いつも思うことがある。麻生 遊夜(
ja1838)は腕を組んだ。
(買い物してる時の女の人って、自分の疲労感を忘れちゃう人が多いよなぁ)
麻生から少し離れた前方には、今回の主役である悪魔の少女を中心とした女の子の輪が広がっており、その中に入り込むのは何だか憚られるところである。ショッピングモールで、周りの目も気になるし。
「パストラルちゃんはどんなケーキを作りたいの?」
「えっとですね………やっぱり王道のショートケーキを。これを作れないと、ケーキ屋さんにはなれないと思うんですっ」
きちんと質問者の猫野・宮子(
ja0024)の目を真っ直ぐに見つめ夢を語るのは、悪魔の小さな女の子「パストラル」だ。
「ケーキの上に乗せるフルーツはそれじゃあイチゴ?」
「勿論です!」
次にパストラルは斜め後方に振り向いて、買い物かごを持つ鴉乃宮 歌音(
ja0427)に、鼻息を荒くしながら頷いてみせた。
「………でも、ホイップは一から作るのが大変なので、生クリームが必要ですね」
月乃宮 恋音(
jb1221)がふとそんなことを呟き、自身の目の前に並ぶ生クリームを手に取って、それぞれを吟味する様に眺める。そしてお目当てのものが見つかったのか、満足げに頷くと鴉乃宮が持つ買い物かごの中にパックの生クリームを入れた。
スポンジの材料はもうすでにかごの中に入っており、残る主な材料はイチゴくらいか。
「宮子は確かクッキーを作りたいんだっけ?それで、パストラルと恋音がケーキだったよね?」
かごの中身の材料を一通り見まわして鴉乃宮が確認すると、呼ばれた各々はコクコクと頷く。
「えっと、それじゃあ二人は何を作るんだったけ?」
鴉乃宮達の少し後方、また別の買い物かごを持った来崎 麻夜(
jb0905)と、何かをさっと後方に隠したヒビキ・ユーヤ(
jb9420)の二人が居た。
ヒビキの様子に鴉乃宮は首を傾げるが、その間を縫う様に来崎が答えを慌てて返す。
「えっと、ボク達もケーキを作ろうかなぁ、なんて。主にパストラルちゃんのフォローだけどねぇ」
「あ、うん。だったらイチゴの量は結構多くなるかもね」
同時刻、パストラル達とはぐれてしまった撃退士が居た。
「いやぁ………普段引き籠ってるせいか、珍しいものに目移りしちゃうなぁ。しっかし、最近のゴキブリホイホイって本当に良く出来てるわよね。ホイホイの箱の裏面の説明を思わず読み込んじゃったよ」
これから料理をする予定があるのに、何故かかごの中にホイホイをいくつか放り込む地堂 灯(
jb5198)。
「いや、でも一つだけにしよう。これくらい我慢しないと………って、あれ?」
そして、ここでやっと地堂はみんなとはぐれていることに気づいた。
『うん、これで全部のケーキ屋は回ったな。あとでパストラルに紹介してやろう………あと、歓迎会するんだったらつまみでも買っておくか』
何やら聞き覚えのある声。
ふとそちらへ向かってみると、麻生の姿が見える。彼のかごの中には酒のおつまみがどっさりと。
「えっと、もしかしてお酒も絡んだ宴会でもする気?………流石にパストラルちゃんにお酒は」
「ち、違う!そもそも俺は酒は飲まないタイプ………ってか、そのホイホイは?」
「こっ、これは私用、私用なんだからっ」
そしてこの後二人は渋々と、自分の選んだものを元の場所に戻すのだった。
●
ショッピングで軽く疲れた面々が学園の調理室へと帰って来る。時間的にはお昼前。
外見的にお留守番を余儀なくされたおっぱい型ディアボロの二体に、調理室へ入るなりパストラルは抱き付いた。
「ただいまー、チッチー、チュッチュー♪」
