉乃宮の後を追った。
「灯と宮子は?」
「二人は今足止めをしてくれているが、すぐにこっちに来るはず」
鴉乃宮と麻生は状況を確認し合い、これからの配置について軽い打ち合わせを行う。
その間にヒビキと来崎は、孤境らを洞の方に案内していた。
「あれ、月乃宮さん、パストラルちゃんは?」
「………それでしたら、ここに」
来崎が質問すると、月乃宮の大きな胸の下から、小さな悪魔ちゃんがプハッと顔を出す。
「すごく揺れて、気分が、うぅ」
「あぁ………えっと、うん。あの二匹は?」
「………それでしたら」
今度は月乃宮の谷間から、むにむにっと二匹のおっぱいが。
「生まれた?」
誰もが思った言葉を不意にヒビキが呟き、顔を真っ赤にしながら月乃宮はふるふると顔を振った。
●
飛び交う斬撃が木々を凪ぎ、白と黒のアウルの矢が風を穿つ。
そんな状況下で、魔法少女の姿をした猫野は木々の間を飛び交って天使へと接近を繰り返していた。
「………煩わしい」
「パストラルちゃんには手を出させないにゃ!」
素早く細身の剣を振るい斬撃を飛ばす天使エロス。行く手を阻む様に進路を阻害する猫野と地堂の二人に苛立ちを隠せない。
斬撃を躱して猫野が一気に詰め寄る、エロスはその瞬間に剣を額へ向け突き出そうとしたが、咄嗟に後方へと退いた。
猫野は大きく息を吸ってマイクに向かって声を吐き出す。ドゴンと大きな音が広がり、空気がバリバリと破れるように震えた。
「退くわよ!」
「了解にゃっ」
瞬時にエロスから離れるように二人は駆けだす。逃がすものかとすぐに後を追うエロス、視線の先には大きく開けた草原が見えた。
この一本道ならばと、エロスが斬撃を飛ばす為剣を構えた瞬間
「───さぁ、お仕置きの時間だよ?」
目の前にぬらりと木陰から来崎が姿を現し、すぐさま鎖鞭を振るう。エロスの背後からは、鴉乃宮がその白い翼目がけて弓を撃っていた。
「グッ、この程度っ!」
エロスは乱暴に空中で一回転し、鎖鞭と弓矢を同時に弾き飛ばす。
細身の剣の衝撃が予想以上の力で、鎖鞭ごと来崎の腕が後方へと弾かれた。無防備になった来崎にエロスは再び剣を振り上げる。
「させないっ」
「次から次へと!」
今度はエロスの頭上から、巨大な鉄球を振り下ろすヒビキが迫っていた。
来崎に振り下ろすはずだった剣を迫る鉄球の方に向けて横へと凪ぎ、そのまま下へと受け流す。
「はぁ、ふぅ………取り付く島もない様な、随分なお出迎えですね」
息を整え襟を正し、エロスは空中で周りを見渡す。総勢七人の撃退士、そしてこの中にはパストラルを奪ったであろう撃退士の姿は無い。
でも彼らが関わっていることは明らかである。
「状況は不利、だけどそれは夢を諦める理由にはなりません。良いでしょう、同時に相手をしてあげますよ」
エロスの戦闘スタイルは「斬撃を飛ばす遠距離、剣を使った接近戦」の二つのみと単純ではあるが、単純が故に純粋に強かった。
しかし、それでも数的優位は覆らない。
「右だっ、すぐに上に飛ぶぞ!」
麻生がエロスの動きを細やかに察知して、まるで先回りでもしているかのような鋭い指示が全体へ飛ぶ。
それは戦闘中に麻生が放った「手引きする追跡痕」が上手くエロスに命中したおかげで、動きが手に取る様に麻生へ伝わっているのだ。
「猫パンチにゃーーっ!」
「今度は、こっち」
ただでさえ、精度の良い銃弾や弓矢を弾き躱すだけで手一杯の状況なのに、エロスは猫野の拳とヒビキの鉄球の連撃をさらに裁く。これに加え、神出鬼没な来崎の動きも考えないといけない。
致命的な傷は無いものの、防戦一方であるエロスの体力は確実に削れ、衣服の端々も破れ傷も目立つようになってきた。