小さな女の子がおっぱいに抱き付いたり頬ずりしている様子は、何だか見ちゃいけないものを見ている気がしてならない。
「………え、えっと、パストラルちゃん!じゃあ早速もう始めちゃいましょうか」
「はいっ、お願いしますっ!」
気を取り直して月乃宮が数度手を叩くと、羽の生えたおっぱいを抱える少女がトテトテと調理台の方へと向かって行く。
本当に嬉しそうな笑顔。鼻歌交じりに手を洗う様子が何とも愛くるしい。
「───パストラル、張り切るのも良いけど肩の力は抜いておいた方が良い。スイーツ作りっていうのは繊細なものだからね」
「ふぇっ、お、お姉さんはどこから現れたんでしゅか」
「少し着替えただけだよ。あと、お姉さんじゃなくて正しくはお兄さん」
驚き震えているパストラルの傍らに立つのは、髪を後ろにまとめた白衣姿で眼鏡をかけている鴉乃宮だった。
相手が鴉乃宮だと分かり、パストラルはほっと息を吐く。
「良いか、パストラル。スイーツはとてつもなく計算された料理なんだ。少し分量を間違えただけで全てが狂ってしまう。大事なのは固くなり過ぎないことさ」
「な、なるほどぉ」
「大丈夫、ボク達がフォローするからね」
来崎が小さな肩をポンと叩くと、不思議とその肩の力が抜けていった様に感じた。
各々が調理室にあったエプロンを着ると、月乃宮が準備を行う調理台へと集まる。
「………え、えっとじゃあ、ケーキの作り方は私が説明しますので、その通りに作っていただけると」
月乃宮は料理の腕がプロレベルだと有名であり、それを聞いたパストラルが是非ともケーキ作りを教えて欲しいとせがんだところ、皆もそれに便乗し、不思議と料理教室の様な展開になってしまった。
猫野はクッキーを作り、鴉乃宮はそのクッキーに合う紅茶を淹れながらパストラルのフォロー。そして、パストラル、来崎、ヒビキ、地堂らは小さめのショートケーキを月乃宮に教わりながら各々で作る手筈となっている。
ちなみに麻生は全体のフォローをするとか。
「………では、始めさせていただきますね」
わー、パチパチパチ。
パストラルから始めた拍手がみんなに伝染し、月乃宮は顔を真っ赤にしながらふるふると首を振った。
まずはスポンジを作る工程からだ。
月乃宮が片手で卵を割っている様子を見て目を輝かせるパストラル。しかし、ヒビキがすかさずそんな少女の耳元で忠告を囁く。
(無理しなくても良い。自分が慣れてるやり方をしないと、あぁなっちゃうから)
ヒビキの指さす方にパストラルは顔を向けた。
『あーっ!片手で割ったら大変な事にっ』
『うわぁ、何やってんだ地堂さん。片手で割ったっていうより、握りつぶしてるじゃねーかっ』
手をベットベトにしている地堂のもとに、布巾を携えてやってくる麻生。
それを見たパストラルは一つ頷くと、ヒビの入った卵を両手で持った。
「………では、クリームも、イチゴのカットも終わりましたね。えっと、じゃあ次は焼きあがったスポンジを半分に切りましょう」
月之宮と同じように小さめのホールケーキのスポンジを用意する面々。皆揃ってそのスポンジを真横に二分し、その面にシロップ、クリームを塗り、カットイチゴを乗せていく。
「パストラルちゃん、上手くできてるね」
「お姉さん達のおかげですっ」
クッキーを作り終えた猫野に褒められて笑顔のパストラル。
しかしそんな中、スポンジを焼いていたオーブンの前から何故か動かない地堂。
「………あれ?」
心配になった月之宮が近寄り目にしたもの、地堂は自棄気味に溜め息をついた。
「ふっ………我ながら自分が怖いわ」
皆と同じように作っていたはずなのに、どうしてだろう。
オーブンには美味しそうなホカホカの「つみれ汁」が。
地堂はそれを取り出して一口啜る。
「何で………きっと、一周回ったのかしら。凄く美味しいのが悔しいわ」
月之宮は撃退士の奥底を見たような気がして、軽く身震いした。
「せんぱーい♪」
「ん、抜けてきた」
歓迎会用に予め用意された空き教室。そこに来崎とヒビキが意地悪気な笑みを浮かべて入ってくる。
「よく抜け出してこれたな」
「何だか地堂さんが一周回った奇跡を起こしたとかで、結構楽に抜けてこれたんだぁ」
「?」
教室は先のショッピングで購入しておいたパーティの飾り付け道具が長机に並んでいた。
「後はこれらを取り付けるだけだな」
「ん、じゃあ私が垂れ幕作るね」
歓迎会はもうすぐだ。
●
みんなで作ったショートケーキや、猫野の作ったネコ型クッキーはあっという間になくなり、後半は烏之宮一押しのアッサームという紅茶を飲みながら談笑して、歓迎会は段々と終わりに近づく。
教室の壁の「ようこそ、久遠ヶ原へ!」と書かれた垂れ幕が夕焼けに色づいている。
ちなみに「つみれ汁」は久遠ヶ原の職員に原因究明の為回収された。
「皆さん、今日はありがとうございましたっ」
パストラルは鼻の頭を少し赤らめながら、立ち上がり大きくお辞儀をする。
「美味しいケーキも作れて、とても楽しかったですっ。皆さん良い人ばかりで、ここに来て良かったなって思います」
「じゃあ、片付けするか。その後はみんなで銭湯だ、まだまだここには楽しいことが沢山あるぜ」
麻生がケラケラと笑い、銭湯が初めてなのか、パストラルは目を輝かせてもう一度お辞儀をした。
朝からみっちりと詰まったスケジュールで、全員が全員、体に適度な疲労感が溜まりつつある。だからだろう、スーパー銭湯に赴く彼女らの足取りはどこか嬉しげである。
「えー、先輩も一緒に入ろうよ〜」
「公衆の面前でやめろっ、俺は男湯に行くんだ!」
ずりずりと麻生の足にしがみつく来崎。やっとのことで引き離しに成功し、麻生はほっと息をついて男湯の暖簾をくぐる。
「のわっ!?」
「どうしたの?」
のれんをくぐった瞬間、そこで衣服を脱ぎかけている烏之宮が視界に入り麻生は驚きの声を上げる。
「い、いや、すまん。そういえばそうか、すまん」
「この前も同じことで驚いてたよね?」
そして同じ頃、女湯では。
「ほらっ、あっちの方に滝があるよパストラルちゃん!」
「ふぇ〜、お風呂に滝があるなんて凄いですぅ」
「走ると危ない、から」
あまりの物珍しさに気分が上がっているパストラルと、こういった温泉が大好きな猫野の後ろを、ヒビキが保護者のようについて回る。
「鰯や味噌なんて使ってないのに、何でつみれ汁が」
「まぁまぁ、この反省を次に生かせば………何を反省するかはよく分かんないけど」
そして、地堂と来崎はお互いに並んで、髪の毛をわしゃわしゃと洗っていた。
周りを見てみるとちらほらと年配の方がいるだけで、あまりこちらに興味が向いていない。月乃宮は人より何周りも大きなバスタオルを胸に当てて、ゆっくりと広い湯船に浸かった。
丁度良いぬるめの温度、月乃宮は無意識に「はふぅ」と息を吐く。
「あーっ、月乃宮さん。湯船にタオルをつけちゃ駄目なんだよ!」
「………あうぅ、許してくださいよぉ。水着がダメって言われた以上、胸が浮かないようにするにはこうするしか」
「え、胸って浮くの?」
猫野に注意され、バチャバチャとその場で慌てながら月乃宮は自らの胸を抑えた。両腕でも抑えきれないその大きな胸、猫野は開いた口が塞がらなくなる。
遅れてヒビキとパストラルもその場に合流。その瞬間に、月乃宮は何かを思いついたように「あっ」と呟いた。