中でも最もエロスを悩ませたのは鴉乃宮の狙撃である。翼を狙った正確な一撃を放ち、自分の位置を悟られように身を隠す。これを繰り返し行うので、一度に様々な所へ意識を向けなければならないエロスはその狙撃を躱すことが出来ず、ダメージを最小限に抑えるような立ち回りをするしか出来なかった。
「ここは一旦立て直しを図りましょう………」
「さらに上空へ逃げるぞ!」
エロスは攻撃範囲から逃れる様にさらに高くへと飛び上がる。
「ふぅ………話をしましょう。まず、私はあなた達に危害を加えるつもりは毛頭無いし、あの悪魔の少女にも危害を加えるつもりも無い。ただ、おっぱいが欲しいのだ。それさえあれば他には何も望まない。他の人間にも危害を加えるのが駄目だと言うのならその条件を破らないと約束もする。少女が何かの物体におっぱいを付与できるようになるまで見守ることにしよう。どうですか?これならみんなが幸せになれると思いませんか?」
エロスは曇りの無い目で必死に訴えかけた。
一通りの話を聞き終わり、撃退士達は互いに視線を通わせ満場一致というような表情で一同に頷く。そして鴉乃宮が高々と挙手をして口を開いた。
「もう、その人間とかをモノ扱いしてる様な発想が駄目なんですよ」
消えぬ敵意を撃退士達から感じ、エロスは仕方ないと言った風に首を振る。
「それならば、もう手加減はしませんよ」
ズタズタになったスーツとシャツに手を掛けて、それを荒々しく引き千切った。
明らかになる逞しい肉体と下着。
撃退士らは開いた口が塞がらない。それもそのはず、エロスが着用していた下着は、黒色をしたブラジャーだったからだ。
「衣服とは心の枷、下着とは魂の表れ。私は脱げば脱ぐほど強くなる。さぁ、私に残るズボンを脱がせないことですね」
●
強い。強さが段違いに向上している。ズボンを脱ぎ、ブラとパンティー姿になったエロスの動きは明らかに以前とは比べ物にならない。
月乃宮は後方から援護を行う中、そう感じずにはいられなかった。
空を滑空する素早さ。単純な力、斬撃の威力。その全てが一回りも二回りも向上してるかの様だ。
包囲網をあっという間に抜けられる。辛うじて動きについていけているのはマーキングを施していた麻生くらいであった。
「言ったじゃないですか、私は戦いたくないと。皆さんはとても良い胸をお持ちだ、出来る事なら傷つけたくない。とくにあなた、あなたのその胸はまさに生命の奇跡と言っても過言ではない」
ニコリと微笑みを浮かべ、エロスは一気に月乃宮との距離を詰めた。
「寄るな変態!」
来崎を中心に、猫野、ヒビキが同時に攻撃を繰り出す。しかし勢いづいたエロスから繰り出される大振りの攻撃は、とっさに合わせた三人の攻撃では止めることが出来ず、月乃宮を含めた四人はまとめて吹き飛ばされた。
ゴロゴロと転がり、巨大樹の根元で勢いは止まる。
大したダメージでは無い。すぐさま起き上がろうとする月乃宮と猫野、しかし来崎とヒビキはそんな二人に目配せをし、誰にも見えない様な角度で耳打ちをした。
「さぁ、援護が来ないうちに」
集団からの分断に成功し、すぐさま追い打ちをかけるエロス。
だが、急にその翼の羽ばたきがピタリと止まった。
「うぅ………」
悩まし気な呻き声を漏らし、突き飛ばされた四人の女性陣がむくりと起き上がっている。
エロスの目をくぎ付けにしたのは彼女らのポーズだ。傷つき軽くはだけた胸元、更に表情まで妖艶で、思わずエロスは戦闘中であるという現状を忘れてしまっていた。
「変な目で見てんじゃねーぞ!!」
低い位置で滞空するエロスに向かって、遠距離武器の拳銃を所持しているにも関わらず、麻生は跳躍し至近距離で何発も銃を放つ。
エロスは慌てて我に返り、素早く振るった剣の腹で銃弾を全て受け流した。すぐに攻撃に転じ、エロスは思い切り剣を突き出すが、麻生は宙で無理矢理体を捻ってそれを躱し、再び銃を撃ちながら降下する。
落下している最中なら身動きも取れまい。斬撃を叩き込もうと剣を構える
が、その剣は動かない。
「覚悟しなさい変態、あなたには色々と言いたい文句があるけど、まずはお仕置きからだからねっ」
意地悪気に微笑む地堂。体中に巻きつく無数の腕が、エロスの動きを完全に封じていた。
振り解こうと全身にグッと力を込めるが、エロスの身にも疲労が蓄積されていてすぐには解けない。
ズバン。
そんな最中、エロスは自身の羽に複数の痛みを感じる。首だけで振り向いて見てみると、二枚の羽を貫き束ねる弓矢が何本も刺さっていたのだ。ふと、戦闘中煩わしげに動いていた鴉乃宮の顔が浮かぶ。
ドサリと素肌を地面に打ち付けて、地に落ちたエロス。
拘束が緩みすぐにでも起き上がることが出来たが、目の前の光景に体が硬直して動かない。
「私は、ユーヤのものなの」
「………自分の何が悪かったのか……反省して下さい」
「我慢した分、お仕置きは全力で良いよね♪」
「変態、覚悟するにゃ!」
各々の武器を振りかざし、威圧的な笑顔を向けるのはヒビキ、月乃宮、来崎、猫野の四人。言い訳をする暇もなく、思い切り武器が振りかざされ
エロスの意識はそこで途切れた。
●
「攻撃を当てるまでもなく伸びちゃいましたね」
地堂は自身の持っていた鞭でエロスの四肢をぐるぐるに縛る。女性下着のおっさんが縛られている様子は、どこからどう見ても変態でしかない。
「おねえさん達、助けてくれてありがとうございました。あと、チョコレート美味しかったです」
来崎が洞に設けていた菓子類を食べたのだろう、笑顔のパストラルの口元にはチョコが点々とついている。
孤境は現在学園の方に依頼の結果を報告している最中で何かと忙しそうだ。
「ん………ぅん」
エロスが眉間にグッとシワを寄せ目を覚ました。下手な動きをしないように、弓をつがえる鴉乃宮が目の前に立つ。
「気分はどう?」
「私の負けです……あぁ、悔しい、とても悔しい」
「まずは謝らないといけないんじゃない?分かってるの?」
「そうですね。お嬢さん、私の夢の為とは言え、無理に連れ出したりして申し訳ありませんでした」
横たわるエロスは体を折る様に頭を下げた。対してパストラルは笑顔でその場にしゃがむ。
「許します!おじさん、本当は良い人だって知ってますから」
何とも拍子抜けな答えに、エロスも含めてその場の全員があっけらかんとなり、そして月乃宮は優しく少女の頭を撫でた。
「すぐに大谷さんらが引き渡しのため数人の撃退士を連れてこちらに来るそうです。本日はご迷惑をおかけしまして申し訳ありませんでした」
電話を終えた孤境が深々と頭を下げる。そしてエロスの元に近づいた。
「エロスさん、少なからず俺はあなたの気持ちが分かります。好きなものの為ならばというその気持ちは。でも、人に迷惑をかけてはいけない。ところでですね、おっぱいマウスパットって知ってますか?」
首を傾げるエロス。周囲の反応もまた同じだ、何故いきなり?
「あなたにはもってこいの職種でしょう、ここなら存分にあなたの理想を自分の手で作り出すことが出来ます。まぁ、勿論学園の方でたっぷりと反省はしてもらいますが」
「夢のような話だ………詳しく後で聞かせてくれないか?」
この後の話だ。
事務員の二人はちゃんと自分の胸を元通りにしてもらい、以前よりは自分の胸の境遇の愚痴を言わなくなったとか。
エロスは何かとみっちり罰を受けてるみたいだが、これから悪行を行うことは無い様だ。
そしてパストラル。彼女は、旅を続けたい外国に行きたいと申し出て、しばらくしたらこの学園を出ていく手筈となった。
「皆さん、集まってくれてありがとうございます!これは皆さんに向けての、感謝の気持ちです!」
まだまだ整っているとは言い難いホールのショートケーキに、仕上げとして、悪魔の少女は満面の笑みでイチゴをのせた。
<終わり>