「………パストラルちゃん、もしよかったら私の胸をもう一度試しに小さくして下さいっ。そしたらあの事務員のお二人も。それにもし失敗しても、撃退士の私ならその日に元どうりになりますし」
「えっ、でも良いんですか?」
月乃宮の「むしろ喜んで」みたいな表情にパストラルは苦笑いを浮かべ、こっそりと二匹のおっぱいをタオルに隠して連れてきた。
おっぱいがおっぱいを揉む光景。ヒビキは思わずパストラルと猫野の目を手で覆い隠した。
そしてしばらくが経った後、頬を赤くしてくったりとした月乃宮がそこに。数回り大きくなった二匹のおっぱいは湯船にぷかぷかと浮いている。
「………私の胸が、小さく。これで、これであの可愛い下着や服も買えます、ふふっ♪」
「やっぱり温泉に浸かっていると上手くコントロールできます………えっと、じゃあ、元に戻しますね」
すっかり自分の世界に入ってしまった月乃宮はパストラルの言葉がどうやら聞こえていない様。しかしパストラルは月乃宮の胸をむにむにと触り、元の大きさに戻し始めた。
月乃宮がそのことに気づき意気消沈するのは、まだもう少し経ってからである。
麻生は鴉乃宮よりも大分早く風呂から上がり、皆を待っている間マッサージチェアに腰を掛けていた。
凝り固まった箇所を乱暴にグリグリと押されたり叩かれたりする度に、痛みを伴う心地よい気持ち良さが肩や腰を中心に広がる。
「お姉さん、こ、これは一体何なんですか?」
「ん、ユーヤがしてるこれはマッサージチェアって言って、肩こりなんかをほぐすもの」
「ふぇ〜、私も出来るんですか?」
「んー………小さい子は筋肉がまだあまり発達してないから、痛いだけだと思う」
麻生がうとうとしかけていた目を開けると、そこには風呂上がりのヒビキとパストラルの姿があった。二人の後方、女湯の暖簾をくぐって出てきているのは月乃宮と来崎と地堂の三人。恐らく猫野は、鴉乃宮と同様にまだ風呂に入っているのだろう。
ふと、来崎と目が合う。麻生は何かを悟り、そして諦めたかのようにマッサージチェアの一時停止ボタンを押した。
「先輩♪」
「分かった分かった、ほら、ヒビキも来い。あっちの座敷で髪を梳いてあげるから」
「え、あ………うん、ユーヤありがと」
「地堂さんか月乃宮さんのどっちでもいいや、まだそれ、半分くらいの時間使用できると思うから自由に使ってくれていいぜ」
パストラルは、座敷に向かうその三人の姿を見て、不思議と心が温かくなるのを感じた。
そして、麻生のお言葉に甘えて椅子に腰を掛けたのは月乃宮だ。
地堂は向こう側にお気に入りの格闘ゲームを見つけたらしく、活き活きとその場に走って行った。また余計に汗をかくんじゃ、パストラルはそんな疑問を浮かべる。
「………地堂さんと、遊んできても良いんですよ?」
「ほわぁ〜………い、いえ、私はお姉さんを見ていたいです」
「………まぁ、恥ずかしいですけど、別に構いませんよ」
気持ち良さそうな月乃宮の声はブルブルと震えた。
(マッサージチェア、凄いですぅ)
目の前で揺れるその大きな胸は「揺れる」というよりは「波打つ」と表現した方がしっくりくる。
パストラルはそんな光景に目が釘付けになっていた。
●
確かにここに「悪魔」が暮らしていたという証拠がありますね。
全身黒のスーツに身を包んだ中年の男はそう呟いた。ここは山小屋の中。
紳士はシルクハットを取り、持っていたステッキであちこちをカンカンと叩いて回る。
ふむふむ。
頷きながら微笑む紳士、その表情は何故だかとても嬉しそうで。
「分かりました、それでは準備に入りましょう」
バサリ。少々の埃が舞い上がり、古びた窓ガラスがビリビリと鳴る。
微笑む紳士の背中から大きくて白い翼が開かれた。
<つづく>